相対論的量子力学 講義ノート

はじめに

相対論的な量子力学を学ぶ意義

「相対論的」な「量子力学」とは、シュレディンガーの波動方程式を中心に学んできた非相対論的な量子力学から、場の量子論へと進むための橋渡しとなる分野である。 この分野では、非相対論的量子力学と同様に、原則として粒子の生成や消滅を伴わない「一体系」の問題を中心に扱う。 1

このような「一体系の相対論的量子力学」を学ぶ意義として、主に以下の点が挙げられる。

\(\blacksquare\) 高エネルギー領域のミクロな系を記述できる

特殊相対性理論の要請を満たすように量子力学を拡張することで、ミクロな系において光速に近い速度で運動する粒子の振る舞いを正しく記述できるようになる。

特に、不確定性関係 \(\Delta x \sim \hbar / (2 \Delta p)\) が示唆するように、より微細な構造を調べるためには大きな運動量、すなわち高エネルギーが必要となる。その結果、粒子の速度は光速に近づき、相対論的効果が無視できなくなる。素粒子のような微視的な構成要素を探究するためには、量子論と相対論の両方を同時に考慮することが不可欠である。

例えば、水素原子のボーア模型における電子の軌道半径は \(a_0 = \hbar c/ (\alpha m_e c^2)\) である。これを不確定性関係の \(\Delta x\) に代入すると、電子の典型的な運動量は \(\Delta p \sim (\alpha m_e c^2)/(2c)\) と見積もられる。 したがって電子の典型的な速度は光速の約 \(\alpha \sim 1/137\) 倍、すなわち \(10^{-2}\) 程度に達する。 このため、水素原子のエネルギー準位を精密に解析するには、相対論的補正を考慮することが不可欠である。

また、相対論的なエネルギーと質量の関係式 \(E = mc^2\) により、 高エネルギー粒子の衝突によって新たな重粒子が生成され得ることが分かる。 実際、素粒子物理学や原子核物理学の実験では、粒子を光速近くまで加速して衝突させることで新粒子の探索が行われており、その現象の理解には相対論的効果が本質的な役割を果たす。

\(\blacksquare\) 基本法則の制約により予言能力が高まる

特殊相対性理論によれば、物理法則はあらゆる慣性系で同一の形を保たなければならない。 したがって量子力学も、ローレンツ共変な形式で記述される必要がある。 この要請から、クライン・ゴルドン方程式やディラック方程式が自然に導かれる。

このように、波動関数が満たすべき方程式がローレンツ対称性によって強く制限されることで、理論的に許される相互作用が選別され、不合理な相互作用は排除される。 その結果、理論の予言能力が大きく向上する。

具体的には、ディラック方程式の非相対論的極限をとると、パウリ項やスピン・軌道相互作用が自然に現れる。 また、スピンや反粒子といった概念も、現象論的に導入されるのではなく、理論の必然的な帰結として現れる。これにより、それらの物理的起源を明確に理解することができる。

\(\blacksquare\) 多体系を扱う場の量子論への橋渡しとなる

本書の前半では「一体系の相対論的量子力学」を中心に説明するが、一体系の理論では粒子の生成・消滅を記述できないという本質的な限界がある。この課題を解決するため、本書の後半では「場の量子論」を導入する。ここでは場の理論の深遠な形式には深入りせず、一体系の理論との接続を重視して解説を行う。

場の量子論は現代物理学の多くの分野の基礎をなしている。 素粒子物理学や原子核物理学はもちろん、初期宇宙論においても不可欠な道具である。また物性物理学においても、超伝導現象の理解や、有限温度・有限密度系の記述に場の理論が用いられており、統計力学とも密接に関連している。

このように広範な物理分野で重要となる場の量子論を理解するための前段階として、一体系の相対論的量子力学を学ぶことは極めて自然なステップである。

\(\blacksquare\) 一体問題の近似理論として有用である

本来、相対論的な系は場の量子論で扱われるべきであるが、特定の条件下では一体系の理論が強力な近似として機能する。

典型的な例は外場中での一体問題である。原子内の電子や、電磁場中の荷電粒子の挙動を解析する際、電磁場を古典的な外場として扱い、問題を一体系へと還元する手法がよく用いられる。水素原子スペクトルのラムシフトや磁気モーメントの計算など、 場の理論に基づく精密な議論が必要になる場合においても、この一体系の枠組みは重要な役割を果たす。

さらに、クォークの束縛状態の解析においても同様の考え方が適用できる。 加速器実験で観測されるハドロンの中には、クォークと反クォークが束縛状態を形成しているものがあり、そのエネルギー準位の構造は生成確率や崩壊過程に大きな影響を与える。 このような二体系の問題も、重心系を用いることで実質的に一体系の問題として扱うことができる。 そのため、安定な水素原子とは性質の異なる束縛状態であっても、一体系の理論は有効な近似として機能する。

本書の目標

  • クライン・ゴルドン方程式やディラック方程式を導入し、その解が示すスピンや反粒子の物理的意味を理解する。 2

  • ゲージ原理に基づいて電磁場中でのディラック方程式を導出し、非相対論的量子力学では現象論的に導入されていた相互作用項が、理論から自然に現れることを確認する。 3

  • 多体系を扱うための場の量子論の基礎概念に触れ、因果律との整合性などを確認する。

自然単位系

本書では自然単位系(Natural units)し、光速および換算プランク定数をそれぞれ \[\begin{align} &c \ (\simeq 3 \times 10^8 \,\mathrm{ m}/\mathrm{ s}) = 1 \nonumber \\ &\hbar \ (\simeq 1 \times 10^{-34} \,\mathrm{ J} \cdot \mathrm{ s}) = 1 \nonumber\end{align}\] とおく。 この単位系を採用することは、物理現象を「相対論的なスケール」かつ「量子論的な視点」で捉えることに対応している。

\(c=1\) とおくことで、時間は距離と同じ単位で測られることになり、さらに \(E=mc^2\) の関係から質量もエネルギーと同じ単位を持つ。加えて \(\hbar=1\) とおくことで、長さや時間はエネルギーの逆数の次元を持つことになり、最終的に全ての物理量はエネルギーのべき乗の単位で表現される。

次元の関係を整理すると以下のようになる。

ace-0.3cm [エネルギー] \(=\) [運動量] \(=\) [質量] \(=\) [時間]\(^{-1}\) [距離]\(^{-1}\)

ace-0.3cm したがって、基本となるエネルギーの単位を一つ設定すればよい。電子のようなミクロな系を考える際には、電子ボルト(\(\mathrm{ eV}\))を用いるのが便利である。 \(1\,\mathrm{ eV}\) は、素電荷 \(e\) を持つ粒子が \(1 \, \mathrm{ V}\) の電位差で加速されたときに得るエネルギーであり、例えば水素原子の束縛エネルギーが約 \(13.6\,\mathrm{ eV}\) であることからも、原子スケールの記述に適していることがわかる。 4

また、素粒子物理学の慣習では、電荷の単位を調整し、 \[\begin{align} \epsilon_0 \ (\simeq 9 \times 10^{-12} \, \mathrm{ C}/(\mathrm{ V} \cdot \mathrm{ m})) = 1 \nonumber\end{align}\] とおくことが多い。 これは有理化されたヘビサイド・ローレンツ単位系を採用したことに対応する。 この場合、微細構造定数(Fine-structure constant) との関係 \(\alpha = e^2/(4\pi) \simeq 1/137\) より、素電荷は無次元量となり、その値はおよそ \(e \simeq 0.3\) となる。5

なお、本書ではローレンツ計量の符号について、以下を採用する。 \[\begin{align} \eta_{\mu \nu} = \mathrm{ diag}(-1,1,1,1) \nonumber\end{align}\]

1. 特殊相対論の復習

この章では、本書で用いる特殊相対論の基本事項を復習する。特に重要となるのは、ローレンツ変換に対する物理量の変換法則である。共変ベクトルや反変ベクトルの変換則を明確にしておくことは、後にディラックスピノルの変換性を考察する際に役に立つ。

また、電磁気学との相互作用を記述するハミルトニアンがどのように表されるかについても確認する。

1-1. ローレンツ変換

特殊相対論によれば、すべての慣性系で同一の物理法則が成立しなければならない。この要請は、基礎方程式がローレンツ変換に対して共変であることを意味する。 6

ローレンツ変換では時間と空間が混ざり合うため、これらをまとめて4元ベクトルとして扱う。\[\begin{align} x^\mu = \begin{pmatrix} x^0 \\ x^1 \\ x^2 \\ x^3 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} t \\ x \\ y \\ z \end{pmatrix} \tag{1.1}\end{align}\] 以下、ギリシャ文字の添え字(\(\mu, \nu\) など)は \(0,1,2,3\) を走り、ローマ文字の添え字(\(i, j\) など)は空間成分 \(1,2,3\) を走るものとする。また、空間3次元のベクトルは \(\boldsymbol{p}\) のようにボールド体で表記し、例えば4元運動量を \(p^\mu = (p^0, \boldsymbol{p})\) のように書く。

さらに、アインシュタインの和の規約を採用し、\(p_\mu x^\mu \equiv \sum_{\mu=0}^3 p_\mu x^\mu\) のように、同じ文字の上添字と下添字が一組現れる場合は和をとるものと約束する。

時空の線素は\[\begin{align} \mathrm{d}s^2 &= \eta_{\mu \nu} \mathrm{d}x^\mu \mathrm{d}x^\nu \\ &= -\mathrm{d}t^2 + \mathrm{d}x^2 + \mathrm{d}y^2 + \mathrm{d}z^2 \tag{1.2}\end{align}\] と表される。ここでローレンツ計量\(\eta_{\mu \nu}\)の符号は以下のように定める。

ローレンツ計量

\[\begin{align} \eta_{\mu \nu} = \mathrm{diag} (-1, 1,1,1) \tag{1.3}\end{align}\]

この線素を不変に保つ座標変換をローレンツ変換と呼ぶ。

変換後の座標を \(x'^\mu\) とし、ローレンツ変換\[\begin{align} \mathrm{d}x'^\mu = \Lambda^{\mu}{}_{\nu} \mathrm{d}x^\nu \tag{1.4}\end{align}\] と書くとき、線素の不変性(\(\mathrm{d}s'^2 = \mathrm{d}s^2\))は次のように表せる。\[\begin{align} \eta_{\mu \nu} \mathrm{d}x'^\mu \mathrm{d}x'^\nu = \eta_{\mu \nu} \mathrm{d}x^\mu \mathrm{d}x^\nu \\ \Leftrightarrow (\eta_{\alpha \beta} \Lambda^{\alpha}{}_{\mu} \Lambda^{\beta}{}_{\nu}) \mathrm{d}x^\mu \mathrm{d}x^\nu = \eta_{\mu \nu} \mathrm{d}x^\mu \mathrm{d}x^\nu \tag{1.5}\end{align}\] これが任意の \(\mathrm{d}x^\mu\) に対して一致するためには、変換行列 \(\Lambda^{\mu}{}_{\nu}\) は以下の関係式を満たさなければならない。7

ローレンツ変換の定義式

\[\begin{align} \eta_{\alpha \beta} \Lambda^{\alpha}{}_{\mu} \Lambda^{\beta}{}_{\nu} = \eta_{\mu \nu}, \tag{1.6}\end{align}\]

1-2. ローレンツ変換の生成子

\(\Lambda^{\mu}{}_{\nu}\) を具体的に求めるために、恒等変換に近い無限小のローレンツ変換を考える。\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu}=\delta^{\mu}{ }_{\nu} + \delta \omega^{\mu}{ }_{\nu} \tag{1.7}\end{align}\] ここで、\(\left|\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu}\right| \ll 1\)とし、2次以上の微小量は無視する。 ローレンツ変換の条件 \(\eta_{\alpha \beta} \Lambda^{\alpha}{}_{\mu} \Lambda^{\beta}{}_{\nu} = \eta_{\mu \nu}\)から、 \(\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu}\)は次の関係を満たす必要がある。\[\begin{align} \eta_{\alpha \nu} \delta \omega^{\alpha}{}_{\mu} + \eta_{\mu \beta} \delta \omega^{\beta}{}_{\nu}=0 \tag{1.8}\end{align}\] ここで、添字をすべて下ろした \(\delta \omega_{\mu \nu} \equiv \eta_{\mu \alpha} \delta \omega^{\alpha}{}_{\nu}\) を定義すると、上式は\[\begin{align} \delta \omega_{\nu \mu} = -\delta \omega_{\mu \nu} \tag{1.9}\end{align}\] となり、\(\delta \omega_{\mu\nu}\) は添字に関して反対称でなければならないことがわかる。8 反対称行列の独立な成分は6個であり、それぞれが3つのローレンツブースト(Lorentz boost)と3つの空間回転に対応する。具体的には以下のように表せる。\[\begin{align} \delta \omega_{\mu\nu}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & -\eta_{1} & -\eta_{2} & -\eta_{3} \\ \eta_{1} & 0 & -\theta_{3} & \theta_{2} \\ \eta_{2} & \theta_{3} & 0 & -\theta_{1} \\ \eta_{3} & -\theta_{2} & \theta_{1} & 0 \end{array}\right) \tag{1.10}\end{align}\] 添え字を上げた \(\delta \omega^{\mu}{}_{\nu} = \eta^{\mu \rho} \delta \omega_{\rho \nu}\) は 以下のようになる。\[\begin{align} \delta \omega^{\mu}{}_{\nu}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & \eta_{1} & \eta_{2} & \eta_{3} \\ \eta_{1} & 0 & -\theta_{3} & \theta_{2} \\ \eta_{2} & \theta_{3} & 0 & -\theta_{1} \\ \eta_{3} & -\theta_{2} & \theta_{1} & 0 \end{array}\right) \tag{1.11}\end{align}\] ここで、\(\eta_i\)はローレンツブーストのラピディティ(Rapidity) 、\(\theta_i\)は空間回転に対応するパラメータである。 9

有限のローレンツ変換は、無限小変換\(\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu} = \omega^{\mu}{ }_{\nu}/N\)\(N\)回繰り返し適用し、\(N \to \infty\) の極限をとることで得られる。 10\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{}_{\nu} &= \lim _{N \rightarrow \infty}\left(\delta^{\mu}{ }_{\mu_{1}} + \frac{\omega^{\mu}{ }_{\mu_{1}}}{N}\right) \left(\delta^{\mu_1}{ }_{\mu_{2}} + \frac{\omega^{\mu_1}{ }_{\mu_{2}}}{N}\right) \cdots \nonumber\\ &\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \times \left(\delta^{\mu_{N-1}}{}_{\nu} + \frac{\omega^{\mu_{N-1}}{ }_{\nu}}{N}\right) \\ &= \left(e^{\omega}\right)^{\mu}{}_{\nu} \tag{1.12}\end{align}\]

例えば、\(z\)軸周りの空間回転\(\theta\)の場合、変換行列は\[\begin{align} \Lambda^\mu{}_\nu &= \left(\begin{array}{cccc} 1 & & & \\ & \cos \theta &-\sin \theta & \\ & \sin \theta& \cos \theta & \\ & & & 1 \end{array}\right) \tag{1.13}\end{align}\] となり、\(z\)軸方向に速度\(v\)のローレンツブーストの場合は、\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{}_{\nu} &= \begin{pmatrix} \cosh \eta & 0 & 0 & \sinh \eta \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ \sinh \eta & 0 & 0 & \cosh \eta \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} \gamma & 0 & 0 & \gamma v \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ \gamma v & 0 & 0 & \gamma \end{pmatrix} \tag{1.14}\end{align}\] となる。 ここで、\(v = \tanh \eta\)、およびローレンツ因子\(\gamma\)\[\begin{align} \gamma = \cosh \eta = \frac{1}{\sqrt{1-v^2}}, \tag{1.15}\end{align}\] である。

ところで、\(\Lambda^{\mu}{}_{\nu}\) は4元反変ベクトルに対するローレンツ変換の行列であるが、すべての物理量の変換性が同じ行列 \(\Lambda^{\mu}{}_{\nu}\) を用いて表されるわけではない。 例えば、共変ベクトルや高階テンソル、さらには後に扱うスピノルでは、ローレンツ変換の表現(表現行列)の具体的な形が異なる。

そこで、ローレンツ変換の行列を生成子(generator)を用いて指数関数の形に書いておくと、一般化する際に便利である。

4元反変ベクトルのローレンツ変換の行列

\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{}_{\nu} = \left[ \exp \left( \frac{i}{2} \omega_{\rho \sigma} L^{\rho \sigma} \right) \right]^{\mu}{}_{\nu} \tag{1.16}\end{align}\]

ここで、\(\omega_{\rho \sigma}\) は反対称パラメータ(\(\omega_{\rho \sigma} = -\omega_{\sigma \rho}\))として扱われ、 生成子 \((L^{\rho \sigma})^{\mu}{}_{\nu}\) は次のように定義される。\[\begin{align} \left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \equiv -i \left( \eta^{\rho \mu} \delta^\sigma_\nu - (\rho \leftrightarrow \sigma) \right) \tag{1.17}\end{align}\] 一般のテンソルや、後に出てくるスピノルなど、変換を受ける対象が異なっても変換パラメータ \(\omega_{\rho \sigma}\) は共通であり、生成子の構造だけが対象の表現に応じて異なる。

生成子の具体例として、\(z\)軸方向のブースト生成子 \(L^{03}\) と、\(z\)軸周りの回転生成子 \(L^{12}\) は以下のようになる。\[\begin{align} \left( L^{0 3} \right)^{\mu}{ }_{\nu} = -i \left(\begin{array}{cccc} 0 & 0 & 0 & -1 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \\ -1 & 0 & 0 & 0 \end{array}\right) \tag{1.18}\end{align}\]\[\begin{align} \left( L^{1 2} \right)^{\mu}{ }_{\nu} =-i \left(\begin{array}{cccc} 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \end{array}\right) \tag{1.19}\end{align}\] これを用いると、無限小変換は\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu} \simeq \delta^{\mu}{ }_{\nu} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} \left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \tag{1.20}\end{align}\] と表され、前述の \(\delta \omega^\mu{}_\nu\) と一致する。

1-3. 物理量の変換性

相対論では、座標変換に対する物理量の変換性を理解することが重要である。 \(p^\mu\) のように上付き添え字を持つ反変ベクトル(contravariant vector)は、\(dx^\mu\) と同様に\[\begin{align} p'^\mu = \Lambda^{\mu}_{\ \nu} p^\nu \tag{1.21}\end{align}\] と変換する。 一方、微分演算子 \(\partial_\mu \equiv \frac{\partial}{\partial x^\mu}\) のように下付き添え字を持つ共変ベクトル(covariant vector)は、逆変換行列を用いて\[\begin{align} \partial_\mu' &= \left( \Lambda^{\mu}_{\ \nu} \right)^{-1} \partial_\nu \\ &\equiv \Lambda_{\mu}^{\ \nu} \partial_\nu \tag{1.22}\end{align}\] と変換する。

ローレンツ変換の条件\(\eta_{\alpha \beta} \Lambda^{\alpha}{}_{\mu} \Lambda^{\beta}{}_{\nu} = \eta_{\mu \nu}\) により、\(\eta_{\mu \nu}\) を用いた4元ベクトルやテンソルの添え字の上げ下げの操作は、上記の変換則と無矛盾になっている。 また、上付きと下付きの添え字が縮約された量はスカラー(scalar)となり、座標変換に対して不変となる。

特に重要な不変量は、4元運動量 \(p^\mu\) から構成される次の量であり、エネルギーと運動量の相対論的な関係を与える。

エネルギーと運動量の関係

\[\begin{align} - \eta_{\mu \nu} p^\mu p^\nu &= E^2 - \boldsymbol{p}^2 \\ &= m^2 \tag{1.23}\end{align}\]

物理法則をローレンツ共変(スカラーの場合は不変)な形式で記述することは、相対論的理論の基本的な要請である。例えばマクスウェル方程式 \(\partial_\nu F^{\mu \nu} = j^\mu\) は、両辺が反変ベクトルとしての変換性を持つため、方程式の形はすべての慣性系で保たれる。相対論的量子力学においても、波動方程式を共変形式に書き直すことが最初の目標となる。

1-4. 電磁気学

ここでは、本書の内容と密接に関連する電磁気学の基礎事項について確認する。

古典電磁気学では、電場\(\boldsymbol{E}\)および磁場\(\boldsymbol{B}\)は、スカラーポテンシャル\(\Phi\)ベクトルポテンシャル\(\boldsymbol{A}\)を用いて次のように表される。\[\begin{align} &\boldsymbol{E} = - \nabla \Phi - \frac{\partial}{\partial t} \boldsymbol{A} \\ &\boldsymbol{B} = \nabla \times \boldsymbol{A} \tag{1.24}\end{align}\] これらは以下のゲージ変換(gauge transformation)に対して不変である。\[\begin{align} &\Phi \to \Phi - \frac{\partial}{\partial t} \lambda \\ &\boldsymbol{A} \to \boldsymbol{A} + \nabla \lambda \tag{1.25}\end{align}\] ここで、4元ベクトルポテンシャルを \(A^\mu = (\Phi, \boldsymbol{A})\) と定義すると、上記のゲージ変換は\[\begin{align} A_\mu \to A_\mu + \partial_\mu \lambda \tag{1.26}\end{align}\] と簡潔に表せる。この\(A^\mu\)は、ゲージポテンシャル(gauge potential)とも呼ばれる。

電荷\(q\)をもつ荷電粒子の非相対論的ハミルトニアンは\[\begin{align} H = \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{p} - q \boldsymbol{A} \right)^2 + q \Phi \tag{1.27}\end{align}\] で与えられる。11 このハミルトニアンは、自由粒子のハミルトニアン \(H = E = \boldsymbol{p}^2/(2m)\) に対して、次の置き換えを行うことによって得られる。\[\begin{align} p^\mu \to p^\mu - q A^\mu \tag{1.28}\end{align}\] この置き換えはローレンツ共変な形式を持っており、相対論的な状況へも自然に拡張することができる。

2. 量子力学の復習

本章では、非相対論的量子力学のうち、本書の内容と直接関係する事項について復習する。

特に、電磁場との相互作用がゲージ変換による不変性と整合的に導入されることを確認する。また、電子が持つスピンという内部自由度に着目し、非相対論的な枠組みでは現象論的に導入せざるを得なかった相互作用項(パウリ項やスピン軌道相互作用)について振り返る。

2-1. シュレディンガーの波動方程式

ある一つの粒子からなる系の量子状態\(\left| \psi(t) \right>\)を考える。 この状態の時間発展は、次のシュレディンガー方程式によって記述される。\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \left| \psi (t)\right> = \hat{H} \left| \psi (t)\right>, \tag{2.1}\end{align}\] ここで、非相対論的なハミルトニアン \(\hat{H}\)\[\begin{align} \hat{H} = \frac{\hat{\boldsymbol{p}}^2}{2m} + V(\hat{\boldsymbol{x}}) \tag{2.2}\end{align}\] と表される。

位置の固有状態 \(\left| \boldsymbol{x} \right>\) を基底にとり、位置表示の波動関数を \(\psi(\boldsymbol{x},t) = \left< \boldsymbol{x} | \psi(t) \right>\) と定義する。運動量演算子が位置表示において \(\left< \boldsymbol{x} \right| \hat{\boldsymbol{p}} = - i \nabla \left< \boldsymbol{x} \right|\) と作用することを用いると、状態ベクトルの方程式はシュレディンガーの波動方程式\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \psi(\boldsymbol{x},t) = \left[ - \frac{1}{2m} \nabla^2 + V(\boldsymbol{x}) \right] \psi(\boldsymbol{x},t), \tag{2.3}\end{align}\] へと書き換えられる。

ハミルトニアンおよび運動量演算子は、波動関数に対して次のように微分演算子として作用する。\[\begin{align} &\left<\boldsymbol{x} \right|\hat{H} \left| \phi (t) \right> = i \partial_0 \phi(x) \\ &\left<\boldsymbol{x}|\hat{p}^i |\phi(t) \right> = -i \partial_i \phi(x) \tag{2.4}\end{align}\] これらを4元ベクトル \(\hat{p}^\mu = (\hat{H}, \hat{\boldsymbol{p}})\) としてまとめると、\[\begin{align} \left<\boldsymbol{x}|\hat{p}^\mu|\phi(t) \right> = -i \eta^{\mu\nu} \partial_\nu \phi(x) \tag{2.5}\end{align}\] のように統一的に表せる。

以上の議論から、波動関数に作用する演算子について次の対応関係が得られる。

波動関数に対する演算子の作用

\[\begin{align} \hat{p}^\mu \;\longrightarrow\; -i \partial^\mu \tag{2.6}\end{align}\]

この対応は見かけ上ローレンツ共変な形式をしており、相対論的な状況へ自然に拡張できることが期待される。 12

2-2. 確率密度と確率の保存

位置\(\boldsymbol{x}\)における粒子数密度演算子を\(\left|\boldsymbol{x}\right>\left<\boldsymbol{x}\right|\) と定義すると、状態\(\left| \psi \right>\)におけるその期待値は\[\begin{align} \left<\psi |\boldsymbol{x}\right>\left<\boldsymbol{x}| \psi \right> = \left\vert {\psi(\boldsymbol{x},t)} \right\vert^2 \equiv \rho(\boldsymbol{x},t) \tag{2.7}\end{align}\] となる。 一つの粒子からなる系では「位置\(\boldsymbol{x}\)における粒子数の期待値」は「粒子を位置\(\boldsymbol{x}\)に見出す確率」と解釈できるため、\(\rho(\boldsymbol{x},t)\)確率密度と呼ぶ。

確率の流れ(probability current)を表すベクトル \(\boldsymbol{j}\)\[\begin{align} \boldsymbol{j} = \frac{-i}{2m} \left[ \psi^* \nabla \psi - (\nabla \psi^*) \psi \right] \tag{2.8}\end{align}\] と定義すると、 次の関係式を満たす。13

連続の式

\[\begin{align} \frac{\partial\rho}{\partial t} + \nabla \cdot \boldsymbol{j} = 0 \tag{2.9}\end{align}\]

この式は連続の式(continuity equation)と呼ばれ、確率の空間的な流れと密度の時間変化が釣り合っていることを示している。

連続の式を全空間で積分し、無限遠で波動関数がゼロになると仮定してガウスの定理を用いると、\[\begin{align} \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \int \rho \mathrm{d}^3x = 0 \tag{2.10}\end{align}\] が得られる。これは、粒子を全空間のどこかに見出す確率が時間によらず一定であること、すなわち粒子数が保存されることを意味する。 粒子は必ずどこかに存在するため、規格化条件\[\begin{align} \int \mathrm{d}^3x \rho(\boldsymbol{x},t) = 1, \tag{2.11}\end{align}\] が満たされなければならない。 連続の方程式により、この規格化条件が時間発展の過程で破られないことが保証される。

2-3. ゲージ原理

粒子の電荷を \(q\) とすると、古典電磁気学における電磁場中の粒子のハミルトニアンは、自由粒子の運動量に対して\[\begin{align} p^\mu \to p^\mu - q A^\mu \tag{2.12}\end{align}\] という置き換えを行うことで得られた。 これを量子力学に適用すると、波動関数が満たす方程式において、 運動量演算子 \(p_\mu = -i \partial_\mu\) に対して同様の置き換えを行うことによって電磁場との相互作用が導入されると期待される。

共変微分による電磁場との相互作用の導入

\[\begin{align} \partial_\mu \to D_\mu \equiv \partial_\mu - i q A_\mu \tag{2.13}\end{align}\]

この演算子 \(D_\mu\)共変微分(covariant derivative)と呼ばれる。 この置き換えに基づくと、電磁場中のシュレディンガーの波動方程式\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \psi(\boldsymbol{x},t) = \left[ - \frac{1}{2m} \left( \nabla - i q \boldsymbol{A} \right)^2 + q \Phi \right] \psi(\boldsymbol{x},t), \tag{2.14}\end{align}\] となる。ここで、\(A^\mu = (\Phi, \boldsymbol{A})\)である。

この方程式はそのままでは([eq:gaugetranscl])で定義されたゲージ変換に対して不変ではない。 14 しかし、演算子が作用する対象まで含めて考え、微分演算子とゲージポテンシャルの組が波動関数に作用した量\[\begin{align} \left( \partial_\mu - i q A_\mu \right) \psi(x) \tag{2.15}\end{align}\] がゲージ変換に対して不変であれば、シュレディンガーの波動方程式全体としてもゲージ不変であることが分かる。

このとき、波動関数に作用する微分項が、ゲージポテンシャルの変化を打ち消すように変換すればよいことが期待される。 そこで、ゲージ変換の対象を拡張し、ゲージ変換のもとで波動関数自身も次のように変換すると仮定する。

量子力学におけるゲージ変換

\[\begin{align} &\psi(x) \to e^{i q \theta(x)} \psi(x) \\ &A_\mu(x) \to A_\mu(x) + \partial_\mu \theta (x) \tag{2.16}\end{align}\]

このとき、上述の組み合わせ \(\left( \partial_\mu - i q A_\mu \right) \psi(x)\) はゲージ変換に対して不変となる。 また、波動関数の変換は位置に依存する位相変換にすぎないため、確率密度 \(\rho(x)\) のような観測量もゲージ変換に対して不変である。

逆に、理論がこのようなゲージ変換に対する対称性をもつことを要請すると、微分演算子の置き換え \(\partial_\mu \to \partial_\mu - i q A_\mu\) を通じて電磁場との相互作用が自然に導かれる。 この考え方をゲージ原理(gauge principle)と呼ぶ。 15

2-4. 電子のスピン

電子の状態は位置の波動関数だけでは完全に記述できず、スピン (spin)と呼ばれる内部自由度を持つ。これを記述するために、波動関数 \(\psi\) は2成分スピノル(spinor)として扱われ、\[\begin{align} \psi = \begin{pmatrix} \psi_+(\boldsymbol{x},t) \\ \psi_-(\boldsymbol{x},t) \end{pmatrix} \tag{2.17}\end{align}\] と表される。 スピン自由度は空間回転に伴って成分が混ざり合い、大きさ \(1/2\)角運動量(angular momentum)としての性質を持つ。

このスピン空間に作用する演算子として、パウリ行列(Pauli matrices) \(\sigma^{i}\) (\(i=1,2,3\)) が導入される。 パウリ行列は以下の代数的な関係式を満たす。

パウリ行列の性質

\[\begin{align} &\{ \sigma^i, \sigma^j\} \equiv \sigma^i \sigma^j + \sigma^j \sigma^i = 2 \delta^{ij}, \\ &\left[ \sigma^i, \sigma^j \right] \equiv \sigma^i \sigma^j - \sigma^j \sigma^i = 2 i \sum_k \epsilon^{ijk} \sigma^k, \tag{2.18}\end{align}\] ここで、\(\epsilon^{ijk}\)レビ・チヴィタ記号(Levi-Civita symbol)と呼ばれる完全反対称テンソルであり、\(\epsilon^{123}=1\)とする。

パウリ行列の具体的な表現として、通常は \(\sigma^3\) を対角化する以下の標準表現が用いられる。
パウリ行列の具体的表現

\[\begin{align} \sigma^1 = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma^2 = \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma^3 = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} \tag{2.19}\end{align}\]

これらの行列はすべてエルミート行列であり、かつトレースがゼロ、行列式が \(-1\)である。 また、それぞれの2乗は単位行列となる。 なお、添え字 \(1, 2, 3\) の代わりに \(x, y, z\) を用いて \(\sigma_x, \sigma_y, \sigma_z\) と表記されることも多い。

電荷 \(q\) を持つスピン \(1/2\) の粒子の時間発展を記述する方程式として、現象論的には次のシュレディンガー・パウリ方程式(Schr\UTF{00F6}dinger-Pauli equation)が知られている。16\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \psi = \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A} \right)^2 - \frac{g q}{2 m} \boldsymbol{S} \cdot \boldsymbol{B} + q \Phi \right] \psi, \tag{2.20}\end{align}\] ここで、\(\boldsymbol{S} = \boldsymbol{\sigma}/2\) はスピン演算子、\(g\)\(g\)因子と呼ばれる粒子の磁気的性質を決める定数である。電子の場合、実験事実として \(g \simeq 2\) であることが知られている。 方程式に含まれる \(- (g q/2 m) \boldsymbol{S} \cdot \boldsymbol{B}\) の項はパウリ項と呼ばれ、スピン磁気モーメント(spin magnetic moment)と磁場の相互作用を表す。これは一様磁場中の原子における異常ゼーマン効果(anomalous Zeeman effect)などを説明する。

さらに、水素様原子における最外殻電子に対しては、中心力ポテンシャル \(V_c(r)\) を用いると\[\begin{align} H_{LS} = \frac{1}{2m^2} \frac{1}{r} \frac{\partial V_c}{\partial r} (\boldsymbol{L} \cdot \boldsymbol{S}) \tag{2.21}\end{align}\] というスピン軌道相互作用(spin-orbit interaction)が存在する。 この相互作用によって原子スペクトルに現れる微細構造(fine structure)が説明される。 実際、ナトリウムのD線の観測などを通じて、その妥当性が実験的に確認されている。

これらを受け入れると、次のような理論的疑問が生じる。 パウリ項やスピン軌道相互作用はゲージ変換に対して不変であるが、単純な置き換え \(\partial_\mu \to \partial_\mu - i q A_\mu\) からは自然に現れない。 これらの項を基本原理から導出し、その係数を理論的に予言することは可能であろうか。 17

本書で学ぶ「相対論的量子力学(ディラック方程式)」は、まさにこの疑問に答えるものである。ディラック方程式においてはスピンが理論の要請として自然に現れ、その非相対論的極限をとることで、パウリ項やスピン軌道相互作用が自動的に導出されることを見る。

3. クライン\(\cdot\)ゴルドン方程式

量子力学をローレンツ共変な形式に拡張するには、大きく分けて二つのアプローチがある。 一つは、ハイゼンベルク描像のように時間発展を演算子に担わせ、さらにその演算子が時間だけでなく空間座標にも依存する「場」であるとみなす方法である。これは場の量子論への道であり、多粒子系や粒子の生成・消滅を自然に扱うことができる。

もう一つは、一体系の状態を位置の固有状態で展開した波動関数 \(\phi(\boldsymbol{x},t)=\left<\boldsymbol{x}\middle|\phi(t)\right>\) が、時間と空間の両変数を持つことに着目し、これが従うシュレディンガー波動方程式そのものをローレンツ共変な形へ一般化する方法である。このアプローチでは厳密には一体系の状態しか扱えないという限界があるが、非相対論的量子力学からの自然な拡張として物理的描像が掴みやすい。 本講義の前半では、この「一体系の相対論的波動方程式」としての側面を採用して議論を進める。

本章では、相対論的粒子の波動関数が満たすべき方程式としてクライン・ゴルドン方程式を導入する。 これは特にスカラー粒子に対する基礎方程式となる。 なお、後に登場するディラック粒子の波動関数 \(\psi\) と区別するため、本章ではスカラー粒子の波動関数を \(\phi\) と表記する。

3-1. クライン・ゴルドン方程式とその解

波動関数に対する([eq:quntization1]) (\(\hat{p}^\mu \to -i \partial^\mu\)) の対応関係を相対論的な自由粒子のエネルギーと運動量の関係式\(p^\mu p_\mu = -m^2\)に適用すると、 以下の波動方程式が得られる。

クライン・ゴルドン方程式

\[\begin{align} \left( \partial_\mu \partial^\mu - m^2 \right) \phi(x) = 0 \tag{3.1}\end{align}\]

これをクライン・ゴルドン方程式(Klein-Gordon equation)と呼ぶ。 任意の自由粒子の波動関数は、このクライン・ゴルドン方程式を満たすことが期待される。

\(\hat{p}^\mu \to -i \partial^\mu\) を用いると、\[\begin{align} \left<\boldsymbol{x}| \eta_{\mu\nu} \hat{p}^\mu \hat{p}^\nu |\phi \right> = - \eta^{\mu\nu} \partial_\mu \partial_\nu \phi(x) \tag{3.2}\end{align}\] となる。 一方で、自由粒子に対してはエネルギーと運動量の関係式 \(p^\mu p_\mu = -m^2\) が成立する。 そこで、エネルギー \(E\) と運動量 \(\boldsymbol{p}\) の固有状態 \(\left| E,\boldsymbol{p} \right>\) による完全系を挿入して計算すると、左辺は\[\begin{align} &\left<\boldsymbol{x}\right| \eta_{\mu\nu} \hat{p}^\mu \hat{p}^\nu \sum_{\boldsymbol{p}, i}\left. \right| E,\boldsymbol{p} \left> \right<E,\boldsymbol{p}\left| \phi \right> \nonumber\\ &= \sum_{\boldsymbol{p}, i} \eta_{\mu\nu} p^\mu p^\nu \left<\boldsymbol{x}\right| E,\boldsymbol{p} \left> \right<E,\boldsymbol{p}\left| \phi \right> \\ &= -m^2 \sum_{\boldsymbol{p}, i} \left<\boldsymbol{x}\right| E,\boldsymbol{p} \left> \right<E,\boldsymbol{p}\left| \phi \right> \\ &= -m^2 \phi(x) \tag{3.3}\end{align}\] と書き換えられる。 ここで、\(\sum_{\boldsymbol{p}, i}\)は運動量などの完全系による和や積分を表す。 ([eq:KG01]) と ([eq:KG02]) を合わせると、クライン・ゴルドン方程式に帰着する。

ただし本章では、クライン・ゴルドン方程式に従う波動関数として、ローレンツ変換 \(x^\mu \to {x'}^{\mu}\) に対して\[\begin{align} \phi(x) \to \phi'(x') =\phi(x) \tag{3.4}\end{align}\] のようにスカラーとして変換する波動関数\(\phi(x)\)を考える。 ローレンツ変換には回転変換も含まれるため、\(\phi(x)\) がスカラーであることは、この波動関数がスピン0の粒子を記述することを意味する。 18

波動関数の空間成分をフーリエ変換すると、\[\begin{align} \phi(x) = \int \frac{\mathrm{d}^3 k}{(2\pi)^3} \tilde{\phi}(t,\boldsymbol{k}) e^{i \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{x}} \tag{3.5}\end{align}\] と書ける。このとき、波数 \(\boldsymbol{k}\) は運動量に対応する。 これをクライン・ゴルドン方程式に代入すると、\[\begin{align} \left( - \frac{\partial^2}{\partial t^2} - \boldsymbol{k}^2 - m^2 \right) \tilde{\phi}(t,\boldsymbol{k}) = 0 \tag{3.6}\end{align}\] が得られる。 この方程式の解は、\[\begin{align} k^0 = \omega_\boldsymbol{k} \equiv \sqrt{\boldsymbol{k}^2 + m^2} \tag{3.7}\end{align}\] を用いて\[\begin{align} \tilde{\phi}(t,\boldsymbol{k}) = \frac{a(\boldsymbol{k})}{2\omega_\boldsymbol{k}} e^{-i \omega_\boldsymbol{k} t} + \frac{b^*(-\boldsymbol{k})}{2\omega_\boldsymbol{k}} e^{i \omega_\boldsymbol{k} t} \tag{3.8}\end{align}\] と表される。19 したがって、特定の運動量 \(\boldsymbol{k}\) に対して、振動数の符号が互いに逆である二つの平面波解が存在する。 これを元の積分に戻すと、一般解は次のように表される。\[\begin{align} \hspace{-3mm} \phi(x) &= \int \frac{\mathrm{d}^3 k}{(2\pi)^3 2\omega_\boldsymbol{k}} \left( a(\boldsymbol{k}) e^{-i \omega_\boldsymbol{k} t} e^{i \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{x}} + b^*(-\boldsymbol{k}) e^{i \omega_\boldsymbol{k} t} e^{i \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{x}} \right) \tag{3.9}\end{align}\] ここで第二項について、積分変数を \(\boldsymbol{k} \to - \boldsymbol{k}\) と変換する。\(\mathrm{d}^3k\) の積分範囲は全空間であるため不変であり、\(\omega_\boldsymbol{k}\)\(\boldsymbol{k}^2\) にしか依存しないため不変である。したがって、指数部分を \(k_\mu x^\mu = - \omega_\boldsymbol{k} t + \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{x}\) とまとめて、\[\begin{align} \phi(x) = \int \frac{\mathrm{d}^3 k}{(2\pi)^3 2\omega_\boldsymbol{k}} \left( a(\boldsymbol{k}) e^{i k_\mu x^\mu} + b^*(\boldsymbol{k}) e^{-i k_\mu x^\mu} \right) \tag{3.10}\end{align}\] と書くことができる。こうして、一般解は \(e^{i k \cdot x}\)\(e^{-i k \cdot x}\) の平面波解の線形結合で表されることがわかる。

以下では、常に \(k^0 = \omega_\boldsymbol{k} > 0\) であるとし、時間依存性が \(e^{-i\omega_\boldsymbol{k} t}\) に対応する項 を正の振動数の解、時間依存性が \(e^{+i\omega_\boldsymbol{k} t}\) に対応する項 を負の振動数の解と呼ぶことにする。

運動量 \(\boldsymbol{k}\) を指定したときの正および負の振動数の平面波解は、それぞれ次のように表される。 20

クライン・ゴルドン方程式の平面波解

\[\begin{align} \phi(x) \propto e^{i k_\mu x^\mu} = e^{-i\omega_\boldsymbol{k} t + i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}} \quad \text{(正の振動数の平面波解)} \\ \phi(x) \propto e^{-i k_\mu x^\mu} = e^{i\omega_\boldsymbol{k} t - i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}} \quad \text{(負の振動数の平面波解)} \tag{3.11}\end{align}\]

クライン・ゴルドン方程式の解は、運動量 \(\boldsymbol{k}\) を固定しても、正の振動数と負の振動数をもつ二つの独立な解を持ち、それらを併せて完全系をなす。 エネルギー固有状態を考える限りは正負の振動数成分は独立だが、一般の状態(例えば空間的に鋭く局在した波束)を記述するためには、正負両方の成分を重ね合わせる必要がある。 つまり、正負両方の解を含めて初めて、任意の初期条件を満たす一般解を構成することができる。 したがって、負の振動数の解も物理的に不可欠な要素であり、振動数が正の解のみで理論を構成することはできない。

3-2. 非相対論的極限と反粒子

クライン・ゴルドン方程式の正・負の振動数の解がもつ物理的意味を明らかにするため、電磁場との相互作用を含めた非相対論的極限を考える。

電荷 \(q\) を持つ粒子の場合、微分演算子を共変微分 \(D_\mu = \partial_\mu - i q A_\mu\) に置き換えることで、電磁場中のクライン・ゴルドン方程式は\[\begin{align} \left( \eta^{\mu\nu} \left( \partial_\mu - i q A_\mu \right) \left( \partial_\nu - i q A_\nu \right) - m^2 \right) \phi(x) = 0 \tag{3.12}\end{align}\] と書ける。

まず、正の振動数の解を考える。静止した自由粒子 (\(\boldsymbol{k} = 0, A_\mu=0\)) の解は \(\phi(x) \propto e^{- i m t}\) である。 粒子の運動エネルギーや電磁場のポテンシャルエネルギーが静止エネルギー\(m\)よりはるかに小さい非相対論的な領域では、この主要な振動部分からのズレは緩やかであると期待される。そこで、ゆっくり変化する関数 \(\varphi(x)\) を導入し、次のように波動関数を分離して考える。21

非相対論的近似における粒子の波動関数

\[\begin{align} \phi(x) = \varphi(x) e^{-imt}, \tag{3.13}\end{align}\]

これを電磁場中のクライン・ゴルドン方程式に代入して整理すると、\[\begin{align} \biggl[ &-(\partial_0 - im + iq\Phi)^2 + (\nabla - iq\boldsymbol{A})^2 - m^2 \biggr] \varphi(x) = 0 \notag \\ \Leftrightarrow \quad \biggl[ &-(\partial_0 + iq\Phi)^2 + 2im(\partial_0 + iq\Phi) + (\nabla - iq\boldsymbol{A})^2 \biggr] \varphi(x) = 0 \tag{3.14}\end{align}\] となる。 ここで非相対論的極限では、\(\varphi\) の時間変化や \(q\Phi\)\(m\) に比べて無視できるほど小さいため、\((\partial_0 - iq\Phi)^2\) の項を無視する。すると、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \varphi= \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A} \right)^2 + q \Phi \right] \varphi \tag{3.15}\end{align}\] となり、電荷 \(q\)、質量 \(m\) のスピン0の粒子が従うシュレディンガー方程式に帰着する。

次に、負の振動数の解を考察する。この場合の自由粒子の解は \(e^{+imt}\) のように振動するため、新しい関数 \(\chi(x)\) を用いて次のように分離する。

非相対論的近似における反粒子の波動関数

\[\begin{align} \phi(x) = \chi^*(x) e^{imt} = (\chi(x) e^{-imt})^* \tag{3.16}\end{align}\]

同様に非相対論的極限の方程式を導くと、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \chi = \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} + i q \boldsymbol{A} \right)^2 - q \Phi \right] \chi, \tag{3.17}\end{align}\] が得られる。22 この方程式は、質量は \(m\) でありながら、電荷が元の粒子とは逆符号 \((-q)\) であるような別の粒子が従うシュレディンガー方程式と同じ形をしている。このように、質量が等しく電荷が逆の粒子を反粒子(antiparticle)と呼ぶ。この結果から、負の振動数の解の複素共役をとったものは、反粒子の波動関数として解釈できることがわかる。 2324

以上より、相対論的量子力学では一般に反粒子の存在が予言されることが理解できる。

3-3. 電荷の流れ

クライン・ゴルドン方程式の解 \(\phi(x)\) に対する確率解釈について考察する。

非相対論的量子力学では \(\rho = |\phi|^2\)確率密度と解釈したが、相対論ではローレンツ収縮により体積要素が変化するため、密度はスカラー量ではなく4元ベクトルの第0成分として変換しなければならない。しかし \(\left\vert {\phi(x)} \right\vert^2\) はスカラーであるため、確率密度と解釈するには不適切である。

しかし、次のように \(j^\mu = (\rho, \boldsymbol{j})\) を定義すると、それはローレンツ変換に対して4元ベクトルとして振るまい、連続の式を満たす。 25

スカラー粒子の電荷の流れの4元ベクトル

\[\begin{align} j_\mu &= \frac{-iq}{2m} \left[ \phi^* D_\mu \phi - (D_\mu \phi)^* \phi \right] \\ &= \frac{q}{m} \mathrm{ Im} \left[ \phi^* D_\mu \phi \right] \tag{3.18}\end{align}\]

\(\partial_\mu = D_\mu \phi + i q A_\mu\) に注意し、クライン・ゴルドン方程式を用いると、\[\begin{align} &\partial_\mu \left( \phi^* D^\mu \phi \right) \\ &= \left( \left( D_\mu + i q A_\mu \right) \phi \right)^* D^\mu \phi + \phi^* \left( D_\mu + i q A_\mu \right) D^\mu \phi \\ &= \left\vert {D_\mu \phi} \right\vert^2 + m^2 \left\vert {\phi} \right\vert^2 \tag{3.19}\end{align}\] となる。 したがって、\(\partial_\mu j^\mu \propto \mathrm{ Im} \left[ \partial_\mu \left( \phi^* D^\mu \phi \right) \right] = 0\)が確かめられる。

非相対論的量子力学では \(\left\vert {\varphi(x)} \right\vert^2\) が粒子の存在確率密度と解釈されたが、ここでは電荷を明示的に含めた形で再定義され、\(j^0(x) = \rho(x)\) は粒子または反粒子の電荷密度と理解される。26 27

\(\phi(x)=\varphi(x)e^{-imt}\) として正振動数の解の非相対論的極限をとると、\(\rho = - j_0\)\[\begin{align} \rho(x) \simeq q \left\vert {\varphi(x)} \right\vert^2 \tag{3.20}\end{align}\] となる。 反粒子に関しては \(\phi(x)=\chi^*(x)e^{imt}\) とすると\[\begin{align} \rho(x) \simeq -q \left\vert {\chi(x)} \right\vert^2 \tag{3.21}\end{align}\] となり、符号が反転する。 非相対論的量子力学では \(\left\vert {\varphi(x)} \right\vert^2\) が粒子の存在確率密度として解釈される。 これに対し、ここで定義した \(\rho(x)\) は粒子の電荷 \(q\)、あるいは反粒子の電荷 \(-q\) を明示的に含んでいるため、確率密度ではなく電荷密度として解釈される。

スピン0の粒子としてはヒッグス粒子やパイ中間子などが知られているが、自然界において安定または長寿命なスピン0粒子は稀である。 また、スピン0粒子はボソン(boson)であるため、多数の粒子が同一状態を占有することが可能である。 この性質ゆえに、スピン0粒子の物理は単一粒子の量子力学として扱うよりも、凝縮現象などを記述する場の理論(あるいは巨視的な古典場)として扱う方が、より豊かで興味深い現象が現れることが多い。

そこで、スピン0粒子の一体系としての議論はここで区切りとし、次章からは物質を構成する主要な粒子(電子など)を記述する、スピン\(1/2\)の粒子(ディラック粒子)を扱うことにする。

4. ディラック方程式

前章では、クライン・ゴルドン方程式に従う波動関数 \(\phi(x)\) が1成分のみをもつと仮定した。 この場合、波動関数はローレンツ変換に対してスカラーとして振る舞い、スピン0の粒子(スカラー粒子)を記述する。 しかし、非相対論的量子力学で学んだように、電子にはスピンと呼ばれる2つの内部自由度が存在する。 したがって、スピン \(1/2\) の粒子を相対論的に記述するためには、多成分の波動関数と、それを支配する新たな方程式が必要となる。

そこで、本章では \(n\) 成分の波動関数を導入することを考える。 このとき、波動関数が満たすべき方程式やハミルトニアンは \(n\times n\) 行列の形式をとる。 自由度を増やすことで、時間微分の階数を一階に下げつつ、ローレンツ共変性を満たす理論を構成することが可能となる。これがディラック方程式である。

4-1. ディラック方程式

質量を持つスピン \(1/2\) 粒子の記述には、最小で \(n=4\) 成分が必要であることが知られている。そこで、4成分スピノル \(\psi(x)\) を導入し、それが満たすべきローレンツ共変な一階微分方程式を探索する。 同時に、粒子のエネルギーと運動量が相対論的分散関係 \(E^2 = m^2 + p^2\) を満たすこと、すなわちスピノルの各成分がクライン・ゴルドン方程式を満たすことも要請する。

まず、ローレンツ共変な一次微分方程式を期待し、\(\partial_\mu\) を1つ含む方程式を考える。 そのローレンツ添え字を縮約するため、定数行列 \(\gamma^\mu\) を導入する。 \(\psi\) が4成分であることに対応して、\(\gamma^\mu\) は各 \(\mu=0,1,2,3\) に対して \(4\times4\) 行列とする。 これらを用いて、次の形の方程式を考える。

ディラック方程式

\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu \partial_\mu - m I_{4}\right) \psi(x) = 0, \tag{4.1}\end{align}\]

ここで、\(I_{4}\)\(4\times 4\) 単位行列、\(m\) は粒子の質量を表す。28 この方程式をディラック方程式(Dirac equation)と呼び、これに従うスピノルをディラックスピノル(Dirac spinor)と呼ぶ。

この方程式の解がクライン・ゴルドン方程式も満たすためには、定数行列 \(\gamma^\mu\) は次の代数関係を満たす必要がある。

\(\gamma\)行列の反交換関係

\[\begin{align} \{ \gamma^\mu, \gamma^\nu\} \equiv \gamma^\mu \gamma^\nu + \gamma^\nu \gamma^\mu = - 2 I_{4}\eta^{\mu\nu}, \tag{4.2}\end{align}\]

この関係を満たす代数はクリフォード代数(Clifford algebra)と呼ばれる。また、\(\gamma^\mu\)\(\gamma\)行列と呼ばれる。

ディラック方程式の両辺に、左から演算子 \((i \gamma^\nu \partial_\nu + m I_{4})\) を作用させ、\(\gamma^\mu\) が定数行列であることに注意して展開すると、\[\begin{align} (-\gamma^\nu \gamma^\mu \partial_\nu \partial_\mu - m^2 I_{4}) \psi = 0, \tag{4.3}\end{align}\] となる。第一項について、\(\partial_\nu \partial_\mu\)\(\mu, \nu\) の入れ替えについて対称であることを利用し、([gamma_comm]) の関係を用いると、\[\begin{align} &-\gamma^\nu \gamma^\mu \partial_\nu \partial_\mu \\ &= - \frac12 \left( \gamma^\nu \gamma^\mu + \gamma^\mu \gamma^\nu \right) \partial_\nu \partial_\mu \\ &=\eta^{\mu\nu} I_{4}\partial_\mu \partial_\nu \tag{4.4}\end{align}\] と変形できる。 したがって、([gamma_comm]) が成り立てば、\(\psi\) の各成分はクライン・ゴルドン方程式を満たす。

なお、\(\gamma^\mu\) は定数行列であるため、ディラック方程式のローレンツ共変性は自明ではない。 \(\partial_\mu \partial^\mu\) はローレンツ不変であるが、\(\gamma^\mu \partial_\mu\) はそうではない。 この点については次章で詳しく検討する。

4-2. ハミルトニアン

ディラック方程式に対応するハミルトニアンは次の形をとる。 29

ディラック粒子のハミルトニアン

\[\begin{align} \hat{H} = \gamma^0 (\boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4}), \tag{4.5}\end{align}\]

通常はハミルトニアンから正準量子化を経て波動方程式を導くが、ここでは逆に波動方程式からハミルトニアンを決定する。 ディラック方程式[Dirac-eq] に左から \(\gamma^0\) を掛けると、\[\begin{align} \left( i (\gamma^0)^2 \partial_0 + i \gamma^0 \gamma^i \partial_i - \gamma^0 m \right) \psi = 0, \tag{4.6}\end{align}\] となる。 反交換関係より \((\gamma^0)^2 = -\eta^{00}I_{4}= I_{4}\) であることを用いて式を整理し、時間微分項を分離すると、\[\begin{align} i \partial_0 \psi = \gamma^0 \left( -i \gamma^i \partial_i + m I_{4}\right) \psi \tag{4.7}\end{align}\] が得られる。 ここで、波動関数と運動量演算子\(\hat{p}^\mu\)の関係30\[\begin{align} \left<x \vert \hat{p}^\mu|\psi \right> = -i \eta^{\mu\nu} \partial_\nu \psi(x) \tag{4.8}\end{align}\] を用いると、([eq:DiracH])のハミルトニアンが得られる。

ハミルトニアンおよび運動量演算子はエルミート演算子である必要がある。その要請から係数行列には以下の性質が求められる。\[\begin{align} & \left( \gamma^0 \right)^\dagger = \gamma^0, \\ & \left( \gamma^0 \gamma^i \right)^\dagger = \gamma^0 \gamma^i \tag{4.9}\end{align}\] ここで、([gamma_comm])から\(\gamma^0 \gamma^i = - \gamma^i \gamma^0\)であることを用いると、以下の条件が得られる。

\(\gamma\)行列のエルミート共役

\[\begin{align} & \left( \gamma^0 \right)^\dagger = \gamma^0, \\ & \left( \gamma^i \right)^\dagger = - \gamma^i \tag{4.10}\end{align}\]

すなわち、\(\gamma^0\) はエルミート行列、\(\gamma^i\) は反エルミート行列である。 また、これらをまとめると、すべての \(\mu\) に対して以下の関係が成り立つ。\[\begin{align} \gamma^0 (\gamma^\mu)^\dagger \gamma^0 = \gamma^\mu \tag{4.11}\end{align}\]

4-3. ディラック共役と電荷の流れ

波動関数のエルミート共役 \(\psi^\dagger\) の代わりに、ローレンツ変換に対して良い性質を持つディラック共役(Dirac conjugate) \(\bar{\psi}\) を導入する。

ディラック共役

\[\begin{align} \bar{\psi} \equiv \psi^\dagger \gamma^0 \tag{4.12}\end{align}\]

また、電荷の流れを以下のように定義する。

ディラック粒子の電荷の流れ

\[\begin{align} &j^\mu \equiv q \bar{\psi} \gamma^\mu \psi \tag{4.13}\end{align}\]

ディラック方程式を用いれば、これが連続の式 \(\partial_\mu j^\mu = 0\) を満たすことが示される。31

ディラック方程式 ([Dirac-eq]) のエルミート共役をとると、\[\begin{align} \psi^\dagger \left( -i (\gamma^\mu)^\dagger \overleftarrow{\partial}_\mu - m I_{4}\right) = 0 \tag{4.14}\end{align}\] となる。 ここで \(\overleftarrow{\partial}_\mu\) は左側の関数に作用する微分を表す。 この式の右から \(\gamma^0\) を掛け、([eq:gammamudagger]) の関係式 \(\gamma^0 (\gamma^\mu)^\dagger \gamma^0 = \gamma^\mu\) を用いると、\[\begin{align} \bar{\psi} \left( - i \gamma^\mu \overleftarrow{\partial}_\mu - m I_4 \right) = 0 \tag{4.15}\end{align}\] が得られる。 これを用いると、\[\begin{align} \partial_\mu j^\mu &= q \bar{\psi} \gamma^\mu \overleftarrow{\partial}_\mu \psi + q \bar{\psi} \gamma^\mu \partial_\mu \psi \\ &= q m i \bar{\psi} \psi - q m i \bar{\psi} \psi \\ &=0 \tag{4.16}\end{align}\] となり、連続の式が示された。

4-4. 具体的な\(\gamma\)行列の例

反交換関係[gamma_comm] を満たしていれば、\(\gamma\) 行列の具体的な表示は任意である。

反交換関係から、以下の行列の性質が導かれる。\[\begin{align} &(\gamma^0)^2 = I_{4} \\ &(\gamma^i)^2 = -I_{4} \\ &\gamma^\mu \gamma^\nu = - \gamma^\nu \gamma^\mu \quad \mathrm{for} \quad \mu \ne \nu \tag{4.17}\end{align}\] 特に、3つ目の式に \(\gamma^\nu\) をかけてトレースをとることで、\(\mathrm{ Tr}[\gamma^\mu] = 0\) が導かれる。 また、\((\gamma^0)^2 = I_{4}\) より固有値は \(\pm 1\) であるが、トレースが 0 であることから、 \(+1\)\(-1\) の固有値が同数存在しなければならない。したがって、行列の次数 \(n\) は偶数である必要がある。\(n=2\) では条件を満たす4つの行列を構成できないため、質量を持つ粒子に対しては \(n=4\) が最小の次数となる。 32

例えば、パウリ行列\(\sigma^i\)を用いると、以下の形が条件を満たすことは容易に確認できる。

ディラック・パウリ表示\(\gamma\)行列

\[\begin{align} &\gamma^0 = \begin{pmatrix} I_{2}& 0 \\ 0 & -I_{2} \end{pmatrix} \\ &\gamma^i = \begin{pmatrix} 0 & \sigma^i \\ -\sigma^i & 0 \end{pmatrix} \tag{4.18}\end{align}\]

この表示は \(\gamma^0\) が対角化されており、非相対論的極限での見通しが良い。また、前述のエルミート性の条件も満たしている。 これはディラック・パウリ表示(Dirac-Pauli representation)と呼ばれる。

さらに、任意のユニタリ行列 \(U\) による変換 \(\gamma^\mu \to U^\dagger \gamma^\mu U\) のもとでも反交換関係は保たれるため、\(\gamma\) 行列の表示は無数に存在する。 このため、状況に応じて適切な表示を選ぶのがよい。 例えば、粒子が相対論的エネルギーを持つ極限では、次のワイル表示(Weyl representation)が便利である。33

ワイル表示\(\gamma\)行列

\[\begin{align} &\gamma^{0}=\left(\begin{array}{cc} 0 & I_{2}\\ I_{2}& 0 \end{array}\right), \\ &\gamma^{i}=\left(\begin{array}{cc} 0 & \sigma^{i} \\ -\sigma^{i} & 0 \end{array}\right) \tag{4.19}\end{align}\]

5. ローレンツ共変性

ディラック方程式に現れる \(\gamma^\mu\) は定数の行列であり、\(\gamma^0, \gamma^1, \gamma^2, \gamma^3\) の4つをまとめて表記したものである。そのため、時空の座標変換によって変化することはない。したがって、\(\gamma^\mu\)は添字\(\mu\)に関して通常の反変ベクトルのように変換する対象ではなく、 特に\(\gamma^\mu \partial_\mu\)がローレンツ不変となるわけではないことに注意する必要がある。 以上を踏まえ、本章ではディラック方程式がどの意味でローレンツ共変であるかを詳しく検討する。

5-1. ディラックスピノルの変換

ディラック方程式に従う波動関数 \(\psi(x)\) は4成分をもつため、ローレンツ変換によって成分が混ざり合いながら変換すると期待される。 これは、空間回転に伴ってベクトルの成分が回転したり、スピン自由度が混ざり合うことに対応している。

そこで、ローレンツ変換\(x'^\mu = \Lambda^\mu_{\ \nu} x^\nu\)に対して、 波動関数は \(x \to x'\) という引数の変化に加え、次のように成分間での線形変換を受けると仮定する。

ディラックスピノルのローレンツ変換

\[\begin{align} \psi(x) \to \psi'(x') \equiv D(\Lambda) \psi(x) \tag{5.1}\end{align}\]

ここで、\(D(\Lambda)\)はローレンツ変換に依存して決まる\(4\times 4\)行列である。34 ローレンツ変換は \(\Lambda^\mu_{\ \nu}\) を指定することで一意に定まるため、それに伴って \(D(\Lambda)\) も定まるという意味で引数に\(\Lambda\)を持たせている。35

以下の関係式が成り立つならば、ローレンツ変換後の方程式は元の形に一致し、ディラック方程式がローレンツ共変になることが確認できる。 36

ローレンツ変換行列と\(\gamma\)行列の関係式

\[\begin{align} D(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu D(\Lambda) = \Lambda^{\mu}_{\ \nu} \gamma^\nu \tag{5.2}\end{align}\]

座標変換後のディラック方程式は次のようになる。\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu \partial'_\mu - m I_{4}\right) \psi'(x') = 0 \tag{5.3}\end{align}\] ここで、\(\partial_\mu' = \Lambda_\mu{}^\nu \partial_\nu\)および\(\psi'(x') = D(\Lambda) \psi(x)\)を用いて、 両辺に左から \(D(\Lambda)^{-1}\) を掛けると、\[\begin{align} \left( i D(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu D(\Lambda) \Lambda_\mu^{\ \nu} \partial_\nu - m I_{4}\right) \psi(x) = 0 \tag{5.4}\end{align}\] が得られる。 ([eq:gammaDrelation])を用いて、\(\Lambda^\mu_{\ \rho} \Lambda_{\mu}^{\ \nu} = \delta^\nu_\rho\)を考慮すると、 この方程式が元の系での方程式と一致することが確認できる。

以下では、この条件を満たす \(D(\Lambda)\) を具体的に構成する。

5-2. 無限小ローレンツ変換

\(D(\Lambda)\) の具体的な形を求めるため、無限小ローレンツ変換を考える。

まず、ローレンツ変換を特徴づけるパラメーターが微小なとき、4元ベクトルに対する変換行列[Lambda_munu]が次の形で表されることを思い出す。\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu} \simeq \delta^{\mu}{ }_{\nu} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} \left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \tag{5.5}\end{align}\] ここで、\(\delta \omega_{\rho \sigma}\)は添字に関して反対称な微小なパラメーターである。

これに対応して、\(D(\Lambda)\) も恒等変換からの微小なずれとして展開すると、\[\begin{align} D(\Lambda) \simeq I_{4} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} S^{\rho \sigma} \tag{5.6}\end{align}\] と表せる。ここで、各\(\mu, \nu\)に対して、\(S^{\mu\nu}\)はスピノルに作用する\(4\times4\)行列であり、ローレンツ添字に関して反対称\(S^{\mu\nu} = - S^{\nu\mu}\)であるとする。 また、\(\delta \omega\) の一次までで考えると、逆行列は\[\begin{align} D^{-1}(\Lambda) \simeq I_{4} - \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} S^{\rho \sigma} \tag{5.7}\end{align}\] となる。

\(S^{\mu\nu}\)[eq:gammaDrelation]の条件\(D(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu D(\Lambda) = \Lambda^{\mu}_{\ \alpha} \gamma^\alpha\)を満たすように決める。

左辺は、\[\begin{align} D^{-1} \gamma^\mu D &\simeq \left(I_{4} - \frac{i}{2} \delta \omega_{\alpha \beta} S^{\alpha \beta}\right) \gamma^{\mu}\left(I_{4} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} S^{\rho \sigma }\right) \nonumber \\ &\simeq \gamma^\mu - \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} [S^{\rho \sigma}, \gamma^\mu] \tag{5.8}\end{align}\] となる。 ([eq:generatorL])の\(\left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \equiv -i \left( \eta^{\rho \mu} \delta^\sigma_\nu - (\rho \leftrightarrow \sigma) \right)\)を用いると、右辺は\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu} \gamma^\nu &\simeq \gamma^{\mu} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} \left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \gamma^\nu \nonumber\\ &= \gamma^{\mu} + \frac{1}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} (\eta^{\mu\rho} \gamma^\sigma - \eta^{\mu\sigma} \gamma^\rho) \tag{5.9}\end{align}\] となる。 これらが任意の \(\delta \omega_{\rho \sigma}\) に対して等しくなるためには、\[\begin{align} \left[ S^{\rho \sigma}, \gamma^{\mu} \right] = i (\eta^{\mu \rho} \gamma^{\sigma} - \eta^{\mu \sigma} \gamma^{\rho}) \tag{5.10}\end{align}\] となる必要がある。

交換関係[eq:sigma12]を満たす \(S^{\mu\nu}\) は、\(\gamma\) 行列の交換子を用いて次のように構成できる。37

\(\sigma^{\mu\nu}\)\(\gamma\)行列で表す式

\[\begin{align} &S^{\mu\nu} = \frac{1}{2} \sigma^{\mu\nu} \\ &\sigma^{\mu\nu} \equiv \frac{i}{2}\left[\gamma^{\mu}, \gamma^{\nu}\right] \tag{5.11}\end{align}\]

([eq:sigma12])の左辺に \(S^{\mu\nu} = \sigma^{\mu\nu}/2\) を代入して変形すると、\[\begin{align} &\frac12 \left[\sigma^{\rho \sigma}, \gamma^{\mu}\right] \nonumber\\ &= \frac{i}{4} \gamma^{\rho} \gamma^{\sigma} \gamma^{\mu}-\frac{i}{4} \gamma^{\sigma} \gamma^{\rho} \gamma^{\mu}-\frac{i}{4} \gamma^{\mu} \gamma^{\rho} \gamma^{\sigma}+\frac{i}{4} \gamma^{\mu} \gamma^{\sigma} \gamma^{\rho} \nonumber\\ & =\frac{i}{4} \gamma^{\rho}\left(-2 \eta^{\sigma \mu}-\gamma^{\mu} \gamma^{\sigma}\right)-\frac{i}{4} \gamma^{\sigma}\left(-2 \eta^{\rho \mu}-\gamma^{\mu} \gamma^{\rho}\right) \nonumber \\ &\quad -\frac{i}{4}\left(-2 \eta^{\rho \mu}-\gamma^{\rho} \gamma^{\mu}\right) \gamma^{\sigma}+\frac{i}{4}\left(-2 \eta^{\sigma \mu}-\gamma^{\sigma} \gamma^{\mu}\right) \gamma^{\rho} \nonumber\\ & = -i \eta^{\mu \sigma} \gamma^{\rho}+ i \eta^{\mu \rho} \gamma^{\sigma} \tag{5.12}\end{align}\] となり、右辺に一致することが確認できる。

具体的にディラック・パウリ表示を用いると\[\begin{align} &\sigma^{i j} = \sum_k \epsilon^{ijk} \Sigma_k \\ &\sigma^{0 i}=-\sigma^{i0} =\left(\begin{array}{cc} 0 & i \sigma^{i} \\ i \sigma^{i} & 0 \end{array}\right) \tag{5.13}\end{align}\] となる。ここで\[\begin{align} \Sigma_{i} \equiv \epsilon_{ijk} S^{jk} = \left(\begin{array}{cc} \sigma^{i} & 0 \\ 0 & \sigma^{i} \end{array}\right) \tag{5.14}\end{align}\] と定義した。38

ワイル表示においては、\(\sigma^{ij}\)は同様であるが、\UTF{00A0}\[\begin{align} \sigma^{0 i} = \left(\begin{array}{cc} -i \sigma^{i} & 0 \\ 0 & i \sigma^{i} \end{array}\right) \tag{5.15}\end{align}\] となる。

5-3. 有限のローレンツ変換

有限のローレンツ変換は、無限小変換 \(\delta\omega^\mu{}_{\nu}=\omega^\mu{}_{\nu}/N\)\(N\) 回繰り返し適用し \(N\to\infty\) とすることで、次のように指数関数として表される。39

ディラックスピノルのローレンツ変換の行列

\[\begin{align} D(\Lambda)=\exp \left(\frac{i}{2} \omega_{\mu \nu} S^{\mu \nu}\right) = \exp \left(\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) \tag{5.16}\end{align}\]

例として、\(z\) 軸まわりの角度 \(\theta\) の空間回転を考える。非ゼロ成分は \(\omega_{12} = -\omega_{21} = -\theta\) であるため、指数関数の肩は\[\begin{align} \frac{i}{2} (\omega_{12} S^{12} + \omega_{21} S^{21}) = i \omega_{12} S^{12} = -i \theta \frac{\sigma^{12}}{2} \tag{5.17}\end{align}\] となる。\(\sigma^{12} = \Sigma_3\) であるため、ディラック・パウリ表示では\[\begin{align} D(\Lambda) = \exp \left( - i \theta \frac{\Sigma_3}{2} \right) = \begin{pmatrix} e^{-i \theta \sigma_z/2} & 0 \\ 0 & e^{-i \theta \sigma_z/2} \end{pmatrix} \tag{5.18}\end{align}\] が得られる。 この式は、 4成分波動関数 \(\psi\) の上2成分と下2成分が、それぞれスピン \(1/2\) の変換則に従うことを示している。 したがって、ディラック方程式の解がスピン1/2の粒子を記述することが確認できる。

5-4. 双一次形式とローレンツ変換性

ディラック共役 \(\bar{\psi}(x) \equiv \psi^\dagger(x) \gamma^0\) はローレンツ変換によって次のように変換する。\[\begin{align} \bar{\psi}(x) \to \bar{\psi}'(x') = \bar{\psi}(x) D^{-1}(\Lambda) \tag{5.19}\end{align}\]

まず、([eq:gammamudagger])の \(\gamma^0 (\gamma^\mu)^\dagger \gamma^0 = \gamma^\mu\) を用いると、\(\sigma^{\mu\nu} \equiv i \left[ \gamma^\mu, \gamma^\nu \right] / 2\)に関して以下の関係が成り立つ。\[\begin{align} (\sigma^{\mu\nu})^\dagger = \gamma^0 \sigma^{\mu\nu} \gamma^0 \tag{5.20}\end{align}\] これを用いると、変換行列 \(D(\Lambda)\) は次の関係を満たす。\[\begin{align} \gamma^0 D^\dagger(\Lambda) \gamma^0 &= \gamma^0 \exp \left(-\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} (\sigma^{\mu \nu})^\dagger \right) \gamma^0 \\ &= \exp \left(-\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu} \right) \\ &= D^{-1}(\Lambda) \tag{5.21}\end{align}\] これを用いると、ディラック共役 \(\bar{\psi}(x) \equiv \psi^\dagger(x) \gamma^0\) が次のように変換することが確認できる。\[\begin{align} \bar{\psi}(x) \to \bar{\psi}'(x') &= \psi'^\dagger(x') \gamma^0 \\ &= (D(\Lambda)\psi(x))^\dagger \gamma^0 \\ &= \psi^\dagger(x) D^\dagger(\Lambda) \gamma^0 \\ &= \psi^\dagger(x) \gamma^0 D^{-1}(\Lambda) \\ &= \bar{\psi}(x) D^{-1}(\Lambda) \tag{5.22}\end{align}\]

これを用いると、\(\bar{\psi}\psi\) の変換は\[\begin{align} \bar{\psi}'(x') \psi'(x') = \bar{\psi}(x) D^{-1} D \psi(x) = \bar{\psi}(x) \psi(x) \tag{5.23}\end{align}\] となり、ローレンツスカラーであることがわかる。 同様に、\(\bar{\psi}\gamma^\mu \psi\) はベクトルとして変換し、電荷の流れ \(j^\mu = q \bar{\psi} \gamma^\mu \psi\) の連続の式 \(\partial_\mu j^\mu = 0\) がローレンツ共変な式であることも確認できる。

6. ディラック方程式の解

クライン・ゴルドン方程式と同様に、ディラック方程式にも正の振動数を持つ解と負の振動数を持つ解の両方が存在する。ディラック方程式は4成分を持つ一階の微分方程式であるため、ある運動量を指定したとしても、そこには4つの独立な解が存在する。これらは、粒子と反粒子それぞれについて、スピン \(1/2\) に対応する2つの自由度を表している。

本章では、自由粒子に対するディラック方程式の解の具体的な形を導出する。また、場の量子論における摂動計算などで頻繁に用いられる、スピノルに関する重要な恒等式(直交関係や完全性関係)を整理する。なお、本章では \(\gamma\) 行列の表現として主にディラック・パウリ表示を用いる。

6-1. 自由粒子の平面波展開

ディラック方程式に従う自由粒子の波動関数の各成分は、クライン・ゴルドン方程式も満たす。したがって、一般解はクライン・ゴルドン方程式と同様に、運動量空間でのフーリエ変換(平面波の重ね合わせ)として記述できる。 そこで、\(k^0 = \omega_\boldsymbol{k} \equiv \sqrt{m^2 + \boldsymbol{k}^2}\) として、一般解を次のように展開する。\[\begin{align} \psi(x) = \int \frac{\mathrm{d}^3 k}{(2\pi)^3 2\omega_\boldsymbol{k}} \sum_s \left( a_s(\boldsymbol{k}) u_s(\boldsymbol{k}) e^{i k_\mu x^\mu} + b_s^* (\boldsymbol{k}) v_s(\boldsymbol{k}) e^{-i k_\mu x^\mu} \right) \tag{6.1}\end{align}\] ここで、\(u_s(\boldsymbol{k})\) は正の振動数(粒子)に対応するスピノル、\(v_s(\boldsymbol{k})\) は負の振動数(反粒子)に対応するスピノルであり、\(s=\pm\) はスピンの自由度を区別するラベルである。 また、\(a_s(\boldsymbol{k})\) および \(b_s^* (\boldsymbol{k})\) は初期条件によって定まる任意の複素係数である。40

特に、特定の運動量 \(\boldsymbol{k}\) とスピン \(s\) を持つ固有状態に注目する場合、その波動関数は次のように表される。 41

ディラック方程式の平面波解

\[\begin{align} \psi(x) \propto \left\{ \begin{array}{ll} u_s(\boldsymbol{k}) e^{ik_\mu x^\mu} ace{0.2cm} \\ v_s(\boldsymbol{k}) e^{-ik_\mu x^\mu} \end{array} \right. \tag{6.2}\end{align}\]

ここで導入した \(u_s(\boldsymbol{k})\) および \(v_s(\boldsymbol{k})\) は、運動量空間におけるディラックスピノルであり、スピノルの4成分をもつ次の方程式の解である。\[\begin{align} &(\gamma^\mu k_\mu + m I_{4}) u_s(\boldsymbol{k}) = 0 \\ &(\gamma^\mu k_\mu - m I_{4}) v_s(\boldsymbol{k}) = 0 \tag{6.3}\end{align}\] これらのスピノルは、以下の規格直交条件を満たすように規格化されるのが一般的である。\[\begin{align} u_s^\dagger (\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta_{ss'} \\ v_s^\dagger (\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta_{ss'} \tag{6.4}\end{align}\] 以下で、これらのスピノルの具体的な成分表示を求めていく。

6-2. 静止系における解

まず、最も単純な場合として、粒子が静止している場合 (\(\boldsymbol{k} = \boldsymbol{0}\)) を考える。 \(k_0 = - \omega_\boldsymbol{k} = - m\)であることに注意すると、 運動量空間の方程式はそれぞれ\[\begin{align} m(\gamma^0 - I_{4}) u_s(\boldsymbol{0}) = 0 \\ m(\gamma^0 + I_{4}) v_s(\boldsymbol{0}) = 0 \tag{6.5}\end{align}\] となる。

ディラック・パウリ表示では \(\gamma^0 = \mathrm{diag}(1,1,-1,-1)\) であるため、 正の振動数解として\[\begin{align} u_+ (\boldsymbol{0}) = \sqrt{2m} \left(\begin{array}{l} 1 \\ 0 \\ 0 \\ 0 \end{array}\right), \quad u_- (\boldsymbol{0}) = \sqrt{2m} \left(\begin{array}{l} 0 \\ 1 \\ 0 \\ 0 \end{array}\right) \tag{6.6}\end{align}\] 負の振動数解として\[\begin{align} v_- (\boldsymbol{0})= \sqrt{2m} \left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \\ 1 \\ 0 \end{array}\right), \quad v_+ (\boldsymbol{0}) = \sqrt{2m} \left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \\ 0 \\ 1 \end{array}\right) \tag{6.7}\end{align}\] が得られる。 また,\(z\) 軸まわりの回転に対する変換性 ([zspin]) より,これらが \(z\) 軸方向スピンの固有状態であることも確認できる。42

6-3. 運動している場合の解

静止系の解に対してローレンツブーストを行うことで、任意の運動量 \(\boldsymbol{k}\) を持つ解を構成できる。 具体的な構成を行うために、ブーストのパラメータ(ラピディティ)を \(\eta\) とし、運動の方向の単位ベクトルを \(\boldsymbol{n} = \boldsymbol{k}/|\boldsymbol{k}|\) とする。 静止系から運動量 \(\boldsymbol{k}\) をもつ系への変換行列 \(D(\Lambda_\mathrm{ boost})\) は、([eq:omegamunu]) に従って \(\omega_{0i}=-\eta n_i\) として\[\begin{align} D(\Lambda_\mathrm{ boost}) = \exp \left( - i \eta n_i S^{0i} \right) \tag{6.8}\end{align}\] で与えられる。 これを用いると、運動している粒子のスピノルは\[\begin{align} u_s(\boldsymbol{k}) = D(\Lambda_\mathrm{ boost}) u_s(\boldsymbol{0}) \\ v_s(\boldsymbol{k}) = D(\Lambda_\mathrm{ boost}) v_s(\boldsymbol{0}) \tag{6.9}\end{align}\] となる。

\(D(\Lambda_\mathrm{ boost})\) の行列指数関数を計算する。 まず、行列\(A\)\[\begin{align} A \equiv \begin{pmatrix} 0 & \boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma} \\ \boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma} & 0 \end{pmatrix} \tag{6.10}\end{align}\] と定義すると、 ディラック・パウリ表示では\(- i \eta n_i S^{0i} = \eta A/2\) となる。 ここで、 \((\boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma})^2 = n_i n_j \{\sigma^i, \sigma^j \} /2 = \boldsymbol{n}^2 I_{2}= I_{2}\) より \(A^2 = I_{4}\) が成り立つ。 したがって、\(D(\Lambda_\mathrm{ boost})\) のテイラー展開は\[\begin{align} \exp \left( \frac{\eta}{2} A \right) &= \sum_{k=0}^\infty \frac{1}{k!} \left( \frac{\eta}{2} A \right)^k \nonumber\\ &= I_{4}\sum_{n=\text{even}} \frac{1}{n!} \left( \frac{\eta}{2} \right)^n + A \sum_{n=\text{odd}} \frac{1}{n!} \left( \frac{\eta}{2} \right)^n \nonumber\\ &= I_{4}\cosh \frac{\eta}{2} + A \sinh \frac{\eta}{2} \nonumber\\ &= \begin{pmatrix} I_{2}\cosh \frac{\eta}{2} & \boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma} \sinh \frac{\eta}{2} \\ \boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma} \sinh \frac{\eta}{2} & I_{2}\cosh \frac{\eta}{2} \end{pmatrix} \tag{6.11}\end{align}\] とまとめられる。 さらに、エネルギーとラピディティの関係 \(\cosh \eta = \omega_\boldsymbol{k}/m\) を用いて半角の公式を適用すると、\[\begin{align} \cosh \frac{\eta}{2} = \sqrt{\frac{\cosh \eta + 1}{2}} = \sqrt{\frac{\omega_\boldsymbol{k} + m }{2m}} \\ \sinh \frac{\eta}{2} = \sqrt{\frac{\cosh \eta - 1}{2}} = \sqrt{\frac{\omega_\boldsymbol{k} - m }{2m}} \tag{6.12}\end{align}\] が得られる。 これらを ([eq:boostspinor]) に代入して整理すると、\[\begin{align} D(\Lambda_\mathrm{ boost}) = \sqrt{\frac{\omega_\boldsymbol{k} + m }{2m}} \begin{pmatrix} I_{2}& \frac{\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{\sigma}}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \\ \frac{\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{\sigma}}{\omega_\boldsymbol{k}+m} & I_{2} \end{pmatrix} \tag{6.13}\end{align}\] が得られる。

特に、\(z\) 方向に運動量 \(k_z\) を持つ場合、\(\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{\sigma} = k_z \sigma_3\) となる。 これを静止解 \(u_s(\boldsymbol{0}), v_s(\boldsymbol{0})\) に作用させると、\[\begin{align} u_+(k_z \boldsymbol{\hat z}) = \sqrt{\omega_\boldsymbol{k}+m} \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ \frac{k_z}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \\ 0 \end{pmatrix} \\ u_-(k_z \boldsymbol{\hat z}) = \sqrt{\omega_\boldsymbol{k}+m} \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \\ \frac{-k_z}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \end{pmatrix} \tag{6.14}\end{align}\]\[\begin{align} v_-(k_z \boldsymbol{\hat z}) = \sqrt{\omega_\boldsymbol{k}+m} \begin{pmatrix} \frac{k_z}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \\ 0 \\ 1 \\ 0 \end{pmatrix} \\ v_+(k_z \boldsymbol{\hat z}) = \sqrt{\omega_\boldsymbol{k}+m} \begin{pmatrix} 0 \\ \frac{-k_z}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \\ 0 \\ 1 \end{pmatrix} \tag{6.15}\end{align}\] となる。

この結果からわかるように、ディラック・パウリ表示では、上2成分と下2成分の比は概ね \(|\boldsymbol{k}|/(\omega_\boldsymbol{k}+m)\) 程度である。 非相対論的極限(\(|\boldsymbol{k}|\ll m\))ではこの比は \(0\) に近づき、静止系の解に漸近する。

6-4. ディラックスピノルの関係式

場の量子論における計算、特に散乱断面積の導出などでは、スピノルの具体的な成分計算を行う代わりに、以下の恒等式を用いることが多い。

まず、ディラックスピノルディラック共役を次のように定義する。\[\begin{align} \bar{u}_s(\boldsymbol{k}) &\equiv u_s^\dagger (\boldsymbol{k})\gamma^0, \\ \bar{v}_s(\boldsymbol{k}) &\equiv v_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \gamma^0 \tag{6.16}\end{align}\] このとき、特定の \(\gamma\) 行列の表示に依存せずに、次の関係が成り立つ。43\[\begin{align} &\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}) =2 m \delta_{s s'} , \\ &\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}) = - 2 m \delta_{s s'} , \\ &\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}) = 0 , \\ &\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}) = 0 , \tag{6.17}\end{align}\]\[\begin{align} &\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}) =2 k^\mu \delta_{s s'} , \label{eq:ugammau}\\ &\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 k^\mu \delta_{s s'} , \tag{6.18}\end{align}\]\[\begin{align} &\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0 , \\ &\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 u_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0 , \tag{6.19}\end{align}\] これらの関係式は、静止系での具体的な解のもとで確かめた後、ローレンツ変換によって一般の場合へ拡張することで証明できる。

例として、\(\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 k^\mu \delta_{s s'}\) を示す。 まず、静止系の解[eq:solutionurest]を用いて、静止系の運動量 \(k_{rest}^\mu = (m, \boldsymbol{0})\) に対し以下の関係が成り立つことを直接計算で確かめられる。\[\begin{align} \bar{u}_s(\boldsymbol{0}) \gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{0}) = 2 k_{rest}^\mu \delta_{s s'} \tag{6.20}\end{align}\] 次に、一般の系での左辺を考える。\(u_s(\boldsymbol{k}) = D(\Lambda_\mathrm{ boost}) u_s(\boldsymbol{0})\) として、 変換行列の性質[eq:gammaDrelation] (\(D^{-1} \gamma^\mu D = \Lambda^\mu_{\ \nu} \gamma^\nu\)) を用いると、\[\begin{align} \bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}) &= \bar{u}_s(\boldsymbol{0}) D^{-1} \gamma^\mu D u_{s'}(\boldsymbol{0}) \\ &= \Lambda^\mu_{\ \nu} \bar{u}_s(\boldsymbol{0}) \gamma^\nu u_{s'}(\boldsymbol{0}) \\ &= \Lambda^\mu_{\ \nu} (2 k_{rest}^\nu \delta_{ss'}) \\ &= 2 k^\mu \delta_{ss'} \tag{6.21}\end{align}\] となり、証明された。

次に \(\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0\) を示す。これは \(u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0\) と同義である。 まず、静止系では直交性 \(u_s^\dagger(\boldsymbol{0}) v_{s'}(\boldsymbol{0}) = 0\) が成り立つ。 運動量 \(\boldsymbol{k}\) へのローレンツブースト\(D(\Lambda_\mathrm{ boost})\)を考えると、 \(S^{0i} = \sigma^{0i}/2\)が反エルミートであることから、\[\begin{align} D^\dagger (\Lambda_\mathrm{ boost}) &= \exp \left( i \eta_i (S^{0i})^\dagger \right) \\ &= \exp \left( - i \eta_i S^{0i} \right) \\ &= D(\Lambda_\mathrm{ boost}) \tag{6.22}\end{align}\] が成り立つ。 また、\(v_{s'}(-\boldsymbol{k})\)は逆の方向にローレンツブーストを行ったものであり、 逆方向へのブーストは逆行列によるローレンツ変換に対応する。したがって \(u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = u_s^\dagger(\boldsymbol{0}) D(\Lambda_\mathrm{ boost}) D^{-1} (\Lambda_\mathrm{ boost}) v_{s'}(\boldsymbol{0}) = u_s^\dagger(\boldsymbol{0}) v_{s'}(\boldsymbol{0})\)となり、関係式が示された。

さらに、スピンについて和をとった以下のスピン和の公式(spin sum)は極めて重要である。

スピン和の公式

\[\begin{align} & \sum_{s=\pm} u_{s}(\boldsymbol{k}) \bar{u}_s(\boldsymbol{k}) = - \gamma^\mu k_\mu + mI_{4}, \\ &\sum_{s=\pm} v_{s}(\boldsymbol{k}) \bar{v}_s(\boldsymbol{k}) = - \gamma^\mu k_\mu - mI_{4} \tag{6.23}\end{align}\]

これは両辺が \(4\times4\) 行列であることに注意する。 この関係式も、静止系で成分計算により確かめた後、ローレンツブーストによって一般の場合へ拡張することで証明できる。

6-5. ディラックの解釈と対生成・対消滅・真空偏極

以降の章で詳しく述べるが、ディラック方程式の負の振動数の解は、反粒子に対応する解として解釈される。 ここではその前に、歴史的にディラックが負の振動数の解をどのように解釈したかを概観する。

ディラックの時代には、負の振動数の解を負のエネルギーをもつ解として解釈する立場が取られていた。 実際、粒子のハミルトニアンを\(\hat{H} = \gamma^0 (\boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4})\)としたとき、負の振動数の解に対しても同じ形を形式的に適用すると負のエネルギー固有値が現れる。 44 特に、運動量が大きくなるほど、対応するエネルギーはより低い値を取ることになる。 このように無限に低い負のエネルギー準位が存在すると、粒子は外部へエネルギーを放出しながら、無限に低いエネルギー状態へと落ち込んでしまう。

この問題を回避するために、ディラックは真空状態を「負のエネルギー準位がすべて埋まっている状態」と解釈した。これをディラックの海(Dirac sea) と呼ぶ。45 ディラック方程式に従う粒子はスピン\(1/2\)を持つフェルミオンであるため、パウリの排他律(Pauli exclusion principle)により、すでに埋まっている負のエネルギー状態には新たに落ち込むことができない。このようにして、粒子が負の無限大のエネルギーへと落ち込む不安定性は回避される。

ディラックの海の解釈に従うと、負のエネルギー状態の一つに外部から十分なエネルギーを与えることで、正のエネルギー状態へと励起することができる。その結果、もともとあった負のエネルギー状態には"孔"(ホール)が生じる。このホールは、粒子とは逆符号の電荷を持つ粒子として観測され、反粒子と呼ばれる。電子の場合には正電荷をもつ反粒子、すなわち陽電子(positron)の存在が予言され、1933年にカール・アンダーソンによって陽電子が発見されたことで、ディラック方程式の予言が実証された。

負のエネルギー状態の一つが励起されてホールが生じると、同時に正のエネルギー状態に粒子が1つ現れる。これは粒子と反粒子が1対1で生成されることを意味し、対生成(pair creation/production)と呼ばれる。この際、エネルギー保存則により、対生成に必要な最低エネルギーは粒子と反粒子の質量の和となる。反粒子の質量は対応する粒子の質量と等しいため、電子と陽電子の対生成に必要な最低限エネルギーは電子の質量の2倍に等しい。 46

逆に、初期状態で負のエネルギー状態にホールがある場合、粒子がそのホールに落ち込んで埋まる過程も考えられる。これは粒子と反粒子が1つずつ消滅する対消滅(pair annihilation)と呼ばれる過程である。エネルギー保存則により、対消滅の終状態では粒子と反粒子の合計エネルギーに等しいエネルギーが放出される。実際には、光子などのゲージ粒子が放出される過程として観測される。 この対生成と対消滅は逆反応の関係にある。

さらに、対生成に必要なエネルギーが外部から供給されなくとも、時間とエネルギーの不確定性関係により、極めて短い時間スケールでは対生成と対消滅が繰り返されうる。 電荷をもつ粒子の周囲では、真空中での粒子・反粒子の生成消滅が電場によって偏り、見かけ上の電荷の大きさが変化する。 この現象を真空偏極(vacuum polarization)と呼ぶ。 47

このような対生成・対消滅・真空偏極の現象は、1粒子の相対論的量子力学の枠組みを超えており、多体系を扱う場の理論によってはじめて厳密に記述される。 しかし、直感的には以上の議論によって、その基本的な概念を理解することができる。

7. 非相対論的近似

本章では、電磁場中のディラック方程式の非相対論的極限を取ることで、電子のスピンと磁場の相互作用を含むパウリ方程式が得られることを確認する。 さらに、高次の補正項を取り入れる手法の概略を示し、スピン軌道相互作用などがどのように現れるかも確認する。

スピン磁気モーメントの相互作用は、古典的な対応物を持たない純粋に量子力学的な効果である。 しかしディラック方程式では、ローレンツ共変性を要請した結果としてスピンが理論に組み込まれており、非相対論的極限を取ることで自然にその相互作用項が導かれる。 導かれた磁気モーメントの大きさが実験値と極めて良い精度で一致したことは、ディラック理論の大きな成功の一つである。

本章では、基本的に粒子の解のみに注目して議論を進める。

7-1. 電磁場中のディラック方程式

ゲージポテンシャル \(A^\mu = (\phi, \boldsymbol{A})\) で表される 電磁場中のディラックスピノルを考える。 自由粒子のディラック方程式に対し、ゲージ原理に従って\[\begin{align} \partial_\mu \to \partial_\mu - i q A_\mu \tag{7.1}\end{align}\] と置き換えることで、\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi(x) = 0 \tag{7.2}\end{align}\] の方程式が得られる。 ここで \(q\) は粒子の電荷(電子の場合は \(q=-\left\vert {e} \right\vert\))を表す。

運動学的運動量演算子を\[\begin{align} \boldsymbol{\Pi} \equiv - i \boldsymbol{\nabla} - q \boldsymbol{A} = \boldsymbol{\hat p} - q \boldsymbol{A} \tag{7.3}\end{align}\] と定義すると、 ハミルトニアンは\[\begin{align} H=\gamma^0 m + q \phi I_{4}+ \gamma^0 \boldsymbol{\gamma} \cdot \boldsymbol{\Pi} \tag{7.4}\end{align}\] となる。

7-2. シュレディンガー・パウリ方程式

電磁場中のディラック方程式の非相対論的極限を考える。 ディラック・パウリ表示において、\(\gamma\) 行列は \(2\times2\) のブロック行列として次のように書ける。\[\begin{align} &\gamma^0 = \begin{pmatrix} I_{2}& 0 \\ 0 & -I_{2} \end{pmatrix} \\ &\gamma^i = \begin{pmatrix} 0 & \sigma_i \\ -\sigma_i & 0 \end{pmatrix} \tag{7.5}\end{align}\] 波動関数 \(\psi(x)\) も上2成分 \(f(x)\) と下2成分 \(g(x)\) に分け、さらに([eq:nonrela1])と同様に粒子の静止エネルギーによる振動因子 \(e^{-imt}\) を分離して次のように置く。 48\[\begin{align} \psi(x)=e^{-i m t}\left(\begin{array}{l} f(x) \\ g(x) \end{array}\right) \tag{7.6}\end{align}\] これをディラック方程式[eq:DiraceqA]に代入して整理すると、\[\begin{align} \begin{pmatrix} (i \partial_0 - q \phi)I_{2}& - \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi} \\ \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi} & (-2m - i \partial_0 + q \phi)I_{2} \end{pmatrix} \left(\begin{array}{l} f \\ g \end{array}\right) = 0 \tag{7.7}\end{align}\] となる。

非相対論的極限では、運動エネルギーや静電ポテンシャルは静止エネルギー \(m\) に比べて十分小さく、 \(|i \partial_0 g|, |q \phi g| \ll m g\) とみなすことができる。 この近似の最低次の精度で、ディラックスピノルの上2成分の方程式が以下のシュレディンガー・パウリ方程式に帰着する。\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} f &=\left[ -\frac{1}{2 m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A}\right)^{2} - \frac{q }{2 m} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{B} + q \phi \right] f \tag{7.8}\end{align}\] このうち、スピンと磁場の相互作用項 \(-(q/2m)\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B}\)パウリ項と呼ぶ。

([eq:Diracnonrela1])の下段の式において \((-2m - i \partial_0 + q \phi)g \simeq -2mg\) と近似すると、\[\begin{align} g(x) \simeq \frac{1}{2m} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi} f(x) \tag{7.9}\end{align}\] が得られる。これは、非相対論的領域では下成分 \(g\) が上成分 \(f\) に比べて \(p/m\) のオーダーで小さくなることを意味する。 これを([eq:Diracnonrela1])の上段の式に代入すると、\[\begin{align} i \partial_0 f \simeq q \phi f + \frac{1}{2m} (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi})^2 f \tag{7.10}\end{align}\] が得られる。 ここで、任意の3次元ベクトル \(\boldsymbol{a}\), \(\boldsymbol{b}\) に対して\[\begin{align} (\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{a})(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{b}) = (\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})I_{2}+ i\boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{a}\times\boldsymbol{b}) \tag{7.11}\end{align}\] が成り立つことを用いると、\[\begin{align} (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi})^2 = \boldsymbol{\Pi}^2 + i \boldsymbol{\sigma} \cdot (\boldsymbol{\Pi} \times \boldsymbol{\Pi}) \tag{7.12}\end{align}\] となる。 このうち、\(\boldsymbol{\Pi} \times \boldsymbol{\Pi}\) の項は、一つ目の \(\boldsymbol{\Pi}\) に含まれる微分作用素が、 二つ目の \(\boldsymbol{\Pi}\) に含まれる \(\boldsymbol{A}\) にも作用するためにゼロにはならない。具体的に計算すると、\[\begin{align} (\boldsymbol{\Pi} \times \boldsymbol{\Pi}) f &= (-i\boldsymbol{\nabla} - q\boldsymbol{A}) \times (-i\boldsymbol{\nabla} - q\boldsymbol{A}) f \nonumber\\ &= i q \left[ \boldsymbol{\nabla} \times (\boldsymbol{A} f) + \boldsymbol{A} \times (\boldsymbol{\nabla} f) \right] \nonumber\\ &= i q \left[ (\boldsymbol{\nabla} \times \boldsymbol{A})f - \boldsymbol{A} \times (\boldsymbol{\nabla} f) + \boldsymbol{A} \times (\boldsymbol{\nabla} f) \right] \nonumber\\ &= i q (\boldsymbol{\nabla} \times \boldsymbol{A}) f \nonumber\\ &= i q \boldsymbol{B} f \tag{7.13}\end{align}\] となる。 これらをまとめると、シュレディンガー・パウリ方程式[eq:nonrelaDirac]が得られる。

7-3. 磁気モーメント

パウリ項は磁気モーメント \(\boldsymbol{\mu}\) を用いて次のように表される。

磁気モーメントとその相互作用

\[\begin{align} &H_\mathrm{ Pauli} =- \boldsymbol{\mu} \cdot \boldsymbol{B} \\ &\boldsymbol{\mu} = g \frac{q}{2m} \boldsymbol{S} \tag{7.14}\end{align}\]

ここで、\(\boldsymbol{S} = \boldsymbol{\sigma}/2\) であり、\(g\)\(g\)因子と呼ばれる無次元量である。 ([eq:nonrelaDirac]) と比較することにより、ディラック方程式は\[\begin{align} g = 2 \tag{7.15}\end{align}\] を理論的に予言することがわかる。

電子の \(g\) 因子がほぼ 2 であることは実験的に知られていたが、シュレディンガー方程式ではその理論的起源を説明できず、天下り的に導入するしかなかった。ディラック方程式はこれを第一原理から導き出したことになる。 この項の効果として、一様磁場中の原子に対する異常ゼーマン効果や、原子核の磁気モーメントとの相互作用による超微細構造などが現れる。 49

7-4. 高次の補正とスピン軌道相互作用

ここでは、非相対論的極限における \(1/m^2\) のオーダーまでを考慮し、スピン軌道相互作用などが導かれることを確認する。 本節では、上で行ったように小さい成分である \(g\) を消去する手法を用いて議論する。 次節では、よりシステマティックな摂動展開の手法を解説する。 計算が煩雑なため、本章のこれ以降の項目は飛ばしても後の議論に差し支えはない。

以下では特に、水素様原子中の最外殻電子について考える。 水素様原子とは、閉殻にすべての電子が詰まった原子に、さらに電子が一つ加わった系を指す。 閉殻は球対称であるため、原子核および閉殻電子が作り出すゲージポテンシャルは\[\begin{align} &A^0 = \phi(r), \\ &\boldsymbol{A} = 0 \tag{7.17}\end{align}\] と書ける。

また、ハミルトニアン、特にゲージポテンシャル \(A^\mu\) が時間に依存しないと仮定する。このとき、エネルギー固有状態を考えると、演算子 \(i \partial_0\) を固有値 \(\Delta E \equiv E - m\) に置き換えることができる。 表記の簡略化のため \(V \equiv q \phi\)\(O \equiv \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{p}\) とすると、ディラック方程式はブロック行列形式で\[\begin{align} \begin{pmatrix} (\Delta E - V)I_{2}& - O \\ O & (-2m - \Delta E + V)I_{2} \end{pmatrix} \left(\begin{array}{l} f \\ g \end{array}\right) = 0 \tag{7.18}\end{align}\] と書ける。

([eq:Diracnonrela11])の下段の式を \(g\) について解く際、分母を \(1/m^2\) のオーダーまで展開すると、\[\begin{align} g &= \frac{1}{2m + (\Delta E-V)} O f \\ &\simeq \frac{1}{2m} \left( 1 - \frac{\Delta E-V}{2m} \right) O f \tag{7.19}\end{align}\] となる。これを上段の式 \((\Delta E-V)f = O g\) に代入すると、\[\begin{align} (\Delta E-V)f &\simeq \frac{1}{2m} O \left( 1 - \frac{\Delta E-V}{2m} \right) O f \tag{7.20}\end{align}\] が得られる。 ここで\(\Delta E\) の項を左辺にまとめるため\[\begin{align} N \equiv 1 + \frac{O^2}{4m^2} \tag{7.21}\end{align}\] を定義すると、\[\begin{align} \Delta E N f &\simeq \left( V + \frac{O^2}{2m} + \frac{OVO}{4m^2} \right) f \tag{7.22}\end{align}\] と書き換えられる。 ここで注意すべきは、波動関数の規格化である。元のディラックスピノルのノルムを \(f,g\) で書くと、\[\begin{align} \int \psi^\dagger \psi \mathrm{d}^3 x &= \int (f^\dagger f + g^\dagger g) \mathrm{d}^3 x \\ &\simeq \int \left[ f^\dagger \left( 1 + \frac{O^2}{4m^2} \right) f \right] \mathrm{d}^3 x \tag{7.23}\end{align}\] となる。 したがって、2成分の \(f\) のみの理論に落とし込む際には、基底を変えて正規直交化しておくのが便利である。 そこで、\[\begin{align} \tilde{f} &\equiv N^{1/2} f \tag{7.24}\end{align}\] と定義する。 このとき、([eq:nonrela24])は\[\begin{align} \Delta E \tilde{f} &\simeq N^{-1/2} \left( V + \frac{O^2}{2m} + \frac{OVO}{4m^2} \right) N^{-1/2} \tilde{f} \tag{7.25}\end{align}\] となる。 \(N^{-1/2}\simeq 1 - O^2/(8m^2)\) を用いて \(1/m^2\) の次数まで展開すると\[\begin{align} \Delta E \tilde{f} &\simeq \left( V + \frac{O^2}{2m} - \frac{O^4}{8m^3} + \frac{OVO}{4m^2} - \frac{O^2 V + V O^2}{8m^2} \right) \tilde{f} \tag{7.26}\end{align}\] が得られる。

\(O^2 = (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{p})^2 = \boldsymbol{p}^2\) であるから、 ([eq:nonrelaeq4])の右辺第1,2項は最低次のハミルトニアンを与え、第3項は運動エネルギーの相対論的補正を与える。 最後の2項は、 ダーウィン項(Darwin term)\[\begin{align} &H_\mathrm{ Darwin} = \frac{1}{8m^2} (\boldsymbol{\nabla}^2 V) \tag{7.27}\end{align}\] およびスピン軌道相互作用\[\begin{align} &H_{SO} = \frac{1}{4m^2} \frac{1}{r} \frac{dV}{dr} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{L} = \frac{1}{2m^2} \frac{1}{r} \frac{dV}{dr} \boldsymbol{S} \cdot \boldsymbol{L} \tag{7.28}\end{align}\] を与える。ここで \(\boldsymbol{L} = \boldsymbol{r} \times (-i \boldsymbol{\nabla})\) は角運動量演算子である。

([eq:nonrelaeq4])の最後の2項は、\[\begin{align} &\frac{OVO}{4m^2} - \frac{O^2 V + V O^2}{8m^2} \nonumber\\ &= - \frac{1}{8m^2} \left( O^2 V - OVO + V O^2 - OVO \right) \nonumber\\ &= - \frac{1}{8m^2} \left( O [O,V] - [O,V] O \right) \nonumber\\ &= - \frac{1}{8m^2} [O, [O, V]] \tag{7.29}\end{align}\] とまとめられる。 ここで、\[\begin{align} \left[ O, V \right] f &= -i \left[ \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla}, V \right] f \nonumber\\ &=-i \boldsymbol{\sigma} \cdot (\boldsymbol{\nabla} V) f \tag{7.30}\end{align}\] となる。したがって、\[\begin{align} & \left[ O, \left[ O, V \right] \right] f \nonumber\\ &= - \left[ \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla}, \boldsymbol{\sigma} \cdot (\boldsymbol{\nabla} V) \right] f \nonumber\\ &=- \sigma_i \sigma_j \nabla^i ( (\nabla^j V) f) + \sigma_j \sigma_i (\nabla^j V) (\nabla^i f) \nonumber\\ &= - \sigma_i \sigma_j (\nabla^i \nabla^j V) f + (- \sigma_i \sigma_j + \sigma_j \sigma_i) (\nabla^j V) (\nabla^i f) \nonumber\\ &= - (\boldsymbol{\nabla}^2 V) f + 2 i \boldsymbol{\sigma} \cdot \left[ (\boldsymbol{\nabla} V) \times (\boldsymbol{\nabla} f) \right] \tag{7.31}\end{align}\] が得られる。 この第1項からダーウィン項[eq:Darwin]が得られる。 ポテンシャルが球対称 \(V=V(r)\) の場合、\(\boldsymbol{\nabla} V = (V'/r) \boldsymbol{r}\) であるから、[eq:nonrela30]の第二項は\[\begin{align} 2 i \boldsymbol{\sigma} \cdot \left[ (\boldsymbol{\nabla} V) \times (\boldsymbol{\nabla} f)\right] &= 2i \frac{1}{r} \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}r} \boldsymbol{\sigma} \cdot \left[ (\boldsymbol{r} \times \boldsymbol{\nabla} f) \right] \nonumber\\ &= -2 \frac{1}{r} \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}r} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{L} f \tag{7.32}\end{align}\] となり、([eq:LS])が得られる。

このように、非相対論的量子力学において現象論的に導入されていたスピン軌道相互作用が、ディラック方程式から自然に現れることが分かる。 また、その係数も実験から示唆される値と一致している。 この相互作用により、水素様原子のエネルギー準位は主量子数 \(n\) だけでなく、角運動量量子数によっても分裂する。これがスペクトルの微細構造である。 この効果は特にナトリウムのD線の分岐として実際に観測されている。

ダーウィン項に含まれる \((\boldsymbol{\nabla}^2 V)\) は、ポアソン方程式により電荷密度に比例して書き直すことができる。 水素原子で原子核の広がりを無視すれば電荷密度は \(\delta(\boldsymbol{x})\) に比例するため、ダーウィン項は主として原点近傍に支持をもつ。 そのため、電子の波動関数が原点で有限となるS軌道 (\(l=0\)) の状態に対して有意な補正として現れることが知られている。

7-5. ハミルトニアンの対角化(FW変換)による手法

前節のような波動関数の再定義は、計算が煩雑で見通しが悪い。 より洗練された手法として、ユニタリ変換によってハミルトニアン自体をブロック対角化するフォルディー・ボートホイゼン変換(Foldy-Wouthuysen transformation)がある。

4成分のディラックスピノルを、非相対論的量子力学で扱う2成分スピノルに落とし込むためには、4成分が強く混ざり合う構造を適切に分離する必要がある。 そのため、ユニタリー変換によってハミルトニアンを \(2\times2\) のブロックで対角化することを考える。 ユニタリー変換ではノルムが保たれるため、上のような正規直交化の手続を明示的に行わずに、体系的に非相対論的近似の展開を進めることができる。 ここでは簡単のため \(1/m^2\) の次数まで評価する。

反エルミート演算子 \(G\)\(G^\dagger=-G\))を用いてユニタリー行列 \(U=e^{G}\) を定義し、次の変換を考える。50\[\begin{align} &\psi_\mathrm{ FW} = U\psi, \\ &H_\mathrm{ FW}=UHU^\dagger=e^{G}He^{-G}. \tag{7.33}\end{align}\] 厳密に対角化することは一般に困難であるため、ベイカー・キャンベル・ハウスドルフの公式(Baker-Campbell-Hausdor\UTF{FB00}% formula)51\[\begin{align} H_\mathrm{ FW} &= e^{G}He^{-G} \nonumber \\ &=H+ \left[ G,H \right] + \frac{1}{2} \left[ G, \left[ G,H \right] \right] +\cdots \tag{7.37}\end{align}\] を用いて、非相対論的近似のもとで一定の次数まで対角化する。

ハミルトニアン[eq:hamiltonianA] は、\(\beta \equiv \gamma^0\)\(\mathcal{E}\equiv VI_{4}\)\(\mathcal{O}\equiv \gamma^0\boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{\Pi}\) とおくと\[\begin{align} H=\beta m+\mathcal{E}+\mathcal{O} \tag{7.38}\end{align}\] と書ける。 ここで \(\mathcal{E}\) はブロック対角、\(\mathcal{O}\) はブロック非対角であり、\[\begin{align} \left[ \beta,\mathcal{E} \right] =0, \qquad \{\beta,\mathcal{O}\}=0 \tag{7.39}\end{align}\] を満たす。 非相対論的極限では \(\beta m\) が最低次で、\(\mathcal{E}\)\(\mathcal{O}\) は次の次数の項である。 最低次の近似では、([eq:BCH])の展開における最初の2項 \((H+[G,H])\) において非対角成分が消去されるように\(G\)を選べばよい。すなわち、\[\begin{align} \mathcal{O}+ \left[ G_1,\beta m \right] =0 \tag{7.40}\end{align}\] を満たすように\(G = G_1\) を選ぶ。 \(\beta\mathcal{O}\beta=-\mathcal{O}\) を用いると\[\begin{align} G_1=\frac{1}{2m}\,\beta\mathcal{O} \tag{7.41}\end{align}\] とすればよいことが分かる。 以下では、この変換の下で([eq:BCH]) のブロック対角成分を \(1/m^2\) の次数まで評価する。 \(\beta m+\mathcal{E}\) 以外で対角成分として残る主な項は次である。52\[\begin{align} \left[ G_1,\mathcal{O} \right] =\frac{1}{2m} \left[ \beta\mathcal{O},\mathcal{O} \right] =\frac{1}{m}\beta\mathcal{O}^2 \tag{7.42}\end{align}\]\[\begin{align} \frac{1}{2} \left[ G_1, \left[ G_1,\beta m \right] \right] =\frac{1}{2} \left[ G_1,-\mathcal{O} \right] =-\frac{1}{2m}\beta\mathcal{O}^2 \tag{7.43}\end{align}\]\[\begin{align} \frac{1}{2} \left[ G_1, \left[ G_1,\mathcal{E} \right] \right] =\frac{1}{8m^2} \left[ \beta\mathcal{O}, \left[ \beta\mathcal{O},\mathcal{E} \right] \right] =-\frac{1}{8m^2} \left[ \mathcal{O}, \left[ \mathcal{O},\mathcal{E} \right] \right] \tag{7.44}\end{align}\] まとめると、\(1/m^2\) の次数までの精度で\[\begin{align} H_\mathrm{ FW} \simeq \beta m +\mathcal{E} +\frac{\beta}{2m} \mathcal{O}^2 -\frac{1}{8m^2} \left[ \mathcal{O}, \left[ \mathcal{O},\mathcal{E} \right] \right] \tag{7.45}\end{align}\] が得られる。 ブロック対角化した左上の \(2\times2\) 成分だけを取り出すと、 \(\beta\to I_{2}\)\(\mathcal{O}^2\to \boldsymbol{p}^2\)\(\left[ \mathcal{O}, \left[ \mathcal{O},\mathcal{E} \right] \right] \to \left[ O, \left[ O,V \right] \right]\) となり、 ([eq:nonrelaeq4]) および [eq:OOV]\(1/m^2\) の次数で一致する。

この手法は、さらに高次の相対論的補正を系統的に求める際にも極めて有効である。

8. \(C\), \(P\) 変換とヘリシティ

本章では、自由粒子のディラック方程式が持つ離散的な対称性と、スピンに関連する重要な保存量であるヘリシティについて説明する。

これらの対称性や保存量は、より複雑な素粒子模型における相互作用を考える際に、どの反応が許され、どの反応が起こりえないかを直感的に理解する上で重要な手がかりを与える。 数式的な導出だけでなく、その物理的な意味をイメージすることが重要である。

8-1. 荷電共役変換(\(C\) 変換)

電磁場中のディラック方程式\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi(x) = 0 \tag{8.1}\end{align}\] の全体に対して複素共役を取ると、\[\begin{align} \left( -i (\gamma^\mu)^* (\partial_\mu + i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi^*(x) = 0 \tag{8.2}\end{align}\] となる。ここで、以下の条件を満たすユニタリ行列 \(C\) が存在すると仮定する。53\[\begin{align} \left(C (\gamma^{0})^T\right)( \gamma^{\mu})^*\left(C (\gamma^{0})^T\right)^{-1}=-\gamma^{\mu} \tag{8.3}\end{align}\] このとき、方程式は以下の形に書き換えられる。\[\begin{align} & \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu + i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi^{c} = 0 \\ &\psi^{c} \equiv C (\gamma^{0})^T \psi^{*} = C \bar{\psi}^T \tag{8.4}\end{align}\] この方程式の形は、元のディラック方程式において電荷の符号を \(q \to -q\) (あるいは電磁場を \(A_\mu \to -A_\mu\))と反転させたものと等価である。 すなわち、ディラック方程式は以下の変換に対して対称である。

荷電共役変換(C変換)

\[\begin{align} &qA_\mu \to - qA_\mu \\ &\psi \to \psi^c \ (= C \bar{\psi}^T) \tag{8.5}\end{align}\]

この変換では波動関数の複素共役が現れるため、正の振動数の解を負の振動数の解へ、あるいはその逆へと写す性質を持つ。 54 したがって、この変換は粒子と反粒子を入れ替える作用をもち、荷電共役変換(\(C\) 変換、charge conjugation)と呼ばれる。 55 理論がこの変換に対して対称であることは、粒子と反粒子の質量が等しいことを保証する。

ディラック・パウリ表示では、\[\begin{align} &(\gamma^\mu)^* = \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 0,1,3 \\ &(\gamma^\mu)^* = - \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 2 \tag{8.6}\end{align}\] が成り立つ。このとき、\[\begin{align} C=i \gamma^{2} \gamma^{0}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & 0 & 0 & -1 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 1 & 0 & 0 & 0 \end{array}\right) \tag{8.7}\end{align}\] とすれば、\[\begin{align} &\left(C (\gamma^{0})^T\right) \gamma^{\mu *}\left(C (\gamma^{0})^T\right)^{-1} \\ = &- \gamma^2 (\gamma^{\mu})^* \gamma^2 \\ = &- \gamma^\mu \tag{8.8}\end{align}\] が確かめられる。 \(C\) の具体的な形から、荷電共役変換によって特にスピノルの上下成分が入れ替わることがわかる。 さらに \(C^T = -C\) も確認できる。

8-2. パリティ変換(\(P\) 変換)

次に空間反転、すなわちパリティ変換\(P\) 変換、parity transformation)を考える。 これは次の座標変換で表される。\[\begin{align} &x^{\prime \mu} = (\Lambda_{\mathrm{P}})^{\mu}{}_{\nu} x^{\nu} \\ &(\Lambda_{\mathrm{P}})^{\mu}{}_{\nu} = \left(\begin{array}{cccc} 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & -1 \end{array}\right) \tag{8.9}\end{align}\] このとき、ディラックスピノルおよびゲージポテンシャルは次のように変換されると仮定する。\[\begin{align} &\psi \to \psi^{\prime}\left(x^{\prime}\right)=P \psi(x) \\ &A^\mu \to A^{\prime \mu} (x') = (\Lambda_{\mathrm{P}})^{\mu}{}_{\nu} A^\nu (x) \tag{8.10}\end{align}\] ここで \(P\)\(4\times4\)のユニタリ行列である。

ローレンツ共変性と同様の議論により、 ディラック方程式がこの変換のもとで不変となるためには、\[\begin{align} (\Lambda_{\mathrm P})^\nu{}_{\mu} \gamma^\mu = P^{-1} \gamma^\nu P \tag{8.11}\end{align}\] を満たす行列 \(P\) が存在すればよい。

任意の表現において、\[\begin{align} &\gamma^0 \gamma^\mu \gamma^0 = \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 0 \\ &\gamma^0 \gamma^\mu \gamma^0 = -\gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 1,2,3 \tag{8.12}\end{align}\] が成り立つ。 したがって、位相因子 \(\eta_{\mathrm P}\) を導入して\[\begin{align} P=\eta_{\mathrm{P}} \gamma_{0} \tag{8.13}\end{align}\] とすれば、上の条件が満たされる。

負の振動数の解に対応する反粒子の波動関数 \(\psi^c\) に対して P 変換を作用させると、\[\begin{align} \psi^c(x) &\to (\psi')^c(x') = C (\gamma^0)^T P^* \psi^*(x) \nonumber\\ &= - \eta_P^*\, \gamma^0 C (\gamma^0)^T \psi^*(x) \nonumber\\ &= - \eta_P^*\, \gamma^0 \psi^c(x) \tag{8.14}\end{align}\] となり、追加の負号が現れる。56 したがって、粒子と反粒子の2体系(例えばメソンやポジトロニウム)を考える場合、パリティ変換のもとで波動関数の空間部分の偶奇性に加えて、固有パリティ(intrinsic parity)の因子 \(-\eta_P^* \eta_P = -1\) が付加されることになる。57

ディラック共役は\[\begin{align} \bar{\psi} \to \bar{\psi}' = \bar{\psi} P^{-1} \tag{8.15}\end{align}\] と変換する。したがって、\[\begin{align} \bar{\psi} \gamma^{\mu} \psi &\to \bar{\psi}^{\prime}\left(x^{\prime}\right) \gamma^{\mu} \psi^{\prime}\left(x^{\prime}\right) \\ &=\bar{\psi}(x) P^{-1} \gamma^{\mu} P \psi(x) \\ &=(\Lambda_{\mathrm{P}})^{\mu}{}_{\nu} \bar{\psi}(x) \gamma^{\nu} \psi(x) \tag{8.16}\end{align}\] となり、\(\bar{\psi}\gamma^\mu\psi\) が4元ベクトルとして変換することが確認できる。

ここで、新たにカイラリティ行列(chirality matrix) \(\gamma^5\) を導入する。

カイラリティ行列

\[\begin{align} \gamma^5 \equiv i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 \tag{8.17}\end{align}\]

\(\gamma\)行列の反交換関係\(\{\gamma^\mu, \gamma^\nu \} = - 2 I_{4}\eta^{\mu \nu}\)を用いると、この行列が次の性質を持つことがわかる。
カイラリティ行列の性質

\[\begin{align} &\{ \gamma^\mu, \gamma^5\} = 0, \label{eq:mugamma5} \\ &[\sigma^{\mu \nu}, \gamma^5] = 0, \label{eq:sigmagamma5} \\ &(\gamma^5)^2 = I_{4} \tag{8.18}\end{align}\]

例えば\(\mu=1\)のとき、([eq:mugamma5])の左辺は\[\begin{align} \{ \gamma^1, \gamma^5\} &= i \gamma^1 \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 + i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 \gamma^1 \nonumber\\ &= - i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 + i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 = 0 \tag{8.19}\end{align}\] となり確かめられる。([eq:gamma52]) も同様の計算で示せる。 また、 ([eq:sigmagamma5])は \(\sigma^{\mu \nu} = i [\gamma^\mu, \gamma^\nu]/2\)と([eq:mugamma5])から直ちに従う。 さらに、\(P\)の性質[eq:defP]を用いると、\[\begin{align} &P^{-1} \gamma^5 P \nonumber\\ &= P^{-1} i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 P \nonumber\\ &= i (\Lambda_{\mathrm P})^0{}_{\mu} (\Lambda_{\mathrm P})^1{}_{\nu} (\Lambda_{\mathrm P})^2{}_{\rho} (\Lambda_{\mathrm P})^3{}_{\sigma} P^{-1} i \gamma^\mu \gamma^\nu \gamma^\rho \gamma^\sigma P \nonumber\\ &= - P^{-1} i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 P = -\gamma^5 \tag{8.20}\end{align}\] が従う。

この性質により、 \(\bar{\psi}\gamma^5 \psi\)\(\bar{\psi}\gamma^\mu \gamma^5 \psi\) といった量は パリティ変換で全体の符号が余分に反転し、それぞれ擬スカラーおよび擬ベクトルとなる。

8-3. 自由粒子の保存量とヘリシティ

量子力学において、ハミルトニアンと交換する演算子に対応する物理量は保存量となる。 自由粒子のディラックハミルトニアンは\[\begin{align} \hat{H} = \gamma^0 ( \boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4}) \tag{8.21}\end{align}\] であり、明らかに運動量とは交換する。

一方、角運動量については注意が必要である。 ディラック方程式はスピノル成分を混合させるため、軌道角運動量 \(\hat{\boldsymbol{L}}\) 単独、あるいはスピン角運動量 \(\boldsymbol{\Sigma}/2\) 単独では保存しない。 しかし、それらの和である全角運動量 \(\hat{\boldsymbol{J}} = \hat{\boldsymbol{L}} + \boldsymbol{\Sigma}/2\) は保存する。

さらに、ヘリシティ(helicity)と呼ばれる、運動方向に対するスピンの射影成分も重要な保存量となる。 58

ヘリシティ

\[\begin{align} \hat{h} \equiv \frac{\boldsymbol{\Sigma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}}}{2 \left\vert {\hat{\boldsymbol{p}}} \right\vert} \tag{8.22}\end{align}\]

ヘリシティ固有値 \(h\)\(\pm 1/2\) の値をとり、 \(h=1/2\) を右巻き、\(h=-1/2\) を左巻きの状態と呼ぶ。 自由粒子の状態は、運動量とヘリシティでラベル付けされることが多い。

角運動量の保存則を確認する。 軌道角運動量 \(\hat{L}_i = \epsilon_{ijk} \hat{x}^j \hat{p}^k\) とハミルトニアンの交換関係を計算すると、\([\hat{x}^i, \hat{p}^j] = i \delta^{ij}\) より、\[\begin{align} \left[ \hat{L}_i, \hat{H} \right] = \left[ \epsilon_{ijk} \hat{x}^j \hat{p}^k, \gamma^0 \gamma^l \hat{p}_l \right] = i \epsilon_{ijk} \gamma^0 \gamma^j \hat{p}^k \tag{8.23}\end{align}\] となり、\(0\) にならない。 一方、スピン演算子 \(\Sigma_i \equiv \epsilon_{ijk} S^{jk}\) については、\([S^{\rho \sigma}, \gamma^{\mu}] = i (\eta^{\mu \rho} \gamma^{\sigma} - \eta^{\mu \sigma} \gamma^{\rho})\) の関係[eq:sigma12]を用いると、\[\begin{align} \left[ \Sigma_i, \hat{H} \right] &= \left[ \epsilon_{ijk} S^{jk}, \gamma^0 \gamma^l \hat{p}_l \right] \nonumber\\ &= \epsilon_{ijk} \gamma^0 \left[ S^{jk}, \gamma^l \right] \hat{p}_l \nonumber\\ &= i \epsilon_{ijk} \gamma^0 (\eta^{lj} \gamma^k - \eta^{lk} \gamma^j) \hat{p}_l \nonumber\\ &= - 2 i \epsilon_{ijk} \gamma^0 \gamma^j \hat{p}_k \tag{8.24}\end{align}\] となる。両者を比較すると、\[\begin{align} \left[ \hat{L}_i + \frac{1}{2} \Sigma_i, \hat{H} \right] = 0 \tag{8.25}\end{align}\] が成り立ち、全角運動量が保存することが示される。 また、ヘリシティの保存については、([eq:SigmaH])と\(\hat{p}^i\)の内積を取ることにより\[\begin{align} \left[ \boldsymbol{\Sigma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}}, \hat{H} \right] = - 2 i \epsilon_{ijk} \hat{p}^i \gamma^0 \gamma^j \hat{p}^k = 0 \tag{8.26}\end{align}\] となることから確認できる。

質量を持つ粒子の場合、ヘリシティはローレンツ不変量ではない。 例えば、運動量 \(\boldsymbol{p}\)を持つ右巻きの粒子を考えたとき、粒子よりも速い速度で同方向に動く観測者から見れば、粒子の運動量は逆向きに見えるが、スピンの向きは変わらない。したがって、観測者を変えるとヘリシティは反転しうる。 一方、質量ゼロの粒子は光速で運動するため、決して追い越すことができない。したがって、質量ゼロの粒子にとってヘリシティはローレンツ不変な内在的な性質となる。 また、パリティ変換を行うと、運動量 \(\boldsymbol{p}\) は反転するがスピン \(\boldsymbol{S}\)(軸性ベクトル)は反転しないため、ヘリシティの符号は逆転する。

9. 水素原子

水素原子のスペクトルは、量子力学および相対論的量子力学において最も基本的かつ重要な予言の一つである。実際、水素原子の精密分光は、量子力学、ディラック方程式、さらには量子電磁力学(QED)の発展を導いてきた。ここでは、ディラック方程式に従って、球対称な電場中にある束縛電子のエネルギー準位を求める。

このような球対称な系の解析は、水素原子に限らず広く応用される。二体の束縛状態を有効的に中心力場として扱う場合や、ブラックホールのようなマクロな重力源のまわりでの粒子の振る舞いを調べる場合にも、同様の角運動量分解が有用となる。

9-1. 球対称な系における非相対論的な波動関数

まず、非相対論的量子力学における球対称ポテンシャル中の波動関数を復習する。 スピンを無視したとき、球対称なポテンシャル \(V(r)\) のもとでの波動関数は、球面調和関数を用いて\[\begin{align} \psi_{nlm}(\boldsymbol{r}) = R_{nl}(r) Y_{lm}(\theta,\phi) \tag{9.1}\end{align}\] と変数分離して書ける。 ここで球面調和関数は\[\begin{align} \boldsymbol{L}^2 Y_{lm} &= l(l+1)Y_{lm} \\ L_z Y_{lm} &= m Y_{lm} \tag{9.2}\end{align}\] を満たす、軌道角運動量の固有状態である。

さらにスピン \(1/2\) を考慮すると、スピン演算子\(\boldsymbol{S}=\boldsymbol{\sigma}/2\)を加えた全角運動量\[\begin{align} \boldsymbol{J} = \boldsymbol{L} + \boldsymbol{S} \tag{9.3}\end{align}\] がハミルトニアンと可換になる。 固定した \(\boldsymbol{J}^2\)\(J_z\) の固有値に対しては、軌道角運動量 \(l\) とスピン \(1/2\) を合成した状態として\[\begin{align} j = l + \frac12 \qquad \mathrm{ or} \qquad j = l - \frac12 \tag{9.4}\end{align}\] が得られる。 このとき、2成分スピノル値の角関数は、クレプシュ・ゴルダン係数を用いて\[\begin{align} \mathcal{Y}_{jm}^{(l)}(\boldsymbol{\hat r}) = \sum_{m_l,m_s} \left\langle l,m_l;\frac12,m_s \middle| j,m \right\rangle Y_{lm_l}(\boldsymbol{\hat r})\chi_{m_s} \tag{9.5}\end{align}\] と書ける。 ここで \(\chi_{m_s}\) はスピン \(1/2\) の 2 成分スピノルである。 具体的には、\(l=j-\frac12\) の場合\[\begin{align} \mathcal{Y}_{jm}^{(j-\frac12)} = \begin{pmatrix} \sqrt{\dfrac{j+m}{2j}}\, Y_{j-\frac12,m-\frac12} \\ \sqrt{\dfrac{j-m}{2j}}\, Y_{j-\frac12,m+\frac12} \end{pmatrix} \tag{9.6}\end{align}\] であり、\(l=j+\frac12\) の場合\[\begin{align} \mathcal{Y}_{jm}^{(j+\frac12)} = \begin{pmatrix} -\sqrt{\dfrac{j-m+1}{2j+2}}\, Y_{j+\frac12,m-\frac12} \\ \sqrt{\dfrac{j+m+1}{2j+2}}\, Y_{j+\frac12,m+\frac12} \end{pmatrix} \tag{9.7}\end{align}\] となる。 これらは\[\begin{align} \boldsymbol{J}^2 \mathcal{Y}_{jm}^{(l)} &= j(j+1)\mathcal{Y}_{jm}^{(l)} \\ J_z \mathcal{Y}_{jm}^{(l)} &= m \mathcal{Y}_{jm}^{(l)} \tag{9.8}\end{align}\] を満たす。 また、パリティは軌道角運動量 \(l\) によって決まり、\[\begin{align} \mathcal{P}\,\mathcal{Y}_{jm}^{(l)}(\boldsymbol{\hat r}) = (-1)^l \mathcal{Y}_{jm}^{(l)}(\boldsymbol{\hat r}) \tag{9.9}\end{align}\] である。 したがって、\(l=j-\frac12\)\(l=j+\frac12\) に対応する二つの状態は、互いに反対のパリティをもつ。

後の計算のため、\(\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{L}\) の固有値を求めておく。これは次のように書き換えることができる。 \[\boldsymbol{\sigma} \cdot \mathbf{L} = \mathbf{J}^2 - \mathbf{L}^2 - \mathbf{S}^2\] したがって、状態 \(|j, l\rangle\) に対する \(\boldsymbol{\sigma} \cdot \mathbf{L}\) の固有値を \(\lambda\) とすると、\[\begin{align} \lambda &= j(j+1) - l(l+1) - \frac{3}{4} \nn\\ &= \begin{cases} l & (j = l + 1/2) \\ -l-1 & (j = l - 1/2) \end{cases} \tag{9.10}\end{align}\] となる。 ここで\(\kappa= -(\lambda+1)\) と書くと、\[\begin{align} \kappa &= \begin{cases} -(j+\frac12)=-(l+1) & \left(j=l+\frac12\right) \\ +(j+\frac12)=l & \left(j=l-\frac12\right) \end{cases} \tag{9.11}\end{align}\] となる。 この \(\kappa\) を用いると、スピン角関数\[\begin{align} \Omega_{\kappa m}(\boldsymbol{\hat r}) \equiv \mathcal{Y}_{jm}^{(l_\kappa)}(\boldsymbol{\hat r}), \qquad l_\kappa= \begin{cases} \kappa & (\kappa>0) \\ -\kappa-1 & (\kappa<0) \end{cases} \tag{9.12}\end{align}\] とまとめて表せる。 このとき\[\begin{align} (\boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{L}+1)\Omega_{\kappa m} &= -\kappa\,\Omega_{\kappa m} \\ \boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{\hat r}\,\Omega_{\kappa m} &= -\Omega_{-\kappa m} \tag{9.13}\end{align}\] が成り立つ。59

9-2. 球対称ポテンシャル中のディラック方程式

次に、相対論的量子力学としてディラック方程式を考える。 4成分のディラックスピノルを上下一組の 2 成分スピノルに分けて\[\begin{align} \psi = \begin{pmatrix} \phi \\ \chi \end{pmatrix} \tag{9.14}\end{align}\] と書く。

球対称な静電ポテンシャル \(V(r)\) のもとでのディラック方程式は\[\begin{align} i\frac{\partial}{\partial t}\psi(\bm r,t) = \hat H \psi(\bm r,t), \qquad \hat H = -i \gamma^0 \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{\nabla} + \gamma^0 m + V(r) \tag{9.15}\end{align}\] である。60 このような球対称ポテンシャルの背景場の下では、系のローレンツ対称性は空間回転対称性に落ちる。 従って、ハミルトニアンは回転群のリー代数の生成子、すなわち全角運動量演算子\[\begin{align} \boldsymbol{J}=\boldsymbol{L}+\frac12\boldsymbol{\Sigma} \tag{9.16}\end{align}\] と可換である。61 また、\(\hat{J}^2\) は、その群のリー代数のすべての生成子と可換な特別な演算子であるカシミア演算子(Casimir operator)であり、既約表現を特徴付ける中心的な元となる。

ただし、\(\boldsymbol{J}^2\)および\(J_z\)の固有値を指定したとしても、2種類のスピノル球面調和関数[eq:Yjm_minus]および[eq:Yjm_plus]で表される2つの状態を区別する量子数が必要である。 そこで、ディラックの\(K\)演算子\[\begin{align} K = \beta(\boldsymbol{\Sigma}\cdot \boldsymbol{L}+1) \tag{9.17}\end{align}\] を導入する。これは空間回転のスカラーとして構成されているため、回転群の作用と可換である。また、以下で見るようにハミルトニアンとも可換である。

\([H, K]=0\) であることを確認する。\(V(r)\)\(m\) はスカラーであり \(K\) と可換であるため、運動エネルギー項との交換関係 \([\gamma^0 \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p}, \, \gamma^0 (\boldsymbol{\Sigma}\cdot \boldsymbol{L} + 1)]\) を調べればよい。 まず、 \(\left[ \gamma^0 \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p}, \, \gamma^0 \boldsymbol{\Sigma}\cdot \boldsymbol{L} \right] = -\{ \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p}, \, \boldsymbol{\Sigma}\cdot \boldsymbol{L} \}\) を計算する。ここで、\(\Sigma^i = \epsilon_{ijk} S^{jk} = i \left[ \gamma^\mu,\gamma^\nu \right] /4\)より、([eq:sigma12])を用いると、\[\begin{align} \left[ \gamma^i, \Sigma^j \right] &= \epsilon_{jkl} \left[ \gamma^i, S^{kl} \right] \nonumber\\ &= 2 i \epsilon_{ijl} \gamma^l \tag{9.18}\end{align}\]\[\begin{align} \{ \gamma^i, \Sigma^j \} &= \epsilon_{jkl} \{\gamma^i, S^{kl}\} \propto \delta^{ij} \tag{9.19}\end{align}\] となる。 また、\([p_i, L_j] = i \epsilon_{ijl} p_l\) である。これらを用いて反交換関係を展開すると、\[\begin{align} -\{ \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p}, \, \boldsymbol{\Sigma}\cdot \boldsymbol{L} \} &= - \frac{1}{2}\{\gamma^i, \Sigma^j\} \{p_i, L_j \} - \frac{1}{2}[\gamma^i, \Sigma^j][p_i, L_j] \nonumber\\ &= 0 - \frac{1}{2}(2i\epsilon_{ijk}\gamma^k)(i\epsilon_{ijl}p_l) \nonumber\\ &= 2 \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p} \tag{9.20}\end{align}\] となる。 これにスピンに依存しない項 \(\left[ \gamma^0 \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p}, \, \gamma^0 \right] = \gamma^0 \gamma^i p_i \gamma^0 - \gamma^0 \gamma^0 \gamma^i p_i = -2 \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p}\) を加えると、全体として\[\begin{align} \left[ H, K \right] = 2 \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p} - 2 \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{p} = 0 \tag{9.21}\end{align}\] となり、ハミルトニアンと \(K\) 演算子が可換であることが示された。

したがって、互いに可換な演算子の組として、\[\begin{align} \hat H, \qquad \boldsymbol{J}^2, \qquad J_z, \qquad K \tag{9.22}\end{align}\] を選び、その同時固有状態を考えることができる。[eq:lambdak] を用いると \(K\) の固有値は \(-\kappa = \pm (j +1/2)\) となり、固有状態の角部分はスピン角関数 \(\Omega_{\kappa m}(\boldsymbol{\hat r})\) で表せる。

さらに、4成分ディラックスピノルに対するパリティ変換は\[\begin{align} \mathcal P \psi(t, \boldsymbol{r}) = \gamma^0 \psi(t,-\boldsymbol{r}) \tag{9.23}\end{align}\] で与えられる。 ここで \(\gamma^0\) は上 2 成分には \(+1\)、下 2 成分には \(-1\) を作用させる。 したがって、波動関数全体が特定のパリティをもつためには、上成分と下成分の角部分が互いに反対のパリティをもっていなければならない。これを踏まえると、球対称ポテンシャル中の定常解は\[\begin{align} \psi_{E\kappa m}(t, \boldsymbol{r}) = e^{-iEt} \frac{1}{r} \begin{pmatrix} F_{E\kappa}(r)\,\Omega_{\kappa m}(\boldsymbol{\hat r}) \\ i\,G_{E\kappa}(r)\,\Omega_{-\kappa m}(\boldsymbol{\hat r}) \end{pmatrix} \tag{9.24}\end{align}\] と書ける。 この形により、スピノル全体は特定のパリティをもつ固有状態となる。

なお、運動量演算子の恒等式\[\begin{align} \boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{p} = -i (\boldsymbol{\sigma}\cdot \hat{\boldsymbol{r}}) \left( \frac{\partial}{\partial r} - \frac{1}{r} \boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{L} \right) \tag{9.25}\end{align}\] を用いると、\[\begin{align} \boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{p}\, \frac{F(r)}{r}\Omega_{\kappa m} &= \frac{i}{r} \left( \frac{dF}{dr} + \frac{\kappa}{r}F \right) \Omega_{-\kappa m} \\ \boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{p}\, \frac{G(r)}{r}\Omega_{-\kappa m} &= \frac{i}{r} \left( \frac{dG}{dr} - \frac{\kappa}{r}G \right) \Omega_{\kappa m} \tag{9.26}\end{align}\] となる。 これをディラック方程式[eq:Dirac_central_H] に代入すると、動径関数 \(F_{E\kappa}(r),G_{E\kappa}(r)\) に対する連立微分方程式\[\begin{align} \left( \frac{d}{dr} + \frac{\kappa}{r} \right) F_{E\kappa}(r) &= \left[ m+E-V(r) \right] G_{E\kappa}(r) \\ \left( \frac{d}{dr} - \frac{\kappa}{r} \right) G_{E\kappa}(r) &= \left[ m-E+V(r) \right] F_{E\kappa}(r) \tag{9.27}\end{align}\] が得られる。 これが、球対称ポテンシャル中のディラック方程式の動径方程式である。

\(E < m\) の場合には、束縛状態の解が存在し得る。原点で正則であり、かつ無限遠でゼロに漸近するという境界条件(規格化可能条件)を課すと、特定の離散的なエネルギー \(E\) の値に対してのみ解が存在することがわかる。それが束縛状態エネルギー準位を決定する。

9-3. クーロンポテンシャルに対するエネルギー準位

水素様原子では、ポテンシャルは\[\begin{align} V(r) = qA^0(r) = -\frac{Z\alpha}{r} \tag{9.28}\end{align}\] である。 ここで \(q=-e\) は電子の電荷であり、\(\alpha=e^2/(4\pi)\)微細構造定数\(Z\) は原子番号(水素原子では \(Z=1\))である。 この特別な場合には、エネルギー準位を解析的に求めることができる。

連立微分方程式[eq:Dirac_radial_1], [eq:Dirac_radial_2] を解くための標準的なフロベニウス法の概略を示す。 まず、無限遠(\(r \to \infty\))での漸近解を求める。\(r \to \infty\) では \(V(r) \to 0\) および \(\kappa/r \to 0\) と近似でき、方程式は\[\begin{align} &\frac{dF}{dr} \approx (m+E)G \\ &\frac{dG}{dr} \approx (m-E)F \tag{9.29}\end{align}\] となる。\(c = \sqrt{m^2-E^2}\) とおくと、規格化可能な解は \(F, G \propto e^{-cr}\) と振る舞うことがわかる。 次に、原点付近(\(r \to 0\))での解の形を求める。ポテンシャル項 \(-Z\alpha/r\) と遠心力項 \(\pm\kappa/r\)が支配的になるため、解を \(r^\gamma\) に比例すると仮定して代入すると、\[\begin{align} \gamma^2 = \kappa^2 - (Z\alpha)^2 \tag{9.30}\end{align}\] が得られる。原点での波動関数の発散が規格化条件を破らないように、正の根 \(\gamma = \sqrt{\kappa^2 - (Z\alpha)^2}\) を選ぶ。 これらの漸近的な振る舞いをくくり出し、解全体を\[\begin{align} F(r) &= e^{-cr} r^\gamma \sum_{k=0}^\infty a_k r^k \\ G(r) &= e^{-cr} r^\gamma \sum_{k=0}^\infty b_k r^k \tag{9.31}\end{align}\] のように級数展開して元の微分方程式に代入し、\(r^{k+\gamma-1} e^{-cr}\) の係数を比較すると、係数 \(a_k, b_k\) に対する以下の連立漸化式が得られる。\[\begin{align} (k+\gamma+\kappa)a_k - Z\alpha b_k &= c a_{k-1} + (m+E)b_{k-1} \\ Z\alpha a_k + (k+\gamma-\kappa)b_k &= (m-E)a_{k-1} + c b_{k-1} \tag{9.32}\end{align}\] [eq:rec1] の両辺に \(c\) を掛け、[eq:rec2] の両辺に \((m+E)\) を掛けて辺々を引くと、右辺がキャンセルして以下の関係式が得られる。\[\begin{align} &b_k = (N_k/D_k) a_k \\ &N_k \equiv c(k+\gamma+\kappa) - (m+E)Z\alpha \\ &D_k \equiv c Z\alpha + (m+E)(k+\gamma-\kappa) \tag{9.33}\end{align}\] 次に、この関係式を[eq:rec1] に代入して \(b_k\)\(b_{k-1}\) を消去し、\(a_k\)\(a_{k-1}\) の比を求めると、\[\begin{align} \frac{a_k}{a_{k-1}} &= \frac{c D_{k-1} + (m+E)N_{k-1}}{(k+\gamma+\kappa)D_k - Z\alpha N_k} \frac{D_k}{D_{k-1}} \nn\\ &= \frac{2 \left[ c(k-1+\gamma) - E Z\alpha \right] }{k(k+2\gamma)} \frac{D_k}{D_{k-1}} \tag{9.34}\end{align}\] となる。 ここで、\(\gamma^2 = \kappa^2 - (Z\alpha)^2\) および \(c^2 - (m+E)^2 = -2E(m+E)\) を用いて変形した。 もしこの級数が無限に続くと仮定すると、大きな \(k\) では \(a_k / a_{k-1} \to 2c/k\) となり、これは関数 \(e^{2cr}\) のテイラー展開の係数の振る舞いと一致する。この場合、全体の波動関数は無限遠で \(e^{-cr} e^{2cr} = e^{+cr}\) となり指数関数的に発散してしまう。 これを防ぎ規格化条件を満たすためには、ある有限の項数 \(k = n_r+1\) で分子がゼロになり、級数が打ち切られなければならない。すなわち、\(a_{n_r+1} = 0\) となる条件から、\[\begin{align} c(n_r+\gamma) - E Z\alpha = 0 \tag{9.35}\end{align}\] が得られる。この打ち切り条件に \(c = \sqrt{m^2-E^2}\) を代入し、\(E\) について解くことで、離散的なエネルギー準位が得られる。

結局、[eq:Dirac_radial_1][eq:Dirac_radial_2] の正規化可能な解が存在する条件から、 束縛状態のエネルギー準位は\[\begin{align} E_{n\kappa} = m \left[ 1+ \frac{(Z\alpha)^2} {\left(n_r+\sqrt{\kappa^2-(Z\alpha)^2}\right)^2} \right]^{-1/2} \tag{9.36}\end{align}\] と求まる。 ここで \(n_r=0,1,2,\dots\)動径量子数であり、 主量子数 \(n\) との関係は\[\begin{align} n = n_r + |\kappa| \tag{9.37}\end{align}\] である。62 したがって、これを \(n\)\(j\) で書き直すと\[\begin{align} E_{nj} = m \left[ 1+ \frac{(Z\alpha)^2} {\left( n-j-\frac12+\sqrt{\left(j+\frac12\right)^2-(Z\alpha)^2} \right)^2} \right]^{-1/2} \tag{9.38}\end{align}\] となる。 このように、クーロンポテンシャルの下でのエネルギー準位は軌道角運動量 \(l\) に依存せず、主量子数 \(n\) と全角運動量 \(j\) だけで決まる。63 64

これを非相対論的極限 \(Z\alpha \ll 1\) で展開すると\[\begin{align} E_{nj} = m - \frac{m(Z\alpha)^2}{2n^2} - \frac{m(Z\alpha)^4}{2n^4} \left( \frac{n}{j+\frac12} - \frac34 \right) + O\!\left((Z\alpha)^6\right) \tag{9.40}\end{align}\] が得られる。第1項は電子の静止質量エネルギー、第2項は非相対論的シュレディンガー方程式から得られるボーアのエネルギー準位、第3項が微細構造に対応する相対論的補正である。

10. ワイルスピノル

これまでは主に非相対論的極限を念頭に置き、ディラック・パウリ表示の \(\gamma\) 行列を用いてきた。 一方、相対論的極限や質量のない粒子を扱う場合には、ワイル表示(カイラル表示)の \(\gamma\) 行列を用いるのが有用である。

この表示においては、ローレンツ変換を表す行列がブロック対角化されるため、ディラックスピノルを「左巻き」と「右巻き」という2つの独立した成分(ワイルスピノル)に分解して扱うことができる。 現実の素粒子理論は、このワイルスピノルを基本構成要素として構築されており、粒子に質量を与えるためにはヒッグス機構と呼ばれるメカニズムが必要となる。

10-1. ワイル表示とローレンツ変換性

ワイル表示における \(\gamma\)行列は次のように書ける。

ワイル表示における\(\gamma\)行列

\[\begin{align} \gamma^{\mu}=\left(\begin{array}{cc} 0 & \sigma^{\mu} \\ \bar{\sigma}^{\mu} & 0 \end{array}\right), \quad \sigma^{\mu} \equiv(I_{2}, \sigma), \quad \bar{\sigma}^{\mu} \equiv(I_{2},-\sigma) \tag{10.1}\end{align}\]

ディラック波動関数を上2成分と下2成分に分けて\[\begin{align} \psi(x) = \begin{pmatrix} \xi(x) \\ \eta(x) \end{pmatrix} \tag{10.2}\end{align}\] と書くと、質量 \(m\) をもつ粒子に対するディラック方程式は\[\begin{align} \left(\begin{array}{cc} -m \, I_{2}& i \sigma^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \\ i \bar{\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) & -m \, I_{2} \end{array}\right)\left(\begin{array}{l} \xi(x) \\ \eta(x) \end{array}\right)=\left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \end{array}\right) \tag{10.3}\end{align}\] となる。

ワイル表示では \[\begin{align} \sigma^{\mu \nu} &=\frac{i}{2}\left[\gamma^{\mu}, \gamma^{\nu}\right] \\ &= \frac{i}{2} \left(\begin{array}{cc} \sigma^{\mu} \bar{\sigma}^\nu - \sigma^{\nu} \bar{\sigma}^{\mu} & 0 \\ 0 & \bar{\sigma}^{\mu} \sigma^\nu - \bar{\sigma}^{\nu} \sigma^{\mu} \end{array}\right) \tag{10.4}\end{align}\] となり、ブロック対角化されている。特に\[\begin{align} &\sigma^{0 i} =\left(\begin{array}{cc} - i \sigma^{i} & 0 \\ 0 & i \sigma^{i} \end{array}\right) \\ &\sigma^{i j} =\left(\begin{array}{cc} \sum_k \varepsilon^{i j k} \sigma^{k} & 0 \\ 0 & \sum_k \varepsilon^{i j k} \sigma^{k} \end{array}\right) = \sum_k \varepsilon^{i j k} \Sigma^{k} \tag{10.5}\end{align}\] となる。 したがってローレンツ変換 \(\psi(x) \to \psi'(x') = D(\Lambda) \psi(x)\)を表す行列\[\begin{align} \hspace{-12pt} D(\Lambda) &= \exp \left(\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) \nn\\ \hspace{-12pt} &= \left(\begin{array}{cc} \exp \left(-i \boldsymbol{\theta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} - \boldsymbol{\eta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right) & 0 \\ 0 & \exp \left(-i \boldsymbol{\theta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} + \boldsymbol{\eta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right) \end{array}\right) \nn\\ \hspace{-12pt} \tag{10.6}\end{align}\] もブロック対角化される。 すなわち、上2成分 \(\xi\) と下2成分 \(\eta\) はローレンツ変換で互いに混ざり合わず、それぞれ独立に変換する。 65

10-2. カイラリティ

ワイル表示において、\(\gamma^5\)

ワイル表示におけるカイラリティ行列

\[\begin{align} \gamma^{5}=\left(\begin{array}{cc} -I_{2}& 0 \\ 0 & I_{2} \end{array}\right) \tag{10.7}\end{align}\]

となる。 したがって \(\xi\)\(\eta\)\(\gamma^5\) の固有状態であり、それぞれ左巻きおよび右巻きカイラリティに対応する。 これらは以下のように射影演算子 \(P_{L}, P_R\) を用いて取り出すことができる。
左巻きと右巻きのカイラリティ

\[\begin{align} &\psi_{\mathrm{L}} \equiv P_{\mathrm{L}} \psi=\left(\begin{array}{c} \xi(x) \\ 0 \end{array}\right), \quad \psi_{\mathrm{R}} \equiv P_{\mathrm{R}} \psi=\left(\begin{array}{c} 0 \\ \eta(x) \end{array}\right) \\ &P_{\mathrm{L}} \equiv \frac{I_{4}-\gamma_{5}}{2}, \qquad P_{\mathrm{R}} \equiv \frac{I_{4}+\gamma_{5}}{2} \tag{10.8}\end{align}\]

パリティ変換\(P = \eta_P \gamma^0\)により\[\begin{align} \begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} \ \to\ P \left(\begin{array}{c} \xi \\ \eta \end{array}\right) = \eta_P \left(\begin{array}{c} \eta \\ \xi \end{array}\right), \tag{10.9}\end{align}\] となり、\(\xi\)\(\eta\) は入れ替わる。66 また、荷電共役変換\(C = i \gamma^2 \gamma^0\) により\[\begin{align} \begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} \ \to\ \psi^c = C \bar{\psi}^T = \left(\begin{array}{c} i \sigma^2 \eta^* \\ - i \sigma^2 \xi^* \end{array}\right), \tag{10.10}\end{align}\] となり、ここでも両者は混ざる。 しかし、\(CP\) 変換を同時に行うと、\[\begin{align} \begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} &\ \to\ P C \bar{\psi}^T = \left(\begin{array}{c} - i \eta_P \sigma^2 \xi^* \\ i \eta_P \sigma^2 \eta^* \end{array}\right), \tag{10.11}\end{align}\] となり、\(\xi\)\(\eta\)はそれぞれ独立に変換する。 67

10-3. ワイル方程式

質量がない場合(\(m=0\))には、ディラック方程式は\[\begin{align} i \bar{\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \xi(x)=0 \\ i {\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \eta(x)=0 \tag{10.12}\end{align}\] と分離する。 したがって \(\xi\)\(\eta\) は時間発展で混ざらない。 これらはワイル方程式(Weyl equation)と呼ばれ、対応する2成分スピノルをワイルスピノルと呼ぶ。

質量がない粒子では、カイラリティとヘリシティが一致する。 \(\xi\) はヘリシティ \(-1/2\) の粒子および反粒子、\(\eta\) はヘリシティ \(+1/2\) の粒子および反粒子を表す。

ここでは電磁場がない自由粒子を考える。 \(\xi(x) = e^{-ik_\mu x^\mu} u_R\) とすると\[\begin{align} &\bar{\sigma}^\mu k_\mu u_R = 0 \ \Leftrightarrow \ ( \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{k}) u_R = - k^0 u_R, \tag{10.13}\end{align}\] となる。 ヘリシティ[eq:helicity]は、ワイルスピノルに対して\[\begin{align} h = \frac{\boldsymbol{k}}{|\boldsymbol{k}|}\cdot\frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} \tag{10.14}\end{align}\] と作用する。 質量がない場合には \(k^0 = |\boldsymbol{k}|\) であるから、 \(\xi\) は任意の運動量に対してヘリシティ \(-1/2\) の固有状態であり、左巻き粒子を表すことがわかる。 同様に、\(\eta\) はヘリシティ \(+1/2\) の固有状態、すなわち右巻き粒子を表す。

質量がない場合、 ローレンツ変換でも時間発展でも混ざらないため、\(\xi\)\(\eta\) を独立な粒子の波動関数とみなすことができる。 そのため、一方のみを導入することも可能である。 その場合、パリティ(\(P\))変換や荷電共役(\(C\))変換は単独では定義できないが、\(CP\) 変換は([eq:CPweyl])のように定義できる。

10-4. ヒッグス機構の簡単な模型

素粒子の標準模型では、基本的な自由度はディラックスピノルではなくワイルスピノルである。 特に、弱い相互作用は左巻きカイラリティの粒子にのみ作用し、パリティ対称性を破っている。 このようにワイルスピノルを基本とする場合、単純な質量項を書くことはできない。 そのような場合に質量を与える仕組みとして、ヒッグス機構がある。

これを説明するために、ディラックフェルミオンが従うディラック方程式に戻って考える。\[\begin{align} (i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu(x)) - m I_{4}) \psi(x) = 0 \tag{10.15}\end{align}\] ここで、\(A_\mu(x)\)は背景電磁場を表すベクトル場であり、一方で質量\(m\)はスカラー量の定数である。 この質量を定数ではなく、電磁場\(A_\mu(x)\)と同様に背景スカラー場(scalar field)\(\phi(x)\)として\[\begin{align} m = y \phi(x) \tag{10.16}\end{align}\] と置き換える。 もし \(\phi(x)\) が空間的に一様な定数解\[\begin{align} \phi(x) = v \tag{10.17}\end{align}\] をもてば、ディラック粒子は有効質量 \(m = yv\) を獲得する。

本質的には、質量をもたないワイルスピノル \(\xi\)\(\eta\) を出発点とし、 スカラー場との相互作用によって両者を結合することで有効質量を生成する。 これがヒッグス機構(Higgs mechanism)の基本的なアイデアである。

ディラック方程式において、背景電磁場はベクトル場 \(A_\mu(x)\) によって表され、その解はマクスウェル方程式によって決定される。 同様に、スカラー場 \(\phi(x)\) も何らかの運動方程式によって決定される。 このようなスカラー場が満たすローレンツ共変な運動方程式の例として、クライン・ゴルドン方程式\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu \phi(x) = m^2 \phi(x) \tag{10.18}\end{align}\] がある。 ただし、ここでの \(\phi(x)\)3 章で扱った波動関数ではなく、古典的なスカラー場である。 ここで、\(m^2 \phi(x)\)\(\phi(x)\) についての任意の関数 \(dV/d\phi\) に置き換えてもローレンツ共変性は保たれるため、\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu \phi(x) = \frac{d}{d\phi}V(\phi(x)) , \tag{10.19}\end{align}\] と一般化できる。 この枠組みのもとで、例えばポテンシャルを\[\begin{align} V(\phi) = - \frac{m^2}{2} \phi^2 + \frac{\lambda}{4} \phi^4, \tag{10.20}\end{align}\] とすると、空間的に一様な解として\[\begin{align} \phi(x) = \pm \frac{m}{\sqrt{\lambda}} \tag{10.21}\end{align}\] が存在する。68

11. スカラー場

これまでの章では、1体の相対論的粒子を表す波動関数が満たすべき方程式を学んできた。 これは場の理論の観点から見ると、粒子数が変化しない低エネルギー領域における有効理論に相当する。 しかし、特殊相対論ではエネルギーと質量は等価であり、十分なエネルギーがあれば粒子を新たに生成することができる。 このため、以降の章では粒子の生成・消滅を自然に扱うことのできる場の量子論へ移行する。

場の量子論は広大な体系を持ち、多くの教科書は分量の多さから初学者を圧倒しがちである。 そこで以下では、数学的な厳密性に深入りしすぎず、物理的に重要な概念に絞って、一体系の理論から場の理論への自然な移行を目指す。 これにより、場の理論特有の考え方を理解し、より本格的な学習への足がかりとすることを目的とする。

本章ではまず、スカラー粒子を生成・消滅させる演算子としてスカラー場の演算子を導入する。 その後、負の振動数の解が反粒子の波動関数の複素共役として現れる理由を、場の理論の立場から説明する。 さらに、因果律(微視的因果律)が場の理論でどのように表現されるかを確認し、それを要請することでスピンと統計の間に深い関係があること(スピン統計定理)が示唆されることにも触れる。

11-1. エネルギー固有状態の生成・消滅演算子

クライン・ゴルドン方程式に従うスカラー粒子の1粒子状態は、運動量 \(\boldsymbol{k}\) と粒子・反粒子の区別によってラベルされる。 そこで、粒子および反粒子のエネルギー固有状態に対する消滅演算子をそれぞれ \(\hat{a}(\boldsymbol{k})\), \(\hat{b}(\boldsymbol{k})\) と書く。

スカラー粒子はボソンであるため、以下の交換関係を満たすとする。

スカラー粒子の生成・消滅演算子の交換関係

\[\begin{align} &\left[ \hat{a} (\boldsymbol{k}), \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right] = (2\pi)^3 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \label{eq:aadagger} \\ &\left[ \hat{b} (\boldsymbol{k}), \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right] = (2\pi)^3 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \tag{11.1}\end{align}\]

その他の交換関係は0とする。 ここで \(\omega_\boldsymbol{k}\equiv \sqrt{m^2+\boldsymbol{k}^2}\) は粒子のエネルギーを表す。

任意の消滅演算子を作用させると \(0\) になる状態を真空 \(\left|0\right>\) と定義する。 このとき、運動量 \(\boldsymbol{k}\) をもつ粒子が1個存在する状態は \(\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle\)、 反粒子が1個存在する状態は \(\hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle\) と表される。 これらの状態の規格化\[\begin{align} \langle 0|\, \hat{a}(\boldsymbol{k}) \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}')\, |0\rangle = (2\pi)^3\, 2\omega_\boldsymbol{k}\, \delta^3(\boldsymbol{k}-\boldsymbol{k}') \tag{11.2}\end{align}\] となっており、ローレンツ不変な積分測度\[\begin{align} \widetilde{\mathrm{d}k} \equiv \frac{\mathrm{d}^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3\,2\omega_\boldsymbol{k}} \tag{11.3}\end{align}\] を用いることで、運動量固有状態の規格化が \(1\) になるように取られている。 69

11-2. スカラー場の演算子の構成

次に、実空間上の座標 \(\boldsymbol{x}\) に依存する場の演算子を構成する。 ここでは、粒子を消滅させる部分(正の振動数部分)を \(\hat{\phi}^{(+)}(x)\)、 反粒子を生成させる部分(負の振動数部分)を \(\hat{\phi}^{(-)}(x)\) と書く。 70 ハイゼンベルク描像を採用し、時間 \(t=x^0\) を含めて \(x^\mu=(t,\boldsymbol{x})\) と書く。

1粒子状態に対応する平面波 \(\exp(ik_\mu x^\mu)\) が現れるように、次の形を採用する。\[\begin{align} \hat{\phi}^{(+)}(x) &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \, e^{ikx}\, \hat{a}(\boldsymbol{k}), \label{eq:phiplus} \\ \hat{\phi}^{(-)}(x) &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \, e^{-ikx}\, \hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k}). \tag{11.5}\end{align}\] ここで \(kx \equiv k_\mu x^\mu\) と略記した。

位置\(\boldsymbol{x}\)に1つの粒子が存在する状態は、\[\begin{align} \left| \boldsymbol{x} \right> = (\hat{\phi}^{(+)} (\boldsymbol{x}))^\dagger \left\vert 0 \right> \tag{11.6}\end{align}\] と書ける。 運動量 \(\boldsymbol{k}\) をもつ1粒子状態は \(e^{- i \omega_\boldsymbol{k} t} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \left| 0 \right>\) であり、その位置表示が波動関数であるから、\[\begin{align} e^{ikx} &= \left< 0 \right\vert \hat{\phi}^{(+)}(\boldsymbol{x}) e^{- i \omega_\boldsymbol{k} t} \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right> \\ &= \left< 0 \right\vert \hat{\phi}^{(+)}(x) \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right> \tag{11.7}\end{align}\] の関係がある。ここで、 時間発展因子を \(\hat{\phi}^{(+)}\) に含めた。 ([eq:phiplus]) を代入すれば、この関係が直接確認できる。 同様に、反粒子状態についても\[\begin{align} e^{ikx} = \left< 0 \right| (\hat{\phi}^{(-)}(\boldsymbol{x}))^\dagger e^{-i \omega_\boldsymbol{k} t} \hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k}) \left| 0 \right> \tag{11.8}\end{align}\] と書ける。71 その複素共役は\[\begin{align} e^{-ikx} &= \left<0 \right| \hat{b} (\boldsymbol{k}) e^{i \omega_\boldsymbol{k} t} \hat{\phi}^{(-)}(\boldsymbol{x}) \left| 0 \right> \\ &= \left<0 \right| \hat{b} (\boldsymbol{k}) \hat{\phi}^{(-)}(x) \left| 0 \right> \tag{11.9}\end{align}\] となり、これも ([eq:phiminus]) から確かめられる。

以上より、\[\begin{align} \hat{\phi}(x) \equiv \hat{\phi}^{(+)}(x)+\hat{\phi}^{(-)}(x) \tag{11.10}\end{align}\] と定義すれば、

スカラー場のモード展開

\[\begin{align} \hat{\phi}(x) = \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( e^{ikx}\hat{a}(\boldsymbol{k}) + e^{-ikx}\hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k}) \right) \tag{11.11}\end{align}\]

となる。これをスカラー場のモード展開(mode expansion)と呼ぶ。

この \(\hat{\phi}(x)\) は「位置 \(x\) において電荷を \(q\) だけ減らす」作用をもつ演算子として解釈できる。 実際、反粒子(電荷 \(-q\))を生成することは、全電荷を \(q\) だけ減らすことに対応するため、 粒子の消滅演算子と反粒子の生成演算子が並んで現れる形が自然である。

改めて([eq:scalarfield])を見ると、\(\hat{\phi}(x)\)クライン・ゴルドン方程式\[\begin{align} \left( \partial_\mu \partial^\mu - m^2 \right) \hat{\phi}(x) = 0 \tag{11.12}\end{align}\] を満たす。 すなわち、一体系の波動関数が満たしていた運動方程式を、 場の演算子そのものが満たしている。

クライン・ゴルドン方程式の一般解は平面波 \(e^{\pm ikx}\) の重ね合わせで与えられるが、 場の理論ではその展開係数が数値ではなく 生成・消滅演算子になっている。 したがって、 ([eq:scalarfield]) は 「クライン・ゴルドン方程式を満たす場を、 エネルギー固有モードで展開した式」 と解釈できる。

この展開式において、\(e^{ikx}\) の部分は1粒子状態の波動関数に対応する。 一方、\(e^{-ikx}\) の部分は反粒子モードに対応し、 その係数が生成演算子 \(\hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k})\) になっている。 反粒子側に複素共役に対応する構造が現れるのは、 \(\hat{\phi}(x)\) が粒子の消滅と反粒子の生成 の効果を同時に含む演算子であるためである。 このようにして、 粒子と反粒子は一つの場の中に統一的に記述される。

11-3. 因果律とスカラー粒子の統計性

相対論的な理論において最も重要な要請の一つが因果律(causality)である。 空間的に離れた2点 \(x, y\) においては、いかなる情報も光速を超えて伝わることができない。 量子力学においてこれは、空間的(space-like)に離れた領域における演算子が互いに可換であること、すなわち測定や局所操作が互いに影響しないことに対応する。

スカラー場の理論においては、特に\[\begin{align} = 0 \quad \text{for} \quad (x-y)^2 > 0 \tag{11.13}\end{align}\] が示される。

\(\hat{a}\)\(\hat{b}\) は互いに可換であるから\[\begin{align} &= [\hat{\phi}^{(+)}(x),\hat{\phi}^{(+)\dagger}(y)] +[\hat{\phi}^{(-)}(x),\hat{\phi}^{(-)\dagger}(y)]. \nonumber\\ &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \Bigl( e^{ik_\mu (x^\mu-y^\mu)} - e^{-ik_\mu (x^\mu-y^\mu)} \Bigr) \tag{11.14}\end{align}\] となる。 特に \(x^0-y^0=0\) のとき integrand は \(\boldsymbol{k}\to-\boldsymbol{k}\) で反対称になるため\[\begin{align} = 0 \qquad (x^0=y^0) \tag{11.15}\end{align}\] が成り立つ。 ([eq:commutationscalar])の積分のローレンツ不変性より、この結果は \(x\)\(y\) が空間的に離れている場合\[\begin{align} (x-y)^2 = -(x^0-y^0)^2 + (\boldsymbol{x}-\boldsymbol{y})^2 > 0 \tag{11.16}\end{align}\] にも拡張され、([eq:scalarcomm])が成り立つことが示された。

ここで重要なのは、\(\hat{\phi}^{(+)}\) だけでは上の可換性が成り立たず、 \(\hat{\phi}=\hat{\phi}^{(+)}+\hat{\phi}^{(-)}\) のように粒子と反粒子のモードを合わせたときに初めて 微視的因果律が成立する点である。 つまり、場の量子論において因果律を満たすためには、粒子と反粒子は対で存在し、場の中に共存していなければならない。

また、仮にスカラー粒子をフェルミオンとして扱い、交換関係の代わりに反交換関係 \(\{ \hat{a}, \hat{a}^\dagger \} = \delta\) を用いて量子化した場合、反粒子の寄与における符号が変わり、\[\begin{align} \{ \hat{\phi}(x), \hat{\phi}^\dagger(y) \} = \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( e^{ik_\mu (x^\mu-y^\mu)} + e^{-ik_\mu (x^\mu-y^\mu)} \right) \tag{11.17}\end{align}\] となる。この量は空間的に離れた点で一般に0とならず、 微視的因果律と整合しない。 このことから、スピン0のスカラー場は交換関係で量子化されたボソンでなければならないことが分かる。

11-4. 電荷の流れの演算子

一体系の理論で説明したように、スカラー粒子の電荷密度は波動関数の2乗ではなく、電荷の流れの4元ベクトル[eq:KGcurrent] \((-iq/2m) \left[ \phi^* \partial_\mu \phi - (\partial_\mu \phi)^* \phi \right]\) の第0成分であった。 したがって場の量子論においても、 電荷密度は単純な \(a^\dagger a\) ではなく、 対応する電荷の流れの演算子から定義される。

場の量子論においては、慣例に従い \(1/(2m)\) を除いて、 電荷の流れの演算子を次のように定義する。

スカラー場の電荷の流れの演算子

\[\begin{align} \hat{j}_\mu \equiv -iq \left( \hat{\phi}^\dagger \partial_\mu \hat{\phi} - (\partial_\mu \hat{\phi}^\dagger)\hat{\phi} \right) \tag{11.18}\end{align}\]

場の展開式[eq:scalarfield]を用いて\(\hat{j}_\mu\)を計算すると、\[\begin{align} \hspace{-20pt} &-i q(\hat{\phi}^\dagger \partial_\mu \hat{\phi} - (\partial_\mu \hat{\phi}^\dagger)\hat{\phi}) \nonumber\\\hspace{-20pt} &= -iq \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \Bigg[ \nonumber\\\hspace{-20pt} &\ i k_\mu' \left( e^{-ik x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) + e^{ikx} \hat{b} (\boldsymbol{k}) \right) \left( e^{ik'x} \hat{a}(\boldsymbol{k}') - e^{-ik' x} \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right) \nonumber\\\hspace{-20pt} &\ +i k_\mu \left( e^{-ik x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) - e^{ikx} \hat{b} (\boldsymbol{k}) \right) \left( e^{ik' x} \hat{a}(\boldsymbol{k}') + e^{-ik' x} \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right) \Bigg] \nonumber\\\hspace{-20pt} &= q\int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \Bigg[ \nonumber\\\hspace{-20pt} &\ (k+k')_\mu \left( e^{-i(k-k') x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}') - e^{i(k-k')x} \hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right) \nonumber\\\hspace{-20pt} &\ + (k-k')_\mu \left( e^{-i(k+k')x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') - e^{i(k+k')x} \hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}') \right) \Bigg] \tag{11.19}\end{align}\] が得られる。 ここで、\(\hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}')\)の演算子の順序を交換すると、\[\begin{align} &- q\int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' (k+k')_\mu e^{i(k-k')x} \hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \nonumber\\ &=- q\int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' (k+k')_\mu e^{i(k-k')x} \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \hat{b}(\boldsymbol{k}) -2q \int \widetilde{\mathrm{d}k} k_\mu \tag{11.20}\end{align}\] となる。 最後の積分は発散する定数項であり、真空状態に対する期待値としても無限大を与えてしまう。発散の起源は運動量の大きい領域からの寄与にあるため、この種の発散は紫外発散(ultraviolet divergence)と呼ばれる。

一般に、同一点における場の演算子の積は紫外発散を含むため、そのままでは厳密には定義されない。 したがって、電荷や電流といった複合演算子は、何らかの正則化(regularization)・繰り込み(renormalization)処方によって有限に定義する必要がある。 自由場理論においては、真空期待値に由来する発散を差し引くことで有限な演算子を定義できる。この操作は、演算子積を評価する際に「すべての消滅演算子を右側に、生成演算子を左側に並び替える」という約束を課すことと同値であり、これを正規順序化(normal ordering)と呼ぶ。 本書では以下、電荷の流れの演算子やハミルトニアンのような 同一点における複合演算子については、 特に断らない限り正規順序化を仮定する。 正規順序化を明示する場合には、 同一点における場の演算子の積をコロン \(:\,\cdots\,:\) で挟んで表す。 72

正規順序化により \(\langle 0 | \hat{j}_\mu(x) | 0 \rangle = 0\) が成り立ち、物理的な電荷は真空との差として測定されることが保証される。

正規順序化の結果、電荷の流れの演算子は\[\begin{align} \hspace{-30pt} \hat{j}_\mu &= q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \Bigg[ (k+k')_\mu e^{-i(k-k') x} \left(\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}') - \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b}(\boldsymbol{k}') \right) \nonumber\\\hspace{-30pt} &\ + (k-k')_\mu \left( e^{-i(k+k')x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') - e^{i(k+k')x} \hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}') \right) \Bigg] \tag{11.21}\end{align}\] と書ける。73 例として、運動量\(\boldsymbol{p}\)を持つ1粒子状態 \(\hat{a}^\dagger (\boldsymbol{p}) \left\vert 0 \right>\) に対する期待値を計算すると、([eq:scalarcurrentQFT])の\(\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}')\)の項のみが寄与し、\[\begin{align} \left< 0 \right\vert \hat{a} (\boldsymbol{p}) \hat{j}_\mu \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{p}) \left\vert 0 \right> = 2 q \, p_\mu \tag{11.22}\end{align}\] となる。これは古典的な電荷の流束に比例する。同様に、反粒子状態の期待値を計算すると、\(-\hat{b}^\dagger \hat{b}\) の項により、電荷の符号が逆転することも確認できる。

全空間で積分して全電荷演算子 \(\hat{Q}\) を求めると、空間積分から \((2\pi)^3 \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}')\) もしくは \((2\pi)^3 \delta^3(\boldsymbol{k} + \boldsymbol{k}')\) が生じ、\(k^0 = k'^0 = \omega_\boldsymbol{k}\) となるため、\[\begin{align} \hat{Q} \equiv \int \mathrm{d}^3 x \hat{j}^0 = q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}) - \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b} (\boldsymbol{k}) \right) \tag{11.23}\end{align}\] が得られる。 これは、粒子の総数から反粒子の総数を引いたものに電荷\(q\)をかけたものが全電荷である、という直感的な理解と一致する。

11-5. 実スカラー場

ここまでの議論では、\(\hat{\phi}(x)\) が電荷をもち、粒子と反粒子が区別できることを前提とした。このようなスカラー場を複素スカラー場(complex scalar field)と呼ぶ。

一方、電荷をもたない粒子では粒子と反粒子を区別する必要がなく、自由度を半分にできる。 この場合、場の演算子は1種類の演算子 \(\hat{a}(\boldsymbol{k})\) のみで次のように表される。

実スカラー場の生成・消滅演算子による展開

\[\begin{align} \hat{\phi}(x) = \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( e^{ik_\mu x^\mu}\hat{a}(\boldsymbol{k}) + e^{-ik_\mu x^\mu}\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \right) \tag{11.24}\end{align}\]

このような場を実スカラー場(real scalar field)と呼び、\(\hat{\phi}^\dagger=\hat{\phi}\) を満たす。 74

12. ディラック場

引き続き本章では、ディラックスピノルに対する生成消滅演算子であるディラック場の演算子を導入する。 スカラー場の場合と比べて、スピン自由度が増えること、および交換関係が反交換関係に置き換わることが本質的な違いである。

また、電荷の流れの演算子を定義し、それが反粒子状態に対しても正しい符号を与えることを確認する。 さらに、一体系のハミルトニアンを多体系に拡張し、フェルミオンを反交換関係で量子化しなければならない理由を明らかにする。 最後に、電磁場やスカラー場との相互作用を取り入れる手法を概観する。

12-1. ディラック場

ディラック方程式に従う粒子(反粒子)の状態は、運動量 \(\boldsymbol{k}\)、スピン \(s\)\(=\pm 1/2\))、および粒子・反粒子の区別によってラベルされる。 そこで、粒子および反粒子の消滅演算子をそれぞれ \(\hat{a}_s(\boldsymbol{k})\), \(\hat{b}_s(\boldsymbol{k})\) とする。

半整数スピンを持つ粒子はフェルミオンであるため、これらは次の反交換関係を満たすとする。

ディラック粒子の生成・消滅演算子の反交換関係

\[\begin{align} &\{ \hat{a}_{s}(\boldsymbol{k}), \hat{a}_{s'} ^\dagger (\boldsymbol{k}') \} = (2\pi)^3 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \delta_{ss'} \\ &\{ \hat{b}_{s}(\boldsymbol{k}), \hat{b}_{s'} ^\dagger (\boldsymbol{k}') \} = (2\pi)^3 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \delta_{ss'} \tag{12.1}\end{align}\]

その他の反交換関係は0とする。 反交換関係の規則により、同じ状態に2つの粒子を入れようとすると \(\hat{a}^\dagger_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}^\dagger_s(\boldsymbol{k}) = \frac{1}{2}\{\hat{a}^\dagger, \hat{a}^\dagger\} = 0\) となり、パウリの排他律が自動的に満たされる。

任意の消滅演算子を作用させると \(0\) になる状態を真空 \(\left|0\right>\) と定義する。 このとき、 運動量 \(\boldsymbol{k}\)、スピン \(s\) をもつ1粒子状態は \(\hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle\)、 反粒子状態は \(\hat{b}_s^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle\) である。

スカラー場と同様の議論により、位置 \(x\) において電荷を1つ減らす演算子は次のように書ける。

ディラック場のモード展開

\[\begin{align} \hat{\psi}(x) &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_s \left( e^{ik x} u_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) + e^{-ik x} v_s(\boldsymbol{k}) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right) \tag{12.2}\end{align}\]

この演算子 \(\hat{\psi}(x)\)ディラック場(Dirac field)と呼ばれ、 4成分のスピノル演算子である。 また、演算子レベルでディラック方程式\[\begin{align} \left( i\gamma^\mu \partial_\mu - mI_{4}\right) \hat{\psi}(x)=0 \tag{12.3}\end{align}\] を満たす。 すなわち、一体系で波動関数が満たしていた運動方程式を、場の演算子自身が満たしている。

12-2. 電荷の流れの演算子

ディラック場のディラック共役\[\begin{align} \bar{\hat{\psi}} \equiv \hat{\psi}^\dagger \gamma^0 \tag{12.4}\end{align}\] と定義する。 また、 ディラック場の電荷の流れを、正規順序化 \(:\ :\) を用いて以下のように定義する。

ディラック場の電荷の流れの演算子

\[\begin{align} \hat{j}^\mu(x) \equiv q\, :\bar{\hat{\psi}}(x)\gamma^\mu \hat{\psi}(x): \tag{12.5}\end{align}\]

ただし、フェルミオンの正規順序化は、\[\begin{align} :\hat{b} \hat{b}^\dagger: = -\hat{b}^\dagger \hat{b} \tag{12.6}\end{align}\] のように演算子を入れ替える際にマイナス符号がつくことに注意する。 この演算子の反交換関係から生じるマイナス符号により、粒子と反粒子の電荷の符号の違いが自動的かつ正しく記述される。

展開式[eq:Diracfield]\(\hat{j}^\mu(x)\) に代入すると、\[\begin{align} \hat{j}^\mu(x) &= q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \sum_{s,s'} : \Bigl[ \nonumber \\ &\quad \bar{u}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{v}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{u}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k+k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{v}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}')\, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k+k') x} \Bigr] : \\ &= q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \sum_{s,{s'}} \Bigl[ \nonumber \\ &\quad \bar{u}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad - \bar{v}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \, e^{i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{u}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k+k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{v}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}')\, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k+k') x} \Bigr] \tag{12.7}\end{align}\] となる。 全空間で積分して全電荷演算子 \(\hat{Q}\) を求めると、空間積分からデルタ関数が生じ、\(\boldsymbol{k} = \boldsymbol{k}'\) もしくは \(\boldsymbol{k} = -\boldsymbol{k}'\) となる。 スピノルの規格化条件の[eq:ugammau] \((u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta_{s s'})\)[eq:vgammav] \((v_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta_{s s'})\) および直交関係の[ukvk] \((\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0)\)[vkuk] \((\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 u_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0)\) を用いると、\[\begin{align} \hat{Q} &= q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_s \Bigl( \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k})\hat{a}_s(\boldsymbol{k}) - \hat{b}_s^\dagger(\boldsymbol{k})\hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \Bigr) \tag{12.8}\end{align}\] が得られる。

1粒子状態 \(\hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{p})|0\rangle\) に対して\[\begin{align} \langle 0| \hat{a}_s(\boldsymbol{p}) \hat{j}^\mu(x) \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{p}) |0\rangle &= q\, \bar{u}_s(\boldsymbol{p})\gamma^\mu u_s(\boldsymbol{p}) \nonumber\\ &= 2 q p^\mu \tag{12.9}\end{align}\] となる。ここで、二行目には([eq:ugammau])を用いた。 これはスカラー場の結果[eq:scalarcurrentQFT]と同様である。 また反粒子状態 \(\hat{b}_s^\dagger(\boldsymbol{p})|0\rangle\) に対しては、反交換関係により符号が反転し\[\begin{align} \langle 0| \hat{b}_s(\boldsymbol{p}) \hat{j}^\mu(x) \hat{b}_s^\dagger(\boldsymbol{p}) |0\rangle &= -q\, \bar{v}_s(\boldsymbol{p})\gamma^\mu v_s(\boldsymbol{p}) \nonumber\\ &=-2 q p^\mu \tag{12.10}\end{align}\] が得られる。 したがって \(\hat{j}^\mu\) は反粒子に対しても正しい符号の電荷の流れを与える。

12-3. ハミルトニアンとディラック粒子の統計性

一体系の自由ディラックハミルトニアン[eq:DiracH]\[\begin{align} \hat{H}_{\text{1-particle}} = \gamma^0 \left( -i\boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{\nabla} + m I_{4}\right) \tag{12.11}\end{align}\] であった。

ディラック方程式により、\[\begin{align} \hat{H}_{\text{1-particle}} \hat{\psi}(x) &= \gamma^0 (-i\boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{\nabla} + m) \hat{\psi}(x) = i\partial_0 \hat{\psi}(x) \tag{12.12}\end{align}\] が成り立つ。 ([eq:Diracfield]) を代入して展開すると、 時間微分が作用した際、正振動数解 \(e^{ik x} u_s\) からは \(\omega_\boldsymbol{k}\) が、負振動数解 \(e^{-ik x} v_s\) からは \(-\omega_\boldsymbol{k}\) が引き出される。 これは、一体系の立場では \(\hat{H}_{\text{1-particle}}\) は負の振動数の解に対して負のエネルギー固有値を与えたことと関連する。

場の量子論では、これを用いて多体系のハミルトニアンを以下のように構成する。\[\begin{align} \hat{H} &\equiv \int \mathrm{d}^3\boldsymbol{x}\, :\hat{\psi}^\dagger(x)\,\hat{H}_{\text{1-particle}}\,\hat{\psi}(x): \tag{12.13}\end{align}\] 自由場の場合には、

自由ディラック場のハミルトニアン

\[\begin{align} \hat{H}_0 &\equiv \int \mathrm{d}^3\boldsymbol{x}\, :\bar{\hat{\psi}}(x) \left( -i\boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{\nabla} + m I_{4}\right) \hat{\psi}(x): \tag{12.14}\end{align}\]

となる。 直感的には、 位置 \(\boldsymbol{x}\) における粒子密度 \(\hat{j}^0(x) =:\hat{\psi}^\dagger(x)\hat{\psi}(x):\) に、1粒子あたりのハミルトニアン \(\hat{H}_{\text{1-particle}}\) を作用させ、 それを全空間で足し上げたものと理解できる。75

ディラック場の展開式[eq:Diracfield] を代入し、スピノルの直交関係 を用いると、\[\begin{align} \hat{H}_0 &= \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \sum_{s,s'} \omega_\boldsymbol{k} : \Bigl[ \nonumber \\ &\quad u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad - v_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad - u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k+k') x} \nonumber \\ &\quad + v_s^\dagger(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}')\, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k+k') x} \Bigr] : \nonumber \\ &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_s \omega_\boldsymbol{k} : \left( \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) - \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right): \nonumber\\ &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_s \omega_\boldsymbol{k} \left( \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) + \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \right) \tag{12.15}\end{align}\] が得られる。 これにより粒子・反粒子ともに正のエネルギー \(\omega_\boldsymbol{k}\) をもつことが分かる。

仮に生成・消滅演算子が反交換関係ではなく交換関係を満たしていたとすると、 ([eq:DiracHQFT])の最後の等式において \(\hat{b}\hat{b}^\dagger\) の順序交換により符号が変わらず、 反粒子の寄与が負のエネルギーとして現れてしまう。 したがって、スピン1/2粒子を表すディラック場は反交換関係で量子化されなければならない。 76

12-4. 自由場のハイゼンベルク方程式

ハイゼンベルク描像においては、 ディラック場 \(\hat{\psi}(t)\) はハミルトニアン \(H_0\) に従ってハイゼンベルク方程式\[\begin{align} \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \hat{\psi}(t) = i \left[ H_0, \hat{\psi}(t) \right] \tag{12.16}\end{align}\] を満たす。

通常は、まずハミルトニアンを与え、それに基づいて場の時間発展を決定するという順序で議論する。 ここでは逆に、 すでに得られているディラック場のモード展開 [eq:Diracfield] が確かにハイゼンベルク方程式を満たすことを確認し、 モード展開とハミルトニアンの定義が整合的であることをチェックする。

([eq:DiracHQFT])と生成・消滅演算子の反交換関係を用いると、\[\begin{align} i \left[ H_0, \hat{a}_s (\boldsymbol{k}) \right] &= i\int \widetilde{\mathrm{d}k}' \sum_{s'} \omega_\boldsymbol{k'} \left[ \hat{a}_{s'}^\dagger (\boldsymbol{k}') \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}'), \, \hat{a}_s (\boldsymbol{k}) \right] \nonumber\\ &=-i \omega_\boldsymbol{k} \hat{a}_s (\boldsymbol{k}) \tag{12.17}\end{align}\] となる。同様に、\[\begin{align} i\left[ H_0, \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right] &=i\omega_\boldsymbol{k} \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \tag{12.18}\end{align}\] が得られる。 これらを用いると、自由ディラック場のモード展開[eq:Diracfield]が確かに[eq:Heisenbergpsi]を満たすことが確認できる。

12-5. 相互作用ハミルトニアン

電磁場が存在する場合の一体系のハミルトニアンは、\[\begin{align} \hat{H}_{\text{1-particle}} &= \gamma^0 \left( \boldsymbol{\gamma} \cdot \left( -i \boldsymbol{\nabla} - q \hat{\boldsymbol{A}} \right) + m I_{4}\right) + q \hat{A}^0 \nonumber\\ &= \gamma^0 \left( - i \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{\nabla} + m I_{4}\right) - q \gamma^0 \gamma^\mu A_\mu \tag{12.19}\end{align}\] と書ける。これを用いると、場の量子論におけるハミルトニアン[eq:DiracHall]は、自由場のハミルトニアン\(H_0\)に加えて次の相互作用項を含む。\[\begin{align} \hat{H}_I &= - \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} : \left( q \hat{A}_\mu \bar{\hat{\psi}} \gamma^\mu \hat{\psi} \right): \nonumber\\ &= - \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \hat{A}_\mu(x) \, \hat{j}^\mu (x) \tag{12.20}\end{align}\] ここで、電磁場を量子化して演算子 \(\hat{A}_\mu(x)\) とみなした。 これはディラック場と電磁場の相互作用を表す。

さらに、ハミルトニアンに含まれる質量パラメータ \(m\) をスカラー場 \(\hat{\phi}(x)\) と結合定数 \(y\) で置き換えて \(m \to y \hat{\phi}(x)\) とすると、\[\begin{align} \hat{H}_I &= \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} : \left( y\, \hat{\phi}(x)\, \bar{\hat{\psi}} (x) \, \hat{\psi} (x)\right): \tag{12.21}\end{align}\] の相互作用項が得られる。これは湯川相互作用(Yukawa interaction)と呼ばれ、ディラック場とスカラー場の相互作用を表す。 77

これらの相互作用を組み合わせることで、粒子の散乱や崩壊などの多様な過程を記述できる。

13. 光の放射吸収と黒体輻射

電磁場は慣れ親しんだ古典論の時点で「場」として扱われており、それを量子化することによって自然に場の量子論へと移行できる。 本章では量子化の厳密な手法の詳細には立ち入らず、スカラー場やディラック場との類推からその演算子の展開形を構成する。 その応用として、ディラック場との相互作用を用いて光の放射・吸収の過程を調べ、量子力学の幕開けとなった黒体輻射(プランク分布)の式を場の量子論の観点から導出する。

13-1. ベクトル場

ローレンツゲージ \(\partial_\mu A^\mu = 0\) のもとでは、真空中のマクスウェル方程式 \(\partial_\mu F^{\mu\nu}=0\)\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu A^\nu = 0 \tag{13.1}\end{align}\] と書ける。 以下では \(A_\mu\) のことをベクトル場(vector field)と呼ぶ。 この方程式は、ベクトル場の各成分が質量 \(m=0\) のクライン・ゴルドン方程式に従うことを意味している。したがって、電磁波の偏光(polarization)の効果を除けば、スカラー場と同様の議論で演算子を構成できると予想される。

ただし、\(A^\mu\) にはゲージ自由度が存在するため、 物理的自由度は横偏光の2成分のみである。 運動量 \(\boldsymbol{k}\) に対して偏極ベクトル(polarization vector) \(\epsilon_r^\mu\)\[\begin{align} \epsilon_r^\mu=(0,\boldsymbol{\epsilon}_r), \qquad \boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{\epsilon}_r=0, \qquad r=1,2 \tag{13.2}\end{align}\] を満たす。 このとき、ベクトル場の演算子は、各モードの光子を生成・消滅させる演算子を用いて次のように展開される。

ベクトル場のモード展開

\[\begin{align} \hat{A}^\mu(x) &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_{r=1,2} \left( \epsilon^\mu_r(\boldsymbol{k}) \hat{a}_r(\boldsymbol{k}) e^{ik x} + \epsilon^{\mu*}_r(\boldsymbol{k}) \hat{a}_r^\dagger (\boldsymbol{k}) e^{-ikx} \right) \tag{13.3}\end{align}\]

ここで、 \(\omega_\boldsymbol{k} = |\boldsymbol{k}|\) である。

古典的な電磁場 \(A^\mu(x)\) は実数であるため、対応する量子論の演算子もエルミート \((\hat{A}^\mu)^\dagger = \hat{A}^\mu\) である。 これは実スカラー場と同様に、光子には反粒子が存在せず、光子の反粒子は光子自身であること、すなわち光子が電荷を持たないことを反映している。

13-2. 光の放射吸収と黒体輻射

フェルミオンとの相互作用ハミルトニアン[eq:AJ] \(\hat{H}_\mathrm{ int} = - \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \hat{A}_\mu \hat{j}^\mu\) を用いることで、フェルミオンからの光子の放射や吸収の効果を考察できる。

光子が充満している輻射場中に存在する原子のエネルギー準位間の遷移を考える。 簡単のため、原子の状態を \(\left\vert a \right>\)\(\left\vert b \right>\) の2準位のみとし、それぞれのエネルギーを \(E_a, E_b\) (\(E_a > E_b\)) とする。 この状態間の遷移に伴い、エネルギー保存則から \(\omega = E_a - E_b\) に相当する光子が放射または吸収される。

この周波数 \(\omega\) を持つ特定の光子のモードに注目し、そのモードに \(n\) 個の光子が存在する状態を \(\left\vert n \right>\) と表記する。

まず、原子が高いエネルギー状態から光子を放射し、より低いエネルギー状態へ遷移する過程を考える。 初期状態では、原子の状態は \(\lvert a \rangle\)、輻射場の状態は \(\lvert n \rangle\) であるから、系全体の状態は\[\begin{align} \lvert a \rangle \otimes \lvert n \rangle \tag{13.4}\end{align}\] と表される。 一方、終状態では光子が1個増えるため、系全体の状態は\[\begin{align} \lvert b \rangle \otimes \lvert n+1 \rangle \tag{13.5}\end{align}\] と書ける。 このとき、フェルミの黄金則によれば、放射遷移の確率 \(P_{\mathrm{em}}\) は、相互作用ハミルトニアンの行列要素の絶対値の二乗に比例する。\[\begin{align} P_{\mathrm{em}} &\propto \left\vert { \left< b \right\vert \otimes \left< n+1 \right\vert \left( \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \hat{j}^\mu \hat{A}_\mu \right) \left\vert a \right> \otimes \left\vert n \right> } \right\vert^2 \nonumber \\ &= \left\vert { \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \left< b \right\vert \hat{j}^\mu \left\vert a \right> \left< n+1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \tag{13.6}\end{align}\] ここで、輻射場 \(\hat{A}_\mu\) の中に含まれる光子の生成演算子 \(\hat{a}^\dagger\) のみが \(\left\vert n \right>\)\(\left\vert n+1 \right>\) へ引き上げる寄与を持つ。 生成演算子の性質 \(\hat{a}^\dagger \left\vert n \right> = \sqrt{n+1} \left\vert n+1 \right>\) より、\[\begin{align} \left\vert { \left< n+1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \propto \left\vert {\left< n+1 \right\vert \hat{a}^\dagger \left\vert n \right>} \right\vert^2 \propto (n+1) \tag{13.7}\end{align}\] となる。 \(n\) に比例する部分は周囲に存在する光子に誘発されて放出が起きる誘導放射を表し、\(1\) の部分は周囲に光子が全くない真空でも放射が起こる自然放射(spontaneous emission)を表している。

次に、原子が低いエネルギー状態から光子を吸収し、より高いエネルギー状態へ遷移する過程を考える。 初期状態が \(\left\vert b \right> \otimes \left\vert n \right>\) であるとすると、終状態は \(\left\vert a \right> \otimes \left\vert n-1 \right>\) となる。 このとき、遷移確率\(P_{\mathrm{abs}}\)\[\begin{align} P_{\mathrm{abs}} &\propto \left\vert { \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \left< a \right\vert \hat{j}^\mu \left\vert b \right> \left< n-1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \tag{13.8}\end{align}\] と表される。電荷の流れの演算子がエルミート (\(\hat{j}_\mu^\dagger = \hat{j}_\mu\)) であるため、原子部分の遷移の行列要素の絶対値 \(|\left< a \right\vert \hat{j}^\mu \left\vert b \right>|^2\) は放射の場合と等しい。 一方、光子に関する部分は、消滅演算子の性質 \(\hat{a} \left\vert n \right> = \sqrt{n} \left\vert n-1 \right>\) より\[\begin{align} \left\vert { \left< n-1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \propto \left\vert {\left< n-1 \right\vert \hat{a} \left\vert n \right>} \right\vert^2 \propto n \tag{13.9}\end{align}\] となる。

以上の計算から、同一のモードにおける放射と吸収の遷移確率の比は、原子の構造によらず純粋に光子の数 \(n\) だけで決まり、\[\begin{align} \frac{P_{\mathrm{em}}}{P_{\mathrm{abs}}} = \frac{n+1}{n} \tag{13.10}\end{align}\] となる。

ここで、系全体が温度 \(T\) の熱平衡状態にある場合を考える。 このとき、原子がエネルギー \(E_a\) の状態にある確率と \(E_b\) の状態にある確率の比は、ボルツマン分布に従って \(e^{-E_a/T}\)\(e^{-E_b/T}\) の比で与えられる。 さらに、系全体が巨視的な平衡状態を保つためには、単位時間あたりの「放射による \(a \to b\) の遷移数」と「吸収による \(b \to a\) の遷移数」が完全に釣り合っていなければならないため、\[\begin{align} P_{\mathrm{em}} e^{-E_a/T} &=P_{\mathrm{abs}} e^{-E_b/T} \nonumber \\ \Leftrightarrow \frac{P_{\mathrm{em}}}{P_{\mathrm{abs}}} &= e^{(E_a-E_b)/T} = e^{\omega/T} \tag{13.11}\end{align}\] が成立しなければならない。 上で導いた量子力学的な確率の比[eq:Pratio]をこれに代入すると、\[\begin{align} \frac{n+1}{n} &= e^{\omega/T} \nonumber \\ \Leftrightarrow n &= \frac{1}{e^{\omega/T} - 1} \tag{13.12}\end{align}\] となる。これは、輻射場における光子の平均占有数を与える黒体輻射(blackbody radiation)の公式、すなわちプランク分布(Planck distribution)にほかならない。 この結果は、光がボソンであり、自然放出と誘導放出(stimulated emission)という場の量子論的な性質を備えていることの必然的な帰結である。

14. 摂動論の概要

ここでは、本格的な場の量子論の計算へ進むための準備として、摂動論の概略を述べる。 厳密な定義や詳細な議論は避け、相互作用を扱う上で最も重要な概念である「相互作用表示」、「時間順序積」、「ダイソン級数」、「プロパゲーター(伝播関数)」、そして直感的な計算ツールである「ファインマンダイアグラム」について、その物理的意味を中心に解説する。

具体例として、ディラック場とスカラー場の湯川相互作用を用いた散乱振幅の計算を取り上げる。 抽象的な一般論を先に与えるのではなく、 ダイソン級数を愚直に展開し、 場の演算子をモード展開に戻し、 生成・消滅演算子の交換関係を用いて実際に振幅を計算する。 この過程を通して、 時間順序積がどのようにプロパゲーターを生み出すか、 運動量保存のデルタ関数がどのように現れるか、 そして最終的な結果がどのように不変散乱振幅 \(\mathcal{M}\) にまとめられるかを確認する。

最終的な振幅の表式には、 一体系の理論で学んだ自由場の波動関数 (スピノル \(u_s(\boldsymbol{k})\)\(\bar{u}_s(\boldsymbol{k})\))が現れ、 計算はスピノルやガンマ行列の代数へと帰着する。 すなわち、場の量子論における散乱計算は、 自由場の知識を土台としてその上に相互作用を積み重ねたものであることが分かる。

このように、摂動論の具体的な計算例を一度追体験しておくことは、 より体系的に構成された場の量子論の教科書を読む際に、 各式や各操作の物理的意味を理解する上で大いに役立つはずである。

14-1. 相互作用表示と時間順序積

量子力学における時間発展の扱い方として、状態ベクトルに時間発展を担わせるシュレディンガー表示と、演算子に時間発展を担わせるハイゼンベルク表示がある。 相互作用を含む場の理論では、これらの中間的な表示である相互作用表示(interaction picture)を用いるのが最も便利である。

まず、全ハミルトニアンを\[\begin{align} H = H_0 + H_I \tag{14.1}\end{align}\] と分ける。ここで、\(H_0\) は解析的に解ける自由場のハミルトニアン、\(H_I\) は相互作用部分である。 78

全体の時間発展演算子と自由理論の時間発展演算子を\[\begin{align} &U(t,t_0) = e^{- i H (t-t_0)} \\ &U_0(t,t_0) = e^{-i H_0 (t-t_0)} \tag{14.2}\end{align}\] とする。 このとき、相互作用表示での時間発展演算子を\[\begin{align} U_I(t,t_0) = U_0^{-1} (t,t_0) U(t,t_0) \tag{14.3}\end{align}\] と定義する。

相互作用表示では、演算子は \(U_0\) によって時間発展し、状態ベクトルは \(U_I\) によって時間発展する、という役割分担を行う。 すなわち、 任意の演算子 \(\hat{O}(t)\)\[\begin{align} \hat{O}(t) = U_0^{-1}(t,t_0)\, \hat{O}(t_0)\, U_0(t,t_0) \tag{14.4}\end{align}\] と定義され、\[\begin{align} \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}\hat{O}(t) = i [H_0, \hat{O}(t)] \tag{14.5}\end{align}\] を満たす。 したがって、スカラー場であればクライン・ゴルドン方程式、ディラック場であればディラック方程式を満たす自由場のモード展開をそのまま用いることができる。 一方、状態ベクトルは\[\begin{align} &\left\vert \psi(t) \right> = U_I(t,t_0) \left\vert \psi(t_0) \right> \tag{14.6}\end{align}\] と時間発展する。

([eq:UI])を時間微分すると、\[\begin{align} i \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} U_I(t,t_0) &= i \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \left( U_0^{-1}(t,t_0) U(t,t_0) \right) \nonumber\\ &= - H_0 U_0^{-1} U + U_0^{-1} (H_0 + H_I) U \nonumber\\ &= H_I(t) U_I(t,t_0) \tag{14.7}\end{align}\] となる。 ここで\[\begin{align} H_I(t) \equiv U_0^{-1}(t,t_0)\, H_I\, U_0(t,t_0) \tag{14.8}\end{align}\] と定義した。 一般に \(H_I(t_1)\)\(H_I(t_2)\) は可換ではないことに注意する。 この微分方程式を 初期条件 \(U_I(t_0, t_0) = 1\) のもとで積分し、逐次代入を行うと\[\begin{align} \hspace{-20pt} &U_I(t,t_0) \nonumber\\\hspace{-20pt} &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 H_I(t_1) U_I(t_1,t_0) \nonumber\\\hspace{-20pt} &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 H_I(t_1) \nonumber\\\hspace{-20pt} &\qquad \qquad \qquad + (-i)^2 \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 \int_{t_0}^{t_1} \mathrm{d}t_2 H_I(t_1) H_I(t_2) + \dots \nonumber\\\hspace{-20pt} &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 H_I(t_1) \nonumber\\\hspace{-20pt} &\qquad \qquad \qquad + \frac{(-i)^2}{2} \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 \int_{t_0}^{t} \mathrm{d}t_2 T[H_I(t_1) H_I(t_2)] + \dots \tag{14.9}\end{align}\] となる。 ここで、二重積分の積分範囲を時間順序積\[\begin{align} &T[H_I(t_1) H_I(t_2)] \nonumber\\ &= H_I(t_1) H_I(t_2) \theta(t_1-t_2) + H_I(t_2) H_I(t_1) \theta(t_2-t_1) \tag{14.10}\end{align}\] を用いて書き変えた。

逐次代入を繰り返すと、時間発展演算子は相互作用ハミルトニアンのべき級数として表される。これをダイソン級数と呼び、形式的には次のように書ける。

ダイソン級数(Dyson series)

\[\begin{align} \hspace{-10pt}U_I(t,t_0) &= 1 + \sum_{n=1}^\infty \frac{(-i)^n}{n!} \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 \cdots \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_n T\left[ H_I(t_1) \cdots H_I(t_n) \right] \nonumber\\\hspace{-10pt} &= T \exp \left[ - i \int_{t_0}^t \mathrm{d}t' H_I(t') \right] \tag{14.11}\end{align}\]

ここで、 \(T\)時間順序積(time-ordered product)と呼ばれ、時間の引数が大きい(未来の)演算子が左側にくるように並べ替える操作である。 7980

一般に、相互作用ハミルトニアン \(H_I\) は結合定数 \(g\) を含み、\[\begin{align} H_I \sim g \, \mathcal{O} \tag{14.12}\end{align}\] の形をしている。81 このとき、ダイソン級数は実質的に \(g\) のべき級数展開になっており、 \(n\) 次の項は \(g^n\) に比例する。 したがって、\(g\ll 1\) の場合には、 低次の項だけを計算することで 散乱振幅や遷移確率を良い近似で求めることができる。 このように、自由理論は厳密に解いて、相互作用は結合定数で展開するという考え方が、 場の量子論における摂動論の基本構造である。

14-2. 散乱振幅

素粒子の加速器実験では、粒子を衝突させてどのような反応が起こるかを観測することで、素粒子理論の検証が行われている。 ここでは散乱実験の結果を理論的に予言する際の基本概念として、散乱振幅について概観する。

始状態を、運動量 \(\boldsymbol{p}_i\) をもつ粒子が2つ存在する状態 \(\left\vert i \right>\)、 終状態を、運動量 \(\boldsymbol{p}'_j\) をもつ粒子がいくつか存在する状態 \(\left\vert f \right>\) とする。82 散乱の情報は、無限の過去から無限の未来への遷移振幅(transition amplitude)\[\begin{align} S_{fi} \equiv \left< f \right\vert U_I(\infty,-\infty) \left\vert i \right> \tag{14.13}\end{align}\] を計算することで得られる。83 ここで \(U_I(\infty,-\infty)\) にダイソン級数による摂動展開を用いると、 0次の項は散乱が起こらない過程(単位演算子)に対応し、入射状態がそのまま保存される寄与を与える。 物理的に興味があるのは相互作用が起こる高次の項である。

このとき、系全体の始状態と終状態の間では全エネルギー・運動量が保存される。 さらに、並進対称性を反映して、遷移振幅 \(S_{fi}\)\(\delta^4 (\sum_j p_j'-\sum_i p_i)\) を因子として含む。 そこでこのデルタ関数を取り除いた量を 不変散乱振幅(invariant scattering amplitude) \(i\mathcal{M}\) と定義し、\[\begin{align} S_{fi} = (2\pi)^4 \delta^4\!\left(\sum_j p'_j - \sum_i p_i\right)\, i\mathcal{M} \tag{14.14}\end{align}\] と書く。

散乱確率は \(\left\vert {S_{fi}} \right\vert^2\) に比例するが、[eq:SfiM] を二乗すると \([\delta^4(\sum_j p_j'-\sum_i p_i)]^2 = \delta^4(\sum_j p_j'-\sum_i p_i) \delta^4(0)\) が現れ、\(\delta^4(0)\) が含まれてしまう。 これは、初期状態と終状態を無限に広がる平面波でとっていることに由来する。 デルタ関数の積分表示に戻ると\[\begin{align} (2\pi)^4\delta^4(0) = \int \mathrm{d}^4x \tag{14.15}\end{align}\] であり、これは全時空体積に対応する。 空間体積を \(V\)、観測時間を \(T\) とすれば\[\begin{align} \int \mathrm{d}^4x = VT \tag{14.16}\end{align}\] と書ける。

したがって、単位時間・単位体積あたりの遷移確率を考えると、\[\begin{align} \frac{|S_{fi}|^2}{VT} = (2\pi)^4 \delta^4\!\left(\sum_j p'_j - \sum_i p_i\right)\, |\mathcal{M}|^2 \tag{14.17}\end{align}\] という有限の量が得られる。 ここから位相空間積分を行うことで、 微分散乱断面積(scattering cross section) \(\mathrm{d}\sigma\)崩壊幅(decay width)などの観測量を計算することができる。

結局、場の量子論の摂動計算で本質的に求めるべき量は 運動量保存を除いた不変散乱振幅 \(\mathcal{M}\) に帰着される。

14-3. 湯川相互作用による散乱

摂動論の具体例として、ディラック場 \(\hat{\psi}\) と実スカラー場 \(\hat{\phi}\) が結合定数 \(y\) で結合する湯川相互作用[eq:Yukawa] \(H_I = \int \mathrm{d}^3x \, y :\hat{\phi}\bar{\hat{\psi}}\hat{\psi}:\) を考える。 ここでは、2つのフェルミオンが衝突して散乱する過程を2次の摂動(\(\mathcal{O}(y^2)\))まで計算する。

始状態を、運動量 \(\boldsymbol{k}_1, \boldsymbol{k}_2\) とスピン \(s_1, s_2\) を持つ2つのフェルミオンが存在する状態\[\begin{align} \left\vert i \right> = \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_1, s_1) \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_2, s_2) \left\vert 0 \right> \tag{14.18}\end{align}\] とする。84 散乱後の終状態を、運動量 \(\boldsymbol{k}_1', \boldsymbol{k}_2'\) とスピン \(s_1', s_2'\) を持つ状態\[\begin{align} \left\vert f \right> = \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_1', s_1') \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_2', s_2') \left\vert 0 \right> \tag{14.19}\end{align}\] とする。 このとき、 ([eq:Sfi])の 遷移振幅\(S_{fi}\)のうち、最初に非自明な寄与を与えるのは2次の項\[\begin{align} S_{fi}^{(2)} &= \frac{(-i)^2}{2!} \left< 0 \right\vert \hat{a} (\boldsymbol{k}_2', s_2') \hat{a} (\boldsymbol{k}_1', s_1') T \int \mathrm{d}^4x_1 y :\hat{\phi}(x_1) \bar{\hat{\psi}}(x_1) \hat{\psi}(x_1): \nonumber\\ &\qquad \times \int \mathrm{d}^4x_2 y :\hat{\phi}(x_2) \bar{\hat{\psi}}(x_2) \hat{\psi}(x_2) : \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_1, s_1) \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_2, s_2) \left\vert 0 \right> \tag{14.20}\end{align}\] である。 ここで、ディラック場は始状態を消滅させ、終状態を生成する。また、スカラー場は始・終状態に含まれていないため、真空期待値が残る。

まず、ディラック場 \(\hat{\psi}\) に注目し、モード展開[eq:Diracfield]を代入すると、例えば\[\begin{align} \hat{\psi}(x_1) \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}_1,s_1) | 0 \rangle &= u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) e^{i k_1 x_1} | 0 \rangle +\dots \\ \langle 0 | \hat{a}(\boldsymbol{k}_1',s_1') \bar{\hat{\psi}}(x_1) &= \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') e^{-i k_1' x_1} \langle 0 | +\dots \tag{14.21}\end{align}\] となる。 初期状態と終状態についてそれぞれ組み合わせが2通りあることを考慮すると、\[\begin{align} &\hat{{\psi}}(x_1) \hat{{\psi}}(x_2) \left\vert \boldsymbol{k}_1,s_1; \boldsymbol{k}_2,s_2 \right> \nonumber\\ &= - e^{ik_1 x_1} u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) e^{ik_2x_2} u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \left\vert 0 \right> \nonumber\\ &\quad + e^{ik_1 x_2} u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) e^{ik_2x_1} u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \left\vert 0 \right> +\dots \tag{14.22}\end{align}\] および\[\begin{align} &\left< \boldsymbol{k}_1',s_1'; \boldsymbol{k}_2',s_2' \right\vert \bar{\hat{\psi}}(x_1) \bar{\hat{\psi}}(x_2) \nonumber\\ &= \left< 0 \right\vert e^{-ik_1'x_1} \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') e^{-ik_2'x_2} \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') \nonumber\\ &\quad - \left< 0 \right\vert e^{-ik_1'x_2} \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') e^{-ik_2'x_1} \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') +\dots \tag{14.23}\end{align}\] が得られる。省略した項は、散乱振幅の計算には影響しない項である。 また、負の符号は反交換したときに現れたものである。 これらを掛け合わせたとき、時間順序積の対称性から \(x_1 \leftrightarrow x_2\) の入れ替えで対象であることを反映して、第1項同士の積と第2項同士の積は同じ寄与を与える。

スカラー場 \(\hat{\phi}\) については、

ファインマンプロパゲーター

\[\begin{align} \left< 0 \right\vert T\left[ \hat{\phi}(x_1) \hat{\phi}(x_2) \right] \left\vert 0 \right> \equiv -i \Delta_\phi (x_1 - x_2) \tag{14.24}\end{align}\]

が残る。 これをファインマンプロパゲーター(Feynman propagator)と呼ぶ。 これは「\(x_2\) で生成された仮想的なスカラー粒子が \(x_1\) まで伝播する」という物理的過程を表している。

理論の並進対称性から、\(-i \Delta_\phi (x_1 - x_2)\)\(x_1 - x_2\)のみの関数となる。また、時間順序積の性質により、\(x_1\)\(x_2\)を入れ替えても値は変化しない。 したがって、このフーリエ変換を取ると、\[\begin{align} -i \Delta_\phi (x_1 - x_2) = -i\int \frac{\mathrm{d}^4 q}{(2\pi)^4} \tilde{\Delta}_\phi(q^2) e^{iq(x_1 - x_2)}, \tag{14.25}\end{align}\] と表せる。85

以上の計算を組み合わせると、([eq:Sfi2])は\[\begin{align} \hspace{-15pt} S_{fi}^{(2)} &= (-iy)^2 \left[ \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) ][ \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \right] \int \frac{\mathrm{d}^4 q}{(2\pi)^4} \nonumber \\ \hspace{-15pt} &\ \times (-i) \tilde{\Delta}_\phi(q^2) \int \mathrm{d}^4 x_1 \mathrm{d}^4 x_2 e^{-i(k_1'-k_1-q) x_1-i(k_2' -k_2 + q) x_2} \nonumber\\ \hspace{-15pt} &\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad - (k_1,s_1 \leftrightarrow k_2,s_2) \tag{14.26}\end{align}\] となる。 ここで、スピノルの添え字はそれぞれの の中で縮約されているとに注意する。 \(x_1\)に関する積分を実行するとデルタ関数 \((2\pi)^4 \delta^4(k_1'-k_1-q)\) が現れる。これを用いて\(q\) についての積分を消去することができる。 さらに、\(q= k_1'-k_1\)を考慮すると、残る\(x_2\)に関する積分は \((2\pi)^4 \delta^4 (k_1'+k_2'-k_1 - k_2)\) を与える。 すなわち、系全体の始状態と終状態の間で、全エネルギー・運動量の保存則が満たされることが補償される。

全体に共通する\((2\pi)^4 \delta^4 (k_1'+k_2'-k_1 - k_2)\) を取り除いた不変散乱振幅は\[\begin{align} i \mathcal{M} &= (-iy)^2 [\bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) ][ \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) ] (-i)\tilde{\Delta}_\phi((k_1'-k_1)^2) \nonumber\\ &\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \qquad - (k_1,s_1 \leftrightarrow k_2,s_2) \tag{14.27}\end{align}\] と求まる。

散乱振幅の二乗は、\[\begin{align} \hspace{-15pt} \left\vert {\mathcal{M}} \right\vert^2 &= y^4 \left\vert \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \tilde{\Delta}_\phi((k_1'-k_1)^2) \right. \nonumber \\ \hspace{-15pt} &\qquad \left. - \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \tilde{\Delta}_\phi((k_1'-k_2)^2) \right\vert^2 \tag{14.28}\end{align}\] となる。 実験において、入射粒子のスピンを偏極させず、散乱後のスピンも測定しない場合がある。 このとき、振幅の2乗について初期状態のスピンで平均をとり、終状態のスピンで和をとった\[\begin{align} \frac{1}{2} \sum_s \frac{1}{2} \sum_{s'} \sum_r \sum_{r'} |\mathcal{M}|^2 \tag{14.29}\end{align}\] が関心の対象となる。 このとき、\(\left\vert {\mathcal{M}} \right\vert^2\) に含まれるスピノルの成分計算は、例えば\[\begin{align} &\sum_{s_1,s_1'} \left\vert {\bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1)} \right\vert^2 \nonumber\\ &= \sum_{s_1,s_1'} \bar{u}_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) u_{s_1'} (\boldsymbol{k}_1') \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \nonumber\\ &= \mathrm{ Tr}\left[ \left( \sum_{s_1'} u_{s_1'} (\boldsymbol{k}_1') \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') \right) \left( \sum_{s_1} u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \bar{u}_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \right) \right] \tag{14.30}\end{align}\] のように変形できる。このそれぞれの項にスピン和の公式[eq:spinsum]を用いると、この式はガンマ行列の積のトレース計算に帰着される。 さらに、ガンマ行列のトレースの性質を用いることで、この式は純粋に運動量ベクトル \(\boldsymbol{k}_1, \boldsymbol{k}_1'\) の内積だけを含むスカラー関数へと帰着する。

14-4. ファインマンダイアグラム

以上の計算は、生成・消滅演算子の反交換関係と時間順序積を用いて 代数的に実行したものである。 しかし、相互作用の次数が上がると項の数は急激に増大し、 数式だけで整理するのは極めて煩雑になる。 これを直感的かつ体系的に整理する方法が、以下の ファインマンダイアグラム(Feynman diagram)とファインマンルール(Feynman rules)である。

先ほど得られた散乱振幅[eq:iM]を 図式的に読み替えると、次の対応関係が見えてくる。

  • 外線: 始状態・終状態の粒子を表す。フェルミオンの外線には、それぞれ\(u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1), \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1')\) などの自由粒子スピノルを割り当てる。 これは一体系で学んだ波動関数そのものである。

  • 内線: 仮想粒子の伝播を表す。スカラー粒子が伝搬する場合には \(-i \Delta_\phi(q^2)\) を割り当てる。これはファインマンプロパゲーターである。

  • 頂点: 相互作用が起こる点を表す。湯川相互作用の場合、各頂点に \(-iy\) を割り当てる。 また、各頂点でエネルギー・運動量保存が課される。

これらを組み合わせることで、 散乱振幅 \(\mathcal{M}\) を 図を描きながら機械的に構成できる。

始状態と終状態の粒子が同一である場合、 量子力学的には 「どの粒子がどの粒子に散乱されたか」 を区別することはできない。 そのため、散乱振幅は

  • \(t\) チャンネル(粒子1 \(\to\) 粒子1)

  • \(u\) チャンネル(粒子1 \(\to\) 粒子2)

の両方の寄与を足し合わせたものになる。 フェルミオンの場合、 演算子の反交換関係により これら2つの振幅の間には マイナス符号が生じる。 これはパウリの排他律に対応する量子統計効果であり、 ファインマンルールでは 「交換図にマイナス符号を付ける」 という形で表現される。

実際の計算においては、対象とする散乱過程に対応するすべての可能なダイアグラムを書き出し、各ダイアグラムに対してファインマンルールに従ってスピノル、プロパゲーター、結合定数などを割り当てる。複雑な散乱振幅の計算も、このような機械的な手順によって実行できる。

さらに重要なのは、 ファインマンプロパゲーターは 粒子と反粒子の両方を 統一的に含んでいるという点である。 つまり、 時間順序積 \(\langle 0 | T[\hat{\phi}(x_1)\hat{\phi}(x_2)] |0\rangle\) を展開すると、 粒子が \(x_2 \to x_1\) に伝播する寄与と 反粒子が逆向きに伝播する寄与 の両方が含まれている。 したがって、始状態と終状態に 明示的に反粒子が存在しなくとも、 中間状態では 粒子・反粒子対生成や対消滅が 自動的に考慮されている。 これは、 場の演算子が 粒子と反粒子の両方を含む形で構成されていることの 直接の帰結である。

15. ボゴリューボフ変換

本章では、まずスカラー粒子のクラインのパラドックスを例に、一体系の波動関数による記述の限界を明らかにする。ついで、場の量子論の枠組みへ移行することで、このパラドックスがどのように整合的に理解されるかを説明する。その際に鍵となるのがボゴリューボフ変換である。これは、背景場やモード分解の選び方によって正負振動数の分離、ひいては真空の定義そのものが変わりうることを表現する手法であり、その結果として粒子と反粒子の生成・消滅演算子が混合する。こうした考え方は、ブラックホールのホーキング放射やウンルー効果の計算にも現れる重要な概念である。

15-1. クラインのパラドックス

一体系の解釈が破綻する典型例として、クラインのパラドックス(Klein paradox)を考える。

\(x\) 方向に運動する質量 \(m\) をもつスカラー粒子を考え、 電磁場中のクライン・ゴルドン方程式[KGeq2] において \(qA^0 = V(x)\) とする。 このとき、定常解 \(\phi(x,t)=e^{-iEt}\phi(x)\) に対する方程式は\[\begin{align} \left( \left( E - V(x) \right)^2 + \partial_x^2 - m^2 \right) \phi(x) = 0 \tag{15.1}\end{align}\] となる。

\(V(x)\)として、高さ \(V_0\) の階段型ポテンシャル\[\begin{align} V(x) = \begin{cases} 0 & (x < 0) \\ V_0 & (x > 0) \end{cases} \tag{15.2}\end{align}\] を考える。 いま、エネルギー \(E\) の粒子が領域 I (\(x < 0\)) から領域 II (\(x > 0\))へ入射する場合を考える。 ただし、 ポテンシャルが非常に高く、\[\begin{align} V_0 > E + m \quad (> 2m) \tag{15.3}\end{align}\] を満たしているとする。

各領域での波動関数は平面波解となるが、[eq:KGcurrent] で定義した電荷の流れの4元ベクトルが保存することから、各平面波が単位流束を運ぶように規格化しておく。すなわち、\[\begin{align} &k = \sqrt{E^2 - m^2} \\ &p = \sqrt{(V_0 - E)^2 - m^2} \tag{15.4}\end{align}\] として、波動関数を\[\begin{align} \phi(x) = \begin{cases} \dfrac{1}{\sqrt{2k}}e^{ikx} +\alpha_k \dfrac{1}{\sqrt{2k}}e^{-ikx} & (x<0),\\[8pt] -\beta_k^* \dfrac{1}{\sqrt{2p}}e^{-ipx} & (x>0) \end{cases} \tag{15.5}\end{align}\] と表す。 ここで、領域 II の透過波については、電荷の流れではなく群速度(波束の進む向き) \(v_g = j^x / j^0\) が正、すなわち右向きに伝播するように指数の符号を選んだ。また、後の計算の便宜上、透過波には位相因子\(e^{i\pi} = -1\)を加えて定義している。

非相対論的量子力学では、ポテンシャル障壁が入射エネルギーより高いと領域 II の運動量は純虚数になり、波動関数は指数関数的に減衰する。 しかし相対論的量子力学では、\(V_0 > E + m\) の条件のもとで\((E - V_0)^2 > m^2\) となるため、\(p\) は実数になる。 したがって、領域 II でも波動関数は減衰せずに振動し、粒子が障壁の内部へ伝播できるように見える。

\(x=0\) における接続条件、すなわち \(\phi\)\(\partial \phi / \partial x\) の連続性から、\[\begin{align} \frac{1}{\sqrt{2k}} \left( 1 + \alpha_k \right) &= -\frac{1}{\sqrt{2p}} \beta_k^* \\ i \sqrt{\frac{k}{2}} \left( 1 - \alpha_k \right) &= i \sqrt{\frac{p}{2}} \beta_k^* \tag{15.6}\end{align}\] が得られる。 これを解くと、\[\begin{align} \alpha_k &= \frac{k + p}{k - p} \label{eq:Kleinalpha} \\ \beta_k^* &= -\frac{2\sqrt{kp}}{k - p} \tag{15.7}\end{align}\] となる。

この結果、一体系の確率解釈に従えば反射係数は\[\begin{align} |\alpha_k|^2 = \left| \frac{k + p}{k - p} \right|^2 = 1 + \frac{4k p}{(k-p)^2} > 1 \tag{15.8}\end{align}\] となり、入射粒子よりも多くの粒子が反射されることになる。 これがクラインのパラドックスであり、一体系の理論の限界を示している。

後の議論のため、領域 II から左向きに反粒子が入射する場合も求めておく。 このとき、各領域での波動関数は\[\begin{align} \phi(x) = \begin{cases} \beta_k' \dfrac{1}{\sqrt{2k}}e^{-ikx} & (x<0),\\[8pt] \dfrac{1}{\sqrt{2p}}e^{ipx} -{\alpha'}_k^* \dfrac{1}{\sqrt{2p}}e^{-ipx} & (x>0) \end{cases} \tag{15.9}\end{align}\] となる。 \(x=0\) における接続条件から、\[\begin{align} \frac{1}{\sqrt{2p}} \left( 1 - {\alpha'}_k^* \right) &= \frac{1}{\sqrt{2k}} \beta_k' \\ i \sqrt{\frac{p}{2}} \left( 1 + {\alpha'}_k^* \right) &= -i \sqrt{\frac{k}{2}} \beta_k' \tag{15.10}\end{align}\] が得られる。 これを解くと、\[\begin{align} {\alpha'}_k^* &= \frac{k + p}{k - p} \\ \beta_k' &= -\frac{2\sqrt{kp}}{k - p} \tag{15.11}\end{align}\] となる。

15-2. 入射波と反射波に関するモード展開

場の量子論の枠組みでは、クラインのパラドックスは 「真空からの粒子・反粒子対生成」として整合的に理解される。 以下では、異なるモード分解を結びつけるボゴリューボフ変換を用いて、その本質を見る。

場の量子論では、基本変数は波動関数ではなく場の演算子 \(\hat{\phi}(x,t)\) である。 静的ポテンシャルのもとで、この演算子はクライン・ゴルドン方程式\[\begin{align} \left[(\partial_t + iV(x))^2 - \partial_x^2 + m^2 \right] \hat{\phi}(x,t)=0 \tag{15.12}\end{align}\] に従う。 \(x=0\) には電場がデルタ関数的に集中しているが、この方程式には \(\hat{\phi}\)\(\partial_x\hat{\phi}\) に有限の跳びを許す項は現れない。 したがって、\(\hat{\phi}\)\(\partial_x\hat{\phi}\) はそれぞれ \(x=0\) で連続となる。

物理的に見れば、ポテンシャルの不連続点に電場が集中しており、それ以外の領域は真空である。 特に \(x<0\)\(x>0\) の各領域では、エネルギーの原点がずれていることを除けば、通常と同様にモード展開を行うことができる。

簡単のため、\(1+1\) 次元で考える。 領域 I (\(x<0\)) では、通常の展開式 [eq:scalarfield] の一次元版を用いて\[\begin{align} \hspace{-5pt} \hat{\phi}_{\mathrm{I}}(x,t) &= \hat{\phi}_{\mathrm{I,in}}(x,t) + \hat{\phi}_{\mathrm{I,out}}(x,t), \nonumber\\ \hspace{-5pt} \hat{\phi}_{\mathrm{I,in}}(x,t) &= \int_0^\infty \frac{\mathrm{d}k}{(2\pi)2\omega_k} \left( e^{-i\omega_k t + ikx}\hat{a}_{\mathrm{I,in}}(k) + e^{i\omega_k t - ikx}\hat{b}_{\mathrm{I,in}}^\dagger(k) \right) \nonumber\\ \hspace{-5pt} &= \int_m^\infty \frac{\mathrm{d}\omega_k}{(2\pi)2k} \left( e^{-i\omega_k t + ikx}\hat{a}_{\mathrm{I,in}}(k) + e^{i\omega_k t - ikx}\hat{b}_{\mathrm{I,in}}^\dagger(k) \right) \nonumber\\ \hspace{-5pt} \hat{\phi}_{\mathrm{I,out}}(x,t) &= \int_m^\infty \frac{\mathrm{d}\omega_k}{(2\pi)2k} \left( e^{-i\omega_k t - ikx}\hat{a}_{\mathrm{I,out}}(k) + e^{i\omega_k t + ikx}\hat{b}_{\mathrm{I,out}}^\dagger(k) \right) \tag{15.13}\end{align}\] となる。 ここで、\(\omega_k = \sqrt{k^2 + m^2}\) であり、特定のエネルギーのモードに注目しやすいように、積分変数を \(k\) から \(\omega_k\) に書き換えた。

領域 II (\(x>0\)) では、ポテンシャルの定数シフト \(V_0\) は、その領域にいる観測者にとってはエネルギーの原点のずれとしてしか現れない。 したがって、\(e^{-iV_0 t}\) の位相因子を除けば、モード展開の形は領域 I と同じである。 ただし、incoming と outgoing の向きが逆になることに注意すると、\[\begin{align} \hspace{-15pt} \hat{\phi}_{\mathrm{II}}(x,t) &= \hat{\phi}_{\mathrm{II,in}}(x,t) + \hat{\phi}_{\mathrm{II,out}}(x,t), \nonumber\\ \hspace{-15pt} e^{iV_0 t}\hat{\phi}_{\mathrm{II,in}}(x,t) &= \int_m^\infty \frac{\mathrm{d}\omega_k}{(2\pi)2k} \left( e^{-i\omega_k t - ikx}\hat{a}_{\mathrm{II,in}} + e^{i\omega_k t + ikx}\hat{b}_{\mathrm{II,in}}^\dagger \right) \nonumber\\ \hspace{-15pt} e^{iV_0 t}\hat{\phi}_{\mathrm{II,out}}(x,t) &= \int_m^\infty \frac{\mathrm{d}\omega_k}{(2\pi)2k} \left( e^{-i\omega_k t + ikx}\hat{a}_{\mathrm{II,out}} + e^{i\omega_k t - ikx}\hat{b}_{\mathrm{II,out}}^\dagger \right) \tag{15.14}\end{align}\] となる。

仮にポテンシャルが存在しないとすると、原点での接続条件は単に自由な伝播を表すだけであり、 右向きモードと左向きモードはそれぞれ独立に保存される。 したがって、\[\begin{align} \hat{a}_{\mathrm{I,in}} = \hat{a}_{\mathrm{II,out}}, \qquad \hat{a}_{\mathrm{II,in}} = \hat{a}_{\mathrm{I,out}}, \\ \hat{b}_{\mathrm{I,in}}^\dagger = \hat{b}_{\mathrm{II,out}}^\dagger, \qquad \hat{b}_{\mathrm{II,in}}^\dagger = \hat{b}_{\mathrm{I,out}}^\dagger \tag{15.15}\end{align}\] となる。 この意味で、領域 I, II および in, out というラベルを付けて4組の演算子を書いたとしても、 実際に独立なのは右向き・左向きのモードに対応する2組だけである。 ポテンシャルがある場合には、この単純な同一視が崩れ、 接続条件によって異なる向きのモードや、粒子・反粒子モードのあいだに非自明な関係が生じることになる。

ポテンシャルが存在するとき、 全領域で時間依存性を \(e^{-iEt}\) と分離し、\[\begin{align} m < E < V_0 - m \tag{15.16}\end{align}\] を満たすエネルギーのモード \(\hat{\phi}^{(E)}(x,t)\) に注目する。 このとき、領域 I では\[\begin{align} k = \sqrt{E^2 - m^2} > 0 \tag{15.17}\end{align}\] として\[\begin{align} \hat{\phi}_{\mathrm{I}}^{(E)}(x,t) = e^{-iEt}\frac{1}{2k} \left( e^{ikx}\hat{a}_{\mathrm{I,in}}(k) + e^{-ikx}\hat{a}_{\mathrm{I,out}}(k) \right) \tag{15.18}\end{align}\] と書ける。 一方、領域 II では\[\begin{align} E_{\mathrm{eff}} \equiv E - V_0 < -m \tag{15.19}\end{align}\] となるため、このモードは領域 II の自然な時間発展に関しては負の振動数解に対応する。 そこで\[\begin{align} p = \sqrt{(V_0 - E)^2 - m^2} \tag{15.20}\end{align}\] とおく。 ここで後の行列表現を標準的な形にするため、outgoing mode の位相規約にマイナス符号(\(e^{i\pi}\))を含めて定義し直して、\[\begin{align} \hat{\phi}_{\mathrm{II}}^{(E)}(x,t) = e^{-iEt}\frac{1}{2p} \left( e^{ipx}\hat{b}_{\mathrm{II,in}}^\dagger(p) - e^{-ipx}\hat{b}_{\mathrm{II,out}}^\dagger(p) \right) \tag{15.21}\end{align}\] と表すことにする。 \(x=0\) における連続条件から\[\begin{align} \frac{1}{k} \left( \hat{a}_{\mathrm{I,in}} + \hat{a}_{\mathrm{I,out}} \right) &= \frac{1}{p} \left( \hat{b}_{\mathrm{II,in}}^\dagger - \hat{b}_{\mathrm{II,out}}^\dagger \right), \\ \hat{a}_{\mathrm{I,in}} - \hat{a}_{\mathrm{I,out}} &= \hat{b}_{\mathrm{II,in}}^\dagger + \hat{b}_{\mathrm{II,out}}^\dagger \tag{15.22}\end{align}\] が得られる。 これを \(\hat{a}_{\mathrm{I,out}}\) について解くと\[\begin{align} &\frac{\hat{a}_{\mathrm{I,out}}}{\sqrt{2k}} = \alpha_k \frac{\hat{a}_{\mathrm{I,in}}}{\sqrt{2k}} + \beta_k \frac{\hat{b}_{\mathrm{II,in}}^\dagger}{\sqrt{2p}}, \\ &\alpha_k = \frac{k+p}{k-p}, \qquad \beta_k = -\frac{2\sqrt{kp}}{k-p} \tag{15.23}\end{align}\] となる。

15-3. ボゴリューボフ変換

原点付近の強いポテンシャル(電場)によって粒子・反粒子対の生成が起こり得るため、外向きに伝播する outgoing mode は必ずしも空(真空)であるとは限らない。 他方、初期状態を真空とみなすのであれば、無限遠から原点へ向かってくる incoming mode には粒子が存在しないはずである。 そこで、in 真空 \(|0\rangle_{\mathrm{in}}\) を、すべての incoming mode の消滅演算子で消される状態、すなわち\[\begin{align} \hat{a}_{\mathrm{I,in}}(k)|0\rangle_{\mathrm{in}} = \hat{b}_{\mathrm{I,in}}(k)|0\rangle_{\mathrm{in}} = \hat{a}_{\mathrm{II,in}}(p)|0\rangle_{\mathrm{in}} = \hat{b}_{\mathrm{II,in}}(p)|0\rangle_{\mathrm{in}} = 0 \tag{15.24}\end{align}\] を満たす状態として定義する。 この定義のもとで、outgoing mode の生成・消滅演算子を incoming mode の生成・消滅演算子で表すことができれば、真空からの粒子対生成を直接的に議論することができる。

前節で計算したように、原点での接続条件から定まる生成・消滅演算子の間の関係は、

ボゴリューボフ変換

\[\begin{align} \hspace{-10pt} \left( \begin{array}{c} \hat{a}_{\mathrm{I,out}}(k)/\sqrt{2k} \\ \hat{b}_{\mathrm{II,out}}^\dagger(p)/\sqrt{2p} \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} \alpha_k & \beta_k \\ \beta_k^* & \alpha_k^* \end{array} \right) \left( \begin{array}{c} \hat{a}_{\mathrm{I,in}}(k)/\sqrt{2k} \\ \hat{b}_{\mathrm{II,in}}^\dagger(p)/\sqrt{2p} \end{array} \right) \tag{15.25}\end{align}\]

という形にまとめられる。 ここで、ボゴリューボフ係数(Bogoliubov coefficient)の間には\[\begin{align} |\alpha_k|^2 - |\beta_k|^2 = 1 \tag{15.26}\end{align}\] が成り立つ。86 このような、異なるモード展開間で生成・消滅演算子を関係づける線形変換を、ボゴリューボフ変換(Bogoliubov transformation)と呼ぶ。 この関係式は、実際に粒子が入射しているかどうかに依存せず、モード展開そのものの性質から導かれるものである。したがって、初期状態が真空であっても適用可能である。

領域 I の outgoing mode に注目すると、in 真空に対する期待値は\[\begin{align} {}_{\mathrm{in}}\langle 0| \hat{a}_{\mathrm{I,out}}^\dagger (k) \hat{a}_{\mathrm{I,out}} (k') |0\rangle_{\mathrm{in}} &=\left|\beta_k\right|^2 \frac{k}{p} {}_{\mathrm{in}}\langle 0| \hat{b}_{\mathrm{II,in}} (p) \hat{b}_{\mathrm{II,in}}^\dagger (p') |0\rangle_{\mathrm{in}} \nonumber\\ &= \left|\beta_k\right|^2 \frac{k}{p} (2\pi) (2 p^0) \delta(p-p') \nonumber\\ &=\left|\beta_k\right|^2 (2\pi) (2 k^0) \delta(k-k') \tag{15.27}\end{align}\] となる。87 したがって、[eq:scalarcurrentQFT] を参考にすると、領域 I の outgoing mode による電荷の流れ \(\hat{j}_x\) の in 真空における期待値は、\[\begin{align} \hspace{-25pt} &\left. {}_{\mathrm{in}}\left< 0 \right\vert \hat{j}_x \left\vert 0 \right>_{\mathrm{in}} \right\vert_{x<0} \nonumber\\ \hspace{-25pt} &= -q \int \frac{\mathrm{d}k}{(2\pi) 2k^0} \frac{\mathrm{d}k'}{(2\pi) 2k'^0} (k + k') e^{-i(k_\mu - k_\mu') x^\mu} {}_{\mathrm{in}}\langle 0| \hat{a}_{\mathrm{I,out}}^\dagger (k) \hat{a}_{\mathrm{I,out}} (k') |0\rangle_{\mathrm{in}} \nonumber\\ \hspace{-25pt} &=-q \int \frac{\mathrm{d}k}{(2\pi)} \frac{k}{k^0} |\beta_k|^2 \tag{15.28}\end{align}\] と求まる。 ただし、積分範囲は積分範囲は対生成が起こる \(V_0 > E+m\)、すなわち\(0<k < \sqrt{(V_0-m)^2 -m^2}\) を満たす運動量領域とする。 ここで、\(-q k /k^0\) の因子は左向きに進む電荷 \(q\) 、速さ \(k/k^0\) の単位流束を表している。 これは、incoming mode に粒子が存在しなくとも、粒子の outgoing mode の平均占有数が \(|\beta_k|^2\) だけ増加していることを意味している。

\(\left|\beta_k\right|^2\)\(k\leftrightarrow p\) の入れ替えに対して不変であることを用いると、領域 II における反粒子の outgoing mode による電荷の流れ \(\hat{j}_x\) の in 真空での期待値は、同様に\[\begin{align} \hspace{-25pt} &\left. {}_{\mathrm{in}}\left< 0 \right\vert \hat{j}_x \left\vert 0 \right>_{\mathrm{in}} \right\vert_{x>0}\nonumber\\ \hspace{-25pt} &= -q \int \frac{\mathrm{d}p}{(2\pi) 2p^0} \frac{\mathrm{d}p'}{(2\pi) 2p'^0} (p + p') e^{-i(p_\mu - p_\mu') x^\mu} {}_{\mathrm{in}}\langle 0| \hat{b}_{\mathrm{II,out}}^\dagger (p) \hat{b}_{\mathrm{II,out}} (p') |0\rangle_{\mathrm{in}} \nonumber\\ \hspace{-25pt} &=-q \int \frac{\mathrm{d}p}{(2\pi)} \frac{p}{p^0} |\beta_k|^2 \nonumber\\ \hspace{-25pt} &=-q \int \frac{\mathrm{d}p}{(2\pi)} \frac{p}{p^0} |\beta_p|^2 \tag{15.29}\end{align}\] となる。88 これは、反粒子の outgoing mode も粒子と同じ分布関数を持つことを意味している。したがって、強いポテンシャル差によって粒子・反粒子対が自発的に生成され、生成された正電荷の粒子は領域 I へ、負電荷の反粒子は領域 II へと飛び去ることが示された。

波数 \(k\) の入射粒子が 1 個存在する状態\[\begin{align} \hat{a}_{\mathrm{I,in}}^\dagger(k)|0\rangle_{\mathrm{in}} \tag{15.30}\end{align}\] に対しては、該当する運動量モードについて\[\begin{align} |\beta_k|^2 \to |\alpha_k|^2 + |\beta_k|^2 = 1 + 2|\beta_k|^2 \tag{15.31}\end{align}\] となる。 これは入射粒子がトリガーとなって対生成が増幅されることを意味しており、ボソンに特有の誘導放出に対応する現象である。 89 なお、一体系の波動関数を用いた計算で得られた反射係数 [eq:Kleinresult]\[\begin{align} |\alpha_k|^2 = 1 + |\beta_k|^2 \tag{15.32}\end{align}\] であった。 これが \(1\) を超えているのは、まさにこの誘導放出による寄与が含まれていたためであり、それが一体系の確率解釈を破綻させていた理由である。 さらに、一体系の計算結果は単に入射波と反射波の電荷の流れの比を表しているに過ぎず、真空からの自発的な対生成による寄与(\(|\beta_k|^2\))が欠落してしまっていることがわかる。

場の量子論においては、粒子数は一般に保存量ではない。 強い外部ポテンシャルの存在下では、ボゴリューボフ変換によって粒子モードと反粒子モードが混合し、真空の定義の違いを通じて粒子の生成・消滅が自然に記述される。 これにより、クラインのパラドックスは「真空の不安定性」の現れとして整合的に理解される。 90

15-4. 時間発展するモード関数による見方

15.2節の議論は、生成・消滅演算子の変換に代わり、モード関数自身の時間発展として捉え直すこともできる。この視点は、時間依存する外場や曲がった時空での粒子生成を扱う際に特に有用である。本節はこれまでの結果の別表現を与えるものであるため、初読の際は適宜読み飛ばしてもよい。

[eq:phiIEmode] の議論と同様に、エネルギーが \(E\) のモードに注目する。 場の演算子 \(\hat\phi(x,t)\) を、incoming mode を基底として\[\begin{align} \hat\phi^{(E)}(x,t) = u_k(x,t)\,\frac{\hat a_{\mathrm{I,in}}(k)}{\sqrt{2k}} + v_p(x,t)\,\frac{\hat b_{\mathrm{II,in}}^\dagger(p)}{\sqrt{2p}} \tag{15.33}\end{align}\] と展開する。 ここで \(u_k(x,t), v_p(x,t)\) はモード関数であり、ポテンシャルの寄与を含めたクライン・ゴルドン方程式\[\begin{align} \left[ (\partial_t+iV(x))^2-\partial_x^2+m^2 \right] u_k(x,t)=0 \\ \left[ (\partial_t+iV(x))^2-\partial_x^2+m^2 \right] v_p(x,t)=0 \tag{15.34}\end{align}\] を満たす。91 初期時刻において、\(u_k(x,t)\) は領域 I から原点へ向かう粒子モード、\(v_p(x,t)\) は領域 II から原点へ向かう反粒子モードとして、\[\begin{align} u_k(x,t) &\xrightarrow[t\to -\infty]{} \frac{1}{\sqrt{2k}}e^{-iEt+ikx} \qquad (x < 0) \\ v_p(x,t) &\xrightarrow[t\to -\infty]{} \frac{1}{\sqrt{2p}}e^{-iEt+ipx} \qquad (x > 0) \tag{15.35}\end{align}\] の漸近形を持つとする。 in 真空は\[\begin{align} \hat a_{\mathrm{I,in}}(k)|0\rangle_{\mathrm{in}}=0, \qquad \hat b_{\mathrm{II,in}}(p)|0\rangle_{\mathrm{in}}=0 \tag{15.36}\end{align}\] によって定義される。

いまの場合、モード関数は自由場ではなく、ポテンシャルの効果を含めた時間発展をする。 原点のポテンシャルで散乱を受けた後、十分遅い時刻においては、in 基底で定義されたモード関数は outgoing mode の重ね合わせとして表される。 すなわち、\[\begin{align} u_k(x,t) \xrightarrow[t\to +\infty]{} \left. \alpha_k \frac{1}{\sqrt{2k}}e^{-iEt-ikx}\right\vert_{x<0} - \left. \beta_k^* \frac{1}{\sqrt{2p}}e^{-iEt-ipx} \right\vert_{x>0} \tag{15.37}\end{align}\]\[\begin{align} v_p(x,t) \xrightarrow[t\to +\infty]{} \left. \beta_k' \frac{1}{\sqrt{2k}}e^{-iEt-ikx} \right\vert_{x<0} - \left. \alpha_k'^* \frac{1}{\sqrt{2p}}e^{-iEt-ipx} \right\vert_{x>0} \tag{15.38}\end{align}\] と書ける。 この係数 \(\alpha_k\) および \(\beta_k\) を求める問題は 15.1 節の計算と全く同じであり、結果は [eq:Kleinalpha][eq:Kleinbeta] 、および \(\alpha_k'^* = \alpha_k^*\), \(\beta_k' = \beta_k\) となる。

展開式[eq:modefunc_inbasis] を遅い時刻で[eq:uk_late],[eq:vq_late] に従って書き換えると、\[\begin{align} \hat\phi^{(E)}(x,t) & \xrightarrow[t\to +\infty]{} \left. \left( \alpha_k \frac{\hat a_{\mathrm{I,in}}(k)}{\sqrt{2k}} + \beta_k \frac{\hat b_{\mathrm{II,in}}^\dagger(p)}{\sqrt{2p}} \right) \frac{1}{\sqrt{2k}}e^{-iEt-ikx} \right\vert_{x<0} \nonumber\\ &\quad - \left. \left( \beta_k^* \frac{\hat a_{\mathrm{I,in}}(k)}{\sqrt{2k}} + \alpha_k^* \frac{\hat b_{\mathrm{II,in}}^\dagger(p)}{\sqrt{2p}} \right) \frac{1}{\sqrt{2p}}e^{-iEt-ipx} \right\vert_{x>0} \tag{15.39}\end{align}\] となる。 これを outgoing mode による自然な展開\[\begin{align} \hat\phi^{(E)}(x,t) = \left.\frac{\hat a_{\mathrm{I,out}}(k)}{\sqrt{2k}} \frac{1}{\sqrt{2k}}e^{-iEt-ikx} \right\vert_{x<0} - \left.\frac{\hat b_{\mathrm{II,out}}^\dagger(p)}{\sqrt{2p}} \frac{1}{\sqrt{2p}}e^{-iEt-ipx} \right\vert_{x>0} \tag{15.40}\end{align}\] と比較すれば、\[\begin{align} \frac{\hat a_{\mathrm{I,out}}(k)}{\sqrt{2k}} &= \alpha_k \frac{\hat a_{\mathrm{I,in}}(k)}{\sqrt{2k}} + \beta_k \frac{\hat b_{\mathrm{II,in}}^\dagger(p)}{\sqrt{2p}}, \\ \frac{\hat b_{\mathrm{II,out}}^\dagger(p)}{\sqrt{2p}} &= \beta_k^* \frac{\hat a_{\mathrm{I,in}}(k)}{\sqrt{2k}} + \alpha_k^* \frac{\hat b_{\mathrm{II,in}}^\dagger(p)}{\sqrt{2p}} \tag{15.41}\end{align}\] というボゴリューボフ変換の式が再び得られる。

なお、[eq:vq_late] から直接粒子生成を議論することもできる。 電荷の流れの演算子の空間成分に注目して、正規化順序積を除くと、\[\begin{align} \hat j_x(x,t) = -iq\left( \hat\phi^\dagger \partial_x \hat\phi - (\partial_x \hat\phi^\dagger)\hat\phi \right) \tag{15.42}\end{align}\] と書ける。 in 真空の期待値を計算すると、\[\begin{align} \hspace{-20pt} &{}_{\mathrm{in}}\langle 0| \hat{j}_x(x,t) |0\rangle_{\mathrm{in}} \nonumber\\\hspace{-20pt} &= 2 q \int \frac{\mathrm{d}E}{2\pi \sqrt{2p}} \frac{\mathrm{d}E'}{2\pi \sqrt{2p'}} \mathrm{Im} \left[ v_p^*(x,t) \partial_x v_{p'} (x,t) \right] {}_{\mathrm{in}}\langle 0| \hat{b}(\boldsymbol{p}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{p}') |0\rangle_{\mathrm{in}} \nonumber\\\hspace{-20pt} &= 2 q \int \frac{\mathrm{d}E}{2\pi} \mathrm{Im} \left[ v_p^*(x,t) \partial_x v_p (x,t) \right] \tag{15.43}\end{align}\] となる。 ただしこの量は発散するため、自由場の場合には正規順序化を用いて発散項を取り除いて定義していた。 今の場合、発散項をあらわに取り除くため、out 真空を基準にして\[\begin{align} \hat j_x^{(\mathrm{ren})} (x,t) \equiv \hat j_x (x,t) - {}_{\mathrm{out}}\langle 0|\hat j_x (x,t)|0\rangle_{\mathrm{out}} \tag{15.44}\end{align}\] を定義する。92 遅い時刻において[eq:uk_late],[eq:vq_late] を用い、in 真空に対する期待値を計算すると、\[\begin{align} {}_{\mathrm{in}}\langle 0| \hat j_x^{(\mathrm{ren})} (x,t) |0\rangle_{\mathrm{in}} &= -q\int\frac{\mathrm{d}k}{2\pi}\, \frac{k}{E} |\beta_k|^2, \qquad (x<0), \\ {}_{\mathrm{in}}\langle 0| \hat j_x^{(\mathrm{ren})} (x,t) |0\rangle_{\mathrm{in}} &= -q\int\frac{\mathrm{d}k}{2\pi}\,\frac{k}{E} \bigl(|\alpha_k|^2-1\bigr) \nonumber \\ &= -q\int\frac{\mathrm{d}k}{2\pi}\,\frac{k}{E} |\beta_k|^2, \qquad (x>0) \tag{15.45}\end{align}\] となる。 ただし最後の等号では \(|\alpha_k|^2-|\beta_k|^2=1\) を用いた。 すなわち、左右両側に現れる電荷流束の大きさは等しく、その値は \(|\beta_k|^2\) で決まることがわかる。

したがって、モード関数の時間発展における正負振動数の混合は、生成・消滅演算子のボゴリューボフ変換と全く同じ粒子生成の物理を記述している。 この問題において本質的な量は、発散を含む裸の真空期待値そのものではなく、out 真空を基準に差し引かれた電流、あるいはそれと同値である out 粒子数 \(|\beta_k|^2\) である。

16. ローレンツ群

場の量子論では、場が対称性に対してどのように変換するかによって、その場の性質を分類する。 そのなかでも最も基本的で重要な対称性がローレンツ対称性である。 自由場の成分はローレンツ群の有限次元既約表現によって分類され、 その結果としてスカラー場、ワイルスピノル、ベクトル場などが現れる。

ここでは、ローレンツ群の基本的な性質を解説する。

16-1. 群と表現

集合 \(G\) (\(\ni g\)) が積\[\begin{align} G\times G \to G,\qquad (g_1,g_2)\mapsto g_1g_2 \tag{16.1}\end{align}\] をもち、結合法則\[\begin{align} (g_1g_2)g_3=g_1(g_2g_3) \tag{16.2}\end{align}\] を満たし、単位元 \(e\) と各元 \(g\) に対する逆元 \(g^{-1}\) が存在するとき、\(G\)(group)と呼ぶ。

\(G\)表現(representation)とは、あるベクトル空間 \(V\) 上の可逆線形変換全体の群 \(GL(V)\) への準同型写像\[\begin{align} D:G\to GL(V), \qquad D(g_1g_2)=D(g_1)D(g_2) \tag{16.3}\end{align}\] のことである。 特に、\(V\) の真の部分空間 \(W\subset V\) であって、任意の \(g\in G\) に対して\[\begin{align} D(g)W\subset W \tag{16.4}\end{align}\] を満たすものが存在するとき、その表現は可約(reducible)であるという。そのような部分空間が存在しないとき、表現は既約(irreducible)であるという。基本粒子の自由場は、多くの場合、対称群の既約表現によって分類される。

量子力学においては、物理状態はヒルベルト空間のベクトルそのものではなく、その複素位相を除いた射線(ray)によって表される。このため、対称変換は厳密には群の通常の表現ではなく、位相因子を許した射影表現(projective representation)\[\begin{align} U(g_1)U(g_2)=e^{i\alpha(g_1,g_2)}U(g_1g_2) \tag{16.5}\end{align}\] として実現されることがある。しかし多くの場合、この射影表現は適当な被覆群(covering group)の通常の表現として持ち上げることができる。スピン表現はその代表例である。

16-2. リー代数

群の元が連続パラメーターで記述されるとき、その群をリー群(Lie group)という。ローレンツ群や回転群はその典型例である。

リー群の単位元の近傍では、群の元は生成子(generator)を用いて\[\begin{align} g(\epsilon)=\exp\left(i\epsilon^a T_a\right) \tag{16.6}\end{align}\] と書ける。 ここで \(T_a\) は生成子、\(\epsilon^a\) は微小な実パラメーターである。 生成子の交換関係\[\begin{align} =i f_{ab}{}^{c} T_c \tag{16.7}\end{align}\] によって定まる代数を、その群のリー代数(Lie algebra)という。 係数 \(f_{ab}{}^{c}\)構造定数(structure constant)と呼ぶ。

群の表現 \(D(g)\) が与えられると、単位元の近傍で\[\begin{align} D(g(\epsilon)) = 1+i\epsilon^a\, d(T_a)+O(\epsilon^2) \tag{16.8}\end{align}\] と展開できる。 ここで \(d(T_a)\) は表現空間上の生成子であり、同じ交換関係\[\begin{align} = i f_{ab}{}^{c} d(T_c) \tag{16.9}\end{align}\] を満たす。 したがって、リー群の表現を調べるには、まずそのリー代数の表現を調べればよい。

16-3. 回転群とスピン群

三次元空間の回転群\[\begin{align} \mathrm{SO}(3) = \left\{ R\in M_3(\mathbb{R}) \;\middle|\; R^{\mathrm T}R=1,\ \det R=1 \right\} \tag{16.10}\end{align}\] で定義される。 通常のベクトル \(\boldsymbol{x}\)\[\begin{align} \boldsymbol{x}\to R\boldsymbol{x} \tag{16.11}\end{align}\] と変換する。

ところが量子力学では、物理状態は射線であるため、\(2\pi\) 回転の作用が必ずしも厳密に恒等変換である必要はない。 例えば、ある状態ベクトルが \(2\pi\) 回転で\[\begin{align} |\psi\rangle \to - |\psi\rangle \tag{16.12}\end{align}\] と符号反転したとしても、物理状態としては同一である。このため、\(\mathrm{SO}(3)\) の射影表現を考える必要が生じる。93

この射影表現を通常の表現として扱うために導入されるのがスピン群である。 三次元回転の場合、スピン群は\[\begin{align} \mathrm{Spin}(3)\cong \mathrm{SU}(2) \tag{16.13}\end{align}\] であり、これは \(\mathrm{SO}(3)\)普遍被覆群(universal covering group)になっている。 両者の関係は\[\begin{align} \mathrm{SO}(3)\cong \mathrm{Spin}(3)/\mathbb{Z}_2 \cong \mathrm{SU}(2)/\mathbb{Z}_2 \tag{16.14}\end{align}\] で与えられる。 すなわち、\(\mathrm{SU}(2)\) の元 \(U\)\(-U\) は、\(\mathrm{SO}(3)\) における同一の回転に対応する。

一般に、\(\mathrm{SU}(2)\) の既約表現は\[\begin{align} j=0,\ \frac12,\ 1, \ \frac32, \ \dots \tag{16.15}\end{align}\] でラベルされ、その次元は \(2j+1\) である。 この \(j\)スピンに対応する。

\(\mathrm{SU}(2)\) の基本表現\[\begin{align} U(\boldsymbol{\theta}) = \exp\left( -i \boldsymbol{\theta}\cdot \frac{ \boldsymbol{\sigma}}{2} \right) \tag{16.16}\end{align}\] は 2 次元既約表現であり、これがスピン \(1/2\) 表現である。 \(\hat{\boldsymbol{n}}\) を軸とする \(2\pi\) 回転のとき、\[\begin{align} U(2\pi \boldsymbol{\hat n}) = -1 \tag{16.17}\end{align}\] となるため、スピン \(1/2\) の波動関数は空間の1回転で符号を変える。

16-4. ローレンツ群

ローレンツ変換とは、ローレンツ計量を保つ線形変換\[\begin{align} \Lambda^{\mathrm T}\eta \Lambda = \eta \tag{16.18}\end{align}\] のことであり、その全体は\[\begin{align} \mathrm{O}(3,1) = \left\{ \Lambda \in M_4(\mathbb{R}) \;\middle|\; \Lambda^{\mathrm T}\eta\Lambda=\eta \right\} \tag{16.19}\end{align}\] で与えられる。

このうち \(\det \Lambda = 1\) を満たすものが固有(proper)ローレンツ変換であり、さらに \(\Lambda^0{}_0 \ge 1\) を満たすものが順時(orthochronous)ローレンツ変換である。 以下では、単位元と連結な成分である固有順時ローレンツ群 \(\mathrm{SO}^+(3,1)\) を単にローレンツ群と呼ぶことにする。その普遍被覆群\[\begin{align} \mathrm{Spin}(3,1)\cong \mathrm{SL}(2,\mathbb{C}) \tag{16.20}\end{align}\] である。

([eq:DWeyl])によると、 ローレンツ変換に対するディラックスピノルの変換 \(\psi(x) \to \psi'(x') = D(\Lambda) \psi(x)\)を表す行列は、 ワイル表示では\[\begin{align} \hspace{-12pt} D(\Lambda) &= \exp \left(\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) \nn\\ \hspace{-12pt} &= \left(\begin{array}{cc} \exp \left(-i \boldsymbol{\theta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} - \boldsymbol{\eta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right) & 0 \\ 0 & \exp \left(-i \boldsymbol{\theta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} + \boldsymbol{\eta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right) \end{array}\right) \tag{16.21}\end{align}\] とブロック対角化された。 すなわち、上 2 成分 (左巻きワイルスピノル) と下 2 成分 (右巻きワイルスピノル) は、固有順時ローレンツ変換のもとでは互いに混ざらず、それぞれ独立に変換する。 94 それぞれの変換行列は、\(\mathrm{SU}(2)\) の2表現の生成子\(\boldsymbol{\sigma}/2\)に対して、係数が複素ベクトル \(\boldsymbol{\theta} \mp i \boldsymbol{\eta}\) となるパラメーターを持った変換の形をしている。

この構造は、ローレンツ群そのものではなく、そのリー代数を調べるとより明らかになる。 ([eq:DWeyl2])を\[\begin{align} D(\Lambda) = \exp\left( -i \boldsymbol{\theta}\cdot \boldsymbol{J} +i \boldsymbol{\eta}\cdot \boldsymbol{K} \right) \tag{16.22}\end{align}\] と書いたとき、回転の生成子 \(J_i\)ブーストの生成子 \(K_i\) の交換関係は\[\begin{align} &= i\epsilon_{ijk}J_k, \nonumber\\ [J_i,K_j] &= i\epsilon_{ijk}K_k, \nonumber\\ [K_i,K_j] &= -i\epsilon_{ijk}J_k \tag{16.23}\end{align}\] となる。95 ここで、新しい生成子の組\[\begin{align} N_i = \frac12 (J_i - iK_i), \qquad \bar N_i = \frac12 (J_i + iK_i) \tag{16.26}\end{align}\] を定義すると、[eq:LorentzJK] から\[\begin{align} &= i\epsilon_{ijk}N_k, \nonumber\\ [\bar N_i,\bar N_j] &= i\epsilon_{ijk}\bar N_k, \nonumber\\ [N_i,\bar N_j] &= 0 \tag{16.27}\end{align}\] が従う。 すなわち、ローレンツ代数の複素化(complexification)は、互いに可換な2つの \(\mathrm{SU}(2)\) 代数の直和\[\begin{align} \mathfrak{so}(3,1)_\mathbb{C} \cong \mathfrak{su}(2)_\mathbb{C}\oplus \mathfrak{su}(2)_\mathbb{C} \cong \mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})\oplus \mathfrak{sl}(2,\mathbb{C}) \tag{16.28}\end{align}\] へと分解される。96

この直和分解に基づいて、ローレンツ群の有限次元表現は2つのスピンの組\[\begin{align} (j_L,j_R), \qquad j_L,\ j_R=0,\ \frac12,\ 1,\ \frac32,\ \dots \tag{16.29}\end{align}\] によって分類される。 ここで \(\left(\frac12,0\right)\) が左巻きワイルスピノル\(\left(0,\frac12\right)\) が右巻きワイルスピノルである。 また、 直和表現 \(\left(\frac12,0\right)\oplus \left(0,\frac12\right)\) がディラックスピノルに対応する。

[eq:NNbar] を逆に解くと\[\begin{align} J_i &= N_i + \bar N_i, \\ K_i &= i(N_i-\bar N_i) \tag{16.30}\end{align}\] である。 左巻きワイルスピノル \(\left(\frac12,0\right)\) では\[\begin{align} N_i \to \frac{\sigma_i}{2}, \qquad \bar N_i \to 0 \tag{16.31}\end{align}\] と作用するため、元の生成子は\[\begin{align} J_i \to \frac{\sigma_i}{2}, \qquad K_i \to i\frac{\sigma_i}{2} \tag{16.32}\end{align}\] となり、[eq:DWeyl2] の上ブロックが再現される。 同様に、右巻きワイルスピノル \(\left(0,\frac12\right)\) では\[\begin{align} N_i \to 0, \qquad \bar N_i \to \frac{\sigma_i}{2} \tag{16.33}\end{align}\] であるから、\[\begin{align} J_i \to \frac{\sigma_i}{2}, \qquad K_i \to -i\frac{\sigma_i}{2} \tag{16.34}\end{align}\] となり、[eq:DWeyl2] の下ブロックが再現される。

ただし、この二つの \(\mathfrak{sl}(2,\mathbb{C})\) は、実ローレンツ代数に戻ったときに完全に独立なものではない。 もとの \(\mathfrak{so}(3,1)\) は、その複素化 \(\mathfrak{so}(3,1)_\mathbb{C}\)実形(real form)であり、その実形条件のもとでは\[\begin{align} \bar N_i = (N_i)^\dagger \tag{16.35}\end{align}\] とみなされる。 この意味で、\(\left(\frac12,0\right)\)\(\left(0,\frac12\right)\) は互いに複素共役な表現である。

なお、 \(\left(\frac12,\frac12\right)\) 表現に従って変換するものが4元ベクトルである。例えば、左巻きスピノル \(\xi\) と右巻きスピノル \(\eta^\dagger\) から作った双線形形式\[\begin{align} \eta^\dagger \bar{\sigma}^\mu \xi \tag{16.36}\end{align}\] は4元ベクトルとして変換する。スピノル添字を2つもつ \(\sigma^\mu\) および \(\bar\sigma^\mu\) が、スピノル表現とベクトル表現を結びつける不変テンソルとして働くのである。 97

16-5. 場の演算子とユニタリ変換

ローレンツ変換においてはブーストのラピディティを無限に大きくできるため、 ローレンツ群はコンパクト群(compact group)ではない。 このため、コンパクト群である \(\mathrm{SO}(3)\)\(\mathrm{SU}(2)\) とは異なり、 ローレンツ群の有限次元表現は一般にはユニタリ表現(unitary representation)ではない。 例えば、ディラックスピノルの波動関数のローレンツ変換\(\psi(x) \to \psi'(x') = D(\Lambda) \psi(x)\) に現れる変換行列 \(D(\Lambda)\) は、一般には \(D^\dagger(\Lambda) \neq D^{-1}(\Lambda)\)である。 従って、\(\psi^\dagger (x) \psi(x)\)はローレンツ変換、特にローレンツブーストによって不変ではない。実際、この量は単位電荷をもつ粒子の電荷密度を表しており、電荷の流れの4元ベクトル\(\bar{\psi}\gamma^\mu \psi\)の第0成分として変化する。

一方で、量子力学における状態はヒルベルト空間のベクトルであり、対称性変換はその空間上のユニタリ演算子として実現されなければならない。すなわち、ローレンツ変換は、ヒルベルト空間上のユニタリ演算子 \(U(\Lambda)\) によって表されるべきである。

例えば、スカラー粒子の1粒子状態\[\begin{align} |\boldsymbol{k}\rangle = \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle \tag{16.37}\end{align}\] に対しては、\[\begin{align} U(\Lambda)|\boldsymbol{k}\rangle = |\Lambda \boldsymbol{k}\rangle \tag{16.38}\end{align}\] と作用するものと定義する。98 ここで \(\Lambda \boldsymbol{k}\) は、ローレンツ変換された4元運動量の空間成分を表す。

場の演算子 \(\hat{\psi}(x)\) に対する変換則は、

場の演算子の変換

\[\begin{align} U(\Lambda)\,\hat{\psi}(x)\,U^{-1}(\Lambda) = D^{-1}(\Lambda)\, \hat{\psi} (\Lambda x) \tag{16.39}\end{align}\]

で定義される。ここで、\(D(\Lambda)\)はスカラー場の場合には\(1\)、スピノル場の場合には([eq:Dlambda])の\(D(\Lambda)\)、ベクトル場の場合には\(\Lambda^{\mu}{}_\nu\)である。

自由スカラー場は\[\begin{align} \hat{\phi}(x) = \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( a(\boldsymbol{k})e^{ikx} + b^\dagger(\boldsymbol{k})e^{-ikx} \right) \tag{16.40}\end{align}\] と書ける。 ローレンツ変換に対する変換則\[\begin{align} U(\Lambda)\hat{\phi}(x)U^{-1}(\Lambda) = \hat{\phi}(\Lambda x) \tag{16.41}\end{align}\] と、測度\(\widetilde{\mathrm{d}k}\)のローレンツ不変性を用いると、\[\begin{align} U(\Lambda)\,\hat{a}(\boldsymbol{k})\,U^{-1}(\Lambda) &= a(\Lambda\boldsymbol{k}), \\ U(\Lambda)\,\hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k})\,U^{-1}(\Lambda) &= b^\dagger(\Lambda\boldsymbol{k}) \tag{16.42}\end{align}\] が従う。 すなわち、ユニタリ演算子 \(U(\Lambda)\) はヒルベルト空間上で生成・消滅演算子を正しく変換し、 その結果として1粒子状態[eq:Uon1particle]が期待通りにローレンツ変換される。

1粒子状態の波動関数は、量子状態 \(|\psi\rangle\) から\[\begin{align} \psi(x) &= \left< 0 \right\vert \hat{\psi}(x) \left\vert \psi \right> \tag{16.43}\end{align}\] のように得られる。 ローレンツ変換\(x' = \Lambda x\)の下で、左辺の波動関数は成分として\[\begin{align} \psi(x) = D^{-1} (\Lambda) \psi'(x') \tag{16.44}\end{align}\] と変換する。 一方、右辺に \(U^{-1}(\Lambda) U(\Lambda) = 1\) を挿入すると、\[\begin{align} \left< 0 \right\vert \hat{\psi}(x) \left\vert \psi \right> &= \left< 0 \right\vert U^{-1} U \hat{\psi}(x) U^{-1} U \left\vert \psi \right> \nn\\ &= D^{-1}(\Lambda) \left< 0 \right\vert \hat{\psi}(x') \, U(\Lambda) \left\vert \psi \right> \tag{16.45}\end{align}\] となる。ここで、真空のローレンツ不変性\(U(\Lambda) \left\vert 0 \right> = \left\vert 0 \right>\)を用いた。 ローレンツ変換された状態\(U(\Lambda) \left\vert \psi \right>\) の波動関数が\[\begin{align} \psi'(x) &= \left< 0 \right\vert \hat{\psi}(x) \, U(\Lambda) \left\vert \psi \right> \tag{16.46}\end{align}\] となることから、([eq:psiprimeL])と[eq:psiprimeR]の変換則に矛盾がないことが確かめられる。

したがって、場の量子論においては、波動関数としての \(\psi(x)\) の変換(有限次元の非ユニタリ表現)と、演算子としての \(\hat{\psi}(x)\) の変換(無限次元のユニタリ表現)は同一ではない。前者は成分の変換則そのものであり、後者はヒルベルト空間上のユニタリ演算子による共役変換として実現される。 99


  1. 「1粒子系」と呼ぶほうが直感的ではあるが、相対論的理論では「粒子」と「反粒子」の区別が本質的となるため、本書では「一体系」という表現を用いる。戻る

  2. 外場や相互作用のない自由粒子の理論であっても、そこには深遠な物理が含まれている。戻る

  3. この枠組みにより、電子の磁気モーメントや水素原子のスペクトルなどの観測量を計算し、相対論的効果を検証できる。戻る

  4. ボルト(V)は乾電池などを通じて日常的になじみ深い単位であるため、一見すると人間スケールの物理量のような印象を与える。 しかし、電圧の発生機構やその作用対象は本質的に電子と結びついており、電圧の典型的な大きさはむしろ電子にとって自然なエネルギースケールを反映している。

    特に電池の起電力は、酸化還元反応に伴う電子の授受によって生じるものであり、その起源は化学結合や電子状態の変化にある。 したがって、電池が生み出すエネルギースケールは、原子や分子のイオン化エネルギーや電子親和力といったミクロなエネルギーと同程度となる。この事実は、電子ボルトという単位が原子・分子スケールの物理を記述する上で合理的であることを示唆している。戻る

  5. マクスウェル方程式に \(4\pi\) が現れない「有理化された単位系」では、微細構造定数と電荷の関係は \(\alpha = e^2 / 4\pi\) となる。 一方、ガウス単位系を採用している古典的な理論物理学の教科書では \(\alpha = e^2\) と定義されることがあるため、電荷 \(e\) の数値的な定義が異なることに注意が必要である。戻る

  6. 本書において「ローレンツ変換」はローレンツブーストと空間回転のみを含む「固有ローレンツ変換」を指し、空間反転(パリティ変換)や時間反転は含めない。実際、素粒子の標準模型は空間反転・時間反転に対して対称ではない。戻る

  7. この式を行列形式で書けば \(\Lambda^T \eta \Lambda = \eta\) となり、\(\Lambda\) が一般直交群 \(O(1,3)\) に属することを意味する。また、逆変換行列を \(\Lambda_{\mu}{}^{\nu} \equiv (\Lambda^{-1})^\nu{}_\mu\) と定義し、計量テンソルそのものの変換性(2階共変テンソルとしての変換則)を考えると、\(\eta'_{\mu\nu} = \Lambda_{\mu}{}^{\alpha} \Lambda_{\nu}{}^{\beta} \eta_{\alpha \beta} = \eta_{\mu\nu}\) という「計量テンソルが不変であること」と同値な式が得られる。戻る

  8. \(\Lambda^\mu{}_\nu\)\(\delta \omega^\mu{}_\nu\)はテンソルではないが、縮約の規則や\(\eta_{\mu\nu}\)による添え字の上げ下げの規則はテンソルと同様に適用する。 これは\(\Lambda_{\alpha}{}^{\mu} \equiv (\Lambda^{-1})^{\alpha}{}_{\mu}\)の定義とも矛盾しない。戻る

  9. ここでは系そのものがローレンツブーストや回転で変換されると考える。戻る

  10. この式変形は、行列に関する極限公式\(\lim_{N \to \infty} \left( 1 + X/N \right)^N = e^X\)に対応している。戻る

  11. このハミルトニアンのもとで、ハミルトンの運動方程式\(\mathrm{d}\boldsymbol{r}/\mathrm{d}t = \partial H /\partial \boldsymbol{p}\), \(\mathrm{d}\boldsymbol{p}/\mathrm{d}t = -\partial H /\partial \boldsymbol{r}\)からローレンツ力を含む運動方程式\(m \mathrm{d}^2 \boldsymbol{r}/\mathrm{d}t^2 = q(\boldsymbol{E} + \mathrm{d}\boldsymbol{r}/\mathrm{d}t \times \boldsymbol{B})\) が導かれる。ここで、\(\mathrm{d}\boldsymbol{A}/\mathrm{d}t = \partial \boldsymbol{A}/\partial t + (\partial \boldsymbol{r}/\partial t \cdot \boldsymbol{\nabla}) \boldsymbol{A}\) であることに注意する。古典力学ではハミルトニアン自体はゲージ変換で形式的に変化するが、運動方程式はゲージ不変性を持つ。戻る

  12. ハミルトニアンは時間並進、運動量は空間並進の生成子であることを考えれば、相対論的にもこれらの関係が成立することは自然である。 実際、この演算子\(\hat{p}^\mu\) がローレンツ変換に対して4元ベクトルとして正しく振る舞うことは、ポアンカレ群の生成子 との交換関係を計算することで確認できる。戻る

  13. [\(\psi^* \times\)[([Schrodinger])]\(-\)[([Schrodinger])]\(^* \times \psi\)] を計算することで導出できる。戻る

  14. 古典電磁気学においては、ハミルトニアン自体はゲージ変換のもとで形式的に変化するが、運動方程式はゲージ不変となる。戻る

  15. 電磁相互作用の場合、局所的な位相変換 \(U(x) = e^{i q \theta(x)}\)\(1\times 1\) のユニタリ行列であり、これら全体は \(\mathrm{U}(1)\) 群をなす。 このような \(\mathrm{U}(1)\) ゲージ変換に対して不変となる理論を、\(\mathrm{U}(1)\) ゲージ理論と呼ぶ。戻る

  16. 本書の表記では、電子の電荷は \(q=-|e|\) である。戻る

  17. スピンは古典的な対応物をもたないため、古典理論による直感的な説明が困難である点に注意する必要がある。戻る

  18. 回転のベクトルが\(\boldsymbol{\theta}\)である回転変換を考えると、 \(\boldsymbol{x}' = R(\boldsymbol{\theta}) \boldsymbol{x}\)となる。 これにより、例えば反変ベクトルの空間成分\(\boldsymbol{A}(\boldsymbol{x})\)\(\boldsymbol{A}'(\boldsymbol{x}') = R(\boldsymbol{\theta}) \boldsymbol{A}(\boldsymbol{x})\)と変換し、通常の意味での3次元ベクトルと見なせる。 一方で、スピン1/2のスピノル\(\boldsymbol{\psi}(\boldsymbol{x})\)は、 \(\boldsymbol{\psi}'(\boldsymbol{x}') = \exp(-i \boldsymbol{\theta}\cdot \boldsymbol{\sigma}/2) \boldsymbol{\psi}(\boldsymbol{x})\) と変換する。戻る

  19. \(1/(2\omega_\boldsymbol{k})\) の因子は、11.1節で説明するように、ローレンツ不変な積分測度 \(\mathrm{d}^3k/(2 \omega_\boldsymbol{k})\) が現れるように含めた。 また、\(a(\boldsymbol{k})\) および \(b^*(-\boldsymbol{k})\) は積分定数であり,後に導入する場の理論との対応を見据えた表記となっている。戻る

  20. 負の振動数の解について、このように \(e^{-i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}}\) に比例する形をとったものが、 (運動量 \(-\boldsymbol{k}\) をもつ解ではなく)運動量 \(\boldsymbol{k}\) をもつ反粒子の波動関数に対応することは、 次節で行う非相対論的近似の議論から理解できる。戻る

  21. ([eq:nonrela1]) に現れる \(e^{-imt}\) は位相因子であるため、時間微分として作用するハミルトニアン以外の観測量には影響しない。 この位相因子を取り除くことは、ハミルトニアンから静止質量の寄与を差し引く操作に対応する。戻る

  22. \(\varphi\) の方程式で \(m\to -m\) として全体の複素共役を取り、\(\varphi^*\to \chi\) と置き換えれば確かめられる。戻る

  23. エネルギー固有状態にある定常状態を考える限り、負の振動数の解を特別に意識する必要はない。 しかし、負の振動数成分のみを取り出したエネルギー固有状態を考えることも可能であり、これは反粒子が存在する状態を表す。戻る

  24. なぜ反粒子の波動関数として複素共役が現れるのかについては、後に場の量子論の視点から説明する。戻る

  25. 係数は、非相対論的極限において([eq:nonrelarho])および[eq:nonrelaj]の結果を再現するよう選んだ。戻る

  26. これは、相対論的領域において保存されるべき量が粒子数ではなく電荷であることを示唆している。 歴史的には、\(\rho(x)\) を粒子の確率密度と解釈しようとして、その値が負になりうることから理論が破綻していると考えられた時期があった。 しかしこれは「保存される量は粒子数である」という固定観念、あるいは安定な粒子しか知られていなかった時代の経験則によるバイアスであった。 現代的な視点では、相対論的エネルギースケールでは粒子の生成・消滅が可能であり、保存されるべき基本量は電荷である。 これを認めるならば、\(\rho(x)\) を電荷密度として定義し直すことは自然であり、電荷であればその値が正にも負にもなりうることは許容される。戻る

  27. この再解釈は、量子力学の基本公理(状態 \(\left\vert \psi \right>\) を観測する確率はノルムの二乗で与えられることや、観測量の期待値が \(\left< \psi \right\vert \hat{O} \left\vert \psi \right>\) で与えられることなど)を否定するものではない。 非相対論的な位置演算子の固有状態を用いて粒子数密度演算子を \(\hat{n}(\boldsymbol{x}) = \left|\boldsymbol{x}\right>\left<\boldsymbol{x}\right|\) のように定義しても、相対論的理論においてはその期待値(確率密度)の時間変化が保存則を満たさない、ということを意味している。 一方、保存量である電荷密度を表す演算子はより複雑な構造を持つ。11.4節で説明するように、場の量子論において適切に規格化された場 \(\hat{\phi}\) を用いると、電荷密度演算子は \(\hat{\rho} = -iq \hat{\phi}^\dagger \dot{\hat{\phi}} - \dot{\hat{\phi}}^\dagger \hat{\phi}\) のような形で与えられる。戻る

  28. \(m\) の係数を一般的な行列と仮定しても、対角化による基底の変換を行えば、最終的に単位行列の定数倍として扱って一般性を失わない。戻る

  29. 一体系の波動関数の立場でこのハミルトニアンをそのまま用いると、後述する負の振動数の解に対して負のエネルギー固有値が現れる。 したがって、この \(\hat{H}\) は一体系の枠組みでは粒子(正の振動数成分)の解に対してのみ素直にエネルギーを与える演算子として解釈される。 しかし場の量子論では、負の振動数成分は反粒子の生成・消滅演算子として再解釈され、反可換関係と合わせることで、反粒子も正のエネルギーをもつことが自動的に保証される。戻る

  30. この関係は粒子の解に対して成り立つものであり、反粒子の場合には解釈が異なる。戻る

  31. 係数 \(q\) を電荷とみなした場合、第0成分 \(j^0 = q \psi^\dagger \psi\) は電荷密度に対応する。\(\psi^\dagger \psi\) は正定値であるため、この定義では反粒子も粒子と同じ符号の電荷を持つことになってしまう。この矛盾は、場の量子論において \(\psi\) を演算子とみなし、フェルミオンの反交換関係を導入することで解決される。ただし、本章の段階では、粒子の解に関して\(\rho(x)\)が正しい電荷密度を与え、全体として連続の式が満たされることの確認にとどめる。戻る

  32. 質量が0の場合は \(n=2\) でも理論を構成でき、この場合はワイル方程式となる。戻る

  33. カイラル表示(Chiral representation)とも呼ばれる。戻る

  34. スピノルの添え字を小文字のローマ字 (\(a = 1,2,3,4\)など) で明示的に書くと、\(\gamma^\mu \psi\)\((\gamma^\mu)_a{}^b \psi_b\)\(D(\Lambda) \psi\)\(D_a{}^b \psi_b\)と表される。ここで、スピノル添え字についてもアインシュタインの和の規約を採用した。戻る

  35. 正確には ([Lambda_munu]) に現れるパラメーター \(\omega_{\rho \sigma}\) の関数として書くべきであるが、 ローレンツ変換を特徴づけるパラメーターに依存する関数の引数は、慣例としてまとめて \(\Lambda\) と表記することが多い。戻る

  36. \(D(\Lambda)\)\(\Lambda^\mu{}_\nu\) は作用する対象が異なることに注意する。 スピノルの添え字を明示的に書くと、 \((D(\Lambda)^{-1})_a{}^b (\gamma^\mu)_b{}^c (D(\Lambda))_c{}^d = \Lambda^{\mu}_{\ \nu} (\gamma^\nu)_a{}^d\) である。 ここで、\(D^b{}_a \equiv (D(\Lambda)^{-1})_a{}^b\) と書いて変形すると、 \((\gamma^\mu)_a{}^d = \Lambda^{\mu}_{\ \nu} D_a{}^b D^d{}_c (\gamma^\nu)_b{}^c\) となる。 これは、\(\gamma\) 行列のもつスピノル添え字とローレンツ添え字の全てに対してナイーブな変換性を考慮したとしても、その全体が不変であることを示している。すなわち,\(\gamma\) 行列がスピノル添え字とローレンツ添え字を結びつける 不変テンソル(invariant tensor)として働いていることを意味する。戻る

  37. \(\gamma^0\)はエルミート、\(\gamma^i\)は反エルミートであるため、\(\sigma^{\mu\nu}\)\((\mu, \nu) = (0, i)\)で反エルミート、\((i, j)\)でエルミートになる。戻る

  38. \(\sigma^{\mu\nu}\)はパウリ行列を拡張したものに対応し、後述のように\(S^{\mu\nu} = \sigma^{\mu\nu}/2\)の係数\(1/2\)はスピンが\(1/2\)であることと関係している。戻る

  39. 空間回転に対して \(D(\Lambda)\) はユニタリ行列になる。 一方で、\(\sigma^{0i}\) が反エルミートであることから、ローレンツブーストに対しては \(D(\Lambda)\)はユニタリ行列にはならない。戻る

  40. 係数を \(b_s\) ではなく \(b_s^*\) としているのは、場の量子論へ移行した際に、これが生成演算子 \(\hat{b}^\dagger_s\) に対応することを予期しての慣習的な表記である。戻る

  41. 一般の解は正の振動数の解と負の振動数の解が混ざり合ったものである。 しかし、エネルギーの固有状態を考える場合には、それらを独立に扱うことができるため、正と負の振動数の混合を考える必要はない。 例えば水素原子のスペクトル計算では、束縛状態であるため自由粒子の平面波とは異なるものの、電子の波動関数のエネルギー固有状態にのみ関心があるため、正の振動数の解だけを考えれば十分である。 重要なのは、負の振動数の解が理論的に必然的に現れ、それが反粒子の存在を予言する点にある。 一方、場の理論のように相互作用によって粒子や反粒子の生成・消滅を扱う場合には、すべての解を統一的に取り扱う必要がある。戻る

  42. \(v_s\) のスピンラベルが直感と逆転して見えるのは,反粒子解の取り方(場の量子論における生成・消滅演算子との対応)に由来する慣習による。 一般の運動量固有状態において \(e^{ik_\mu x^\mu} \leftrightarrow e^{-ik_\mu x^\mu}\) のように位相の符号が反転するのと同様に, 反粒子側ではスピンラベルの付け方が粒子側と同一とは限らない。 角運動量の観点からは,上向きスピンの粒子を消滅させる作用が,下向きスピンの反粒子を生成する作用に対応する,という見方と整合的である。 詳細については8.1 節の荷電共役変換の議論も参照されたい。戻る

  43. ユニタリ行列 \(U\) によって \(\gamma\) 行列の表示を \(\gamma^\mu \to U^\dagger \gamma^\mu U\) と変えたとき、 スピノルを \(\psi \to U^\dagger \psi\) と同時に変換すればディラック方程式の形は保たれる。 この変換で現れる \(U\) は、本節の関係式の両辺に同じ形で現れて相殺されるため、関係式は表示に依存しない。戻る

  44. 場の理論の観点では、負の振動数の解は反粒子に対応し、エネルギーの計算には演算子の順序(フェルミオンの反可換性)を正しく考慮する必要がある。 その結果、反粒子のエネルギーは正となり、この種の矛盾は生じない。戻る

  45. 場の理論の観点からは、ディラックの海は本質的ではなく、物理的に正しい描像ではない。 ただし、その発想は物性物理における空孔(hole)の概念と強い類似をもつ。戻る

  46. ディラック方程式の対称性から、反粒子の質量は粒子の質量と等しい。また、対生成の際には必ず粒子と反粒子がペアで生成される。そのため、宇宙の初期に粒子と反粒子の数に非対称性がなければ、現在の宇宙も粒子と反粒子が同数存在するはずである。しかし、観測される宇宙はほぼ粒子のみで構成されており、この点はパウリによって批判された。

    その後、陽電子の発見によりディラック理論の正しさは確認されたが、この批判自体が解消されたわけではない。この問題は現在の宇宙論における未解決問題の一つであり、物質反物質非対称性の起源の問題と呼ばれている。 この問題を解決するには、少なくとも理論が粒子と反粒子の入れ替えに対して非対称である必要がある。 そして、その非対称な効果によって、宇宙初期に粒子と反粒子の存在量の非対称性が生み出されなければならない。

    小林・益川理論(Kobayashi-Maskawa theory)は、このような非対称な効果を導入するために提案された素粒子モデルであり、その理論が予言した粒子も発見された。 しかし、この理論によって生成可能な粒子と反粒子の非対称性は不十分であり、物質反物質非対称性の起源の問題は依然として未解決である。

    このような議論は、宇宙や物質の起源を考察することを通じて、どのように素粒子理論を拡張すべきかについて重要な指針を与えている。戻る

  47. 場の理論による計算では、真空偏極の大きさは形式的に無限大になることが知られている。しかし、実際に観測されるのは見かけの電荷のみであり、真空偏極が存在しない状態での電荷を直接測定することはできない。また、真空偏極単独の効果を観測することもできない。このため、無限大になるような量が相殺されることで、実際に観測される電荷は有限の値をとっていると考えることができる。この処理をくりこみ(renormalization)と呼ぶ。 さらに、見かけの電荷がエネルギースケールによって変化する様子を記述する方程式はくりこみ群方程式と呼ばれ、場の理論における重要な帰結の一つである。戻る

  48. エネルギー固有状態では \(i\partial_0\psi=E\psi\) である。 \(\psi(x)=e^{-iEt}\tilde{\psi}(\boldsymbol{x})\) と書けるが、静止質量の寄与 \(m\) を取り除いたものが[eq:Diracnonrealafg]\((f,g)\) である。戻る

  49. なお、場の量子論における輻射補正を考慮すると、\(g\) の値は 2 からわずかにずれる。このずれは異常磁気モーメント(anomalous magnetic moment)と呼ばれ、量子電磁力学の精密な検証の舞台となっている。 電子とミューオンの実験値は以下の通りである [R.L. Workman et. al., (Particle Data Group), Prog.Theor.Exp.Phys. \(\bm{2022}\), 083C01 (2022)]。\[\begin{align} &(g_e-2)/2 = 0.00115965218076 (28) \\ &(g_\mu-2)/2 = 0.0011659206 (4) \tag{7.16}\end{align}\] 電子とミューオンの値が小数第6位まで一致しているのは、電磁相互作用による主要な補正が\((g-2)/2 = \alpha/(2\pi)\)として共通に寄与するためである。 電子に関しては理論計算と不確かさの範囲内で一致しており、場の理論が驚異的な精度で正しいことを示している。 一方、ミューオンに関しては理論計算とのわずかなずれが報告されており、このずれが未知の物理の影響による可能性が議論されている。戻る

  50. ここでは \(G\) が時間に依存しない場合を考える。ゲージポテンシャルが時間に依存する場合には、ハミルトニアンに余分な項が加わる。戻る

  51. これはアダマールの補題(Hadamard’s lemma)とも呼ばれる。 \(F(x) = e^{xG} H e^{-xG}\)\(x=0\) のまわりでテイラー展開すると\[\begin{align} F(x) = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{x^n}{n!} F^{(n)}(0) \tag{7.34}\end{align}\] となる。 ここで、 \(F(x)\)\(x\) で微分すると\[\begin{align} \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}x}F(x) = G e^{xG} H e^{-xG} - e^{xG} H G e^{-xG} = e^{xG} \left[ G, H \right] e^{-xG} \tag{7.35}\end{align}\] という関係が得られる。 これを繰り返し適用すると、微分するたびに左端に \(G\) が掛けられた項と、右端に \((-G)\) が掛けられた項の和(すなわち交換子)として表されることが分かるため、\[\begin{align} F^{(n)}(0) = \left[ G, \left[ G ,\dots \left[ G,H \right] \dots \right] \right] \tag{7.36}\end{align}\] となる。 これを上式に代入し、\(x=1\) とすれば公式が得られる。戻る

  52. \(1/m\) の次数では非対角成分も残るが、それは次の次数の \(G_2\) で消去される。 この操作は、ここで注目している対角成分の \(1/m^2\) の次数の項には影響を与えないため、以下では省略する。戻る

  53. ([eq:gammamudagger])より、\((\gamma^0)^T (\gamma^\mu)^* (\gamma^0)^T = (\gamma^\mu)^T\)であるから、 この条件は\(C (\gamma^\mu)^T C^{-1} = -\gamma^\mu\)とも書ける。戻る

  54. 例えば、負の振動数をもつ解 \(\psi \propto e^{i\omega t}\) にこの変換を施すと、\(\psi^c\) は正の振動数をもつ解となる。 したがって、ハミルトニアンを \(\psi^c\) に作用させると正のエネルギー固有値 \(E=\omega\) を与える。 同様に、運動量やスピンについても、\(\psi^c\) は反粒子として観測されるべき物理的に正しい固有値をもつ状態となる。 このようにして、反粒子を正のエネルギーをもつ状態として数学的に扱うことができるため、負の振動数をもつ解に対する \(\psi^c\) を「反粒子の波動関数」と呼ぶこともある。戻る

  55. クライン・ゴルドン方程式に従うスカラー粒子の波動関数の場合、荷電共役変換は単純な複素共役 \(\phi \to \phi^*\) であるが、スピノルの場合は行列 \(C\) による成分の混合が伴う。戻る

  56. \(\eta_P = i\) と選べば、\(\psi\)\(\psi^c\) のパリティ変換の形が一致する。 これは特に場の理論でマヨラナフェルミオンを記述する際に整合的な位相の選び方となる。戻る

  57. これは、クォークと反クォークからなるパイ中間子が擬スカラー(pseudoscalar)粒子であることを理論的に説明する根拠となる。戻る

  58. 負の振動数の解 \(\psi \propto e^{- i k_\mu x^\mu}\) に対しては、\(\boldsymbol{\hat p}\)\(\boldsymbol{\Sigma}\) の作用がそれぞれ直感とは逆符号の固有値を与える。 しかしその積で定義されるヘリシティは、物理的な反粒子のヘリシティを正しく表す。 あるいは、負の振動数の解に対して直感と同符号の固有値を与える、反粒子の波動関数 \(\psi^c\) を用いて議論してもよい。戻る

  59. 二つ目の式について補足する。\(\boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{\hat r}\) は空間回転に対して不変なスカラー演算子であるため全角運動量演算子と可換であり、量子数 \(j,m\) を変えない。同時に、これはパリティが負の演算子であるため \(\kappa\) の符号を反転させる。さらに \((\boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{\hat r})^2 = 1\)であることから、位相因子 \(C\) を用いて \(\boldsymbol{\sigma}\cdot \boldsymbol{\hat r}\,\Omega_{\kappa m} = C\Omega_{-\kappa m}\) となることがわかる。この位相 \(C\) はスピン角関数の定義に依存するが、ここで用いている標準的な位相規約においては \(C = -1\) となる。戻る

  60. もし外場がベクトル場(静電ポテンシャル)ではなくスカラー場による相互作用であれば、ポテンシャルは質量項と同様に \(m \to m + S(r)\) の形で現れる。その場合、ハミルトニアンは \(\hat H = -i\gamma^0\boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{\nabla} + \gamma^0\bigl(m+S(r)\bigr) + V(r)\) のようになる。戻る

  61. ハミルトニアンがある対称群の作用と可換である場合、エネルギー固有空間はその群の表現空間となる。 その表現が既約であり次元 \(d>1\) を持つならば、シューアの補題(Schur’s lemma)によりハミルトニアンはその空間で単位演算子の定数倍として振る舞うため、\(d\) 個の独立な状態はすべて同じエネルギーを持つ。したがって、エネルギー準位の縮退度は対称群の既約表現の次元によって決まる。戻る

  62. このように\(n\)を定義したのは、以下で見るように非相対論的極限をとった際に、シュレディンガー方程式に現れる主量子数と正確に一致させるためである。戻る

  63. 歴史的には、電子のスピンが発見される以前に、ゾンマーフェルトがボーア模型を相対論的な楕円軌道へと拡張し、[eq:Dirac_hydrogen_E2] と全く同等の公式を導出して微細構造の実験結果を見事に説明していた。しかしその後、スピンの概念が導入され、非相対論的量子力学にスピン・軌道相互作用だけを摂動として加えた計算が行われると、エネルギー準位が \(l\) に依存してしまい実験と矛盾する事態に陥った。

    最終的に、ディラック方程式から出発して非相対論的極限を正しくとることで、相対論的質量補正、スピン・軌道相互作用、およびダーウィン項が自然に導出され、これらが相殺し合うことで結果的に \(l\) 依存性が消滅し、かつてのゾンマーフェルトの公式が正確に再現されることが判明した。スピンを持たない前期量子論のモデルが、スピンを含む厳密な相対論的量子力学の結果と完全に一致したのは、物理学史における奇妙な偶然として知られている。現代的な視点では、これは単なる偶然ではなく、クーロンポテンシャル特有の隠れた対称性に起因することが明らかになっている。戻る

  64. ただし、現実の水素原子のスペクトルには、量子電磁力学(QED)によるラムシフトや、原子核のスピンとの相互作用による超微細構造など、この公式からのさらなるズレが存在する。 ラムシフトは、QEDの真空偏極や電子の自己エネルギー補正などによって生じ、クーロンポテンシャルが持つ特別な対称性を破る。その結果、異なる軌道角運動量 \(l\) をもつエネルギー準位の縮退が解ける。

    また、原子核のスピンを考慮すると、系の全角運動量は原子核スピンも含めたものとなるため、電子系だけでは残っていた縮退がさらに解ける。たとえば、水素原子核である陽子のスピン \(I=1/2\) を加えると、全角運動量 \(\boldsymbol{F} = \boldsymbol{J} + \boldsymbol{I}\) は2通りに分かれ、\[\begin{align} j \otimes \frac{1}{2} = \left(j+\frac{1}{2}\right)\oplus\left(j-\frac{1}{2}\right) \tag{9.39}\end{align}\] となる。 これが超微細構造である。 これは、 軌道角運動量に電子のスピンを合成ることで微細構造が生じるのと同じ数学的構造をしている。 すなわち、自由度を順に加えるたびに表現の直積を既約表現へ分解していく過程こそが、微細構造と超微細構造の本質である。

    水素原子の \(1S\) 状態の超微細構造におけるエネルギー差に対応する電磁波の波長は \(21\,\mathrm{cm}\) である。この \(21\,\mathrm{cm}\) 線は天文学において極めて重要な観測量である。たとえば、銀河系内や銀河間空間に存在する中性水素ガスが発する \(21\,\mathrm{cm}\) 線を観測し、その運動を解析することで、光をほとんど発しない暗黒物質(ダークマター)が銀河のハロー領域に大量に存在することが強く示唆されている。戻る

  65. 群論的には、ディラックスピノルが \((\frac12,0)\oplus(0,\frac12)\) 表現に既約分解(irreducible decomposition)されていることに対応する。戻る

  66. 厳密にはパリティ変換は単なる鏡像変換と完全に同一ではないが、 空間反転によって左右が入れ替わるという点で、 鏡に映すと左手が右手に見えることに対応している。戻る

  67. 正確には,\(\eta_P = \pm i\) でない場合には,\(C\) 変換と \(P\) 変換の作用の順序によって全体の位相が異なる。 しかしこの位相は物理的観測量には影響しない。戻る

  68. ポテンシャル \(V(\phi)\)\(\phi \to -\phi\) に対して対称であるが、 真空として一方の最小値を選ぶとその対称性は破れる。 これを自発的対称性の破れと呼ぶ。 宇宙初期のような超高温状態ではヒッグス場が励起し、対称性が回復していた可能性がある。 宇宙が高温状態から冷却する過程で臨界温度に達し、ヒッグス場が相転移を起こして対称性が自発的に破れる。 このようにヒッグス機構は標準模型の整合性だけでなく、宇宙の歴史を理解する上でも重要な概念である。戻る

  69. \(\widetilde{\mathrm{d}k}\) がローレンツ不変であることは、\(\mathrm{d}^4k\) がローレンツ不変な測度であり、さらに \(\delta(k^2+m^2)\theta(k^0)\) もローレンツ不変であることから分かる。 実際、\[\begin{align} \int \mathrm{d}^4k\,\delta(k^2+m^2)\theta(k^0) = \int \frac{\mathrm{d}^3\boldsymbol{k}}{2\omega_\boldsymbol{k}} \tag{11.4}\end{align}\] であるため、右辺の測度がローレンツ不変となる。 また、この結果から 交換関係に現れる \(2\omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}')\) もローレンツ共変な組み合わせであることが確認できる。戻る

  70. 上付きの \((+),(-)\) は複素共役ではなく、振動数(モード)の符号に対応するラベルである。戻る

  71. 左辺は反粒子の波動関数そのものであり、その複素共役ではないことに注意する。戻る

  72. 発散を取り除く別の方法として、2点の位置をわずかにずらしてから極限をとる点分割法(point-splitting prescription)がある。自由場かつ平坦時空では、適切に真空を選べば正規順序化と同等の結果を与える。しかし、曲がった時空や時間依存背景では基準となる真空の選択が非自明になる。また、微分演算と正規順序化操作が可換であるとは限らず、接触項が生じる可能性がある。特に、量子アノマリー(quantum anomaly)が存在する場合には、単純な正規順序化では対称性を同時に保つことができず、ゲージ不変性などの物理的要請を満たす正則化手法を用いる必要がある。戻る

  73. 2行目の項は、電荷密度のゆらぎ(分散)に寄与する。真空の電荷密度の期待値はゼロであるが、離れた2点 \(x, y\) 間の相関関数 \(\left< 0 \right| \hat{j}^0(x) \hat{j}^0(y) \left| 0 \right>\) は一般にゼロにならない。これは「仮想的な粒子・反粒子のペア」が絶えず生成・消滅している量子ゆらぎ(真空偏極、vacuum polarization)を反映しており、コンプトン波長 \(1/m\) 程度の範囲で有意な相関を生む。戻る

  74. ただし、一体系の波動関数に現れる平面波因子 \(e^{ik_\mu x^\mu}\) 自体は複素数である。戻る

  75. 反粒子に対しては\(\hat{j}^0\)\(\hat{H}_{\text{1-particle}}\)の両方から負の符号が生じ、結果として正のエネルギーを返す。戻る

  76. このように、反粒子のエネルギー符号の問題は粒子の統計性と密接に関係しているため、 1粒子波動関数の議論だけでは完全に解決できなかったのである。戻る

  77. 10.4節で述べたように、スカラー場が空間的に一様な真空期待値 \(\left< 0 \right\vert \hat{\phi} \left\vert 0 \right> = v\) をもつと、 ディラック場は有効質量 \(m=yv\) を獲得する。戻る

  78. ディラック場の場合には、自由ディラックハミルトニアン[eq:DiracHQFT]\(H_0\)に対応し、ベクトル場とのゲージ相互作用[eq:AJ]やスカラー場との湯川相互作用[eq:Yukawa]などが\(H_I\)に対応する。戻る

  79. 時間順序積にはステップ関数が含まれるため、 時間微分は \(\theta(t)\) に作用してデルタ関数を生じる。 したがって一般に時間順序積と時間微分は可換ではない。 この点はプロパゲーターの微分方程式を導く際に重要となる。戻る

  80. フェルミオン場を時間順序積に含める場合には、 演算子の交換に伴って符号が反転する。 すなわち、フェルミオン演算子に対しては 時間順序積は反交換関係と整合する形で定義される。戻る

  81. ベクトル場とのゲージ相互作用[eq:AJ]であれば電荷\(q\)、湯川相互作用[eq:Yukawa]であれば\(y\)が結合定数に対応する。戻る

  82. 正確には、始状態と終状態は自由ハミルトニアン \(H_0\) の Fock 空間に属する漸近自由状態であるとする。 ただし、相互作用理論の真空およびヒルベルト空間は、自由理論のそれと一般にはユニタリ同値ではない。したがって相互作用表示は厳密な構成ではなく、以下の議論は摂動論的枠組みで理解されるべきものである。戻る

  83. より厳密には \(S\) 行列は、自由理論と相互作用理論を結ぶ写像であるメラー演算子(M\UTF{00F8}ller operator) \(\Omega_\pm\) を用いて \(S=\Omega_+^\dagger \Omega_-\) と定義され、式[eq:Sfi] は相互作用表示における形式的表現である。 この無限時間極限の存在は自明ではなく、通常は断熱スイッチング(adiabatic switching) (\(H_I(t) \to e^{-\epsilon \left\vert {t} \right\vert} H_I(t)\)) を導入して定義する。また、ダイソン展開には真空泡グラフが現れるため、自由理論の真空 \(\left\vert 0 \right>\) を用いて散乱振幅の規格化 (\(U_I(\infty,-\infty) \to U_I(\infty, - \infty) / \left< 0 \right\vert U_I(\infty, - \infty) \left\vert 0 \right>\)) を行う。さらに、以下の議論は有限体積系で定義し、その後 \(V\to \infty\) 極限をとるものと理解する必要がある。戻る

  84. 相互作用のある系における“真空状態"は自由場の真空状態とは異なることに注意が必要であるが、ここでは詳しい説明を省略する。戻る

  85. 詳細は省くが、具体的に求めると \(-i \tilde{\Delta}_\phi(q^2) = -i/(q^2 + m_\phi^2 - i \epsilon)\)となる。戻る

  86. 運動量の測度に関して \((k / p) (2p^0) \delta(p-p') = (2k^0)\delta(k-k')\) が成り立つことに注意すると、[eq:Bogorelation] の関係式により正準交換関係が保たれることが確認できる。戻る

  87. outgoing mode の消滅演算子によって消えるように定義された真空、すなわち out 真空に対しては、この期待値は 0 になる。一方、incoming mode の消滅演算子で定義された in 真空に対しては 0 にならない。このように、incoming / outgoing で生成・消滅演算子が混合すると、両者が定める真空は一致しなくなる。その結果、in 真空を out 粒子の観測者が測定すると粒子が存在しているように見え、これが粒子生成として解釈される。戻る

  88. \(\left|\beta_k\right|^2\)\(k\leftrightarrow p\) の入れ替えに対して不変であることは、\(E \leftrightarrow V_0 - E\) の置き換えに対して不変であることを意味しており、生成粒子のエネルギー分布関数が \(E = V_0/2\) を中心として対称であることを示している。戻る

  89. フェルミオンの場合には、生成・消滅演算子の反交換関係(パウリの排他律)により \(|\alpha_k|^2 + |\beta_k|^2 = 1\) となり、ボソンのような誘導的増幅は起こらない。戻る

  90. ボゴリューボフ変換は、正負振動数の分解が一意でない場合に、異なる生成・消滅演算子系を結びつける変換である。この数学的構造はクラインのパラドックスに限らず、加速系におけるウンルー効果(Unruh effect)やブラックホールのホーキング放射(Hawking radiation)にも共通して現れる。いずれも、観測者の立場や時空の構造によって「真空」の定義が変わり、結果として粒子が生成されたように観測される現象である。戻る

  91. 本節のモード関数は波束として扱うべきであるが、以下では主に \(t\to \pm \infty\) における漸近状態の形の変化のみに注目するため、平面波で近似して説明を行う。戻る

  92. 本節で見たように、モード関数の時間発展を用いて粒子生成を議論することは可能であるが、局所演算子の真空期待値をそのまま物理量とみなす際には注意が必要である。特に正規化順序積は、どのモード分解(したがってどの真空)を基準に定義するかに依存する処方箋(prescription)であり、外場が存在する場合や時間依存する背景時空のもとでは、その基準は一般に一意ではない。そのため、自由理論で用いる通常の正規化順序積をそのまま採用しても、物理的に意味のある「真空の寄与」だけを常にうまく取り除けるとは限らない。

    実際、in 真空と out 真空が異なる状況では、 \(:\hat{\mathcal O}:_{\mathrm{in}}\)\(:\hat{\mathcal O}:_{\mathrm{out}}\) は一般に異なる演算子であり、どちらの処方箋を採用するかによって局所演算子の期待値は変わり得る。したがって、電流やエネルギー・運動量テンソルのような複合演算子の真空期待値から粒子生成を直接論じる際には、どの量を基準に差し引くのか、どの漸近真空と比較するのかを別途慎重に定めなければならない。戻る

  93. 連続群の射影表現は 2-cocycle の同値類で分類することができ、回転群においては非自明な位相因子が一般の \(\mathrm{U}(1)\) 位相ではなく \(\pm 1\) に限られることが示される。戻る

  94. この式から分かるように、回転に対しては両者とも\(\exp\left(-i \boldsymbol{\theta}\cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right)\) で変換するが、ブーストに対しては符号が逆になる。 したがって、左巻きと右巻きのワイルスピノルは、回転群に関してはどちらもスピン \(1/2\) として振る舞うが、ローレンツ群全体としては異なる表現に属している。戻る

  95. ローレンツ群の生成子を \(M^{\mu\nu}=-M^{\nu\mu}\) とすると、\[\begin{align} = i\left( \eta^{\mu\rho}M^{\nu\sigma} -\eta^{\mu\sigma}M^{\nu\rho} -\eta^{\nu\rho}M^{\mu\sigma} +\eta^{\nu\sigma}M^{\mu\rho} \right) \tag{16.24}\end{align}\] を満たす。 ここで、\[\begin{align} J_i = \frac12 \epsilon_{ijk} M^{jk}, \qquad K_i = M^{i0} \tag{16.25}\end{align}\] に対応する。戻る

  96. [eq:NNbar] のように複素係数をもつ線形結合を導入するには、元の実リー代数を複素数を係数とする代数へ拡張して考える必要がある。この操作を複素化と呼ぶ。ここでは複素化したリー代数を考えることで、それが直和分解(direct sum decomposition)されることを見たことになる。戻る

  97. 空間回転だけに注目すれば、これはパウリ行列 \(\sigma^i\) が2成分スピノルと3次元ベクトルを結びつける不変テンソルであることの、相対論的な拡張になっている。この構造によって、スピノルを用いた方程式をローレンツ変換に対して共変に書くことができる。戻る

  98. スピンをもつ粒子の場合、一般に、運動量の変換に伴ってウィグナー回転(Wigner rotation)と呼ばれるスピン添字の混合が生じる。戻る

  99. ブーストは時間と空間を混ぜるため、ブースト演算子はハミルトニアン \(\hat{H}\) とは可換ではない。ただし、ブースト演算子自体が時間に陽に依存しており、それを考慮すると、ハイゼンベルク描像におけるブースト演算子の全時間微分 \(\mathrm{d}\hat{K}_i/\mathrm{d}t = \partial \hat{K}_i/\partial t + i [\hat{H}, \hat{K}_i]\) が 0 となる(保存する)ことが示される。戻る