研究の背景

 宇宙論は高エネルギーの物理学と並行して発展しています。宇宙の始まりからわずか数分の間に起こった軽元素の合成、すなわちビッグバン元素合成を理解することは、初期宇宙の状態を知るための重要な鍵です。この時代の理解には、地上での原子核反応の実験結果が不可欠でした。それらの実験で得られた理論を初期宇宙の高エネルギー環境に適用することで、軽元素の合成過程を理論的に予測し、観測結果と一致することが確かめられています。この理論と観測の一致は、宇宙が高温高密度の状態から始まり、膨張することで冷えていったことを示しています。

 ビッグバン元素合成以前の宇宙の出来事を探求するためには、より高エネルギーの物理学の理論である素粒子理論を活用することが必要不可欠です。 2012年のヒッグス粒子の発見は、標準模型のすべての粒子が観測されたことを意味し、素粒子理論の発展に大きな進展をもたらしました。

 しかし、素粒子の標準模型を駆使しても、宇宙論には未解決の問題がまだ多く存在します。例えば、Alan Guth教授が提唱したインフレーション理論は、宇宙の膨張の初期段階を説明する有力な理論ですが、その後の宇宙の熱史や物質の生成過程についてはまだ明らかにされていません。素粒子の標準模型では物質と反物質がほとんど対称に存在することを示唆していますが、実際の宇宙はほとんどが物質で構成され、反物質は安定な塊としては存在していません。 また、銀河の回転曲線の観測などから、標準模型の粒子ではない新しい物質である暗黒物質(ダークマター)の存在も確認されています。これらの事実を説明するためには、インフレーション後の宇宙の熱化過程を詳細に理解し、物質やダークマターを作り出すシナリオを解明することが必要です。

 これらの宇宙の謎は、現在の素粒子理論がまだ完成していないこと、そして標準模型を超えた新たな理論が存在する可能性を示唆しています。つまり、宇宙の未解決問題に取り組むことで、標準模型を超える新しい理論についての手がかりを得ることができます。特に、物理学の究極理論と考えられている超弦理論がこれらの宇宙論の問題を解決できれば、超弦理論が正しいことを証明する重要な証拠の一つとなりうるでしょう。実験的に直接検証することが困難な超弦理論であっても、宇宙論と組み合わせることで間接的に検証できると言えるかもしれません。

 さらに、現在の宇宙論の研究は、LIGOやNANOGravなどの重力波観測実験の成果によって大きく前進しています。重力波は光とは異なり、一度放射されると他の物体に吸収されることなく情報を伝達する特性があるため、初期宇宙の情報を直接観測する手段として非常に有望です。特に、宇宙の温度が冷えていく過程で様々な相転移が引き起こされる可能性があり、その相転移のダイナミクスに伴って重力波が放射される可能性があります。これらの重力波は将来の観測実験によって観測されるかもしれません。実際、2023年にNANOGravによって観測された重力波は、そういった新しい現象によって引き起こされたものである可能性があります。

 こういった研究分野の背景のなかで、主に以下の研究テーマについての研究を行っています。 この研究を通じて、物理の基本法則に基づいて宇宙の起源と進化に関する理解を深め、人類が抱える根源的な疑問に答えを見つけることを目指しています。


研究分野

インフレーションとその後の熱史

宇宙の物質反物質非対称性の起源

ダークマター(暗黒物質)

相転移および位相欠陥と重力波

ブラックホール

標準模型を超えた素粒子理論の模型

超対称性理論、余剰次元、大統一理論、右巻きニュートリノ、アクシオン、etc



この研究室に進学することを考えている人のために:
1) 多かれ少なかれ、研究を進める際に数値計算を活用しますが、数値計算はただのツールの一つに過ぎません。また、状況によっては、手計算のみで研究を進めることもあります。
2) 素粒子理論の分野の慣習として、論文の名前の記載順はアルファベット順にしています。first author や last authorといった概念はありません。