相対論的量子力学 講義ノート
- sec.0 : はじめに
- sec.1 : 非相対論的な量子力学と特殊相対性理論の復習
- sec.2 : クラインゴルドン方程式
- sec.3 : ディラック方程式とガンマ行列
- sec.4 : ローレンツ共変性
- sec.5 : ディラック方程式の解
- sec.6 : 保存量とヘリシティ
- sec.7 : ゲージ原理と電磁場中のディラック方程式
- sec.8: 非相対論的近似
- sec.9 : C, P 変換
- sec.10 : ワイルスピノールとヒッグス機構
- sec.11 : 1粒子の相対論的量子力学の問題点と生成消滅演算子
- sec.12 : スカラー粒子の多体系(スカラー場)
- sec.13 : ディラック場
- sec.14 : 因果律とスピン・統計定理
- sec.15 :光の放射吸収と黒体輻射
- sec.16 :摂動論の概要
はじめに
なぜ"相対論的"な"量子力学"を考えたいのか?
特殊相対性理論の要請を満たすように量子力学を書き直すことで、ミクロな系で光速に近い速度になった場合を扱うことができる
不確定性関係 \(\Delta x \sim 2\pi /\Delta p\) により、よりミクロな世界を調べるためには、より高いエネルギーが必要です。 このため、素粒子などの細かい物質の構成要素を調べるにはミクロ(量子論)で高エネルギー(相対論的)な現象を扱う必要があります。 また、エネルギーと質量の関係式\((E = m c^2)\)により、高エネルギーの粒子同士を衝突させることで重い粒子を生成することができます。これによって、未知の粒子を探索することができます。 このように、素粒子や原子核の分野では、粒子に非常に高いエネルギーを与えてぶつけるような実験が行われています。 高いエネルギーを持って加速された粒子はほぼ光速に近い速度を持つので、相対論的な効果が顕著に現れることになります。
また、一見して相対論的な速度をもたないような状況でも相対論的効果が重要になるような場合があります。 例えば、水素様原子中の電子に対してどれくらい相対論的な効果が表れるかを、原子核の周りを電子が円運動をしているというボーアのモデルで考えてみましょう。ボーアの古典的な模型で電子の速度を計算すると、 \(v = Z \alpha = Z/137\) (\(\alpha = e^2 / 4\pi\), \(Z\)は原子核の電荷)となります。つまり、水素原子中の電子でさえ光速の1% に近い速度を持つことが期待されます。 このため、水素原子のエネルギー準位を考えるうえでも、相対論的補正による影響が観測値に現れます。 もちろん、正確には電子の波動関数は広がっていてこの古典的な描像は正しくないわけですが、相対論的な効果のおおよその大きさはこれで正しく見積もることができます。
より基本的な法則に迫ることで、基礎方程式の形が制限され、予言能力が高まる
特殊相対論で仮定されているように、 あらゆる慣性系で同じ物理法則が成り立つ ためには、量子力学の物理法則をローレンツ共変な形に書き換える必要があります。 相対論的量子力学で学ぶクラインゴルドン方程式やディラック方程式は、ローレンツ共変な形として構成されています。 波動関数が従うべき方程式の形が制限されているということは、それを破るような相互作用を勝手に入れることは許されないため、予言能力が高いということです。 あるべき相互作用をあると予言し、あるべきでない相互作用は存在しない、という予言が得られます。 たとえば、ディラック方程式の非相対論的極限を取ると、スピン軌道相互作用や、異常ゼーマン効果を与えるような相互作用が予言されます。また、スピンや反粒子の自由度が自動的に予言され、それらの理論的な起源が明らかになります。
多体系の粒子を記述する場の量子論への導入部分に位置し、またそれ自体も、外場中の一体問題の近似として有用である
本講義では、相対論的量子力学という分野を、"1粒子系の相対論的量子力学"という意味で扱うことにします。 ただし、1粒子系を扱う相対論的量子力学では、現実に起きている 粒子の生成や消滅を伴うような反応を記述することはできないという限界があります。 そういった反応を考えるためには、多体系を扱うことができる場の量子論を学ぶ必要があります。
基本的には、相対論的量子力学の内容は場の量子論に包含されていますので、"1粒子系の相対論的量子力学"の内容はスキップして場の理論を学んでしまうことも可能ではあります。 しかし、原子の中の電子や、磁場中の粒子など、外場中の粒子を扱いたいとき、電磁場を外場とみなして一体問題へ落とし込んで考えることができます。特に、扱う粒子の質量と比べて低いエネルギーの現象においては、一粒子系は良い近似になっていると期待できます。そのときに、"1粒子系の相対論的量子力学"で学んだことが直接使えます。 たとえば、粒子の磁気モーメントや水素原子のラムシフト等の計算には、場の理論で輻射補正を計算する必要があるものの、最終的にはそれらの効果を取り入れた一体問題を考えることになります。
また、ハドロンの加速器実験ではクォークと反クォークの束縛状態が形成されることがあり、そのエネルギー準位に応じて束縛状態の形成確率や崩壊率が変わります。このエネルギー準位の構造を詳細に調べることで、ハドロンを構成するクォークの性質を理解することができます。 このような2体問題は、重心系で考えると実質的に1体問題に帰着させることができます。つまり水素原子のような安定な構造ではなくとも束縛状態が形成されることがあり、その解析には1体問題の知識が使えるということです。
場の量子論は現代物理学のさまざまな分野での基礎となっています。素粒子や原子核の分野はもちろん、初期宇宙論という宇宙の成り立ちを考える分野でも必須です。物性物理学では考える物質によって多様な場の理論が実現されていて、たとえば対称性の自発的破れによって超伝導状態が実現されるなど、さまざまな興味深い現象が場の量子論の言葉で説明されています。 特に、統計力学と場の量子論は非常に相性がよく、物性物理学で扱うような有限密度系や、初期宇宙で扱うような高温高密度の系も、場の理論で記述することができます。 このような場の量子論を学ぶための前段階として、1粒子系をあつかう場合をまず学ぶというのは、学習の過程として自然なステップだと思います。
本講義の目標
クラインゴルドン方程式やディラック方程式と呼ばれる相対論的な1粒子状態の波動関数が従う方程式を構成し、その解が表すスピンと反粒子の概念について学ぶ。 外場も何もない自由な1粒子状態を考えるだけでも様々な深淵な物理が表れることを見る。
ゲージ原理に従って電磁場中のディラック方程式を考えることで、非相対論的な量子力学で現象論的に導入されていた相互作用が自然に表れることを確認する。 (これを用いて、電子の磁気モーメントや、水素原子のスペクトルなどの観測量を計算することができる。それらの観測値との比較によって、相対論的な影響を検証することができる。)
多粒子系を扱うことができる場の量子論の導入を行い、因果律が満たされていることを確認する。
参考書
教科書は指定しないが、例えば 相対論的量子力学の参考書として以下のものがある。
川村嘉春 「相対論的量子力学」
日笠健一 「ディラック方程式」
J. J. Sakurai and Jim Napolitano, "Modern Quantum Mechanics"
場の理論の教科書における関連部分も参考になる。1
J. J. Sakurai, "Advanced Quantum Mechanics"
M. E. Peskin, "An Introduction To Quantum Field Theory" 2, 3章
M. Srednicki, "Quantum Field Theory" 1,2章,その他
S. Weinberg, "Quantum Theory of Fields, Vol 1" 1, 14.1章
自然単位系
本講義では自然単位系を用いる。 つまり、光速度と換算プランク定数を1に取り、 \[\begin{align} &c = 2.99 \times 10^8 m/s = 1 \\ &\hbar = 6.58 \times 10^{-25} \ \mathrm{GeV} s = 1 \end{align}\] とする。 ここで、 \[\begin{align} &1\ \mathrm{GeV} = 10^9 \ \mathrm{eV} , \\ &1 \ \mathrm{eV} = e \times 1V = 1.60 \times 10^{-19} J, \\ &e = 1.60 \times 10^{-19} C \\ & 1J = 1 C V \end{align}\] である。 量子力学ではプランク定数\(\hbar\)が、相対論では光速\(c\)が物理定数としてたくさん出てくるので、こうすることによって煩雑な式をシンプルに書くことができる。 これは、"相対論的なスケール"や"量子論的な視点"で現象を考えることに対応する。
\(c=1\)の単位系では、時間をメートルの単位で測ることになる。また、\(E=mc^2\)の関係から、質量をエネルギーの単位で測ることになる。 \(\hbar=1\)とすると、さらに長さもエネルギーの単位で測ることになるので、結局すべてをエネルギーの単位で測ることになる。 つまり、次元として \[\begin{align} \mathrm{ [エネルギー] = [運動量] = [質量] = [時間]}^{-1}\mathrm{ = [距離]}^{-1} \end{align}\] という関係になっている。
そこで、残ったエネルギーの単位を一つ決めておく必要がある。 \(e\)の素電荷を持つ粒子を\(1V\)の電圧で加速したときに得るエネルギーを\(1 \ \mathrm{eV}\)と書き、電子のようなミクロな系を扱う場合には自然なエネルギーの単位になっているので、それを採用する。 例えば、水素原子の束縛エネルギーは\(13.6 \ \mathrm{eV}\)と、おおよそeVのオーダーになる。
さらに、クーロンもしくはアンペアの単位も変えて、 \[\begin{align} \epsilon_0 = 8.85 \times 10^{-12} C/(V m) = 1 \end{align}\] も採用することにする。2 すると、素電荷が無次元量になり\(e \simeq 0.3\)となる。3
1. 非相対論的な量子力学と特殊相対性理論の復習
1-1. シュレーディンガー方程式
ある粒子が一つ存在する状態\(\left| \psi \right>\)を考える。 シュレーディンガーの波動方程式は、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \left| \psi (t)\right> = \hat{H} \left| \psi (t)\right>, \label{schrodinger1} \\ \hat{H} = \hat{\boldsymbol{p}}^2/2m + V(\hat{\boldsymbol{x}}) \tag{1.1} \end{align}\] である。 ここで、位置の固有状態\(\left| \boldsymbol{x} \right>\)を用いて波動関数\(\psi(\boldsymbol{x},t) = \left< \boldsymbol{x} | \psi \right>\)に対する方程式に書き直すと、 シュレーディンガーの波動方程式\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \psi(\boldsymbol{x},t) = \left( - \frac{1}{2m} \frac{\partial^2}{\partial\boldsymbol{x}^2} + V(\boldsymbol{x}) \right) \psi(\boldsymbol{x},t), \label{schrodinger2} \tag{1.2} \end{align}\] が得られる。 ここで、\(\left< \boldsymbol{x} \right| \hat{\boldsymbol{p}} = - i \partial/ \partial\boldsymbol{x} \left< \boldsymbol{x} \right|\) を用いた。
\(\rho(\boldsymbol{x},t) \equiv \left| \left< \boldsymbol{x} | \psi (t)\right> \right|^2 = \left\vert {\psi(\boldsymbol{x},t)} \right\vert^2\)は粒子を位置\(x\)に見出す確率の密度と解釈できる。 "全空間を観測すればどこかしらに粒子を見出す確率"が1であり、系に存在する粒子数が1であることから、 規格化条件を\[\begin{align} \int d^3x \rho(\boldsymbol{x},t) = 1, \tag{1.3} \end{align}\] とする。 確率の解釈を別の視点からも考えてみよう。 位置\(\boldsymbol{x}\)における粒子数密度演算子を\(\left|\boldsymbol{x}\right>\left<\boldsymbol{x}\right|\) で定義する。状態\(\left| \psi \right>\)におけるこの演算子の期待値は\(\left<\psi |\boldsymbol{x}\right>\left<\boldsymbol{x}| \psi \right>\)となり\(\rho(\boldsymbol{x},t)\)に一致する。つまり、1粒子状態を考える限り、"粒子を位置\(x\)に見出す確率" = "位置\(x\)における粒子数の期待値"と解釈できる。
量子力学では基本的に粒子数は保存する反応のみを考えていた。そのため、粒子数の保存則を満たしている必要がある。言い換えれば、粒子数を見出す確率の保存則を満たしている必要がある。 これをチェック するために、 [\(\phi^* \times\)(シュレディンガー方程式)\(-\)(シュレディンガー)\(^* \times \phi\)] を計算してみると、\[\begin{align} \frac{\partial\rho}{\partial t} + \nabla \cdot \boldsymbol{j} = 0, \tag{1.4} \end{align}\] となる。ここで、確率の流れのベクトル\(\boldsymbol{j}\)を\[\begin{align} \boldsymbol{j} = \frac{-i}{2m} \left[ \psi^* \nabla \psi - (\nabla \psi^*) \psi \right] \tag{1.5} \end{align}\] と定義した。 これは連続の方程式と呼ばれるもので、これを満たすならば\((\partial/\partial t) \int \rho d^3x = 0\)となることから、全粒子数が保存されていることを保証する。粒子を見出す確率が、確率の流れも考慮すると正しく保存されている、とも言える。
1-2. 電子のスピン
電子は位置を指定しただけではその状態を完全に決定することはできず、スピンと呼ばれる内部自由度がある。 そのため、一つの電子の状態を指定するための波動関数\(\psi\)は、そのスピンの2自由度を含めて\[\begin{align} \psi = \begin{pmatrix} \psi_+(\boldsymbol{x},t) \\ \psi_-(\boldsymbol{x},t) \end{pmatrix} \tag{1.6} \end{align}\] と書く。
電磁場中の電荷\(q\) のスピン\(1/2\)の粒子の波動関数の時間発展を表す方程式を特にシュレディンガー・パウリ方程式と呼び、 4\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \psi = \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A} \right)^2 - \frac{g q}{2 m} \boldsymbol{S} \cdot \boldsymbol{B} + q \Phi \right] \psi, \label{Pauli} \tag{1.7} \end{align}\] であれば実験結果をよく再現することが知られている。 ここで、電磁ポテンシャルを\(A^\mu = (\Phi, \boldsymbol{A})\)とした。 \(\boldsymbol{S} = \boldsymbol{\sigma}/2\) はスピン演算子を表す行列で、\(g \simeq 2\)をg因子という。 パウリ行列\(\boldsymbol{\sigma}\)は、特に\[\begin{align} &\{ \sigma^i, \sigma^j\} \equiv \sigma^i \sigma^j + \sigma^j \sigma^i = 2 \delta^{ij}, \\ &\left[ \sigma^i, \sigma^j \right] \equiv \sigma^i \sigma^j - \sigma^j \sigma^i = 2 i \sum_k \epsilon^{ijk} \sigma^k, \tag{1.8} \end{align}\] を満たす。ここで、\(\epsilon^{ijk}\)は完全反対象テンソルで、\(\epsilon^{123} =1\)とする。 シュレディンガー・パウリ方程式の中の\((-g q/2 m) \boldsymbol{S} \cdot \boldsymbol{B}\)を特にパウリ項と呼び、一様磁場中の原子に対して異常ゼーマン効果を与える。
さらに、スピン軌道相互作用として\[\begin{align} H_{LS} = \frac{1}{2m^2} \frac{1}{r} \frac{\partial V_c}{\partial r} (\boldsymbol{L} \cdot \boldsymbol{S}), \tag{1.9} \end{align}\] を導入すると、原子のスペクトルの微細構造を説明することができる。 これは ナトリウムのD線の観測などによって確かめられている。
パウリ項やスピン軌道相互作用はどこからきたのか?その係数はなにで決まっているのか? 係数を含めて第一原理から導出できるだろうか? これらの相互作用には古典的対応物を持たないスピンが直接関係していることから、古典論からの類推では説明が困難であることが予想される。 一方で、本講義で学ぶ相対論的量子力学では、スピンが自然に現れ、それに伴って上記の相互作用も自動的に現れることになる。
1-3. 特殊相対論の復習
特殊相対論の考え方に従えば、あらゆる慣性系で同じ物理法則が成り立たなければならない。これは、 理論に現れる基礎方程式は本義ローレンツ変換の下で共変でなければならない、とも言い換えることができる。 5
ローレンツ変換では時間と空間が混ざり合って変換されるため、時間と空間をまとめて一つの反変4元ベクトルで表す。\[\begin{align} x^\mu = \begin{pmatrix} x^0 \\ x^1 \\ x^2 \\ x^3 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} t \\ x \\ y \\ z \end{pmatrix} \tag{1.10} \end{align}\] 以下、\(\mu\)などのギリシャ文字の添え字は\(0,1,2,3\)を走り、\(i\)などのローマ文字の添え字は\(1,2,3\)を走るとする。また、\(p^\mu = (p^0, \boldsymbol{p})\)と書くなど、空間3次元のベクトルはボールド体で表す。 さらに、アインシュタインの和の規約を採用し、\(p_\mu x^\mu \equiv \sum_{\mu} p_\mu x^\mu\)と書くなど、同じ文字の上添え字と下添え字が一つづつ出てきている場合は和を取るという約束を取る。
時空の線素を\[\begin{align} ds^2 &= \eta_{\mu \nu} dx^\mu dx^\nu \\ &= -dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2 \tag{1.11} \end{align}\] と書く。ここで、 ローレンツ計量\(\eta_{\mu \nu}\)の符号は\[\begin{align} \eta_{\mu \nu} = \mathrm{diag} (-1, 1,1,1), \tag{1.12} \end{align}\] とした。
座標系の変換で、時空の線素を不変に保つようなものをローレンツ変換と呼ぶ。 つまり、座標変換を\[\begin{align} dx'^\mu = \Lambda^{\mu}_{\ \nu} d x^\nu, \tag{1.13} \end{align}\] と書くと、 時空の線素\(ds^2\)が不変であることから、\[\begin{align} ds^2= \eta_{\mu \nu} dx'^\mu dx'^\nu = \eta_{\mu \nu} dx^\mu dx^\nu \tag{1.14} \end{align}\] より、\[\begin{align} \eta_{\mu \nu} \Lambda^{\mu}_{\ \alpha} \Lambda^{\nu}_{\ \beta} = \eta_{\alpha \beta}, \label{Lorentzeta} \tag{1.15} \end{align}\] を満たすものがローレンツ変換である。
例として、z軸方向に速度vのブーストを行うようなローレンツ変換は、\[\begin{align} \Lambda^{\mu}_{\ \alpha} = \begin{pmatrix} \gamma & 0 & 0 & \gamma v \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ \gamma v & 0 & 0 & \gamma \end{pmatrix} \tag{1.16} \end{align}\] となる。 ここで、\[\begin{align} \gamma = \frac{1}{\sqrt{1-v^2}}, \tag{1.17} \end{align}\] はローレンツのガンマ因子である。
相対論では、座標変換による変換性がどのようになるかが重要である。\(p^\mu\)などの反変ベクトルは座標と同様に\[\begin{align} p'^\mu = \Lambda^{\mu}_{\ \nu} p^\nu \tag{1.18} \end{align}\] となる。一方で、微分\(\partial_\mu\)など下付き添え字の共変ベクトルは\[\begin{align} \partial_\mu &= \left( \Lambda^{\mu}_{\ \nu} \right)^{-1} \partial_\nu \\ &\equiv \Lambda_{\mu}^{\ \nu} \partial_\nu \tag{1.19} \end{align}\] と変換する。 ローレンツ行列の性質\(\eta_{\mu \nu} \Lambda^{\mu}_{\ \alpha} \Lambda^{\nu}_{\ \beta} = \eta_{\alpha \beta}\)を用いると、4元ベクトルやテンソルの添え字の上げ下げを\(\eta_{\mu \nu}\)によって行うことができることがわかる。 また、全ての添え字が縮約されたスカラー量は座標変換によって変化しない。例えば、2つの4元運動量\(p^\mu\)をローレンツ計量で縮約すると、\[\begin{align} m^2 = - \eta_{\mu \nu} p^\mu p^\nu = E^2 - \boldsymbol{p}^2, \tag{1.20} \end{align}\] は座標変換で不変である。
理論を相対論化するということは、物理法則をローレンツ変換によって共変な形(スカラー量であれば不変な形)にするということである。 例えば、Maxwell方程式は\(\partial_\nu F^{\mu \nu} = j^\mu\)のように変数の全てがスカラー、ベクトル、テンソルのいずれかで書かれ、両辺が同じ変換性をもつ形をしている。つまり、ローレンツ変換によって、全体の式の形は変化しない。 相対論的量子力学では、 波動関数が従う方程式をこのようなローレンツ共変な形にすることが一つの目標である。
2. クラインゴルドン方程式
ここで用いる波動関数は、後で出てくるディラック粒子の波動関数\(\psi\)と区別するために\(\phi\)と書くことにする。
2-1. 自由粒子のクラインゴルドン方程式
量子力学で学んだシュレーディンガー方程式 \(i \partial_0 \left| \phi(t)\right> = \hat{H} \left| \phi(t) \right>\) は時間微分が特別扱いされており、このままではローレンツ不変にするのが困難である。 そこで、少なくとも二つの方針が考えられる。 一つは、ハイゼンベルグ表示に移り、時間発展を演算子に押し付け、かつ演算子のラベルに時間のパラメーターだけではなく空間のパラメーターも付け加えることである。これはつまり、演算子を空間にも時間にも依存する"場"のようなものとして考えることであり、まさに場の量子論で行うことである。 6
もう一つの方針は、1粒子状態を位置の固有状態で展開した波動関数 \(\phi(\boldsymbol{x},t) = \left< \boldsymbol{x} | \phi(t) \right>\) が時間と空間の引数を持っていることに着目し、それが従うシュレディンガーの波動方程式をローレンツ共変な形に拡張することである。 これは1粒子状態にのみ着目する限りシンプルで見通しがよく、本講義の前半でもこれを採用して進める。
そこで、 シュレーディンガーの波動方程式\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \phi(\boldsymbol{x},t) = \left( - \frac{1}{2m} \frac{\partial^2}{\partial\boldsymbol{x}^2} + V(\boldsymbol{x}) \right) \phi(\boldsymbol{x},t), \tag{2.1} \end{align}\] に着目しよう。 これは一階の時間微分と二階の空間微分を持っており、時間と空間を同列に扱っておらず、明らかにローレンツ共変ではない。 一方で、波動関数に対する運動量演算子が\(\left<\boldsymbol{x}|\hat{p}^i |\phi(t) \right> = -i \partial_i \phi(\boldsymbol{x},t)\)のように作用することに注目しよう。シュレーディンガー方程式から \(\left<\boldsymbol{x} \right|\hat{H} \left| \phi (t) \right> = i \partial_0 \phi(\boldsymbol{x},t)\) となることもあわせると、\(\hat{p}^\mu = (\hat{H}, \hat{p}^i)\)と定義すれば\[\begin{align} \left<\boldsymbol{x}|\hat{p}^\mu|\phi(t) \right> = -i \eta^{\mu\nu} \partial_\nu \phi(x) \label{eq:hatp} \tag{2.2} \end{align}\] という見かけ上ローレンツ共変のような形に表せる。7
そこで、相対論的なエネルギーと運動量の関係式\(-m^2 = \eta_{\mu\nu} p^\mu p^\nu\) を念頭に、次の量を計算してみよう。\[\begin{align} \left<\boldsymbol{x}| \eta_{\mu\nu} \hat{p}^\mu \hat{p}^\nu |\phi \right> \tag{2.3} \end{align}\] まず、\(\hat{p}^\mu\)を演算子としてそのまま計算すると、上と同様に\[\begin{align} \left<\boldsymbol{x}| \eta_{\mu\nu} \hat{p}^\mu \hat{p}^\nu |\phi \right> = - \eta^{\mu\nu} \partial_\mu \partial_\nu \phi(x) \tag{2.4} \end{align}\] と書ける。 一方で、エネルギー\(E\)と運動量\(\boldsymbol{p}\)の固有状態の完全形で挟んで計算すると、同じ量が\[\begin{align} \left<\boldsymbol{x}\right| \eta_{\mu\nu} \hat{p}^\mu \hat{p}^\nu \sum_{\boldsymbol{p}, i} \left| E,\boldsymbol{p} \right> \left<E,\boldsymbol{p}\right| \left. \phi \right> &= \sum_{\boldsymbol{p}, i} \eta_{\mu\nu} p^\mu p^\nu \left<\boldsymbol{x}\right| \left. E,\boldsymbol{p} \right> \left<E,\boldsymbol{p}\right| \left. \phi \right> \\ &= -m^2 \sum_{\boldsymbol{p}, i} \left<\boldsymbol{x}\right| \left. E,\boldsymbol{p} \right> \left<E,\boldsymbol{p}\right| \left. \phi \right> \\ &= -m^2 \phi(x) \tag{2.5} \end{align}\] とも書き換えられる。 ここで、完全系のラベルで運動量以外のものをまとめて\(i\)と書き、 粒子のエネルギーと運動量の関係式\(-m^2 = \eta_{\mu\nu} p^\mu p^\nu\) を用いた。 従って、\[\begin{align} \left( \partial_\mu \partial^\mu - m^2 \right) \phi(x) = 0 \label{KGeq} \tag{2.6} \end{align}\] という方程式が得られる。これをクラインゴルドン方程式という。
\(\left( \partial_\mu \partial^\mu - m^2 \right)\)の部分はローレンツ変換に対して不変であるので、\(\phi\)がスカラー量であれば、クラインゴルドン方程式はローレンツ変換に対して不変である。 つまり、ローレンツ変換\(x^\mu \to {x'}^{\mu}\)に対して、波動関数\(\phi(x)\)は\[\begin{align} \phi(x) \to \phi'(x') =\phi(x) \label{eq:scalar} \tag{2.7} \end{align}\] と変換するものとする。 ローレンツ変換は座標の回転変換も含むので、それに対してスカラーとして振る舞うということは、この波動関数はスピン0の粒子を表すことがわかる。 8
2-2. 自由場の解
クラインゴルドン方程式の解について考えよう。 とりあえず規格化因子は気にしないことにして、\(k^\mu = (\omega, \boldsymbol{k})\)を用いて\[\begin{align} \phi(x) = e^{i k_\mu x^\mu} \label{KGsol} \tag{2.8} \end{align}\] としてみよう。 これをクラインゴルドン方程式に代入すると\[\begin{align} \left( \omega^2 - \boldsymbol{k}^2 - m^2 \right) e^{i k x} = 0 \tag{2.9} \end{align}\] となり、\[\begin{align} \omega = \pm \sqrt{\boldsymbol{k}^2 + m^2} \label{KGomega} \tag{2.10} \end{align}\] であれば方程式を満たすことがわかる。 振動数\(\omega\)が正と負の二つの解が得られた。
粒子の波動関数はクラインゴルドン方程式を満たすが、クラインゴルドン方程式の解は二つある。もう片方の解は何を表しているのだろうか?それを明らかにするために電磁場との相互作用を考えてみよう。
2-3. 電磁場との相互作用と反粒子
電磁場との相互作用を含めると、クラインゴルドン方程式は以下のようになる。\[\begin{align} \left( \eta^{\mu\nu} \left( \partial_\mu - i q A_\mu \right) \left( \partial_\nu - i q A_\nu \right) - m^2 \right) \phi(x) = 0 \label{KGeq2} \tag{2.11} \end{align}\] ここで、\(q\)は粒子の電荷である。 この相互作用の形は、後々の講義で説明するゲージ原理で決まるもので、ここではそういうものだとして話を進めよう。
質量による静止エネルギーが、他の運動エネルギーや電磁場との相互作用によって生じるエネルギーに比べて非常に大きい場合、 これらの比が小さいとして近似していくことができる。 これを非相対論的近似と呼ぶ。 ひとまず振動数\(\omega\)が正の解に注目して、非相対論的極限を取ってみよう。 第0近似として、クラインゴルドン方程式の正振動数の解は\(\phi(x) \simeq e^{-imt}\)となるので、以下のようにそのファクターを取り出して新しい関数\(\varphi(x)\)を定義する。\[\begin{align} \phi(x) = e^{-imt} \varphi(x), \tag{2.12} \end{align}\] これを上記の電磁場との相互作用を含めたクラインゴルドン方程式に代入して非相対論的極限の次の次数まで残すと、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \varphi= \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A} \right)^2 - q \Phi \right] \varphi, \tag{2.13} \end{align}\] となり、スピンを無視した場合のシュレディンガー・パウリ方程式の形が得られた。
次に、負の振動数の解について考えてみよう。 この場合、天下り的であるが複素数をつけて\[\begin{align} \phi(x) = e^{imt} \chi^*(x) \tag{2.14} \end{align}\] としてみると、 クラインゴルドン方程式は、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} \chi = \left[ - \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{\nabla} + i q \boldsymbol{A} \right)^2 + q \Phi \right] \chi, \tag{2.15} \end{align}\] という形になる。9 つまり、クラインゴルドン方程式の負の振動数の解は、電荷が逆で質量が同じである粒子の波動関数の複素共役をとったものになっていることがわかる。 この、"電荷が逆で質量が同じである粒子"を反粒子と呼ぶ。
2-4. 粒子数の流れ
クラインゴルドン方程式の解\(\phi\)を、電荷の密度を位置\(\boldsymbol{x}\)に見出す確率を表す波動関数と解釈できるか考えてみよう。 そのために、連続の式を満たすような関数\(\rho\)(x)を改めて定義したい。
相対論によると、ローレンツブーストによって空間の長さがローレンツ収縮するため、電荷の密度はローレンツブーストによって変化する。一方、非相対論的量子力学で用いていた単純な\(\left\vert {\phi(x)} \right\vert\)はスカラーであり、ローレンツブーストによって変化しない。 このため、\(\left\vert {\phi(x)} \right\vert\)を粒子密度を位置\(\boldsymbol{x}\)に見出す確率と解釈することはできない。 実際、この量は連続の式を満たさない。
しかし、次の量を定義すると連続の式を満たすことがわかる。\[\begin{align} \rho = \frac{iq}{2m} \left[ \phi^* \frac{\partial\phi}{\partial t} - \frac{\partial\phi^*}{\partial t} \phi \right], \\ \boldsymbol{j} = \frac{-iq}{2m} \left[ \phi^* \nabla\phi - (\nabla\phi^*) \phi \right], \tag{2.16} \end{align}\] さらに、これらは電荷の流れの4元ベクトル\(j^\mu = (\rho, \boldsymbol{j})\)を用いて\[\begin{align} j_\mu = \frac{-iq}{2m} \left[ \phi^* \partial_\mu \phi - (\partial_\mu \phi^*) \phi \right], \tag{2.17} \end{align}\] の形にきれいにまとまることがわかる。実際これはローレンツ変換に対して共変ベクトルとして変換する。 10
非相対論的極限をとるために\(\phi(x) = e^{- i m t}\varphi(x)\)とすると、\(\rho\)は\[\begin{align} \rho(x) \simeq q \left\vert {\varphi(x)} \right\vert^2 , \tag{2.18} \end{align}\] となる。 反粒子に関しても \(\phi(x) = e^{ i m t}\chi^*(x)\)とすると、\(\rho\)は\[\begin{align} \rho(x) \simeq -q \left\vert {\chi(x)} \right\vert^2 , \tag{2.19} \end{align}\] となる。 つまり、\(\rho(x)\)を 電荷密度と解釈することができる。 非相対論的量子力学の場合の\(\rho(x) \equiv |\varphi(x)|^2\)は位置\(x\)に粒子を見出す確率密度であったが、 ここでは改めて電荷を含めて定義したことで、\(\rho(x)\)を位置\(x\)に粒子もしくは反粒子の電荷を見出す確率密度と解釈すべきものとなった。 1112
クラインゴルドン方程式の解は、運動量\(\boldsymbol{k}\)を指定しても二つの別の解があり、その全てを含めて完全系をなす。 エネルギーの固有状態を考える限りは、それらの解は混ざらないため負の振動数の解をそれほど気にする必要はない。 しかし、固有状態ではない一般の状態では、時間発展で正負の振動数の解が混ざっていく。このように混ざっていったときに、正負の振動数の解の両方を常に考慮して初めて\(\rho(x)\)が連続の式を満たし、全電荷が保存する。 このため、負の振動数の解も物理的意味を持っており、正の振動数の解だけを取り出すという操作を勝手に行ってはいけない。 逆に考えると、エネルギー固有状態として負の振動数の状態だけに注目することもでき、 それは上記で見たように反粒子が一つ存在する状態を表している。このように、相対論的量子力学では一般に反粒子の存在が予言される。
スピン0の粒子の具体例としてはヒッグス粒子やパイ中間子などがあるが、安定もしくは長寿命のものはほとんど無い。 また、スピン0の粒子はボソンであり、同じ状態に大量の粒子が集まることができる。 このため、スピン0の粒子に関しては、1粒子系ではなく、むしろ古典的および量子論的な場の理論において様々な興味深い現象が現れる。 そこで、クラインゴルドン方程式に従うスピン0の粒子の1粒子系をこれ以上深く考えることはせず、スピン1/2の粒子を次に考えよう。
2-5. 場の理論からの補足
クラインゴルドン方程式の解は、正の振動数の解と負の振動数の解があり、前者は粒子の波動関数、後者は反粒子の波動関数の複素共役であった。 なぜ反粒子の方には複素共役がつくのかは、場の理論を学ぶと理解できる。 この節は気になる方の参考のために進んだ話を概観しているだけなので、今の時点で理解できなくても良いし、飛ばしてもよい。 また、ここでは、\(k x \equiv k_\mu x^\mu\)と書くと約束する。
場の理論では、クラインゴルドン方程式に従う演算子の場\(\hat{\phi}(x)\)を考える。13 クラインゴルドン方程式の解は\(\omega = \pm \sqrt{\boldsymbol{k}^2 + m^2}\)となる\(e^{ikx}\)であったので、 場\(\hat{\phi}(x)\)を次のように展開することができる。\[\begin{align} \hat{\phi}(x) = \int \frac{d^3k}{(2\pi)^3 2 \omega} \left[ \hat{a}(\boldsymbol{k}) e^{ikx} + \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}) e^{-ikx} \right]_{k^0 = \sqrt{\boldsymbol{k}^2 + m^2}}, \tag{2.20} \end{align}\] 以下では、\(k^0\)を正の値に取り、\(k^0 = \sqrt{\boldsymbol{k}^2 + m^2}\)と約束する。 第一項が正の振動数の解、第二項が負の振動数の解に対応している。
ここで、"展開係数"\(\hat{a}(\boldsymbol{k})\)を運動量\(\boldsymbol{k}\)をもつ粒子を消滅させる演算子、\(\hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k})\)を運動量\(\boldsymbol{k}\)をもつ反粒子を生成する演算子とみなす。 つまり、\(\hat{\phi}(x)\)は位置\(x\)に粒子を消滅させる効果と、位置\(x\)に反粒子を生成する効果の両方を含んでいる。このとき、電荷に注目してみれば、\(\hat{\phi}(x)\)はどちらにせよ電荷を一つ減らす効果をもつ。
また、そのエルミート共役\(\hat{\phi}^\dagger(x)\)は、\[\begin{align} \hat{\phi}^\dagger(x) = \int \frac{d^3k}{(2\pi)^3 2 \omega} \left[ \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) e^{-ikx} + \hat{b} (\boldsymbol{k}) e^{ikx} \right], \tag{2.21} \end{align}\] となり、 粒子を生成する効果と反粒子を消滅させる効果の両方を含んでいる。 これはどちらも電荷を一つ減らす効果をもっている。
何もない真空\(\left| 0 \right>\)に粒子を生成する演算子\(\hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k})\)を作用させると、 運動量\(\boldsymbol{k}\)を持つ1粒子状態\(\left| \phi_{\boldsymbol{k}} \right> \equiv \hat{a}^\dagger(\boldsymbol{k}) \left| 0 \right>\)を作り出すことができる。 これを用いると、この講義で考えていた1粒子状態の波動関数は\[\begin{align} \phi(x) = \left< 0 \right| \hat{\phi}(x) \left| \phi_{\boldsymbol{k}} \right> \tag{2.22} \end{align}\] という量に対応する。 非相対論的な量子力学のように、位置\(\boldsymbol{x}\)に粒子が存在する状態を\(\left| \boldsymbol{x} \right>\)と書いたとすると、\[\begin{align} \left< 0 \right| \hat{\phi}(x) = e^{-i\omega t}\left< \boldsymbol{x} \right| \tag{2.23} \end{align}\] もしくは\[\begin{align} \hat{\phi}^\dagger (x) \left| 0 \right> = e^{i\omega t} \left| \boldsymbol{x} \right> \tag{2.24} \end{align}\] と思ってもよい。14 すると、時間発展からくる因子\(e^{-i\omega t}\)を状態に押しつけるシュレーディンガー描像では、\(\left| \phi_{\boldsymbol{k}}(t) \right> = e^{-i \omega t} \left| \phi_{\boldsymbol{k}} \right>\)として\[\begin{align} \phi(x) = \left< \boldsymbol{x} \right. \left| \phi_{\boldsymbol{k}}(t) \right> \tag{2.25} \end{align}\] のように見慣れた形になる。1516
同様に、反粒子についても次のように考えることができる。 何もない真空\(\left| 0 \right>\)に反粒子を生成する演算子\(\hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k'})\)を作用させると、 運動量\(\boldsymbol{k'}\)を持つ反粒子の1粒子状態\(\left| \chi_{\boldsymbol{k'}} \right> \equiv \hat{b}^\dagger(\boldsymbol{k'}) \left| 0 \right>\)を作り出すことができる。 反粒子の1粒子状態の波動関数は\[\begin{align} \chi(x) = \left< 0 \right| \hat{\phi}^\dagger(x) \left| \chi_{\boldsymbol{k'}} \right> \tag{2.26} \end{align}\] という量に対応する。 複素共役を取ると、\[\begin{align} \chi^*(x) = \left< \chi_{\boldsymbol{k'}} \right| \hat{\phi}(x) \left| 0 \right> \tag{2.27} \end{align}\] となる。\(\hat{\phi}(x)\)はクラインゴルドン方程式を満たすので、\(\chi^*(x)\)もクラインゴルドン方程式を満たす。
本質的には、場の演算子\(\hat{\phi}(x)\)がクラインゴルドン方程式を満たすべきもので、 その帰結として、上の議論から1粒子の波動関数も同じ式を満たすことがわかる。ただし、\(\hat{\phi}(x)\)は粒子を消滅する効果と反粒子を生成する効果という、粒子と反粒子に対してそれぞれ逆の関係を持っており、それを反映して反粒子に関しては複素共役をとったものが同じ方程式を満たすことになっている。
3. ディラック方程式とガンマ行列
クラインゴルドン方程式に従う関数\(\phi(x)\)はローレンツ変換に対してスカラー場として振る舞っていたので、スピン0の粒子の波動関数を表す。 しかし、 非相対論的な量子力学では、電子はスピンという内部自由度を2つ持つことを学んだ。 つまり、 電子のようなスピン\(1/2\)を表すには、多成分の波動関数が従うべき方程式を考えなければならない。 そこで、試しに\(n\)個の成分をもつ波動関数を考えてみよう。 17 それに対応して、波動関数が従うべき方程式やハミルトニアンは\(n\times n\)行列の形になる。 実はそのような多成分の波動関数を考えると、新しい形の方程式もローレンツ共変にできることがわかる。というのも、クラインゴルドン方程式は時間について2階の方程式であったが、多成分にして自由度を増やしたことで、時間微分の階数を減らせる可能性が出てくるからである。 ただし、結局\(n=4\)とすることになるので、最初からそのようにして話を進める。
3-1. ディラック方程式
\(n=4\)個の成分をもつ波動関数\(\psi\)に対して、 ローレンツ共変でかつ時間について一階微分しか含まない方程式を探したい。 ただし、エネルギーと運動量の相対論的な関係式\(E^2 = m^2 + p^2\)も満たすようにしたい。
まず、一階の微分方程式で、ローレンツ共変な形を期待して\(\partial_\mu\)を一つ書く。添え字を潰すためにある定数\(\gamma^\mu\)を導入する。いま、\(\psi\)は\(4\)個の成分をもつと考えているため、それに対応して\(\gamma^\mu\)は一般に\(4\times 4\)行列とする。 つまり、\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu \partial_\mu - m I_{4}\right) \psi(x) = 0, \label{Dirac-eq} \tag{3.1} \end{align}\] の形を考えることにする。 ここで、\(\gamma^\mu\)はそれぞれの\(\mu = 0,1,2,3\)に対して別々の\(4\times 4\)行列であり、 \(I_{4}\)は\(4\times 4\)単位行列である。18 \(m\)はすぐにわかるように粒子の質量を表すパラメーターである。
方針に従えば、この方程式の解はクラインゴルドン方程式も満たして欲しい。 クラインゴルドン方程式と比べるため、\((i \gamma^\nu \partial_\nu + m I_{4})\)を左から作用させると、\[\begin{align} (-\gamma^\nu \partial_\nu \gamma^\mu \partial_\mu - m^2 I_{4}) \psi = 0, \tag{3.2} \end{align}\] となる。従って、\[\begin{align} -\gamma^\nu \partial_\nu \gamma^\mu \partial_\mu =\eta^{\mu\nu} I_{4}\partial_\mu \partial_\nu \label{gamma-def1} \tag{3.3} \end{align}\] を満たすように\(\gamma^\mu\)を取ることができれば、"時間空間について一階の微分方程式で、ローレンツ共変な形で、クラインゴルドン方程式を満たす解を与えるような方程式"が得られたことになる。 19
\(\gamma^\mu\)は定数行列であり微分は作用しないので、 上で得られた条件は、\[\begin{align} \{ \gamma^\mu, \gamma^\nu\} \equiv \gamma^\mu \gamma^\nu + \gamma^\nu \gamma^\mu = - 2 \eta^{\mu\nu}, \label{defgamma} \tag{3.4} \end{align}\] とも書くことができる。この条件を満たすように構成された代数をクリフォード代数と呼ぶ。
\(\gamma^\mu\)の性質を調べる前に、ディラック方程式を書き換えてハミルトニアンの形を求めておこう。 ディラック方程式 \(\left( i \gamma^\mu \partial_\mu - m I_{4}\right) \psi(x) = 0\)に\(\gamma^0\)をかけると、\[\begin{align} \left( i I_{4}\partial_0 + i \gamma^0 \gamma^i \partial_i - \gamma^0 m \right) \psi = 0, \tag{3.5} \end{align}\] となる。 ここで、 "粒子の"波動関数とハミルトニアン\(\hat{H}=\hat{p}^0\)および運動量演算子\(\hat{p}^i\)の関係を思い出し、\[\begin{align} \left<x \vert \hat{p}^\mu|\psi \right> = -i \eta^{\mu\nu} \partial_\nu \psi(x) \tag{3.6} \end{align}\] を念頭におくと、20\[\begin{align} \hat{H} = \gamma^0 (\boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4}), \tag{3.7} \end{align}\] というハミルトニアンが得られる。21 ハミルトニアンはエルミート演算子でなければならないので、 \(\gamma^0\)はエルミート行列で、 \(\gamma^i\)は反エルミート行列でなければならないことがわかる。
\(\psi^\dagger\)の代わりによく使われる量として、 ディラック共役\(\bar{\psi}\)を定義しておく。\[\begin{align} \bar{\psi} \equiv \psi^\dagger \gamma^0 \tag{3.8} \end{align}\] また、電荷の流れを\[\begin{align} &j^\mu \equiv q \bar{\psi} \gamma^\mu \psi % \\ % &\bar{\psi} \equiv \psi^\dagger \gamma^0 \tag{3.9} \end{align}\] と定義すると、ディラック方程式の解は連続の式\(\partial_\mu j^\mu = 0\)も満たすことがわかる。 ただし、\(\rho = q \psi^\dagger \psi\)は常に符号が\(q\)と同一であり、電荷密度と解釈するには後で見るような反粒子の解に対する符号が逆になってしまっている。これはフェルミオンの反可換性と関連しており、場の理論から出発して正しく解釈しなければ解決できない。 ここではあまり気にせず、粒子を表す解に関しては\(\rho(x)\)は正しく電荷密度を与え、また全体として連続の式を満たすとだけ理解しておこう。
3-2. 具体的な\(\gamma\)行列の例
\(\gamma\)行列は、条件 \(\{ \gamma^\mu, \gamma^\nu\} = - 2 \eta^{\mu\nu}\) を満たすように構成したい。 これは具体的には\[\begin{align} &(\gamma^0)^2 = I_{4} \\ &(\gamma^i)^2 = -I_{4} \\ &\gamma^\mu \gamma^\nu = - \gamma^\nu \gamma^\mu \quad \mathrm{for} \quad \mu \ne \nu \tag{3.10} \end{align}\] と書かれる。 特に、最後の式に\(\gamma^\nu\)をかけてトレースを取ると、\(\mathrm{ Tr}[\gamma^\mu] = 0\)が導かれる。 さらに、\((\gamma^0)^2 = I_{4}\)から、固有値は\(\pm1\)しか許されない。これらにより、行列の次数\(n\)は偶数でなければならないことが導かれる。 \(n=2\)ではクリフォード代数を満たすような行列を\(\mu=0,1,2,3\)の4つも持ってくることはできないので、\(n=4\)が最小の行列の組みになることが知られている。 (ただし、質量が0の場合は\(n=2\)でよく、ワイル方程式というものが得られる。)
例えば、\[\begin{align} &\gamma^0 = \begin{pmatrix} I_{2}& 0 \\ 0 & -I_{2} \end{pmatrix} \\ &\gamma^i = \begin{pmatrix} 0 & \sigma_i \\ -\sigma_i & 0 \end{pmatrix} \tag{3.11} \end{align}\] が条件 \(\{ \gamma^\mu, \gamma^\nu\} = - 2 \eta^{\mu\nu}\) を満たすことは容易にチェックできる。 ここで、\(\sigma_i\)はパウリ行列である。 この表示の\(\gamma\)行列はDirac-Pauli表示と呼ぶ。 また、 \(\gamma^0\)はエルミート行列で、\(\gamma^i\)は反エルミート行列\[\begin{align} (\gamma^0)^\dagger = \gamma^0 \\ (\gamma^i)^\dagger = - \gamma^i \tag{3.12} \end{align}\] であることもわかる。
これらとはユニタリー同値な関係 (\(\gamma^\mu \to U^\dagger \gamma^\mu U\)) にある行列の組み合わせも上記の条件を満たす。考えたい問題に合わせて有用な表示を用いるとよい。 たとえば、粒子が相対論的なエネルギーを持っている場合は以下のようなワイル表示を用いるのが便利である。\[\begin{align} \gamma^{0}=\left(\begin{array}{cc} 0 & I_{2}\\ I_{2}& 0 \end{array}\right), \quad \gamma^{i}=\left(\begin{array}{cc} 0 & \sigma_{i} \\ -\sigma_{i} & 0 \end{array}\right) \tag{3.13} \end{align}\] 一方で、Dirac-Pauli表示は非相対論的極限をとった時に見通しが良い。
4. ローレンツ共変性
4-1. ディラックスピノル
ディラック方程式の\(\gamma\)行列はそれぞれ定数の行列である\(\mu = 0,1,2,3\)の4つをまとめて表記したものなので、ローレンツ変換によって変換しない。従って、\(\gamma^\mu\)は添字の\(\mu\)に関して反変ベクトルではなく、特に\(\gamma^\mu \partial_\mu\)はローレンツ不変ではないことに注意する。
それを踏まえた上で、ディラック方程式のローレンツ共変性を確かめよう。 ディラック方程式に従う波動関数\(\psi(x)\)は\(4\)成分持っているので、一般にはローレンツ変換によってそれらの成分が混ざって変換されると考えられる。これはちょうど、座標の回転によってベクトルの成分も回転したり、スピンが混ざり合うことに対応する。 そこで、\(x'^\mu = \Lambda^\mu_{\ \nu} x^\nu\)のローレンツ変換を考えたとき、波動関数は\[\begin{align} \psi(x) \to \psi'(x') \equiv U(\Lambda) \psi(x) \tag{4.1} \end{align}\] と変換されるとする。ここで、\(U(\Lambda)\)はローレンツ変換ごとに決まる\(4\times 4\)行列である。22 すると、座標変換後のディラック方程式は\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu \Lambda_\mu^{\ \nu} \partial_\nu - m I_{n}\right) U(\Lambda) \psi(x) = 0 \tag{4.2} \end{align}\] となる。ここで、\(\gamma^\mu\)は定数の行列なのでローレンツ変換で変わらないことに注意し、さらに \(\partial_\mu' = \Lambda_\mu^{\ \nu} \partial_\nu\) を用いた。 この式に左から\(U(\Lambda)^{-1}\)をかけると\[\begin{align} \left( i U(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu U(\Lambda) \Lambda_\mu^{\ \nu} \partial_\nu - m I_{n}\right) \psi(x) = 0 \tag{4.3} \end{align}\] となる。従って、 \(\Lambda^\mu_{\ \alpha} \Lambda_{\mu}^{\ \nu} = \delta^\nu_\alpha\)を用いると、\[\begin{align} U(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu U(\Lambda) = \Lambda^{\mu}_{\ \alpha} \gamma^\alpha \tag{4.4} \end{align}\] となればディラック方程式がもとの形に戻りローレンツ共変になることがわかる。 23 以下ではこれを満たすような\(U(\Lambda)\)を求める。
4-2. 無限小ローレンツ変換
上記の条件を満たすような\(U(\Lambda)\)を求めるために、まずは無限小ローレンツ変換を考える。\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{ }_{\nu}=\delta^{\mu}{ }_{\nu}+\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu} \tag{4.5} \end{align}\] ここで、\(\left|\omega^{\mu}{ }_{\nu}\right| \ll 1\)として、以下ではこの小さい値の二次以降の展開係数は無視する。 ローレンツ変換の条件 \(\eta_{\mu \nu} \Lambda^{\mu}{ }_{\alpha} \Lambda^{\nu}{ }_{\beta}=\eta_{\alpha \beta}\) より、 \(\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu}\)は\[\begin{align} \eta_{\mu \beta} \delta \omega^{\mu}{}_{\nu} +\eta_{\nu \alpha} \delta \omega^{\alpha}{}_{\beta}=0 \tag{4.6} \end{align}\] を満たさなければならない。 ここで便宜上\(\delta \omega_{\alpha \beta} \equiv \eta_{\alpha \mu} \delta \omega^{\mu}{}_{\beta}\)のように定義すると、\[\begin{align} \delta \omega_{\beta \nu} = -\delta \omega_{\nu \beta} \tag{4.7} \end{align}\] となり、添字に関して反対称でなければならないことがわかる。 このため、\(\delta \omega_{\mu\nu}\)を具体的に以下のように書くことができる。\[\begin{align} \delta \omega_{\mu\nu}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & -\eta_{1} & -\eta_{2} & -\eta_{3} \\ \eta_{1} & 0 & \theta_{3} & -\theta_{2} \\ \eta_{2} & -\theta_{3} & 0 & \theta_{1} \\ \eta_{3} & \theta_{2} & -\theta_{1} & 0 \end{array}\right) \tag{4.8} \end{align}\] もしくは、\[\begin{align} \delta \omega_{\nu}^{\mu}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & \eta_{1} & \eta_{2} & \eta_{3} \\ \eta_{1} & 0 & \theta_{3} & -\theta_{2} \\ \eta_{2} & -\theta_{3} & 0 & \theta_{1} \\ \eta_{3} & \theta_{2} & -\theta_{1} & 0 \end{array}\right) \tag{4.9} \end{align}\] である。ここで、\(\eta_i\)はローレンツブーストのrapidity、\(\theta_i\)は空間回転のパラメーターに対応するものである。
このとき、\(U(\Lambda)\)を無限小パラメーター\(\delta \omega_{\mu\nu}\)について展開すると、\[\begin{align} U(\Lambda)=I_{4} + \frac{i}{4} \delta \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu} \tag{4.10} \end{align}\] と書ける。ここで、\(U(\Lambda)\)は\(4\times4\)行列なので、1次の展開係数に入ってくる\(\sigma^{\mu\nu}\)もそれぞれの\(\mu\nu\)に対して\(4\times4\)行列となり、その具体的な値は以下で決める。 \(\delta \omega_{\mu \nu}\)が反対象であることから、\(\sigma^{\mu\nu}\)も添字\(\mu\nu\)に関して反対象\(\sigma^{\mu\nu} = - \sigma^{\nu\mu}\)である。 また、\(U(\Lambda)\)の逆行列は、\(\delta \omega_{\mu \nu}\)が微小であることに注意すると、\[\begin{align} U^{-1}(\Lambda)=I_{4} - \frac{i}{4} \delta \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu} \tag{4.11} \end{align}\] と書ける。
与えられた任意の\(\Lambda^{\mu}_{\ \alpha}\)に対して \(U(\Lambda)^{-1} \gamma^\mu U(\Lambda) = \Lambda^{\mu}_{\ \alpha} \gamma^\alpha\) を満たす様な\(U(\Lambda)\)を求めたかったので、無限小変換の場合にもこの条件を満たすように\(\sigma^{\mu\nu}\)を決める。 この条件の両辺をそれぞれ計算していくと、\[\begin{align} \left(I_{4}-\frac{i}{4} \delta \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) \gamma^{\mu}\left(I_{4}+\frac{i}{4} \delta \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) &= \gamma^{\mu}+\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu} \gamma^{\nu} \\ \leftrightarrow \quad -\frac{i}{4} \delta \omega_{\alpha \beta} \sigma^{\alpha \beta} \gamma^{\mu}+\frac{i}{4} \gamma^{\mu} \delta \omega_{\alpha \beta} \sigma^{\alpha \beta} &= \delta \omega^{\mu}{ }_{\nu} \gamma^{\nu} \\ \leftrightarrow \quad -\frac{i}{4} \delta \omega_{\alpha \beta}\left[\sigma^{\alpha \beta}, \gamma^{\mu}\right] &= \frac{1}{2} \delta \omega_{\alpha \beta} \left( \eta^{\mu \alpha} \gamma^{\beta} - \eta^{\mu \beta} \gamma^{\alpha} \right) \tag{4.12} \end{align}\] となる。 最後の等式では、右辺を添字\(\alpha \beta\)について反対称になるように書き換えた。 従って、\[\begin{align} \left[\sigma^{\alpha \beta}, \gamma^{\mu}\right]=2 i \eta^{\mu \alpha} \gamma^{\beta} - 2 i \eta^{\mu \beta} \gamma^{\alpha} \tag{4.13} \end{align}\] の条件が得られた。 この条件は、\(\sigma^{\alpha\beta}\)が以下の形であれば満たすことができる。\[\begin{align} \sigma^{\alpha \beta}=\frac{i}{2}\left[\gamma^{\alpha}, \gamma^{\beta}\right] \tag{4.14} \end{align}\] 具体的には、パウリ・ディラック表示で、\[\begin{align} &\sigma^{i j} = \sum_k \epsilon^{ijk} \Sigma^k %\left(\begin{array}{cc} %\epsilon_{i j k} \sigma^{k} & 0 \\ %0 & \sigma^{k} %\end{array}\right), \\ \\ &\sigma^{0 i}=-\sigma^{i0} =\left(\begin{array}{cc} 0 & i \sigma^{i} \\ i \sigma^{i} & 0 \end{array}\right) . \tag{4.15} \end{align}\] となる。ここで、\[\begin{align} %\Sigma=\left(\Sigma^{1}, \Sigma^{2}, \Sigma^{3}\right), \quad \Sigma^{i} \equiv \left(\begin{array}{cc} \sigma^{i} & 0 \\ 0 & \sigma^{i} \end{array}\right) \tag{4.16} \end{align}\] を定義した。
有限のローレンツ変換は、無限小変換\(\delta \omega^{\mu}{ }_{\nu} = \omega^{\mu}{ }_{\nu}/N\)を繰り返し行うことにより、\[\begin{align} \Lambda^{\mu}{}_{\nu} &= \lim _{N \rightarrow \infty}\left(\delta^{\mu}{ }_{\mu_{1}}+\delta \omega^{\mu}{ }_{\mu_{1}}\right)\left(\delta^{\mu_{1}}{ }_{\mu_{2}}+\delta \omega^{\mu_{1}}{ }_{\mu_{2}}\right) \cdots\left(\delta^{\mu_{N-1}}{}_{\nu}+\delta \omega^{\mu_{N-1}}{ }_{\nu}\right) \\ &= \left(e^{\omega}\right)^{\mu}{}_{\nu} \tag{4.17} \end{align}\] と書ける。このとき、\[\begin{align} U(\Lambda)=\exp \left(\frac{i}{4} \delta \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) \tag{4.18} \end{align}\] となる。
例として、\(z\)軸周りの空間回転\(\theta_3\)を考えると、 \(\omega^1{}_2 = - \omega^2{}_1 = \theta\)であるから、\[\begin{align} U(\Lambda)&=\exp \left(\frac{i}{4} 2 \times \omega_{12} \sigma^{12}\right) \\ &= \exp \left(i \theta \frac{\Sigma^3}{2} \right) %= \exp \left(i \eta \sigma_{03}\right)=\left(\begin{array}{cccc} %\cosh \eta / 2 & & \sinh \eta / 2 & \\ %& \cosh \eta / 2 & & -\sinh \eta / 2 \\ %\sinh \eta / 2 & & \cosh \eta / 2 & \\ %& -\sinh \eta / 2 & & \cosh \eta / 2 %\end{array}\right) \tag{4.19} \end{align}\] となり、4成分ある波動関数\(\psi\)の上2成分と下2成分それぞれが、スピン\(1/2\)のように変換することがわかる。 つまり、ディラック方程式の解は、スピン\(1/2\)の粒子と関係していることがわかる。
4-3. \(\gamma\)行列の双一次形式とローレンツ変換性
ディラック共役\[\begin{align} \bar{\psi}(x) \equiv \psi^\dagger(x) \gamma^0, \tag{4.20} \end{align}\] を定義すると、 これはローレンツ変換の下で\[\begin{align} \bar{\psi}(x) \to \bar{\psi}' (x') &= \psi^\dagger (x) \gamma^0 \gamma^0 U^\dagger(\Lambda) \gamma^0 \\ &= \bar{\psi}(x) U^{-1}(\Lambda) \tag{4.21} \end{align}\] と変換する。 ここで、\[\begin{align} \gamma^0 U^\dagger(\Lambda) \gamma^0 = U^{-1}(\Lambda) \tag{4.22} \end{align}\] を用いた。
これにより、 \(\bar{\psi} \psi\)はスカラー、\(\bar{\psi}\gamma^\mu \psi\)はベクトルとして変換することがわかる。特に、4元確率の流れ\(j^\mu\)もベクトルとして変換する。つまり、連続の式\(\partial_\mu j^\mu = 0\)もローレンツ共変な式であることがわかる。
5. ディラック方程式の解
5-1. 静止している場合
一番シンプルな解である\(\nabla \psi = 0\)の場合を考えよう。 これは運動量\(\boldsymbol{k}\)が\(0\)で粒子が静止している場合の解に対応する。 このとき、自由場のディラック方程式は\[\begin{align} i \frac{\partial \psi}{\partial t}= m \gamma^0 \psi \tag{5.1} \end{align}\] となる。パウリ・ディラック表示では\(\gamma^0 = \mathrm{ diag}(1,1,-1,-1)\)であるので、解は\[\begin{align} \begin{array}{ll} u^{1}=e^{-i m t}\left(\begin{array}{l} 1 \\ 0 \\ 0 \\ 0 \end{array}\right), & u^{2}=e^{-i m t}\left(\begin{array}{l} 0 \\ 1 \\ 0 \\ 0 \end{array}\right) \\ u^{3}=e^{i m t}\left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \\ 1 \\ 0 \end{array}\right), & u^{4}=e^{i m t}\left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \\ 0 \\ 1 \end{array}\right) \end{array} \tag{5.2} \end{align}\] となる。ここで、規格化定数は省略した。 座標回転に対する変換性から、\(u_1\), \(u_3\)はスピン\(1/2\)、\(u_2\), \(u_4\)はスピン\(-1/2\)であることがわかる。 クラインゴルドン方程式の時のように、正の振動数を持つ解と、負の振動数を持つ解の両方が得られた。
次に、\(z\)方向に運動している解を調べてみるために、\[\begin{align} \psi=\left(\begin{array}{l} c_{1} \\ c_{2} \\ c_{3} \\ c_{4} \end{array}\right) \exp \left(i k_{z} z-i \omega t\right) \tag{5.3} \end{align}\] とおくと、ディラック方程式は\[\begin{align} \left(\begin{array}{cccc} \omega-m & & -k_{z} & \\ & \omega-m & & k_{z} \\ k_{z} & & -\omega-m & \\ & -k_{z} & & -\omega-m \end{array}\right)\left(\begin{array}{l} c_{1} \\ c_{2} \\ c_{3} \\ c_{4} \end{array}\right)=0 \tag{5.4} \end{align}\] となる。 これは第一成分と第三成分のペア、第二成分と第四成分のペアように二つに分割することができ、\[\begin{align} \left(\begin{array}{cc} \omega-m & -k_{z} \\ k_{z} & -\omega-m \end{array}\right)\left(\begin{array}{l} c_{1} \\ c_{3} \end{array}\right)=0 \\ \left(\begin{array}{cc} \omega-m & k_{z} \\ -k_{z} & -\omega-m \end{array}\right)\left(\begin{array}{l} c_{2} \\ c_{4} \end{array}\right)=0 \tag{5.5} \end{align}\] となる。 前者の方程式を満たす非自明な解が存在するためには、左辺に現れる行列式が\(0\)となる場合で、\[\begin{align} \omega^{2}-m^{2}-k_{z}^{2}=0 \tag{5.6} \end{align}\] つまり\[\begin{align} \omega= \pm \sqrt{m^{2}+k_{z}^{2}} \tag{5.7} \end{align}\] 得られる。もう一つの方程式の場合も同様である。
従って、\(\omega = \sqrt{m^2 + k_z^2}\)の一般解は、\[\begin{align} \psi=\left[u_{1}\left(\begin{array}{c} 1 \\ 0 \\ k_{z} /(\omega+m) \\ 0 \end{array}\right)+u_{2}\left(\begin{array}{c} 0 \\ 1 \\ 0 \\ -k_{z} /(\omega+m) \end{array}\right)\right] \times \exp \left(i k_{z} z-i \omega t\right) \tag{5.8} \end{align}\] であり、 \(\omega = - \sqrt{m^2 + k_z^2}\)の一般解は、\[\begin{align} \psi=\left[u_{3}\left(\begin{array}{c} -k_{z} /(\omega+m) \\ 0 \\ 1 \\ 0 \end{array}\right)+u_{4}\left(\begin{array}{c} 0 \\ k_{z} /(\omega+m) \\ 0 \\ 1 \end{array}\right)\right] \times \exp \left(i k_{z} z-i \omega t\right) \tag{5.9} \end{align}\] となる。 なお、非相対論的極限では\(k_z/(\omega +m) \simeq k_z/2m \ll 1\)となるため、このファクターの部分は小さいことがわかる。
負の振動数の解は何を意味するのだろうか?それはクラインゴルドン方程式の場合のように、反粒子の荷電共役変換の解を表すことが、後でみるように電磁場との相互作用を取り入れた方程式を見るとわかる。 ディラック方程式の解には、粒子の波動関数と、反粒子の荷電共役変換の波動関数が含まれていて、それで完全形をなしている。
エネルギー固有状態ではないなら負の振動数の解が混ざっていくことに注意する。例えば、粒子が局在するように波束を考えると、その時間発展により勝手に正の振動数の解も負の振動数の解も混ざり合っていく。 しかし一方で、例えば水素原子のスペクトルを計算するためには電子の波動関数のエネルギー固有状態に興味があるので、その場合には正の振動数の解も負の振動数の解も混ざらず、負の振動数の解の存在を気にする必要はあまりない。
以下では、エネルギーの固有値のみを考え、負の振動数の解に関してはハミルトニアンに\(-1\)をかけるものとする。 次の章の保存量の議論にはハミルトニアンの符号は関係ないので、結果は粒子についても反粒子についても成り立つ。
5-2. ディラックの解釈と対生成・対消滅・真空偏極
ここで歴史的にディラックが負の振動数の解をどのように解釈したかを説明しておこう。 ディラックの時代では負の振動数の解を負のエネルギーを持った解と解釈していた。というのも、仮に粒子のハミルトニアン\(\hat{H} = \gamma^0 (\boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4})\)をそのまま負の振動数の解にも使ってしまうと、自動的に負のエネルギーが出てしまうからである。 24 しかし、そのような解が存在すると、エネルギーを他に与えることによって再現なくエネルギーが負の無限大に落ち込んでしまう。 ディラックはこの問題を解決するために、我々の存在している真空状態は、負のエネルギーの解に対応する状態がすべて埋まっており、パウリの排他率によってすでに埋まっている負のエネルギー状態に新しく落ち込むことはできないと解釈した。これをディラックの海と呼ぶ。 25
ディラックの海の解釈を信じると、 負エネルギー状態の一つに対してエネルギーを外部から与えることで、正エネルギー状態に励起することが可能だと予想される。そのとき、もともとあった負のエネルギーの状態には"孔"もしくは"ホール"が開くことになる。それは粒子とは逆符号の電荷をもつ粒子として観測できるはずであり、反粒子と呼ぶ。 これを負の電荷をもつ電子に適用すると、正の電荷をもつ反粒子を予言し、それを陽電子と呼ぶ。 実際、1933年にカール・アンダーソンによって陽電子が発見され、ディラック方程式が予言する反粒子の存在が確認された。
負のエネルギー状態の一つを励起した場合、 その負のエネルギーの状態に孔が開くと同時に、正のエネルギー状態に1つの状態が励起される。これは粒子と反粒子が一つづつ生成されたことを意味し、対生成と呼ばれる反応である。この反応の前後でのエネルギーの収支を考えると、この対生成に必要なエネルギーは粒子と反粒子のエネルギーの和になる。反粒子の質量は粒子の質量と同じなので、対生成のための最低エネルギーは粒子の質量の2倍になる。
逆に、初期状態で負のエネルギー状態に孔があった場合、1つの粒子がその孔に落ち込んでその孔を埋めるという反応も考えることができる。 これは、粒子と反粒子が1つずつペアになって消滅する反応であり、対消滅と呼ぶ。これもまたエネルギーの保存則から、対消滅の終状態には、粒子と反粒子の合計エネルギーの分だけ外にエネルギーを放出することになる。実際には光子などのゲージ粒子を2つ出す反応になる。 この対消滅と対生成は逆反応の関係にある。
さらに、こういった対生成に必要なエネルギーがなくとも、時間とエネルギーの不確定性関係により、短い時間スケールの間であれば、対生成および対消滅の反応を繰り返すことができる。この効果によって、ある電荷をもった粒子の周りの真空が偏極することになる。 この真空偏極の大きさは、考えている長さのスケールによって大きさが異なる。 つまり注目する長さのスケールによって、見かけ上の電荷というものが異なる値を持つことになる。この長さのスケールは、エネルギーの逆数のスケールと言い換えることもできる。このため、見かけ上の電荷は、実験しているエネルギースケールによって変化することがわかる。
場の理論に従って計算すると、真空偏極の大きさが無限大になることが知られている。 しかし、実際に観測できるのは見かけ上の電荷のみであり、真空偏極の存在しない状態での電荷を観測することはできないし、真空偏極のみの効果を観測することもできない。 このため、これらの無限大の値が相殺し、実際に観測されている電荷が有限の値を持つと考えることもできる。これをくりこみと言う。 そして、見かけ上の電荷がエネルギースケールによって変化することを記述した方程式を、くりこみ群方程式と呼び、場の理論で予言される最も重要な帰結の一つである。
こういった粒子の対生成や対消滅の反応は、1粒子の相対論的量子力学の範疇を超え、多粒子系を扱うことができる場の理論を用いなければ解析することはできないが、直感的には以上の議論で理解できる。
5-3. パウリの批判について
ディラック方程式の持つ対称性から、反粒子の質量は粒子の質量と等しくなる。また、対生成の反応では、必ず粒子と反粒子がペアで生成される。 このため、宇宙の初期条件として粒子と反粒子の存在量に非対称性が存在していなければ、現在の宇宙も粒子と反粒子が同数存在しなければならない。しかし、それは地球や銀河を構成している物質の中に反粒子がおらず、全てが粒子で構成されていることと矛盾している。 この論理によってパウリはディラックによる反粒子の予言を批判した。 しかし、その後実際に陽電子が観測されたことから、ディラックの予言が正しいことが確認された。
ただし、ディラックの理論が正しいことは証明されても、 このパウリの批判は解決されたことにはならない。 実はこの問題は現在の宇宙論の未解決問題の1つであり、物質反物質非対称性の起源の問題と呼ばれている。 これを解決するためには、理論を荷電共役変換に対して非対称にする必要がある。そしてその非対称な反応を用いて、宇宙の初期に実際に粒子と反粒子の存在量の対称性を生み出す必要がある。
歴史的には、理論に非対称性を導入するために小林・益川理論が提案され、その理論で予言された粒子がその後実際に発見されている。 しかし、小林・益川理論で生成することができる宇宙の物質反物質非対称性は不十分であることがわかっており、現在でも物質反物質非対称性の起源の問題は未解決の問題として残されている。 つまり、現在の素粒子の標準模型は粒子と反粒子を入れ替える変換についてほとんど対称になっており、その模型の範疇では宇宙初期に非対称性を作り出すことはできず、標準模型を超えた物理の存在が必要とされている。
6. 保存量とヘリシティ
量子力学で学んだように、ハミルトニアンと交換する演算子はエネルギー固有状態で同時対角化可能で、それに対応する観測量は保存する。 ディラック方程式に従う粒子のハミルトニアンは\[\begin{align} \hat{H} = \gamma^0 ( \boldsymbol{\gamma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}} + m I_{4}) \tag{6.1} \end{align}\] であるので、明らかに\[\begin{align} \left[ \hat{H}, \hat{\boldsymbol{p}} \right] = 0 \tag{6.2} \end{align}\] となり、運動量が保存する。
また、軌道角運動量\(\hat{L}_i = \epsilon_{ijk} \hat{x}^j \hat{p}^k\)を考えると、例えばその\(z\)成分は\[\begin{align} \left[ \hat{L}_3, \hat{H} \right] = i \gamma^0 ( \gamma^1 \hat{p}^2 - \gamma^2 \hat{p}^1 ) \tag{6.3} \end{align}\] となり、保存しないことがわかる。ここで、\[\begin{align} \left[ \hat{x}^i, \hat{p}^j \right] = i \delta_{ij} \tag{6.4} \end{align}\] を用いた。
一方で、\(\Sigma_i\)については\[\begin{align} \left[ \Sigma_i, \hat{H} \right] &= \sum_j \left[ \Sigma_i, \gamma^0 \gamma^j \right] \hat{p}^j \\ &=2 i \sum_{k,j} \epsilon_{ijk} \left(\begin{array}{cc} 0 & \sigma_k \\ \sigma_k & 0 \end{array}\right) \hat{p}^j \\ &= 2 i \sum_{k,j} \epsilon_{ijk} \gamma^0 \gamma^k \hat{p}^j \tag{6.5} \end{align}\] となる。 ここで、\[\begin{align} \left[ \sigma_i, \sigma_j \right] = 2 i \sum_k \epsilon_{ijk} \sigma_k \tag{6.6} \end{align}\] を用いた。 これらを合わせると、\[\begin{align} \left[ \hat{L}_3 + \frac12 \Sigma_3, \hat{H} \right] = 0 \tag{6.7} \end{align}\] となり、 全角運動量の\(z\)成分\(\hat{J}_3 = \hat{L}_3 + \frac12 \Sigma_3\)が保存することがわかる。 同様に、\(\hat{J}_1\), \(\hat{J}_2\)もハミルトニアンと交換することが示せる。 このため、\(\Sigma_i/2\)は\(i\)方向のスピンを表すことがわかる。
なお、\(\left[ \Sigma_i, \hat{H} \right] = 2 i \sum_{k,j} \epsilon_{ijk} \gamma^0 \gamma^k \hat{p}^j\) で \(\hat{p}^i\)との内積を取ると、\[\begin{align} \left[ \hat{\boldsymbol{p}} \cdot \boldsymbol{\Sigma}, \hat{H} \right] = 0 \tag{6.8} \end{align}\] となり、以下の量が保存することがわかる。26\[\begin{align} \hat{h} \equiv \frac{\boldsymbol{\Sigma} \cdot \hat{\boldsymbol{p}}}{2 \left\vert {\hat{\boldsymbol{p}}} \right\vert} \tag{6.9} \end{align}\] これは運動量の方向に向いたスピンを表し、 ヘリシティと呼ぶ。 \(z\)方向に運動している粒子の場合は、\(z\)方向のスピンを表す。 \(h=1/2\)を右巻き、\(h=-1/2\)を左巻きの状態と呼ぶ。 これが保存量であるので、自由粒子の状態は運動量とヘリシティでラベルすることが多い。
ヘリシティは時間発展では変化せず保存する量であるが、 座標変換でローレンツブーストで粒子を追い抜く系に移るとヘリシティは逆になることに注意する。
7. ゲージ原理と電磁場中のディラック方程式
7-1. ゲージ対称性
古典電磁気学の電場と磁場は、スカラーポテンシャル\(\phi\)とベクトルポテンシャル\(\boldsymbol{A}\)を用いて\[\begin{align} &\boldsymbol{E} = - \nabla \phi - \frac{\partial}{\partial t} \boldsymbol{A} \\ &\boldsymbol{B} = \nabla \times \boldsymbol{A} \tag{7.1} \end{align}\] と書ける。 これは以下のゲージ変換で不変である。\[\begin{align} &\phi \to \phi + \frac{\partial}{\partial t} \lambda \\ &\boldsymbol{A} \to \boldsymbol{A} - \nabla \lambda \tag{7.2} \end{align}\] まとめて、\(A^\mu = (\phi, \boldsymbol{A})\)として、\[\begin{align} A_\mu \to A_\mu + \partial_\mu \lambda \tag{7.3} \end{align}\] とも書くことができる。
また、古典力学において、荷電粒子の非相対論的なハミルトニアンは、\[\begin{align} H = \frac{1}{2m} \left( \boldsymbol{P} - q \boldsymbol{A} \right)^2 + q \phi \tag{7.4} \end{align}\] と書ける。27 つまり、電磁場がない場合と比べて\[\begin{align} p^\mu \to p^\mu - q A^\mu \tag{7.5} \end{align}\] と置き換えればよいことがわかる。
これにさらに量子力学の波動関数に対する量子化の規則と合わせると、\[\begin{align} p^\mu \to - i \eta^{\mu \nu} \partial_\nu - q A^\mu \tag{7.6} \end{align}\] となる。28 これはローレンツ共変な形をしているので、相対論的量子力学でも使えそうだと期待される。 従って、 電磁場中のディラック方程式は\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi(x) = 0, \tag{7.7} \end{align}\] とすると良さそうであることがわかる。
7-2. ゲージ原理
上で得られた電磁場との相互作用が、ゲージ原理という考え方からも結論できることを見てみよう。
まず、真空中のディラック方程式は\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu \partial_\mu - m I_{4}\right) \psi(x) = 0, \tag{7.8} \end{align}\] であるが、これは\(\psi(x) \to e^{i \theta} \psi(x)\)の置き換えによって不変である。
ここで、\(\theta\)に時空の依存性を持たせて\(\theta(x)\)としたとき、\(\psi(x) \to e^{i \theta(x)} \psi(x)\)の置き換えで不変になるようにディラック方程式を書き換えることができるだろうか? このとき、微分が\(\theta(x)\)にも作用することになるので、\[\begin{align} (i \gamma^\mu \partial_\mu) e^{i \theta(x)} \psi(x) = e^{i\theta(x)} \left( i \gamma^\mu \partial_\mu - \gamma^\mu (\partial_\mu \theta) \right) \psi(x) \tag{7.9} \end{align}\] となり、\(\partial_\mu \theta\)の項をキャンセルする項が必要である。 そこで、電荷を\(\theta(x)\)に掛け、\(A_\mu\)を導入し、 ゲージ変換としてまとめて\[\begin{align} \psi(x) \to e^{i q \theta(x)} \psi(x) \\ A_\mu \to A_\mu + \partial_\mu \theta (x) \tag{7.10} \end{align}\] とすると、\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi(x) = 0, \tag{7.11} \end{align}\] はゲージ変換に対して不変であることがわかる。29
\(\psi(x) \to e^{i q \theta(x)} \psi(x)\)の置き換えはU(1)群をなすので、上の変換を特にU(1)ゲージ変換と呼ぶ。理論がU(1)ゲージ変換に対して対称であることを要請することによって、粒子と電磁場との相互作用が得られた。
8. 非相対論的近似
電磁場中のディラック方程式\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi(x) = 0, \tag{8.1} \end{align}\] の非相対論的極限を取ることで、パウリ方程式等が出てくることを確認する。
8-1. パウリ方程式
ディラック・パウリ表示のガンマ行列を、\(2\times2\)のブロック行列で表すと、\[\begin{align} &\gamma^0 = \begin{pmatrix} I_{2}& 0 \\ 0 & -I_{2} \end{pmatrix} \\ &\gamma^i = \begin{pmatrix} 0 & \sigma_i \\ -\sigma_i & 0 \end{pmatrix} \tag{8.2} \end{align}\] となる。以下では、単位行列の\(I_{2}\)などをあらわに書かず、単に\(1\)と書くことにする。 波動関数の方もそれぞれが\(2\)成分もつ\(f(x)\), \(g(x)\)を導入し、クラインゴルドン方程式の時と同様に\(e^{-imt}\)のファクターをあらわに出し、\[\begin{align} \psi(x)=e^{-i m t}\left(\begin{array}{l} f(x) \\ g(x) \end{array}\right) \tag{8.3} \end{align}\] と書くことにする。 このとき、ディラック方程式は、\[\begin{align} \begin{pmatrix} i \partial_0 - q \phi & \boldsymbol{\sigma} \cdot (i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}) \\ - \boldsymbol{\sigma} \cdot (i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}) & -2m - i \partial_0 + q \phi \end{pmatrix} \left(\begin{array}{l} f \\ g \end{array}\right) = 0 \tag{8.4} \end{align}\] となる。
時間微分を形式的に非相対論的なエネルギーを与えるもの \(\partial_0 = - i \delta E\) と約束して計算すると、\[\begin{align} g(x) =-\frac{1 }{2 m + i \partial_0 - q \phi} \boldsymbol{\sigma} \cdot \left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right) f(x) \tag{8.5} \end{align}\] となる。 これを用いてディラック方程式から\(g\)を消去すると、\[\begin{align} (i \partial_0 - q \phi) f(x) + \boldsymbol{\sigma} \cdot (i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}) \left[ \frac{-1 }{2 m + i \partial_0 - q \phi} \boldsymbol{\sigma} \cdot \left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right) \right] f(x) = 0 \tag{8.6} \end{align}\] となる。
ここで、 非相対論的極限を考え、静止エネルギー\(m\)は他のエネルギー成分より非常に大きいと考えて近似していく。例えば、\(2 m + i \partial_0 - q \phi \simeq 2m\)となる。 このとき、上の\(g\)と\(f\)の関係式より、\(g\)は\(f\)より非常に小さい値を取ることがわかる。 つまり、非相対論的極限では、ディラック・パウリ表示での下2成分は上2成分に比べて非常に小さい値を取る。
任意の3次元ベクトル\(\boldsymbol{a}\), \(\boldsymbol{b}\)に対する恒等式\[\begin{align} (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{a})(\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{b})=(\boldsymbol{a} \cdot \boldsymbol{b}) I_{2}+i \boldsymbol{\sigma} \cdot(\boldsymbol{a} \times \boldsymbol{b}) \tag{8.7} \end{align}\] を用いると、\[\begin{align} &\left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A} \right) \cdot \boldsymbol{\sigma} \left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right) \cdot \boldsymbol{\sigma} \\ = &\left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right)\cdot \left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right) + i \boldsymbol{\sigma} \cdot \left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right) \times \left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right) \\ =&\left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right) \cdot \left(i \boldsymbol{\nabla} + q \boldsymbol{A}\right) - q \boldsymbol{\sigma} \cdot \left(\boldsymbol{\nabla} \times \boldsymbol{A}\right) \tag{8.8} \end{align}\] となる。ここで、微分作用素が\(\boldsymbol{A}\)にもかかることに注意した。
これを用いて\(f(x)\)の非相対論的極限の式を整理すると、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} f(x)=\left[ -\frac{1}{2 m} \left( \boldsymbol{\nabla} - i q \boldsymbol{A}(x)\right)^{2} - \frac{q }{2 m} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{B}(x) + q \phi(x)\right] f(x) \tag{8.9} \end{align}\] となり、パウリ項\(-q/(2 m) \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{B}\) も含めてシュレーディンガー・パウリ方程式が得られた。 ここで、磁場は\(\boldsymbol{B} = \boldsymbol{\nabla} \times \boldsymbol{A}\)である。
8-2. 磁気モーメント
パウリ項を\[\begin{align} H_\mathrm{ Pauli} =- \boldsymbol{\mu} \cdot \boldsymbol{B} \tag{8.10} \end{align}\] と書き、 粒子の磁気モーメントを\[\begin{align} \boldsymbol{\mu} = g \frac{q}{2m} \boldsymbol{S} \tag{8.11} \end{align}\] と定義する。ここで、\(\boldsymbol{S} = \boldsymbol{\sigma}/2\)である。 非相対論的なディラック方程式は \(g= 2\)を予言することがわかる。 これは非相対論的な量子力学では天下りに与えられていた係数の値であったが、ディラック方程式からは自動的にその値が予言され、ディラックの理論の成功の一つとなっている。 この項の効果によって、一様磁場中の原子に対する異常ゼーマン効果や、 原子中の陽子の磁気モーメントによる超微細構造などが現れることが知られている。
なお、場の量子論における輻射補正を考慮すると、\(g\)の値が\(2\)から少しずれることが知られており、そのズレを 異常磁気モーメントと呼ぶ。 電子とミューオンの磁気モーメントの現在の実験値は、\[\begin{align} &g_e = 2.00231930436182 (52) \\ &g_\mu = 2.0023318412 (4) \tag{8.12} \end{align}\] となっている。 電子とミューオンの値が6桁まで一致しているのは、電磁相互作用による補正が\((g-2)/2 = \alpha/(2\pi)\)で共通に入るためである。 電子に関しては理論計算と誤差の範囲内で一致しており、場の理論が驚異的な精度で正しいことを示している。 一方で、ミューオンに関しては理論計算との有意なズレがあることが知られている。このズレは、未知の物理の影響が表れている可能性などが議論されており、素粒子現象論の研究テーマの一つとなっている。
8-3. 水素様原子のスピン軌道相互作用と微細構造
ここでは、水素様原子中の最外殻の電子を考える。水素様原子とは、閉殻に全ての電子が詰まったものに加えて電子が一つ余分にある系のことを指す。 このとき、注目する最外殻の電子は、原子核および閉殻に詰まった電子の分布が作り出すクーロンポテンシャルを感じる。水素様原子の閉殻の球対称性から、クーロンポテンシャルは\[\begin{align} &A^0 = \phi(r) \\ &\boldsymbol{A} = 0 \tag{8.13} \end{align}\] と書ける。 このとき、上記で見たように 非相対論的極限における0次の方程式は\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} f(x)=\left[ -\frac{1}{2 m} \boldsymbol{\nabla}^{2} + q \phi(x)\right] f(x) \label{H-like-0} \tag{8.14} \end{align}\] となる。 さらに、非相対論的極限における1次の項を考えると、そのうちの一部がスピン軌道相互作用を出すことが以下のようにしてわかる。
8.1節で用いていた非相対論的な近似のなかで、\[\begin{align} \frac{1}{2 m + i \partial_0 - q \phi} \simeq \frac{1}{2m} + \frac{q\phi - i \partial_0}{4 m^2}, \tag{8.15} \end{align}\] という項があったが、これを一次の項まで残して考える。 すると、特に\[\begin{align} & i \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \left[ \frac{-1 }{2 m + i \partial_0 - q \phi} \left( i \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} f(x) \right) \right] \\ \simeq & \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \left[ \left( \frac{1}{2m} + \frac{- i \partial_0}{4 m^2} \right) f(x) \right] + \frac{1}{4m^2} \left[ \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \left( q \phi \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} f \right) \right], \tag{8.16} \end{align}\] となる。 さらに、逐次近似として、近似の0次の方程式Eq.\UTF{00A0}([H-like-0])を1次の項の時間微分に用いて変形すると、\[\begin{align} &\simeq \frac{\boldsymbol{\nabla}^2}{2m} f + \frac{\boldsymbol{\nabla}^2 \boldsymbol{\nabla}^2 }{8m^3} f - \frac{1}{4m^2} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \left( q \phi f \right) + \frac{1}{4m^2} \left[ \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \left( q \phi \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} f \right) \right], \\ &= \frac{\boldsymbol{\nabla}^2}{2m} f + \frac{\boldsymbol{\nabla}^2 \boldsymbol{\nabla}^2 }{8m^3} f - \frac{1}{4m^2} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \left[ \left( \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} q \phi \right) f \right], \tag{8.17} \end{align}\] となる。 ここで\(\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} = \boldsymbol{\nabla}^2\)を用いた。 第一項は0次の方程式、 第二項は運動エネルギーの相対論的補正の一次の項を表す。 第三項に注目し、\(\phi = \phi(r)\)であることを用いて、\[\begin{align} \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla} (q \phi) = \frac{\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{r}}{r} q \frac{\partial\phi}{\partial r} \tag{8.18} \end{align}\] と変形しておき、\[\begin{align} (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{\nabla}) (\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{r}) &= \boldsymbol{\nabla} \cdot \boldsymbol{r} + i \boldsymbol{\sigma} \cdot ( \boldsymbol{\nabla} \times \boldsymbol{r}) \\ &= \boldsymbol{\nabla} \cdot \boldsymbol{r} + \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{L} \tag{8.19} \end{align}\] を用いると、\[\begin{align} \text{(第三項)} = - \frac{q}{4m^2} \frac{1}{r} \left( \frac{\partial\phi}{\partial r} \right) \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{L} f - \frac{q}{4m^2} \boldsymbol{\nabla} \cdot \left[ \frac{\boldsymbol{r}}{r} \left( \frac{\partial\phi}{\partial r} \right) f \right], \tag{8.20} \end{align}\] となる。
スピンを\(\boldsymbol{S} = \boldsymbol{\sigma}/2\)として、 全てまとめると、\[\begin{align} i \frac{\partial}{\partial t} f(x)=\left[ -\frac{\boldsymbol{\nabla}^{2}}{2 m} - \frac{\boldsymbol{\nabla}^2 \boldsymbol{\nabla}^2 }{8m^3} + q \phi(x) + \frac{q}{2m^2} \frac{1}{r} \left( \frac{\partial\phi}{\partial r} \right) \boldsymbol{L} \cdot \boldsymbol{S} + \frac{q}{4m^2} \boldsymbol{\nabla} \cdot \frac{\boldsymbol{r}}{r} \left( \frac{\partial\phi}{\partial r} \right) \right] f(x) \tag{8.21} \end{align}\] となる。 非相対論的量子力学で天下り的に与えられていたスピン軌道相互作用が表れ、その係数も実験から示唆されている値と一致していることがわかる。 右辺の第二項は単に\(E = \sqrt{p^2 + m^2} \simeq m + p^2/2m - p^4/8m^3\)の展開からくるものと理解できる。
スピン軌道相互作用によって、水素様原子の微細構造が表れる。 これはナトリウムの D 線の分岐によって実際に観測されている。
9. C, P 変換
9-1. 荷電共役変換
電磁場中のディラック方程式\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi(x) = 0, \tag{9.1} \end{align}\] の全体に対して複素共役を取ると、\[\begin{align} \left( -i (\gamma^\mu)^* (\partial_\mu + i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi^*(x) = 0, \tag{9.2} \end{align}\] となる。ここで、\[\begin{align} \left(C \gamma^{0}\right) \gamma^{\mu *}\left(C \gamma^{0}\right)^{-1}=-\gamma^{\mu} \tag{9.3} \end{align}\] となるような行列\(C\)が存在したとすると、\[\begin{align} & \left( i \gamma^\mu (\partial_\mu + i q A_\mu) - m I_{4}\right) \psi^{c} = 0, \\ &\psi^{c} \equiv C \gamma^{0} \psi^{*} = C \bar{\psi}^T \tag{9.4} \end{align}\] となる。 \(\psi^{c}\)を波動関数の荷電共役変換と呼び、それは電荷の符号もしくはゲージ場\(A_\mu\)の符号を反転したディラック方程式を満たすことがわかる。 言い換えれば、電磁場中のディラック方程式は\[\begin{align} &A_\mu \to - A_\mu \\ &\psi \to \psi^c \tag{9.5} \end{align}\] という変換に対して対称であるといえる。この変換は粒子と反粒子を入れ替える変換になっており、荷電共役変換もしくはC変換と呼ぶ。
ディラック・パウリ表示では、\[\begin{align} &(\gamma^\mu)^* = \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 0,1,3 \\ &(\gamma^\mu)^* = - \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 2 \tag{9.6} \end{align}\] であることに注意すると、\[\begin{align} C=i \gamma^{2} \gamma^{0}=\left(\begin{array}{cccc} 0 & 0 & 0 & -1 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 1 & 0 & 0 & 0 \end{array}\right) \tag{9.7} \end{align}\] とすれば、\[\begin{align} &\left(C \gamma^{0}\right) \gamma^{\mu *}\left(C \gamma^{0}\right)^{-1} \\ = &- \gamma^2 (\gamma^{\mu})^* \gamma^2 \\ = &- \gamma^\mu \tag{9.8} \end{align}\] となり、上記の欲しい条件を満たすことがわかる。30
9-2. パリティ変換
次に、空間反転を考える。これはパリティ変換もしくはP変換とも呼ぶ。 これは座標変換として、\[\begin{align} &x^{\prime \mu} = \Lambda^{\mu}{}_{\nu} x^{\nu} \\ &\Lambda^{\mu}{}_{\nu} = \left(\begin{array}{cccc} 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & -1 \end{array}\right) \tag{9.9} \end{align}\] および\[\begin{align} &\psi \to \psi^{\prime}\left(x^{\prime}\right)=P \psi(x) \\ &A^0 \to A^{\prime 0} (x') = A^0 (x) \\ &\boldsymbol{A} \to \boldsymbol{A}^{\prime}(x') = - \boldsymbol{A} (x) \tag{9.10} \end{align}\] とするような変換である。ここで、\(P\)は以下で決める\(4\times4\)行列である。 この変換により、電磁場中のディラック方程式は\[\begin{align} &\left[i \gamma^{\mu} \left( \partial'_\nu - i q A'_\nu(x') \right) -m \right] \psi^{\prime}\left(x^{\prime}\right)=0 \\ &\leftrightarrow \left[i P^{-1} \gamma^{\mu} \Lambda_{\mu}{}^{\nu} P \left( \partial_\nu - i q A_\nu(x) \right) -m \right] \psi(x)=0 \tag{9.11} \end{align}\] となる。ここで、\[\begin{align} \left(\Lambda_{\mathrm{S}}\right)^{\nu}{ }_{\mu} \gamma^{\mu}=P^{-1} \gamma^{\nu} P \tag{9.12} \end{align}\] となるような行列\(P\)が存在すればもとの電磁場中のディラック方程式に戻るため、方程式はパリティ変換に対して対称であるといえる。
任意の表示で、\[\begin{align} &\gamma^0 \gamma^\mu \gamma^0 = \gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 0 \\ &\gamma^0 \gamma^\mu \gamma^0 = -\gamma^\mu \quad \mathrm{ for} \ \mu = 1,2,3 \tag{9.13} \end{align}\] となるので、 \(\eta_{\mathrm{P}}\)を位相因子として\[\begin{align} P=\eta_{\mathrm{P}} \gamma_{0} \tag{9.14} \end{align}\] とすれば上記の条件を満たすことがわかる。
また、ディラック共役に対しては\[\begin{align} \bar{\psi} \to \bar{\psi}' = \bar{\psi} P^{-1} \tag{9.15} \end{align}\] と変換するので、\[\begin{align} \bar{\psi} \gamma^{\mu} \psi \to \bar{\psi}^{\prime}\left(x^{\prime}\right) \gamma^{\mu} \psi^{\prime}\left(x^{\prime}\right)=\bar{\psi}(x) P^{-1} \gamma^{\mu} P \psi(x)=\Lambda^{\mu}{}_{\nu} \bar{\psi}(x) \gamma^{\nu} \psi(x) \tag{9.16} \end{align}\] となる。\[\begin{align} \gamma^5 \equiv i \gamma^0 \gamma^1 \gamma^2 \gamma^3 \tag{9.17} \end{align}\] を定義すると、\[\begin{align} &\{ \gamma^\mu, \gamma^5\} = 0, \\ &[\sigma^{\mu \nu}, \gamma^5] = 0, \\ &(\gamma^5)^2 = I_{4} \tag{9.18} \end{align}\] を満たす。 これにより、 \(\bar{\psi}\gamma^5 \psi\)および \(\bar{\psi}\gamma^\mu \gamma^5 \psi\)は パリティ変換で余計に符号を変え、 それぞれ擬スカラーおよび擬ベクトルとなることがわかる。
10. ワイルスピノールとヒッグス機構
10-1. ワイル表現とローレンツ変換性
これまでは非相対論的な極限を見ることを念頭に置いてディラック・パウリ表示のガンマ行列を用いていた。一方で、相対論的な極限や、質量がない粒子を扱いたい場合にはワイル表示(カイラル表示)のガンマ行列を用いるのが有用である。 この表示ではガンマ行列は具体的に以下のように表される。\[\begin{align} \gamma^{\mu}=\left(\begin{array}{cc} 0 & \sigma^{\mu} \\ \bar{\sigma}^{\mu} & 0 \end{array}\right), \quad \sigma^{\mu} \equiv(I_{2}, \sigma), \quad \bar{\sigma}^{\mu} \equiv(I_{2},-\sigma) \tag{10.1} \end{align}\] この表示を用いると,質量 \(m\) の粒子に関するディラック方程式は\[\begin{align} \left(\begin{array}{cc} -m \, I_{2}& i \sigma^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \\ i \bar{\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) & -m \, I_{2} \end{array}\right)\left(\begin{array}{l} \xi(x) \\ \eta(x) \end{array}\right)=\left(\begin{array}{l} 0 \\ 0 \end{array}\right) \tag{10.2} \end{align}\] となる。ここで、波動関数を二成分ずつに分けて書いた。
また、ワイル表示では \[\begin{align} \sigma^{\alpha \beta} &=\frac{i}{2}\left[\gamma^{\alpha}, \gamma^{\beta}\right] \\ &= \frac{i}{2} \left(\begin{array}{cc} \sigma^{\alpha} \bar{\sigma}^\beta - \sigma^{\beta} \bar{\sigma}^{\alpha} & 0 \\ 0 & \bar{\sigma}^{\alpha} \sigma^\beta - \bar{\sigma}^{\beta} \sigma^{\alpha} \end{array}\right) \tag{10.3} \end{align}\] となる。つまり、\[\begin{align} &\sigma^{0 i} =\left(\begin{array}{cc} - i \sigma^{i} & 0 \\ 0 & i \sigma^{i} \end{array}\right) \\ &\sigma^{i j} =\left(\begin{array}{cc} \sum_k \varepsilon^{i j k} \sigma^{k} & 0 \\ 0 & \sum_k \varepsilon^{i j k} \sigma^{k} \end{array}\right) = \sum_k \varepsilon^{i j k} \Sigma^{k} \tag{10.4} \end{align}\] となる。 この行列がブロック対角化されていることから、 ディラックスピノールに作用するローレンツ変換(\(\psi(x) \to \psi'(x') = U(\Lambda) \psi(x)\))の行列である\[\begin{align} U(\Lambda) &= \exp \left(\frac{i}{4} \omega_{\mu \nu} \sigma^{\mu \nu}\right) \\ &= \left(\begin{array}{cc} \exp \left(i \boldsymbol{\theta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}+ \boldsymbol{\eta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right) & 0 \\ 0 & \exp \left(i \boldsymbol{\theta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}- \boldsymbol{\eta} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2}\right) \end{array}\right) \tag{10.5} \end{align}\] もブロック対角化されており、ディラックフェルミオンの上二成分と下二成分が別々に変換されることを表している。つまり、\(\xi\)と\(\eta\)はローレンツ変換によっては混ざらない。 群論の言葉で言えば、表現空間が既約分解されている。
10-2. カイラリティ
ワイル表示において、\(\gamma^5\)は\[\begin{align} \gamma_{5}=\left(\begin{array}{cc} -I & 0 \\ 0 & I \end{array}\right) \tag{10.6} \end{align}\] となる。これをカイラリティと呼ぶ。\(\xi\)と\(\eta\)はカイラリティの固有状態でもある。 左巻きと右巻きのカイラリティを取り出すには、\[\begin{align} \psi_{\mathrm{L}} \equiv \frac{1-\gamma_{5}}{2} \psi=\left(\begin{array}{c} \xi(x) \\ 0 \end{array}\right), \quad \psi_{\mathrm{R}} \equiv \frac{1+\gamma_{5}}{2} \psi=\left(\begin{array}{c} 0 \\ \eta(x) \end{array}\right) \tag{10.7} \end{align}\] のようにすればよい。
なお、パリティ変換\(P = \eta_P \gamma^0\)によって、\[\begin{align} P \left(\begin{array}{c} \xi \\ \eta \end{array}\right) = \eta_P \left(\begin{array}{c} \eta \\ \xi \end{array}\right), \tag{10.8} \end{align}\] となり、\(\xi\)と\(\eta\)が入れ替わる。 また、\(C\)変換\(C = i \gamma^2 \gamma^0\)によって、\[\begin{align} \psi^c = \left(\begin{array}{c} i \sigma^2 \eta^* \\ - i \sigma^2 \xi^* \end{array}\right), \tag{10.9} \end{align}\] となり、やはり\(\xi\)と\(\eta\)が混ざって変換する。 しかし、\(C\)と\(P\)変換を同時に行うと、\[\begin{align} \psi_\mathrm{ CP} = \eta_P \gamma^0 C \gamma^0 \psi^* = \left(\begin{array}{c} - i \eta_P \sigma^2 \xi^* \\ i \eta_P \sigma^2 \eta^* \end{array}\right), \tag{10.10} \end{align}\] となり、\(\xi\)と\(\eta\)はそれぞれの中で変換する。
10-3. masslessの場合
ここで、質量がない粒子(\(m=0\))を考えると、ディラック方程式は\[\begin{align} i \bar{\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \xi(x)=0 \\ i {\sigma}^{\mu} (\partial_{\mu} - i q A_\mu) \eta(x)=0 \tag{10.11} \end{align}\] となるため、\(\xi\)と\(\eta\)は時間発展によっても混ざることはない。 \(\xi\)と\(\eta\)が従う方程式をワイル方程式と呼び、それが表す波動関数をワイルスピノールと呼ぶ。
以下では電磁場がない場合を考える。 このときの\(\xi\)のワイル方程式の解は、 \(\xi(x) = e^{-i k_\mu x^\mu} u(x)\) として\[\begin{align} &\bar{\sigma}^\mu k_\mu u(x) = 0 \\ \leftrightarrow &( \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{k}) u(x) = - k^0 u(x), \tag{10.12} \end{align}\] を満たす。 ここで、 ヘリシティを2成分波動関数\(\xi\)および\(\eta\)に対して作用するように定義しなおして、\[\begin{align} h \equiv \frac{\boldsymbol{k}}{\left\vert \boldsymbol{k} \right\vert} \cdot \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} \tag{10.13} \end{align}\] とすると、ワイル方程式を満たす\(u\)はヘリシティー\(-1/2\)の固有状態であることがわかる。つまり、左巻き粒子の解を表す。 同様に、\(\eta(x) = e^{-ik_\mu x^\mu} v(x)\)はヘリシティー\(+1/2\)の固有状態で、右巻き粒子を表す。 質量がない粒子に対しては、カイラリティとヘリシティは一致する。
従って、\(\xi\)と\(\eta\)を完全に別々に扱い、それぞれを適切に規格化しておけば、別々の粒子の波動関数を表すと思ってもよい。\(\xi\)はヘリシティー\(-1/2\)の粒子および反粒子を表す波動関数であり、 \(\eta\)はヘリシティー\(+1/2\)の粒子および反粒子を表す波動関数となる。 別々に扱うということは、どちらか一つだけを導入することもできる。このとき、パリティ変換と\(C\)変換は定義できないが、両方を同時に行う\(CP\)変換は定義できることに注意する。例えば、\[\begin{align} \xi_\mathrm{ CP} = - i \eta_P \sigma^2 \xi^* \tag{10.14} \end{align}\] となる。
10-4. ヒッグス機構(の簡単な模型)
素粒子の標準模型においては、ディラックスピノールではなくワイルスピノールが基本的な粒子の構成要素となっている。特に、弱い相互作用はカイラリティが左巻きの粒子にしか作用せず、パリティ対称性も破っている。
ワイルスピノールが基本的な構成要素であった場合には、単純には質量項を書き下すことができない。このような場合に質量を与える機構として、ヒッグス機構というものが考えられている。 これを理解するためにまずディラックフェルミオンが従うディラック方程式に立ち戻ってみよう。\[\begin{align} (i \gamma^\mu (\partial_\mu - i q A_\mu(x)) - m I_{4}) \psi(x) = 0 \tag{10.15} \end{align}\] ここで、\(A_\mu(x)\)は背景電磁場を表すベクトル場である。一方で、質量\(m\)はスカラー量である。 このスカラー量を、スカラー場で置き換えてみることを考える。つまり、\(y\)をある定数、\(\phi(x\))をスカラー場として、\(m = y \phi(x)\)としてみよう。
スカラー場の配位として、全空間で一様 (空間によらない定数) になっているような解が実現されていたとする。 その値を\(\phi(x) = v\)とすると、上記のディラック方程式は単に質量\(m = y v\)をもつディラック方程式に帰着される。
本質的には\(\psi\)を二つに分解した\(\chi\)と\(\eta\)が基本的な構成要素と考え、それらを結びつける質量項はないと考えていた。しかし、それらは\(\phi(x)\)との相互作用を通して結びついていると考えることはできる。そのとき、\(\phi(x)\)が一様に有限な値を持っていれば、\(\chi\)と\(\eta\)を混ぜて質量を獲得させることができる。これがヒッグス機構(の中の一部の効果)である。
\UTF{00A0}
ところで、上記のディラック方程式の中では電磁場はベクトル場\(A_\mu(x)\)で表されており、その解は古典的なマクスウェル方程式で決定される。 同様に、スカラー場\(\phi(x)\)の値は、スカラー場が従う運動方程式で決定されていると考える。
そこで、\(\phi(x)\)の値を決めるための方程式はどのようになっているかを考えてみよう。 \(A_\mu(x)\)がローレンツ共変なマクスウェル方程式によって決定されることを思い出すと、\(\phi(x)\)も同様にローレンツ共変な式に従うことが期待される。 ローレンツ共変な式で、スカラー場が従う運動方程式は、例えばクラインゴルドン方程式がある。\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu \phi(x) = m^2 \phi(x) \tag{10.16} \end{align}\] ただし、いまは\(\phi(x)\)は波動関数ではなく、古典的なスカラー場であることに注意する。 ここでさらに、\(m^2\phi(x)\)の部分を\(\phi(x)\)の任意関数に置き換えてもローレンツ共変になっていることに注意すると、\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu \phi(x) = V'(\phi), \tag{10.17} \end{align}\] と拡張することもできそうだと考えられる。 これを認めた上で、\[\begin{align} V(\phi) = - \frac{m^2}{2} \phi^2 + \frac{\lambda}{4} \phi^4, \tag{10.18} \end{align}\] であった場合を考えてみよう。 このとき、\(\phi(x) = (\mathrm{ const.})\)となる解が存在し、\[\begin{align} \phi(x) = \pm \frac{m}{\sqrt{\lambda}} \tag{10.19} \end{align}\] となる。
\UTF{00A0}
補足1: スカラー場のラグランジアンを考えると、\(V(\phi)\)がスカラー場のポテンシャルになっている。 この\(V(\phi)\)は\(\phi \to - \phi\)の置き換えについて対象となっているが、\(V(\phi)\)の最小点 (\(\phi = \pm m / \sqrt{\lambda})\)を一つ選んで真空を定義すると、その真空は\(\phi \to - \phi\)の置き換えについて対象となっていない。つまり、ポテンシャルエネルギーの最小点の一つで真空を定義すると、対称性が破れていることになる。これを対称性の自発的破れと呼ぶ。
\UTF{00A0}
補足2: 低エネルギーでは、ヒッグス場はポテンシャルの安定点(真空)に留まっており、ポテンシャルの全体の形が効くことはない。しかし、宇宙初期のような超高温状態では、宇宙全体でヒッグス場が励起して対称性が回復することがある。
宇宙の始まりの時期からの時間発展を追っていくと、宇宙が高温状態から出発して、その温度がだんだんと冷えていくことが知られている。その課程で臨界温度に到達すると、ヒッグス場が相転移を起こし、対称性が自発的に破れることになる。 このように、ヒッグス機構や対称性の自発的破れのメカニズムは、素粒子の標準模型を矛盾無く綺麗に記述するための道具というだけではなく、宇宙の成り立ちや歴史を理解する上でも重要になっている。
11. 1粒子の相対論的量子力学の問題点と生成消滅演算子
11-1. 1粒子の相対論的量子力学の問題点
これまでの講義では、1粒子の相対論的な粒子を表す波動関数が従うべき方程式を見てきた。これは、場の理論の観点からは、粒子数が変わらないような低エネルギーでの有効理論を考えていることに相当する。 しかし相対論の考え方の下では、\(E = mc^2\)の関係式からエネルギーから粒子を作り出すことができる。特に、ディラックの海の議論では粒子と反粒子の対生成および対消滅が起きることが予想されたが、これまでの定式化の中でそれを計算することは簡単ではない。 また、多体系の波動関数を考えたいときには、粒子それぞれの位置に対して変数\(\boldsymbol{x}_i\)が用いられる一方で、時刻\(t\)は共通なものを用いなければならず、理論のローレンツ共変性を損なってしまう可能性がある。
さらに、ディラック方程式の予言として\(g\)因子の2という値が自然に説明されたが、現代の実験精度では\(2\)からわずかにずれていることも知られている。このズレの存在は、ディラック方程式が完全な方程式ではないことを示唆している。 この理論値と実験値のズレの起源を探求することで、より根源的な理論に近づくことができると期待される。実はこのズレの効果は、真空中でも粒子と反粒子の対生成対消滅が絶え間なく起こっていることに関連しており、やはり粒子の生成消滅を考慮することができる理論を考える必要があることを示唆している。
よりテクニカルな問題としては、これまで説明してきた理論の定式化の範囲では反粒子の記述方法や解釈が明確ではなかったことが挙げられる。 クラインゴルドン方程式やディラック方程式の解には粒子と反粒子の解が含まれているが、 反粒子に関してはその波動関数の複素共役が取られてしまっており、粒子と反粒子の統一的な解釈が困難である。さらに、ディラックフェルミオンの場合にはハミルトニアンの符号が逆転してしまっているのに加えて、電荷の流れの量を定義しても反粒子の電荷の符号が正しく出ない。 つまり、粒子と反粒子の状態について、恣意的な操作をせずに統一的に扱えるような形式になっていない。 これまでの講義で主に考えていたような1粒子のエネルギーの固有状態に着目する上ではあまり問題は生じないが、 エネルギー固有状態ではない一般の状態を正しく考えることは非常に困難である。
11-2. 量子力学の基本原理と場の量子化
これまでは 1粒子状態を位置の固有状態で展開した波動関数 \(\phi(\boldsymbol{x},t) = \left< \boldsymbol{x} | \phi(t) \right>\) が時間と空間の引数を持っていることに着目し、それが従うシュレディンガーの波動方程式をローレンツ共変な形に拡張するという方針で考えてきた。 これを場の理論的な観点から考え直してみよう。
オペレーター\(\hat{\phi}^\dagger (\boldsymbol{x})\)を、位置\(\boldsymbol{x}\)に粒子を生成する演算子とし、それを真空\(\left\vert 0 \right>\)に作用させると 位置\(\boldsymbol{x}\)に1つの粒子が存在する状態を表すと考える。これを用いると、\[\begin{align} \left\vert \boldsymbol{x} \right> = \hat{\phi}^\dagger (\boldsymbol{x}) \left\vert 0 \right> \tag{11.1} \end{align}\] と書ける。 このように考えると、ある1粒子状態を\(\left\vert \alpha(t) \right>\)として、\[\begin{align} \phi(\boldsymbol{x},t) = \left< 0 \right\vert \hat{\phi} (\boldsymbol{x}) \left\vert \alpha (t) \right> \tag{11.2} \end{align}\] となる。 ハイゼンベルグ表示にすると、時間発展がオペレーターに押しつけられ、\[\begin{align} \phi(\boldsymbol{x},t) = \left< 0 \right\vert \hat{\phi} (\boldsymbol{x},t) \left\vert \alpha \right> \tag{11.3} \end{align}\] となる。 このように書くと、 左辺の波動関数が クラインゴルドン方程式もしくはDirac方程式を満たすのであれば、右辺のオペレーター\(\hat{\phi}(x)\)も同様の方程式を満たさなければならないことがわかる。 このように、波動関数ではなく、粒子を生成消滅させる場の演算子\(\hat{\phi}(x)\)を基本的な量と考えて量子力学を展開していく理論が場の量子論である。
11-3. 生成消滅演算子のとボソン・フェルミオン
場の理論では生成消滅演算子が重要なので、その復習を簡単に行っておく。 状態を区別するラベルを\(k\)として、生成消滅演算子\(\hat{a}_k^\dagger, \hat{a}_k\)を導入する。 ここでは\(k\)は運動量やスピンなどの全ての自由度の成分が含まれるとする。
まず、生成消滅演算子が以下の交換関係を満たす場合を考える。\[\begin{align} \left[ \hat{a}_{k}, \hat{a}_{k'}^\dagger \right] = \delta_{k k'} \\ % \left[ \hat{a}_{k}, \hat{a}_{k'} \right] \left[ \hat{a}_{k}, \hat{a}_{k'} \right] = \left[ \hat{a}_{k}^\dagger, \hat{a}_{k'}^\dagger \right] = 0 \tag{11.4} \end{align}\] 基底状態\(\left\vert 0 \right>\)を、全ての\(k\)に対して\[\begin{align} \hat{a}_{k} \left\vert 0 \right> = 0 \tag{11.5} \end{align}\] となる状態として定義する。 数演算子を\[\begin{align} \hat{N} = \sum_k \hat{a}_{k}^\dagger \hat{a}_{k} \tag{11.6} \end{align}\] と定義すると、\[\begin{align} \left[ \hat{N}, \hat{a}_{k}^\dagger \right] = \hat{a}_{k}^\dagger \tag{11.7} \end{align}\] を満たす。 自由粒子のハミルトニアンは\[\begin{align} \hat{H} = \sum_k E_k \hat{a}_{k}^\dagger \hat{a}_{k} \tag{11.8} \end{align}\] と書ける。ここで、\(E_k\)は粒子一個が状態\(k\)にあったときのエネルギーを表す。 このとき、 状態\[\begin{align} \hat{a}_{k_1}^\dagger \hat{a}_{k_2}^\dagger \dots \hat{a}_{k_n}^\dagger \left\vert 0 \right> \tag{11.9} \end{align}\] は、\(\hat{N}\)の固有値\(n\)を持つ固有状態である。 \(\hat{a}_{k_i}^\dagger\)同士は可換であるから、粒子の入れ替えについて対称になっている。つまり、ボソンを生成していることを表している。
生成消滅演算子が交換関係の代わりに反交換関係を満たす場合を考える。\[\begin{align} \{ \hat{a}_{k}, \hat{a}_{k'}^\dagger \} = \delta_{k k'} \\ \{\hat{a}_{k}, \hat{a}_{k'}\} = \{\hat{a}_{k}^\dagger, \hat{a}_{k'}^\dagger\} = 0 \tag{11.10} \end{align}\] その他の定義は上の場合と同様である。 生成消滅演算子が反交換関係を満たすことから、この生成演算子によって生成された状態は、粒子の入れ替えについて反対称となっている。つまり、フェルミオンを生成していることを表している。 このとき特に、同じラベルの状態に対して二つ以上同じ粒子は入れないことがわかる。これをパウリの排他律と呼ぶ。
12. スカラー粒子の多体系(スカラー場)
12-1. クラインゴルドン方程式の復習
クラインゴルドン方程式は\[\begin{align} \left( \partial_\mu \partial^\mu - m^2 \right) \phi(x) = 0 \tag{12.1} \end{align}\] であった。 特に運動量\(\boldsymbol{k}\)が一定の解\(\phi(x) \propto e^{\pm i \boldsymbol{k}\cdot \boldsymbol{x}}\)を考えると、振動数が正と負の解が存在する。 このうち、正の振動数を持つ解は\[\begin{align} \phi(x) = e^{ik_\mu x^\mu} \\ k^0 = \sqrt{m^2 + \boldsymbol{k}^2} \tag{12.2} \end{align}\] となり、運動量\(\boldsymbol{k}\)を持つ粒子の波動関数を表す。 一方で、負の振動数の解は\[\begin{align} \phi(x) = (e^{ik_\mu x^\mu} )^* \\ k^0 = \sqrt{m^2 + \boldsymbol{k}^2} \tag{12.3} \end{align}\] と書ける。非相対論的極限の議論から、これは反粒子の波動関数の複素共役をとったものと解釈できることを見た。
12-2. スカラー粒子の多体系
クラインゴルドン方程式に従う粒子(反粒子)の状態は、 運動量\(\boldsymbol{k}\)と粒子反粒子状態(正負の振動数の解)でラベルされる。 そこで、特に粒子と反粒子の消滅演算子を別々に書いて、前章で書いていた\(a_k\)を改めて\[\begin{align} a_k \to \hat{a}(\boldsymbol{k}), \hat{b}(\boldsymbol{k}) \tag{12.4} \end{align}\] とする。 ボソンなので交換関係を用い、\[\begin{align} \left[ \hat{a} (\boldsymbol{k}), \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right] = (2\pi)^3 2 k^0 \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \\ \left[ \hat{b} (\boldsymbol{k}), \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right] = (2\pi)^3 2 k^0 \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \tag{12.5} \end{align}\] とする。ここで、運動量\(\boldsymbol{k}\)は連続な数であるからクロネッカーのデルタの代わりにデルタ関数を用いた。規格化定数として\((2\pi)^3 2 k^0\)を加えたが、このファクターの値は文献によって異なることに注意する。 31
運動量\(\boldsymbol{k}\)を持った1つの粒子が存在する状態は\(\hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right>\) であり、 1つの反粒子が存在する状態は\(\hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right>\) である。 これらの状態の規格化は\[\begin{align} \left< 0 \right\vert \hat{a}(\boldsymbol{k}) \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k'}) \left\vert 0 \right> = (2\pi)^3 2 k^0 \delta^3 (\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \tag{12.6} \end{align}\] となっており、\(\int d^3 \boldsymbol{k}'/((2\pi)^3 2k'^0)\)で積分すると\(1\)になるように取られている。
位置\(\boldsymbol{x}\)に粒子を消滅する演算子を\(\hat{\phi}^+(\boldsymbol{x})\)、反粒子を生成する演算子を\(\hat{\phi}^- (\boldsymbol{x})\)と書くことにする。ここで、肩の\(^+\)および\(^-\)は\(^\dagger\)などではなく単に名前の一部であることに注意する。 さらに、ハイゼンベルグ描像を採用し、系の時間発展をこれらの演算子に押し付け、引数に\(t=x^0\)を含めて\(\hat{\phi}^+ (x)\)や\(\hat{\phi}^- (x)\)と書くことにする。 位置\(\boldsymbol{x}\)に1つの粒子が存在する状態は\((\hat{\phi}^+ (x))^\dagger \left\vert 0 \right>\)と書ける。
運動量の固有状態に対する1粒子波動関数\(\phi(x) = e^{ik_\mu x^\mu}\)を を演算子を用いた言葉で書くと、\[\begin{align} \phi(x) = \left< 0 \right\vert \hat{\phi}^+(x) a^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right> \tag{12.7} \end{align}\] とも書けると期待される。 これが任意の\(\boldsymbol{k}\)に対して成り立つことから、演算子\(\hat{\phi}^+(x)\)は\[\begin{align} \hat{\phi}^+(x) = \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \left( e^{ik_\mu x^\mu} \hat{a}(\boldsymbol{k}) \right) \tag{12.8} \end{align}\] と書けそうだとわかる。 同様に、運動量固有状態に対する1つの 反粒子状態を表す波動関数が\(\phi(x) = (e^{ik_\mu x^\mu} )^*\) と書けることに注目すると、演算子\(\hat{\phi}^-(x)\)の形は\[\begin{align} \left( \hat{\phi}^-(x) \right)^\dagger = \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \left( e^{ik_\mu x^\mu} \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \right) \tag{12.9} \end{align}\] もしくは\[\begin{align} \hat{\phi}^-(x) = \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \left( e^{-ik_\mu x^\mu} \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right) \tag{12.10} \end{align}\] となる。 このように定義すると、\(\hat{\phi}^+(x)\)と\(\hat{\phi}^-(x)\)は両方ともクラインゴルドン方程式を満たすことがわかる。ただし、これらは波動関数ではなく演算子であることに注意する。
さて、\(\hat{\phi}^+(x)\)と\(\hat{\phi}^-(x)\)のように粒子と反粒子を別々に扱って定義したが、 どちらも同じようにクラインゴルドン方程式を満たしており、統一的に書くことができそうだと期待される。 しかし、電荷に注目すると、粒子は電荷\(q\)、反粒子は電荷\(-q\)を持つので、それらの消滅演算子を単純に足し合わせてしまうと一定の電荷を消滅するような演算子にならず、あまりいい性質のもつ演算子とは言えない。 そこで、反粒子を逆に生成することは電荷が\(-q\)されることに注目して、 粒子の消滅演算子と反粒子の生成演算子を合わせるのが良さそうだと考えて、\[\begin{align} \hat{\phi}(x) &= \hat{\phi}^+(x) + \hat{\phi}^-(x) \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \left( e^{ik_\mu x^\mu} \hat{a}(\boldsymbol{k}) + e^{-ik_\mu x^\mu} \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}) \right)_{k^0 = \sqrt{m^2 + \boldsymbol{k}^2}} \tag{12.11} \end{align}\] を定義する。 これは位置\(\boldsymbol{x}\)に電荷を一つ消滅する演算子と解釈することができる。 本来、粒子や反粒子のそれぞれの数は保存せず、電荷のみが保存することを思えば、これがより基本的な演算子であることが期待される。 このようにまとめることの必要性は、後に説明する因果律の議論と密接に関連している。
改めて結果を見直すと、\(\hat{\phi}(x)\)はクラインゴルドン方程式\[\begin{align} \left( \partial_\mu \partial^\mu - m^2 \right) \hat{\phi}(x) = 0 \tag{12.12} \end{align}\] を満たし、 その解の完全形 (エネルギーの固有状態) で展開した係数が粒子および反粒子の生成消滅演算子になっていることがわかる。 演算子が位置によっていることから、\(\hat{\phi}(x)\)をスカラー場(の演算子)と呼ぶ。 場の演算子は波動関数とは異なる概念であることに注意する。 1粒子の波動関数は、上記の展開式の\(e^{i k_\mu x^\mu}\)の部分に相当するものである。
12-3. 実スカラー場
以上の話では、\(\hat{\phi}(x)\)は電荷を持ち、粒子と反粒子が電荷が逆符号で区別できる状態であることを暗に仮定していた。このようなスカラー場を複素スカラー場と呼ぶ。
全く電荷を持たない粒子を考えると、粒子と反粒子を区別することができないため、それらを入れ替える対称性が存在する。すると、粒子と反粒子を完全に同一視して理論の自由度を半分にすることもできる。 この場合には、場の演算子は一つの生成消滅演算子\(\hat{a}(\boldsymbol{k})\)だけで\[\begin{align} \hat{\phi}(x) = \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \left( e^{ik_\mu x^\mu} \hat{a}(\boldsymbol{k}) + e^{-ik_\mu x^\mu} \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}) \right)_{k^0 = \sqrt{m^2 + \boldsymbol{k}^2}} \tag{12.13} \end{align}\] のように書くことができる。 このようなスカラー場を実スカラー場と呼ぶ。\(\hat{\phi}^\dagger = \hat{\phi}\)となる。
13. ディラック場
13-1. ディラックスピノールの復習
これまでの講義を思い出すと、ディラックフェルミオンの運動量とスピン固有状態に対する1粒子波動関数は\[\begin{align} \psi(x) = u_s(\boldsymbol{k}) e^{ik_\mu x^\mu} \tag{13.1} \end{align}\] となる。ここで、\[\begin{align} k^0 = \sqrt{m^2 + \boldsymbol{k}^2} \\ (\gamma^\mu k_\mu + m) u_s(\boldsymbol{k}) = 0 \tag{13.2} \end{align}\] とした。また、規格直行条件として\[\begin{align} u_s^\dagger u_{s'} = 2 k^0 \delta_{ss'} \tag{13.3} \end{align}\] を採用することにする。
同様に、運動量とスピン固有状態に対する1つの 反粒子状態を表す波動関数は\[\begin{align} \psi(x) = v_s (\boldsymbol{p}) (e^{ik_\mu x^\mu} )^* \\ k^0 = \sqrt{m^2 + \boldsymbol{k}^2} \\ (\gamma^\mu k_\mu - m) v_s(\boldsymbol{k}) = 0 \\ v_s^\dagger v_{s'} = 2 k^0 \delta_{ss'} \tag{13.4} \end{align}\] と書ける。
\(u_s\)や\(v_s\)にもディラック共役を定義して、\(\bar{u}_s \equiv u_s^\dagger \gamma^0\)、\(\bar{v}_s \equiv v_s^\dagger \gamma^0\)とする。
13-2. ディラック場
ディラック方程式に従う粒子(反粒子)の状態は、 運動量\(\boldsymbol{k}\)、スピン\(s\) (\(=\pm1/2\))、粒子反粒子状態(正負の振動数の解)でラベルされる。 そこで、特に粒子と反粒子の消滅演算子を別々に書いて、スピンを区別するラベルを加えて、粒子と反粒子の消滅演算子を\[\begin{align} \hat{a}_s(\boldsymbol{k}), \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \tag{13.5} \end{align}\] とする。 フェルミオンなので反交換関係を用い、\[\begin{align} \{ \hat{a}_{s}(\boldsymbol{k}), \hat{a}_{s'} ^\dagger (\boldsymbol{k}') \} = (2\pi)^3 2 k^0 \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \delta_{ss'} \\ \{ \hat{b}_{s}(\boldsymbol{k}), \hat{b}_{s'} ^\dagger (\boldsymbol{k}') \} = (2\pi)^3 2 k^0 \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}') \delta_{ss'} \tag{13.6} \end{align}\] とする。 運動量\(\boldsymbol{k}\)スピン\(s\)を持った1つの粒子が存在する状態は\(\hat{a}^\dagger_s (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right>\) であり、 1つの反粒子が存在する状態は\(\hat{b}^\dagger_s (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right>\) である。
運動量とスピン固有状態に対する1粒子波動関数が\(\psi(x) = u_s(\boldsymbol{k}) e^{ik_\mu x^\mu}\) と書け、1つの 反粒子状態を表す波動関数が\(\psi(x) = v_s (\boldsymbol{p}) (e^{ik_\mu x^\mu} )^*\)と書けることから、スカラー場と同様の議論により、 位置\(\boldsymbol{x}\)に電荷を一つ消滅する演算子が\[\begin{align} \hat{\psi}(x) % &= \hat{\psi}^+(x) + \hat{\psi}^-(x) % \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \sum_s \left( e^{ik_\mu x^\mu} u_s(\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) + e^{-ik_\mu x^\mu} v_s(\boldsymbol{k}) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right) \tag{13.7} \end{align}\] とまとめて書けることがわかる。 \(\hat{\psi}(x)\)は演算子であり、ディラック方程式\[\begin{align} \left( i \gamma^\mu \partial_\mu - m \right) \hat{\psi}(x) = 0 \tag{13.8} \end{align}\] を満たす。 その解の完全形 (エネルギーおよびスピンの固有状態) で展開した係数が粒子と反粒子の生成消滅演算子になっていることがわかる。
13-3. 電荷の流れの演算子とハミルトニアン
生成消滅演算子を組み合わせると数演算子を定義することができるが、\(\hat{\psi}(x)\)を使って同じように \(\left( \hat{\psi}^\dagger (x) \hat{\psi}(x) \right)\)とすると、これは 位置\(\boldsymbol{x}\)における電荷の数を数える演算子になる。 実際、電荷の流れを表す演算子を\[\begin{align} \hat{j}^\mu(x) = q \hat{\bar{\psi}}(x) \gamma^\mu \hat{\psi} (x) % = q \hat{\psi}^\dagger (x) \gamma^0 \gamma^\mu \hat{\psi}(x) \tag{13.9} \end{align}\] と定義することができる。ここで、\(\hat{\bar{\psi}} \equiv \hat{\psi} \gamma^0\)であるので、\(\mu = 0\)の成分が電荷密度を表していることがわかる。
例えば、これを1つの粒子が存在する状態\(\hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right>\)で挟んで期待値を取ると、\[\begin{align} \left< 0 \right\vert \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) \hat{j}^\mu(x) \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right> = q \bar{u}_s (\boldsymbol{k}) \gamma^\mu u_s (\boldsymbol{k}) \tag{13.10} \end{align}\] となり、これまで学んだ1粒子状態の電荷の流れが再現できる。 また、1つの反粒子が存在する状態\(\hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right>\)に関しては、\[\begin{align} \left< 0 \right\vert \hat{b}_s(\boldsymbol{k}) \hat{j}^\mu(x) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \left\vert 0 \right> = - q \bar{v}_s (\boldsymbol{k}) \gamma^\mu v_s (\boldsymbol{k}) +(\mathrm{ const.}) \tag{13.11} \end{align}\] となり、生成消滅演算子の反交関関係から逆符号が出て 反粒子の電荷が負であることを反映していることがわかる。 1粒子の波動関数を用いて電荷の流れを定義していたときには、反粒子にこの負符号が出なかったために解釈に恣意的な操作が必要であった。反粒子にも正しく使えるような電荷の流れの定義は、上記の演算子を用いたものになる。
また、一粒子のハミルトニアンは、\[\begin{align} \hat{H}_\mathrm{ 1-particle} = \gamma^0 (\boldsymbol{\gamma}\cdot \hat{\boldsymbol{k}} + m I_{4}) = \gamma^0 (- i \boldsymbol{\gamma}\cdot \boldsymbol{\partial} + m I_{4}) \tag{13.12} \end{align}\] であった。ただしこれは負の振動数の解に対しては負のエネルギーを出してしまい、単純には使えなかった。 しかし、これを電荷一つあたりのエネルギーを与える演算子と解釈し直すと正しいハミルトニアンになることが次のようにして確かめられる。 まず、位置\(\boldsymbol{x}\)におけるエネルギー密度は、位置\(\boldsymbol{x}\)における電荷の数を数える演算子\(\left( \hat{\psi}^\dagger (x) \hat{\psi}(x) \right)\)と1粒子のハミルトニアン\(\hat{H}_\mathrm{ 1-particle}\)を組み合わせて \(\left( \hat{\psi}^\dagger (x) \hat{H}_\mathrm{ 1-particle} \hat{\psi}(x) \right)\)と表せる。 これを用いると、多粒子系での全エネルギーを与えるハミルトニアンは、\[\begin{align} \hat{H} &= \int d^3 \boldsymbol{x} \left( \hat{\psi}^\dagger (x) \hat{H}_\mathrm{ 1-particle} \hat{\psi}(x) \right) \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \sum_s \left( k^0 \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) - k^0 \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right) \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \sum_s \left( k^0 \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) + k^0 \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \right) + (\mathrm{ const.}) \tag{13.13} \end{align}\] となる。物理的に意味のない定数項を除くと、正しく系の全エネルギーを与える演算子になっていることがわかる。 ここで、スピノールの直交性\(u_s^\dagger v_{s'} = 0\)などを用いた。
13-4. 相互作用について
電磁場があるときのディラック方程式を思い出すと、1粒子のフェルミオンの系でのハミルトニアンは\[\begin{align} \hat{H}_\mathrm{ 1-particle} &= \gamma^0 \left( \boldsymbol{\gamma} \cdot \left( \hat{\boldsymbol{k}} - q \hat{\boldsymbol{A}} \right) + m I_{4}\right) + q \hat{A}^0 \\ &= \gamma^0 \left( \boldsymbol{\gamma}\cdot \left( \hat{\boldsymbol{k}} - q \hat{\boldsymbol{A}} \right) + m I_{4}+ q \gamma^0 \hat{A}^0 I_{4}\right) \tag{13.14} \end{align}\] と書ける。ここで、電磁場も量子化して演算子とみなした。 これを用いると、多体系のハミルトニアンは\[\begin{align} \hat{H} &= \int d^3 \boldsymbol{x} \left( \hat{\psi}^\dagger (x) \hat{H}_\mathrm{ 1-particle} \hat{\psi}(x) \right) \\ &\ni - \int d^3 \boldsymbol{x} \left( q \hat{A}_\mu \bar{\hat{\psi}} \gamma^\mu \hat{\psi} \right) \\ &= - \int d^3 \boldsymbol{x} \hat{A}_\mu \hat{j}^\mu \tag{13.15} \end{align}\] と書ける。 ここで、自由場のときに存在する項は省略した。 これはディラックフェルミオンと電磁場との相互作用を表すハミルトニアンである。
また、ハミルトニアンに入っている質量のパラメーター\(m\)をスカラー場\(\hat{\phi}(x)\)と結合定数\(y\)に置き換えて\(m \to y \hat{\phi}(x)\)のようにすると、\[\begin{align} \hat{H} &\ni \int d^3 \boldsymbol{x} \left( y \hat{\phi} \bar{\hat{\psi}} \hat{\psi} \right) \tag{13.16} \end{align}\] が得られる。これを湯川相互作用と呼び、フェルミオンとスカラー場との相互作用を表す。
これらは3体相互作用を表し、これらの相互作用を組み合わせることによって様々な散乱や崩壊過程を記述することができる。
14. 因果律とスピン・統計定理
14-1. 因果律
複素スカラー場の因果律を見るために、以下の交換関係を計算してみよう。\[\begin{align} \left[ \hat{\phi}^\dagger (x), \hat{\phi}(y) \right] \tag{14.1} \end{align}\] ここで、粒子と反粒子の部分を分けて\[\begin{align} \hat{\phi}(x) = \hat{\phi}^+(x) + \hat{\phi}^-(x) \tag{14.2} \end{align}\] と書くと、粒子と反粒子の生成消滅演算子は交換することから、\[\begin{align} &\left[ \hat{\phi}^\dagger (x), \hat{\phi}(y) \right] \\ &= \left[ \hat{\phi}^{+\dagger} (x), \hat{\phi}^+(y) \right] + \left[ \hat{\phi}^{-\dagger} (x), \hat{\phi}^-(y) \right] \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \frac{d^3\boldsymbol{k}'}{(2\pi)^3 2k^{0'}} \left( e^{ik_\mu x^\mu - i k_\mu' y^\mu} \left[\hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}), \hat{a} (\boldsymbol{k}') \right] + e^{-ik_\mu x^\mu + ik_\mu' y^\mu} \left[ \hat{b} (\boldsymbol{k}), \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \right] \right) \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \left( e^{ik_\mu (x^\mu - y^\mu)} - e^{-ik_\mu (x^\mu - y^\mu)} \right) \tag{14.3} \end{align}\] となる。 ここで、特に\(x^0 - y^0 = 0\)のときには、\[\begin{align} &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \left( e^{i \boldsymbol{k} (\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})} - e^{-i \boldsymbol{k} (\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})} \right) \\ &= 0 \tag{14.4} \end{align}\] となり消えることがわかる。 さらに、計算している量はローレンツ不変な量なので、\(x^0 - y^0 = 0\)からローレンツ変換して到達できる\(x^\mu - y^\mu\)の範囲でつねに\(0\)となることが言える。 その範囲は、\[\begin{align} (x - y)^2 = - (x^0 - y^0)^2 + ( \boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})^2 > 0 \tag{14.5} \end{align}\] を満たす全ての範囲である。つまり、\(x^\mu\)と\(y^\mu\)がspace-likeに離れているときは交換関係が常に\(0\)であることが言えた。
交換関係が\(0\)であるということは、 操作\(\hat{\phi}(y)\)(この演算子による影響)は、space-likeに離れている地点での操作\(\hat{\phi}^\dagger(x)\)に対して影響を与えない(操作の順序によらず同じ値を返す)ということを意味している。 これは場の理論の言葉での因果律を表している。これにより、相対論の最も重要な帰結である因果律が、量子論でも満たされることが示された。
ここで、\(\hat{\phi}(x)\)に\(\hat{\phi}^-(x)\)を含めたことで\(\hat{\phi}^+(x)\)からくる項とキャンセルして\(0\)になったことに注意する。つまり、\(\hat{\phi}^+(x)\)のように粒子のみを消滅する演算子は、因果律を満たさない。\(\hat{\phi} = \hat{\phi}^+ + \hat{\phi}^-\)のように組み合わせて初めて因果律が満たされる。
なお、その他の交換関係\[\begin{align} \left[ \hat{\phi} (x), \hat{\phi}(y) \right], \quad \left[ \hat{\phi}^\dagger (x), \hat{\phi}^\dagger(y) \right] \tag{14.6} \end{align}\] は自明に\(0\)になるので、同様に因果律を満たしている。
14-2. スカラー粒子の統計性
上記の計算で、仮にスカラー場の生成消滅演算子が交換関係ではなく反交換関係を満たしていた場合はどうなるか考えてみると、\[\begin{align} & \{ \hat{\phi}^\dagger (x), \hat{\phi}(y) \} \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \frac{d^3\boldsymbol{k}'}{(2\pi)^3 2k^{0'}} \left( e^{ik_\mu x^\mu - i k_\mu' y^\mu} \{ \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{k}), \hat{a} (\boldsymbol{k}') \} + e^{-ik_\mu x^\mu + ik_\mu' y^\mu} \{ \hat{b} (\boldsymbol{k}), \hat{b}^\dagger (\boldsymbol{k}') \} \right) \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \left( e^{ik_\mu (x^\mu - y^\mu)} + e^{-ik_\mu (x^\mu - y^\mu)} \right) \tag{14.7} \end{align}\] となり、これは一般に\(0\)ではなく、因果律を満たさないことがわかる。 つまり、スピン\(0\)のスカラー場は、交換関係で量子化されなければならず、ボソン粒子を表すことがわかる。
14-3. ディラック粒子の統計性
ディラック場のハミルトニアンは、\[\begin{align} \hat{H} &= \int d^3 \boldsymbol{x} \left( \hat{\psi}^\dagger (x) \hat{H}_\mathrm{ 1-particle} \hat{\psi}(x) \right) \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \sum_s \left( k^0 \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) - k^0 \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right) \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \sum_s \left( k^0 \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) + k^0 \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \right) + (\mathrm{ const.}) \tag{14.8} \end{align}\] のように計算されていた。 ここで、仮にディラック場の生成消滅演算子が反交換関係ではなく交換関係を満たしていたとすると、3行目の等式が変更を受け、\[\begin{align} \hat{H} &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \sum_s \left( k^0 \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) - k^0 \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \right) \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \sum_s \left( k^0 \hat{a}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{a}_s(\boldsymbol{k}) - k^0 \hat{b}_s^\dagger (\boldsymbol{k}) \hat{b}_s (\boldsymbol{k}) \right) + (\mathrm{ const.}) \tag{14.9} \end{align}\] となってしまう。これは、反粒子のエネルギーを足し合わせる部分が負になっており、正しく系のエネルギーを表すことができていない。 このため、スピン\(1/2\)の粒子を表すディラック場は反交換関係で量子化されなければならないことがわかる。 32
15. 光の放射吸収と黒体輻射
15-1. ベクトル場
マクスウェル方程式\(\partial_\mu F^{\mu\nu}=0\)をローレンツゲージ\(\partial_\mu A^\mu = 0\)で書き直すと、\[\begin{align} \partial_\mu \partial^\mu A^\nu = 0 \tag{15.1} \end{align}\] となる。 この方程式はベクトル場の各成分がクラインゴルドン方程式に従うことを意味しており、電磁波の偏光の効果を除けばスカラー場と同様な議論で演算子を構成できそうだと予想される。 ここで、偏極ベクトル\(\epsilon^\mu\)は、\[\begin{align} \epsilon^\mu = (0, \boldsymbol{\epsilon}) \\ \boldsymbol{k} \cdot \boldsymbol{\epsilon} = 0 \tag{15.2} \end{align}\] を満たすものである。偏光は二自由度あり、それを区別するラベルを\(r\)とする。 これを用いると、 位置\(\boldsymbol{x}\)に光子を一つ消滅する演算子が\[\begin{align} \hat{A}^\mu(x) % &= \hat{\psi}^+(x) + \hat{\psi}^-(x) % \\ &= \int \frac{d^3\boldsymbol{k}}{(2\pi)^3 2k^0} \sum_r \left( e^{ik_\mu x^\mu} \epsilon^\mu_r \hat{a}_r(\boldsymbol{k}) + e^{-ik_\mu x^\mu} \epsilon^{\mu*}_r \hat{a}_r^\dagger (\boldsymbol{k}) \right) \tag{15.3} \end{align}\] と書かれることが期待される。 ここで、ベクトル場\(A^\mu(x)\)は実であることから、それに対応する演算子も\((\hat{A}^\mu)^\dagger = \hat{A}^\mu\)を満たし、実スカラー場のように粒子と反粒子が同一であることに注意する。 これは光子は電荷をもたないことを反映している。
フェルミオンとの相互作用ハミルトニアンは\[\begin{align} \hat{H}_\mathrm{ int} &= - \int d^3 \boldsymbol{x} \hat{A}_\mu \hat{j}^\mu \\ &= - \int d^3 \boldsymbol{x} \left( q \hat{A}_\mu \bar{\hat{\psi}} \gamma^\mu \hat{\psi} \right) \tag{15.4} \end{align}\] と書けるのであった。 これにより、フェルミオンから光子が放射吸収する効果などを考えることができる。
15-2. 光の放射吸収と黒体輻射
光子が充満している輻射場中に存在している原子の遷移を考えよう。 簡単のため、原子の状態は\(\left\vert a \right>\)と\(\left\vert b \right>\)のみでパウリの排他律は無視し、それらのエネルギーを\(E_a, E_b\) (\(E_a > E_b\))とする。また、 この状態間の遷移に伴って、エネルギー\(\omega = E_a - E_b\)に相当する光子が放射吸収されることになるので、光子もそのエネルギー(モード)に注目して考え、そのモードに\(n\)個の光子が詰まっている状態を\(\left\vert n \right>\)と書くことにする。
まずは放射の過程を考える。 仮に初期状態が\[\begin{align} \text{原子の状態:} \left\vert a \right> \\ \text{輻射場の状態:} \left\vert n \right> \tag{15.5} \end{align}\] であったとすると、 終状態は\[\begin{align} \text{原子の状態:} \left\vert b \right> \\ \text{輻射場の状態:} \left\vert n+1 \right> \tag{15.6} \end{align}\] と書ける。輻射場が平衡状態の場合には始状態\(\left\vert n \right>\)は熱平衡分布で決まるが、ここでは一般に\(n\)個の光子が詰まっているとした。
相互作用ハミルトニアンは \(\hat{H}_\mathrm{ int} = - \int d^3 \boldsymbol{x} \hat{A}_\mu \hat{j}^\mu\) と書けるので、 遷移確率は\[\begin{align} \text{遷移確率} &\propto \left\vert { \left< b \right\vert \otimes \left< n+1 \right\vert \left( \int d^3 \boldsymbol{x} \hat{A}_\mu \hat{j}^\mu \right) \left\vert a \right> \otimes \left\vert n \right> } \right\vert^2 \\ &= \left\vert { \int d^3 \boldsymbol{x} \left< b \right\vert \hat{j}^\mu \left\vert a \right> \left< n+1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \tag{15.7} \end{align}\] となる。ここで、光子の部分に着目すると、\(\hat{A}^\mu\)の中には光子の生成演算子\(\hat{a}^\dagger\)が入っていることから、\[\begin{align} \left\vert { \left< n+1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \propto \left\vert {\left< n+1 \right\vert \hat{a}^\dagger \left\vert n \right>} \right\vert^2 \propto (n+1) \tag{15.8} \end{align}\] となる。
次に、吸収の過程を考える。 仮に初期状態が\[\begin{align} \text{原子の状態:} \left\vert b \right> \\ \text{輻射場の状態:} \left\vert n \right> \tag{15.9} \end{align}\] であったとすると、 終状態は\[\begin{align} \text{原子の状態:} \left\vert a \right> \\ \text{輻射場の状態:} \left\vert n-1 \right> \tag{15.10} \end{align}\] となる。 同様に遷移確率は\[\begin{align} \text{遷移確率} &\propto \left\vert { \int d^3 \boldsymbol{x} \left< a \right\vert \hat{j}^\mu \left\vert b \right> \left< n-1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \tag{15.11} \end{align}\] となるが、 電荷の流れの演算子はエルミート\(\hat{j}_\mu^\dagger = \hat{j}_\mu\)であることを用いると、原子の部分の寄与は放射の場合と同一であることがわかる。 光子の部分に関しては、\[\begin{align} \left\vert { \left< n-1 \right\vert \hat{A}_\mu \left\vert n \right> } \right\vert^2 \propto \left\vert {\left< n-1 \right\vert \hat{a} \left\vert n \right>} \right\vert^2 \propto n \tag{15.12} \end{align}\] となる。
放射と吸収の遷移確率の比は、合わせると\[\begin{align} R = \frac{\text{放射確率}}{\text{吸収確率}} = \frac{n+1}{n} \tag{15.13} \end{align}\] となる。
ここで、系が温度\(T\)の熱平衡状態にある場合を考える。 このとき、個々の原子の状態が\(\left\vert a \right>\)や\(\left\vert b \right>\)にいる相対確率はボルツマン分布に従って\(\propto e^{- E_i/T}\) (\(i=a,b\))となる。 系全体が平衡状態にあるためには、\[\begin{align} &\text{(放射確率)} \times e^{-E_a/T} = \text{(吸収確率)} \times e^{-E_b/T} \\ &\leftrightarrow R = e^{{E_a-E_b}/T} = e^{\omega/T} \tag{15.14} \end{align}\] とならなければならない。 上で導いた\(R\)を用いると、\[\begin{align} &\frac{n+1}{n} = e^{\omega/T} \\ &\leftrightarrow n = \frac{1}{e^{\omega/T} - 1} \tag{15.15} \end{align}\] となり、輻射場が従うべきプランク分布が導かれた。
16. 摂動論の概要
ここでは、場の理論の教科書を読むための準備として簡単に摂動論の概略を述べる。 細かいところは省略し、プロパゲーターというものが相互作用を考える上で重要な量であることを簡単に見る。
exponentialの肩に乗っている4元ベクトルの縮約の添え字は省略し、\(e^{ixp}\)と書いたら\(e^{ix_\mu p^\mu}\)と約束する。
16-1. 相互作用表示
量子力学では時間発展を状態に押しつけるシュレーディンガー表示と、時間発展を演算子に押しつけるハイゼンベルグ表示などの見方がある。ここではそれらの中間的な表示である相互作用表示を用いる。 この表示では、ハミルトニアン\(H\)を自由場の部分\(H_0\)とそれ以外\(H_I\)(相互作用を記述する部分)に分け、演算子は自由場のハミルトニアンによって時間発展させ、量子状態はそれ以外の部分で時間発展させるような表示である。
相互作用表示では、演算子\(\hat{O}(t)\) を\[\begin{align} &\frac{d}{d t} \hat{O}(t) = i \left[ H_0, \hat{O}(t) \right], \\ &\leftrightarrow \hat{O}(t) = e^{i H_0 (t-t_0)} \hat{O}(t_0) e^{-i H_0 (t-t_0)}, \tag{16.1} \end{align}\] のように自由場のハミルトニアン\(H_0\)で時間発展させる。このとき、これまで暗に用いていた自由場のハイゼンベルグ表示の場の演算子の表式がそのまま使える。 状態の時間発展は、\[\begin{align} &i \frac{d}{dt} \left\vert \psi(t) \right> = H_I \left\vert \psi(t) \right> \\ &H_I(t) \equiv e^{i H_0 (t-t_0)} H e^{-i H_0 (t-t_0)}, \tag{16.2} \end{align}\] となる。 ここで、\(\left\vert \psi(t) \right> = U(t,t_0) \left\vert \psi(t_0) \right>\)を満たすような時間発展のユニタリ演算子\(U_I(t,t_0)\)を導入すると、\[\begin{align} i \frac{d}{dt} U_I(t,t_0) = H_I U_I(t,t_0), \tag{16.3} \end{align}\] となる。これを逐次的に解くと形式解が得られ、\[\begin{align} U_I(t,t_0) &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t dt_1 H_I(t_1) U(t_1,t_0) \\ &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t dt_1 H_I(t_1) + (-i)^2 \int_{t_0}^t dt_1 \int_{t_0}^{t_1} dt_2 H_I(t_1) H_I(t_2) + \dots \\ &= 1 + (-i) \int_{t_0}^t dt_1 H_I(t_1) + \frac{1}{2} (-i)^2 \int_{t_0}^t dt_1 \int_{t_0}^{t} dt_2 T[H_I(t_1) H_I(t_2)] + \dots \\ &= T \exp \left[ - i \int_{t_0}^t dt' H(t') \right], \tag{16.4} \end{align}\] と書かれる。ここで、時間順序積を\[\begin{align} T[H_I(t_1) H_I(t_2)] = H_I(t_1) H_I(t_2) \theta(t_1-t_2) + H_I(t_2) H_I(t_1) \theta(t_2-t_1), \tag{16.5} \end{align}\] のように、時間の引数が大きいものが左に来るような演算子として定義した。演算子が3個以上のときも同様に定義する。
16-2. 湯川相互作用による散乱
相互作用のある場合の簡単な例として、ディラックフェルミオンと実スカラーが湯川相互作用しているtoy modelを考える。
初期状態として、運動量\(\boldsymbol{p}\)とスピン\(s\)を持つディラック粒子と、 運動量\(\boldsymbol{p}'\)とスピン\(s'\)を持つディラック粒子がいる状態を考える。これは生成消滅演算子を用いると、\[\begin{align} \left\vert \boldsymbol{p},s; \boldsymbol{p}',s' \right> = \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{p}, s) \hat{a}^\dagger (\boldsymbol{p}', s') \left\vert 0 \right> \tag{16.6} \end{align}\] と書かれる。33 これらの粒子が散乱して、終状態では 運動量\(\boldsymbol{k}\)とスピン\(r\)を持つディラック粒子と、 運動量\(\boldsymbol{k}'\)とスピン\(r'\)を持つディラック粒子に状態が変わったとする。これは、\[\begin{align} \left< \boldsymbol{k},r; \boldsymbol{k}',r' \right\vert = \left< 0 \right\vert \hat{a} (\boldsymbol{k}, r) \hat{a} (\boldsymbol{k}', r') \tag{16.7} \end{align}\] と書かれる。 これらの間の遷移確率を求めるために、次の振幅を求めよう。\[\begin{align} \left< \boldsymbol{k},r; \boldsymbol{k}',r' \right\vert U_I(\infty,-\infty) \left\vert \boldsymbol{p},s; \boldsymbol{p}',s' \right> \tag{16.8} \end{align}\] \(U_I\)の形式解の0次の項は散乱をしないでそのまま通り過ぎる過程を表す。形式解の二次の項から、次の量が現れる。\[\begin{align} \left< \boldsymbol{k},r; \boldsymbol{k}',r' \right\vert \frac12 (-i)^2 T \int d^4x_1 y \hat{\phi}(x_1) \hat{\bar{\psi}}(x_1) \hat{\psi}(x_1) \int d^4x_2 y \hat{\phi}(x_2) \hat{\bar{\psi}}(x_2) \hat{\psi}(x_2) \left\vert \boldsymbol{p},s; \boldsymbol{p}',s' \right> \tag{16.9} \end{align}\] まずディラックフェルミオンの部分に注目する。 \(\hat{\psi}(x)\)が運動量固有状態の生成消滅演算子で書き換えられることを思い出すと、次のように自由場の波動関数が表れることがわかる。\[\begin{align} \hat{{\psi}}(x_1) \hat{{\psi}}(x_2) \left\vert \boldsymbol{p},s; \boldsymbol{p}',s' \right> = e^{ipx_1} u_s(\boldsymbol{p}) e^{ip'x_2} u_{s'}(\boldsymbol{p}') \left\vert 0 \right> + (p,s \leftrightarrow p',s') \tag{16.10} \end{align}\] (ここではスピノールの足は和を取らず、浮いている足が二つあるとする。次の式も同様。) 同様に、\[\begin{align} \left< \boldsymbol{k},r; \boldsymbol{k}',r' \right\vert \hat{\bar{\psi}}(x_1) \hat{\bar{\psi}}(x_2) = \left< 0 \right\vert e^{-ikx_1} \bar{u}_r(\boldsymbol{k}) e^{-ik'x_2} \bar{u}_{r'}(\boldsymbol{k}') + (k,r \leftrightarrow k',r') \tag{16.11} \end{align}\] となる。 残ったスカラー場の部分は、\[\begin{align} \left< 0 \right\vert T[ \hat{\phi}(x_1) \hat{\phi}(x_2) \left\vert 0 \right> \equiv - i \Delta_\phi (x_1 - x_2) \tag{16.12} \end{align}\] と書かれ、これをファインマンプロパゲーターと呼ぶ。理論の並進対称性からこの量は\(x_1 - x_2\)だけの関数になることが期待される。また、時間順序積の性質から、\(x_1\)と\(x_2\)の入れ替えに対して値を変えない。従って、それのフーリエ変換を\[\begin{align} \Delta_\phi (x_1 - x_2) = \int \frac{d^4 q}{(2\pi)^4} \tilde{\Delta}_\phi(q^2) e^{iq(x_1 - x_2)}, \tag{16.13} \end{align}\] と書くことができる。34 これらを合わせると、二次の摂動項は\[\begin{align} &i y^2 [\bar{u}_r(\boldsymbol{k}) u_s(\boldsymbol{p}) ][ \bar{u}_{r'}(\boldsymbol{k}') u_{s'}(\boldsymbol{p}') ] \int \frac{d^4 q}{(2\pi)^4} \int d^4 x_1 d^4 x_2 e^{-ikx_1-ik'x_2+ipx_1+ip'x_2+iq(x_1 - x_2)} \tilde{\Delta}_\phi(q^2) \nonumber\\ &\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad+ (p,s \leftrightarrow p',s') \tag{16.14} \end{align}\] となる。(ここで、スピノールの足は、[ ]の中で縮約して和を取っている。) ここで、\(p,s,k,r\)と\(p',s',k',r'\)を一度に入れ替えたときの対象性から\(2\)倍が出てくることを用いた。 \(x_1\)積分を実行すると\((2\pi)^4 \delta(k-p-q)\)が表れる。 これを用いて\(q\)積分も消去すると、\[\begin{align} i y^2 [\bar{u}_r(\boldsymbol{k}) u_s(\boldsymbol{p}) ][ \bar{u}_{r'}(\boldsymbol{k}') u_{s'}(\boldsymbol{p}') ] \tilde{\Delta}_\phi((k-p)^2) \int d^4 x_2 e^{i(-k'+p'-q)x_2} \nonumber\\ + (p,s \leftrightarrow p',s') \tag{16.15} \end{align}\] となる。
ところで、初期状態と終状態の全エネルギーと運動量が保存することから、\(p+p' = k+k'\)でなければならないことに注意すると、\[\begin{align} \int d^4 x_2 e^{i(-k'+p'-q)x_2} = \int d^4 x_2 \tag{16.16} \end{align}\] となり、この部分は全時空間の4次元体積を出すことがわかる。 いま、初期状態と終状態は運動量固有状態を考えているため、波動関数は全空間に広がっている。このため、単位時間単位体積当たりの遷移確率を考えたい場合には、求めたものを全時空間の4次元体積で割る必要がある。これにより、全時空の体積要素はキャンセルして消える。このときの遷移振幅を\(i\mathcal{M}\)と書く。つまり、\[\begin{align} i \mathcal{M} = i y^2 [\bar{u}_r(\boldsymbol{k}) u_s(\boldsymbol{p}) ][ \bar{u}_{r'}(\boldsymbol{k}') u_{s'}(\boldsymbol{p}') ] \tilde{\Delta}_\phi((k-p)^2) + (p,s \leftrightarrow p',s') \tag{16.17} \end{align}\] となる。
遷移確率は振幅の二乗であるから、単位時間単位体積当たりの遷移確率は\[\begin{align} \left\vert {\mathcal{M}} \right\vert^2= y^4 \left\vert {\bar{u}_r(\boldsymbol{k}) u_s(\boldsymbol{p}) \bar{u}_{r'}(\boldsymbol{k}') u_{s'}(\boldsymbol{p}') \tilde{\Delta}_\phi((k-p)^2) + \bar{u}_r(\boldsymbol{k}) u_{s'}(\boldsymbol{p'}) \bar{u}_{r'}(\boldsymbol{k}') u_{s}(\boldsymbol{p}) \tilde{\Delta}_\phi((k-p')^2) } \right\vert^2 \nonumber\\ \tag{16.18} \end{align}\] となる。35
ところで、実験によってはスピンの自由度を気にしないことがある。 例えば初期状態に関してはスピン状態がランダムになっており、終状態ではスピンを観測せずに運動量だけしか観測しないことがある。このとき、初期状態のスピンは平均を取り、終状態はスピンの和を取った\[\begin{align} \left( \frac{1}{2} \right)^2 \sum_{s,s'} \sum_{r,r'} \left\vert {\mathcal{M}} \right\vert^2 \tag{16.20} \end{align}\] に興味がある。 ここで、 自由ディラック場の波動関数の部分に注目すると、例えば、\[\begin{align} \sum_{s,r} \left\vert {\bar{u}_r(\boldsymbol{k}) u_s(\boldsymbol{p})} \right\vert^2 &= \sum_{s,r} \bar{u}_s(\boldsymbol{p}) u_r (\boldsymbol{k}) \bar{u}_r(\boldsymbol{k}) u_s(\boldsymbol{p}) \\ &= \mathrm{ Tr}\left[ \sum_r u_r (\boldsymbol{k}) \bar{u}_r(\boldsymbol{k}) \sum_s u_s(\boldsymbol{p}) \bar{u}_s(\boldsymbol{p}) \right] \tag{16.21} \end{align}\] のように変形できる。 ここでレポート課題のspin sumを用いると、ガンマ行列のかけ算のトレースの計算に帰着される。
16-3. ファインマンダイアグラムについて
以上の計算では愚直に生成消滅演算子の交換関係などを用いて計算を進めたが、直感的に理解のしやすい形のダイアグラムから出発し、あるルールの手続の下で自動的に散乱振幅を求める手法がある。これをそれぞれファインマンダイアグラム、ファインマンルールと呼ぶ。
[ファインマンダイアグラム(略)]
ここで、始状態と終状態が同じであれば、全ての中間過程について和を取る必要があることに注意する。運動量\(p\)と\(p'\)の同一粒子がスカラー粒子を交換して運動量\(k\)と\(k'\)の同一粒子になる過程では、どちらの粒子がどちらの粒子に移り変わったのかという情報は実験的に得ることはできないし、理論的にもそれを区別しないで全ての可能性を考慮して散乱振幅を計算する必要がある。これは上記の計算では\((p,s \leftrightarrow p',s')\)の項が足されていることに対応する。
また、中間過程において粒子反粒子の対消滅対生成が自動的に入っていることにも注意する。
いくつかの参考書ではローレンツ計量の符号を\(\eta_{\mu \nu} = (1,-1,-1,-1)\)としているが、本講義では\(\eta_{\mu \nu} = (-1,1,1,1)\)を採用する。\CID{931}
\(c=1\)と合わせると\(\mu_0 =1\)でもある。\CID{931}
この小さいパラメーターが場の理論における摂動論を正当化してくれる。\CID{931}
本講義のノーテーションでは、電子なら\(q=-e\)となる。\CID{931}
本義ローレンツ変換とは、ローレンツブーストと空間回転のみの変換のことで、空間と時間の反転は含まない。 実際、素粒子の標準模型では空間と時間の反転の両方とも対称な形にはなっていない。\CID{931}
このとき、時間並進と空間並進演算子に対応するものがハミルトニアンと運動量演算子になり、ローレンツ共変な形にまとまる。\CID{931}
この表式がローレンツ変換に対して確かに共変であることは、場の理論で学ぶポアンカレ群の生成子の間の交換関係を用いると理解できる。\CID{931}
回転のベクトルが\(\boldsymbol{\theta}\)であるような回転 を座標の基底に対して行ったとき、 座標の成分は逆に \(\boldsymbol{x}' = R^{-1}(\boldsymbol{\theta}) \boldsymbol{x}\) と変換する。これによって、反変ベクトルの空間成分は\(\boldsymbol{A}'(\boldsymbol{x}') = R^{-1}(\boldsymbol{\theta}) \boldsymbol{A}(\boldsymbol{x})\) と変換する。これが通常の意味での3次元ベクトル。 また、 \(\boldsymbol{\psi}'(\boldsymbol{x}') = \exp(i \boldsymbol{\theta}\cdot \boldsymbol{\sigma}/2) \boldsymbol{\psi}(\boldsymbol{x})\) と変換するのが量子力学で学んだスピン1/2のスピノル。\CID{931}
\(\varphi\)の方程式で\(m \to -m\)として全体の複素共益を取り、\(\varphi^* \to \chi\)とすれば簡単に確かめられる。\CID{931}
ここで\(j^\mu\)の前の係数は、\(-i \eta^{\mu \nu} \partial_\nu \to p^\mu\)としたときに、\(j^\mu \to (q p^\mu / m) \left\vert {\phi} \right\vert^2\)のように\(\left\vert {\phi} \right\vert^2\)を除いて古典的な電荷の流れに帰着されるようにした。\CID{931}
これは、 真に保存すべきものは粒子数ではなく、電荷そのものであることを示唆している。 歴史的には、当初はこの\(\rho(x)\)に電荷を含めずに粒子の確率密度と解釈すべきだと考えており、それが負となることから理論が破綻していた。これに不満を持ったディラックが、次の章で説明するようなディラック方程式に従う波動関数を代わりに提案した。 しかし、真に保存すべきは粒子数そのものではなく、電荷である、という考えを認めると、\(\rho(x)\)に電荷を含めて定義すべきで、それが保存し、かつ正にも負にもなるというのは自然である。
当時の知識では見つかっている粒子はほとんど安定なものしかおらず、不安定な新粒子を提案する理論などは否定的な風潮があった。しかし、現在の知識では粒子は生成も消滅もする存在であることが広く理解され、電荷こそが保存すべきものだという論理は自然に思える。当時観測されていた粒子が安定なものしかないというのはある意味生存バイアスであり、だからといって不安定な粒子が自然界に大量に存在しないということにはらなない。さらに言えば、安定な粒子も他に存在しても良いし、実際に宇宙にはダークマターという安定な未知の物質が存在する。\CID{931}
粒子数を表す演算子を仮に\(\left|x\right>\left<x\right|\)と定義しても、それは保存しない。 電荷密度を表す演算子はそのような単純な形では表せず、この時点では具体的な形を書くことは難しい。場の理論の言葉では簡単に書くことができ、場を適当に規格化したとき\(-iq (\hat{\phi}^\dagger \partial_\mu \hat{\phi} - (\partial_\mu \hat{\phi}^\dagger \hat{\phi} )\)になる。\CID{931}
ハイゼンベルグ描像もしくは相互作用表示を用いて、自由場の時間発展を演算子に押しつけている。\CID{931}
真空\(\left| 0 \right>\)に反粒子の消滅演算子\(\hat{b}^\dagger\)を作用させると\(0\)になることに注意する。\CID{931}
ここでは簡単のため運動量\(\boldsymbol{k}\)を特定の値に取ったが、一般の1粒子状態の場合にも同様の議論がなりたつ。\CID{931}
1体系に注目したとしても、\(\left| \boldsymbol{x} \right>\)には反粒子の状態が含まれていないので、これだけでは完全系をなさないことに注意する。このため、\(\int d^3 x \left\vert {\phi(x)} \right\vert^2 = \left< \phi_{\boldsymbol{k}} \right. \left| \phi_{\boldsymbol{k}} \right> = 1\)とはならない。 また、\(\left| \boldsymbol{x} \right> \left< \boldsymbol{x} \right|\)を、粒子を位置\(\mathrm{ x}\)に見いだす演算子、と解釈することはできるが、その期待値\(\left< \phi_{\boldsymbol{k}} \right| \boldsymbol{x} \left> \right< \boldsymbol{x} \left| \phi_{\boldsymbol{k}} \right> = \left\vert {\phi(x)} \right\vert^2\)は連続の式を満たさず、全"粒子"数は保存しない。一方で、反粒子の存在も含めて定義した電荷密度\(\rho(x)\)が連続の式を見たし、全電荷が保存する。\CID{931}
スピンだけなら2自由度なので\(n=2\)に対応するが、ひとまず一般の\(n\)で考える。\CID{931}
\(m\)の係数も一般の行列にして考えてもよいが、対角化して対角成分などの余計なものを全て\(\gamma^\mu\)と\(\psi\)に押し付けて再定義しまえば、ここは単位行列にしてしまってよい。\CID{931}
ただし、\(\gamma^\mu\)は定数であることから、ディラック方程式のローレンツ共変性は自明ではない。 \(\partial_\mu \partial^\mu\)はローレンツ不変であるが、\(\gamma^\mu \partial_\mu\)はローレンツ不変量ではない。方程式のローレンツ共変性は次章で確かめる。\CID{931}
ただしこれは粒子の状態に対してのみ成り立つ式であり、後に説明する反粒子状態では異なる。\CID{931}
ハミルトニアンが既知である系に対しては、通常の量子力学の手続きに従って波動関数が満たすべき方程式を書き下せる。しかし今は逆に考えて、期待している方程式を与える様なハミルトニアンを逆算した。\CID{931}
ローレンツ変換は\(\Lambda^\mu_{\ \nu}\)を決めることで一意に決まる。それが指定されたら\(U(\Lambda)\)も一意に決まるという意味で、\(U\)に\(\Lambda\)の引数をつけている。\CID{931}
\(U(\Lambda)\)と\(\Lambda^\mu{}_\nu\)は作用する対象が異なることに注意。\CID{931}
場の理論の考え方で言うと、負の振動数の解は反粒子の荷電共役変換の波動関数になっているので、エネルギーの期待値を計算するときに場の位置を交換をする必要があり、フェルミオンの反可換性から負符号が出ることから、反粒子のエネルギーが正になり問題が生じない。\CID{931}
場の理論の考えに立脚すると、 ディラックの海の議論は必要なく、その解釈は正しい描像に基づいていないと言える。ただし、 そのアイデアは物性物理学で実現される空孔理論に応用される。\CID{931}
分母の運動量演算子は、運動量の絶対値の逆数を与えるものと約束する。もしくは、\(\hat{\boldsymbol{p}}/\left\vert {\hat{\boldsymbol{p}}} \right\vert\)を運動量の方向を表す演算子と約束する。\CID{931}
ハミルトンの運動方程式\(d\boldsymbol{r}/dt = \partial H /\partial \boldsymbol{p}\), \(d\boldsymbol{p}/dt = -\partial H /\partial \boldsymbol{r}\)からローレンツ力を含んだ運動方程式\(m d^2 \boldsymbol{r}/dt^2 = q(\boldsymbol{E} + d\boldsymbol{r}/dt \times \boldsymbol{B})\) が出る。ここで、\(d\boldsymbol{A}/dt = \partial \boldsymbol{A}/\partial t + (\partial \boldsymbol{r}/\partial t \cdot \boldsymbol{\nabla}) \boldsymbol{A}\) に注意する。\CID{931}
非相対論的な範囲では、この議論ではパウリ項やスピン軌道相互作用は表れない。\CID{931}
場の理論ではこれを要請として理論を構築する。\CID{931}
\(C\)の形から、特に波動関数\(\psi\)の上下2成分を入れ替えていることに注意する。\CID{931}
\(2 k^0 \delta^3(\boldsymbol{k} - \boldsymbol{k}')\) の組み合わせの量はローレンツ不変である。\CID{931}
このように、エネルギーの負符号の問題は同種粒子を交換したときの統計性の性質と関係しているため、1粒子状態の波動関数だけを見ていても解決できなかったのである。\CID{931}
正確には相互作用のある系での真空状態は自由場にとっての真空状態とは異なることに注意しなければいけないが、ここではその説明を省略する。\CID{931}
\(\tilde{\Delta}_\phi(q^2) = \frac{1}{q^2 + m_\phi^2 - i \epsilon}\)となる。(説明略)\CID{931}
これから微分散乱断面積を以下のように求めることができる(説明略)。\[\begin{align} \frac{d \sigma}{d \Omega_\mathrm{ CM}} = \frac{1}{64\pi^2 s} \frac{\left\vert {k} \right\vert}{\left\vert {p} \right\vert}\left\vert {\mathcal{M}} \right\vert^2 \tag{16.19} \end{align}\] ここで、\(s = - (p+p')^2\).\CID{931}