日本の法廷では,対審構造と呼ばれる枠組の中で裁判が行われています.
大学一年生レベルの熱力学(物理学)を例に,どのような問題が発生するか,みてみましょう.
尋問者(弁護士)が科学者(証人)を誘導尋問しています.
(尋問者)証人は,熱力学をご専門にされていますね?
(科学者証人)はい.
(尋問者)そこでお伺いします.「熱容量」とは,温度を1度上昇させるのに必要な熱量という理解でよろしいですね?
(科学者証人)はい.
(尋問者)1万リットルの容積を持つ部屋を,20度から30度に暖めるのに必要な熱量はいくらですか?
(科学者証人)(計算をした後)××キロカロリーです.
(尋問者)私たちのところで,国立△△研究所に依託して,空気が漏れない巨大ピストンを作って1万リットルの空気を入れ,実験してもらったんです.すると,20度から30度に暖めるのに必要な熱量は,○○キロカロリーになったそうです.ここに鑑定書も在ります.この結果は,教科書に書いてある理論とも一致したそうです.さて,先ほど,証人は××キロカロリーとおっしゃいましたね.
(科学者証人)はい.
後日
(尋問者)裁判長! 先日の証人尋問から明らかなように,証人の証言には,物理学の教科書的知見にさえ矛盾する内容が含まれます.よって,証人の主張には,なんら科学的信憑性がないことが証明されました!!
科学者が誠実に,科学的知見を正しく述べても,誘導尋問によって,さも科学者がうそをついているように貶めることが可能です.
# 科学的知見の成立条件をすり替えています
# (詳しくは,「法廷の科学リテラシー」科学技術社会論研究,第7号,
# P. 118-P.126, (2009)を参照).
上記の尋問例は,リンクページの「弁護のゴールデンルール」(キース・エヴァンス著,現代人文社, 2000年)に忠実に従ったものです.
エヴァンス流の弁護術(ゴールデンルール)が日常的に科学裁判で活用されている現状から,科学者は法廷での科学尋問の根源的な(深刻な)問題を見出しました.
対審構造の誘導尋問によって科学的知見がねじ曲げられてしまう問題は,世界的には広く認識されています.そして,様々な制度改革が行われています.コンカレント・エヴィデンスもその一例です.