相対論的量子力学 講義ノート

はじめに

相対論的な量子力学を学ぶ意義

「相対論的」な「量子力学」とは、シュレディンガーの波動方程式を中心に学んできた非相対論的な量子力学から、場の量子論へと進むための橋渡しとなる分野である。 この分野では、非相対論的量子力学と同様に、原則として粒子の生成や消滅を伴わない「一体系」の問題を中心に扱う。 1

このような「一体系の相対論的量子力学」を学ぶ意義として、主に以下の点が挙げられる。

\(\blacksquare\) 高エネルギー領域のミクロな系を記述できる

特殊相対性理論の要請を満たすように量子力学を拡張することで、ミクロな系において光速に近い速度で運動する粒子の振る舞いを正しく記述できるようになる。

特に、不確定性関係 \(\Delta x \sim \hbar / (2 \Delta p)\) が示唆するように、より微細な構造を調べるためには大きな運動量、すなわち高エネルギーが必要となる。その結果、粒子の速度は光速に近づき、相対論的効果が無視できなくなる。素粒子のような微視的な構成要素を探究するためには、量子論と相対論の両方を同時に考慮することが不可欠である。

例えば、水素原子のボーア模型における電子の軌道半径は \(a_0 = \hbar c/ (\alpha m_e c^2)\) である。これを不確定性関係の \(\Delta x\) に代入すると、電子の典型的な運動量は \(\Delta p \sim (\alpha m_e c^2)/(2c)\) と見積もられる。 したがって電子の典型的な速度は光速の約 \(\alpha \sim 1/137\) 倍、すなわち \(10^{-2}\) 程度に達する。 このため、水素原子のエネルギー準位を精密に解析するには、相対論的補正を考慮することが不可欠である。

また、相対論的なエネルギーと質量の関係式 \(E = mc^2\) により、 高エネルギー粒子の衝突によって新たな重粒子が生成され得ることが分かる。 実際、素粒子物理学や原子核物理学の実験では、粒子を光速近くまで加速して衝突させることで新粒子の探索が行われており、その現象の理解には相対論的効果が本質的な役割を果たす。

\(\blacksquare\) 基本法則の制約により予言能力が高まる

特殊相対性理論によれば、物理法則はあらゆる慣性系で同一の形を保たなければならない。 したがって量子力学も、ローレンツ共変な形式で記述される必要がある。 この要請から、クライン・ゴルドン方程式やディラック方程式が自然に導かれる。

このように、波動関数が満たすべき方程式がローレンツ対称性によって強く制限されることで、理論的に許される相互作用が選別され、不合理な相互作用は排除される。 その結果、理論の予言能力が大きく向上する。

具体的には、ディラック方程式の非相対論的極限をとると、パウリ項やスピン・軌道相互作用が自然に現れる。 また、スピンや反粒子といった概念も、現象論的に導入されるのではなく、理論の必然的な帰結として現れる。これにより、それらの物理的起源を明確に理解することができる。

\(\blacksquare\) 多体系を扱う場の量子論への橋渡しとなる

本書の前半では「一体系の相対論的量子力学」を中心に説明するが、一体系の理論では粒子の生成・消滅を記述できないという本質的な限界がある。この課題を解決するため、本書の後半では「場の量子論」を導入する。ここでは場の理論の深遠な形式には深入りせず、一体系の理論との接続を重視して解説を行う。

場の量子論は現代物理学の多くの分野の基礎をなしている。 素粒子物理学や原子核物理学はもちろん、初期宇宙論においても不可欠な道具である。また物性物理学においても、超伝導現象の理解や、有限温度・有限密度系の記述に場の理論が用いられており、統計力学とも密接に関連している。

このように広範な物理分野で重要となる場の量子論を理解するための前段階として、一体系の相対論的量子力学を学ぶことは極めて自然なステップである。

\(\blacksquare\) 一体問題の近似理論として有用である

本来、相対論的な系は場の量子論で扱われるべきであるが、特定の条件下では一体系の理論が強力な近似として機能する。

典型的な例は外場中での一体問題である。原子内の電子や、電磁場中の荷電粒子の挙動を解析する際、電磁場を古典的な外場として扱い、問題を一体系へと還元する手法がよく用いられる。水素原子スペクトルのラムシフトや磁気モーメントの計算など、 場の理論に基づく精密な議論が必要になる場合においても、この一体系の枠組みは重要な役割を果たす。

さらに、クォークの束縛状態の解析においても同様の考え方が適用できる。 加速器実験で観測されるハドロンの中には、クォークと反クォークが束縛状態を形成しているものがあり、そのエネルギー準位の構造は生成確率や崩壊過程に大きな影響を与える。 このような二体系の問題も、重心系を用いることで実質的に一体系の問題として扱うことができる。 そのため、安定な水素原子とは性質の異なる束縛状態であっても、一体系の理論は有効な近似として機能する。

本書の目標

  • クライン・ゴルドン方程式やディラック方程式を導入し、その解が示すスピンや反粒子の物理的意味を理解する。 2

  • ゲージ原理に基づいて電磁場中でのディラック方程式を導出し、非相対論的量子力学では現象論的に導入されていた相互作用項が、理論から自然に現れることを確認する。 3

  • 多体系を扱うための場の量子論の基礎概念に触れ、因果律との整合性などを確認する。

自然単位系

本書では自然単位系(Natural units)し、光速および換算プランク定数をそれぞれ \[\begin{align} &c \ (\simeq 3 \times 10^8 \,\mathrm{ m}/\mathrm{ s}) = 1 \nonumber \\ &\hbar \ (\simeq 1 \times 10^{-34} \,\mathrm{ J} \cdot \mathrm{ s}) = 1 \nonumber\end{align}\] とおく。 この単位系を採用することは、物理現象を「相対論的なスケール」かつ「量子論的な視点」で捉えることに対応している。

\(c=1\) とおくことで、時間は距離と同じ単位で測られることになり、さらに \(E=mc^2\) の関係から質量もエネルギーと同じ単位を持つ。加えて \(\hbar=1\) とおくことで、長さや時間はエネルギーの逆数の次元を持つことになり、最終的に全ての物理量はエネルギーのべき乗の単位で表現される。

次元の関係を整理すると以下のようになる。

ace-0.3cm [エネルギー] \(=\) [運動量] \(=\) [質量] \(=\) [時間]\(^{-1}\) [距離]\(^{-1}\)

ace-0.3cm したがって、基本となるエネルギーの単位を一つ設定すればよい。電子のようなミクロな系を考える際には、電子ボルト(\(\mathrm{ eV}\))を用いるのが便利である。 \(1\,\mathrm{ eV}\) は、素電荷 \(e\) を持つ粒子が \(1 \, \mathrm{ V}\) の電位差で加速されたときに得るエネルギーであり、例えば水素原子の束縛エネルギーが約 \(13.6\,\mathrm{ eV}\) であることからも、原子スケールの記述に適していることがわかる。 4

また、素粒子物理学の慣習では、電荷の単位を調整し、 \[\begin{align} \epsilon_0 \ (\simeq 9 \times 10^{-12} \, \mathrm{ C}/(\mathrm{ V} \cdot \mathrm{ m})) = 1 \nonumber\end{align}\] とおくことが多い。 これは有理化されたヘビサイド・ローレンツ単位系を採用したことに対応する。 この場合、微細構造定数(Fine-structure constant) との関係 \(\alpha = e^2/(4\pi) \simeq 1/137\) より、素電荷は無次元量となり、その値はおよそ \(e \simeq 0.3\) となる。5

なお、本書ではローレンツ計量の符号について、以下を採用する。 \[\begin{align} \eta_{\mu \nu} = \mathrm{ diag}(-1,1,1,1) \nonumber\end{align}\]

1. 特殊相対論の復習

この章では、本書で用いる特殊相対論の基本事項を復習する。特に重要となるのは、ローレンツ変換に対する物理量の変換法則である。共変ベクトルや反変ベクトルの変換則を明確にしておくことは、後にディラックスピノルの変換性を考察する際に役に立つ。

また、電磁気学との相互作用を記述するハミルトニアンがどのように表されるかについても確認する。

1-1. ローレンツ変換

特殊相対論によれば、すべての慣性系で同一の物理法則が成立しなければならない。この要請は、基礎方程式がローレンツ変換に対して共変であることを意味する。 6

ローレンツ変換では時間と空間が混ざり合うため、これらをまとめて4元ベクトルとして扱う。\[\begin{align} x^\mu = \begin{pmatrix} x^0 \\ x^1 \\ x^2 \\ x^3 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} t \\ x \\ y \\ z \end{pmatrix} \tag{1.1}\end{align}\] 以下、ギリシャ文字の添え字(\(\mu, \nu\) など)は \(0,1,2,3\) を走り、ローマ文字の添え字(\(i, j\) など)は空間成分 \(1,2,3\) を走るものとする。また、空間3次元のベクトルは \(\boldsymbol{p}\) のようにボールド体で表記し、例えば4元運動量を \(p^\mu = (p^0, \boldsymbol{p})\) のように書く。

さらに、アインシュタインの和の規約を採用し、\(p_\mu x^\mu \equiv \sum_{\mu=0}^3 p_\mu x^\mu\) のように、同じ文字の上添字と下添字が一組現れる場合は和をとるものと約束する。

時空の線素は\[\begin{align} \mathrm{d}s^2 &= \eta_{\mu \nu} \mathrm{d}x^\mu \mathrm{d}x^\nu \\ &= -\mathrm{d}t^2 + \mathrm{d}x^2 + \mathrm{d}y^2 + \mathrm{d}z^2 \tag{1.2}\end{align}\] と表される。ここでローレンツ計量\(\eta_{\mu \nu}\)の符号は以下のように定める。

ローレンツ計量

\[\begin{align} \eta_{\mu \nu} = \mathrm{diag} (-1, 1,1,1) \tag{1.3}\end{align}\]

この線素を不変に保つ座標変換をローレンツ変換と呼ぶ。

変換後の座標を \(x'^\mu\) とし、ローレンツ変換\[\begin{align} \mathrm{d}x'^\mu = \Lambda^{\mu}{}_{\nu} \mathrm{d}x^\nu \tag{1.4}\end{align}\] と書くとき、線素の不変性(\(\mathrm{d}s'^2 = \mathrm{d}s^2\))は次のように表せる。\[\begin{align} \eta_{\mu \nu} \mathrm{d}x'^\mu \mathrm{d}x'^\nu = \eta_{\mu \nu} \mathrm{d}x^\mu \mathrm{d}x^\nu \\ \Leftrightarrow (\eta_{\alpha \beta} \Lambda^{\alpha}{}_{\mu} \Lambda^{\beta}{}_{\nu}) \mathrm{d}x^\mu \mathrm{d}x^\nu = \eta_{\mu \nu} \mathrm{d}x^\mu \mathrm{d}x^\nu \tag{1.5}\end{align}\] これが任意の \(\mathrm{d}x^\mu\) に対して一致するためには、変換行列 \(\Lambda^{\mu}{}_{\nu}\) は以下の関係式を満たさなければならない。7

ローレンツ変換の定義式

\[\begin{align} \eta_{\alpha \beta} \Lambda^{\alpha}{}_{\mu} \Lambda^{\beta}{}_{\nu} = \eta_{\mu \nu}, \tag{1.6}\end{align}\]

1-2. ローレンツ変換の生成子

\(\Lambda^{\mu}{}_{\nu}\) を具体的に求めるために、恒等変換に近い無限小のローレンツ変換を考える。\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu}=\delta^{\mu}{ }_{\nu} + \delta \omega^{\mu}{ }_{\nu} \tag{1.7}\end{align}\] ここで、\(\left|\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu}\right| \ll 1\)とし、2次以上の微小量は無視する。 ローレンツ変換の条件 \(\eta_{\alpha \beta} \Lambda^{\alpha}{}_{\mu} \Lambda^{\beta}{}_{\nu} = \eta_{\mu \nu}\)から、 \(\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu}\)は次の関係を満たす必要がある。\[\begin{align} \eta_{\alpha \nu} \delta \omega^{\alpha}{}_{\mu} + \eta_{\mu \beta} \delta \omega^{\beta}{}_{\nu}=0 \tag{1.8}\end{align}\] ここで、添字をすべて下ろした \(\delta \omega_{\mu \nu} \equiv \eta_{\mu \alpha} \delta \omega^{\alpha}{}_{\nu}\) を定義すると、上式は\[\begin{align} \delta \omega_{\nu \mu} = -\delta \omega_{\mu \nu} \tag{1.9}\end{align}\] となり、\(\delta \omega_{\mu\nu}\) は添字に関して反対称でなければならないことがわかる。8 反対称行列の独立な成分は6個であり、それぞれが3つのローレンツブースト(Lorentz boost)と3つの空間回転に対応する。具体的には以下のように表せる。\[\begin{align} \delta \omega_{\mu\nu}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & -\eta_{1} & -\eta_{2} & -\eta_{3} \\ \eta_{1} & 0 & -\theta_{3} & \theta_{2} \\ \eta_{2} & \theta_{3} & 0 & -\theta_{1} \\ \eta_{3} & -\theta_{2} & \theta_{1} & 0 \end{array}\right) \tag{1.10}\end{align}\] 添え字を上げた \(\delta \omega^{\mu}{}_{\nu} = \eta^{\mu \rho} \delta \omega_{\rho \nu}\) は 以下のようになる。\[\begin{align} \delta \omega^{\mu}{}_{\nu}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & \eta_{1} & \eta_{2} & \eta_{3} \\ \eta_{1} & 0 & -\theta_{3} & \theta_{2} \\ \eta_{2} & \theta_{3} & 0 & -\theta_{1} \\ \eta_{3} & -\theta_{2} & \theta_{1} & 0 \end{array}\right) \tag{1.11}\end{align}\] ここで、\(\eta_i\)はローレンツブーストのラピディティ(Rapidity) 、\(\theta_i\)は空間回転に対応するパラメータである。 9

有限のローレンツ変換は、無限小変換\(\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu} = \omega^{\mu}{ }_{\nu}/N\)\(N\)回繰り返し適用し、\(N \to \infty\) の極限をとることで得られる。 10\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{}_{\nu} &= \lim _{N \rightarrow \infty}\left(\delta^{\mu}{ }_{\mu_{1}} + \frac{\omega^{\mu}{ }_{\mu_{1}}}{N}\right) \left(\delta^{\mu_1}{ }_{\mu_{2}} + \frac{\omega^{\mu_1}{ }_{\mu_{2}}}{N}\right) \cdots \nonumber\\ &\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \times \left(\delta^{\mu_{N-1}}{}_{\nu} + \frac{\omega^{\mu_{N-1}}{ }_{\nu}}{N}\right) \\ &= \left(e^{\omega}\right)^{\mu}{}_{\nu} \tag{1.12}\end{align}\]

例えば、\(z\)軸周りの空間回転\(\theta\)の場合、変換行列は\[\begin{align} \Lambda^\mu{}_\nu &= \left(\begin{array}{cccc} 1 & & & \\ & \cos \theta &-\sin \theta & \\ & \sin \theta& \cos \theta & \\ & & & 1 \end{array}\right) \tag{1.13}\end{align}\] となり、\(z\)軸方向に速度\(v\)のローレンツブーストの場合は、\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{}_{\nu} &= \begin{pmatrix} \cosh \eta & 0 & 0 & \sinh \eta \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ \sinh \eta & 0 & 0 & \cosh \eta \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} \gamma & 0 & 0 & \gamma v \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ \gamma v & 0 & 0 & \gamma \end{pmatrix} \tag{1.14}\end{align}\] となる。 ここで、\(v = \tanh \eta\)、およびローレンツ因子\(\gamma\)\[\begin{align} \gamma = \cosh \eta = \frac{1}{\sqrt{1-v^2}}, \tag{1.15}\end{align}\] である。

ところで、\(\Lambda^{\mu}{}_{\nu}\) は4元反変ベクトルに対するローレンツ変換の行列であるが、すべての物理量の変換性が同じ行列 \(\Lambda^{\mu}{}_{\nu}\) を用いて表されるわけではない。 例えば、共変ベクトルや高階テンソル、さらには後に扱うスピノルでは、ローレンツ変換の表現(表現行列)の具体的な形が異なる。

そこで、ローレンツ変換の行列を生成子(generator)を用いて指数関数の形に書いておくと、一般化する際に便利である。

4元反変ベクトルのローレンツ変換の行列

\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{}_{\nu} = \left[ \exp \left( \frac{i}{2} \omega_{\rho \sigma} L^{\rho \sigma} \right) \right]^{\mu}{}_{\nu} \tag{1.16}\end{align}\]

ここで、\(\omega_{\rho \sigma}\) は反対称パラメータ(\(\omega_{\rho \sigma} = -\omega_{\sigma \rho}\))として扱われ、 生成子 \((L^{\rho \sigma})^{\mu}{}_{\nu}\) は次のように定義される。\[\begin{align} \left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \equiv -i \left( \eta^{\rho \mu} \delta^\sigma_\nu - (\rho \leftrightarrow \sigma) \right) \tag{1.17}\end{align}\] 一般のテンソルや、後に出てくるスピノルなど、変換を受ける対象が異なっても変換パラメータ \(\omega_{\rho \sigma}\) は共通であり、生成子の構造だけが対象の表現に応じて異なる。

生成子の具体例として、\(z\)軸方向のブースト生成子 \(L^{03}\) と、\(z\)軸周りの回転生成子 \(L^{12}\) は以下のようになる。\[\begin{align} \left( L^{0 3} \right)^{\mu}{ }_{\nu} = -i \left(\begin{array}{cccc} 0 & 0 & 0 & -1 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \\ -1 & 0 & 0 & 0 \end{array}\right) \tag{1.18}\end{align}\]\[\begin{align} \left( L^{1 2} \right)^{\mu}{ }_{\nu} =-i \left(\begin{array}{cccc} 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \end{array}\right) \tag{1.19}\end{align}\] これを用いると、無限小変換は\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu} \simeq \delta^{\mu}{ }_{\nu} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} \left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \tag{1.20}\end{align}\] と表され、前述の \(\delta \omega^\mu{}_\nu\) と一致する。

1-3. 物理量の変換性

相対論では、座標変換に対する物理量の変換性を理解することが重要である。 \(p^\mu\) のように上付き添え字を持つ反変ベクトル(contravariant vector)は、\(dx^\mu\) と同様に\[\begin{align} p'^\mu = \Lambda^{\mu}_{\ \nu} p^\nu \tag{1.21}\end{align}\] と変換する。 一方、微分演算子 \(\partial_\mu \equiv \frac{\partial}{\partial x^\mu}\) のように下付き添え字を持つ共変ベクトル(covariant vector)は、逆変換行列を用いて\[\begin{align} \partial_\mu' &= \left( \Lambda^{\mu}_{\ \nu} \right)^{-1} \partial_\nu \\ &\equiv \Lambda_{\mu}^{\ \nu} \partial_\nu \tag{1.22}\end{align}\] と変換する。

ローレンツ変換の条件\(\eta_{\alpha \beta} \Lambda^{\alpha}{}_{\mu} \Lambda^{\beta}{}_{\nu} = \eta_{\mu \nu}\) により、\(\eta_{\mu \nu}\) を用いた4元ベクトルやテンソルの添え字の上げ下げの操作は、上記の変換則と無矛盾になっている。 また、上付きと下付きの添え字が縮約された量はスカラー(scalar)となり、座標変換に対して不変となる。

特に重要な不変量は、4元運動量 \(p^\mu\) から構成される次の量であり、エネルギーと運動量の相対論的な関係を与える。

エネルギーと運動量の関係

\[\begin{align} - \eta_{\mu \nu} p^\mu p^\nu &= E^2 - \boldsymbol{p}^2 \\ &= m^2 \tag{1.23}\end{align}\]

物理法則をローレンツ共変(スカラーの場合は不変)な形式で記述することは、相対論的理論の基本的な要請である。例えばマクスウェル方程式 \(\partial_\nu F^{\mu \nu} = j^\mu\) は、両辺が反変ベクトルとしての変換性を持つため、方程式の形はすべての慣性系で保たれる。相対論的量子力学においても、波動方程式を共変形式に書き直すことが最初の目標となる。

1-4. 電磁気学

ここでは、本書の内容と密接に関連する電磁気学の基礎事項について確認する。

古典電磁気学では、電場\(\boldsymbol{E}\)および磁場\(\boldsymbol{B}\)は、スカラーポテンシャル\(\Phi\)ベクトルポテンシャル\(\boldsymbol{A}\)を用いて次のように表される。\[\begin{align} &\boldsymbol{E} = - \nabla \Phi - \frac{\partial}{\partial t} \boldsymbol{A} \\ &\boldsymbol{B} = \nabla \times \boldsymbol{A} \tag{1.24}\end{align}\] これらは以下のゲージ変換(gauge transformation)に対して不変である。\[\begin{align} &\Phi \to \Phi - \frac{\partial}{\partial t} \lambda \\ &\boldsymbol{A} \to \boldsymbol{A} + \nabla \lambda \tag{1.25}\end{align}\] ここで、4元ベクトルポテンシャルを \(A^\mu = (\Phi, \boldsymbol{A})\) と定義すると、上記のゲージ変換は\[\begin{align} A_\mu \to A_\mu + \partial_\mu \lambda \tag{1.26}\end{align}\] と簡潔に表せる。この\(A^\mu\)は、ゲージポテンシャル(gauge potential)とも呼ばれる。

電荷\(q\)をもつ荷電粒子の非相対論的ハミルトニアンは\[\begin{align} H = \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{p} - q \boldsymbol{A} \right)^2 + q \Phi \tag{1.27}\end{align}\] で与えられる。11 このハミルトニアンは、自由粒子のハミルトニアン \(H = E = \boldsymbol{p}^2/(2m)\) に対して、次の置き換えを行うことによって得られる。\[\begin{align} p^\mu \to p^\mu - q A^\mu \tag{1.28}\end{align}\] この置き換えはローレンツ共変な形式を持っており、相対論的な状況へも自然に拡張することができる。

2. 量子力学の復習

本章では、非相対論的量子力学のうち、本書の内容と直接関係する事項について復習する。

特に、電磁場との相互作用がゲージ変換による不変性と整合的に導入されることを確認する。また、電子が持つスピンという内部自由度に着目し、非相対論的な枠組みでは現象論的に導入せざるを得なかった相互作用項(パウリ項やスピン軌道相互作用)について振り返る。

2-1. シュレディンガーの波動方程式

ある一つの粒子からなる系の量子状態\(\left| \psi(t) \right>\)を考える。 この状態の時間発展は、次のシュレディンガー方程式によって記述される。\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \left| \psi (t)\right> = \hat{H} \left| \psi (t)\right>, \tag{2.1}\end{align}\] ここで、非相対論的なハミルトニアン \(\hat{H}\)\[\begin{align} \hat{H} = \frac{\hat{\boldsymbol{p}}^2}{2m} + V(\hat{\boldsymbol{x}}) \tag{2.2}\end{align}\] と表される。

位置の固有状態 \(\left| \boldsymbol{x} \right>\) を基底にとり、位置表示の波動関数を \(\psi(\boldsymbol{x},t) = \left< \boldsymbol{x} | \psi(t) \right>\) と定義する。運動量演算子が位置表示において \(\left< \boldsymbol{x} \right| \hat{\boldsymbol{p}} = - i \nabla \left< \boldsymbol{x} \right|\) と作用することを用いると、状態ベクトルの方程式はシュレディンガーの波動方程式\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \psi(\boldsymbol{x},t) = \left[ - \frac{1}{2m} \nabla^2 + V(\boldsymbol{x}) \right] \psi(\boldsymbol{x},t), \tag{2.3}\end{align}\] へと書き換えられる。

ハミルトニアンおよび運動量演算子は、波動関数に対して次のように微分演算子として作用する。\[\begin{align} &\left<\boldsymbol{x} \right|\hat{H} \left| \phi (t) \right> = i \partial_0 \phi(x) \\ &\left<\boldsymbol{x}|\hat{p}^i |\phi(t) \right> = -i \partial_i \phi(x) \tag{2.4}\end{align}\] これらを4元ベクトル \(\hat{p}^\mu = (\hat{H}, \hat{\boldsymbol{p}})\) としてまとめると、\[\begin{align} \left<\boldsymbol{x}|\hat{p}^\mu|\phi(t) \right> = -i \eta^{\mu\nu} \partial_\nu \phi(x) \tag{2.5}\end{align}\] のように統一的に表せる。

以上の議論から、波動関数に作用する演算子について次の対応関係が得られる。

波動関数に対する演算子の作用

\[\begin{align} \hat{p}^\mu \;\longrightarrow\; -i \partial^\mu \tag{2.6}\end{align}\]

この対応は見かけ上ローレンツ共変な形式をしており、相対論的な状況へ自然に拡張できることが期待される。 12

2-2. 確率密度と確率の保存

位置\(\boldsymbol{x}\)における粒子数密度演算子を\(\left|\boldsymbol{x}\right>\left<\boldsymbol{x}\right|\) と定義すると、状態\(\left| \psi \right>\)におけるその期待値は\[\begin{align} \left<\psi |\boldsymbol{x}\right>\left<\boldsymbol{x}| \psi \right> = \left\vert {\psi(\boldsymbol{x},t)} \right\vert^2 \equiv \rho(\boldsymbol{x},t) \tag{2.7}\end{align}\] となる。 一つの粒子からなる系では「位置\(\boldsymbol{x}\)における粒子数の期待値」は「粒子を位置\(\boldsymbol{x}\)に見出す確率」と解釈できるため、\(\rho(\boldsymbol{x},t)\)確率密度と呼ぶ。

確率の流れ(probability current)を表すベクトル \(\boldsymbol{j}\)\[\begin{align} \boldsymbol{j} = \frac{-i}{2m} \left[ \psi^* \nabla \psi - (\nabla \psi^*) \psi \right] \tag{2.8}\end{align}\] と定義すると、 次の関係式を満たす。13

連続の式

\[\begin{align} \frac{\partial\rho}{\partial t} + \nabla \cdot \boldsymbol{j} = 0 \tag{2.9}\end{align}\]

この式は連続の式(continuity equation)と呼ばれ、確率の空間的な流れと密度の時間変化が釣り合っていることを示している。

連続の式を全空間で積分し、無限遠で波動関数がゼロになると仮定してガウスの定理を用いると、\[\begin{align} \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \int \rho \mathrm{d}^3x = 0 \tag{2.10}\end{align}\] が得られる。これは、粒子を全空間のどこかに見出す確率が時間によらず一定であること、すなわち粒子数が保存されることを意味する。 粒子は必ずどこかに存在するため、規格化条件\[\begin{align} \int \mathrm{d}^3x \rho(\boldsymbol{x},t) = 1, \tag{2.11}\end{align}\] が満たされなければならない。 連続の方程式により、この規格化条件が時間発展の過程で破られないことが保証される。

2-3. ゲージ原理

粒子の電荷を \(q\) とすると、古典電磁気学における電磁場中の粒子のハミルトニアンは、自由粒子の運動量に対して\[\begin{align} p^\mu \to p^\mu - q A^\mu \tag{2.12}\end{align}\] という置き換えを行うことで得られた。 これを量子力学に適用すると、波動関数が満たす方程式において、 運動量演算子 \(p_\mu = -i \partial_\mu\) に対して同様の置き換えを行うことによって電磁場との相互作用が導入されると期待される。

共変微分による電磁場との相互作用の導入

\[\begin{align} \partial_\mu \to D_\mu \equiv \partial_\mu - i q A_\mu \tag{2.13}\end{align}\]

この演算子 \(D_\mu\)共変微分(covariant derivative)と呼ばれる。 この置き換えに基づくと、電磁場中のシュレディンガーの波動方程式\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \psi(\boldsymbol{x},t) = \left[ - \frac{1}{2m} \left( \nabla - i q \boldsymbol{A} \right)^2 + q \Phi \right] \psi(\boldsymbol{x},t), \tag{2.14}\end{align}\] となる。ここで、\(A^\mu = (\Phi, \boldsymbol{A})\)である。

この方程式はそのままでは([eq:gaugetranscl])で定義されたゲージ変換に対して不変ではない。 14 しかし、演算子が作用する対象まで含めて考え、微分演算子とゲージポテンシャルの組が波動関数に作用した量\[\begin{align} \left( \partial_\mu - i q A_\mu \right) \psi(x) \tag{2.15}\end{align}\] がゲージ変換に対して不変であれば、シュレディンガーの波動方程式全体としてもゲージ不変であることが分かる。

このとき、波動関数に作用する微分項が、ゲージポテンシャルの変化を打ち消すように変換すればよいことが期待される。 そこで、ゲージ変換の対象を拡張し、ゲージ変換のもとで波動関数自身も次のように変換すると仮定する。

量子力学におけるゲージ変換

\[\begin{align} &\psi(x) \to e^{i q \theta(x)} \psi(x) \\ &A_\mu(x) \to A_\mu(x) + \partial_\mu \theta (x) \tag{2.16}\end{align}\]

このとき、上述の組み合わせ \(\left( \partial_\mu - i q A_\mu \right) \psi(x)\) はゲージ変換に対して不変となる。 また、波動関数の変換は位置に依存する位相変換にすぎないため、確率密度 \(\rho(x)\) のような観測量もゲージ変換に対して不変である。

逆に、理論がこのようなゲージ変換に対する対称性をもつことを要請すると、微分演算子の置き換え \(\partial_\mu \to \partial_\mu - i q A_\mu\) を通じて電磁場との相互作用が自然に導かれる。 この考え方をゲージ原理(gauge principle)と呼ぶ。 15

2-4. 電子のスピン

電子の状態は位置の波動関数だけでは完全に記述できず、スピン (spin)と呼ばれる内部自由度を持つ。これを記述するために、波動関数 \(\psi\) は2成分スピノル(spinor)として扱われ、\[\begin{align} \psi = \begin{pmatrix} \psi_+(\boldsymbol{x},t) \\ \psi_-(\boldsymbol{x},t) \end{pmatrix} \tag{2.17}\end{align}\] と表される。 スピン自由度は空間回転に伴って成分が混ざり合い、大きさ \(1/2\)角運動量(angular momentum)としての性質を持つ。

このスピン空間に作用する演算子として、パウリ行列(Pauli matrices) \(\sigma^{i}\) (\(i=1,2,3\)) が導入される。 パウリ行列は以下の代数的な関係式を満たす。

パウリ行列の性質

\[\begin{align} &\{ \sigma^i, \sigma^j\} \equiv \sigma^i \sigma^j + \sigma^j \sigma^i = 2 \delta^{ij}, \\ &\left[ \sigma^i, \sigma^j \right] \equiv \sigma^i \sigma^j - \sigma^j \sigma^i = 2 i \sum_k \epsilon^{ijk} \sigma^k, \tag{2.18}\end{align}\] ここで、\(\epsilon^{ijk}\)レビ・チヴィタ記号(Levi-Civita symbol)と呼ばれる完全反対称テンソルであり、\(\epsilon^{123}=1\)とする。

パウリ行列の具体的な表現として、通常は \(\sigma^3\) を対角化する以下の標準表現が用いられる。
パウリ行列の具体的表現

\[\begin{align} \sigma^1 = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma^2 = \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma^3 = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} \tag{2.19}\end{align}\]

これらの行列はすべてエルミート行列であり、かつトレースがゼロ、行列式が \(-1\)である。 また、それぞれの2乗は単位行列となる。 なお、添え字 \(1, 2, 3\) の代わりに \(x, y, z\) を用いて \(\sigma_x, \sigma_y, \sigma_z\) と表記されることも多い。

電荷 \(q\) を持つスピン \(1/2\) の粒子の時間発展を記述する方程式として、現象論的には次のシュレディンガー・パウリ方程式(Schr\UTF{00F6}dinger-Pauli equation)が知られている。16\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \psi = \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A} \right)^2 - \frac{g q}{2 m} \boldsymbol{S} \cdot \boldsymbol{B} + q \Phi \right] \psi, \tag{2.20}\end{align}\] ここで、\(\boldsymbol{S} = \boldsymbol{\sigma}/2\) はスピン演算子、\(g\)\(g\)因子と呼ばれる粒子の磁気的性質を決める定数である。電子の場合、実験事実として \(g \simeq 2\) であることが知られている。 方程式に含まれる \(- (g q/2 m) \boldsymbol{S} \cdot \boldsymbol{B}\) の項はパウリ項と呼ばれ、スピン磁気モーメント(spin magnetic moment)と磁場の相互作用を表す。これは一様磁場中の原子における異常ゼーマン効果(anomalous Zeeman effect)などを説明する。

さらに、水素様原子における最外殻電子に対しては、中心力ポテンシャル \(V_c(r)\) を用いると\[\begin{align} H_{LS} = \frac{1}{2m^2} \frac{1}{r} \frac{\partial V_c}{\partial r} (\boldsymbol{L} \cdot \boldsymbol{S}) \tag{2.21}\end{align}\] というスピン軌道相互作用(spin-orbit interaction)が存在する。 この相互作用によって原子スペクトルに現れる微細構造(fine structure)が説明される。 実際、ナトリウムのD線の観測などを通じて、その妥当性が実験的に確認されている。

これらを受け入れると、次のような理論的疑問が生じる。 パウリ項やスピン軌道相互作用はゲージ変換に対して不変であるが、単純な置き換え \(\partial_\mu \to \partial_\mu - i q A_\mu\) からは自然に現れない。 これらの項を基本原理から導出し、その係数を理論的に予言することは可能であろうか。 17

本書で学ぶ「相対論的量子力学(ディラック方程式)」は、まさにこの疑問に答えるものである。ディラック方程式においてはスピンが理論の要請として自然に現れ、その非相対論的極限をとることで、パウリ項やスピン軌道相互作用が自動的に導出されることを見る。

3. クライン\(\cdot\)ゴルドン方程式

量子力学をローレンツ共変な形式に拡張するには、大きく分けて二つのアプローチがある。 一つは、ハイゼンベルク描像のように時間発展を演算子に担わせ、さらにその演算子が時間だけでなく空間座標にも依存する「場」であるとみなす方法である。これは場の量子論への道であり、多粒子系や粒子の生成・消滅を自然に扱うことができる。

もう一つは、一体系の状態を位置の固有状態で展開した波動関数 \(\phi(\boldsymbol{x},t)=\left<\boldsymbol{x}\middle|\phi(t)\right>\) が、時間と空間の両変数を持つことに着目し、これが従うシュレディンガー波動方程式そのものをローレンツ共変な形へ一般化する方法である。このアプローチでは厳密には一体系の状態しか扱えないという限界があるが、非相対論的量子力学からの自然な拡張として物理的描像が掴みやすい。 本講義の前半では、この「一体系の相対論的波動方程式」としての側面を採用して議論を進める。

本章では、相対論的粒子の波動関数が満たすべき方程式としてクライン・ゴルドン方程式を導入する。 これは特にスカラー粒子に対する基礎方程式となる。 なお、後に登場するディラック粒子の波動関数 \(\psi\) と区別するため、本章ではスカラー粒子の波動関数を \(\phi\) と表記する。

3-1. クライン・ゴルドン方程式とその解

波動関数に対する([eq:quntization1]) (\(\hat{p}^\mu \to -i \partial^\mu\)) の対応関係を相対論的な自由粒子のエネルギーと運動量の関係式\(p^\mu p_\mu = -m^2\)に適用すると、 以下の波動方程式が得られる。

クライン・ゴルドン方程式

\[\begin{align} \left( \partial_\mu \partial^\mu - m^2 \right) \phi(x) = 0 \tag{3.1}\end{align}\]

これをクライン・ゴルドン方程式(Klein-Gordon equation)と呼ぶ。 任意の自由粒子の波動関数は、このクライン・ゴルドン方程式を満たすことが期待される。

\(\hat{p}^\mu \to -i \partial^\mu\) を用いると、\[\begin{align} \left<\boldsymbol{x}| \eta_{\mu\nu} \hat{p}^\mu \hat{p}^\nu |\phi \right> = - \eta^{\mu\nu} \partial_\mu \partial_\nu \phi(x) \tag{3.2}\end{align}\] となる。 一方で、自由粒子に対してはエネルギーと運動量の関係式 \(p^\mu p_\mu = -m^2\) が成立する。 そこで、エネルギー \(E\) と運動量 \(\boldsymbol{p}\) の固有状態 \(\left| E,\boldsymbol{p} \right>\) による完全系を挿入して計算すると、左辺は\[\begin{align} &\left<\boldsymbol{x}\right| \eta_{\mu\nu} \hat{p}^\mu \hat{p}^\nu \sum_{\boldsymbol{p}, i}\left. \right| E,\boldsymbol{p} \left> \right<E,\boldsymbol{p}\left| \phi \right> \nonumber\\ &= \sum_{\boldsymbol{p}, i} \eta_{\mu\nu} p^\mu p^\nu \left<\boldsymbol{x}\right| E,\boldsymbol{p} \left> \right<E,\boldsymbol{p}\left| \phi \right> \\ &= -m^2 \sum_{\boldsymbol{p}, i} \left<\boldsymbol{x}\right| E,\boldsymbol{p} \left> \right<E,\boldsymbol{p}\left| \phi \right> \\ &= -m^2 \phi(x) \tag{3.3}\end{align}\] と書き換えられる。 ここで、\(\sum_{\boldsymbol{p}, i}\)は運動量などの完全系による和や積分を表す。 ([eq:KG01]) と ([eq:KG02]) を合わせると、クライン・ゴルドン方程式に帰着する。

ただし本章では、クライン・ゴルドン方程式に従う波動関数として、ローレンツ変換 \(x^\mu \to {x'}^{\mu}\) に対して\[\begin{align} \phi(x) \to \phi'(x') =\phi(x) \tag{3.4}\end{align}\] のようにスカラーとして変換する波動関数\(\phi(x)\)を考える。 ローレンツ変換には回転変換も含まれるため、\(\phi(x)\) がスカラーであることは、この波動関数がスピン0の粒子を記述することを意味する。 18

波動関数の空間成分をフーリエ変換すると、\[\begin{align} \phi(x) = \int \frac{\mathrm{d}^3 k}{(2\pi)^3} \tilde{\phi}(t,\boldsymbol{k}) e^{i \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{x}} \tag{3.5}\end{align}\] と書ける。このとき、波数 \(\boldsymbol{k}\) は運動量に対応する。 これをクライン・ゴルドン方程式に代入すると、\[\begin{align} \left( - \frac{\partial^2}{\partial t^2} - \boldsymbol{k}^2 - m^2 \right) \tilde{\phi}(t,\boldsymbol{k}) = 0 \tag{3.6}\end{align}\] が得られる。 この方程式の解は、\[\begin{align} k^0 = \omega_\boldsymbol{k} \equiv \sqrt{\boldsymbol{k}^2 + m^2} \tag{3.7}\end{align}\] を用いて\[\begin{align} \tilde{\phi}(t,\boldsymbol{k}) = \frac{a(\boldsymbol{k})}{2\omega_\boldsymbol{k}} e^{-i \omega_\boldsymbol{k} t} + \frac{b^*(-\boldsymbol{k})}{2\omega_\boldsymbol{k}} e^{i \omega_\boldsymbol{k} t} \tag{3.8}\end{align}\] と表される。19 したがって、特定の運動量 \(\boldsymbol{k}\) に対して、振動数の符号が互いに逆である二つの平面波解が存在する。 これを元の積分に戻すと、一般解は次のように表される。\[\begin{align} \hspace{-3mm} \phi(x) &= \int \frac{\mathrm{d}^3 k}{(2\pi)^3 2\omega_\boldsymbol{k}} \left( a(\boldsymbol{k}) e^{-i \omega_\boldsymbol{k} t} e^{i \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{x}} + b^*(-\boldsymbol{k}) e^{i \omega_\boldsymbol{k} t} e^{i \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{x}} \right) \tag{3.9}\end{align}\] ここで第二項について、積分変数を \(\boldsymbol{k} \to - \boldsymbol{k}\) と変換する。\(\mathrm{d}^3k\) の積分範囲は全空間であるため不変であり、\(\omega_\boldsymbol{k}\)\(\boldsymbol{k}^2\) にしか依存しないため不変である。したがって、指数部分を \(k_\mu x^\mu = - \omega_\boldsymbol{k} t + \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{x}\) とまとめて、\[\begin{align} \phi(x) = \int \frac{\mathrm{d}^3 k}{(2\pi)^3 2\omega_\boldsymbol{k}} \left( a(\boldsymbol{k}) e^{i k_\mu x^\mu} + b^*(\boldsymbol{k}) e^{-i k_\mu x^\mu} \right) \tag{3.10}\end{align}\] と書くことができる。こうして、一般解は \(e^{i k \cdot x}\)\(e^{-i k \cdot x}\) の平面波解の線形結合で表されることがわかる。

以下では、常に \(k^0 = \omega_\boldsymbol{k} > 0\) であるとし、時間依存性が \(e^{-i\omega_\boldsymbol{k} t}\) に対応する項 を正の振動数の解、時間依存性が \(e^{+i\omega_\boldsymbol{k} t}\) に対応する項 を負の振動数の解と呼ぶことにする。

運動量 \(\boldsymbol{k}\) を指定したときの正および負の振動数の平面波解は、それぞれ次のように表される。 20

クライン・ゴルドン方程式の平面波解

\[\begin{align} \phi(x) \propto e^{i k_\mu x^\mu} = e^{-i\omega_\boldsymbol{k} t + i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}} \quad \text{(正の振動数の平面波解)} \\ \phi(x) \propto e^{-i k_\mu x^\mu} = e^{i\omega_\boldsymbol{k} t - i\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{x}} \quad \text{(負の振動数の平面波解)} \tag{3.11}\end{align}\]

クライン・ゴルドン方程式の解は、運動量 \(\boldsymbol{k}\) を固定しても、正の振動数と負の振動数をもつ二つの独立な解を持ち、それらを併せて完全系をなす。 エネルギー固有状態を考える限りは正負の振動数成分は独立だが、一般の状態(例えば空間的に鋭く局在した波束)を記述するためには、正負両方の成分を重ね合わせる必要がある。 つまり、正負両方の解を含めて初めて、任意の初期条件を満たす一般解を構成することができる。 したがって、負の振動数の解も物理的に不可欠な要素であり、振動数が正の解のみで理論を構成することはできない。

3-2. 非相対論的極限と反粒子

クライン・ゴルドン方程式の正・負の振動数の解がもつ物理的意味を明らかにするため、電磁場との相互作用を含めた非相対論的極限を考える。

電荷 \(q\) を持つ粒子の場合、微分演算子を共変微分 \(D_\mu = \partial_\mu - i q A_\mu\) に置き換えることで、電磁場中のクライン・ゴルドン方程式は\[\begin{align} \left( \eta^{\mu\nu} \left( \partial_\mu - i q A_\mu \right) \left( \partial_\nu - i q A_\nu \right) - m^2 \right) \phi(x) = 0 \tag{3.12}\end{align}\] と書ける。

まず、正の振動数の解を考える。静止した自由粒子 (\(\boldsymbol{k} = 0, A_\mu=0\)) の解は \(\phi(x) \propto e^{- i m t}\) である。 粒子の運動エネルギーや電磁場のポテンシャルエネルギーが静止エネルギー\(m\)よりはるかに小さい非相対論的な領域では、この主要な振動部分からのズレは緩やかであると期待される。そこで、ゆっくり変化する関数 \(\varphi(x)\) を導入し、次のように波動関数を分離して考える。21

非相対論的近似における粒子の波動関数

\[\begin{align} \phi(x) = \varphi(x) e^{-imt}, \tag{3.13}\end{align}\]

これを電磁場中のクライン・ゴルドン方程式に代入して整理すると、\[\begin{align} \biggl[ &-(\partial_0 - im + iq\Phi)^2 + (\nabla - iq\boldsymbol{A})^2 - m^2 \biggr] \varphi(x) = 0 \notag \\ \Leftrightarrow \quad \biggl[ &-(\partial_0 + iq\Phi)^2 + 2im(\partial_0 + iq\Phi) + (\nabla - iq\boldsymbol{A})^2 \biggr] \varphi(x) = 0 \tag{3.14}\end{align}\] となる。 ここで非相対論的極限では、\(\varphi\) の時間変化や \(q\Phi\)\(m\) に比べて無視できるほど小さいため、\((\partial_0 - iq\Phi)^2\) の項を無視する。すると、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \varphi= \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A} \right)^2 + q \Phi \right] \varphi \tag{3.15}\end{align}\] となり、電荷 \(q\)、質量 \(m\) のスピン0の粒子が従うシュレディンガー方程式に帰着する。

次に、負の振動数の解を考察する。この場合の自由粒子の解は \(e^{+imt}\) のように振動するため、新しい関数 \(\chi(x)\) を用いて次のように分離する。

非相対論的近似における反粒子の波動関数

\[\begin{align} \phi(x) = \chi^*(x) e^{imt} = (\chi(x) e^{-imt})^* \tag{3.16}\end{align}\]

同様に非相対論的極限の方程式を導くと、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \chi = \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} + i q \boldsymbol{A} \right)^2 - q \Phi \right] \chi, \tag{3.17}\end{align}\] が得られる。22 この方程式は、質量は \(m\) でありながら、電荷が元の粒子とは逆符号 \((-q)\) であるような別の粒子が従うシュレディンガー方程式と同じ形をしている。このように、質量が等しく電荷が逆の粒子を反粒子(antiparticle)と呼ぶ。この結果から、負の振動数の解の複素共役をとったものは、反粒子の波動関数として解釈できることがわかる。 2324

以上より、相対論的量子力学では一般に反粒子の存在が予言されることが理解できる。

3-3. 電荷の流れ

クライン・ゴルドン方程式の解 \(\phi(x)\) に対する確率解釈について考察する。

非相対論的量子力学では \(\rho = |\phi|^2\)確率密度と解釈したが、相対論ではローレンツ収縮により体積要素が変化するため、密度はスカラー量ではなく4元ベクトルの第0成分として変換しなければならない。しかし \(\left\vert {\phi(x)} \right\vert^2\) はスカラーであるため、確率密度と解釈するには不適切である。

しかし、次のように \(j^\mu = (\rho, \boldsymbol{j})\) を定義すると、それはローレンツ変換に対して4元ベクトルとして振るまい、連続の式を満たす。 25

スカラー粒子の電荷の流れの4元ベクトル

\[\begin{align} j_\mu &= \frac{-iq}{2m} \left[ \phi^* D_\mu \phi - (D_\mu \phi)^* \phi \right] \\ &= \frac{q}{m} \mathrm{ Im} \left[ \phi^* D_\mu \phi \right] \tag{3.18}\end{align}\]

\(\partial_\mu = D_\mu \phi + i q A_\mu\) に注意し、クライン・ゴルドン方程式を用いると、\[\begin{align} &\partial_\mu \left( \phi^* D^\mu \phi \right) \\ &= \left( \left( D_\mu + i q A_\mu \right) \phi \right)^* D^\mu \phi + \phi^* \left( D_\mu + i q A_\mu \right) D^\mu \phi \\ &= \left\vert {D_\mu \phi} \right\vert^2 + m^2 \left\vert {\phi} \right\vert^2 \tag{3.19}\end{align}\] となる。 したがって、\(\partial_\mu j^\mu \propto \mathrm{ Im} \left[ \partial_\mu \left( \phi^* D^\mu \phi \right) \right] = 0\)が確かめられる。

非相対論的量子力学では \(\left\vert {\varphi(x)} \right\vert^2\) が粒子の存在確率密度と解釈されたが、ここでは電荷を明示的に含めた形で再定義され、\(j^0(x) = \rho(x)\) は粒子または反粒子の電荷密度と理解される。26 27

\(\phi(x)=\varphi(x)e^{-imt}\) として正振動数の解の非相対論的極限をとると、\(\rho = - j_0\)\[\begin{align} \rho(x) \simeq q \left\vert {\varphi(x)} \right\vert^2 \tag{3.20}\end{align}\] となる。 反粒子に関しては \(\phi(x)=\chi^*(x)e^{imt}\) とすると\[\begin{align} \rho(x) \simeq -q \left\vert {\chi(x)} \right\vert^2 \tag{3.21}\end{align}\] となり、符号が反転する。 非相対論的量子力学では \(\left\vert {\varphi(x)} \right\vert^2\) が粒子の存在確率密度として解釈される。 これに対し、ここで定義した \(\rho(x)\) は粒子の電荷 \(q\)、あるいは反粒子の電荷 \(-q\) を明示的に含んでいるため、確率密度ではなく電荷密度として解釈される。

スピン0の粒子としてはヒッグス粒子やパイ中間子などが知られているが、自然界において安定または長寿命なスピン0粒子は稀である。 また、スピン0粒子はボソン(boson)であるため、多数の粒子が同一状態を占有することが可能である。 この性質ゆえに、スピン0粒子の物理は単一粒子の量子力学として扱うよりも、凝縮現象などを記述する場の理論(あるいは巨視的な古典場)として扱う方が、より豊かで興味深い現象が現れることが多い。

そこで、スピン0粒子の一体系としての議論はここで区切りとし、次章からは物質を構成する主要な粒子(電子など)を記述する、スピン\(1/2\)の粒子(ディラック粒子)を扱うことにする。

4. ディラック方程式

前章では、クライン・ゴルドン方程式に従う波動関数 \(\phi(x)\) が1成分のみをもつと仮定した。 この場合、波動関数はローレンツ変換に対してスカラーとして振る舞い、スピン0の粒子(スカラー粒子)を記述する。 しかし、非相対論的量子力学で学んだように、電子にはスピンと呼ばれる2つの内部自由度が存在する。 したがって、スピン \(1/2\) の粒子を相対論的に記述するためには、多成分の波動関数と、それを支配する新たな方程式が必要となる。

そこで、本章では \(n\) 成分の波動関数を導入することを考える。 このとき、波動関数が満たすべき方程式やハミルトニアンは \(n\times n\) 行列の形式をとる。 自由度を増やすことで、時間微分の階数を一階に下げつつ、ローレンツ共変性を満たす理論を構成することが可能となる。これがディラック方程式である。

4-1. ディラック方程式

質量を持つスピン \(1/2\) 粒子の記述には、最小で \(n=4\) 成分が必要であることが知られている。そこで、4成分スピノル \(\psi(x)\) を導入し、それが満たすべきローレンツ共変な一階微分方程式を探索する。 同時に、粒子のエネルギーと運動量が相対論的分散関係 \(E^2 = m^2 + p^2\) を満たすこと、すなわちスピノルの各成分がクライン・ゴルドン方程式を満たすことも要請する。

まず、ローレンツ共変な一次微分方程式を期待し、\(\partial_\mu\) を1つ含む方程式を考える。 そのローレンツ添え字を縮約するため、定数行列 \(\gamma^\mu\) を導入する。 \(\psi\) が4成分であることに対応して、\(\gamma^\mu\) は各 \(\mu=0,1,2,3\) に対して \(4\times4\) 行列とする。 これらを用いて、次の形の方程式を考える。

ディラック方程式

\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu \partial_\mu - m I_{4}\right) \psi(x) = 0, \tag{4.1}\end{align}\]

ここで、\(I_{4}\)\(4\times 4\) 単位行列、\(m\) は粒子の質量を表す。28 この方程式をディラック方程式(Dirac equation)と呼び、これに従うスピノルをディラックスピノル(Dirac spinor)と呼ぶ。

この方程式の解がクライン・ゴルドン方程式も満たすためには、定数行列 \(\gamma^\mu\) は次の代数関係を満たす必要がある。

\(\gamma\)行列の反交換関係

\[\begin{align} \{ \gamma^\mu, \gamma^\nu\} \equiv \gamma^\mu \gamma^\nu + \gamma^\nu \gamma^\mu = - 2 I_{4}\eta^{\mu\nu}, \tag{4.2}\end{align}\]

この関係を満たす代数はクリフォード代数(Clifford algebra)と呼ばれる。また、\(\gamma^\mu\)\(\gamma\)行列と呼ばれる。

ディラック方程式の両辺に、左から演算子 \((i \gamma^\nu \partial_\nu + m I_{4})\) を作用させ、\(\gamma^\mu\) が定数行列であることに注意して展開すると、\[\begin{align} (-\gamma^\nu \gamma^\mu \partial_\nu \partial_\mu - m^2 I_{4}) \psi = 0, \tag{4.3}\end{align}\] となる。第一項について、\(\partial_\nu \partial_\mu\)\(\mu, \nu\) の入れ替えについて対称であることを利用し、([gamma_comm]) の関係を用いると、\[\begin{align} &-\gamma^\nu \gamma^\mu \partial_\nu \partial_\mu \\ &= - \frac12 \left( \gamma^\nu \gamma^\mu + \gamma^\mu \gamma^\nu \right) \partial_\nu \partial_\mu \\ &=\eta^{\mu\nu} I_{4}\partial_\mu \partial_\nu \tag{4.4}\end{align}\] と変形できる。 したがって、([gamma_comm]) が成り立てば、\(\psi\) の各成分はクライン・ゴルドン方程式を満たす。

なお、\(\gamma^\mu\) は定数行列であるため、ディラック方程式のローレンツ共変性は自明ではない。 \(\partial_\mu \partial^\mu\) はローレンツ不変であるが、\(\gamma^\mu \partial_\mu\) はそうではない。 この点については次章で詳しく検討する。

4-2. ハミルトニアン

ディラック方程式に対応するハミルトニアンは次の形をとる。 29

ディラック粒子のハミルトニアン

\[\begin{align} \hat{H} = \gamma^0 (\boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4}), \tag{4.5}\end{align}\]

通常はハミルトニアンから正準量子化を経て波動方程式を導くが、ここでは逆に波動方程式からハミルトニアンを決定する。 ディラック方程式[Dirac-eq] に左から \(\gamma^0\) を掛けると、\[\begin{align} \left( i (\gamma^0)^2 \partial_0 + i \gamma^0 \gamma^i \partial_i - \gamma^0 m \right) \psi = 0, \tag{4.6}\end{align}\] となる。 反交換関係より \((\gamma^0)^2 = -\eta^{00}I_{4}= I_{4}\) であることを用いて式を整理し、時間微分項を分離すると、\[\begin{align} i \partial_0 \psi = \gamma^0 \left( -i \gamma^i \partial_i + m I_{4}\right) \psi \tag{4.7}\end{align}\] が得られる。 ここで、波動関数と運動量演算子\(\hat{p}^\mu\)の関係30\[\begin{align} \left<x \vert \hat{p}^\mu|\psi \right> = -i \eta^{\mu\nu} \partial_\nu \psi(x) \tag{4.8}\end{align}\] を用いると、([eq:DiracH])のハミルトニアンが得られる。

ハミルトニアンおよび運動量演算子はエルミート演算子である必要がある。その要請から係数行列には以下の性質が求められる。\[\begin{align} & \left( \gamma^0 \right)^\dagger = \gamma^0, \\ & \left( \gamma^0 \gamma^i \right)^\dagger = \gamma^0 \gamma^i \tag{4.9}\end{align}\] ここで、([gamma_comm])から\(\gamma^0 \gamma^i = - \gamma^i \gamma^0\)であることを用いると、以下の条件が得られる。

\(\gamma\)行列のエルミート共役

\[\begin{align} & \left( \gamma^0 \right)^\dagger = \gamma^0, \\ & \left( \gamma^i \right)^\dagger = - \gamma^i \tag{4.10}\end{align}\]

すなわち、\(\gamma^0\) はエルミート行列、\(\gamma^i\) は反エルミート行列である。 また、これらをまとめると、すべての \(\mu\) に対して以下の関係が成り立つ。\[\begin{align} \gamma^0 (\gamma^\mu)^\dagger \gamma^0 = \gamma^\mu \tag{4.11}\end{align}\]

4-3. ディラック共役と電荷の流れ

波動関数のエルミート共役 \(\psi^\dagger\) の代わりに、ローレンツ変換に対して良い性質を持つディラック共役(Dirac conjugate) \(\bar{\psi}\) を導入する。

ディラック共役

\[\begin{align} \bar{\psi} \equiv \psi^\dagger \gamma^0 \tag{4.12}\end{align}\]

また、電荷の流れを以下のように定義する。

ディラック粒子の電荷の流れ

\[\begin{align} &j^\mu \equiv q \bar{\psi} \gamma^\mu \psi \tag{4.13}\end{align}\]

ディラック方程式を用いれば、これが連続の式 \(\partial_\mu j^\mu = 0\) を満たすことが示される。31

ディラック方程式 ([Dirac-eq]) のエルミート共役をとると、\[\begin{align} \psi^\dagger \left( -i (\gamma^\mu)^\dagger \overleftarrow{\partial}_\mu - m I_{4}\right) = 0 \tag{4.14}\end{align}\] となる。 ここで \(\overleftarrow{\partial}_\mu\) は左側の関数に作用する微分を表す。 この式の右から \(\gamma^0\) を掛け、([eq:gammamudagger]) の関係式 \(\gamma^0 (\gamma^\mu)^\dagger \gamma^0 = \gamma^\mu\) を用いると、\[\begin{align} \bar{\psi} \left( - i \gamma^\mu \overleftarrow{\partial}_\mu - m I_4 \right) = 0 \tag{4.15}\end{align}\] が得られる。 これを用いると、\[\begin{align} \partial_\mu j^\mu &= q \bar{\psi} \gamma^\mu \overleftarrow{\partial}_\mu \psi + q \bar{\psi} \gamma^\mu \partial_\mu \psi \\ &= q m i \bar{\psi} \psi - q m i \bar{\psi} \psi \\ &=0 \tag{4.16}\end{align}\] となり、連続の式が示された。

4-4. 具体的な\(\gamma\)行列の例

反交換関係[gamma_comm] を満たしていれば、\(\gamma\) 行列の具体的な表示は任意である。

反交換関係から、以下の行列の性質が導かれる。\[\begin{align} &(\gamma^0)^2 = I_{4} \\ &(\gamma^i)^2 = -I_{4} \\ &\gamma^\mu \gamma^\nu = - \gamma^\nu \gamma^\mu \quad \mathrm{for} \quad \mu \ne \nu \tag{4.17}\end{align}\] 特に、3つ目の式に \(\gamma^\nu\) をかけてトレースをとることで、\(\mathrm{ Tr}[\gamma^\mu] = 0\) が導かれる。 また、\((\gamma^0)^2 = I_{4}\) より固有値は \(\pm 1\) であるが、トレースが 0 であることから、 \(+1\)\(-1\) の固有値が同数存在しなければならない。したがって、行列の次数 \(n\) は偶数である必要がある。\(n=2\) では条件を満たす4つの行列を構成できないため、質量を持つ粒子に対しては \(n=4\) が最小の次数となる。 32

例えば、パウリ行列\(\sigma^i\)を用いると、以下の形が条件を満たすことは容易に確認できる。

ディラック・パウリ表示\(\gamma\)行列

\[\begin{align} &\gamma^0 = \begin{pmatrix} I_{2}& 0 \\ 0 & -I_{2} \end{pmatrix} \\ &\gamma^i = \begin{pmatrix} 0 & \sigma^i \\ -\sigma^i & 0 \end{pmatrix} \tag{4.18}\end{align}\]

この表示は \(\gamma^0\) が対角化されており、非相対論的極限での見通しが良い。また、前述のエルミート性の条件も満たしている。 これはディラック・パウリ表示(Dirac-Pauli representation)と呼ばれる。

さらに、任意のユニタリ行列 \(U\) による変換 \(\gamma^\mu \to U^\dagger \gamma^\mu U\) のもとでも反交換関係は保たれるため、\(\gamma\) 行列の表示は無数に存在する。 このため、状況に応じて適切な表示を選ぶのがよい。 例えば、粒子が相対論的エネルギーを持つ極限では、次のワイル表示(Weyl representation)が便利である。33

ワイル表示\(\gamma\)行列

\[\begin{align} &\gamma^{0}=\left(\begin{array}{cc} 0 & I_{2}\\ I_{2}& 0 \end{array}\right), \\ &\gamma^{i}=\left(\begin{array}{cc} 0 & \sigma^{i} \\ -\sigma^{i} & 0 \end{array}\right) \tag{4.19}\end{align}\]

5. ローレンツ共変性

ディラック方程式に現れる \(\gamma^\mu\) は定数の行列であり、\(\gamma^0, \gamma^1, \gamma^2, \gamma^3\) の4つをまとめて表記したものである。そのため、時空の座標変換によって変化することはない。したがって、\(\gamma^\mu\)は添字\(\mu\)に関して通常の反変ベクトルのように変換する対象ではなく、 特に\(\gamma^\mu \partial_\mu\)がローレンツ不変となるわけではないことに注意する必要がある。 以上を踏まえ、本章ではディラック方程式がどの意味でローレンツ共変であるかを詳しく検討する。

5-1. ディラックスピノルの変換

ディラック方程式に従う波動関数 \(\psi(x)\) は4成分をもつため、ローレンツ変換によって成分が混ざり合いながら変換すると期待される。 これは、空間回転に伴ってベクトルの成分が回転したり、スピン自由度が混ざり合うことに対応している。

そこで、ローレンツ変換\(x'^\mu = \Lambda^\mu_{\ \nu} x^\nu\)に対して、 波動関数は \(x \to x'\) という引数の変化に加え、次のように成分間での線形変換を受けると仮定する。

ディラックスピノルのローレンツ変換

\[\begin{align} \psi(x) \to \psi'(x') \equiv D(\Lambda) \psi(x) \tag{5.1}\end{align}\]

ここで、\(D(\Lambda)\)はローレンツ変換に依存して決まる\(4\times 4\)行列である。34 ローレンツ変換は \(\Lambda^\mu_{\ \nu}\) を指定することで一意に定まるため、それに伴って \(D(\Lambda)\) も定まるという意味で引数に\(\Lambda\)を持たせている。35

以下の関係式が成り立つならば、ローレンツ変換後の方程式は元の形に一致し、ディラック方程式がローレンツ共変になることが確認できる。 36

ローレンツ変換行列と\(\gamma\)行列の関係式

\[\begin{align} D(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu D(\Lambda) = \Lambda^{\mu}_{\ \nu} \gamma^\nu \tag{5.2}\end{align}\]

座標変換後のディラック方程式は次のようになる。\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu \partial'_\mu - m I_{4}\right) \psi'(x') = 0 \tag{5.3}\end{align}\] ここで、\(\partial_\mu' = \Lambda_\mu{}^\nu \partial_\nu\)および\(\psi'(x') = D(\Lambda) \psi(x)\)を用いて、 両辺に左から \(D(\Lambda)^{-1}\) を掛けると、\[\begin{align} \left( i D(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu D(\Lambda) \Lambda_\mu^{\ \nu} \partial_\nu - m I_{4}\right) \psi(x) = 0 \tag{5.4}\end{align}\] が得られる。 ([eq:gammaDrelation])を用いて、\(\Lambda^\mu_{\ \rho} \Lambda_{\mu}^{\ \nu} = \delta^\nu_\rho\)を考慮すると、 この方程式が元の系での方程式と一致することが確認できる。

以下では、この条件を満たす \(D(\Lambda)\) を具体的に構成する。

5-2. 無限小ローレンツ変換

\(D(\Lambda)\) の具体的な形を求めるため、無限小ローレンツ変換を考える。

まず、ローレンツ変換を特徴づけるパラメーターが微小なとき、4元ベクトルに対する変換行列[Lambda_munu]が次の形で表されることを思い出す。\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu} \simeq \delta^{\mu}{ }_{\nu} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} \left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \tag{5.5}\end{align}\] ここで、\(\delta \omega_{\rho \sigma}\)は添字に関して反対称な微小なパラメーターである。

これに対応して、\(D(\Lambda)\) も恒等変換からの微小なずれとして展開すると、\[\begin{align} D(\Lambda) \simeq I_{4} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} S^{\rho \sigma} \tag{5.6}\end{align}\] と表せる。ここで、各\(\mu, \nu\)に対して、\(S^{\mu\nu}\)はスピノルに作用する\(4\times4\)行列であり、ローレンツ添字に関して反対称\(S^{\mu\nu} = - S^{\nu\mu}\)であるとする。 また、\(\delta \omega\) の一次までで考えると、逆行列は\[\begin{align} D^{-1}(\Lambda) \simeq I_{4} - \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} S^{\rho \sigma} \tag{5.7}\end{align}\] となる。

\(S^{\mu\nu}\)[eq:gammaDrelation]の条件\(D(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu D(\Lambda) = \Lambda^{\mu}_{\ \alpha} \gamma^\alpha\)を満たすように決める。

左辺は、\[\begin{align} D^{-1} \gamma^\mu D &\simeq \left(I_{4} - \frac{i}{2} \delta \omega_{\alpha \beta} S^{\alpha \beta}\right) \gamma^{\mu}\left(I_{4} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} S^{\rho \sigma }\right) \nonumber \\ &\simeq \gamma^\mu - \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} [S^{\rho \sigma}, \gamma^\mu] \tag{5.8}\end{align}\] となる。 ([eq:generatorL])の\(\left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \equiv -i \left( \eta^{\rho \mu} \delta^\sigma_\nu - (\rho \leftrightarrow \sigma) \right)\)を用いると、右辺は\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu} \gamma^\nu &\simeq \gamma^{\mu} + \frac{i}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} \left( L^{\rho \sigma} \right)^{\mu}{ }_{\nu} \gamma^\nu \nonumber\\ &= \gamma^{\mu} + \frac{1}{2} \delta \omega_{\rho \sigma} (\eta^{\mu\rho} \gamma^\sigma - \eta^{\mu\sigma} \gamma^\rho) \tag{5.9}\end{align}\] となる。 これらが任意の \(\delta \omega_{\rho \sigma}\) に対して等しくなるためには、\[\begin{align} \left[ S^{\rho \sigma}, \gamma^{\mu} \right] = i (\eta^{\mu \rho} \gamma^{\sigma} - \eta^{\mu \sigma} \gamma^{\rho}) \tag{5.10}\end{align}\] となる必要がある。

交換関係[eq:sigma12]を満たす \(S^{\mu\nu}\) は、\(\gamma\) 行列の交換子を用いて次のように構成できる。37

\(\sigma^{\mu\nu}\)\(\gamma\)行列で表す式

\[\begin{align} &S^{\mu\nu} = \frac{1}{2} \sigma^{\mu\nu} \\ &\sigma^{\mu\nu} \equiv \frac{i}{2}\left[\gamma^{\mu}, \gamma^{\nu}\right] \tag{5.11}\end{align}\]

([eq:sigma12])の左辺に \(S^{\mu\nu} = \sigma^{\mu\nu}/2\) を代入して変形すると、\[\begin{align} &\frac12 \left[\sigma^{\rho \sigma}, \gamma^{\mu}\right] \nonumber\\ &= \frac{i}{4} \gamma^{\rho} \gamma^{\sigma} \gamma^{\mu}-\frac{i}{4} \gamma^{\sigma} \gamma^{\rho} \gamma^{\mu}-\frac{i}{4} \gamma^{\mu} \gamma^{\rho} \gamma^{\sigma}+\frac{i}{4} \gamma^{\mu} \gamma^{\sigma} \gamma^{\rho} \nonumber\\ & =\frac{i}{4} \gamma^{\rho}\left(-2 \eta^{\sigma \mu}-\gamma^{\mu} \gamma^{\sigma}\right)-\frac{i}{4} \gamma^{\sigma}\left(-2 \eta^{\rho \mu}-\gamma^{\mu} \gamma^{\rho}\right) \nonumber \\ &\quad -\frac{i}{4}\left(-2 \eta^{\rho \mu}-\gamma^{\rho} \gamma^{\mu}\right) \gamma^{\sigma}+\frac{i}{4}\left(-2 \eta^{\sigma \mu}-\gamma^{\sigma} \gamma^{\mu}\right) \gamma^{\rho} \nonumber\\ & = -i \eta^{\mu \sigma} \gamma^{\rho}+ i \eta^{\mu \rho} \gamma^{\sigma} \tag{5.12}\end{align}\] となり、右辺に一致することが確認できる。

具体的にディラック・パウリ表示を用いると\[\begin{align} &\sigma^{i j} = \sum_k \epsilon^{ijk} \Sigma_k \\ &\sigma^{0 i}=-\sigma^{i0} =\left(\begin{array}{cc} 0 & i \sigma^{i} \\ i \sigma^{i} & 0 \end{array}\right) \tag{5.13}\end{align}\] となる。ここで\[\begin{align} \Sigma_{i} \equiv \epsilon_{ijk} S^{jk} = \left(\begin{array}{cc} \sigma^{i} & 0 \\ 0 & \sigma^{i} \end{array}\right) \tag{5.14}\end{align}\] と定義した。38

ワイル表示においては、\(\sigma^{ij}\)は同様であるが、\UTF{00A0}\[\begin{align} \sigma^{0 i} = \left(\begin{array}{cc} -i \sigma^{i} & 0 \\ 0 & i \sigma^{i} \end{array}\right) \tag{5.15}\end{align}\] となる。

5-3. 有限のローレンツ変換

有限のローレンツ変換は、無限小変換 \(\delta\omega^\mu{}_{\nu}=\omega^\mu{}_{\nu}/N\)\(N\) 回繰り返し適用し \(N\to\infty\) とすることで、次のように指数関数として表される。39

ディラックスピノルのローレンツ変換の行列

\[\begin{align} D(\Lambda)=\exp \left(\frac{i}{2} \omega_{\mu \nu} S^{\mu \nu}\right) = \exp \left(\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) \tag{5.16}\end{align}\]

例として、\(z\) 軸まわりの角度 \(\theta\) の空間回転を考える。非ゼロ成分は \(\omega_{12} = -\omega_{21} = -\theta\) であるため、指数関数の肩は\[\begin{align} \frac{i}{2} (\omega_{12} S^{12} + \omega_{21} S^{21}) = i \omega_{12} S^{12} = -i \theta \frac{\sigma^{12}}{2} \tag{5.17}\end{align}\] となる。\(\sigma^{12} = \Sigma_3\) であるため、ディラック・パウリ表示では\[\begin{align} D(\Lambda) = \exp \left( - i \theta \frac{\Sigma_3}{2} \right) = \begin{pmatrix} e^{-i \theta \sigma_z/2} & 0 \\ 0 & e^{-i \theta \sigma_z/2} \end{pmatrix} \tag{5.18}\end{align}\] が得られる。 この式は、 4成分波動関数 \(\psi\) の上2成分と下2成分が、それぞれスピン \(1/2\) の変換則に従うことを示している。 したがって、ディラック方程式の解がスピン1/2の粒子を記述することが確認できる。

5-4. 双一次形式とローレンツ変換性

ディラック共役 \(\bar{\psi}(x) \equiv \psi^\dagger(x) \gamma^0\) はローレンツ変換によって次のように変換する。\[\begin{align} \bar{\psi}(x) \to \bar{\psi}'(x') = \bar{\psi}(x) D^{-1}(\Lambda) \tag{5.19}\end{align}\]

まず、([eq:gammamudagger])の \(\gamma^0 (\gamma^\mu)^\dagger \gamma^0 = \gamma^\mu\) を用いると、\(\sigma^{\mu\nu} \equiv i \left[ \gamma^\mu, \gamma^\nu \right] / 2\)に関して以下の関係が成り立つ。\[\begin{align} (\sigma^{\mu\nu})^\dagger = \gamma^0 \sigma^{\mu\nu} \gamma^0 \tag{5.20}\end{align}\] これを用いると、変換行列 \(D(\Lambda)\) は次の関係を満たす。\[\begin{align} \gamma^0 D^\dagger(\Lambda) \gamma^0 &= \gamma^0 \exp \left(-\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} (\sigma^{\mu \nu})^\dagger \right) \gamma^0 \\ &= \exp \left(-\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu} \right) \\ &= D^{-1}(\Lambda) \tag{5.21}\end{align}\] これを用いると、ディラック共役 \(\bar{\psi}(x) \equiv \psi^\dagger(x) \gamma^0\) が次のように変換することが確認できる。\[\begin{align} \bar{\psi}(x) \to \bar{\psi}'(x') &= \psi'^\dagger(x') \gamma^0 \\ &= (D(\Lambda)\psi(x))^\dagger \gamma^0 \\ &= \psi^\dagger(x) D^\dagger(\Lambda) \gamma^0 \\ &= \psi^\dagger(x) \gamma^0 D^{-1}(\Lambda) \\ &= \bar{\psi}(x) D^{-1}(\Lambda) \tag{5.22}\end{align}\]

これを用いると、\(\bar{\psi}\psi\) の変換は\[\begin{align} \bar{\psi}'(x') \psi'(x') = \bar{\psi}(x) D^{-1} D \psi(x) = \bar{\psi}(x) \psi(x) \tag{5.23}\end{align}\] となり、ローレンツスカラーであることがわかる。 同様に、\(\bar{\psi}\gamma^\mu \psi\) はベクトルとして変換し、電荷の流れ \(j^\mu = q \bar{\psi} \gamma^\mu \psi\) の連続の式 \(\partial_\mu j^\mu = 0\) がローレンツ共変な式であることも確認できる。

6. ディラック方程式の解

クライン・ゴルドン方程式と同様に、ディラック方程式にも正の振動数を持つ解と負の振動数を持つ解の両方が存在する。ディラック方程式は4成分を持つ一階の微分方程式であるため、ある運動量を指定したとしても、そこには4つの独立な解が存在する。これらは、粒子と反粒子それぞれについて、スピン \(1/2\) に対応する2つの自由度を表している。

本章では、自由粒子に対するディラック方程式の解の具体的な形を導出する。また、場の量子論における摂動計算などで頻繁に用いられる、スピノルに関する重要な恒等式(直交関係や完全性関係)を整理する。なお、本章では \(\gamma\) 行列の表現として主にディラック・パウリ表示を用いる。

6-1. 自由粒子の平面波展開

ディラック方程式に従う自由粒子の波動関数の各成分は、クライン・ゴルドン方程式も満たす。したがって、一般解はクライン・ゴルドン方程式と同様に、運動量空間でのフーリエ変換(平面波の重ね合わせ)として記述できる。 そこで、\(k^0 = \omega_\boldsymbol{k} \equiv \sqrt{m^2 + \boldsymbol{k}^2}\) として、一般解を次のように展開する。\[\begin{align} \psi(x) = \int \frac{\mathrm{d}^3 k}{(2\pi)^3 2\omega_\boldsymbol{k}} \sum_s \left( a_s(\boldsymbol{k}) u_s(\boldsymbol{k}) e^{i k_\mu x^\mu} + b_s^* (\boldsymbol{k}) v_s(\boldsymbol{k}) e^{-i k_\mu x^\mu} \right) \tag{6.1}\end{align}\] ここで、\(u_s(\boldsymbol{k})\) は正の振動数(粒子)に対応するスピノル、\(v_s(\boldsymbol{k})\) は負の振動数(反粒子)に対応するスピノルであり、\(s=\pm\) はスピンの自由度を区別するラベルである。 また、\(a_s(\boldsymbol{k})\) および \(b_s^* (\boldsymbol{k})\) は初期条件によって定まる任意の複素係数である。40

特に、特定の運動量 \(\boldsymbol{k}\) とスピン \(s\) を持つ固有状態に注目する場合、その波動関数は次のように表される。 41

ディラック方程式の平面波解

\[\begin{align} \psi(x) \propto \left\{ \begin{array}{ll} u_s(\boldsymbol{k}) e^{ik_\mu x^\mu} ace{0.2cm} \\ v_s(\boldsymbol{k}) e^{-ik_\mu x^\mu} \end{array} \right. \tag{6.2}\end{align}\]

ここで導入した \(u_s(\boldsymbol{k})\) および \(v_s(\boldsymbol{k})\) は、運動量空間におけるディラックスピノルであり、スピノルの4成分をもつ次の方程式の解である。\[\begin{align} &(\gamma^\mu k_\mu + m I_{4}) u_s(\boldsymbol{k}) = 0 \\ &(\gamma^\mu k_\mu - m I_{4}) v_s(\boldsymbol{k}) = 0 \tag{6.3}\end{align}\] これらのスピノルは、以下の規格直交条件を満たすように規格化されるのが一般的である。\[\begin{align} u_s^\dagger (\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta_{ss'} \\ v_s^\dagger (\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta_{ss'} \tag{6.4}\end{align}\] 以下で、これらのスピノルの具体的な成分表示を求めていく。

6-2. 静止系における解

まず、最も単純な場合として、粒子が静止している場合 (\(\boldsymbol{k} = \boldsymbol{0}\)) を考える。 \(k_0 = - \omega_\boldsymbol{k} = - m\)であることに注意すると、 運動量空間の方程式はそれぞれ\[\begin{align} m(\gamma^0 - I_{4}) u_s(\boldsymbol{0}) = 0 \\ m(\gamma^0 + I_{4}) v_s(\boldsymbol{0}) = 0 \tag{6.5}\end{align}\] となる。

ディラック・パウリ表示では \(\gamma^0 = \mathrm{diag}(1,1,-1,-1)\) であるため、 正の振動数解として\[\begin{align} u_+ (\boldsymbol{0}) = \sqrt{2m} \left(\begin{array}{l} 1 \\ 0 \\ 0 \\ 0 \end{array}\right), \quad u_- (\boldsymbol{0}) = \sqrt{2m} \left(\begin{array}{l} 0 \\ 1 \\ 0 \\ 0 \end{array}\right) \tag{6.6}\end{align}\] 負の振動数解として\[\begin{align} v_- (\boldsymbol{0})= \sqrt{2m} \left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \\ 1 \\ 0 \end{array}\right), \quad v_+ (\boldsymbol{0}) = \sqrt{2m} \left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \\ 0 \\ 1 \end{array}\right) \tag{6.7}\end{align}\] が得られる。 また,\(z\) 軸まわりの回転に対する変換性 ([zspin]) より,これらが \(z\) 軸方向スピンの固有状態であることも確認できる。42

6-3. 運動している場合の解

静止系の解に対してローレンツブーストを行うことで、任意の運動量 \(\boldsymbol{k}\) を持つ解を構成できる。 具体的な構成を行うために、ブーストのパラメータ(ラピディティ)を \(\eta\) とし、運動の方向の単位ベクトルを \(\boldsymbol{n} = \boldsymbol{k}/|\boldsymbol{k}|\) とする。 静止系から運動量 \(\boldsymbol{k}\) をもつ系への変換行列 \(D(\Lambda_\mathrm{ boost})\) は、([eq:omegamunu]) に従って \(\omega_{0i}=-\eta n_i\) として\[\begin{align} D(\Lambda_\mathrm{ boost}) = \exp \left( - i \eta n_i S^{0i} \right) \tag{6.8}\end{align}\] で与えられる。 これを用いると、運動している粒子のスピノルは\[\begin{align} u_s(\boldsymbol{k}) = D(\Lambda_\mathrm{ boost}) u_s(\boldsymbol{0}) \\ v_s(\boldsymbol{k}) = D(\Lambda_\mathrm{ boost}) v_s(\boldsymbol{0}) \tag{6.9}\end{align}\] となる。

\(D(\Lambda_\mathrm{ boost})\) の行列指数関数を計算する。 まず、行列\(A\)\[\begin{align} A \equiv \begin{pmatrix} 0 & \boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma} \\ \boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma} & 0 \end{pmatrix} \tag{6.10}\end{align}\] と定義すると、 ディラック・パウリ表示では\(- i \eta n_i S^{0i} = \eta A/2\) となる。 ここで、 \((\boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma})^2 = n_i n_j \{\sigma^i, \sigma^j \} /2 = \boldsymbol{n}^2 I_{2}= I_{2}\) より \(A^2 = I_{4}\) が成り立つ。 したがって、\(D(\Lambda_\mathrm{ boost})\) のテイラー展開は\[\begin{align} \exp \left( \frac{\eta}{2} A \right) &= \sum_{k=0}^\infty \frac{1}{k!} \left( \frac{\eta}{2} A \right)^k \nonumber\\ &= I_{4}\sum_{n=\text{even}} \frac{1}{n!} \left( \frac{\eta}{2} \right)^n + A \sum_{n=\text{odd}} \frac{1}{n!} \left( \frac{\eta}{2} \right)^n \nonumber\\ &= I_{4}\cosh \frac{\eta}{2} + A \sinh \frac{\eta}{2} \nonumber\\ &= \begin{pmatrix} I_{2}\cosh \frac{\eta}{2} & \boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma} \sinh \frac{\eta}{2} \\ \boldsymbol{n}\cdot\boldsymbol{\sigma} \sinh \frac{\eta}{2} & I_{2}\cosh \frac{\eta}{2} \end{pmatrix} \tag{6.11}\end{align}\] とまとめられる。 さらに、エネルギーとラピディティの関係 \(\cosh \eta = \omega_\boldsymbol{k}/m\) を用いて半角の公式を適用すると、\[\begin{align} \cosh \frac{\eta}{2} = \sqrt{\frac{\cosh \eta + 1}{2}} = \sqrt{\frac{\omega_\boldsymbol{k} + m }{2m}} \\ \sinh \frac{\eta}{2} = \sqrt{\frac{\cosh \eta - 1}{2}} = \sqrt{\frac{\omega_\boldsymbol{k} - m }{2m}} \tag{6.12}\end{align}\] が得られる。 これらを ([eq:boostspinor]) に代入して整理すると、\[\begin{align} D(\Lambda_\mathrm{ boost}) = \sqrt{\frac{\omega_\boldsymbol{k} + m }{2m}} \begin{pmatrix} I_{2}& \frac{\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{\sigma}}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \\ \frac{\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{\sigma}}{\omega_\boldsymbol{k}+m} & I_{2} \end{pmatrix} \tag{6.13}\end{align}\] が得られる。

特に、\(z\) 方向に運動量 \(k_z\) を持つ場合、\(\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{\sigma} = k_z \sigma_3\) となる。 これを静止解 \(u_s(\boldsymbol{0}), v_s(\boldsymbol{0})\) に作用させると、\[\begin{align} u_+(k_z \boldsymbol{\hat z}) = \sqrt{\omega_\boldsymbol{k}+m} \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ \frac{k_z}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \\ 0 \end{pmatrix} \\ u_-(k_z \boldsymbol{\hat z}) = \sqrt{\omega_\boldsymbol{k}+m} \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \\ \frac{-k_z}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \end{pmatrix} \tag{6.14}\end{align}\]\[\begin{align} v_-(k_z \boldsymbol{\hat z}) = \sqrt{\omega_\boldsymbol{k}+m} \begin{pmatrix} \frac{k_z}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \\ 0 \\ 1 \\ 0 \end{pmatrix} \\ v_+(k_z \boldsymbol{\hat z}) = \sqrt{\omega_\boldsymbol{k}+m} \begin{pmatrix} 0 \\ \frac{-k_z}{\omega_\boldsymbol{k}+m} \\ 0 \\ 1 \end{pmatrix} \tag{6.15}\end{align}\] となる。

この結果からわかるように、ディラック・パウリ表示では、上2成分と下2成分の比は概ね \(|\boldsymbol{k}|/(\omega_\boldsymbol{k}+m)\) 程度である。 非相対論的極限(\(|\boldsymbol{k}|\ll m\))ではこの比は \(0\) に近づき、静止系の解に漸近する。

6-4. ディラックスピノルの関係式

場の量子論における計算、特に散乱断面積の導出などでは、スピノルの具体的な成分計算を行う代わりに、以下の恒等式を用いることが多い。

まず、ディラックスピノルディラック共役を次のように定義する。\[\begin{align} \bar{u}_s(\boldsymbol{k}) &\equiv u_s^\dagger (\boldsymbol{k})\gamma^0, \\ \bar{v}_s(\boldsymbol{k}) &\equiv v_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \gamma^0 \tag{6.16}\end{align}\] このとき、特定の \(\gamma\) 行列の表示に依存せずに、次の関係が成り立つ。43\[\begin{align} &\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}) =2 m \delta_{s s'} , \\ &\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}) = - 2 m \delta_{s s'} , \\ &\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}) = 0 , \\ &\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}) = 0 , \tag{6.17}\end{align}\]\[\begin{align} &\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}) =2 k^\mu \delta_{s s'} , \label{eq:ugammau}\\ &\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 k^\mu \delta_{s s'} , \tag{6.18}\end{align}\]\[\begin{align} &\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0 , \\ &\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 u_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0 , \tag{6.19}\end{align}\] これらの関係式は、静止系での具体的な解のもとで確かめた後、ローレンツ変換によって一般の場合へ拡張することで証明できる。

例として、\(\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 k^\mu \delta_{s s'}\) を示す。 まず、静止系の解[eq:solutionurest]を用いて、静止系の運動量 \(k_{rest}^\mu = (m, \boldsymbol{0})\) に対し以下の関係が成り立つことを直接計算で確かめられる。\[\begin{align} \bar{u}_s(\boldsymbol{0}) \gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{0}) = 2 k_{rest}^\mu \delta_{s s'} \tag{6.20}\end{align}\] 次に、一般の系での左辺を考える。\(u_s(\boldsymbol{k}) = D(\Lambda_\mathrm{ boost}) u_s(\boldsymbol{0})\) として、 変換行列の性質[eq:gammaDrelation] (\(D^{-1} \gamma^\mu D = \Lambda^\mu_{\ \nu} \gamma^\nu\)) を用いると、\[\begin{align} \bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}) &= \bar{u}_s(\boldsymbol{0}) D^{-1} \gamma^\mu D u_{s'}(\boldsymbol{0}) \\ &= \Lambda^\mu_{\ \nu} \bar{u}_s(\boldsymbol{0}) \gamma^\nu u_{s'}(\boldsymbol{0}) \\ &= \Lambda^\mu_{\ \nu} (2 k_{rest}^\nu \delta_{ss'}) \\ &= 2 k^\mu \delta_{ss'} \tag{6.21}\end{align}\] となり、証明された。

次に \(\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0\) を示す。これは \(u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0\) と同義である。 まず、静止系では直交性 \(u_s^\dagger(\boldsymbol{0}) v_{s'}(\boldsymbol{0}) = 0\) が成り立つ。 運動量 \(\boldsymbol{k}\) へのローレンツブースト\(D(\Lambda_\mathrm{ boost})\)を考えると、 \(S^{0i} = \sigma^{0i}/2\)が反エルミートであることから、\[\begin{align} D^\dagger (\Lambda_\mathrm{ boost}) &= \exp \left( i \eta_i (S^{0i})^\dagger \right) \\ &= \exp \left( - i \eta_i S^{0i} \right) \\ &= D(\Lambda_\mathrm{ boost}) \tag{6.22}\end{align}\] が成り立つ。 また、\(v_{s'}(-\boldsymbol{k})\)は逆の方向にローレンツブーストを行ったものであり、 逆方向へのブーストは逆行列によるローレンツ変換に対応する。したがって \(u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = u_s^\dagger(\boldsymbol{0}) D(\Lambda_\mathrm{ boost}) D^{-1} (\Lambda_\mathrm{ boost}) v_{s'}(\boldsymbol{0}) = u_s^\dagger(\boldsymbol{0}) v_{s'}(\boldsymbol{0})\)となり、関係式が示された。

さらに、スピンについて和をとった以下のスピン和の公式(spin sum)は極めて重要である。

スピン和の公式

\[\begin{align} & \sum_{s=\pm} u_{s}(\boldsymbol{k}) \bar{u}_s(\boldsymbol{k}) = - \gamma^\mu k_\mu + mI_{4}, \\ &\sum_{s=\pm} v_{s}(\boldsymbol{k}) \bar{v}_s(\boldsymbol{k}) = - \gamma^\mu k_\mu - mI_{4} \tag{6.23}\end{align}\]

これは両辺が \(4\times4\) 行列であることに注意する。 この関係式も、静止系で成分計算により確かめた後、ローレンツブーストによって一般の場合へ拡張することで証明できる。

6-5. ディラックの解釈と対生成・対消滅・真空偏極

以降の章で詳しく述べるが、ディラック方程式の負の振動数の解は、反粒子に対応する解として解釈される。 ここではその前に、歴史的にディラックが負の振動数の解をどのように解釈したかを概観する。

ディラックの時代には、負の振動数の解を負のエネルギーをもつ解として解釈する立場が取られていた。 実際、粒子のハミルトニアンを\(\hat{H} = \gamma^0 (\boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4})\)としたとき、負の振動数の解に対しても同じ形を形式的に適用すると負のエネルギー固有値が現れる。 44 特に、運動量が大きくなるほど、対応するエネルギーはより低い値を取ることになる。 このように無限に低い負のエネルギー準位が存在すると、粒子は外部へエネルギーを放出しながら、無限に低いエネルギー状態へと落ち込んでしまう。

この問題を回避するために、ディラックは真空状態を「負のエネルギー準位がすべて埋まっている状態」と解釈した。これをディラックの海(Dirac sea) と呼ぶ。45 ディラック方程式に従う粒子はスピン\(1/2\)を持つフェルミオンであるため、パウリの排他律(Pauli exclusion principle)により、すでに埋まっている負のエネルギー状態には新たに落ち込むことができない。このようにして、粒子が負の無限大のエネルギーへと落ち込む不安定性は回避される。

ディラックの海の解釈に従うと、負のエネルギー状態の一つに外部から十分なエネルギーを与えることで、正のエネルギー状態へと励起することができる。その結果、もともとあった負のエネルギー状態には"孔"(ホール)が生じる。このホールは、粒子とは逆符号の電荷を持つ粒子として観測され、反粒子と呼ばれる。電子の場合には正電荷をもつ反粒子、すなわち陽電子(positron)の存在が予言され、1933年にカール・アンダーソンによって陽電子が発見されたことで、ディラック方程式の予言が実証された。

負のエネルギー状態の一つが励起されてホールが生じると、同時に正のエネルギー状態に粒子が1つ現れる。これは粒子と反粒子が1対1で生成されることを意味し、対生成(pair creation/production)と呼ばれる。この際、エネルギー保存則により、対生成に必要な最低エネルギーは粒子と反粒子の質量の和となる。反粒子の質量は対応する粒子の質量と等しいため、電子と陽電子の対生成に必要な最低限エネルギーは電子の質量の2倍に等しい。 46

逆に、初期状態で負のエネルギー状態にホールがある場合、粒子がそのホールに落ち込んで埋まる過程も考えられる。これは粒子と反粒子が1つずつ消滅する対消滅(pair annihilation)と呼ばれる過程である。エネルギー保存則により、対消滅の終状態では粒子と反粒子の合計エネルギーに等しいエネルギーが放出される。実際には、光子などのゲージ粒子が放出される過程として観測される。 この対生成と対消滅は逆反応の関係にある。

さらに、対生成に必要なエネルギーが外部から供給されなくとも、時間とエネルギーの不確定性関係により、極めて短い時間スケールでは対生成と対消滅が繰り返されうる。 電荷をもつ粒子の周囲では、真空中での粒子・反粒子の生成消滅が電場によって偏り、見かけ上の電荷の大きさが変化する。 この現象を真空偏極(vacuum polarization)と呼ぶ。 47

このような対生成・対消滅・真空偏極の現象は、1粒子の相対論的量子力学の枠組みを超えており、多体系を扱う場の理論によってはじめて厳密に記述される。 しかし、直感的には以上の議論によって、その基本的な概念を理解することができる。

7. 非相対論的近似

本章では、電磁場中のディラック方程式の非相対論的極限を取ることで、電子のスピンと磁場の相互作用を含むパウリ方程式が得られることを確認する。 さらに、高次の補正項を取り入れる手法の概略を示し、スピン軌道相互作用などがどのように現れるかも確認する。

スピン磁気モーメントの相互作用は、古典的な対応物を持たない純粋に量子力学的な効果である。 しかしディラック方程式では、ローレンツ共変性を要請した結果としてスピンが理論に組み込まれており、非相対論的極限を取ることで自然にその相互作用項が導かれる。 導かれた磁気モーメントの大きさが実験値と極めて良い精度で一致したことは、ディラック理論の大きな成功の一つである。

本章では、基本的に粒子の解のみに注目して議論を進める。

7-1. 電磁場中のディラック方程式

ゲージポテンシャル \(A^\mu = (\phi, \boldsymbol{A})\) で表される 電磁場中のディラックスピノルを考える。 自由粒子のディラック方程式に対し、ゲージ原理に従って\[\begin{align} \partial_\mu \to \partial_\mu - i q A_\mu \tag{7.1}\end{align}\] と置き換えることで、\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi(x) = 0 \tag{7.2}\end{align}\] の方程式が得られる。 ここで \(q\) は粒子の電荷(電子の場合は \(q=-\left\vert {e} \right\vert\))を表す。

運動学的運動量演算子を\[\begin{align} \boldsymbol{\Pi} \equiv - i \boldsymbol{\nabla} - q \boldsymbol{A} = \boldsymbol{\hat p} - q \boldsymbol{A} \tag{7.3}\end{align}\] と定義すると、 ハミルトニアンは\[\begin{align} H=\gamma^0 m + q \phi I_{4}+ \gamma^0 \boldsymbol{\gamma} \cdot \boldsymbol{\Pi} \tag{7.4}\end{align}\] となる。

7-2. シュレディンガー・パウリ方程式

電磁場中のディラック方程式の非相対論的極限を考える。 ディラック・パウリ表示において、\(\gamma\) 行列は \(2\times2\) のブロック行列として次のように書ける。\[\begin{align} &\gamma^0 = \begin{pmatrix} I_{2}& 0 \\ 0 & -I_{2} \end{pmatrix} \\ &\gamma^i = \begin{pmatrix} 0 & \sigma_i \\ -\sigma_i & 0 \end{pmatrix} \tag{7.5}\end{align}\] 波動関数 \(\psi(x)\) も上2成分 \(f(x)\) と下2成分 \(g(x)\) に分け、さらに([eq:nonrela1])と同様に粒子の静止エネルギーによる振動因子 \(e^{-imt}\) を分離して次のように置く。 48\[\begin{align} \psi(x)=e^{-i m t}\left(\begin{array}{l} f(x) \\ g(x) \end{array}\right) \tag{7.6}\end{align}\] これをディラック方程式[eq:DiraceqA]に代入して整理すると、\[\begin{align} \begin{pmatrix} (i \partial_0 - q \phi)I_{2}& - \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi} \\ \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi} & (-2m - i \partial_0 + q \phi)I_{2} \end{pmatrix} \left(\begin{array}{l} f \\ g \end{array}\right) = 0 \tag{7.7}\end{align}\] となる。

非相対論的極限では、運動エネルギーや静電ポテンシャルは静止エネルギー \(m\) に比べて十分小さく、 \(|i \partial_0 g|, |q \phi g| \ll m g\) とみなすことができる。 この近似の最低次の精度で、ディラックスピノルの上2成分の方程式が以下のシュレディンガー・パウリ方程式に帰着する。\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} f &=\left[ -\frac{1}{2 m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A}\right)^{2} - \frac{q }{2 m} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{B} + q \phi \right] f \tag{7.8}\end{align}\] このうち、スピンと磁場の相互作用項 \(-(q/2m)\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B}\)パウリ項と呼ぶ。

([eq:Diracnonrela1])の下段の式において \((-2m - i \partial_0 + q \phi)g \simeq -2mg\) と近似すると、\[\begin{align} g(x) \simeq \frac{1}{2m} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi} f(x) \tag{7.9}\end{align}\] が得られる。これは、非相対論的領域では下成分 \(g\) が上成分 \(f\) に比べて \(p/m\) のオーダーで小さくなることを意味する。 これを([eq:Diracnonrela1])の上段の式に代入すると、\[\begin{align} i \partial_0 f \simeq q \phi f + \frac{1}{2m} (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi})^2 f \tag{7.10}\end{align}\] が得られる。 ここで、任意の3次元ベクトル \(\boldsymbol{a}\), \(\boldsymbol{b}\) に対して\[\begin{align} (\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{a})(\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{b}) = (\boldsymbol{a}\cdot\boldsymbol{b})I_{2}+ i\boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{a}\times\boldsymbol{b}) \tag{7.11}\end{align}\] が成り立つことを用いると、\[\begin{align} (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\Pi})^2 = \boldsymbol{\Pi}^2 + i \boldsymbol{\sigma} \cdot (\boldsymbol{\Pi} \times \boldsymbol{\Pi}) \tag{7.12}\end{align}\] となる。 このうち、\(\boldsymbol{\Pi} \times \boldsymbol{\Pi}\) の項は、一つ目の \(\boldsymbol{\Pi}\) に含まれる微分作用素が、 二つ目の \(\boldsymbol{\Pi}\) に含まれる \(\boldsymbol{A}\) にも作用するためにゼロにはならない。具体的に計算すると、\[\begin{align} (\boldsymbol{\Pi} \times \boldsymbol{\Pi}) f &= (-i\boldsymbol{\nabla} - q\boldsymbol{A}) \times (-i\boldsymbol{\nabla} - q\boldsymbol{A}) f \nonumber\\ &= i q \left[ \boldsymbol{\nabla} \times (\boldsymbol{A} f) + \boldsymbol{A} \times (\boldsymbol{\nabla} f) \right] \nonumber\\ &= i q \left[ (\boldsymbol{\nabla} \times \boldsymbol{A})f - \boldsymbol{A} \times (\boldsymbol{\nabla} f) + \boldsymbol{A} \times (\boldsymbol{\nabla} f) \right] \nonumber\\ &= i q (\boldsymbol{\nabla} \times \boldsymbol{A}) f \nonumber\\ &= i q \boldsymbol{B} f \tag{7.13}\end{align}\] となる。 これらをまとめると、シュレディンガー・パウリ方程式[eq:nonrelaDirac]が得られる。

7-3. 磁気モーメント

パウリ項は磁気モーメント \(\boldsymbol{\mu}\) を用いて次のように表される。

磁気モーメントとその相互作用

\[\begin{align} &H_\mathrm{ Pauli} =- \boldsymbol{\mu} \cdot \boldsymbol{B} \\ &\boldsymbol{\mu} = g \frac{q}{2m} \boldsymbol{S} \tag{7.14}\end{align}\]

ここで、\(\boldsymbol{S} = \boldsymbol{\sigma}/2\) であり、\(g\)\(g\)因子と呼ばれる無次元量である。 ([eq:nonrelaDirac]) と比較することにより、ディラック方程式は\[\begin{align} g = 2 \tag{7.15}\end{align}\] を理論的に予言することがわかる。

電子の \(g\) 因子がほぼ 2 であることは実験的に知られていたが、シュレディンガー方程式ではその理論的起源を説明できず、天下り的に導入するしかなかった。ディラック方程式はこれを第一原理から導き出したことになる。 この項の効果として、一様磁場中の原子に対する異常ゼーマン効果や、原子核の磁気モーメントとの相互作用による超微細構造などが現れる。 49

7-4. 高次の補正とスピン軌道相互作用

ここでは、非相対論的極限における \(1/m^2\) のオーダーまでを考慮し、スピン軌道相互作用などが導かれることを確認する。 本節では、上で行ったように小さい成分である \(g\) を消去する手法を用いて議論する。 次節では、よりシステマティックな摂動展開の手法を解説する。 計算が煩雑なため、本章のこれ以降の項目は飛ばしても後の議論に差し支えはない。

以下では特に、水素様原子中の最外殻電子について考える。 水素様原子とは、閉殻にすべての電子が詰まった原子に、さらに電子が一つ加わった系を指す。 閉殻は球対称であるため、原子核および閉殻電子が作り出すゲージポテンシャルは\[\begin{align} &A^0 = \phi(r), \\ &\boldsymbol{A} = 0 \tag{7.17}\end{align}\] と書ける。

また、ハミルトニアン、特にゲージポテンシャル \(A^\mu\) が時間に依存しないと仮定する。このとき、エネルギー固有状態を考えると、演算子 \(i \partial_0\) を固有値 \(\Delta E \equiv E - m\) に置き換えることができる。 表記の簡略化のため \(V \equiv q \phi\)\(O \equiv \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{p}\) とすると、ディラック方程式はブロック行列形式で\[\begin{align} \begin{pmatrix} (\Delta E - V)I_{2}& - O \\ O & (-2m - \Delta E + V)I_{2} \end{pmatrix} \left(\begin{array}{l} f \\ g \end{array}\right) = 0 \tag{7.18}\end{align}\] と書ける。

([eq:Diracnonrela11])の下段の式を \(g\) について解く際、分母を \(1/m^2\) のオーダーまで展開すると、\[\begin{align} g &= \frac{1}{2m + (\Delta E-V)} O f \\ &\simeq \frac{1}{2m} \left( 1 - \frac{\Delta E-V}{2m} \right) O f \tag{7.19}\end{align}\] となる。これを上段の式 \((\Delta E-V)f = O g\) に代入すると、\[\begin{align} (\Delta E-V)f &\simeq \frac{1}{2m} O \left( 1 - \frac{\Delta E-V}{2m} \right) O f \tag{7.20}\end{align}\] が得られる。 ここで\(\Delta E\) の項を左辺にまとめるため\[\begin{align} N \equiv 1 + \frac{O^2}{4m^2} \tag{7.21}\end{align}\] を定義すると、\[\begin{align} \Delta E N f &\simeq \left( V + \frac{O^2}{2m} + \frac{OVO}{4m^2} \right) f \tag{7.22}\end{align}\] と書き換えられる。 ここで注意すべきは、波動関数の規格化である。元のディラックスピノルのノルムを \(f,g\) で書くと、\[\begin{align} \int \psi^\dagger \psi \mathrm{d}^3 x &= \int (f^\dagger f + g^\dagger g) \mathrm{d}^3 x \\ &\simeq \int \left[ f^\dagger \left( 1 + \frac{O^2}{4m^2} \right) f \right] \mathrm{d}^3 x \tag{7.23}\end{align}\] となる。 したがって、2成分の \(f\) のみの理論に落とし込む際には、基底を変えて正規直交化しておくのが便利である。 そこで、\[\begin{align} \tilde{f} &\equiv N^{1/2} f \tag{7.24}\end{align}\] と定義する。 このとき、([eq:nonrela24])は\[\begin{align} \Delta E \tilde{f} &\simeq N^{-1/2} \left( V + \frac{O^2}{2m} + \frac{OVO}{4m^2} \right) N^{-1/2} \tilde{f} \tag{7.25}\end{align}\] となる。 \(N^{-1/2}\simeq 1 - O^2/(8m^2)\) を用いて \(1/m^2\) の次数まで展開すると\[\begin{align} \Delta E \tilde{f} &\simeq \left( V + \frac{O^2}{2m} - \frac{O^4}{8m^3} + \frac{OVO}{4m^2} - \frac{O^2 V + V O^2}{8m^2} \right) \tilde{f} \tag{7.26}\end{align}\] が得られる。

\(O^2 = (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{p})^2 = \boldsymbol{p}^2\) であるから、 ([eq:nonrelaeq4])の右辺第1,2項は最低次のハミルトニアンを与え、第3項は運動エネルギーの相対論的補正を与える。 最後の2項は、 ダーウィン項(Darwin term)\[\begin{align} &H_\mathrm{ Darwin} = \frac{1}{8m^2} (\boldsymbol{\nabla}^2 V) \tag{7.27}\end{align}\] およびスピン軌道相互作用\[\begin{align} &H_{SO} = \frac{1}{4m^2} \frac{1}{r} \frac{dV}{dr} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{L} = \frac{1}{2m^2} \frac{1}{r} \frac{dV}{dr} \boldsymbol{S} \cdot \boldsymbol{L} \tag{7.28}\end{align}\] を与える。ここで \(\boldsymbol{L} = \boldsymbol{r} \times (-i \boldsymbol{\nabla})\) は角運動量演算子である。

([eq:nonrelaeq4])の最後の2項は、\[\begin{align} &\frac{OVO}{4m^2} - \frac{O^2 V + V O^2}{8m^2} \nonumber\\ &= - \frac{1}{8m^2} \left( O^2 V - OVO + V O^2 - OVO \right) \nonumber\\ &= - \frac{1}{8m^2} \left( O [O,V] - [O,V] O \right) \nonumber\\ &= - \frac{1}{8m^2} [O, [O, V]] \tag{7.29}\end{align}\] とまとめられる。 ここで、\[\begin{align} \left[ O, V \right] f &= -i \left[ \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla}, V \right] f \nonumber\\ &=-i \boldsymbol{\sigma} \cdot (\boldsymbol{\nabla} V) f \tag{7.30}\end{align}\] となる。したがって、\[\begin{align} & \left[ O, \left[ O, V \right] \right] f \nonumber\\ &= - \left[ \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla}, \boldsymbol{\sigma} \cdot (\boldsymbol{\nabla} V) \right] f \nonumber\\ &=- \sigma_i \sigma_j \nabla^i ( (\nabla^j V) f) + \sigma_j \sigma_i (\nabla^j V) (\nabla^i f) \nonumber\\ &= - \sigma_i \sigma_j (\nabla^i \nabla^j V) f + (- \sigma_i \sigma_j + \sigma_j \sigma_i) (\nabla^j V) (\nabla^i f) \nonumber\\ &= - (\boldsymbol{\nabla}^2 V) f + 2 i \boldsymbol{\sigma} \cdot \left[ (\boldsymbol{\nabla} V) \times (\boldsymbol{\nabla} f) \right] \tag{7.31}\end{align}\] が得られる。 この第1項からダーウィン項[eq:Darwin]が得られる。 ポテンシャルが球対称 \(V=V(r)\) の場合、\(\boldsymbol{\nabla} V = (V'/r) \boldsymbol{r}\) であるから、[eq:nonrela30]の第二項は\[\begin{align} 2 i \boldsymbol{\sigma} \cdot \left[ (\boldsymbol{\nabla} V) \times (\boldsymbol{\nabla} f)\right] &= 2i \frac{1}{r} \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}r} \boldsymbol{\sigma} \cdot \left[ (\boldsymbol{r} \times \boldsymbol{\nabla} f) \right] \nonumber\\ &= -2 \frac{1}{r} \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}r} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{L} f \tag{7.32}\end{align}\] となり、([eq:LS])が得られる。

このように、非相対論的量子力学において現象論的に導入されていたスピン軌道相互作用が、ディラック方程式から自然に現れることが分かる。 また、その係数も実験から示唆される値と一致している。 この相互作用により、水素様原子のエネルギー準位は主量子数 \(n\) だけでなく、角運動量量子数によっても分裂する。これがスペクトルの微細構造である。 この効果は特にナトリウムのD線の分岐として実際に観測されている。

ダーウィン項に含まれる \((\boldsymbol{\nabla}^2 V)\) は、ポアソン方程式により電荷密度に比例して書き直すことができる。 水素原子で原子核の広がりを無視すれば電荷密度は \(\delta(\boldsymbol{x})\) に比例するため、ダーウィン項は主として原点近傍に支持をもつ。 そのため、電子の波動関数が原点で有限となるS軌道 (\(l=0\)) の状態に対して有意な補正として現れることが知られている。

7-5. ハミルトニアンの対角化(FW変換)による手法

前節のような波動関数の再定義は、計算が煩雑で見通しが悪い。 より洗練された手法として、ユニタリ変換によってハミルトニアン自体をブロック対角化するフォルディー・ボートホイゼン変換(Foldy-Wouthuysen transformation)がある。

4成分のディラックスピノルを、非相対論的量子力学で扱う2成分スピノルに落とし込むためには、4成分が強く混ざり合う構造を適切に分離する必要がある。 そのため、ユニタリー変換によってハミルトニアンを \(2\times2\) のブロックで対角化することを考える。 ユニタリー変換ではノルムが保たれるため、上のような正規直交化の手続を明示的に行わずに、体系的に非相対論的近似の展開を進めることができる。 ここでは簡単のため \(1/m^2\) の次数まで評価する。

反エルミート演算子 \(G\)\(G^\dagger=-G\))を用いてユニタリー行列 \(U=e^{G}\) を定義し、次の変換を考える。50\[\begin{align} &\psi_\mathrm{ FW} = U\psi, \\ &H_\mathrm{ FW}=UHU^\dagger=e^{G}He^{-G}. \tag{7.33}\end{align}\] 厳密に対角化することは一般に困難であるため、ベイカー・キャンベル・ハウスドルフの公式(Baker-Campbell-Hausdor\UTF{FB00}% formula)51\[\begin{align} H_\mathrm{ FW} &= e^{G}He^{-G} \nonumber \\ &=H+ \left[ G,H \right] + \frac{1}{2} \left[ G, \left[ G,H \right] \right] +\cdots \tag{7.37}\end{align}\] を用いて、非相対論的近似のもとで一定の次数まで対角化する。

ハミルトニアン[eq:hamiltonianA] は、\(\beta \equiv \gamma^0\)\(\mathcal{E}\equiv VI_{4}\)\(\mathcal{O}\equiv \gamma^0\boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{\Pi}\) とおくと\[\begin{align} H=\beta m+\mathcal{E}+\mathcal{O} \tag{7.38}\end{align}\] と書ける。 ここで \(\mathcal{E}\) はブロック対角、\(\mathcal{O}\) はブロック非対角であり、\[\begin{align} \left[ \beta,\mathcal{E} \right] =0, \qquad \{\beta,\mathcal{O}\}=0 \tag{7.39}\end{align}\] を満たす。 非相対論的極限では \(\beta m\) が最低次で、\(\mathcal{E}\)\(\mathcal{O}\) は次の次数の項である。 最低次の近似では、([eq:BCH])の展開における最初の2項 \((H+[G,H])\) において非対角成分が消去されるように\(G\)を選べばよい。すなわち、\[\begin{align} \mathcal{O}+ \left[ G_1,\beta m \right] =0 \tag{7.40}\end{align}\] を満たすように\(G = G_1\) を選ぶ。 \(\beta\mathcal{O}\beta=-\mathcal{O}\) を用いると\[\begin{align} G_1=\frac{1}{2m}\,\beta\mathcal{O} \tag{7.41}\end{align}\] とすればよいことが分かる。 以下では、この変換の下で([eq:BCH]) のブロック対角成分を \(1/m^2\) の次数まで評価する。 \(\beta m+\mathcal{E}\) 以外で対角成分として残る主な項は次である。52\[\begin{align} \left[ G_1,\mathcal{O} \right] =\frac{1}{2m} \left[ \beta\mathcal{O},\mathcal{O} \right] =\frac{1}{m}\beta\mathcal{O}^2 \tag{7.42}\end{align}\]\[\begin{align} \frac{1}{2} \left[ G_1, \left[ G_1,\beta m \right] \right] =\frac{1}{2} \left[ G_1,-\mathcal{O} \right] =-\frac{1}{2m}\beta\mathcal{O}^2 \tag{7.43}\end{align}\]\[\begin{align} \frac{1}{2} \left[ G_1, \left[ G_1,\mathcal{E} \right] \right] =\frac{1}{8m^2} \left[ \beta\mathcal{O}, \left[ \beta\mathcal{O},\mathcal{E} \right] \right] =-\frac{1}{8m^2} \left[ \mathcal{O}, \left[ \mathcal{O},\mathcal{E} \right] \right] \tag{7.44}\end{align}\] まとめると、\(1/m^2\) の次数までの精度で\[\begin{align} H_\mathrm{ FW} \simeq \beta m +\mathcal{E} +\frac{\beta}{2m} \mathcal{O}^2 -\frac{1}{8m^2} \left[ \mathcal{O}, \left[ \mathcal{O},\mathcal{E} \right] \right] \tag{7.45}\end{align}\] が得られる。 ブロック対角化した左上の \(2\times2\) 成分だけを取り出すと、 \(\beta\to I_{2}\)\(\mathcal{O}^2\to \boldsymbol{p}^2\)\(\left[ \mathcal{O}, \left[ \mathcal{O},\mathcal{E} \right] \right] \to \left[ O, \left[ O,V \right] \right]\) となり、 ([eq:nonrelaeq4]) および [eq:OOV]\(1/m^2\) の次数で一致する。

この手法は、さらに高次の相対論的補正を系統的に求める際にも極めて有効である。

8. \(C\), \(P\) 変換とヘリシティ

本章では、自由粒子のディラック方程式が持つ離散的な対称性と、スピンに関連する重要な保存量であるヘリシティについて説明する。

これらの対称性や保存量は、より複雑な素粒子模型における相互作用を考える際に、どの反応が許され、どの反応が起こりえないかを直感的に理解する上で重要な手がかりを与える。 数式的な導出だけでなく、その物理的な意味をイメージすることが重要である。

8-1. 荷電共役変換(\(C\) 変換)

電磁場中のディラック方程式\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi(x) = 0 \tag{8.1}\end{align}\] の全体に対して複素共役を取ると、\[\begin{align} \left( -i (\gamma^\mu)^* (\partial_\mu + i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi^*(x) = 0 \tag{8.2}\end{align}\] となる。ここで、以下の条件を満たすユニタリ行列 \(C\) が存在すると仮定する。53\[\begin{align} \left(C (\gamma^{0})^T\right)( \gamma^{\mu})^*\left(C (\gamma^{0})^T\right)^{-1}=-\gamma^{\mu} \tag{8.3}\end{align}\] このとき、方程式は以下の形に書き換えられる。\[\begin{align} & \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu + i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi^{c} = 0 \\ &\psi^{c} \equiv C (\gamma^{0})^T \psi^{*} = C \bar{\psi}^T \tag{8.4}\end{align}\] この方程式の形は、元のディラック方程式において電荷の符号を \(q \to -q\) (あるいは電磁場を \(A_\mu \to -A_\mu\))と反転させたものと等価である。 すなわち、ディラック方程式は以下の変換に対して対称である。

荷電共役変換(C変換)

\[\begin{align} &qA_\mu \to - qA_\mu \\ &\psi \to \psi^c \ (= C \bar{\psi}^T) \tag{8.5}\end{align}\]

この変換では波動関数の複素共役が現れるため、正の振動数の解を負の振動数の解へ、あるいはその逆へと写す性質を持つ。 54 したがって、この変換は粒子と反粒子を入れ替える作用をもち、荷電共役変換(\(C\) 変換、charge conjugation)と呼ばれる。 55 理論がこの変換に対して対称であることは、粒子と反粒子の質量が等しいことを保証する。

ディラック・パウリ表示では、\[\begin{align} &(\gamma^\mu)^* = \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 0,1,3 \\ &(\gamma^\mu)^* = - \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 2 \tag{8.6}\end{align}\] が成り立つ。このとき、\[\begin{align} C=i \gamma^{2} \gamma^{0}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & 0 & 0 & -1 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 1 & 0 & 0 & 0 \end{array}\right) \tag{8.7}\end{align}\] とすれば、\[\begin{align} &\left(C (\gamma^{0})^T\right) \gamma^{\mu *}\left(C (\gamma^{0})^T\right)^{-1} \\ = &- \gamma^2 (\gamma^{\mu})^* \gamma^2 \\ = &- \gamma^\mu \tag{8.8}\end{align}\] が確かめられる。 \(C\) の具体的な形から、荷電共役変換によって特にスピノルの上下成分が入れ替わることがわかる。 さらに \(C^T = -C\) も確認できる。

8-2. パリティ変換(\(P\) 変換)

次に空間反転、すなわちパリティ変換\(P\) 変換、parity transformation)を考える。 これは次の座標変換で表される。\[\begin{align} &x^{\prime \mu} = (\Lambda_{\mathrm{P}})^{\mu}{}_{\nu} x^{\nu} \\ &(\Lambda_{\mathrm{P}})^{\mu}{}_{\nu} = \left(\begin{array}{cccc} 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & -1 \end{array}\right) \tag{8.9}\end{align}\] このとき、ディラックスピノルおよびゲージポテンシャルは次のように変換されると仮定する。\[\begin{align} &\psi \to \psi^{\prime}\left(x^{\prime}\right)=P \psi(x) \\ &A^\mu \to A^{\prime \mu} (x') = (\Lambda_{\mathrm{P}})^{\mu}{}_{\nu} A^\nu (x) \tag{8.10}\end{align}\] ここで \(P\)\(4\times4\)のユニタリ行列である。

ローレンツ共変性と同様の議論により、 ディラック方程式がこの変換のもとで不変となるためには、\[\begin{align} (\Lambda_{\mathrm P})^\nu{}_{\mu} \gamma^\mu = P^{-1} \gamma^\nu P \tag{8.11}\end{align}\] を満たす行列 \(P\) が存在すればよい。

任意の表現において、\[\begin{align} &\gamma^0 \gamma^\mu \gamma^0 = \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 0 \\ &\gamma^0 \gamma^\mu \gamma^0 = -\gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 1,2,3 \tag{8.12}\end{align}\] が成り立つ。 したがって、位相因子 \(\eta_{\mathrm P}\) を導入して\[\begin{align} P=\eta_{\mathrm{P}} \gamma_{0} \tag{8.13}\end{align}\] とすれば、上の条件が満たされる。

負の振動数の解に対応する反粒子の波動関数 \(\psi^c\) に対して P 変換を作用させると、\[\begin{align} \psi^c(x) &\to (\psi')^c(x') = C (\gamma^0)^T P^* \psi^*(x) \nonumber\\ &= - \eta_P^*\, \gamma^0 C (\gamma^0)^T \psi^*(x) \nonumber\\ &= - \eta_P^*\, \gamma^0 \psi^c(x) \tag{8.14}\end{align}\] となり、追加の負号が現れる。56 したがって、粒子と反粒子の2体系(例えばメソンやポジトロニウム)を考える場合、パリティ変換のもとで波動関数の空間部分の偶奇性に加えて、固有パリティ(intrinsic parity)の因子 \(-\eta_P^* \eta_P = -1\) が付加されることになる。57

ディラック共役は\[\begin{align} \bar{\psi} \to \bar{\psi}' = \bar{\psi} P^{-1} \tag{8.15}\end{align}\] と変換する。したがって、\[\begin{align} \bar{\psi} \gamma^{\mu} \psi &\to \bar{\psi}^{\prime}\left(x^{\prime}\right) \gamma^{\mu} \psi^{\prime}\left(x^{\prime}\right) \\ &=\bar{\psi}(x) P^{-1} \gamma^{\mu} P \psi(x) \\ &=(\Lambda_{\mathrm{P}})^{\mu}{}_{\nu} \bar{\psi}(x) \gamma^{\nu} \psi(x) \tag{8.16}\end{align}\] となり、\(\bar{\psi}\gamma^\mu\psi\) が4元ベクトルとして変換することが確認できる。

ここで、新たにカイラリティ行列(chirality matrix) \(\gamma^5\) を導入する。

カイラリティ行列

\[\begin{align} \gamma^5 \equiv i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 \tag{8.17}\end{align}\]

\(\gamma\)行列の反交換関係\(\{\gamma^\mu, \gamma^\nu \} = - 2 I_{4}\eta^{\mu \nu}\)を用いると、この行列が次の性質を持つことがわかる。
カイラリティ行列の性質

\[\begin{align} &\{ \gamma^\mu, \gamma^5\} = 0, \label{eq:mugamma5} \\ &[\sigma^{\mu \nu}, \gamma^5] = 0, \label{eq:sigmagamma5} \\ &(\gamma^5)^2 = I_{4} \tag{8.18}\end{align}\]

例えば\(\mu=1\)のとき、([eq:mugamma5])の左辺は\[\begin{align} \{ \gamma^1, \gamma^5\} &= i \gamma^1 \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 + i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 \gamma^1 \nonumber\\ &= - i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 + i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 = 0 \tag{8.19}\end{align}\] となり確かめられる。([eq:gamma52]) も同様の計算で示せる。 また、 ([eq:sigmagamma5])は \(\sigma^{\mu \nu} = i [\gamma^\mu, \gamma^\nu]/2\)と([eq:mugamma5])から直ちに従う。 さらに、\(P\)の性質[eq:defP]を用いると、\[\begin{align} &P^{-1} \gamma^5 P \nonumber\\ &= P^{-1} i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 P \nonumber\\ &= i (\Lambda_{\mathrm P})^0{}_{\mu} (\Lambda_{\mathrm P})^1{}_{\nu} (\Lambda_{\mathrm P})^2{}_{\rho} (\Lambda_{\mathrm P})^3{}_{\sigma} P^{-1} i \gamma^\mu \gamma^\nu \gamma^\rho \gamma^\sigma P \nonumber\\ &= - P^{-1} i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 P = -\gamma^5 \tag{8.20}\end{align}\] が従う。

この性質により、 \(\bar{\psi}\gamma^5 \psi\)\(\bar{\psi}\gamma^\mu \gamma^5 \psi\) といった量は パリティ変換で全体の符号が余分に反転し、それぞれ擬スカラーおよび擬ベクトルとなる。

8-3. 自由粒子の保存量とヘリシティ

量子力学において、ハミルトニアンと交換する演算子に対応する物理量は保存量となる。 自由粒子のディラックハミルトニアンは\[\begin{align} \hat{H} = \gamma^0 ( \boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4}) \tag{8.21}\end{align}\] であり、明らかに運動量とは交換する。

一方、角運動量については注意が必要である。 ディラック方程式はスピノル成分を混合させるため、軌道角運動量 \(\hat{\boldsymbol{L}}\) 単独、あるいはスピン角運動量 \(\boldsymbol{\Sigma}/2\) 単独では保存しない。 しかし、それらの和である全角運動量 \(\hat{\boldsymbol{J}} = \hat{\boldsymbol{L}} + \boldsymbol{\Sigma}/2\) は保存する。

さらに、ヘリシティ(helicity)と呼ばれる、運動方向に対するスピンの射影成分も重要な保存量となる。 58

ヘリシティ

\[\begin{align} \hat{h} \equiv \frac{\boldsymbol{\Sigma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}}}{2 \left\vert {\hat{\boldsymbol{p}}} \right\vert} \tag{8.22}\end{align}\]

ヘリシティ固有値 \(h\)\(\pm 1/2\) の値をとり、 \(h=1/2\) を右巻き、\(h=-1/2\) を左巻きの状態と呼ぶ。 自由粒子の状態は、運動量とヘリシティでラベル付けされることが多い。

角運動量の保存則を確認する。 軌道角運動量 \(\hat{L}_i = \epsilon_{ijk} \hat{x}^j \hat{p}^k\) とハミルトニアンの交換関係を計算すると、\([\hat{x}^i, \hat{p}^j] = i \delta^{ij}\) より、\[\begin{align} \left[ \hat{L}_i, \hat{H} \right] = \left[ \epsilon_{ijk} \hat{x}^j \hat{p}^k, \gamma^0 \gamma^l \hat{p}_l \right] = i \epsilon_{ijk} \gamma^0 \gamma^j \hat{p}^k \tag{8.23}\end{align}\] となり、\(0\) にならない。 一方、スピン演算子 \(\Sigma_i \equiv \epsilon_{ijk} S^{jk}\) については、\([S^{\rho \sigma}, \gamma^{\mu}] = i (\eta^{\mu \rho} \gamma^{\sigma} - \eta^{\mu \sigma} \gamma^{\rho})\) の関係[eq:sigma12]を用いると、\[\begin{align} \left[ \Sigma_i, \hat{H} \right] &= \left[ \epsilon_{ijk} S^{jk}, \gamma^0 \gamma^l \hat{p}_l \right] \nonumber\\ &= \epsilon_{ijk} \gamma^0 \left[ S^{jk}, \gamma^l \right] \hat{p}_l \nonumber\\ &= i \epsilon_{ijk} \gamma^0 (\eta^{lj} \gamma^k - \eta^{lk} \gamma^j) \hat{p}_l \nonumber\\ &= - 2 i \epsilon_{ijk} \gamma^0 \gamma^j \hat{p}_k \tag{8.24}\end{align}\] となる。両者を比較すると、\[\begin{align} \left[ \hat{L}_i + \frac{1}{2} \Sigma_i, \hat{H} \right] = 0 \tag{8.25}\end{align}\] が成り立ち、全角運動量が保存することが示される。 また、ヘリシティの保存については、([eq:SigmaH])と\(\hat{p}^i\)の内積を取ることにより\[\begin{align} \left[ \boldsymbol{\Sigma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}}, \hat{H} \right] = - 2 i \epsilon_{ijk} \hat{p}^i \gamma^0 \gamma^j \hat{p}^k = 0 \tag{8.26}\end{align}\] となることから確認できる。

質量を持つ粒子の場合、ヘリシティはローレンツ不変量ではない。 例えば、運動量 \(\boldsymbol{p}\)を持つ右巻きの粒子を考えたとき、粒子よりも速い速度で同方向に動く観測者から見れば、粒子の運動量は逆向きに見えるが、スピンの向きは変わらない。したがって、観測者を変えるとヘリシティは反転しうる。 一方、質量ゼロの粒子は光速で運動するため、決して追い越すことができない。したがって、質量ゼロの粒子にとってヘリシティはローレンツ不変な内在的な性質となる。 また、パリティ変換を行うと、運動量 \(\boldsymbol{p}\) は反転するがスピン \(\boldsymbol{S}\)(軸性ベクトル)は反転しないため、ヘリシティの符号は逆転する。

9. ワイルスピノル

これまでは主に非相対論的極限を念頭に置き、ディラック・パウリ表示の \(\gamma\) 行列を用いてきた。 一方、相対論的極限や質量のない粒子を扱う場合には、ワイル表示(カイラル表示)の \(\gamma\) 行列を用いるのが有用である。

この表示においては、ローレンツ変換を表す行列がブロック対角化されるため、ディラックスピノルを「左巻き」と「右巻き」という2つの独立した成分(ワイルスピノル)に分解して扱うことができる。 現実の素粒子理論は、このワイルスピノルを基本構成要素として構築されており、粒子に質量を与えるためにはヒッグス機構と呼ばれるメカニズムが必要となる。

10-1. ワイル表示とローレンツ変換性

ワイル表示における \(\gamma\)行列は次のように書ける。

ワイル表示における\(\gamma\)行列

\[\begin{align} \gamma^{\mu}=\left(\begin{array}{cc} 0 & \sigma^{\mu} \\ \bar{\sigma}^{\mu} & 0 \end{array}\right), \quad \sigma^{\mu} \equiv(I_{2}, \sigma), \quad \bar{\sigma}^{\mu} \equiv(I_{2},-\sigma) \tag{10.1}\end{align}\]

ディラック波動関数を上2成分と下2成分に分けて\[\begin{align} \psi(x) = \begin{pmatrix} \xi(x) \\ \eta(x) \end{pmatrix} \tag{10.2}\end{align}\] と書くと、質量 \(m\) をもつ粒子に対するディラック方程式は\[\begin{align} \left(\begin{array}{cc} -m \, I_{2}& i \sigma^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \\ i \bar{\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) & -m \, I_{2} \end{array}\right)\left(\begin{array}{l} \xi(x) \\ \eta(x) \end{array}\right)=\left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \end{array}\right) \tag{10.3}\end{align}\] となる。

ワイル表示では \[\begin{align} \sigma^{\mu \nu} &=\frac{i}{2}\left[\gamma^{\mu}, \gamma^{\nu}\right] \\ &= \frac{i}{2} \left(\begin{array}{cc} \sigma^{\mu} \bar{\sigma}^\nu - \sigma^{\nu} \bar{\sigma}^{\mu} & 0 \\ 0 & \bar{\sigma}^{\mu} \sigma^\nu - \bar{\sigma}^{\nu} \sigma^{\mu} \end{array}\right) \tag{10.4}\end{align}\] となり、ブロック対角化されている。特に\[\begin{align} &\sigma^{0 i} =\left(\begin{array}{cc} - i \sigma^{i} & 0 \\ 0 & i \sigma^{i} \end{array}\right) \\ &\sigma^{i j} =\left(\begin{array}{cc} \sum_k \varepsilon^{i j k} \sigma^{k} & 0 \\ 0 & \sum_k \varepsilon^{i j k} \sigma^{k} \end{array}\right) = \sum_k \varepsilon^{i j k} \Sigma^{k} \tag{10.5}\end{align}\] となる。 したがってローレンツ変換 \(\psi(x) \to \psi'(x') = D(\Lambda) \psi(x)\)を表す行列\[\begin{align} \hspace{-12pt} D(\Lambda) &= \exp \left(\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) \nn\\ \hspace{-12pt} &= \left(\begin{array}{cc} \exp \left(-i \boldsymbol{\theta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} - \boldsymbol{\eta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right) & 0 \\ 0 & \exp \left(-i \boldsymbol{\theta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} + \boldsymbol{\eta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right) \end{array}\right) \nn\\ \hspace{-12pt} \tag{10.6}\end{align}\] もブロック対角化される。 すなわち、上2成分 \(\xi\) と下2成分 \(\eta\) はローレンツ変換で互いに混ざり合わず、それぞれ独立に変換する。 65

10-2. カイラリティ

ワイル表示において、\(\gamma^5\)

ワイル表示におけるカイラリティ行列

\[\begin{align} \gamma^{5}=\left(\begin{array}{cc} -I_{2}& 0 \\ 0 & I_{2} \end{array}\right) \tag{10.7}\end{align}\]

となる。 したがって \(\xi\)\(\eta\)\(\gamma^5\) の固有状態であり、それぞれ左巻きおよび右巻きカイラリティに対応する。 これらは以下のように射影演算子 \(P_{L}, P_R\) を用いて取り出すことができる。
左巻きと右巻きのカイラリティ

\[\begin{align} &\psi_{\mathrm{L}} \equiv P_{\mathrm{L}} \psi=\left(\begin{array}{c} \xi(x) \\ 0 \end{array}\right), \quad \psi_{\mathrm{R}} \equiv P_{\mathrm{R}} \psi=\left(\begin{array}{c} 0 \\ \eta(x) \end{array}\right) \\ &P_{\mathrm{L}} \equiv \frac{I_{4}-\gamma_{5}}{2}, \qquad P_{\mathrm{R}} \equiv \frac{I_{4}+\gamma_{5}}{2} \tag{10.8}\end{align}\]

パリティ変換\(P = \eta_P \gamma^0\)により\[\begin{align} \begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} \ \to\ P \left(\begin{array}{c} \xi \\ \eta \end{array}\right) = \eta_P \left(\begin{array}{c} \eta \\ \xi \end{array}\right), \tag{10.9}\end{align}\] となり、\(\xi\)\(\eta\) は入れ替わる。66 また、荷電共役変換\(C = i \gamma^2 \gamma^0\) により\[\begin{align} \begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} \ \to\ \psi^c = C \bar{\psi}^T = \left(\begin{array}{c} i \sigma^2 \eta^* \\ - i \sigma^2 \xi^* \end{array}\right), \tag{10.10}\end{align}\] となり、ここでも両者は混ざる。 しかし、\(CP\) 変換を同時に行うと、\[\begin{align} \begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} &\ \to\ P C \bar{\psi}^T = \left(\begin{array}{c} - i \eta_P \sigma^2 \xi^* \\ i \eta_P \sigma^2 \eta^* \end{array}\right), \tag{10.11}\end{align}\] となり、\(\xi\)\(\eta\)はそれぞれ独立に変換する。 67

10-3. ワイル方程式

質量がない場合(\(m=0\))には、ディラック方程式は\[\begin{align} i \bar{\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \xi(x)=0 \\ i {\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \eta(x)=0 \tag{10.12}\end{align}\] と分離する。 したがって \(\xi\)\(\eta\) は時間発展で混ざらない。 これらはワイル方程式(Weyl equation)と呼ばれ、対応する2成分スピノルをワイルスピノルと呼ぶ。

質量がない粒子では、カイラリティとヘリシティが一致する。 \(\xi\) はヘリシティ \(-1/2\) の粒子および反粒子、\(\eta\) はヘリシティ \(+1/2\) の粒子および反粒子を表す。

ここでは電磁場がない自由粒子を考える。 \(\xi(x) = e^{-ik_\mu x^\mu} u_R\) とすると\[\begin{align} &\bar{\sigma}^\mu k_\mu u_R = 0 \ \Leftrightarrow \ ( \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{k}) u_R = - k^0 u_R, \tag{10.13}\end{align}\] となる。 ヘリシティ[eq:helicity]は、ワイルスピノルに対して\[\begin{align} h = \frac{\boldsymbol{k}}{|\boldsymbol{k}|}\cdot\frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} \tag{10.14}\end{align}\] と作用する。 質量がない場合には \(k^0 = |\boldsymbol{k}|\) であるから、 \(\xi\) は任意の運動量に対してヘリシティ \(-1/2\) の固有状態であり、左巻き粒子を表すことがわかる。 同様に、\(\eta\) はヘリシティ \(+1/2\) の固有状態、すなわち右巻き粒子を表す。

質量がない場合、 ローレンツ変換でも時間発展でも混ざらないため、\(\xi\)\(\eta\) を独立な粒子の波動関数とみなすことができる。 そのため、一方のみを導入することも可能である。 その場合、パリティ(\(P\))変換や荷電共役(\(C\))変換は単独では定義できないが、\(CP\) 変換は([eq:CPweyl])のように定義できる。

10-4. ヒッグス機構の簡単な模型

素粒子の標準模型では、基本的な自由度はディラックスピノルではなくワイルスピノルである。 特に、弱い相互作用は左巻きカイラリティの粒子にのみ作用し、パリティ対称性を破っている。 このようにワイルスピノルを基本とする場合、単純な質量項を書くことはできない。 そのような場合に質量を与える仕組みとして、ヒッグス機構がある。

これを説明するために、ディラックフェルミオンが従うディラック方程式に戻って考える。\[\begin{align} (i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu(x)) - m I_{4}) \psi(x) = 0 \tag{10.15}\end{align}\] ここで、\(A_\mu(x)\)は背景電磁場を表すベクトル場であり、一方で質量\(m\)はスカラー量の定数である。 この質量を定数ではなく、電磁場\(A_\mu(x)\)と同様に背景スカラー場(scalar field)\(\phi(x)\)として\[\begin{align} m = y \phi(x) \tag{10.16}\end{align}\] と置き換える。 もし \(\phi(x)\) が空間的に一様な定数解\[\begin{align} \phi(x) = v \tag{10.17}\end{align}\] をもてば、ディラック粒子は有効質量 \(m = yv\) を獲得する。

本質的には、質量をもたないワイルスピノル \(\xi\)\(\eta\) を出発点とし、 スカラー場との相互作用によって両者を結合することで有効質量を生成する。 これがヒッグス機構(Higgs mechanism)の基本的なアイデアである。

ディラック方程式において、背景電磁場はベクトル場 \(A_\mu(x)\) によって表され、その解はマクスウェル方程式によって決定される。 同様に、スカラー場 \(\phi(x)\) も何らかの運動方程式によって決定される。 このようなスカラー場が満たすローレンツ共変な運動方程式の例として、クライン・ゴルドン方程式\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu \phi(x) = m^2 \phi(x) \tag{10.18}\end{align}\] がある。 ただし、ここでの \(\phi(x)\)3 章で扱った波動関数ではなく、古典的なスカラー場である。 ここで、\(m^2 \phi(x)\)\(\phi(x)\) についての任意の関数 \(dV/d\phi\) に置き換えてもローレンツ共変性は保たれるため、\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu \phi(x) = \frac{d}{d\phi}V(\phi(x)) , \tag{10.19}\end{align}\] と一般化できる。 この枠組みのもとで、例えばポテンシャルを\[\begin{align} V(\phi) = - \frac{m^2}{2} \phi^2 + \frac{\lambda}{4} \phi^4, \tag{10.20}\end{align}\] とすると、空間的に一様な解として\[\begin{align} \phi(x) = \pm \frac{m}{\sqrt{\lambda}} \tag{10.21}\end{align}\] が存在する。68

10. スカラー場

これまでの章では、1体の相対論的粒子を表す波動関数が満たすべき方程式を学んできた。 これは場の理論の観点から見ると、粒子数が変化しない低エネルギー領域における有効理論に相当する。 しかし、特殊相対論ではエネルギーと質量は等価であり、十分なエネルギーがあれば粒子を新たに生成することができる。 このため、以降の章では粒子の生成・消滅を自然に扱うことのできる場の量子論へ移行する。

場の量子論は広大な体系を持ち、多くの教科書は分量の多さから初学者を圧倒しがちである。 そこで以下では、数学的な厳密性に深入りしすぎず、物理的に重要な概念に絞って、一体系の理論から場の理論への自然な移行を目指す。 これにより、場の理論特有の考え方を理解し、より本格的な学習への足がかりとすることを目的とする。

本章ではまず、スカラー粒子を生成・消滅させる演算子としてスカラー場の演算子を導入する。 その後、負の振動数の解が反粒子の波動関数の複素共役として現れる理由を、場の理論の立場から説明する。 さらに、因果律(微視的因果律)が場の理論でどのように表現されるかを確認し、それを要請することでスピンと統計の間に深い関係があること(スピン統計定理)が示唆されることにも触れる。

11-1. エネルギー固有状態の生成・消滅演算子

クライン・ゴルドン方程式に従うスカラー粒子の1粒子状態は、運動量 \(\boldsymbol{k}\) と粒子・反粒子の区別によってラベルされる。 そこで、粒子および反粒子のエネルギー固有状態に対する消滅演算子をそれぞれ \(\hat{a}(\boldsymbol{k})\), \(\hat{b}(\boldsymbol{k})\) と書く。

スカラー粒子はボソンであるため、以下の交換関係を満たすとする。

スカラー粒子の生成・消滅演算子の交換関係

\[\begin{align} &\left[ \hat{a} (\boldsymbol{k}), \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right] = (2\pi)^3 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \label{eq:aadagger} \\ &\left[ \hat{b} (\boldsymbol{k}), \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right] = (2\pi)^3 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \tag{11.1}\end{align}\]

その他の交換関係は0とする。 ここで \(\omega_\boldsymbol{k}\equiv \sqrt{m^2+\boldsymbol{k}^2}\) は粒子のエネルギーを表す。

任意の消滅演算子を作用させると \(0\) になる状態を真空 \(\left|0\right>\) と定義する。 このとき、運動量 \(\boldsymbol{k}\) をもつ粒子が1個存在する状態は \(\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle\)、 反粒子が1個存在する状態は \(\hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle\) と表される。 これらの状態の規格化\[\begin{align} \langle 0|\, \hat{a}(\boldsymbol{k}) \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}')\, |0\rangle = (2\pi)^3\, 2\omega_\boldsymbol{k}\, \delta^3(\boldsymbol{k}-\boldsymbol{k}') \tag{11.2}\end{align}\] となっており、ローレンツ不変な積分測度\[\begin{align} \widetilde{\mathrm{d}k} \equiv \frac{\mathrm{d}^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3\,2\omega_\boldsymbol{k}} \tag{11.3}\end{align}\] を用いることで、運動量固有状態の規格化が \(1\) になるように取られている。 69

11-2. スカラー場の演算子の構成

次に、実空間上の座標 \(\boldsymbol{x}\) に依存する場の演算子を構成する。 ここでは、粒子を消滅させる部分(正の振動数部分)を \(\hat{\phi}^{(+)}(x)\)、 反粒子を生成させる部分(負の振動数部分)を \(\hat{\phi}^{(-)}(x)\) と書く。 70 ハイゼンベルク描像を採用し、時間 \(t=x^0\) を含めて \(x^\mu=(t,\boldsymbol{x})\) と書く。

1粒子状態に対応する平面波 \(\exp(ik_\mu x^\mu)\) が現れるように、次の形を採用する。\[\begin{align} \hat{\phi}^{(+)}(x) &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \, e^{ikx}\, \hat{a}(\boldsymbol{k}), \label{eq:phiplus} \\ \hat{\phi}^{(-)}(x) &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \, e^{-ikx}\, \hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k}). \tag{11.5}\end{align}\] ここで \(kx \equiv k_\mu x^\mu\) と略記した。

位置\(\boldsymbol{x}\)に1つの粒子が存在する状態は、\[\begin{align} \left| \boldsymbol{x} \right> = (\hat{\phi}^{(+)} (\boldsymbol{x}))^\dagger \left\vert 0 \right> \tag{11.6}\end{align}\] と書ける。 運動量 \(\boldsymbol{k}\) をもつ1粒子状態は \(e^{- i \omega_\boldsymbol{k} t} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \left| 0 \right>\) であり、その位置表示が波動関数であるから、\[\begin{align} e^{ikx} &= \left< 0 \right\vert \hat{\phi}^{(+)}(\boldsymbol{x}) e^{- i \omega_\boldsymbol{k} t} \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right> \\ &= \left< 0 \right\vert \hat{\phi}^{(+)}(x) \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right> \tag{11.7}\end{align}\] の関係がある。ここで、 時間発展因子を \(\hat{\phi}^{(+)}\) に含めた。 ([eq:phiplus]) を代入すれば、この関係が直接確認できる。 同様に、反粒子状態についても\[\begin{align} e^{ikx} = \left< 0 \right| (\hat{\phi}^{(-)}(\boldsymbol{x}))^\dagger e^{-i \omega_\boldsymbol{k} t} \hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k}) \left| 0 \right> \tag{11.8}\end{align}\] と書ける。71 その複素共役は\[\begin{align} e^{-ikx} &= \left<0 \right| \hat{b} (\boldsymbol{k}) e^{i \omega_\boldsymbol{k} t} \hat{\phi}^{(-)}(\boldsymbol{x}) \left| 0 \right> \\ &= \left<0 \right| \hat{b} (\boldsymbol{k}) \hat{\phi}^{(-)}(x) \left| 0 \right> \tag{11.9}\end{align}\] となり、これも ([eq:phiminus]) から確かめられる。

以上より、\[\begin{align} \hat{\phi}(x) \equiv \hat{\phi}^{(+)}(x)+\hat{\phi}^{(-)}(x) \tag{11.10}\end{align}\] と定義すれば、

スカラー場のモード展開

\[\begin{align} \hat{\phi}(x) = \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( e^{ikx}\hat{a}(\boldsymbol{k}) + e^{-ikx}\hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k}) \right) \tag{11.11}\end{align}\]

となる。これをスカラー場のモード展開(mode expansion)と呼ぶ。

この \(\hat{\phi}(x)\) は「位置 \(x\) において電荷を \(q\) だけ減らす」作用をもつ演算子として解釈できる。 実際、反粒子(電荷 \(-q\))を生成することは、全電荷を \(q\) だけ減らすことに対応するため、 粒子の消滅演算子と反粒子の生成演算子が並んで現れる形が自然である。

改めて([eq:scalarfield])を見ると、\(\hat{\phi}(x)\)クライン・ゴルドン方程式\[\begin{align} \left( \partial_\mu \partial^\mu - m^2 \right) \hat{\phi}(x) = 0 \tag{11.12}\end{align}\] を満たす。 すなわち、一体系の波動関数が満たしていた運動方程式を、 場の演算子そのものが満たしている。

クライン・ゴルドン方程式の一般解は平面波 \(e^{\pm ikx}\) の重ね合わせで与えられるが、 場の理論ではその展開係数が数値ではなく 生成・消滅演算子になっている。 したがって、 ([eq:scalarfield]) は 「クライン・ゴルドン方程式を満たす場を、 エネルギー固有モードで展開した式」 と解釈できる。

この展開式において、\(e^{ikx}\) の部分は1粒子状態の波動関数に対応する。 一方、\(e^{-ikx}\) の部分は反粒子モードに対応し、 その係数が生成演算子 \(\hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k})\) になっている。 反粒子側に複素共役に対応する構造が現れるのは、 \(\hat{\phi}(x)\) が粒子の消滅と反粒子の生成 の効果を同時に含む演算子であるためである。 このようにして、 粒子と反粒子は一つの場の中に統一的に記述される。

11-3. 因果律とスカラー粒子の統計性

相対論的な理論において最も重要な要請の一つが因果律(causality)である。 空間的に離れた2点 \(x, y\) においては、いかなる情報も光速を超えて伝わることができない。 量子力学においてこれは、空間的(space-like)に離れた領域における演算子が互いに可換であること、すなわち測定や局所操作が互いに影響しないことに対応する。

スカラー場の理論においては、特に\[\begin{align} = 0 \quad \text{for} \quad (x-y)^2 > 0 \tag{11.13}\end{align}\] が示される。

\(\hat{a}\)\(\hat{b}\) は互いに可換であるから\[\begin{align} &= [\hat{\phi}^{(+)}(x),\hat{\phi}^{(+)\dagger}(y)] +[\hat{\phi}^{(-)}(x),\hat{\phi}^{(-)\dagger}(y)]. \nonumber\\ &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \Bigl( e^{ik_\mu (x^\mu-y^\mu)} - e^{-ik_\mu (x^\mu-y^\mu)} \Bigr) \tag{11.14}\end{align}\] となる。 特に \(x^0-y^0=0\) のとき integrand は \(\boldsymbol{k}\to-\boldsymbol{k}\) で反対称になるため\[\begin{align} = 0 \qquad (x^0=y^0) \tag{11.15}\end{align}\] が成り立つ。 ([eq:commutationscalar])の積分のローレンツ不変性より、この結果は \(x\)\(y\) が空間的に離れている場合\[\begin{align} (x-y)^2 = -(x^0-y^0)^2 + (\boldsymbol{x}-\boldsymbol{y})^2 > 0 \tag{11.16}\end{align}\] にも拡張され、([eq:scalarcomm])が成り立つことが示された。

ここで重要なのは、\(\hat{\phi}^{(+)}\) だけでは上の可換性が成り立たず、 \(\hat{\phi}=\hat{\phi}^{(+)}+\hat{\phi}^{(-)}\) のように粒子と反粒子のモードを合わせたときに初めて 微視的因果律が成立する点である。 つまり、場の量子論において因果律を満たすためには、粒子と反粒子は対で存在し、場の中に共存していなければならない。

また、仮にスカラー粒子をフェルミオンとして扱い、交換関係の代わりに反交換関係 \(\{ \hat{a}, \hat{a}^\dagger \} = \delta\) を用いて量子化した場合、反粒子の寄与における符号が変わり、\[\begin{align} \{ \hat{\phi}(x), \hat{\phi}^\dagger(y) \} = \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( e^{ik_\mu (x^\mu-y^\mu)} + e^{-ik_\mu (x^\mu-y^\mu)} \right) \tag{11.17}\end{align}\] となる。この量は空間的に離れた点で一般に0とならず、 微視的因果律と整合しない。 このことから、スピン0のスカラー場は交換関係で量子化されたボソンでなければならないことが分かる。

11-4. 電荷の流れの演算子

一体系の理論で説明したように、スカラー粒子の電荷密度は波動関数の2乗ではなく、電荷の流れの4元ベクトル[eq:KGcurrent] \((-iq/2m) \left[ \phi^* \partial_\mu \phi - (\partial_\mu \phi)^* \phi \right]\) の第0成分であった。 したがって場の量子論においても、 電荷密度は単純な \(a^\dagger a\) ではなく、 対応する電荷の流れの演算子から定義される。

場の量子論においては、慣例に従い \(1/(2m)\) を除いて、 電荷の流れの演算子を次のように定義する。

スカラー場の電荷の流れの演算子

\[\begin{align} \hat{j}_\mu \equiv -iq \left( \hat{\phi}^\dagger \partial_\mu \hat{\phi} - (\partial_\mu \hat{\phi}^\dagger)\hat{\phi} \right) \tag{11.18}\end{align}\]

場の展開式[eq:scalarfield]を用いて\(\hat{j}_\mu\)を計算すると、\[\begin{align} \hspace{-20pt} &-i q(\hat{\phi}^\dagger \partial_\mu \hat{\phi} - (\partial_\mu \hat{\phi}^\dagger)\hat{\phi}) \nonumber\\\hspace{-20pt} &= -iq \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \Bigg[ \nonumber\\\hspace{-20pt} &\ i k_\mu' \left( e^{-ik x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) + e^{ikx} \hat{b} (\boldsymbol{k}) \right) \left( e^{ik'x} \hat{a}(\boldsymbol{k}') - e^{-ik' x} \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right) \nonumber\\\hspace{-20pt} &\ +i k_\mu \left( e^{-ik x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) - e^{ikx} \hat{b} (\boldsymbol{k}) \right) \left( e^{ik' x} \hat{a}(\boldsymbol{k}') + e^{-ik' x} \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right) \Bigg] \nonumber\\\hspace{-20pt} &= q\int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \Bigg[ \nonumber\\\hspace{-20pt} &\ (k+k')_\mu \left( e^{-i(k-k') x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}') - e^{i(k-k')x} \hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right) \nonumber\\\hspace{-20pt} &\ + (k-k')_\mu \left( e^{-i(k+k')x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') - e^{i(k+k')x} \hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}') \right) \Bigg] \tag{11.19}\end{align}\] が得られる。 ここで、\(\hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}')\)の演算子の順序を交換すると、\[\begin{align} &- q\int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' (k+k')_\mu e^{i(k-k')x} \hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \nonumber\\ &=- q\int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' (k+k')_\mu e^{i(k-k')x} \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \hat{b}(\boldsymbol{k}) -2q \int \widetilde{\mathrm{d}k} k_\mu \tag{11.20}\end{align}\] となる。 最後の積分は発散する定数項であり、真空状態に対する期待値としても無限大を与えてしまう。発散の起源は運動量の大きい領域からの寄与にあるため、この種の発散は紫外発散(ultraviolet divergence)と呼ばれる。

一般に、同一点における場の演算子の積は紫外発散を含むため、そのままでは厳密には定義されない。 したがって、電荷や電流といった複合演算子は、何らかの正則化(regularization)・繰り込み(renormalization)処方によって有限に定義する必要がある。 自由場理論においては、真空期待値に由来する発散を差し引くことで有限な演算子を定義できる。この操作は、演算子積を評価する際に「すべての消滅演算子を右側に、生成演算子を左側に並び替える」という約束を課すことと同値であり、これを正規順序化(normal ordering)と呼ぶ。 本書では以下、電荷の流れの演算子やハミルトニアンのような 同一点における複合演算子については、 特に断らない限り正規順序化を仮定する。 正規順序化を明示する場合には、 同一点における場の演算子の積をコロン \(:\,\cdots\,:\) で挟んで表す。 72

正規順序化により \(\langle 0 | \hat{j}_\mu(x) | 0 \rangle = 0\) が成り立ち、物理的な電荷は真空との差として測定されることが保証される。

正規順序化の結果、電荷の流れの演算子は\[\begin{align} \hspace{-30pt} \hat{j}_\mu &= q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \Bigg[ (k+k')_\mu e^{-i(k-k') x} \left(\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}') - \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b}(\boldsymbol{k}') \right) \nonumber\\\hspace{-30pt} &\ + (k-k')_\mu \left( e^{-i(k+k')x} \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') - e^{i(k+k')x} \hat{b}(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}') \right) \Bigg] \tag{11.21}\end{align}\] と書ける。73 例として、運動量\(\boldsymbol{p}\)を持つ1粒子状態 \(\hat{a}^\dagger (\boldsymbol{p}) \left\vert 0 \right>\) に対する期待値を計算すると、([eq:scalarcurrentQFT])の\(\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}')\)の項のみが寄与し、\[\begin{align} \left< 0 \right\vert \hat{a} (\boldsymbol{p}) \hat{j}_\mu \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{p}) \left\vert 0 \right> = 2 q \, p_\mu \tag{11.22}\end{align}\] となる。これは古典的な電荷の流束に比例する。同様に、反粒子状態の期待値を計算すると、\(-\hat{b}^\dagger \hat{b}\) の項により、電荷の符号が逆転することも確認できる。

全空間で積分して全電荷演算子 \(\hat{Q}\) を求めると、空間積分から \((2\pi)^3 \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}')\) もしくは \((2\pi)^3 \delta^3(\boldsymbol{k} + \boldsymbol{k}')\) が生じ、\(k^0 = k'^0 = \omega_\boldsymbol{k}\) となるため、\[\begin{align} \hat{Q} \equiv \int \mathrm{d}^3 x \hat{j}^0 = q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}(\boldsymbol{k}) - \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b} (\boldsymbol{k}) \right) \tag{11.23}\end{align}\] が得られる。 これは、粒子の総数から反粒子の総数を引いたものに電荷\(q\)をかけたものが全電荷である、という直感的な理解と一致する。

11-5. 実スカラー場

ここまでの議論では、\(\hat{\phi}(x)\) が電荷をもち、粒子と反粒子が区別できることを前提とした。このようなスカラー場を複素スカラー場(complex scalar field)と呼ぶ。

一方、電荷をもたない粒子では粒子と反粒子を区別する必要がなく、自由度を半分にできる。 この場合、場の演算子は1種類の演算子 \(\hat{a}(\boldsymbol{k})\) のみで次のように表される。

実スカラー場の生成・消滅演算子による展開

\[\begin{align} \hat{\phi}(x) = \int \widetilde{\mathrm{d}k} \left( e^{ik_\mu x^\mu}\hat{a}(\boldsymbol{k}) + e^{-ik_\mu x^\mu}\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \right) \tag{11.24}\end{align}\]

このような場を実スカラー場(real scalar field)と呼び、\(\hat{\phi}^\dagger=\hat{\phi}\) を満たす。 74

11. ディラック場

引き続き本章では、ディラックスピノルに対する生成消滅演算子であるディラック場の演算子を導入する。 スカラー場の場合と比べて、スピン自由度が増えること、および交換関係が反交換関係に置き換わることが本質的な違いである。

また、電荷の流れの演算子を定義し、それが反粒子状態に対しても正しい符号を与えることを確認する。 さらに、一体系のハミルトニアンを多体系に拡張し、フェルミオンを反交換関係で量子化しなければならない理由を明らかにする。 最後に、電磁場やスカラー場との相互作用を取り入れる手法を概観する。

12-1. ディラック場

ディラック方程式に従う粒子(反粒子)の状態は、運動量 \(\boldsymbol{k}\)、スピン \(s\)\(=\pm 1/2\))、および粒子・反粒子の区別によってラベルされる。 そこで、粒子および反粒子の消滅演算子をそれぞれ \(\hat{a}_s(\boldsymbol{k})\), \(\hat{b}_s(\boldsymbol{k})\) とする。

半整数スピンを持つ粒子はフェルミオンであるため、これらは次の反交換関係を満たすとする。

ディラック粒子の生成・消滅演算子の反交換関係

\[\begin{align} &\{ \hat{a}_{s}(\boldsymbol{k}), \hat{a}_{s'} ^\dagger (\boldsymbol{k}') \} = (2\pi)^3 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \delta_{ss'} \\ &\{ \hat{b}_{s}(\boldsymbol{k}), \hat{b}_{s'} ^\dagger (\boldsymbol{k}') \} = (2\pi)^3 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \delta_{ss'} \tag{12.1}\end{align}\]

その他の反交換関係は0とする。 反交換関係の規則により、同じ状態に2つの粒子を入れようとすると \(\hat{a}^\dagger_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}^\dagger_s(\boldsymbol{k}) = \frac{1}{2}\{\hat{a}^\dagger, \hat{a}^\dagger\} = 0\) となり、パウリの排他律が自動的に満たされる。

任意の消滅演算子を作用させると \(0\) になる状態を真空 \(\left|0\right>\) と定義する。 このとき、 運動量 \(\boldsymbol{k}\)、スピン \(s\) をもつ1粒子状態は \(\hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle\)、 反粒子状態は \(\hat{b}_s^\dagger(\boldsymbol{k})|0\rangle\) である。

スカラー場と同様の議論により、位置 \(x\) において電荷を1つ減らす演算子は次のように書ける。

ディラック場のモード展開

\[\begin{align} \hat{\psi}(x) &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_s \left( e^{ik x} u_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) + e^{-ik x} v_s(\boldsymbol{k}) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right) \tag{12.2}\end{align}\]

この演算子 \(\hat{\psi}(x)\)ディラック場(Dirac field)と呼ばれ、 4成分のスピノル演算子である。 また、演算子レベルでディラック方程式\[\begin{align} \left( i\gamma^\mu \partial_\mu - mI_{4}\right) \hat{\psi}(x)=0 \tag{12.3}\end{align}\] を満たす。 すなわち、一体系で波動関数が満たしていた運動方程式を、場の演算子自身が満たしている。

12-2. 電荷の流れの演算子

ディラック場のディラック共役\[\begin{align} \bar{\hat{\psi}} \equiv \hat{\psi}^\dagger \gamma^0 \tag{12.4}\end{align}\] と定義する。 また、 ディラック場の電荷の流れを、正規順序化 \(:\ :\) を用いて以下のように定義する。

ディラック場の電荷の流れの演算子

\[\begin{align} \hat{j}^\mu(x) \equiv q\, :\bar{\hat{\psi}}(x)\gamma^\mu \hat{\psi}(x): \tag{12.5}\end{align}\]

ただし、フェルミオンの正規順序化は、\[\begin{align} :\hat{b} \hat{b}^\dagger: = -\hat{b}^\dagger \hat{b} \tag{12.6}\end{align}\] のように演算子を入れ替える際にマイナス符号がつくことに注意する。 この演算子の反交換関係から生じるマイナス符号により、粒子と反粒子の電荷の符号の違いが自動的かつ正しく記述される。

展開式[eq:Diracfield]\(\hat{j}^\mu(x)\) に代入すると、\[\begin{align} \hat{j}^\mu(x) &= q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \sum_{s,s'} : \Bigl[ \nonumber \\ &\quad \bar{u}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{v}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{u}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k+k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{v}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}')\, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k+k') x} \Bigr] : \\ &= q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \sum_{s,{s'}} \Bigl[ \nonumber \\ &\quad \bar{u}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad - \bar{v}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \, e^{i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{u}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k+k') x} \nonumber \\ &\quad + \bar{v}_s(\boldsymbol{k})\gamma^\mu u_{s'}(\boldsymbol{k}')\, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k+k') x} \Bigr] \tag{12.7}\end{align}\] となる。 全空間で積分して全電荷演算子 \(\hat{Q}\) を求めると、空間積分からデルタ関数が生じ、\(\boldsymbol{k} = \boldsymbol{k}'\) もしくは \(\boldsymbol{k} = -\boldsymbol{k}'\) となる。 スピノルの規格化条件の[eq:ugammau] \((u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta_{s s'})\)[eq:vgammav] \((v_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}) = 2 \omega_\boldsymbol{k} \delta_{s s'})\) および直交関係の[ukvk] \((\bar{u}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 v_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0)\)[vkuk] \((\bar{v}_s(\boldsymbol{k}) \gamma^0 u_{s'}(-\boldsymbol{k}) = 0)\) を用いると、\[\begin{align} \hat{Q} &= q \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_s \Bigl( \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k})\hat{a}_s(\boldsymbol{k}) - \hat{b}_s^\dagger(\boldsymbol{k})\hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \Bigr) \tag{12.8}\end{align}\] が得られる。

1粒子状態 \(\hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{p})|0\rangle\) に対して\[\begin{align} \langle 0| \hat{a}_s(\boldsymbol{p}) \hat{j}^\mu(x) \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{p}) |0\rangle &= q\, \bar{u}_s(\boldsymbol{p})\gamma^\mu u_s(\boldsymbol{p}) \nonumber\\ &= 2 q p^\mu \tag{12.9}\end{align}\] となる。ここで、二行目には([eq:ugammau])を用いた。 これはスカラー場の結果[eq:scalarcurrentQFT]と同様である。 また反粒子状態 \(\hat{b}_s^\dagger(\boldsymbol{p})|0\rangle\) に対しては、反交換関係により符号が反転し\[\begin{align} \langle 0| \hat{b}_s(\boldsymbol{p}) \hat{j}^\mu(x) \hat{b}_s^\dagger(\boldsymbol{p}) |0\rangle &= -q\, \bar{v}_s(\boldsymbol{p})\gamma^\mu v_s(\boldsymbol{p}) \nonumber\\ &=-2 q p^\mu \tag{12.10}\end{align}\] が得られる。 したがって \(\hat{j}^\mu\) は反粒子に対しても正しい符号の電荷の流れを与える。

12-3. ハミルトニアンとディラック粒子の統計性

一体系の自由ディラックハミルトニアン[eq:DiracH]\[\begin{align} \hat{H}_{\text{1-particle}} = \gamma^0 \left( -i\boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{\nabla} + m I_{4}\right) \tag{12.11}\end{align}\] であった。

ディラック方程式により、\[\begin{align} \hat{H}_{\text{1-particle}} \hat{\psi}(x) &= \gamma^0 (-i\boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{\nabla} + m) \hat{\psi}(x) = i\partial_0 \hat{\psi}(x) \tag{12.12}\end{align}\] が成り立つ。 ([eq:Diracfield]) を代入して展開すると、 時間微分が作用した際、正振動数解 \(e^{ik x} u_s\) からは \(\omega_\boldsymbol{k}\) が、負振動数解 \(e^{-ik x} v_s\) からは \(-\omega_\boldsymbol{k}\) が引き出される。 これは、一体系の立場では \(\hat{H}_{\text{1-particle}}\) は負の振動数の解に対して負のエネルギー固有値を与えたことと関連する。

場の量子論では、これを用いて多体系のハミルトニアンを以下のように構成する。\[\begin{align} \hat{H} &\equiv \int \mathrm{d}^3\boldsymbol{x}\, :\hat{\psi}^\dagger(x)\,\hat{H}_{\text{1-particle}}\,\hat{\psi}(x): \tag{12.13}\end{align}\] 自由場の場合には、

自由ディラック場のハミルトニアン

\[\begin{align} \hat{H}_0 &\equiv \int \mathrm{d}^3\boldsymbol{x}\, :\bar{\hat{\psi}}(x) \left( -i\boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{\nabla} + m I_{4}\right) \hat{\psi}(x): \tag{12.14}\end{align}\]

となる。 直感的には、 位置 \(\boldsymbol{x}\) における粒子密度 \(\hat{j}^0(x) =:\hat{\psi}^\dagger(x)\hat{\psi}(x):\) に、1粒子あたりのハミルトニアン \(\hat{H}_{\text{1-particle}}\) を作用させ、 それを全空間で足し上げたものと理解できる。75

ディラック場の展開式[eq:Diracfield] を代入し、スピノルの直交関係 を用いると、\[\begin{align} \hat{H}_0 &= \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \int \widetilde{\mathrm{d}k} \widetilde{\mathrm{d}k}' \sum_{s,s'} \omega_\boldsymbol{k} : \Bigl[ \nonumber \\ &\quad u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad - v_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k-k') x} \nonumber \\ &\quad - u_s^\dagger(\boldsymbol{k}) v_{s'}(\boldsymbol{k}') \, \hat{a}_s^\dagger(\boldsymbol{k}) \hat{b}_{s'}^\dagger(\boldsymbol{k}') \, e^{-i(k+k') x} \nonumber \\ &\quad + v_s^\dagger(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{k}')\, \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}') \, e^{i(k+k') x} \Bigr] : \nonumber \\ &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_s \omega_\boldsymbol{k} : \left( \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) - \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right): \nonumber\\ &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_s \omega_\boldsymbol{k} \left( \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) + \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \right) \tag{12.15}\end{align}\] が得られる。 これにより粒子・反粒子ともに正のエネルギー \(\omega_\boldsymbol{k}\) をもつことが分かる。

仮に生成・消滅演算子が反交換関係ではなく交換関係を満たしていたとすると、 ([eq:DiracHQFT])の最後の等式において \(\hat{b}\hat{b}^\dagger\) の順序交換により符号が変わらず、 反粒子の寄与が負のエネルギーとして現れてしまう。 したがって、スピン1/2粒子を表すディラック場は反交換関係で量子化されなければならない。 76

12-4. 自由場のハイゼンベルク方程式

ハイゼンベルク描像においては、 ディラック場 \(\hat{\psi}(t)\) はハミルトニアン \(H_0\) に従ってハイゼンベルク方程式\[\begin{align} \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \hat{\psi}(t) = i \left[ H_0, \hat{\psi}(t) \right] \tag{12.16}\end{align}\] を満たす。

通常は、まずハミルトニアンを与え、それに基づいて場の時間発展を決定するという順序で議論する。 ここでは逆に、 すでに得られているディラック場のモード展開 [eq:Diracfield] が確かにハイゼンベルク方程式を満たすことを確認し、 モード展開とハミルトニアンの定義が整合的であることをチェックする。

([eq:DiracHQFT])と生成・消滅演算子の反交換関係を用いると、\[\begin{align} i \left[ H_0, \hat{a}_s (\boldsymbol{k}) \right] &= i\int \widetilde{\mathrm{d}k}' \sum_{s'} \omega_\boldsymbol{k'} \left[ \hat{a}_{s'}^\dagger (\boldsymbol{k}') \hat{a}_{s'}(\boldsymbol{k}'), \, \hat{a}_s (\boldsymbol{k}) \right] \nonumber\\ &=-i \omega_\boldsymbol{k} \hat{a}_s (\boldsymbol{k}) \tag{12.17}\end{align}\] となる。同様に、\[\begin{align} i\left[ H_0, \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right] &=i\omega_\boldsymbol{k} \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \tag{12.18}\end{align}\] が得られる。 これらを用いると、自由ディラック場のモード展開[eq:Diracfield]が確かに[eq:Heisenbergpsi]を満たすことが確認できる。

12-5. 相互作用ハミルトニアン

電磁場が存在する場合の一体系のハミルトニアンは、\[\begin{align} \hat{H}_{\text{1-particle}} &= \gamma^0 \left( \boldsymbol{\gamma} \cdot \left( -i \boldsymbol{\nabla} - q \hat{\boldsymbol{A}} \right) + m I_{4}\right) + q \hat{A}^0 \nonumber\\ &= \gamma^0 \left( - i \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{\nabla} + m I_{4}\right) - q \gamma^0 \gamma^\mu A_\mu \tag{12.19}\end{align}\] と書ける。これを用いると、場の量子論におけるハミルトニアン[eq:DiracHall]は、自由場のハミルトニアン\(H_0\)に加えて次の相互作用項を含む。\[\begin{align} \hat{H}_I &= - \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} : \left( q \hat{A}_\mu \bar{\hat{\psi}} \gamma^\mu \hat{\psi} \right): \nonumber\\ &= - \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \hat{A}_\mu(x) \, \hat{j}^\mu (x) \tag{12.20}\end{align}\] ここで、電磁場を量子化して演算子 \(\hat{A}_\mu(x)\) とみなした。 これはディラック場と電磁場の相互作用を表す。

さらに、ハミルトニアンに含まれる質量パラメータ \(m\) をスカラー場 \(\hat{\phi}(x)\) と結合定数 \(y\) で置き換えて \(m \to y \hat{\phi}(x)\) とすると、\[\begin{align} \hat{H}_I &= \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} : \left( y\, \hat{\phi}(x)\, \bar{\hat{\psi}} (x) \, \hat{\psi} (x)\right): \tag{12.21}\end{align}\] の相互作用項が得られる。これは湯川相互作用(Yukawa interaction)と呼ばれ、ディラック場とスカラー場の相互作用を表す。 77

これらの相互作用を組み合わせることで、粒子の散乱や崩壊などの多様な過程を記述できる。

12. 光の放射吸収と黒体輻射

電磁場は慣れ親しんだ古典論の時点で「場」として扱われており、それを量子化することによって自然に場の量子論へと移行できる。 本章では量子化の厳密な手法の詳細には立ち入らず、スカラー場やディラック場との類推からその演算子の展開形を構成する。 その応用として、ディラック場との相互作用を用いて光の放射・吸収の過程を調べ、量子力学の幕開けとなった黒体輻射(プランク分布)の式を場の量子論の観点から導出する。

13-1. ベクトル場

ローレンツゲージ \(\partial_\mu A^\mu = 0\) のもとでは、真空中のマクスウェル方程式 \(\partial_\mu F^{\mu\nu}=0\)\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu A^\nu = 0 \tag{13.1}\end{align}\] と書ける。 以下では \(A_\mu\) のことをベクトル場(vector field)と呼ぶ。 この方程式は、ベクトル場の各成分が質量 \(m=0\) のクライン・ゴルドン方程式に従うことを意味している。したがって、電磁波の偏光(polarization)の効果を除けば、スカラー場と同様の議論で演算子を構成できると予想される。

ただし、\(A^\mu\) にはゲージ自由度が存在するため、 物理的自由度は横偏光の2成分のみである。 運動量 \(\boldsymbol{k}\) に対して偏極ベクトル(polarization vector) \(\epsilon_r^\mu\)\[\begin{align} \epsilon_r^\mu=(0,\boldsymbol{\epsilon}_r), \qquad \boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{\epsilon}_r=0, \qquad r=1,2 \tag{13.2}\end{align}\] を満たす。 このとき、ベクトル場の演算子は、各モードの光子を生成・消滅させる演算子を用いて次のように展開される。

ベクトル場のモード展開

\[\begin{align} \hat{A}^\mu(x) &= \int \widetilde{\mathrm{d}k} \sum_{r=1,2} \left( \epsilon^\mu_r(\boldsymbol{k}) \hat{a}_r(\boldsymbol{k}) e^{ik x} + \epsilon^{\mu*}_r(\boldsymbol{k}) \hat{a}_r^\dagger (\boldsymbol{k}) e^{-ikx} \right) \tag{13.3}\end{align}\]

ここで、 \(\omega_\boldsymbol{k} = |\boldsymbol{k}|\) である。

古典的な電磁場 \(A^\mu(x)\) は実数であるため、対応する量子論の演算子もエルミート \((\hat{A}^\mu)^\dagger = \hat{A}^\mu\) である。 これは実スカラー場と同様に、光子には反粒子が存在せず、光子の反粒子は光子自身であること、すなわち光子が電荷を持たないことを反映している。

13-2. 光の放射吸収と黒体輻射

フェルミオンとの相互作用ハミルトニアン[eq:AJ] \(\hat{H}_\mathrm{ int} = - \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \hat{A}_\mu \hat{j}^\mu\) を用いることで、フェルミオンからの光子の放射や吸収の効果を考察できる。

光子が充満している輻射場中に存在する原子のエネルギー準位間の遷移を考える。 簡単のため、原子の状態を \(\left\vert a \right>\)\(\left\vert b \right>\) の2準位のみとし、それぞれのエネルギーを \(E_a, E_b\) (\(E_a > E_b\)) とする。 この状態間の遷移に伴い、エネルギー保存則から \(\omega = E_a - E_b\) に相当する光子が放射または吸収される。

この周波数 \(\omega\) を持つ特定の光子のモードに注目し、そのモードに \(n\) 個の光子が存在する状態を \(\left\vert n \right>\) と表記する。

まず、原子が高いエネルギー状態から光子を放射し、より低いエネルギー状態へ遷移する過程を考える。 初期状態では、原子の状態は \(\lvert a \rangle\)、輻射場の状態は \(\lvert n \rangle\) であるから、系全体の状態は\[\begin{align} \lvert a \rangle \otimes \lvert n \rangle \tag{13.4}\end{align}\] と表される。 一方、終状態では光子が1個増えるため、系全体の状態は\[\begin{align} \lvert b \rangle \otimes \lvert n+1 \rangle \tag{13.5}\end{align}\] と書ける。 このとき、フェルミの黄金則によれば、放射遷移の確率 \(P_{\mathrm{em}}\) は、相互作用ハミルトニアンの行列要素の絶対値の二乗に比例する。\[\begin{align} P_{\mathrm{em}} &\propto \left\vert { \left< b \right\vert \otimes \left< n+1 \right\vert \left( \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \hat{j}^\mu \hat{A}_\mu \right) \left\vert a \right> \otimes \left\vert n \right> } \right\vert^2 \nonumber \\ &= \left\vert { \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \left< b \right\vert \hat{j}^\mu \left\vert a \right> \left< n+1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \tag{13.6}\end{align}\] ここで、輻射場 \(\hat{A}_\mu\) の中に含まれる光子の生成演算子 \(\hat{a}^\dagger\) のみが \(\left\vert n \right>\)\(\left\vert n+1 \right>\) へ引き上げる寄与を持つ。 生成演算子の性質 \(\hat{a}^\dagger \left\vert n \right> = \sqrt{n+1} \left\vert n+1 \right>\) より、\[\begin{align} \left\vert { \left< n+1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \propto \left\vert {\left< n+1 \right\vert \hat{a}^\dagger \left\vert n \right>} \right\vert^2 \propto (n+1) \tag{13.7}\end{align}\] となる。 \(n\) に比例する部分は周囲に存在する光子に誘発されて放出が起きる誘導放射を表し、\(1\) の部分は周囲に光子が全くない真空でも放射が起こる自然放射(spontaneous emission)を表している。

次に、原子が低いエネルギー状態から光子を吸収し、より高いエネルギー状態へ遷移する過程を考える。 初期状態が \(\left\vert b \right> \otimes \left\vert n \right>\) であるとすると、終状態は \(\left\vert a \right> \otimes \left\vert n-1 \right>\) となる。 このとき、遷移確率\(P_{\mathrm{abs}}\)\[\begin{align} P_{\mathrm{abs}} &\propto \left\vert { \int \mathrm{d}^3 \boldsymbol{x} \left< a \right\vert \hat{j}^\mu \left\vert b \right> \left< n-1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \tag{13.8}\end{align}\] と表される。電荷の流れの演算子がエルミート (\(\hat{j}_\mu^\dagger = \hat{j}_\mu\)) であるため、原子部分の遷移の行列要素の絶対値 \(|\left< a \right\vert \hat{j}^\mu \left\vert b \right>|^2\) は放射の場合と等しい。 一方、光子に関する部分は、消滅演算子の性質 \(\hat{a} \left\vert n \right> = \sqrt{n} \left\vert n-1 \right>\) より\[\begin{align} \left\vert { \left< n-1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \propto \left\vert {\left< n-1 \right\vert \hat{a} \left\vert n \right>} \right\vert^2 \propto n \tag{13.9}\end{align}\] となる。

以上の計算から、同一のモードにおける放射と吸収の遷移確率の比は、原子の構造によらず純粋に光子の数 \(n\) だけで決まり、\[\begin{align} \frac{P_{\mathrm{em}}}{P_{\mathrm{abs}}} = \frac{n+1}{n} \tag{13.10}\end{align}\] となる。

ここで、系全体が温度 \(T\) の熱平衡状態にある場合を考える。 このとき、原子がエネルギー \(E_a\) の状態にある確率と \(E_b\) の状態にある確率の比は、ボルツマン分布に従って \(e^{-E_a/T}\)\(e^{-E_b/T}\) の比で与えられる。 さらに、系全体が巨視的な平衡状態を保つためには、単位時間あたりの「放射による \(a \to b\) の遷移数」と「吸収による \(b \to a\) の遷移数」が完全に釣り合っていなければならないため、\[\begin{align} P_{\mathrm{em}} e^{-E_a/T} &=P_{\mathrm{abs}} e^{-E_b/T} \nonumber \\ \Leftrightarrow \frac{P_{\mathrm{em}}}{P_{\mathrm{abs}}} &= e^{(E_a-E_b)/T} = e^{\omega/T} \tag{13.11}\end{align}\] が成立しなければならない。 上で導いた量子力学的な確率の比[eq:Pratio]をこれに代入すると、\[\begin{align} \frac{n+1}{n} &= e^{\omega/T} \nonumber \\ \Leftrightarrow n &= \frac{1}{e^{\omega/T} - 1} \tag{13.12}\end{align}\] となる。これは、輻射場における光子の平均占有数を与える黒体輻射(blackbody radiation)の公式、すなわちプランク分布(Planck distribution)にほかならない。 この結果は、光がボソンであり、自然放出と誘導放出(stimulated emission)という場の量子論的な性質を備えていることの必然的な帰結である。

13. 摂動論の概要

ここでは、本格的な場の量子論の計算へ進むための準備として、摂動論の概略を述べる。 厳密な定義や詳細な議論は避け、相互作用を扱う上で最も重要な概念である「相互作用表示」、「時間順序積」、「ダイソン級数」、「プロパゲーター(伝播関数)」、そして直感的な計算ツールである「ファインマンダイアグラム」について、その物理的意味を中心に解説する。

具体例として、ディラック場とスカラー場の湯川相互作用を用いた散乱振幅の計算を取り上げる。 抽象的な一般論を先に与えるのではなく、 ダイソン級数を愚直に展開し、 場の演算子をモード展開に戻し、 生成・消滅演算子の交換関係を用いて実際に振幅を計算する。 この過程を通して、 時間順序積がどのようにプロパゲーターを生み出すか、 運動量保存のデルタ関数がどのように現れるか、 そして最終的な結果がどのように不変散乱振幅 \(\mathcal{M}\) にまとめられるかを確認する。

最終的な振幅の表式には、 一体系の理論で学んだ自由場の波動関数 (スピノル \(u_s(\boldsymbol{k})\)\(\bar{u}_s(\boldsymbol{k})\))が現れ、 計算はスピノルやガンマ行列の代数へと帰着する。 すなわち、場の量子論における散乱計算は、 自由場の知識を土台としてその上に相互作用を積み重ねたものであることが分かる。

このように、摂動論の具体的な計算例を一度追体験しておくことは、 より体系的に構成された場の量子論の教科書を読む際に、 各式や各操作の物理的意味を理解する上で大いに役立つはずである。

14-1. 相互作用表示と時間順序積

量子力学における時間発展の扱い方として、状態ベクトルに時間発展を担わせるシュレディンガー表示と、演算子に時間発展を担わせるハイゼンベルク表示がある。 相互作用を含む場の理論では、これらの中間的な表示である相互作用表示(interaction picture)を用いるのが最も便利である。

まず、全ハミルトニアンを\[\begin{align} H = H_0 + H_I \tag{14.1}\end{align}\] と分ける。ここで、\(H_0\) は解析的に解ける自由場のハミルトニアン、\(H_I\) は相互作用部分である。 78

全体の時間発展演算子と自由理論の時間発展演算子を\[\begin{align} &U(t,t_0) = e^{- i H (t-t_0)} \\ &U_0(t,t_0) = e^{-i H_0 (t-t_0)} \tag{14.2}\end{align}\] とする。 このとき、相互作用表示での時間発展演算子を\[\begin{align} U_I(t,t_0) = U_0^{-1} (t,t_0) U(t,t_0) \tag{14.3}\end{align}\] と定義する。

相互作用表示では、演算子は \(U_0\) によって時間発展し、状態ベクトルは \(U_I\) によって時間発展する、という役割分担を行う。 すなわち、 任意の演算子 \(\hat{O}(t)\)\[\begin{align} \hat{O}(t) = U_0^{-1}(t,t_0)\, \hat{O}(t_0)\, U_0(t,t_0) \tag{14.4}\end{align}\] と定義され、\[\begin{align} \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t}\hat{O}(t) = i [H_0, \hat{O}(t)] \tag{14.5}\end{align}\] を満たす。 したがって、スカラー場であればクライン・ゴルドン方程式、ディラック場であればディラック方程式を満たす自由場のモード展開をそのまま用いることができる。 一方、状態ベクトルは\[\begin{align} &\left\vert \psi(t) \right> = U_I(t,t_0) \left\vert \psi(t_0) \right> \tag{14.6}\end{align}\] と時間発展する。

([eq:UI])を時間微分すると、\[\begin{align} i \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} U_I(t,t_0) &= i \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \left( U_0^{-1}(t,t_0) U(t,t_0) \right) \nonumber\\ &= - H_0 U_0^{-1} U + U_0^{-1} (H_0 + H_I) U \nonumber\\ &= H_I(t) U_I(t,t_0) \tag{14.7}\end{align}\] となる。 ここで\[\begin{align} H_I(t) \equiv U_0^{-1}(t,t_0)\, H_I\, U_0(t,t_0) \tag{14.8}\end{align}\] と定義した。 一般に \(H_I(t_1)\)\(H_I(t_2)\) は可換ではないことに注意する。 この微分方程式を 初期条件 \(U_I(t_0, t_0) = 1\) のもとで積分し、逐次代入を行うと\[\begin{align} \hspace{-20pt} &U_I(t,t_0) \nonumber\\\hspace{-20pt} &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 H_I(t_1) U_I(t_1,t_0) \nonumber\\\hspace{-20pt} &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 H_I(t_1) \nonumber\\\hspace{-20pt} &\qquad \qquad \qquad + (-i)^2 \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 \int_{t_0}^{t_1} \mathrm{d}t_2 H_I(t_1) H_I(t_2) + \dots \nonumber\\\hspace{-20pt} &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 H_I(t_1) \nonumber\\\hspace{-20pt} &\qquad \qquad \qquad + \frac{(-i)^2}{2} \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 \int_{t_0}^{t} \mathrm{d}t_2 T[H_I(t_1) H_I(t_2)] + \dots \tag{14.9}\end{align}\] となる。 ここで、二重積分の積分範囲を時間順序積\[\begin{align} &T[H_I(t_1) H_I(t_2)] \nonumber\\ &= H_I(t_1) H_I(t_2) \theta(t_1-t_2) + H_I(t_2) H_I(t_1) \theta(t_2-t_1) \tag{14.10}\end{align}\] を用いて書き変えた。

逐次代入を繰り返すと、時間発展演算子は相互作用ハミルトニアンのべき級数として表される。これをダイソン級数と呼び、形式的には次のように書ける。

ダイソン級数(Dyson series)

\[\begin{align} \hspace{-10pt}U_I(t,t_0) &= 1 + \sum_{n=1}^\infty \frac{(-i)^n}{n!} \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_1 \cdots \int_{t_0}^t \mathrm{d}t_n T\left[ H_I(t_1) \cdots H_I(t_n) \right] \nonumber\\\hspace{-10pt} &= T \exp \left[ - i \int_{t_0}^t \mathrm{d}t' H_I(t') \right] \tag{14.11}\end{align}\]

ここで、 \(T\)時間順序積(time-ordered product)と呼ばれ、時間の引数が大きい(未来の)演算子が左側にくるように並べ替える操作である。 7980

一般に、相互作用ハミルトニアン \(H_I\) は結合定数 \(g\) を含み、\[\begin{align} H_I \sim g \, \mathcal{O} \tag{14.12}\end{align}\] の形をしている。81 このとき、ダイソン級数は実質的に \(g\) のべき級数展開になっており、 \(n\) 次の項は \(g^n\) に比例する。 したがって、\(g\ll 1\) の場合には、 低次の項だけを計算することで 散乱振幅や遷移確率を良い近似で求めることができる。 このように、自由理論は厳密に解いて、相互作用は結合定数で展開するという考え方が、 場の量子論における摂動論の基本構造である。

14-2. 散乱振幅

素粒子の加速器実験では、粒子を衝突させてどのような反応が起こるかを観測することで、素粒子理論の検証が行われている。 ここでは散乱実験の結果を理論的に予言する際の基本概念として、散乱振幅について概観する。

始状態を、運動量 \(\boldsymbol{p}_i\) をもつ粒子が2つ存在する状態 \(\left\vert i \right>\)、 終状態を、運動量 \(\boldsymbol{p}'_j\) をもつ粒子がいくつか存在する状態 \(\left\vert f \right>\) とする。82 散乱の情報は、無限の過去から無限の未来への遷移振幅(transition amplitude)\[\begin{align} S_{fi} \equiv \left< f \right\vert U_I(\infty,-\infty) \left\vert i \right> \tag{14.13}\end{align}\] を計算することで得られる。83 ここで \(U_I(\infty,-\infty)\) にダイソン級数による摂動展開を用いると、 0次の項は散乱が起こらない過程(単位演算子)に対応し、入射状態がそのまま保存される寄与を与える。 物理的に興味があるのは相互作用が起こる高次の項である。

このとき、系全体の始状態と終状態の間では全エネルギー・運動量が保存される。 さらに、並進対称性を反映して、遷移振幅 \(S_{fi}\)\(\delta^4 (\sum_j p_j'-\sum_i p_i)\) を因子として含む。 そこでこのデルタ関数を取り除いた量を 不変散乱振幅(invariant scattering amplitude) \(i\mathcal{M}\) と定義し、\[\begin{align} S_{fi} = (2\pi)^4 \delta^4\!\left(\sum_j p'_j - \sum_i p_i\right)\, i\mathcal{M} \tag{14.14}\end{align}\] と書く。

散乱確率は \(\left\vert {S_{fi}} \right\vert^2\) に比例するが、[eq:SfiM] を二乗すると \([\delta^4(\sum_j p_j'-\sum_i p_i)]^2 = \delta^4(\sum_j p_j'-\sum_i p_i) \delta^4(0)\) が現れ、\(\delta^4(0)\) が含まれてしまう。 これは、初期状態と終状態を無限に広がる平面波でとっていることに由来する。 デルタ関数の積分表示に戻ると\[\begin{align} (2\pi)^4\delta^4(0) = \int \mathrm{d}^4x \tag{14.15}\end{align}\] であり、これは全時空体積に対応する。 空間体積を \(V\)、観測時間を \(T\) とすれば\[\begin{align} \int \mathrm{d}^4x = VT \tag{14.16}\end{align}\] と書ける。

したがって、単位時間・単位体積あたりの遷移確率を考えると、\[\begin{align} \frac{|S_{fi}|^2}{VT} = (2\pi)^4 \delta^4\!\left(\sum_j p'_j - \sum_i p_i\right)\, |\mathcal{M}|^2 \tag{14.17}\end{align}\] という有限の量が得られる。 ここから位相空間積分を行うことで、 微分散乱断面積(scattering cross section) \(\mathrm{d}\sigma\)崩壊幅(decay width)などの観測量を計算することができる。

結局、場の量子論の摂動計算で本質的に求めるべき量は 運動量保存を除いた不変散乱振幅 \(\mathcal{M}\) に帰着される。

14-3. 湯川相互作用による散乱

摂動論の具体例として、ディラック場 \(\hat{\psi}\) と実スカラー場 \(\hat{\phi}\) が結合定数 \(y\) で結合する湯川相互作用[eq:Yukawa] \(H_I = \int \mathrm{d}^3x \, y :\hat{\phi}\bar{\hat{\psi}}\hat{\psi}:\) を考える。 ここでは、2つのフェルミオンが衝突して散乱する過程を2次の摂動(\(\mathcal{O}(y^2)\))まで計算する。

始状態を、運動量 \(\boldsymbol{k}_1, \boldsymbol{k}_2\) とスピン \(s_1, s_2\) を持つ2つのフェルミオンが存在する状態\[\begin{align} \left\vert i \right> = \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_1, s_1) \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_2, s_2) \left\vert 0 \right> \tag{14.18}\end{align}\] とする。84 散乱後の終状態を、運動量 \(\boldsymbol{k}_1', \boldsymbol{k}_2'\) とスピン \(s_1', s_2'\) を持つ状態\[\begin{align} \left\vert f \right> = \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_1', s_1') \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_2', s_2') \left\vert 0 \right> \tag{14.19}\end{align}\] とする。 このとき、 ([eq:Sfi])の 遷移振幅\(S_{fi}\)のうち、最初に非自明な寄与を与えるのは2次の項\[\begin{align} S_{fi}^{(2)} &= \frac{(-i)^2}{2!} \left< 0 \right\vert \hat{a} (\boldsymbol{k}_2', s_2') \hat{a} (\boldsymbol{k}_1', s_1') T \int \mathrm{d}^4x_1 y :\hat{\phi}(x_1) \bar{\hat{\psi}}(x_1) \hat{\psi}(x_1): \nonumber\\ &\qquad \times \int \mathrm{d}^4x_2 y :\hat{\phi}(x_2) \bar{\hat{\psi}}(x_2) \hat{\psi}(x_2) : \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_1, s_1) \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}_2, s_2) \left\vert 0 \right> \tag{14.20}\end{align}\] である。 ここで、ディラック場は始状態を消滅させ、終状態を生成する。また、スカラー場は始・終状態に含まれていないため、真空期待値が残る。

まず、ディラック場 \(\hat{\psi}\) に注目し、モード展開[eq:Diracfield]を代入すると、例えば\[\begin{align} \hat{\psi}(x_1) \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}_1,s_1) | 0 \rangle &= u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) e^{i k_1 x_1} | 0 \rangle +\dots \\ \langle 0 | \hat{a}(\boldsymbol{k}_1',s_1') \bar{\hat{\psi}}(x_1) &= \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') e^{-i k_1' x_1} \langle 0 | +\dots \tag{14.21}\end{align}\] となる。 初期状態と終状態についてそれぞれ組み合わせが2通りあることを考慮すると、\[\begin{align} &\hat{{\psi}}(x_1) \hat{{\psi}}(x_2) \left\vert \boldsymbol{k}_1,s_1; \boldsymbol{k}_2,s_2 \right> \nonumber\\ &= - e^{ik_1 x_1} u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) e^{ik_2x_2} u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \left\vert 0 \right> \nonumber\\ &\quad + e^{ik_1 x_2} u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) e^{ik_2x_1} u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \left\vert 0 \right> +\dots \tag{14.22}\end{align}\] および\[\begin{align} &\left< \boldsymbol{k}_1',s_1'; \boldsymbol{k}_2',s_2' \right\vert \bar{\hat{\psi}}(x_1) \bar{\hat{\psi}}(x_2) \nonumber\\ &= \left< 0 \right\vert e^{-ik_1'x_1} \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') e^{-ik_2'x_2} \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') \nonumber\\ &\quad - \left< 0 \right\vert e^{-ik_1'x_2} \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') e^{-ik_2'x_1} \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') +\dots \tag{14.23}\end{align}\] が得られる。省略した項は、散乱振幅の計算には影響しない項である。 また、負の符号は反交換したときに現れたものである。 これらを掛け合わせたとき、時間順序積の対称性から \(x_1 \leftrightarrow x_2\) の入れ替えで対象であることを反映して、第1項同士の積と第2項同士の積は同じ寄与を与える。

スカラー場 \(\hat{\phi}\) については、

ファインマンプロパゲーター

\[\begin{align} \left< 0 \right\vert T\left[ \hat{\phi}(x_1) \hat{\phi}(x_2) \right] \left\vert 0 \right> \equiv -i \Delta_\phi (x_1 - x_2) \tag{14.24}\end{align}\]

が残る。 これをファインマンプロパゲーター(Feynman propagator)と呼ぶ。 これは「\(x_2\) で生成された仮想的なスカラー粒子が \(x_1\) まで伝播する」という物理的過程を表している。

理論の並進対称性から、\(-i \Delta_\phi (x_1 - x_2)\)\(x_1 - x_2\)のみの関数となる。また、時間順序積の性質により、\(x_1\)\(x_2\)を入れ替えても値は変化しない。 したがって、このフーリエ変換を取ると、\[\begin{align} -i \Delta_\phi (x_1 - x_2) = -i\int \frac{\mathrm{d}^4 q}{(2\pi)^4} \tilde{\Delta}_\phi(q^2) e^{iq(x_1 - x_2)}, \tag{14.25}\end{align}\] と表せる。85

以上の計算を組み合わせると、([eq:Sfi2])は\[\begin{align} \hspace{-15pt} S_{fi}^{(2)} &= (-iy)^2 \left[ \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) ][ \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \right] \int \frac{\mathrm{d}^4 q}{(2\pi)^4} \nonumber \\ \hspace{-15pt} &\ \times (-i) \tilde{\Delta}_\phi(q^2) \int \mathrm{d}^4 x_1 \mathrm{d}^4 x_2 e^{-i(k_1'-k_1-q) x_1-i(k_2' -k_2 + q) x_2} \nonumber\\ \hspace{-15pt} &\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad - (k_1,s_1 \leftrightarrow k_2,s_2) \tag{14.26}\end{align}\] となる。 ここで、スピノルの添え字はそれぞれの の中で縮約されているとに注意する。 \(x_1\)に関する積分を実行するとデルタ関数 \((2\pi)^4 \delta^4(k_1'-k_1-q)\) が現れる。これを用いて\(q\) についての積分を消去することができる。 さらに、\(q= k_1'-k_1\)を考慮すると、残る\(x_2\)に関する積分は \((2\pi)^4 \delta^4 (k_1'+k_2'-k_1 - k_2)\) を与える。 すなわち、系全体の始状態と終状態の間で、全エネルギー・運動量の保存則が満たされることが補償される。

全体に共通する\((2\pi)^4 \delta^4 (k_1'+k_2'-k_1 - k_2)\) を取り除いた不変散乱振幅は\[\begin{align} i \mathcal{M} &= (-iy)^2 [\bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) ][ \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) ] (-i)\tilde{\Delta}_\phi((k_1'-k_1)^2) \nonumber\\ &\qquad \qquad \qquad \qquad \qquad \qquad - (k_1,s_1 \leftrightarrow k_2,s_2) \tag{14.27}\end{align}\] と求まる。

散乱振幅の二乗は、\[\begin{align} \hspace{-15pt} \left\vert {\mathcal{M}} \right\vert^2 &= y^4 \left\vert \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \tilde{\Delta}_\phi((k_1'-k_1)^2) \right. \nonumber \\ \hspace{-15pt} &\qquad \left. - \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_2}(\boldsymbol{k}_2) \bar{u}_{s_2'}(\boldsymbol{k}_2') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \tilde{\Delta}_\phi((k_1'-k_2)^2) \right\vert^2 \tag{14.28}\end{align}\] となる。 実験において、入射粒子のスピンを偏極させず、散乱後のスピンも測定しない場合がある。 このとき、振幅の2乗について初期状態のスピンで平均をとり、終状態のスピンで和をとった\[\begin{align} \frac{1}{2} \sum_s \frac{1}{2} \sum_{s'} \sum_r \sum_{r'} |\mathcal{M}|^2 \tag{14.29}\end{align}\] が関心の対象となる。 このとき、\(\left\vert {\mathcal{M}} \right\vert^2\) に含まれるスピノルの成分計算は、例えば\[\begin{align} &\sum_{s_1,s_1'} \left\vert {\bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1)} \right\vert^2 \nonumber\\ &= \sum_{s_1,s_1'} \bar{u}_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) u_{s_1'} (\boldsymbol{k}_1') \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \nonumber\\ &= \mathrm{ Tr}\left[ \left( \sum_{s_1'} u_{s_1'} (\boldsymbol{k}_1') \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1') \right) \left( \sum_{s_1} u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \bar{u}_{s_1}(\boldsymbol{k}_1) \right) \right] \tag{14.30}\end{align}\] のように変形できる。このそれぞれの項にスピン和の公式[eq:spinsum]を用いると、この式はガンマ行列の積のトレース計算に帰着される。 さらに、ガンマ行列のトレースの性質を用いることで、この式は純粋に運動量ベクトル \(\boldsymbol{k}_1, \boldsymbol{k}_1'\) の内積だけを含むスカラー関数へと帰着する。

14-4. ファインマンダイアグラム

以上の計算は、生成・消滅演算子の反交換関係と時間順序積を用いて 代数的に実行したものである。 しかし、相互作用の次数が上がると項の数は急激に増大し、 数式だけで整理するのは極めて煩雑になる。 これを直感的かつ体系的に整理する方法が、以下の ファインマンダイアグラム(Feynman diagram)とファインマンルール(Feynman rules)である。

先ほど得られた散乱振幅[eq:iM]を 図式的に読み替えると、次の対応関係が見えてくる。

  • 外線: 始状態・終状態の粒子を表す。フェルミオンの外線には、それぞれ\(u_{s_1}(\boldsymbol{k}_1), \bar{u}_{s_1'}(\boldsymbol{k}_1')\) などの自由粒子スピノルを割り当てる。 これは一体系で学んだ波動関数そのものである。

  • 内線: 仮想粒子の伝播を表す。スカラー粒子が伝搬する場合には \(-i \Delta_\phi(q^2)\) を割り当てる。これはファインマンプロパゲーターである。

  • 頂点: 相互作用が起こる点を表す。湯川相互作用の場合、各頂点に \(-iy\) を割り当てる。 また、各頂点でエネルギー・運動量保存が課される。

これらを組み合わせることで、 散乱振幅 \(\mathcal{M}\) を 図を描きながら機械的に構成できる。

始状態と終状態の粒子が同一である場合、 量子力学的には 「どの粒子がどの粒子に散乱されたか」 を区別することはできない。 そのため、散乱振幅は

  • \(t\) チャンネル(粒子1 \(\to\) 粒子1)

  • \(u\) チャンネル(粒子1 \(\to\) 粒子2)

の両方の寄与を足し合わせたものになる。 フェルミオンの場合、 演算子の反交換関係により これら2つの振幅の間には マイナス符号が生じる。 これはパウリの排他律に対応する量子統計効果であり、 ファインマンルールでは 「交換図にマイナス符号を付ける」 という形で表現される。

実際の計算においては、対象とする散乱過程に対応するすべての可能なダイアグラムを書き出し、各ダイアグラムに対してファインマンルールに従ってスピノル、プロパゲーター、結合定数などを割り当てる。複雑な散乱振幅の計算も、このような機械的な手順によって実行できる。

さらに重要なのは、 ファインマンプロパゲーターは 粒子と反粒子の両方を 統一的に含んでいるという点である。 つまり、 時間順序積 \(\langle 0 | T[\hat{\phi}(x_1)\hat{\phi}(x_2)] |0\rangle\) を展開すると、 粒子が \(x_2 \to x_1\) に伝播する寄与と 反粒子が逆向きに伝播する寄与 の両方が含まれている。 したがって、始状態と終状態に 明示的に反粒子が存在しなくとも、 中間状態では 粒子・反粒子対生成や対消滅が 自動的に考慮されている。 これは、 場の演算子が 粒子と反粒子の両方を含む形で構成されていることの 直接の帰結である。