ポストペロブスカイト型酸化物Ca1-x Nax IrO3における金属絶縁体転移
地球の内部構造(図1)に対する人類の知識は、高圧技術の発展と共に深まってきた。2004年、地震波の測定からその存在が知られていたD”層の正体が詳らかにされ、終にマントルの全貌が明らかとなった[1]。マントルの層状構造は、Mg-Si-O三元系の構造相転移に対応している。地表に近いオリビンから、スピネル、ペロブスカイト、ポストペロブスカイトと進むにつれ、より稠密な構造となっていく。
図1: 地球の内部構造。2004年、マントル最深部のD”層がポストペロブスカイト型MgSiO3より成る事が明らかにされた[1]。
D”層がポストペロブスカイト型MgSiO3から成る事が明らかにされて以来、地球物理学者は、同構造を取る化合物をモデル物質として調べている。その中でも最も注目を浴びているのが、CaIrO3である。CaIrO3は比較的低圧(約2 GPa)でペロブスカイトからポストペロブスカイトに転移するため、温度-圧力平面における2構造間の相境界(Clapeyron勾配)を正確に求めることが出来る[2]。また、常温常圧下で安定に存在する唯一のポストペロブスカイト型酸化物であり、透過電子顕微鏡で転位のBurgersベクトルを決定出来る[3]。さらには、一軸圧力下の選択配向を観察することで、D”層における地震波の異方性の起源に迫ることが可能である[4]。
凝縮系物理学の観点から眺めると、CaIrO3は、Ir4+の(t 2g )5電子配置に由来するS = 1/2スピンが擬2次元長方形格子を組む量子スピン系である。我々は、この高温超伝導体母物質との類似性に着目し、CaサイトをNaに置換することでキャリアドーピングを行った[5,6](図2)。
図2: ポストペロブスカイト型Ca1-x Nax IrO3の電子相図。注入されたキャリアは母体のS = 1/2スピンと高スピン状態を形成する。構造の2次元性を反映して、反強磁性金属相は存在しない。
母体(x = 0)は転移温度T N = 115 Kの反強磁性Mott絶縁体である。キャリア注入に伴い、電気抵抗率は次第に小さくなり、x = 0.30付近でdρ /dT > 0の金属となる。それとほぼ同時に反強磁性秩序は消失する。反強磁性金属相の不在は、3次元系における金属絶縁体転移と対照的である。残念ながら、量子臨界点近傍に超伝導は出現しないが、これはドープされたキャリアが母体のS = 1/2スピンと高スピン状態を形成するためだと考えられる。Zhang-Riceシングレットを形成する高温超電導体との相違は、軌道縮重の有無に起因する。
量子臨界点近傍の金属相は異常な物性を示す。電気抵抗率(ρ )の温度(T )依存はρ ∝ T 1.2であり、強い反強磁性揺らぎが存在する事が示唆される。実際、金属相における磁化率の強い温度変化は、反強磁性揺らぎの反映に他ならない。電気抵抗率は、低温でlnT 発散を示す。これは、2次元系における弱局在現象だと理解できる。正常磁気抵抗効果は大きな温度依存性を示し、Kohlerの法則が破綻している。この破綻は高温超伝導と共通であり、2次元フィリング制御型Mott転移系の普遍的な振る舞いである可能性がある。
<参照文献>
- “Post-perovskite phase transition in MgSiO3” M. Murakami, K. Hirose, K. Kawamura, N. Sata, and Y. Ohishi, Science 304, 855 (2004).
- “Clapeyron slope of the post-perovskite phase transition in CaIrO3” K. Hirose and Y. Fujita, Geophys. Res. Lett. 32, L13313 (2005).
- “Crystal morphology and dislocation microstructures of CaIrO3, A TEM study of an analogue of the MgSiO3 post perovskite phase” Nobuyoshi Miyajima, Kenya Ohgushi, Masaki Ichihara, and Takehiko Yagi, Geophys. Res. Lett. 33, L12302 (2006).
- “Lattice Preferred Orientation in CaIrO3 With Perovskite and Post-Perovskite Structures Formed by the Plastic Deformation Under Pressure” Ken Niwa, Takehiko Yagi, Kenya Ohgushi, Nobuyoshi Miyajima, Takumi Kikegawa, and Sebastien Merkel, Phys. and Chem. of Minerals 34, 679 (2007).
- “Metal-Insulator Transition in Ca1-xNaxIrO3 with Post-Perovskite Structure” K. Ohgushi, H. Gotou, T. Yagi, Y. Kiuchi, F. Sakai, and Y. Ueda, Phys. Rev. B 74, 241104(R) (2006).
- “Ca1-xNaxIrO3 as a novel quasi-two-dimensional Mott transition system” Kenya Ohgushi, Hirotada Goto, Takehiko Yagi, Yoko Kiuchi, Fumiko Sakai, and Yutaka Ueda, Physica C 460-462, 534 (2007).