物理学概論(医学部) 講義ノート
- sec.0 : はじめに
- sec.1 : 物理学を学ぶ意義
- sec.2 : 物体の運動
- sec.3 : 運動方程式
- sec.4 : ポテンシャルによる力
- sec.5 : 力学的エネルギー保存則
- sec.6 : 運動の範囲
- sec.7: 過渡現象
- sec.8 : 単振動と円運動
- sec.9 : 強制振動
- sec.10 : 減衰振動
- sec.11 : 減衰のある強制振動
- sec.12 : リミットサイクルと共振
はじめに
本書は二つの部分から構成されている。
前半では、ポテンシャルエネルギーの概念を中心に、力学の理論への理解を深めることを目指す。この考え方は、力学にとどまらず、さまざまな分野においても有用な視点を提供する。例えば、二つの粒子を近づけたり引き離したりする際に必要なエネルギーや、エネルギーの供給源と消費の仕組みなどを、ポテンシャルエネルギーという観点から考察できるようになる。
後半では、減衰や外力を伴う振動を取り扱う。振動現象は物理学に限らず、多くの分野に共通する基本的な現象である。この部分では、振動を通じて微分方程式の解法やその意味について学ぶ。異なる現象であっても、同じ形式の微分方程式で記述されることは多い。また、微分方程式の解を直接求めなくても、その性質を定性的に理解する力を養うことも重視している。これにより、将来的に微分方程式に従う現象に遭遇した際にも、そのダイナミクスをイメージできるようになる。
本書は、物理学や工学を専門としない学生を対象としている。そのため、運動量保存則や衝突の問題など、物理学では重要であるが一般の学生にとってはあまり必要性の高くない内容は少なめにした。同様に、剛体の回転や非慣性系についても扱っていない。代わりに、科学全般に役立つと思われる本質的な考え方を重視した。また、15回程度の授業で説明可能な分量を想定している。
本書で用いる数学は、高校数学で学ぶ微分積分を前提とする。特に、正弦関数や指数関数の微分、合成関数の微分、二次元ベクトル、複素数平面、媒介変数表示について理解していることが望ましい。
1. 物理学を学ぶ意義
物理学や工学を専門としない学生にとっても、物理学を学ぶ意義とは何だろうか。 ここでは、その必要性を実感してもらうために、いくつか興味深い応用例を挙げて説明する。
ただし本音を言えば、学ぶ前から「この知識は何に役立つのか」と受け身になるのではなく、まずは主体的に学んでみてほしい。その上で、自ら応用方法を見出してもらいたい。ここで示す例以外にも、自分自身の置かれた状況や身の回りの現象と関連づけながら考えることが何より重要である。
1-1. 微分方程式で記述される現象
後ほど詳しく述べるように、ニュートン力学では運動方程式という形で現象を表現する。一方、生態系、化学反応、経済活動、生体反応など、身近な現象の時間変化も適切にモデル化すれば微分方程式で記述できる。このように数学的にモデル化したものを数理モデルと呼び、その中でも時間とともに変化するものを一般に力学系という。 力学で習得した方程式の解法や解の特徴を理解することで、このような幅広い問題へと応用を広げることが可能になるのである。
具体的な例を次に示す。
簡単な生態系における個体数の変動について考える。 ある草食動物の個体数を\(x\)とする。食料が豊富であれば、その個体数は現在の数に比例して増加するため、次の方程式で表される。\[\begin{align} \frac{dx}{dt} = c_{xx} x \tag{1.1}\end{align}\] この解は\(x = x(0) e^{c_{xx} t}\)となり、個体数が指数関数的に増加することがわかる。 1 これはマルサスモデルと呼ばれる。
しかし実際には、食料や環境などの要因によって成長が制限され、無制限に増加し続けることはない。この制約を考慮し、次のように定数\(k\)を導入したモデルを考える。\[\begin{align} \frac{dx}{dt} = c_{xx} x \left( 1 - \frac{x}{k} \right) \tag{1.2}\end{align}\] これはロジスティック方程式と呼ばれ、その解は\(x = k\)へと漸近的に収束する。 2
さらに、先ほどの草食動物を捕食する肉食動物がいる場合を考えてみよう。肉食動物の個体数を\(y\)とする。捕食量は肉食動物の数に比例し、草食動物が減れば捕食機会も減少するため、草食動物の数にも比例する。ここでは簡略化のため、食料の制限を示す\(1/k\)項を無視すると、方程式は次のように表される。\[\begin{align} \frac{dx}{dt} = c_{xx} x - c_{xy} x y \tag{1.3}\end{align}\] 一方、肉食動物の個体数は餌である草食動物が不足すれば自然減少し、捕食が成功すれば増加する。この関係を示す式は次のようになる。\[\begin{align} \frac{dy}{dt} = c_{yx} x y - c_{yy} y \tag{1.4}\end{align}\] これら二つの式を組み合わせたものはロトカ・ヴォルテラ方程式と呼ばれ、一般的な解法は難しいものの、両者の個体数が周期的に振動する解を持つことが知られている。すなわち、草食動物の増加 \(\to\) 肉食動物の増加 \(\to\) 草食動物の減少 \(\to\) 肉食動物の減少という循環が繰り返される。
別の例として、食事による一時的な血糖値の上昇と、それに伴う血中インスリン濃度の変化は、次に示すBolieの数理モデルで表される。
血中グルコース濃度を\(G(t)\)、血中インスリン濃度を\(I(t)\)とすると、以下の微分方程式が成り立つ。\[\begin{align} \frac{dI}{dt} = p - c_{II} I(t) + c_{IG} G(t) \\ \frac{dG}{dt} = q - c_{GI} I(t) - c_{GG} G(t) \tag{1.5}\end{align}\] ここで、\(p\)はインスリン投与による影響を、\(q\)は食事による血中グルコース濃度の増加をそれぞれ表す。また、\(c_{IG}\)の項はグルコース濃度に応じたインスリン濃度の増加を示し、\(c_{GI}\)の項はインスリン濃度に応じたグルコース濃度の減少を示す。さらに、\(c_{II}\)と\(c_{GG}\)の項は、それぞれの物質の自然消費や代謝による影響を示している。 インスリン投与がない場合は\(p=0\)とし、簡単のために食事の影響も無視して\(q=0\)とする。この条件下で、2つの式から\(I(t)\)を消去すると、次の式が得られる。\[\begin{align} \frac{d^2G}{dt^2} - \left( c_{II} + c_{GG} \right) \frac{dG}{dt} + \left( c_{II} c_{GG} + c_{GI} c_{IG} \right) G = 0 \tag{1.6}\end{align}\] これは、本書の後半で扱う減衰振動の微分方程式と同じ形をしている。
このように、力学の知識は他の分野にも応用できる。単に力学を学ぶのではなく、微分方程式が表す現象の意味を理解する意識を持って学んでほしい。
1-2. 物理学的な考え方-フェルミ推定-
物理学者エンリコ・フェルミの名に由来する「フェルミ推定」は、複雑な問題を単純な要素に分解して概算する手法であり、物理学者が自然と身につける思考法の一つである。
例えば、次の問題を考えてみよう。
1000人に1人が罹患する「稀な」病気があり、患者本人はその病気を自覚していないとする。あなたが臨床医になった場合、生涯でどのくらいの患者を診察することになるか推定せよ。 この問いは以下のように分解すると、それぞれの値を直感や経験から推測しやすくなる。\[\begin{align} &\mathrm{ 生涯で稀な病気を診る人数} = \mathrm{ 稀な病気の確率} \times \mathrm{ 生涯で診る患者総数} \\ &\mathrm{ 生涯で診る患者総数} = \mathrm{ 年間の診察患者数} \times \mathrm{ 医師としての活動年数} \\ &\mathrm{ 年間の診察患者数} = \mathrm{ 1日に診る患者数} \times \mathrm{ 年間の診療日数} \tag{1.7}\end{align}\] 仮に1日に診察する新規患者数を20人、年間の診療日数を200日とすると、年間診察患者数は4000人となる。また、医師としての活動年数を40年と仮定すると、生涯の診察患者数は、4000人/年\(\times\)40年=160000人となる。これに1000人に1人(0.001)の発症確率をかけることで、生涯で約160人の患者を診ることになると推定できる。
このように、推定したい数量を細かな要素に分解することで、おおよその値を効率的に評価できる。さらに、不確かな要素を特定して詳細に調査すれば、精度を向上させることも可能である。
フェルミ推定は、本書で主として扱う主題とは異なるが、学んだ知識を応用する際に役立つ思考法である。問題を論理的に分解し、定性的(qualitative)な見積もりを行う習慣は、多くの分野で有用である。 3
2. 物体の運動
2-1. 質点とその位置
力学の目的のひとつは、物体の運動を考察しその未来の動きを予測することにある。 個々の小さな粒子の運動を扱う場合もあれば、粒子の集まりからなる大きな物体全体の運動を扱う場合もある。 物体は、電子のような微小な素粒子から地球のような巨大な天体まで対象とし、いずれも同じ物理法則で記述できる。
通常、物体には大きさや構造があるが、本書で扱う力学ではそれらを無視できる物体を対象とする。このような物体を質点と呼ぶ。
質点の運動とは、 その位置の時間変化のことである。4 ある平面内の質点の運動に興味がある場合には、 その平面の \(x\)座標と\(y\)座標の値によって質点の位置を表すことができる。 それらが時刻\(t\)の関数として変化するので、 \(x(t)\)および\(y(t)\)のように表す。 これらの座標の組を次のように書くと、 座標の原点からみた質点の方向を表すベクトルになる。\[\begin{align} \vec{x}(t) = (x(t),y(t)) \tag{2.1}\end{align}\] これを位置ベクトルと呼ぶ。
2-2. 質点の速度と加速度
まず、簡単のために\(x\)方向のみの運動を考える。 速さが一定のとき、(移動距離) = (速さ) \(\times\) (経過時間) となる。速さが一定でない場合でも、十分に短い時間では速さがほぼ一定とみなせるため、同様の関係式が成り立つ。 短い時間を\(dt\)、その間の移動距離を\(dx\)とすると、\[\begin{align} dx = v(t) dt \tag{2.2}\end{align}\] となる。これを変形すると、\[\begin{align} v(t) = \frac{dx}{dt} \tag{2.3}\end{align}\] のように、速度は位置の時間微分として表される。 また、両辺を積分すると、\[\begin{align} x(t_1) - x(t_0) = \int_{t_0}^{t_1} v(t) dt \tag{2.4}\end{align}\] という関係が得られる。
同様の考え方は、2次元平面内の運動にも適用できる。 質点の位置を表す位置ベクトルが与えられたとき、その時間微分\(d \vec{x}/dt\)を速度ベクトルと呼び、\(\vec{v}\)と書く。5 ベクトルの成分表示では、\[\begin{align} \vec{v}\equiv \frac{d\vec{x}}{dt} = \left( \frac{dx}{dt}, \frac{dy}{dt} \right) \equiv \left( v_x, v_y \right), \tag{2.5}\end{align}\] と書く。 速度ベクトルは微小時間の間での位置の変化率を表す。 以下では、位置ベクトルや速度ベクトルを単に位置や速度と呼ぶことにし、他のベクトルも同様に略記する。
速度をさらに時間で微分したものを加速度(ベクトル)と呼び、\[\begin{align} \vec{a}\equiv \frac{d\vec{v}}{dt} \equiv \frac{d^2\vec{x}}{dt^2} \equiv \left( a_x, a_y \right) \tag{2.6}\end{align}\] と書く。 これは微小時間の間での速度の変化率を表す。これを時間積分すると速度の変化量が得られる。
例えば鉛直上向きに\(y\)軸をとり、その方向の加速度が定数\(a_y\)であった場合を考える。加速度を時間積分すると、\[\begin{align} v_y(t) - v_y(t_0) &= \int_{t_0}^t a_y dt' \nonumber\\ &= a_y (t-t_0) \tag{2.7}\end{align}\] となり速度の時間変化が分かる。こうして得られた速度をさらに時間積分すると、\[\begin{align} y(t) - y (t_0) &= \int_{t_0}^{t} v_y(t') dt' \nonumber\\ &= \frac12 a_y (t-t_0)^2 + v_y(t_0) (t-t_0) \tag{2.8}\end{align}\] となって位置の時間変化がわかる。重力の下での運動を考えるのであれば、加速度は下向きで、\(a_y = -g\)とすればよい。
2-3. \(x\)-\(t\)グラフの読み取り方
物理では結果をグラフで示すことが多いため、グラフを正しく読み書きすることも重要である。 質点の\(x\)方向の運動をグラフに表すときには、横軸が時間\(t\)で縦軸が\(x\)座標の位置を表す\(x\text{-}t\)グラフを描く。これにより、時間\(t\)の経過とともに\(x\)座標がどのように変化するかを視覚的に表すことができる。 この\(x\text{-}t\)グラフの曲線が与えられたとき、曲線上の各点での傾きが、その時刻での\(x\)方向の速度\(v\)を表す。
r[0pt]0.3
グラフの左から右へ時間が流れるときに、\(x\)座標がどのように変化し、実際の質点の動きがどのようになるかを想像してみるとよい。 例えば、\(x\text{-}t\)グラフ上の曲線の頂点ではどのようなことが起きているかを想像してみよう。そこでは\(x\)の一階微分が\(0\)で速度を持たないが、\(x\)の2回微分がゼロではない負の値を持ち、\(x\)を小さくする方向に加速度が働いていることがわかる。これは、\(x\)軸の負の方向に加速度が生じていて、速度が正から負に変化していることを表している。その点を境として、速度の向きが変わる。
2-4. 質点の軌道
\(x(t)\)と\(y(t)\)の具体的な表式が与えられていたとき、 これらの式から\(t\)を消去して整理すれば、\(x\)と\(y\)の関係式が得られる。6 その関係式で表される\(xy\)平面上の曲線を、質点の軌道と呼ぶ。
r[0pt]0.4
例えば、水平方向が等速運動で、 垂直方向が下向きの等加速度運動をしている場合を考えよう。 水平方向と鉛直方向の初速度をそれぞれ\(v_x\)および\(v_y\)、下向きの加速度の大きさを\(g\)とすると、 座標の値の時間発展は\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle x(t) = v_x t \\ \displaystyle y(t) = - g t^2 + v_y t \end{array} \right. \tag{2.9}\end{align}\] となる。この2つの関係式から\(t\)を消去すると、\[\begin{align} y = - \frac{g}{v_x^2} x^2 + \frac{v_y}{v_x} x \tag{2.10}\end{align}\] のように放物線の軌道を表す式が得られる。
2-5. 単位
変数には必ず単位が含まれている。 たとえば、値を示す際は\(x = 1 m\)のように単位を記すが、単位に括弧などは付けない。 変数に単位が含まれるため、物理法則はその単位系を前提として成り立つ。 たとえば、ニュートンという単位が\(N = kg\, m/s^2\)の関係にあることと、運動方程式が\(m\,d^2 x/dt^2 = F\)の形になっていることは直接関係している。 もし誰かが力の単位としてダイン(\(1\, dyn = 10^{-5}N\))という別の単位を用いるならば、その運動方程式は\(m\,d^2 x/dt^2 = k F\)と表され、かつ\(k = 10^5\, kg\, m/s^2/dyn\)となるだろう。
また、物理学では単位の異なる変数であれば、同じ記号を用いることがある。 たとえば、\(y(t)\)と\(y(x)\)は全く異なる関数であり、単に\(t=x\)と代入しても正しい変換はできない。 しかし、引数である\(t\)と\(x\)がそれぞれ異なる単位を持つことが明らかな場合、このように異なる関数系でも同じ文字を用いてしまうことがある。 このため、何についての関数を扱っているのかを明確に意識する必要がある。
3. 運動方程式
3-1. 運動方程式
質点の運動を表す関数\(\vec{x}(t)\)がどのような方程式に従うか、ということを教えてくれるのがニュートンの運動方程式である。 まず、それぞれの物体は質量と呼ばれる運動の変化のしにくさを表す固有のパラメーター\(m\)を持つ。 そして、質点に働く全ての力のベクトルの和を\(\vec{F}\)とすると、その質点の速度は次の運動方程式に従って変化する。
この式は、質点に力が働くと、その結果として速度が変化するという因果関係を示している。 運動方程式は力学の基本法則、つまり原理である。 自然の力学的な現象がこの法則に従って起きているのである。運動方程式は、質量が大きいほど運動状態を変えるためには大きな力が必要であり、力が働かない場合は速度が変化しないという慣性の法則も表している。 運動方程式はベクトル方程式であるため、たとえば二次元平面内の運動では、\(x\)成分と\(y\)成分それぞれに対応する2つの式として表される。 すなわち、ある方向の力の合計がゼロであれば、その方向の速度は変化しない。
力には以下のような種類がある。
保存力(万有引力、クーロン力、バネの弾性力)
拘束力(垂直抗力、弦の張力)
散逸力(摩擦力、空気抵抗)
これらの力については、以下の章で順に説明する。
3-2. 運動量保存則
すべての物理現象には原因があり、何もないところから力が働くことはない。 すべての力は、相互作用する2つの物体間に働くものであり、互いに対等に働く。
たとえば、物体\(B\)から物体\(A\)に力\(\vec{F}{AB}(t)\)が働くと、同時に物体\(A\)から物体\(B\)にも働く力\(\vec{F}_{BA}(t)\)も同時に存在し、次の法則が成り立つ。
\[\begin{align} \vec{F}_{AB}(t) = - \vec{F}_{BA}(t) \tag{3.2}\end{align}\]
相互作用する全物体について運動方程式を書き、その和を取ると、作用反作用の法則により全体の力は打ち消し合いゼロになる。 たとえば、物体\(A\)と\(B\)のみの場合、運動方程式は\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle m_A \frac{d^2 \vec{x}_A}{dt^2} = \vec{F}_{AB} ace{0.3cm}\\ \displaystyle m_B \frac{d^2\vec{x}_B}{dt^2} = \vec{F}_{BA} \end{array}\right. \tag{3.3}\end{align}\] であり、両式を足すと\[\begin{align} \frac{d}{dt}( m_A \vec{v}_A + m_B \vec{v}_B) &= \vec{F}_{AB} + \vec{F}_{BA} \nonumber\\ &= 0 \tag{3.4}\end{align}\] となる。すなわち、運動量の和\(m_A \vec{v}_A + m_B \vec{v}_B\)は保存する。
ここで、物体の運動量は次のように定義される。
運動量はベクトル量であり、空間の各方向において保存則が成立する。現実の問題では、注目する系とその周囲の環境を区別する。 外部からの力を外力と呼び、外力が働く場合は運動量保存則は成り立たない。
運動量は加算可能な量であるため、2つの物体が合体または分裂する場合でも、全体の運動量は単に各物体の運動量の和となる。
r[0pt]0.3
この保存則は、物体間に働く力の詳細を知る必要がなく、全体の運動量を扱える点で非常に有用である。 たとえば、未知の質量\(M\)を持つ物体と既知の質量\(m\)の物体の衝突において、速度変化\(\Delta v\)と\(\Delta V\)から \(m \Delta v = - M \Delta V\) とすれば、未知の物体の質量を求めることができる。
3-3. ロケットの運動
運動量保存則を用いれば、どのような力が働いているかを知ることなく問題を解くことができることがある。 ロケットが推進する原理がその1つの応用例である。
ロケットはガスを噴射することによって加速するが、噴射するガスがロケットにどのような力を及ぼしているのかを直接求めることは困難である。しかし、噴射されるガスの質量とその速度が分かれば、次のようにロケットの速度を計算することが可能になる。 微小な時間間隔において、質量\(-\Delta m\) \((>0)\) のガスがロケットから見て速度\(-v\)で噴射されるとする。このとき、噴射前のロケットの質量を\(m\)、速度を\(V\)、噴射後の速度を\(V + \Delta V\)とすると、運動量保存則より以下の式が成り立つ。\[\begin{align} m V = (m + \Delta m) (V + \Delta V) + (- \Delta m) (V-v) \tag{3.6}\end{align}\] これを整理し、微小な量の積\(\Delta m \Delta V\)は非常に小さいため無視すると、次式を得る。\[\begin{align} \Delta V = -\frac{\Delta m}{m} v \tag{3.7}\end{align}\] この微小な速度変化を時間経過に沿って足し合わせることにより、積分の形で表現することができる。\[\begin{align} V_1 - V_0 &= -\int_{m_0}^{m_1} \frac{v}{m} dm \\ \leftrightarrow V_1 &= V_0 + v \ln \frac{m_0}{m_1} \tag{3.8}\end{align}\] ここで、ロケットの初期状態の速度と質量をそれぞれ\(V_0\)と\(m_0\)、最終状態の速度と質量をそれぞれ\(V_1\)と\(m_1\)とした。 従って、ロケットの推進効率は、ガスが飛び出る速さが速ければ速いほどよく、飛び出すガスの質量も重ければ重いほどよい、ということもわかる。 この原理はペットボトルロケットも同様であるし、実際の宇宙を飛ぶロケットも同様である。イオンを飛ばして推進するイオンエンジンであっても同様である。
4. ポテンシャルによる力
4-1. 偏微分
まず、数学的な準備として偏微分について説明する。
2つ以上の変数をもつ関数を考える。例えば、この後で扱うポテンシャルエネルギー\(U\)が2次元平面上で定義されている場合、それは変数\(x\)と\(y\)に依存する関数、つまり\(U(x,y)\)となる。 このような多変数関数を1つの変数に対して微分するとき、他の変数を定数として扱って計算する微分方法を、その変数に関する偏微分と呼ぶ。
例えば、\(U(x,y)\)を変数\(x\)で偏微分するとは、以下のような極限によって定義される。
\[\begin{align} \frac{\partial}{\partial x} U(x,y) \equiv \mathrm{ lim}_{\Delta x \to 0} \frac{U(x+\Delta x, y) - U(x,y)}{\Delta x} \tag{4.1}\end{align}\]
4-2. 保存力
物体の位置を\(\vec{x}= (x,y)\)とし、その位置でのポテンシャルエネルギー\(U(\vec{x})\)の空間微分によって生じる力を保存力と呼ぶ。
\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle F_x = - \frac{\partial}{\partial x} U(\vec{x}) ace{0.3cm} \\ \displaystyle F_y = - \frac{\partial}{\partial y} U(\vec{x}) \end{array} \right. \tag{4.2}\end{align}\]
以下では、保存力の例として重力およびバネの弾性力などを示す。
4-3. 重力
質量を持つ物体はその周囲に重力ポテンシャルを生じる。 物体Bの質量を\(m_B\)とし、Bからの距離\(r\)における重力ポテンシャル\(\phi_g(r)\)は\[\begin{align} \phi_g(r) = - \frac{GM}{r} \tag{4.3}\end{align}\] となる。ここで、\(G\)はニュートンの万有引力定数である。
さらに、別の物体Aの位置と質量を\(\vec{x}\)および\(m_A\)とすると、物体Aが得る重力ポテンシャルエネルギーは\[\begin{align} U(\vec{x}) = m_A \phi_g (\vec{x}) \tag{4.4}\end{align}\] となる。
([phi_g])と([U_g])を組み合わせると、原点に物体Bがある場合、距離\(r\)離れた位置にある物体Aには、単位ベクトル\(\vec{e}_r\)方向に\[\begin{align} \vec{F}_{AB} &= - \frac{\partial}{\partial r} U(\vec{x}) \vec{e}_r \nonumber\\ &= - \frac{G m_A m_B}{r^2} \vec{e}_r \tag{4.5}\end{align}\] の力が働く。 これは質量を持つ質点間に働く万有引力(重力)である。 AとBの役割を入れ替えても同様であるから、 作用・反作用の法則\(\vec{F}_{AB} = - \vec{F}_{BA}\)が成り立つ。
r[0pt]0.3
地球の表面付近の物体に働く重力について考える。 ([phi_g])は質点としての物体Bの場合の式であるが、地球のように大きさを持つ場合も適用できる。 ここで、\(r\)は地球の重心からの距離であり、地表からの高さ\(y\)とは異なる。 地球の半径を\(R\)とし、地表からの高さを\(y\)とすれば、\[\begin{align} r = R + y \tag{4.6}\end{align}\] となる。 地表近傍では\(y \ll R\)であるため、物体Aが得る重力ポテンシャルエネルギーは\[\begin{align} U(y) &= - \frac{G m_A m_B}{R+y} \nonumber\\ &\simeq - \frac{G m_A m_B}{R} + \frac{G m_A m_B}{R^2} y \tag{4.7}\end{align}\] と近似できる。7 定数項は運動方程式に影響しないので無視し、重力加速度を\[\begin{align} g \equiv \frac{GM}{R^2} \tag{4.8}\end{align}\] と定義すると、基準\(y=0\)に対して\[\begin{align} U(y) \simeq (\mathrm{ 定数項}) + m g y \tag{4.9}\end{align}\] となる。 よって、鉛直方向の力は\[\begin{align} F_y = - m g \tag{4.10}\end{align}\] と表される。 これが地表付近の物体に働く重力である。
4-5. バネの弾性力
基本的な力である重力以外にも、保存力として表現できる力は存在する。 その代表例が、バネによる弾性力である。
バネは、自然長から伸びれば縮む方向に、短くなれば伸びる方向に働く復元力を発揮する。 バネ定数を\(k\)とすると、物体が位置\(x\)にあるときの弾性ポテンシャルエネルギーは次のように表される。
\[\begin{align} U = \frac12 k (x-x_0)^2 \tag{4.11}\end{align}\]
このときの運動方程式は次のようになる。\[\begin{align} m \frac{d^2x}{dt^2} = -k (x-x_0) \tag{4.13}\end{align}\] この方程式の解は以下の通りである。\[\begin{align} x = x_0 + A \cos (\omega_0 t + \theta) \tag{4.14}\end{align}\] ここで、\(\omega_0 = \sqrt{k/m}\)であり、\(A\)および\(\theta\)は初期条件によって定まる任意定数である。 この運動は単振動と呼ばれる。
4-6. 原子間の引力と斥力
r[0pt]0.4
考察対象に作用する力が複雑であり、ポテンシャルエネルギーを解析的に求めることが困難な場合であっても、近似的な表現を与えることでさまざまな情報を得ることができる。
例えば、2原子分子においては、原子同士が近づくと互いに斥力が作用し、逆に離れると引力が作用する場合がある。このような原子間力に伴うポテンシャルエネルギーは、原子間の距離を\(r\)として、次のような形のポテンシャル(レナード・ジョーンズ・ポテンシャル)で近似されることが多い。\[\begin{align} U(r) = 4 \epsilon \left[ \left( \frac{\sigma}{r} \right)^{12} - \left( \frac{\sigma}{r} \right)^6 \right] \tag{4.15}\end{align}\] ここで、\(\epsilon\)と\(\sigma\)は正の定数である。
このポテンシャル\(U(r)\)は、\(r \to 0\)で無限大、\(r \to \infty\)で0へと近づく。また、\(r = r_0 \equiv 2^{1/6} \sigma\)において最小値\(U(r_0) = - \epsilon\)を取る。
5. 力学的エネルギー保存則
5-1. 力学的エネルギー保存則
保存力のみが働く場合、物体の力学的エネルギーは保存する。
まず、ポテンシャルエネルギー\(U(x)\)が\(x\)のみに依存する場合について考える。 \(x\)方向の運動方程式の両辺に速度\(v_x=dx/dt\)をかけると、\[\begin{align} &v_x m \frac{d v_x}{dt} = - \frac{dx}{dt} \frac{\partial U(x)}{\partial x} \nonumber\\ &\leftrightarrow \frac{d}{dt} \left( \frac12 m v_x^2 \right) = - \frac{d}{dt} U(x(t)) \tag{5.1}\end{align}\] となる。 ここで、合成関数の微分法則を用いた。 つまり、\[\begin{align} \frac{d}{dt} \left( \frac12 m v_x^2 + U(x(t)) \right) = 0 \tag{5.2}\end{align}\] となり、括弧内の量が時間に関して一定、すなわち保存することを示している。
ポテンシャルエネルギーが\(x\)と\(y\)の両方に依存する場合でも、同様の手法により、次の量が保存することが示せる。 8
\[\begin{align} \frac12 m \vec{v}^2 + U(x(t),y(t)) = (\mathrm{ const.}) \tag{5.4}\end{align}\]
なお、力学的エネルギー保存則は、対象となる物体単体に対して成り立つ。一方、運動量保存則は相互作用する全体の運動量(ベクトル)が保存するという点で異なる。
5-2. 仕事
力学的エネルギーを増加させるには、物体に外力を加えてポテンシャルの高い位置に移動させる必要がある。 このとき、外力によって物体に与えられたエネルギーの量を仕事と呼ぶ。
簡単のため、\(x\)方向のみの運動を考える。 ポテンシャルの高い位置に移動させるには、ポテンシャルの勾配に逆らう力が必要である。その力を\(F_x\)とすると、運動方程式は\[\begin{align} m \frac{d v_x}{dt} = - \frac{\partial U(x)}{\partial x} + F_x \tag{5.5}\end{align}\] と書ける。 これに速度\(v_x=dx/dt\)をかけると\[\begin{align} &v_x m \frac{d v_x}{dt} = - \frac{dx}{dt} \frac{\partial U(x)}{\partial x} + \frac{dx}{dt} F_x \nonumber\\ &\leftrightarrow \frac{d}{dt} \left( \frac12 m v_x^2 + U(x(t)) \right) = \frac{dx}{dt} F_x \tag{5.6}\end{align}\] となる。 これを時間で積分すると、\[\begin{align} \left( \frac12 m v_x^2 + U(x(t)) \right)_{t= t_1} - \left( \frac12 m v_x^2 + U(x(t)) \right)_{t= t_0} &= \int_{t_0}^{t_1} dt \frac{dx}{dt} F_x \nonumber\\ &= \int_{x_0}^{x_1} dx F_x \tag{5.7}\end{align}\] となる。 ここで、\(x(t_0)=x_0\)、\(x(t_1)=x_1\)とした。 左辺は力学的エネルギーの変化量、右辺は外力による仕事である。 すなわち、外部から与えられた仕事の分だけ力学的エネルギーが変化する。 摩擦などの散逸力が働く場合は、仕事が負となりエネルギーが減少する。
5-3. 2次元の場合と全微分
2次元以上の場合には少し注意が必要である。 それを説明する前に、全微分と呼ばれる微分の方法について説明しよう。
2次元平面において、例えばポテンシャルエネルギー\(U(x,y)\)のように2つ以上の変数を持つ関数を考える。この関数の各変数が、さらに別の変数に伴って変化する状況を想定する。具体的には、ある物体が2次元空間を運動する場合、その位置座標が時刻\(t\)の関数として、\(x = x(t)\)および\(y = y(t)\)と与えられるとする。 このとき、関数\(U(x,y)\)を時刻\(t\)で全微分するとは、次の式のように計算することを指す。
\[\begin{align} \frac{d}{dt}U(x(t),y(t)) = \frac{dx(t)}{dt} \frac{\partial U(x,y)}{\partial x} + \frac{dy(t)}{dt} \frac{\partial U(x,y)}{\partial y} \tag{5.8}\end{align}\]
これを踏まえて、2次元の場合におけるエネルギーと仕事の関係を導こう。 各方向についての運動方程式に、その方向の速度成分を掛けると、次のようになる。\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle m v_x \frac{dv_x}{dt} = - v_x \frac{\partial}{\partial x} U(\vec{x}) + v_x F_x ace{0.3cm} \\ \displaystyle m v_y \frac{dv_y}{dt} = - v_y \frac{\partial}{\partial y} U(\vec{x}) + v_y F_y \end{array} \right. \tag{5.9}\end{align}\] これらを辺々足し合わせ、\(v_x = dx/dt\)、\(v_y = dy/dt\)であることを用いると、\[\begin{align} &\frac{d}{dt} \left( \frac12 m v_x^2 + \frac12 m v_y^2 \right) = - \left( \frac{dx}{dt} \frac{\partial U(x,y)}{\partial x} + \frac{dy}{dt} \frac{\partial U(x,y)}{\partial y} \right) + \left( \frac{dx}{dt} F_x + \frac{dy}{dt} F_y \right) \tag{5.10}\end{align}\] が得られる。ここで、右辺の括弧内の第1項は、全微分の定義そのものである。これを用いて整理すると、次のような簡潔なベクトル表記となる。\[\begin{align} \frac{d}{dt} \left( \frac12 m \vec{v}^2 + U(x(t)) \right) = \frac{d\vec{x}}{dt} \cdot \vec{F} \tag{5.11}\end{align}\] この式を時刻で積分すると、仕事は\(\int d\vec{x}'\cdot\vec{F}\)と表され、次の関係式を得る。
\[\begin{align} \left[ \frac12 m \vec{v}^2(t) + U(x(t),y(t)) \right]_{t_0}^{t_1} = \int_{\vec{x}_0}^{\vec{x}_1} d \vec{x}' \cdot \vec{F} \tag{5.12}\end{align}\]
5-4. 拘束力
r[0pt]0.3
拘束力は、物体の運動可能な範囲を制限するために働く力である。 たとえば、床が物体の下にある場合、物体が床に侵入しないように働く垂直抗力は拘束力の一種である。 また、振り子の糸による張力も、物体が移動できる方向を制限する拘束力であり、常に運動方向に垂直なため仕事をしない。
6. 運動の範囲
例えば、複雑なレール上を走るジェットコースターの運動を完全に解析するのは、摩擦力を無視したとしても困難である。 しかし、運動方程式が直接解けなくとも、力学的エネルギー保存則を用いれば初期状態から最終状態の情報を得ることができる。
6-1. ポテンシャルの力が働く方向
あるポテンシャルエネルギー\(U(x)\)に従って\(x\)軸方向に運動する物体があったとする。 力がポテンシャルエネルギーの勾配方向に作用するという性質を踏まえると、\(y=U(x)\)のグラフをレールとみなしたとき、そのレール上を転がる球体(例えばジェットコースター)の運動を通して直感的にイメージすることが可能になる。
鉛直方向に\(y\)軸を取った2次元平面内で、\[\begin{align} y = \frac{1}{mg} U(x) \tag{6.1}\end{align}\] という関数で表されるなめらかなレールが存在し、鉛直下向き(\(-y\)方向)に一定の重力が働いていると仮定する。このレール上を球体が転がる運動について考えると、\(x\)方向の運動方程式は以下のようになる。\[\begin{align} m \frac{d^2x}{dt^2} = N \sin \theta % \\ % \frac{d^2y}{dt^2} = N \cos \theta - mg \tag{6.2}\end{align}\] ここで、レールの位置\((x,y)\)における傾きは\(dU/dx\)であるため、傾斜角\(\theta\)は\(\tan \theta = (1/mg) dU/dx\)を満たす。また、レールに垂直な方向の力は釣り合っているので、垂直抗力\(N\)は\(N= mg \cos \theta\)となる。これらを運動方程式に代入すると、\[\begin{align} m \frac{d^2x}{dt^2} &= mg \frac{\sin \theta}{\cos \theta} \\ &= \frac{dU}{dx} \tag{6.3}\end{align}\] となる。 これはまさにポテンシャルエネルギー\(U(x)\)に従って運動する質点の運動方程式と同一である。つまり、\(y \propto U(x)\)という関数で定められたレール上の球体の運動を\(x\)軸方向に射影すると、ポテンシャル\(U(x)\)に支配される物体の運動と数学的に同じ挙動を示すことになる。 例えば、バネの弾性ポテンシャルの場合、\(U(x)\)は二次関数となり、球体はそのレール上を左右に振動する。このように、ジェットコースターの運動と質点の振動運動は数学的に同一の方程式によって記述されるのである。
6-2. 安定なつり合いの位置
物体に働くすべての力が互いに打ち消し合い、合力が0であれば、物体の速度は変化せず、静止状態が保たれる。 逆に、静止し続けている物体では各方向の力が釣り合っていなければならない。
r[0pt]0.4
ジェットコースターの例で考えると、ポテンシャルエネルギーが最小となる位置は安定な釣り合いの点である。 ポテンシャルエネルギーが最小の点では、\(\partial U/\partial x = 0\)となり力が消失している。 さらに、二階微分が正であれば、バネによる弾性力と同様に、少しずらすと元に戻す力が働く。 このような状態を安定状態と呼ぶ。 一方、最高点では\(\partial U/\partial x = 0\)であっても、少しずれると加速して離れていくため、不安定な釣り合いとなる。
6-3. つり合いの位置からの微少なズレ
定なつり合いの位置からわずかにずらした場合の運動を考えよう。そのために、まずテーラー展開という数学的な道具を導入する。
滑らかな関数\(U(x)\)があり、特定の点\(x = x_0\)付近での振る舞いに興味があるとする。この場合、一般に次のように\(x\)のべき乗の和で表すことが可能である。
\[\begin{align} U(x) &= \sum_{n=0}^\infty \frac{U^{(n)}(x_0)}{n!} (x-x_0)^n \\ &= U(x_0) + U'(x_0) (x-x_0) + \frac{1}{2} U''(x_0) (x-x_0)^2 + \dots \tag{6.4}\end{align}\]
例えば\(x = x_0\)を代入すると、右辺の第二項以降はすべて0となり、確かに\(U(x_0)\)に一致する。また、両辺を微分した後に\(x = x_0\)を代入すると、右辺の第一項(定数項)は微分すると0となり、第三項以降も\(x = x_0\)では0となるため、結果として両辺が\(U'(x_0)\)で一致する。同様の操作を繰り返せば、何回微分しても左右両辺が一致することが確認できる。このように、ある関数を\(x\)のべき乗の和として表す手法をテーラー展開と呼ぶ。
特に、\(x = x_0\)からのずれが非常に小さい場合には、\((x - x_0)\)の高次項は小さくて無視可能となるため、テーラー展開を有限の項で打ち切った近似が可能になる。
さて、安定なつり合い位置からのずれが十分小さいと仮定し、そのつり合いの点の周りでポテンシャルをテーラー展開し、二次の項までで近似すると次のようになる。\[\begin{align} U(x) \simeq U(x_0) + U'(x_0) (x-x_0) + \frac{1}{2} U''(x_0) (x-x_0)^2 \tag{6.5}\end{align}\] このとき、安定な位置\(x = x_0\)ではポテンシャルの傾きがゼロになるため、\(U'(x_0) = 0\)となる。また、ポテンシャルの定数項は運動方程式に寄与しないので省略すると、このポテンシャルは結局、\(k = U''(x_0)\)をバネ定数とする弾性力のポテンシャルエネルギーと同一の形になることが分かる。
したがって、安定な位置からのずれが小さい場合、その周りでの運動は単振動によって良く近似される。単振動の現象が物理のさまざまな状況に頻繁に現れる理由は、このような普遍的な性質にある。
6-4. 運動の範囲
力学的エネルギー保存則を書き換えると、\[\begin{align} E - U(x) = \frac12 m v^2 \ge 0 \tag{6.6}\end{align}\] と表すこともできる。 この右辺は常に0以上であるため、\[\begin{align} U(x) \le E \tag{6.7}\end{align}\] が成立する。 エネルギー\(E\)は初期状態で決まるため、初期に持っていたエネルギーによって物体の運動範囲が制限される。 また、\(E-U(x)\)は運動エネルギーを表すため、\(U(x)\)が低い領域では速度が大きくなる。
r[0pt]0.3 ace-0.7cm
例えば、地球から飛んでいくロケットの問題を考えよう。 地球からの距離を\(r\)とし、重力ポテンシャルエネルギーを\(r\)の関数として表したとする。 このとき、運動エネルギーがゼロになる地点がロケットの到達限界となる。これは、ポテンシャルエネルギー\(U(r)\)がロケットの持つエネルギー\(E\)と等しくなる点で与えられる。 このように、ポテンシャルエネルギーのグラフから運動範囲や大まかな挙動を視覚的に把握できる。
6-5. 乖離エネルギー
r[0pt]0.4
2つの原子間の距離を\(r\)とし、原子間相互作用のポテンシャル\(U(r)\)が\[\begin{align} U(r) = 4 \epsilon \left[ \left( \frac{\sigma}{r} \right)^{12} - \left( \frac{\sigma}{r} \right)^6 \right] \tag{6.8}\end{align}\] で与えられているとする。ただし、\(\epsilon\)と\(\sigma\)は正の定数である。このポテンシャルはレナード・ジョーンズ・ポテンシャルと呼ばれる。 このポテンシャル\(U(r)\)は、\(r \to 0\)で無限大、\(r \to \infty\)で0となる。また、\(r = r_0 \equiv 2^{1/6} \sigma\)で\(U(r_0) = - \epsilon\)となり、最小値をとる。 すなわち、粒子が完全に離れている状態(\(r \to \infty\))よりも、距離\(r=r_0\)だけ近づいた状態のほうがエネルギーが低く、安定である。 このエネルギー差は\[\begin{align} U(\infty) - U(r_0) = \epsilon \tag{6.9}\end{align}\] である。 \(r=r_0\)の状態は2つの原子が結合している状態を示し、これを断ち切って原子を分離するには、この\(\epsilon\)だけのエネルギーが必要である。
7. 過渡現象
7-1. エネルギーの様々な形態
物理学では、エネルギーは以下のように複数の形態に分けられ、力学的エネルギーはそのうちの一つに過ぎない。 ace0.5cm\[\begin{align} \mathrm{ エネルギー} \left\{ \begin{array}{lllll} \mathrm{ 力学的エネルギー} \left\{ \begin{array}{ll} \mathrm{ 運動エネルギー} \\ \mathrm{ ポテンシャルエネルギー} \end{array} \right. \\ \mathrm{ 熱エネルギー} \\ \mathrm{ 音エネルギー} \\ \dots \end{array} \right. \nonumber \tag{7.1}\end{align}\] ここで、熱エネルギーは物体を構成する粒子一つ一つのランダムな運動に由来し、音エネルギーは空気の振動のエネルギーである。
エネルギー全体は常に保存されるが、エネルギーの形態は互いに変換可能である。 たとえば、力学的エネルギーが何らかの効果で熱や音に変換されると、全体のエネルギーは保存されても、力学的エネルギーだけを見ると減少しているように見える。 このような現象は、摩擦力や空気抵抗などの散逸力が働く場合に代表される。 ここでは、自由落下する物体に抵抗力が働く場合の運動について調べる。
7-2. 自由落下運動
まず、抵抗力の影響を考慮しない自由落下運動を考える。 このとき、ポテンシャルエネルギーは\(y\)座標に比例し、\[\begin{align} U = mgy \tag{7.2}\end{align}\] と書ける。 このとき、運動方程式は\[\begin{align} m \frac{d^2 y}{dt^2} = -mg \tag{7.3}\end{align}\] となり、一定の力が働いて等加速度運動になる。 \(t=0\)から積分すると、\[\begin{align} &v(t) - v_0 = -\int_{0}^t g dt' = -g t \\ &y(t) - y_0 = \int_{0}^{t} v(t') dt' = v_0 t - \frac12 g t^2 \tag{7.4}\end{align}\] となる。 ここで、\(v(t)\equiv dy/dt\)は物体の速度を表し、\(y_0\)と\(v_0\)は\(t=0\)における初期位置と初期速度である。 これらの初期条件を残した解を一般解と呼び、具体的な条件を代入することで物体の軌道\(y(t)\)が求まる。
7-3. 抵抗力を伴う落下運動
水や油などの流体中で運動する物体には、粘性抵抗と呼ばれる力が働く。 空気も流体であるため、同様の抵抗が生じる。 ここでは、粘性抵抗がある場合の落下運動を考える。
抵抗がないと物体は無限に加速できるが、実際には物体は周囲の流体を押しのけながら運動するため、速度がある程度大きくなると抵抗力が無視できなくなる。 その結果、物体の落下速度は加速し続けるのではなく、一定の値(終端速度)に漸近する。 物体が軽い場合は終端速度が小さく、重い場合は大きくなることは直感的にも理解できる。 これを運動方程式で示す。
ここでは、粘性抵抗による力を速度に比例するものとして\(F = - bv\)と書く。 質量\(m\)の物体の運動方程式は\[\begin{align} m \frac{d^2y}{dt^2} = -mg + bv \tag{7.5}\end{align}\] となる。 \(dy/dt = v\)であるから、 これを変形すると、\[\begin{align} \frac{d v}{dt} = - \frac{b}{m} \left( v - \beta \right) \tag{7.6}\end{align}\] と書ける。ここで、\[\begin{align} \beta \equiv \frac{mg}{b} \tag{7.7}\end{align}\] である。 この方程式から、\(v=\beta\)のとき右辺が0となり、加速度がゼロであることが分かる。 また、\(v < \beta\)の場合、右辺は正となり、物体は加速する。 すなわち、物体を静かに放すと、速度は終端速度\(v=\beta\)に漸近する。 この\(\beta\)を終端速度と呼ぶ。
7-4. 過渡現象
ここでは、上記の微分方程式の解法を示す。 方程式において、左辺に\(v\)、右辺に\(t\)の変数を集めることができ、\[\begin{align} \frac{1}{ \left( v - \beta \right)} dv = - \frac{b}{m} dt \tag{7.8}\end{align}\] の形に書ける。左辺と右辺で変数が分離しているので、この形を変数分離形と呼ぶ。 このとき、左辺と右辺のそれぞれで別々に積分をすることができる。ただし、積分の上端と下端は、同じ時刻での値とする。 つまり、\[\begin{align} \int_{v(t_0)}^{v(t_1)} \frac{1}{ \left( v - \beta \right)} dv = - \int_{t_0}^{t_1} \frac{b}{m} dt \\ \leftrightarrow \log \left( \frac{ v(t_1) - \beta }{v(t_0) - \beta } \right) = - \frac{b}{m} (t_1 - t_0) \tag{7.9}\end{align}\] となる。
初期条件を\(t_0=0\)で\(v(0)=0\)とする。解を整理し\(t_1\)を\(t\)と書き換えると、\[\begin{align} v(t) = \beta \left( 1 - e^{-b t/ m} \right) \tag{7.10}\end{align}\] となる。 この解は、\(t=0\)で\(v=0\)、\(t\to\infty\)で\(v=\beta\)に漸近することを示している。 また、指数の肩の大きさが\(1\)よりも大きくなると、\(v(t)\)が急激に\(\beta\)に近づく。このため、 終端速度に達するまでの典型的な時間は、\(\Delta t \sim m / b\)で与えられる。 このように、物体が定常状態に漸近していく過程を過渡現象と呼ぶ。
8. 単振動と円運動
8-1. 単振動の解
ここでは、バネに繋がれた物体の単振動について考える。 バネが自然長のときの物体の位置を \(x=0\)と定めると、伸び縮みによるポテンシャルエネルギーは\(U = k x^2/2\)と表される。ニュートンの運動方程式から、物体の運動は\[\begin{align} m \frac{d^2 x}{d t^2} = - k x \tag{8.1}\end{align}\] に従う。ここで角振動数を\[\begin{align} \omega_0 \equiv \sqrt{\frac{k}{m}} \tag{8.2}\end{align}\] と定義すれば、上式は\[\begin{align} \frac{d^2 x}{d t^2} + \omega_0^2 x = 0 \tag{8.3}\end{align}\] と書き換えることができる。
この微分方程式の一般解は、\[\begin{align} x(t) = A \cos \omega_0 t + B \sin \omega_0 t \tag{8.4}\end{align}\] と表され、定数\(A\)と\(B\)は初期条件により決まる。また、これらの定数を一つの振幅\(A\)と初期位相\(\theta\)にまとめると、\[\begin{align} x(t) = A \cos \left( \omega_0 t + \theta \right) \tag{8.5}\end{align}\] という形にも書ける。
たとえば、時刻\(t=0\)に位置\(x_0\)で物体を静止状態から解放した場合、初期条件は、\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle x(0) = x_0 ace{0.1cm}\\ \displaystyle v(0) = 0 \end{array}\right. \tag{8.6}\end{align}\] となる。これらの条件から\(A = x_0\)および\(\theta = 0\)と求まり、解は\[\begin{align} x(t) = x_0 \cos (\omega_0 t) \tag{8.7}\end{align}\] と決定される。
8-2. 円運動
r[0pt]0.3
半径\(r\)の円上を運動する物体の運動を考える。円の中心を原点とした極座標表示を用いれば、物体の位置は角度\(\theta\)で表される。物体が動くため、\(\theta\)は時間の関数となり、\(\theta(t)\)と記す。
このとき、物体の\(x, y\)座標は、\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle x(t) = r \cos \theta(t) ace{0.1cm}\\ \displaystyle y(t) = r \sin \theta(t) \end{array} \right. \tag{8.8}\end{align}\] となる。 特に、等速円運動の場合は、\(\omega_0\)を定数として \(\theta(t) = \omega_0 t + \theta(0)\)となる。
この解の\(x\)座標を見ると、単振動の解と同じ形をしている。すなわち、単振動は円運動の射影とみなすことができ、円運動の知識を単振動の問題に応用できる。 単振動の問題においては\(y\)方向の運動は物理的な意味を持たないが、これを補うことで見かけ上円運動の問題に落とし込むことができるのである。
8-3. 極形式と複素数平面
一般の複素数は、\(z = \Re[z] + i \Im [z]\)と表すことも、\(z = r (\cos \theta + i \sin \theta)\)と表すこともできる。後者の表現を極形式と呼ぶ。それらの関係は、\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle \Re[z] = r \cos \theta ace{0.2cm}\\ \displaystyle \Im[z] = r \sin \theta \end{array}\right. \tag{8.9}\end{align}\] となる。
横軸を\(\Re[x]\)、縦軸を\(\Im[z]\)として複素数の値をプロットすることがよくあり、その座標平面を複素数平面と呼ぶ。複素数平面上の点を極形式で表すことは、2次元平面を極座標で表すことに対応する。複素数平面において、極形式で表したときの\(\theta\)が\(\omega_0 t\)のように時間変化すると、その複素数の実部\(\Re[z]\)が単振動の様子を示す。従って、単振動は複素数平面内の円運動の実軸への射影とみなすことができる。
8-4. 複素数の指数関数
複素数の射影という考え方を用いると、単振動やその拡張された微分方程式を簡単に解くことができる。そのためには、複素数に対する微分演算を理解する必要がある。
指数関数に対する合成関数の微分の公式を思い出すと、次のようになる。\[\begin{align} \frac{d}{dt} e^x = \frac{dx}{dt} e^x \tag{8.10}\end{align}\] この\(x\)を複素数に拡張しても成り立つと考える。 特に、\(\omega_0\)を定数とし、\(x = i \omega_0 t\)と置くと、\[\begin{align} \frac{d}{dt} e^{i \omega_0 t} = i \omega_0 e^{i \omega_0 t} \tag{8.11}\end{align}\] となる。 また、\[\begin{align} &\frac{d}{dt} (\cos \omega_0 t + i \sin \omega_0 t) \\ = &- \omega_0 \sin \omega_0 t + i \omega_0 \cos \omega_0 t \\ = &i \omega_0 (\cos \omega_0 t + i \sin \omega_0 t) \tag{8.12}\end{align}\] となり、\(t = 0\)のとき\(\cos \omega_0 t + i \sin \omega_0 t =1\)である。 以上より、微分方程式([dedt])を満たし、\(e^0 = 1\)となる関数として\(e^{i\omega_0 t}\)を定義すると、\[\begin{align} e^{i \omega_0 t} = \cos \omega_0 t + i \sin \omega_0 t \tag{8.13}\end{align}\] と表すことができる。 極形式を思い出すと、複素数は\[\begin{align} r (\cos \theta + i \sin \theta) = r e^{i \theta} \tag{8.14}\end{align}\] と表現できることを意味する。
8-5. 単振動の複素数解
変数\(x\)を複素数に拡張して考えると、単振動の解は\[\begin{align} x(t) = A' e^{i \omega t} + B' e^{-i \omega t} \tag{8.15}\end{align}\] と表すことができる。この解の実部を取り出すと、\[\begin{align} \Re [x(t)] = \Re[A'+B'] \cos \omega t + \Im[B'-A'] \sin \omega t \tag{8.16}\end{align}\] となり、実数解と同じ形になる。すなわち、単振動の解は複素数の実部で表されることがわかる。
つまり、変数\(x\)を複素数として、\(x = \Re[x] + i \Im[x]\)と表したとき、実部と虚部が同じ線形微分方程式を満たすならば、複素数\(x\)自体も同じ微分方程式に従う。このため、複素数解を求め、その実部を取り出すことで、元々求めたい実数解が得られるのである。
9. 強制振動
ここでは、振動子に外部から周期的な力が加わる場合を考える。外部の力は\(F = F_0 \cos \omega t\)という形で与えられる。運動方程式は、\[\begin{align} \frac{d^2 x}{d t^2} + \omega_0^2 x = \frac{F_0}{m} \cos \omega t \tag{9.1}\end{align}\] となる。右辺には\(x\)は現れず、左辺は\(x\)の一次の項のみで構成される。このような方程式を非斉次線形方程式と呼ぶ。
9-1. 方程式の解
非斉次線形方程式では、まず特解と呼ばれる1つの解\(x_\mathrm{ 特解}\)を求め、次に右辺を\(0\)とした斉次方程式の一般解\(x_\mathrm{ 斉次の解}\)を加えることで解を求めることができる。 つまり、それぞれの解は\[\begin{align} & \left( \frac{d^2}{d t^2} + \omega_0^2 \right) x_\mathrm{ 特解} = \frac{F_0}{m} \cos \omega t \\ & \left( \frac{d^2}{d t^2} + \omega_0^2 \right) x_\mathrm{ 斉次の解} = 0 \tag{9.2}\end{align}\] を満たし、これらの解の和\[\begin{align} x(t) = x_\mathrm{ 特解} + x_\mathrm{ 斉次の解} \tag{9.3}\end{align}\] が元の非斉次線形方程式の一般解となる。ここで、斉次方程式の一般解には未知数が2つ含まれるため、これで一般解が確定するのである。 9
ここでは、外力が振動しているため、変位も同様に振動すると予想し、試しに \(x(t) = A \cos (\omega t)\)を代入する。すると、\[\begin{align} - \omega^2 A + \omega_0^2 A = \frac{F_0}{m} \tag{9.4}\end{align}\] となり、すなわち\[\begin{align} A = \frac{F_0}{m ( \omega_0^2 - \omega^2)} \tag{9.5}\end{align}\] と求まる。 ただし、\(\omega_0 \ne \omega\)を仮定した。10 この特解に斉次方程式の一般解を加えると、\[\begin{align} x(t) = c_1 \cos (\omega_0 t) + c_2 \sin (\omega_0 t) + \frac{F_0}{m ( \omega_0^2 - \omega^2)} \cos (\omega t) \tag{9.6}\end{align}\] が元々の非斉次方程式の一般解となる。ここで、振動系の固有振動数\(\omega_0\)と外力の振動数\(\omega\)は一般に異なることに注意する。
9-2. うなり
時刻\(t=0\)で\(x(0)=0\)かつ\(dx(0)/dt = 0\)の場合、解は\[\begin{align} x(t) &= \frac{F_0}{m ( \omega_0^2 - \omega^2)} \left[ \cos (\omega t) - \cos (\omega_0 t) \right] \\ &= \frac{2F_0}{m ( \omega_0^2 - \omega^2)} \sin\left(\frac{\omega_0 - \omega}{2} t\right) \sin\left(\frac{\omega_0 + \omega}{2} t\right) \tag{9.7}\end{align}\] と書ける。 ここで、\(\omega_0 - \omega\)が非常に小さい場合、 \(\sin\left(\frac{\omega_0 - \omega}{2} t\right)\)は時間の関数としてゆっくり変化する。したがって、 \(\sin\left(\frac{\omega_0 + \omega}{2} t\right)\)の振動が「振幅」として作用する。この振幅が、\((\omega_0 - \omega)/2\)の小さい振動数でゆっくり大きくなったり小さくなったりする現象を、うなりと呼ぶ。
9-3. 共鳴
\(\omega = \omega_0\)の場合、特解の振幅が発散するため、これまでの解はそのままでは用いることができない。そこで、一般解中の未知数\(c_1\)の自由度を利用し、次のように書き換えても一般性は失われない。\[\begin{align} x(t) = c_1' \cos (\omega_0 t) + c_2 \sin (\omega_0 t) + \frac{F_0}{m ( \omega_0^2 - \omega^2)} \left[ \cos (\omega t) - \cos (\omega_0 t) \right] \tag{9.8}\end{align}\] ここで、\(\omega \to \omega_0\)の極限を取ると、\[\begin{align} \frac{F_0}{m ( \omega_0^2 - \omega^2)} \left[ \cos (\omega t) - \cos (\omega_0 t) \right] \simeq \frac{F_0}{2 m \omega_0} t \sin (\omega_0 t) \tag{9.9}\end{align}\] となる。 したがって、共鳴の場合の一般解は\[\begin{align} x(t) = c_1' \cos (\omega_0 t) + c_2 \sin (\omega_0 t) + \frac{F_0}{2 m \omega_0} t \sin (\omega_0 t) \tag{9.10}\end{align}\] となり、振幅が時間に比例して増大することが確認できる。
9-4. 振動のエネルギー
外力がない場合、振動子の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和は保存する。振動の解が\(x(t) = A \cos (\omega_0 t)\)であれば、\[\begin{align} E &= \frac{1}{2} m \left( \frac{dx}{dt} \right)^2 + \frac{1}{2} k x^2 \\ &= m \omega_0^2 A^2 \tag{9.11}\end{align}\] となる。ここで、\(k = m \omega_0^2\)の関係を用いた。
外力や減衰効果がある場合、振動数は厳密には\(\omega_0\)とは異なる。そのときは、振動の時間平均を取ってエネルギーを考える。すなわち、振動の解が \(x(t) = A \cos (\omega t)\)であれば、\[\begin{align} \left\langle E \right\rangle&= \frac{1}{2} m \left\langle\frac{dx}{dt} \right\rangle^2 + \frac{1}{2} k \left\langle x^2 \right\rangle \\ &= \frac{\omega^2+ \omega_0^2}{2} m A^2 \tag{9.12}\end{align}\] となる。ここで、\(\left\langle\ \right\rangle\)は時間平均を表す。
重要なのは、エネルギーが振幅の2乗に比例する点である。外力や減衰により振幅が変化すると、その変化をエネルギーの式に代入することで、振動子のエネルギー変化を議論できる。
例えば、外力があり、\(\omega\)と\(\omega_0\)が非常に近いためにうなりが発生する場合、振動部分の振動数は\(\omega_0\)程度となる。この振動周期での時間平均を取ったエネルギーは、\[\begin{align} \left\langle E \right\rangle= \frac{\omega^2 + \omega_0^2}{2} m \left[ \frac{2F_0}{m ( \omega_0^2 - \omega^2)} \sin\left(\frac{\omega_0 - \omega}{2} t\right) \right]^2 \tag{9.13}\end{align}\] となり、エネルギーも大きなうなりのように変動する。 次に、外力が\(\omega = \omega_0\)となって共鳴している場合を考える。簡単のため\(c_1'=c_2=0\)とすると、 エネルギーは\[\begin{align} \left\langle E \right\rangle\simeq m \omega_0^2 \left[ \frac{F_0}{2m \omega_0} t \right]^2 \tag{9.14}\end{align}\] となり、振動子のエネルギーが\(t^2\)に比例して増大することがわかる。
10. 減衰振動
10-1. 減衰振動の方程式
水や油などの流体中で動く物体には、粘性抵抗と呼ばれる力が働く。 物体の速度が小さい場合、この抵抗力は速度に比例することが知られている。 ここでは、その抵抗力が作用する調和振動子の問題を考える。
運動方程式は、\[\begin{align} m \frac{d^2 x}{d t^2} = -k x - b v \tag{10.1}\end{align}\] となる。 ここで、計算上の便宜のため、\[\begin{align} b = m \gamma \\ k = m \omega_0^2 \tag{10.2}\end{align}\] とおくと、\[\begin{align} \frac{d^2 x}{d t^2} + \gamma \frac{dx}{dt} + \omega_0^2 x = 0 \tag{10.3}\end{align}\] となる。
10-2. 線形微分方程式の解
本方程式は線形であるため、複素数解を用いて解を求めることができる。 解の形として、\(x = A e^{i \alpha t}\)を仮定する。 このとき、時間微分は\(dx/dt = i \alpha x\)のように単純なかけ算に置き換わる。
これにより、微分方程式は代数方程式に帰着され、\[\begin{align} (i \alpha)^2 x + \gamma ( i \alpha) x + \omega_0^2 x = 0 \tag{10.4}\end{align}\] となる。 この式から、未知数\(A\)と\(\alpha\)についての解を求めると、\[\begin{align} \alpha = \frac{i \gamma}{2} \pm \sqrt{\omega_0^2 - \frac{\gamma^2}{4}} \tag{10.5}\end{align}\] となる。ここで、\[\begin{align} \omega_\gamma \equiv \sqrt{\omega_0^2 - \frac{\gamma^2}{4}} \tag{10.6}\end{align}\] と定義すると、複素数の一般解は\[\begin{align} x = e^{-\gamma t /2} \left( A e^{i \omega_\gamma t} + B e^{- i \omega_\gamma t} \right) \tag{10.7}\end{align}\] と表される。 この式の実数部分が、求める解となる。 未知数\(A\)と\(B\)を適切に組み合わせることで、解を常に実数にすることができる。 11
10-3. 減衰振動
\(\gamma < 2 \omega_0\)の場合、 \(\omega_\gamma\)は実数になる。このとき、\[\begin{align} x = e^{-\gamma t /2} \left( A e^{i \omega_\gamma t} + A^* e^{- i \omega_\gamma t} \right) \tag{10.8}\end{align}\] とおけば、虚数部は常に\(0\)となり、得られた\(x\)が求める実数解となる。
残った定数\(A\)は\(x\)の初期条件によって決まる。例えば、初期時刻\(t=0\)において振幅が\(x_0\)で初速度が\(0\)の場合の解を求めると、\[\begin{align} x = x_0 e^{-\gamma t /2} \cos (\omega_\gamma t) \tag{10.9}\end{align}\] となることがわかる。 これは、\(\omega_\gamma\)の振動数を持つ振動の振幅が\(e^{-\gamma t/2}\)で減衰していく様子を表している。この現象を減衰振動と呼ぶ。
特に、 \(\gamma \ll \omega_0\)のとき、 振動の周期に比べて振幅の変化\(e^{-\gamma t/ 2}\)は非常に緩やかとみなせる。 このとき、振動子のエネルギーは振動周期で時間平均すると、\[\begin{align} \left\langle E \right\rangle\simeq E_0 e^{- \gamma t} \tag{10.10}\end{align}\] のように指数関数的に減少する。
10-4. 過減衰
\(\gamma > 2 \omega_0\)の場合、\(\omega_\gamma\)は純虚数になる。 そこで、\[\begin{align} \sigma \equiv \sqrt{\frac{\gamma^2}{4} - \omega_0^2} \tag{10.11}\end{align}\] と定めると、 一般解は実数定数\(A\)と\(B\)を用いて\[\begin{align} x(t) = e^{-\gamma t /2} \left( A e^{ \sigma t} + B e^{- \sigma t} \right) \tag{10.12}\end{align}\] と表される。つまり、振動することなく、異なる緩和時間を持つ指数関数の和として減衰する。これを過減衰と呼ぶ。 12
\(t=0\)で\(x=x_0\)、\(v=0\)という初期条件のもとで解を求めると、これらの条件は\[\begin{align} x_0 = A +B \\ 0 = - \frac{\gamma}{2} (A+B) + \sigma (A-B) \tag{10.13}\end{align}\] となる。 これを解くと、\[\begin{align} A = \frac{1}{2} x_0 \left( 1 + \frac{\gamma }{2 \sigma} \right) \\ B = \frac{1}{2} x_0 \left( 1 - \frac{\gamma }{2 \sigma} \right) \tag{10.14}\end{align}\] もしくは\[\begin{align} x(t) = x_0 e^{-\gamma t /2} \left( \cosh( \sigma t) + \frac{\gamma}{2 \sigma} \sinh (\sigma t) \right) \tag{10.15}\end{align}\] と表せる。
10-5. 臨界減衰
\(\gamma = 2 \omega_0\)の場合は、上記の方法では代数方程式の解が一つしか得られず、独立な解をもう一つ求める必要がある。 13
過減衰の一般解から\(\gamma \to 2 \omega_0\)、すなわち\(\sigma \to 0\)の極限を考えても、直接臨界減衰の解は得られない。これは、一般解に含まれる定数が\(\sigma^{-1}\)に依存しているためであり、それを含めた極限操作の取り扱いが必要である。実際、\(t=0\)でゆっくり手を離した場合の解では、このような扱いがなされていた。
\(\gamma > 2 \omega_0\)の場合の一般解に含まれる定数\(A\)と\(B\)が、\(\sigma \to 0\)の極限で\[\begin{align} A = \frac{A_1}{\sigma} + A_2 \\ B = \frac{B_1}{\sigma} + B_2 \tag{10.16}\end{align}\] とふるまうと仮定すると、\[\begin{align} x(t) = e^{-\gamma t /2} \left( \frac{A_1}{\sigma} e^{ \sigma t} + \frac{B_1}{\sigma} e^{- \sigma t} \right) + e^{-\gamma t /2} \left( A_2 e^{ \sigma t} + B_2 e^{- \sigma t} \right) \tag{10.17}\end{align}\] と表せる。ここで、\(\sigma \to 0\)の極限で発散しないためには\(B_1 = - A_1\)でなければならない。このとき、\[\begin{align} x(t) = e^{-\gamma t /2} 2 A_1 t + e^{-\gamma t /2} \left( A_2+ B_2 \right) \tag{10.18}\end{align}\] となる。よって、求める解は\[\begin{align} x = \left( c_1 t + c_2 \right) e^{- \gamma t /2} \tag{10.19}\end{align}\] の形となり、これを臨界減衰と呼ぶ。
11. 減衰のある強制振動
11-1. 減衰のある強制振動の特解
ここでは、振動子に外部から周期的な力\(F = F_0 \cos \omega t\)が作用する場合を考える。運動方程式は\[\begin{align} \frac{d^2 x}{d t^2} + \gamma \frac{dx}{dt} + \omega_0^2 x = \frac{F_0}{m} \cos \omega t \tag{11.1}\end{align}\] となる。 ここで、外力の\(\cos \omega t\)を複素関数\(e^{i\omega t}\)に拡張し、その実部が元の外力に対応すると考える。 すると、運動方程式は\[\begin{align} \frac{d^2 x}{d t^2} + \gamma \frac{dx}{dt} + \omega_0^2 x = \frac{F_0}{m} e^{i \omega t } \tag{11.2}\end{align}\] となる。 この複素方程式の実部を取り出すことで、本来求めたい解を得ることができる。
複素解を求めるため、 \(x = x_0 e^{i \omega t}\) と仮定する。 これを代入すると、\[\begin{align} (i \omega)^2 x_0 e^{i \omega t} + \gamma ( i \omega) x_0 e^{i \omega t} + \omega_0^2 x_0 e^{i \omega t} = \frac{F_0}{m} e^{i \omega t} \tag{11.3}\end{align}\] となり、未知数\(x_0\)に対する代数方程式が得られる。 この解は、\[\begin{align} x_0 = \frac{F_0}{m ( \omega_0^2 - \omega^2 + i \gamma \omega)} \tag{11.4}\end{align}\] となる。
11-2. 応答の大きさと位相のずれ
ここで、次の量を定義する。\[\begin{align} R \equiv \frac{1}{m ( \omega_0^2 - \omega^2 + i \gamma \omega)} \equiv \rho e^{i \theta} \tag{11.5}\end{align}\] これを用いると、代数方程式の解は\[\begin{align} x_0 = F_0 R \tag{11.6}\end{align}\] と表され、実際の解は\[\begin{align} x(t) = \rho F_0 \cos ( \omega t + \theta) \tag{11.7}\end{align}\] となる。 ここで、\(\rho\)は応答の大きさ、\(\theta\)は外力の位相と応答の位相とのずれを表す。 14
この解を用いると、\(R\)の大きさの2乗は\[\begin{align} \rho^2 &= \left\vert {R} \right\vert^2 = \frac{1}{m ( \omega_0^2 - \omega^2 + i \gamma \omega)} \frac{1}{m ( \omega_0^2 - \omega^2 - i \gamma \omega)} \\ &= \frac{1}{m^2 \left[ ( \omega_0^2 - \omega^2)^2 + \gamma^2 \omega^2 \right]} \tag{11.8}\end{align}\] と表される。また、\[\begin{align} \frac{1}{\rho} e^{- i \theta} = m (\omega_0^2 - \omega^2 + i \gamma \omega) \tag{11.9}\end{align}\] から、\[\begin{align} \tan \theta = - \frac{\gamma \omega}{\omega_0^2 - \omega^2} \tag{11.10}\end{align}\] が導かれる。 \(\theta\)が負であるのは、変位が外力に比べて遅れていることを意味する。
11-3. 共鳴
振動数\(\omega\)が\(\omega_0\)に近いとき応答が大きくなる現象を共鳴と呼ぶ。 \(\gamma\)が十分小さい場合は、\(\omega \simeq \omega_0\)と近似してよい。このとき、\[\begin{align} \rho^2 \simeq \frac{1}{4 m^2 \omega_0^2 \left[ ( \omega_0 - \omega)^2 + \gamma^2/4 \right]} \tag{11.11}\end{align}\] と近似できる。 共鳴ピークの高さが半分になるときの周波数幅を\(\delta \omega\)とすると、\[\begin{align} \frac{1}{4 m^2 \omega_0^2 \left[ ( \omega_0 - \omega_0 \mp \delta \omega/2)^2 + \gamma^2/4 \right]} = \frac{1}{2} \frac{1}{4 m^2 \omega_0^2 \left[ \gamma^2/4 \right]} \tag{11.12}\end{align}\] を解くことで、\[\begin{align} \delta \omega = \gamma \tag{11.13}\end{align}\] が得られる。 すなわち、\(\gamma\)が小さいほど共鳴ピークは鋭くなる。
11-4. 位相のずれ
共鳴を境に、位相のずれは\(0\)から\(\pi\)へと変化する。 減衰がない場合も同様であるが、減衰がある場合はその変化の範囲が広がる。
11-5. エネルギーの吸収と分散
定常状態では、外部から入力されたエネルギーはすべて抵抗(摩擦)によって消費される。
抵抗によって単位時間あたりに減衰するエネルギーは\[\begin{align} \frac{dE}{dt} = m \gamma \left( \frac{dx}{dt} \right)^2 \tag{11.14}\end{align}\] と表される。 これに解を代入し、振動の一周期平均を取ると、\[\begin{align} \frac{dE}{dt} = \frac{1}{2} m \gamma \rho^2 F_0^2 \omega^2 \tag{11.15}\end{align}\] となる。 さらに、共鳴付近では近似して、\[\begin{align} \frac{dE}{dt} = \frac{F_0^2}{8m} \frac{\gamma }{( \omega_0 - \omega)^2 + \gamma^2/4 } \tag{11.16}\end{align}\] が得られる。
この結果は、系が単位時間あたりに外部から吸収するエネルギー量を示しており、入力する力の振動数\(\omega\)に依存する。 このような吸収現象を分散的と呼ぶ。
11-6. Q値
定常状態における蓄積エネルギーは\[\begin{align} \left\langle E \right\rangle= \frac{\omega^2+\omega_0^2}{2} m F_0^2 \rho^2 \tag{11.17}\end{align}\] と表される。
一周期あたりに系に与えられる仕事量と比較して、どれだけのエネルギーが蓄えられるかを示す指標を\(Q\)と定義すると、\[\begin{align} Q &= \frac{\frac{\omega^2+\omega_0^2}{2} m F_0^2 \rho^2}{\frac12 m \gamma \rho^2 F_0^2 \omega^2 \frac{2\pi}{\omega}} \\ &= \frac{\omega^2+\omega_0^2}{2\pi \gamma \omega} \tag{11.18}\end{align}\] となる。
\(Q\)の値が大きい場合、比較的小さな力でも長時間作用させることで多くのエネルギーを蓄積できる。 定常状態では、入力されるエネルギーは摩擦による消散エネルギーと均衡する。
12. リミットサイクルと共振
生体では周期的な振動現象が安定していることが多い。例えば、脈動する心臓に外部から乱れを与えても、しばらくすれば通常の脈動に戻る。このように、外力に対して安定した周期運動をリミットサイクルと呼ぶ。
また、心臓の一部は自立的に振動を続け、外部の信号に依存しない。生体のような複雑な系では必ずエネルギー散逸が生じるため、自律的に振動する細胞は何らかの方法でエネルギーを補給し、振動エネルギーに変換していると考えられる。このような系を自励振動といい、エネルギー供給と減衰が釣り合えば、安定な振動状態(リミットサイクル)が実現される。ここでは、その簡単なモデルについて考察する。
12-1. 自励振動
減衰振動では減衰定数\(\gamma\)が正であれば振幅は減衰するが、もし\(\gamma\)が負であれば振幅は増大する。しかし、振幅が大きくなると減衰がゼロになるように、\(x^2\)に比例する項を加える。すなわち、\(\gamma \to - \mu + x^2\)と置く。すると、運動方程式は\[\begin{align} \frac{d^2 x}{d t^2} - (\mu - x^2) \frac{dx}{dt} + \omega_0^2 x = 0 \tag{12.1}\end{align}\] となり、これをファンデルポール振動子という。
\(\mu\)が小さい場合、近似解として\[\begin{align} x(t) \simeq a \sin \omega_0 t \tag{12.2}\end{align}\] が成り立つ。このときの二乗平均は\[\begin{align} \left\langle x^2 \right\rangle\simeq \frac12 a^2 \tag{12.3}\end{align}\] となる。定常状態では減衰項の係数\(\mu - x^2\)がゼロにならなければならないため、\[\begin{align} a^2 \simeq 2 \mu \tag{12.4}\end{align}\] が成り立つ。
12-2. リミットサイクル
上記の振動子に一時的な外的擾乱で振幅を変化させた場合を考える。
振幅が定常解より大きいと、減衰項の係数が\[\begin{align} \left( \mu -\left\langle x^2 \right\rangle\right) \lesssim 0 \tag{12.5}\end{align}\] となり、エネルギーが失われ振幅は減少する。一方、振幅が定常解より小さいと、係数の符号が逆転してエネルギーが補給され、振幅は増大する。 このように、初期状態にかかわらず振動は定常解に収束するため、ファンデルポール振動子の定常解は外的擾乱に対して安定なリミットサイクルとなる。
12-3. 共振
心臓内部では、洞結節と呼ばれる部位が自立的に振動し、その信号が心房を介して心室の収縮を誘発する。この洞結節が脈動リズムを作るため、ペースメーカーとも呼ばれる。
洞結節は多数の心筋細胞から構成され、各細胞は自律的に振動する。実際、それらの細胞を単離すると、それぞれが異なる位相の振動を行う。 しかし、それらの細胞が接触すると、やがてその振動の位相が同期する現象が現れる。このように多数の細胞が一体となって同期することで、全体として安定な振動が実現される。
この振動の同期現象を、以下の力学系の方程式でモデル化する。 15
2つのファンデルポール振動子が連結した系を考える。ただし、ここでは各振動子の振幅変化には着目せず、\(\mu - x^2\)の平均が常に0であると仮定する。 16
2つの振動子\(x_1\)と\(x_2\)の相互作用を、振動速度のずれに比例して\(k(dx_2/dt -dx_1/dt)\)と考える。 17 このとき、方程式は、\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle \frac{d^2 x_1}{d t^2} + \omega_1^2 x_1 = k \left( \frac{dx_2}{dt} - \frac{dx_1}{dt} \right) ace{0.2cm} \\ \displaystyle \frac{d^2 x_2}{d t^2} + \omega_2^2 x_2 = k \left( \frac{dx_1}{dt} - \frac{dx_2}{dt} \right) \end{array}\right. \tag{12.6}\end{align}\] となる。 ここで、\(\omega_1\)および\(\omega_2\)は各振動子の固有振動数であり、\(k\)および\(\omega_1 - \omega_2\)は小さいとする。 これは線形方程式であるため、解を\(x_1 = A e^{i \theta_1(t)}\)および\(x_2 = A e^{i \theta_2(t)}\) と仮定すると、方程式は\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle i \frac{d^2}{d t^2} \theta_1 - \left( \frac{d \theta_1}{d t} \right)^2 + \omega_1^2 = i k \left( \frac{d \theta_2}{dt} e^{i (\theta_2 - \theta_1)} - \frac{d \theta_1}{dt} \right) ace{0.2cm} \\ \displaystyle i \frac{d^2}{d t^2} \theta_2 - \left( \frac{d \theta_2}{d t} \right)^2 + \omega_2^2 = i k \left( \frac{d \theta_1}{dt} e^{i (\theta_1 - \theta_2)} - \frac{d \theta_2}{dt} \right) \end{array}\right. \tag{12.7}\end{align}\] となる。 ここで、位相の二階微分を小さいとして無視し、また右辺では\(d\theta_2/dt \simeq \omega_2\) と \(d\theta_1/dt \simeq \omega_1\)と近似し、\(\omega_1\)と\(\omega_2\)の差も無視すると、\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle \frac{d \theta_1}{d t} = \sqrt{\omega_1^2 - i k \omega_1 \left( e^{i (\theta_2 - \theta_1)} - 1 \right) } ace{0.2cm} \\ \displaystyle \frac{d \theta_2}{d t} = \sqrt{\omega_2^2 - i k \omega_2 \left( e^{i (\theta_1 - \theta_2)} - 1 \right) } \end{array}\right. \tag{12.8}\end{align}\] となる。さらに、\(k\)が小さいことから右辺を展開すると、\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle \frac{d \theta_1}{d t} = \omega_1 - i \frac{k}{2} \left( e^{i (\theta_2 - \theta_1)} - 1 \right) ace{0.2cm} \\ \displaystyle \frac{d \theta_2}{d t} = \omega_2 - i \frac{k}{2} \left( e^{i (\theta_1 - \theta_2)} - 1 \right) \end{array}\right. \tag{12.9}\end{align}\] となる。この実部を取り、 \(\theta\)の虚部は小さいとすると、\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle \frac{d \theta_1}{d t} = \omega_1 + \frac{k}{2} \sin (\theta_2 - \theta_1) ace{0.2cm} \\ \displaystyle \frac{d \theta_2}{d t} = \omega_2 + \frac{k}{2} \sin (\theta_1 - \theta_2) \end{array}\right. \tag{12.10}\end{align}\] という方程式に帰着する。
得られた数理モデルの\[\begin{align} \left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle \frac{d \theta_1}{d t} = \omega_1 + \frac{k}{2} \sin (\theta_2 - \theta_1) ace{0.2cm} \\ \displaystyle \frac{d \theta_2}{d t} = \omega_2 + \frac{k}{2} \sin (\theta_1 - \theta_2) \end{array}\right. \tag{12.11}\end{align}\] は蔵本モデルと呼ばれるものの一種である。 この2つの式の差を取ると、\(\Delta \theta \equiv \theta_2 - \theta_1\)および\(\Delta \omega \equiv \omega_2 - \omega_1\) を用いて、\[\begin{align} \frac{d }{d t} \Delta \theta = \Delta \omega - k \sin \Delta \theta \tag{12.12}\end{align}\] となる。
この式は、\(\Delta \theta \ll 1\)の場合、\(\sin \Delta \theta \simeq \Delta \theta\)と近似でき、7章で示したように定常状態へ漸近する形になる。 定常状態では右辺が0となるため、\[\begin{align} \Delta \theta \simeq \frac{\Delta \omega }{k} \tag{12.13}\end{align}\] が得られる。すなわち、2つの振動子は一定の位相差で同期して振動する。ただし、\(\left\vert {\sin \Delta \theta} \right\vert \le 1\)であることから、\(\Delta \omega > k\)の場合は定常解が存在せず、固有振動数の差が大きすぎると同期しないことがわかる。
俗に「ネズミ算式」とも表現される。戻る
感染症の拡大も同様の挙動を示すことが知られている。例えば、新型コロナウイルスの各感染波における感染者数の推移は、このロジスティック方程式でよく近似される。戻る
物理学における定性的(qualitative)な評価とは、物理的に本質的な要素に基づいて大まかな桁数(オーダー)を見積もることを指す。フェルミ推定は、この定性的な評価手法を利用した推定法である。戻る
ガリレオ以前の運動学の研究は、静止している物体の静力学や天体の軌道の研究が中心であり、物体の時間変化に注目していなかった。 しかし、ガリレオ・ガリレイは物体の位置が時間とともにどのように変化するかを測定し、物理学の本質的な考え方を打ち立てた。 この考えに基づくと、物体の軌道は時間の関数を消去した二次的な情報にすぎない。
また、慣性の法則や等価原理もガリレオの功績であり、これらは物体の時間変化に注目した結果として発見されたと言える。 この時間変化の視点を提供したことから、ガリレオを最初の物理学者と呼ぶことができるかもしれない。戻る
物理では慣例的に時間微分をドットで\(\dot{\vec{x}} \equiv d \vec{x}/dt\)と書くことも多い。戻る
\(x(t)\)と\(y(t)\)は、\(t\)を媒介変数として\(x\)と\(y\)が表されており、数学でいう媒介変数表示になっている。戻る
任意の関数\(f(x)\)について、\(x\)が小さい場合には\(f(x) \simeq f(0) + f'(0) x + \dots\)のように近似することができる。戻る
これを示すには、 ポテンシャル\(U(x,y)\)が\(x\)と\(y\)の両方に依存するときに成り立つ次の関係式を用いる。\[\begin{align} \frac{d }{dt} U(x(t),y(t))= \frac{dx}{dt} \frac{\partial U(x,y)}{\partial x} + \frac{dy}{dt} \frac{\partial U(x,y)}{\partial y} \tag{5.3}\end{align}\] これは、時間を\(dt\)だけ変化させたときに、\(x(t)\)と\(y(t)\)を通して\(U(x,y)\)がどれくらい変化するか、ということを表している。戻る
二階の微分方程式は、2つの未知数が含まれる解が一般解となり、それ以上の未知数は現れない。戻る
外力の振動数\(\omega\)が系の固有振動数\(\omega_0\)より大きい場合、振幅が負となる。これは、外力と比べて物体の変位の位相が\(\pi\)ずれていると考えてもよい。戻る
\(A\)と\(B\)は一般に複素数の定数である。 実数部と虚数部はそれぞれ異なる初期条件によって決まり、 そのうちの虚数部は人為的に加えたものなので初期条件は好きに取れる。 そこで、虚数部を常に\(0\)とする解を考えると、欲しい実数解が直接得られる。戻る
抵抗\(\gamma\)が臨界値を超えると、運動の性質が振動的から指数関数的な減衰へと変わる。これは、cos関数と\(e\)の指数関数が数学的に密接に関係していることに由来する。戻る
一般的な教科書では、定数変化法として\(x(t)=A(t)e^{-\gamma t/2}\)と置き、\(A(t)\)の形を求める。戻る
\(R\)の極(pole)は、\(F_0 \to 0\)、すなわち外力が存在しない状況での振動伝搬の情報を持つ。戻る
もちろん、実際の心臓ではホルモンや自律神経系など複数の要因が関与しており、現実はより複雑である。ここでは簡略化したモデルとして考察する。戻る
あるいは、各振動子が定常状態に落ち着く時間スケールに比べ、相互作用項による変化が十分遅いと考えてよい。戻る
運動量のずれと表現したほうが物理的に適切かもしれない。戻る