津田記念館

はじめに

津田記念館のあらまし

  • 津田記念館の外観
    津田記念館の外観
  • 津田記念館の標本室
    津田記念館の標本室

この記念館は、津田弘氏の寄付により1987年(昭和62年)に開館した日本一大きい植物標本館です。津田弘氏は、1925年(大正14年)2月4日名古屋市に生まれ、中学時代に将来、植物分類学者になろうと決意され、1944年(昭和19年)東北帝国大学理学部生物学科に入学されました。しかし、1945年(昭和20年)の空襲で焼け出され、故郷に帰り、名古屋大学を卒業されました。その後、ヒマラヤ製菓株式会社を創業され、ヒマラヤ美術館を設立されました。津田氏は、1984年(昭和59年)6月に植物分類学の殿堂を建設するためとして3億円を東北大学に寄付して下さりました。この記念館は、津田氏の寄付により建設され、津田氏が生涯深く尊敬しておられた牧野富太郎博士の誕生日にちなみ、1987年(昭和62年)4月24日に開館しました。
津田氏は、1989年(平成元年)7月10日名古屋で永眠されました。ご自身は植物分類学者として生きることはありませんでしたが、植物分類学者の誰もができなかった大きな功績を残されました。
この記念館には、東北大学生物教室第三講座(植物分類学講座)開設以来の植物標本が納められています。
現在、多くの研究者や学生がこの記念館を利用しています。また、記念館では国内外の植物標本の収集が精力的に行われています。

館内内容

館内は次のようになっています。

2階・標本整理室の様子

2階・標本整理室の様子

荷台(中3階)
さく葉庫
2階
さく葉庫,整理室
1階
木村有香記念室,資料図書室,分類検索室,標本作成室,貴賓室,ラウンジ等

植物園の植物標本庫は国際的に登録されています。詳細は,Herbariumu 標本庫(下記)をご覧下さい。

Herbarium 標本庫

東北大学植物園の標本庫は国際登録されています。「TUSG」が植物園本館に、「TUSw」と「TUS」がこの記念館に所属しています。この3系統の標本庫と登録内容は、下の表のようになります。なお、この登録内容は、登録当時のものです。連絡先が下記のように変更されています。

所蔵標本の特徴

東北大学植物園植物標本室(TUSG,TUSw)

1994年(平成6年)4月に金沢大学教養部生物学教室鈴木研究室より移管。さく葉標本および材鑑の証拠標本はTUSに保管。標本は現生材,埋れ木,材化石(中生代,第三紀材化石)からなる。材鑑・材ブロック:6,000点はネパール産材:2,600点を含む。材化石はタイプ標本:27点を含む。

名称 東北大学植物園
国際記号 TUSGおよびTUSw
連絡責任者 牧 雅之
所在地 〒980-0862 宮城県仙台市青葉区川内12-2
電話:022-795-6760
標本点数 TUSG
整理済み標本121,680点(種子植物:115,000点,シダ:6,000点,コケ:500点)
未整理標本67,000点
TUSw
現生材(材鑑・材ブロック:6,000点,プレパラート:27,000点),埋れ木プレパラート(未石化材化石):96,600点,材化石(プレパラートおよびその原石):1,100点

東北大学植物標本室(TUS)

この標本室に収蔵されている標本の主体は維管束植物の押し葉標本であり,現在約500,000点が整理された状態にあります.とくに,木村有香の研究したヤナギ科,大橋広好の研究したマメ科は充実しており,96点の正基準標本(Holotype)を含む293点の基準標本と論文の証拠標本多数が含まれています.この標本室の標本の採取地域は,東北地方のものが多く,東北地方以外では琉球諸島からの標本に重要なものが多いです.国外では,台湾,中国南部およびチベット,ネパール,北アメリカ,オーストラリアで採取された標本が多く収蔵されています.

名称 東北大学大学院理学研究科生物学専攻 植物分類学教室植物標本室
国際記号 TUS
連絡責任者 牧 雅之
所在地 〒980‐77 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉
電話:022-795-6760
FAX:022-795-6766
標本点数 整理済み標本:235,550点(種子植物220,250点,シダ:8,300点,コケ:6,000点,藻類1,000)
未整理標本:251,000点

津田記念館の利用案内

津田記念館は一般公開をしておりません。研究および調査目的で利用されたいと言う方は,下記の連絡先までお問い合わせ下さい。

利用の問い合わせ

〒980-0862 宮城県仙台市青葉区川内12-2 東北大学植物園
Tel:022-795-6760 Fax:022-795-6766

標本の役割

標本と言うと、夏休みの宿題で一度は作ったことのある方も多いでしょう。その頃は、なぜ標本を作るのか?標本がどんな風に使われるのか?、よく知らないで作った人も多いでしょう。
標本は,マニアの収集のように,集めることが第一の目的のように言われることがあります。異国の珍奇な生物がこぞって標本として集められ、陳列された時代もありました。しかし一方で、生物分類学の基本的な研究材料として、生物の多様性を理解するために生物標本は重要な役割を果たしてきており、今でも重要な役割を担っています。ここでは標本の必要性や、東北大学植物園が実際に行っている標本の収集・整理などについて紹介します。

標本とは…?

標本とは生物学の研究のため、適当な処理をほどこして保存した生物の個体又はその一部を言います。生きたもので調べる方がよいことも多いのですが、必要な生物がいつも手にはいるとは限りません。必要なときはいつでも使えるようにに腐らないように,そして生きていたときの状態ができるだけよく保存されるように標本にしておくわけです。
標本が最も多く使われるのは分類学です。それは分類学が多種多様な生物の諸性質の比較に研究の基礎を置いているためです。多くの生物を同時に比較するためには、同じ部位が同じ方法で同じ条件のもとに作られ、保存された材料を用いる必要があります。必要な材料を同時に得るのは比較する種類が増えれば増えるほど大変ですから、日頃から必要な生物を発見する度に採集し、一定の方法で標本にしておきます。その標本の形態は、例えば動物はアルコール等の液浸標本にしたり、骨格標本、剥製にし、昆虫や貝の殻のように腐りにくいものは、整形後ただ乾燥しておきます。植物は平たく圧して乾燥させた押し葉標本にするのが普通ですが、コケ類、地衣類、大型菌類などではそのまま乾燥したり、高等植物の花の部分や菌類など乾燥によって形の変わるのを避けたい場合には液浸標本にします。また、動植物を問わず、微少なものはプレパラート標本にします。
標本の作り方や保存の方法が一定ならば、外国産の生物など、集めることがなかなか難しいものや元の採集地が後の開発などで破壊されて現在では得られなくなってしまったものなども、それを集めた研究者だけでなく他の多くの研究者によって後々利用することが可能です。このようにこれまでに作られた標本を安全に保管しいつでも利用できるようにしておくことに大きな意味があるわけです。東北大学理学部生物学教室では植物標本室、動物標本室に多くの標本を収集し保存してきました。津田記念館はそのうちの植物標本の収納と管理を引き継いで行なっています。

標本の収集

津田記念館に収蔵される材鑑標本

津田記念館に収蔵される材鑑標本

 津田記念館ではこれまでに作られた標本ばかりでなく新しいものも積極的に集め、研究に用いています。生物学教室で研究の行なわれている植物群の標本はもちろんのこと、その他の植物群についても世界中から標本を集めています。生物学教室では1980年(昭和55年)以来、大規模なものから1人だけの短期間の調査まで10数回の海外調査が行なわれています。この調査によって収集された標本も記念館の重要な構成員となり、現在それに基づいて研究が活発に行なわれています。
しかし少数の研究者の集められる標本には限度があります。幸いにも多くの方々から沢山の標本が標本室に寄せられています。その総数は記念館開設以降に限っても実に2万点を越え、その整理に悲鳴をあげるほどですが、そのうちのかなりの数の標本はすでに整理され利用されています。また内外の標本室とも積極的に標本の交換を行なっています。これは私たちの調査の手のなかなかおよばない地域の植物の収集に特に効果的です。現在20以上の標本室と交換を行なっており、毎年2500~6000点の標本を受け入れています。

標本の利用

 標本室に集められた標本は研究の目的に応じて適宜利用されます。多くの場合、標本は材料であって、必要があれば一部を切り出して解剖したり、電子顕微鏡やエックス線などで更に細部にわたって調べたりします。但し、標本室の標本に残せる性質はどうしても形態的なものが主になり、ここで行える研究は比較形態学的なものが主体となります。

現在、植物分類学では染色体数、核型等の細胞学的方法、交配などによる遺伝的な隔離を調べる遺伝学的方法、化学成分を比較する化学的方法、DNA等の遺伝子の構造比較による分子遺伝学的方法など様々な方法が取り入れられていますが、今のところ乾燥標本をこれらの研究の材料とすることはできず*、標本室だけでは研究が完結しなくなってきました。しかし、一方で、これらの方法が複雑多岐にわたればわたるほど、対象とする、つまり材料とする生物の個体なり個体群が何なのか、どういうものなのかを一貫した方法で示すことが必要になってきます。そこで何に対して研究が行なわれたかをを示す証拠として標本を用いるわけです。例えば染色体やDNAを調べた個体を標本として残すことは常識になっていて、この標本のことを証拠標本 (Voucher specimen)と呼びます。研究の結果、論文が発表されると、証拠標本はもちろんのこと、使われた標本は関係研究機関の標本室に保存されることになります。後日その研究について何か疑問が生じたとき、標本から調べ直すことが可能にと考えてのことです。

*DNAは安定な物質なので、保存状態によっては相当古い乾燥標本の中にも残っています。近年の実験技術の発達により、乾燥標本の中に残っているDNAを抽出・増幅して調べることができるようになったので、標本の研究材料としての利用価値は、これまで以上に高く評価されるようになりました。さらに付け加えますと、化石の中からもDNAは抽出・増幅できます(小説や映画で有名ですね)。こちらも化石が低温・乾燥・低酸素環境に埋まっていた場合に、可能性が膨らみます。しかし現実には、まだまだ難しい技術的問題があることも確かです。

  • 津田記念館に収蔵される証拠標本
    津田記念館に収蔵される証拠標本
  • 津田記念館に収蔵されるタイプ標本 (台紙に朱色でTYPEの文字が刻印されています.)
    津田記念館に収蔵されるタイプ標本(台紙に朱色でTYPEの文字が刻印されています.)

タイプ標本

研究を進めるうち、未知の種類であることが分かれば、それに学名をつけ、特徴を書いた記載文とともに発表します。その際、命名の基として一点の標本を選んで同時に引用します。これがタイプ標本(基準標本 Type specimen)、厳密にはホロタイプ(正基準標本 Holotype)です。タイプ標本はその名の付けられた種類について疑問が生じた場合、調べ直すことができるよう安全に保管し、必要に応じて利用できるようにしておかねばなりません。現在、本標本室には500点におよぶタイプ標本が収蔵されており、その保存と整理は本標本室の最も重要な任務の一つとなっています。

タイプ標本

標本の作り方

1. 採集

植物採取をしている様子

植物採取をしている様子

 標本を作るために植物を採集すると言っても、ただでたらめに採ればいいと言うものではありません。採集に当たっては、一般に次のようなことに注意する必要があります。

  • 花や果実は勿論、小さな植物では地下部もそろったできるだけ完全な個体を採集するように心がけること。
  • 採取した植物の特徴や生育地の環境に注意し、それらをメモにとっておくこと。
  • 美しいとか珍しいとかという理由だけで特定の植物を乱獲しないこと。また、付近の植生をできるだけ荒らさないように心がけることも大切です。
  • 植物によっては、暗い所では花がつぼんだり、葉が折りたたまれたりするものがあり、そのような植物は野冊にはさむなどして採集時の形がくずれないようにしなければ良い標本は作れません。

2.乾燥

2階・標本整理室の様子

スエコザサの標本

 採集した植物は、根についた土を落とす等の処理を行った後、押し葉にする作業にとりかかります。
植物体を直接挟むのが挟み紙で、これには半分に切った新聞紙が用いられます。挟み紙に折り込めるように植物を乗せ、枝、葉等がなるべく重ならないように形を整え、必要に応じて挟み紙からはみだした枝を折り曲げたり、二つに切り分けたりします。挟み紙には、採集日、採集者、採集場所等の必要事項を書き込み、押している間ずっと同じ物を使います。
吸水紙は植物体を挟んだ挟み紙と同じかそれよりも若干大きめの厚い紙(本標本室では厚さ 2mm 位のものが用いられています)で、標本にする植物の含水量に応じて 1~2 枚と調整します。吸水紙は湿ってくるごとに取り替え、乾かして(本標本室では電気乾燥機を使っています)再利用します。 この挟み紙と吸水紙を交互に重ね、それを押し台に乗せてその上に重みが均等にかかるように板を置き、最後に 10~20kg の重しを乗せます。重しの重さは中の植物によって調節します。 吸水紙は始めのうちは毎日、乾いてくると数日に一回取り替えます。このときに挟み紙を開いて、植物の形を整えることが重要です。一旦乾いてしまうと、植物は標本として良い形になるように矯正することが出来なくなるからです。1~2 週間押すと、押し葉標本が出来上がります。

3. 整理と保存

このようにして作った標本は、いつでも必要なときに取り出して調べることができるように台紙にはりつけ、ラベルをつけて完全な標本にしておき、一定の順序に従って配列しておく必要があります。

標本を貼りつける台紙は普通4つ折りの新聞紙より一回り大きめの厚手の上質紙(本標本室では 45cm×30cm、180kg の中性紙を使っています)を用い、それに幅 3~5mm の薄く丈夫な紙のリボンで標本を固定します。セロハンテープを使うと簡単に止められるように見えますが、テープの周囲がごみで汚くなる上に、セロハンテープの接着面は数年で劣化して剥がれてしまい、長期の保存には適していません。紙のリボンを用いて標本を止める場合でも、同じ理由で劣化しやすい接着剤は使用できません。そのため、標本作製の際の接着剤には昔からアラビアゴムが使われており、本標本室でも昔はこれをリボンの接着につかっていました。現在では、薄い和紙にビニールをコーティングしたラミネート紙が専ら使われています。このテープのコーティング面を下にして、標本をおさえ、接着したいところを、上面から電気ゴテで熱を加えると、コーティングされたビニールがとけ、台紙にくっつき標本が固定されます。 ラベルには標本に必要な事柄を記入して、通常は台紙の右下に貼りつけます。本標本室では現在、次のようなラベルが用いられています。この例に見るように、公共の標本室では外国人でも読むことができるようにラべルの記載には英語が主に使われています。手書きのときは、字が永久に消えることのないよう使用するインクに注意し、ボールペンやサインペンは決して使ってはいけません。

科名 Gramineae
種名(学名) Sasaella ramosa (Makino) Makino var. suwekoana (Makino) S. Suzuki
種名(和名) スエコザサ
生育環境 On sunny forest margin.
個体の特徴 (特になし)
採集地 JAPAN; Miyagi Pref., Sendai-shi, Aoba-ku, Kunimi-5-chome
(仙台市青葉区国見5丁目)
140。50’30″-40″E, 38。16’10″-20″N, alt. 120-130m.
採集年月日 14 Sep. 1992
採集者 Koji Yonekura
標本番号 No.1058

4. 収納

こうして出来上がった標本は、虫やカビがつかないようにして乾燥した所に保管し、一定の順序で配列しておきます。本標本室の場合、標本をまずマイナス20℃の冷凍庫に入れて殺虫し、それを種ごとに分けて標本台紙の倍の大きさの紙を二つ折りにしたカバーに挟み、標本庫の所定の柵に収納しています。