総務省 戦略的情報通信研究開発推進事業

SCOPE:Strategic Information and Communications R&D Promotion Programme



研究課題名:

超小型衛星のターゲットポインティング制御を活用したオンデマンド・リモートセンシングシステムの研究開発


研究期間:

令和元年度~令和2年度


研究代表者:

桒原聡文 (東北大学)

研究分担者:
  • 坂本祐二、藤田伸哉 (東北大学)
  • 栗原純一 (北海道大学)
  • 竹中秀樹 (情報通信研究機構 NICT)


1. 研究開発の概要:

軌道上の超小型衛星RISESATを活用し、高解像度多波長望遠鏡HPTを用いたオンデマンド・リモートセンシング、光通信送信器VSOTAを用いた高速光通信、及びそのために必要となる高精度衛星姿勢制御の実証実験を行う。取得したデータを迅速に地上に伝送する実証試験を行うと共に、低コストX帯地上局ネットワークの構築やユーザーによる観測要求及びデータ利活用の円滑化のためのWEBインターフェースの開発を行う。


2. 本研究開発における令和元年度の研究開発実績:

研究開発目的の達成状況、及び研究開発実績について、計画時の項目に沿って以下に説明する。

1) 衛星システム運用技術の確立と主要3技術の評価実験実施

オンデマンド・リモートセンシングシステム構築のための宇宙機の着実かつ効率的な運用技術の確立のため、衛星側の主要3技術について既存地球局を用いて以下の通り基本性能評価を行った。

[1] RISESAT 衛星・姿勢制御系(ACS)

RISESAT衛星の姿勢制御システム(図1)について、打ち上げ後約1ヶ月をかけて搭載機器の動作確認と調整を実施した。この作業において、いずれの機器についても健全に動作し、事前の地上シミュレーション解析に概ね一致した挙動を示すことが確認された。得られたセンサデータを組み合わせて評価を実施することで、恒星センサ(STT)については露光時間・ゲイン・基準焦点距離の調整を、地磁気センサ(GAS)についてはゼロ点の調整を、精太陽センサ(SUSH)については外乱光識別閾値・センサアライメントの調整を行い、その技術を確立した。

RISESAT衛星を用いた姿勢制御技術の軌道上実証をその後も継続的、段階的に実施し、成果を出していく中で、2019年6月11日に搭載角速度センサが故障し、Z軸の角速度計測が不能となるトラブルが発生した。そのため、当初目標としていた姿勢制御精度を達成できないことが確定的な状況となった。この状況を受け、姿勢制御コンピュータ(ACU)のソフトウェア調整を実施し、他のセンサデータにて角速度計測を補うことができるよう、軌道上のソフトウェア動作を修正した。その結果、故障発生前と比較して精度は低下するものの、姿勢制御を実施し、リモートセンシングが可能な状態にまで復旧させることができた。これにより、図2に示すような観測データが取得可能な状態となった。この不具合対応を実施する中で、衛星の姿勢制御アルゴリズムの堅牢化、及び搭載装置の冗長化による信頼性の向上に関わる知見を付随的に得ることができた。この成果に関しても今後の対外発表を計画している。

[2] 高解像度多波長望遠鏡(HPT)

RISESAT衛星に搭載された高解像度多波長望遠鏡(HPT: High Precision Telescope)について、実際の運用を通じて軌道上における基本性能を評価した。HPTによる地上の二次元スペクトル撮像と衛星のターゲットポインティング制御を組み合わせ、任意の地点に対して任意のバンドで計測するオンデマンド撮像技術を実証した。具体的には、仙台市を目標地点としたターゲットポインティングにおいて8波長による撮像を試み、姿勢制御及び撮像に成功した(図3(左))。このHPTによる撮像画像を、欧州宇宙機関ESAの大型地球観測衛星Sentinel-2に搭載されたマルチスペクトルセンサMSIによる同一地点、同一日の観測画像と比較し、期待通りの性能が得られたことを確認した(図3(右))。これにより、HPTの撮像に要する露光時間に対して、ターゲットポインティング姿勢制御の安定性が十分であることが示された。この成果に関しては国際学会で発表を行うと共に、学術誌への投稿を行い、採択が決定している。

[3] 光通信送信器(VSOTA)

RISESATに搭載されている光送信機VSOTA(Very Small Optical TrAnsmitter)の軌道上での動作確認を実施した。VSOTAは2種類のレーザを搭載しており980nmレーザをTX1と1550nmレーザをTX4としている。変調方式は2種類あり強度変調方式であるOOK-NRZとパルス位置変調(PPM)があり、TX1、TX4共に切替が可能である。各レーザには受信強度を計測できるフォトダイオードがあり、フォトダイオードのテレメトリを用いてVSOTAの軌道上での健全性の確認を実施した。

図4が軌道上でのLD動作の確認結果である。左がVSOTAの各レーザの出力レベルテレメトリを示しており、右がレーザの温度テレメトリデータを示す。レーザの最大出力レベルが違うため、各レーザで差がでているが、各モードでの出力レベルは打上前に地上で計測した出力と同程度であることが確認し、正常に動作していることが確認できている。また、温度テレメトリデータに関しても、想定している設計値内で動作していることが確認でした。これらの確認を定期的に実施し、VSOTA動作の健全性の定期的な確認を実施している。

2) 衛星追尾の姿勢系校正と評価ツールの性能向上

RISESAT衛星に搭載された視野の異なる2台の恒星センサ(STT)について、軌道上にて同時姿勢計測を行い、センサ間のアライメント校正を実施した。尚、この恒星センサは東北大学が中心となり、独自開発を行ったものである。上記アラインメント校正により、高精度姿勢決定が可能な領域を拡大し、柔軟な運用を可能とした。いずれのSTTも使用可能な領域においては、より星検出能力の高いSTT1を優先して使用することとして衛星運用を行うこととした。

また、軌道決定誤差の影響を受けにくい比較的遠方のターゲットとして月を使用し、HPT-STT1間のアライメント校正を実施した。複数回の月校正観測を通して、HPT視野中心とSTTとの角度誤差を取得することができた。この誤差角をリモートセンシング時や光通信時に適用することで、より正確にHPTを目標地点へ指向させることが可能になる。RISESAT衛星を用いた軌道上運用においてこの技術を確立することができた。本成果に関しては第2年度目に国際学会での発表を計画しており、現在投稿論文の執筆作業を実施している。後述の通り、主光地上局での光通信実験は未了である。

3) スペクトル計測の軌道上での校正技術の確立

HPTによる月をターゲットとした軌道上校正に取り組み、月面の撮像に成功した。反射スペクトルが既知の月面をHPTによって定期的にスペクトル計測することで、センサ感度の絶対校正および継時変化の評価を行った。この場合も、ターゲットポインティング姿勢制御の性能が十分であることが実証された。超小型衛星に関しては1年以上にわたる軌道上校正の報告がないため、3か月に1回以上の定期的な構成実績を1年以上継続したのちに成果発表を行う予定である。現在観測データの蓄積を行っており、第2年度目に成果がまとまり次第、学術誌への成果発表を予定している。

4) 光通信ダウンリンク実験

光通信ダウンリンク実験をするために、図5(左)の光地上局にVSOTA用受信光学系を構築した。VSOTA実験で使用する通信用受信系フロントエンドは主望遠鏡である1.5m望遠鏡の焦点の一つナスミス台に設置しており、1.5m望遠鏡主鏡の側面に追尾実験用のガイドレーザも設置した。1.5m望遠鏡で受信した光信号は、ナスミスベンチの受信光学系に導かれ各計測機器で受信する。また、マルチモードファイバ(MMF)で受信した光信号はMMFを通して1Fの受信システムに導かれ、VSOTA用のIMMD受信装置やPPM受信機でデータ解析を実施する構成である。PPM受信機には高性能超伝導単一光子検出(SSPD)を設置しており、フォトンレベルの量子通信まで実施可能である。光受信実験までには至っていないが、1年目の目標でもある光地上局の受信システムが完成した。第2年度に光受信実験の実施を計画している。

目標の実施のために軌道予報精度の確認と光地上局での追尾実験を実施した。地上局の衛星追尾によく用いられる衛星軌道予報は一般に2行軌道要素(TLE)で公開されている。近年では予報の精度は向上しているといわれており、更新頻度も1日2~3回となっているが、光通信実験の初期捕捉を実施するには精度が十分ではない。私たちの実験経験から実験実施時間にもっと近い新しいエポックのTLEを用いても平均0.3秒、最大1秒程度のタイムバイアスを必要としており、角度にして0.1度(1.7mrad)の中心からの誤差を生じている。そのためRISESAT搭載のGPS受信器で取得した位置情報をもとに軌道解析をして生成した軌道要素を実験前にダウンリンクして実験時の予報を改良することで比較的安定した初期捕捉をおこなっている。

光地上局には複数の視野をもつカメラを設置しており、ガイドレーザとRISESATをとらえたのが図5(右)である。図5(右)において左図は視野約20度の広視野カメラで地上からのCWガイド光が表示されている。また右図には視野約0.3度の追尾用ガイドカメラで、追尾開始直後のRISESATの太陽光反射光を捉えた画面である。左方から中央に向かって棒状の明るい像がCWガイド光のレイリー散乱光であり、レイリー散乱光の先端が予報値で追尾している場所である。軌道改良した予報値によりRISESATをほぼ視野中心にとらえていることがわかり、目標である光地上局からの光通信のためのターゲットポインティングが問題無く成功していることを確認できた。

前述の通り、角速度センサに不具合が発生したことにより、当初予定していた高解像度望遠鏡HPTに加え、より広角の海洋観測カメラOOCを用いた実験が必要となった。そのため、OOCの光波長フィルターにあわせた地上からのアップリンク(ビーコン)のためのレーザを新規調達した。地上局への本レーザの設置により、複数レーザの同時照射による追尾設備を構築すると共に、衛星追尾試験を継続的に実施し、指向精度の向上を達成した。第二年度においても継続的に実験を行う計画である。

5) 成果発表

第1年度目に得られた研究成果に関しては口頭発表形式の国内外の学会、及び講演会で成果発表7件、査読付き口頭発表形式の学会での発表2件、及び査読付き学術誌での発表1件(採択済み)を実施した。またこれに加え、査読付き学術誌に投稿済みのものが1件ある。更に、第2年度に開催される予定の国際学会への投稿を完了したものが1件ある。第2年度目には上記成果について学会、及び学術誌に継続的に投稿すると共に、報道形式の成果発表にも努める計画である。

当初の研究開発は概ね予定通りに進行している。適切な研究開発体制を構築し、効率的な研究開発活動を展開し、成果を出せている。衛星を用いた軌道上実証には実際の運用作業や搭載機器の動作性能など不確定要素が内在するが、初年度の本研究開発においては十分な研究成果を達成すると共に、第2年度の研究開発活動に繋がる成果を出すことができた。ただし、上述の通り、衛星搭載装置の一つである角速度センサの軌道上偶発故障とその対応により、光通信ダウンリンク実験の進捗に遅れが生じ、技術的な実現可能性に関しても課題が生じた。これらの研究開発活動は第2年度への持ち越し事項となる。