「研究」の世界に入る前
大学院をもつ部局に所属する教員は、毎年、複数の「研究生受入」の依頼メールをもらいます。多くのメールの中で教員に良い印象を与えるのは、研究生希望者の研究テーマと研究能力がよく書かれているものです。
しかし特に留学生からのメールは、生年月日を含む自己紹介に加え、所属大学の特徴や、自分は努力家なので受け入れて下さい、といった形で構成されており、最も大事なポイントとなる研究に関するところは、次のような定型文が珍しくありません――「貴学のサイトから、先生の研究内容がわかりました。私は先生の研究内容に特に興味があるため、もしよければ来年4月から、先生の下で、研究生として頑張りたいと思います」、など。
以上のような定型文は最近、極めて多いですが、それに対応する教員はおそらく少ないでしょう。大学院は「研究」をするところですので、少しでも研究生希望者自身の「研究」に対する独自の考えが書かれていなければ、メールの返信でアドバイスを受けることも難しいですし、受け入れてもらう可能性も低いと考えられます。
「入学したら頑張ります、先生の指導に従います」というメールではなく、まず自分は大学院レベルの専門的な研究ができる人間であることを示さなければなりません。もちろん、入学を希望される方は最初からプロの研究者なわけではありませんが、大学院は「勉強」を教えてもらうところではなく、自分で「研究」を行える力を養うところです。そのためにいくつか意識しておいたほうがよいことがあります。
「研究」と「お勉強」
あの有名な『広辞苑』(第5版)によれば、「研究」とは「よく調べ考えて真理をきわめること」です(853頁)。もちろん、その他にも様々な定義は可能でしょうが、ここでポイントとなるのは、「きわめる」という言葉です。
つまり「研究」とは、今までにないような、新たな「知識」を構築することであり、「お勉強」とは大きく異なるものです。西川純氏の言葉を借れば、「研究とお勉強の大きな違いは、お勉強は既に誰かが明らかにしたことを学ぶことであり、研究は誰も知らないことを明らかにすること」です(『新版・実証的教育研究の技法』1999年、142頁)。
大学教員には毎年、複数の受け入れリクエストが寄せられ、上述のような定型文か、そうでなくとも多くは「〇〇に興味がある」や「〇〇について勉強がしたい」など漠然とした「お勉強」気分の内容です。教員が求める学生は、既に「お勉強」はある程度してきて、これから「研究」ができる者です。そこで研究生希望の方が疑問に思うのは、自分でどのような「お勉強」をして、漠然とした関心から、指導教員が納得できるような研究テーマへと、どのように展開すればよいのか、ということでしょう。以下、本ゼミ教員の中心課題である日本宗教史を軸として、そのアドバイスをしてみたいと思います。
下記は特に、研究生をこれから目指す留学生を念頭に置いたものですが、すでに研究生として受け入れられ、修士論文のテーマを模索中の方にも役立つかもしれません。
「関心」から「研究」へ
漠然とした興味関心を、如何にして研究課題に展開させるのか難しいところですが、以下はその下準備としての「お勉強」の基本的な進め方です。
a) 例えば、「日本仏教」に関心のある方は、まずそのテーマを大きく扱った「概説書」を三冊以上、「お勉強」のつもりで読破します。
b) それを読んだ結果、やはり明治維新以降の仏教が最も面白かったので、もっと知りたくなりました。仏教史の中でも「近代」という時代に関心があることがわかりましたので、今度は、「近代」を中心とする概説書を読破します。
c)「近代仏教」の入門書複数を読んだ結果、「妖怪学」を創設して、仏教のいわゆる「近代化」に貢献した井上円了の思想について関心があり、さらに調べたいと思いました。その次は、井上円了に関しての書物を手にします。
ここまできましたら、日本仏教史の枠組での「近代仏教」の問題を把握し、近代仏教の枠組での「井上円了」の位置づけが分かり、充実した研究問題が初めて、導き出せることになります。
問: でも、研究計画書を書くためだけに、7、8冊も読まなければならないですか?
答: はい、そうです。読めば読むほど充実した計画書になりますが、以上の三段階は最低限のものです。まとめると、
①入門書/概説書
②より狭い分野の概説書
③専門書プロパー(研究書)
という三段階の「お勉強」の上で、テーマを考えてみてください。その三段階を踏まえた計画書であれば、よい研究を行える可能性が高いでしょう。
具体的な研究課題を考える
研究課題には、必ず三つの要素が必要です。それは「問題」、「対象」、「方法」です。「誰々人物に興味がある」という院生はよくみますが、その「対象」に伴って「問題」もちゃんと設定していなければ、行き詰るリスクが高いです。
問題: どのようなことを解決したいのか
対象: その解決に向けて、具体的に何を取り上げるか
方法: それを如何に解決していくか
例:「近代日本における「迷信」の概念を理解するために、井上円了の思想とその同時代的影響を宗教史の視点から検討していく」☜ ここで、三つの要素が整えられています。単純に「井上円了に興味がある」ではなく、彼を通して、明治期の宗教思想界において鍵概念の一つたる「迷信」を、宗教史的な視点から究めます。「問題」と「対象」を最初からセットで考えると、あとはとても楽です。
つまり
- 問題、対象、方法を踏まえた計画書を作成し、その分野に詳しい指導教員を探す。
- 指導教員のことをよく調べ、できればその業績(単著や論文など)に目を通すこと!
- 指導教員に、「お勉強したい」ではなく、「研究したい」という印象を与えること!
- すなわち、「お勉強」をした上で、具体的「研究」の展望を示すのが研究計画書!
「研究とは何か」と、もっと知りたい方は、下記のような古典を見てみてください。
⇒ ウェイン・C・ブース・他『リサーチの技法』(第4版、川又政治訳、ソシム、2018年)〔Wayne C. Booth et al., The Craft of Research, Fourth Edition, Univ. of Chicago Press, 2016〕