当研究室で開発しているボードゲームに関する論文が、紆余曲折(後述)を経てようやく受理されました。
こちらは数年前にエネルギー環境教育学会誌で発表した「エネルギーベストミックスを学ぶためのボードゲーム開発」の続編的な位置づけのものです。その後色々な改定を加え、ゲーム未経験者50名による評価を行った結果を報告しました。
こちらはゲームの様子。骨子は初版のものと大きく変わっているというわけではないのですが、ルールや数値などについてはかなりの変更・修正が入っています。
こちらがゲームそのものに対する評価の結果の一部。依然としてルールはまだ少し複雑との評価ですが、ゲームとして楽しめるか、エネルギーを考えるきっかけになるか、教材となりうるか、については特に高い評価でした。
自身の専門とは言えない1分野のため、楽しかった半面、論文として発表するまでは大変だったなというのが正直なところです。ゲームの改訂自体はこの時の版からも継続的に行っているのですが2、一応欧文論文として発表できたので、これで一区切りにしようと考えています3。
なにはともあれ、論文の概要は以下。
Title: Board game design to understand the national power mix (国の電源ミックスを学ぶためのボードゲーム)
Abstract: This study reports a board game design that would be an effective tool for teaching and learning the best mix of national power sources in a class concerning energy and sustainability in higher education courses. A board game was developed to understand the characteristics of power sources from a Japanese viewpoint based on an earlier study of the authors. The purpose of the game is to satisfy electricity demands by choosing power sources and procuring the resources necessary for power generation to help develop a country. A total of 50 undergraduate and graduate students were asked to assess the game. The results of the questionnaire-based survey conducted after the game confirmed the students’ evaluation that the game was highly enjoyable and could serve as an effective tool for energy and environmental education in high schools or universities. In addition, the average of “the ratio of the power sources proper to win the game” answered by the students was similar to Japanese power mix before the Fukushima disaster, although the game significantly simplified, and even excluded, various factors affecting the national policy of power sources.
・
・
・
・
この論文、当初は別の雑誌に投稿したのですがそちらは残念ながらRejectでした。どうしたものかと思っていたところ、Education Sciencesなる雑誌でGame-Based Learning and Gamification for Education IIという特集号が組まれることを知り、少なくともテーマ的にはぴったりなので4、ということでそちらに投稿し、複数回の査読を受けて掲載された、という経緯です。
このEducation Sciences、ちょっと前にツイッターでトレンド入りもしたMDPI社の雑誌です。私自身MDPIにはいい印象を持っていなかったのですが、どうも最近は以前とは少し違ってきているようですし、またここの議論を見ても色々とあるようですので、半分ものは試しということで初めてMDPIに投稿してみました。研究室サイトに書いていいものかどうか多少悩みましたが、情報共有自体は悪いことではないだろうということで5、ちょっと詳細にどんな感じだったかを書いてみます。
履歴を見ると、4/13に初稿を投稿し、5/10に1回目の査読結果が返ってきていました。査読者は3名で、査読者1は軽微な指摘(多少の誤解に基づくものもあり)、査読者2は全否定的、査読者3は肯定的とも否定的ともいえない感じでしたが、用語の使い方や参考文献まで指摘する等、コメント自体は結構細かいものでした。査読者2からNが少ないという指摘があったため、Editor判断は「本当はMajor Revisionなんだけれども追加実験必要みたいだから一旦Rejectにする。再投稿してね」とのことでした。また、投稿直後に「人を対象としているようなので倫理委員会から承認されていること、もしくは倫理委員会での審査が免除されていることを証拠書類と共に出すように」との指摘もありました6。かなりしっかりしているなというのが第一印象でした。
で、急いで追加実験7をやり、結果をまとめて&その他コメント対応もして6/11に再投稿したところ、第2回の査読結果が返ってきたのは7/12でした。今回は査読者4名で、おそらく査読者1, 2は前回と同じ、3, 4は新しい方のようでした。査読者1はOK(前回の査読者1か3かはわかりません)、査読者2は依然として全否定、査読者3はOK(いきなりOKなので本当にこの分野の人かちょっと疑問&あまり読んでくれていないんじゃないのという感じもあり)、査読者4は前回の査読者3と同様に肯定的でも否定的でもないもののかなり細かいところまでの指摘、でした。判定はMajor Revision。多分私がEditorだったとしてもそうすると思われますし、査読者3を抜いてもこのままで掲載可:要修正:拒絶=1:1:1なので、客観的に見て妥当な判断だと思います。
査読者2は正直取り付く島もない感じだったので、全面対決することに決定。具体的な指摘が無いこと、またかなり感情的なコメントであることをEditorにCover letterで指摘する、という手段を取りました。査読者4のコメントに対してはちゃんと対応した上で、 7/18に再々投稿8したところ7/25に受理通知が来た、という経緯です。システム見たところ、査読を行ったのは査読者4のみ、査読者判断は修正十分なのでこのまま掲載可、というものだったようです。結果として、計おそらく5名の査読者で、OKが3か4、NGが1、最終的にOKということになったのだと思われます。
全体を通じて、査読が特にぬるいか、何でも通すといった印象までは受けませんでした。最終的に4:1もしくは3:1であればEditor判断として掲載というのも妥当ではないかと思います。ただ、自身のMDPIの雑誌の査読者としての経験からは、指摘事項が全く対応されていない再投稿稿が送られてきて、Rejectといったのにほぼそのまま掲載されたということも少なからずあったのは事実です。なので、これが2:2とか1:3, 1:4、さらには0:5の場合どうなったかがわからないと、というのはその通りだと思います。
一方で、わずか1か月で3, 4名からの査読コメントが返ってくるというのは、正直驚異的に感じました。上述のとおり多少??のものがあったのは事実ですが、少なくとも5名中3人はこの分野それなりに経験と知識がある方と思われました。私がEditorをやっている雑誌では査読者探しは非常に苦労しており、査読を引き受けてくれるのはうまくいって5人に1人、場合によっては20人に声をかけても皆NGということがあるので、ここまで短期間でどうやってというのは非常に興味深いところです9 。ここでもMDPIの査読の速さは好意的に受け入れられているようですが、やはり完全ボランティアで査読をというのは、もう限界にきているようにも感じるところです10。Editorやっていると論文投稿してくる、けれども査読は引き受けない、なんてグループは非常に頭に来るところなので、査読すると値引きクーポンがもらえるという直接的なメリットがある11というのは、それはそれで1つの考え方に思うところです。
今回の掲載料は約13万円でした。本来は1600CHF(≒26万くらい)なのですが、以前査読をやったときの値引きクーポンが大量に有ったのでそれを使ってこの額に、という形です。20ページ近いので、多分国内の掲載料がかかる論文誌に出した場合でもそれに近い額になると思われます12。額としては高額ですが、オープンアクセスも含めた掲載料という意味ではそこまで高額とは言えないように思うところです13。また、掲載料が0の場合でも実際には出版社が所属研究機関に相当額の購読料が課せられていることは度々問題となっており14、出版社に流れる15お金という意味で結局のところ同じなんじゃない16、とも思うところなわけです。
もう1つ実際に投稿して分かったことですが、サポート的なものは結構充実していました。こちらの問い合わせに対しては投稿時にアサインされたAssistant Editorの方がかなり迅速に対応してくれましたし、最後の著者校正の時はこの方がかなり細かいところまでチェックしてくれました17。著者校正については、正直某社の自動生成Proof&著者校正システムよりもずっと良かったと感じています。某社ですと著者からの事務的な問い合わせ等をそのままEditorに流してくるなんてこともよくあるのですが、それなりの専門知識を持った専任の人をしっかりつけて対応に当たらせているというのは、非常に好印象でした。
MDPIのことをよく言うというつもりやこの出版について自己弁護的なことをいうつもりはありません。ただ、従来のボランティアベースの論文発表システム18 が破綻しつつあることは事実なわけでして、当初色々とあったことは十分に理解していますが、このMDPIのシステムも1つの形になりうるな、ということを実際に投稿してみて感じたわけです19。
とは言いつつ、今回この雑誌に出したのは、メインの研究テーマ20ではそれなりの雑誌にそれなりの頻度で出していること、内容的にあまり出せる雑誌がみつからない状態でテーマ的にばっちりなSpecial Issueだった21こと、そして色々といわれているMDPIは本当のところどうなんだろうかという興味があったこと22が理由でもあります。ただ、MDPIは業績にカウントしないという大学がでてきたなんていうニュースもありましたし23、学生にMDPIを勧められるかというと、現時点では難しいかなとも思うところです2425。
以上、ご参考まで。
- といいますか全く異なる
- 実のところ今この論文の版をやると色々と面倒な部分を感じたりもします。
- 論文にて述べておりますように、本ゲーム最新版の詳細ルールブックなどは無償で提供させていただきます。ご興味のある方はご連絡ください。
- Keywordはgame-based learning, gamification, educational games, board gamesでした。これ以上ないくらいですね。
- 別にMDPIを擁護するとか弁解するとかいう意図はありません。
- 不要ということを確認取っていたので事なきを得ました。
- 人を集めてゲームをやってもらってアンケート、なのですが。
- 初回はReject扱いだったためか再投稿扱いになったようですが。
- 査読をやることで掲載料値引きクーポンがもらえるので、その効果なのかもしれません。もっとも、MDPIからはかなり分野が違うものであっても査読依頼メールが来るので、ばらまいているから、という可能性は多々あるように思いますが。
- かつてに比べると論文の数が爆増しているので。
- 値引きクーポン欲しさに何でもかんでも引き受けて適当な査読をする人が出るという危険性が無いわけではありません。多分そこはEditorが各査読の内容を精査してということになるのかと思います。
- 和文ですが日本機械学会論文集は12ページまで5万円、以降1ページあたり1万円なのでやっぱり10万は超えてしまいます。
- Natureだと100万超えますし、Elsevierの雑誌も誰でも読めるオープンアクセスにすると数十万の費用がかかるようです。
- これ、とかこれ、とか色々とあります。また、査読依頼に対して「俺はElsevierの査読は受けないことにしているんだ!!」なんて返事が来ることもあるのです。
- あえて。払われる、が本来かもしれませんが。
- むしろ研究者側からすると透明かもしれません。
- 単なるレイアウトだけでなく、文献[**]が引用されていないとかこの文字は普通斜体じゃないの、とかまでも含めて指摘してくれました。
- 大学の教員がEditorとしてただ働き、大学教員が論文投稿にかかる費用は0なので一見皆ボランティアのように見えるけれども、実は出版社は大学に非常に高額な購読料を課しているというのはやっぱりちょっとどうかと思うわけです。昔ならばそれほど論文数が多くなかった&おそらく購読料もそんなに高くなかったので良かったのかもしれませんが、今はそれとはまったく状況違いますので。もちろんかつては無かった色々なデータベース構築や維持等に費用がかかっているというのは理解するのですが。
- Special Issueやりませんか招待メールには閉口していますが。
- ここのところそれが何だかよくわからなくなってきていることは否めませんが。
- のでそこに出してこの分野のネットワーキングにつなげたいという意図があった
- &気が付いたら以前よく査読を引き受けていたことによるDiscount Voucherが結構たまっていたことに気が付いたこと。
- 本来は論文はどの雑誌に載ったかではなく、その内容自体で評価されるべきものです。が、少なくとも同一専攻には同じ分野はない→同僚の研究成果を評価することは現実的に不可能という大学においては、定量的な指標を算出する際にこのような判断に合理性がないとまでは言いきれないのが現実です。
- 私の分野でもSensorsとかでは結構いい論文が載っているのですが。
- 多分ここまで大きくなってくると露骨にということはできないはずなので、現在指摘されている問題点も徐々に解消に向かってゆくのだろうとは思います。