• Fast Neutron Laboratory, Tohoku University, JAPAN

RBS分析(元素分析・深さ方向分析・元素マッピング)

RBSの概要と原理

RBSはRunthford Backscattering Spectroscopy(ラザフォード後方散乱分光法)の略語であり、固体試料にMeV級の水素やヘリウムのような軽いイオンビームを入射し、ラザフォード後方散乱によって試料表面から後方へ反射されるイオンのエネルギーと強度を測定する手法です。固体中に含まれる原子の組成、量、深さ方向分布を調べることが可能です。定量に用いる散乱断面積や試料中のエネルギーロス(阻止能)などのデータの信頼性が高いため、標準試料を用いることなく深さ方向組成分析が可能です。

RBSによる試料中の元素分析の原理は、原子によりある方向にラザフォード散乱されるイオンのエネルギーがその原子の質量により異なるという事実に基づいています。関係式は図1中に示す通りで古典力学の二物体衝突の方程式より導くことが出来ます。式中のkはカイネマティック因子(k-factor)と呼ばれます。

少し詳しい解説 k-因子の標的原子質量依存性

RBS分析では後方散乱されたイオンのエネルギースペクトルを半導体検出器により測定します。入射イオンのエネルギーと質量数は既知ですので、ある角度に半導体検出器を置いて後方散乱イオンのエネルギーを測定することで、式より標的原子の質量数 を同定することができます。RBS分析では、試料が二つの元素から構成されているとき、どれだけ小さい質量差(エネルギー差)を見分けられるか、つまり質量分解能が重要であり、k-因子はその指標となります。

ここで図2に、入射イオン種に対するk-因子の標的原子質量依存性を示します。散乱角はRBS分析で代表的な165度です。同図から、標的原子質量が小さい領域ほどk-因子の変化率は大きく、標的原子質量が大きい領域ほどk-因子の変化率は小さい、つまり標的原子質量が小さい領域ほど質量分解能は高く、標的原子質量が重い領域ほど質量分解能は低い傾向にあることがわかります。入射イオンよりも標的原子が軽い場合は前方散乱しか起こらないなどの理由から、RBS分析では入射イオンにHeイオンが用いられることが多いです。次に図3に、代表的な散乱角に対するk-因子の標的原子質量依存性を示します。標的原子の質量が概ね30あたりから、散乱角が大きくなるにしたがってk-因子の質量に対する変化率は大きくなります。このように照射するイオンの種類とエネルギーが同じ条件下では、散乱角を180度に近い位置に設定した方が標的原子が元素が識別しやすくなります。

Si基板を例にしたRBSスペクトル

ここで具体的に種々の試料に対するRBSエネルギースペクトルの概略を図4に示します。各試料はそれぞれ(a)SiO2結晶、(b)黒鉛基板上のSi薄膜、(c)黒鉛基板上のSiO2薄膜、(d)黒鉛基板上のSiC薄膜からのRBSエネルギースペクトルです。

スペクトル中の実線の矢印は表面に存在する原子から散乱されたイオンのエネルギーです。これらの散乱イオンエネルギーは先式により力学的に決定されます。表面原子による散乱イオンエネルギーより低いエネルギーにおける散乱強度は試料内部に存在する原子からの散乱を表しています。

(a)SiO2結晶について、スペクトルがゼロエネルギーまで連続的に延びているのは結晶厚さが入射イオンの侵入深さに比べて十分大きいためです。また、点線はSiからのRBSエネルギースペクトルを表し、実線と点線の差がO原子由来のスペクトルとなります。(b)黒鉛基板上のSi薄膜について、Siからの散乱強度が台形であり、Siの台形スペクトルからはそのエネルギー幅から膜厚を決定することが出来ます。また、Cの実線の矢印のエネルギーにおける散乱強度はゼロですが、これはC原子が表面には存在しないことを示すとともに、Si中に炭素が含まれていないことも示しています。このことは(d)のスペクトルと比較すると分かり易いです。このようにしてRBS分析ではエネルギースペクトルより、試料中の原子の組成、量、深さ方向分布を調べます。

▲図4 各試料に対するRBSエネルギースペクトルの概略図(「イオンビームによる物質分析・物質改善(2000)」より引用)