#03【前編】特別対談 株式会社ispace 代表取締役 CEO & Founder袴田武史氏×東北大学 吉田和哉教授
2023.12.22 更新
株式会社ispaceは、代表取締役 CEO & Founder袴田武史氏と東北大学吉田和哉教授らが2010年1月に月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」への参加を検討開始したことをきっかけに設立された。2023年4月に民間企業として初となる月面着陸に挑戦し、注目を浴びた。今回は特別企画として、2人の対談をお送りする。前編では、4月に行われた月面着陸の裏側や、ispaceのこれまでの歩みなどを東北大学現役学生(学生広報スタッフ)が聞き出す。
株式会社ispace 代表取締役 CEO & Founder 袴田武史氏
東北大学大学院工学研究科 吉田和哉 教授
聞き手 東北大学広報室 学生広報スタッフ 青山敦(工学部 学部4年)
民間初の月面着陸に挑戦
- 青山
- 2023年4月26日未明(日本時間)、ispaceは月面への着陸に挑戦されました。惜しくも着陸成功とはなりませんでしたが、月面着陸を目指すミッション・マイルストーンとして掲げた10段階のうち、サクセス8である月周回軌道上での着陸シーケンスの前に計画されている全ての機体制御に成功しました。これまで月面への軟着陸に成功した国は、ソ連(現ロシア)、米国、中国の3ヶ国のみ(本インタビューの時点)で、いずれも国家主導のプロジェクトのみです。
- 袴田(以下敬称略)
- 月をめざした民間ビジネスの国際競争が注目される中、私たちは商用着陸ミッションとして一番手で打ち上げることができました。本格的に始動したのが2017年で、それから5, 6年で打ち上げまでいきました。国主導のプロジェクトよりも、はるかに短い開発期間でした。
- 吉田
- これはispaceのようなスタートアップだからこそ、実現できた異例の速さだと思います。
- 袴田
- そんなスピード感の中で開発を進め、本当に着陸寸前のところまで来ることができたことは、大きな成果だと考えています。実際にデータを見ると、着陸最終体制に入り、機体が垂直に立ったホバリング状態にまで到達していました。月面からの高度データの処理さえ合っていれば着陸できるところまで来ていたんです。民間で、そこまで機体を誘導制御し、降下中のデータを取得できたことは、すごいことと思っています。
- 青山
- そんなミッションの中で感情が高まった瞬間をぜひ教えていただけますでしょうか。
- 袴田
- よく社内では「いつ泣くだろうね。」と話していました。
着陸の前の話ですが、社内イベントでミッションの全体像の説明があって。ミッション1が全部終わったら、ランダー(月面着陸船)のスイッチを切って、「”おやすみ”って言うんです」と担当者が発表したんです。それを聞いた時、「泣くところはここだな」と思いました。
だから涙は次回にお預けということなんですけど(笑)
一方で、やはり現地(米国フロリダ州)で打ち上げに立ち会った際には、高揚した気持ちになっていたと思います。
- 吉田
- 私もロケットの打ち上げは過去にいくつか見てきましたが、打ち上げ時のあの迫力には感動しますよね!
- 袴田
- すごいですよね!
我々の場合はファルコン9(スペースX社の打ち上げロケット)だったので、ロケット(再利用型の第一段ブースター)が戻ってくるんです。しかもそれが、洋上着陸じゃなくて陸の着陸だったので、打上げ地点のすぐ近くに戻ってくる!
それも見ることができて、それは「すごい!」って思いましたね。
間近で見ても泣かなかったんですけどね(笑)
- 一同
- (笑)
- 袴田
- あと、気持ちが高まったことといえば、打ち上げ直後にランダーがロケットから切り離されて、ロケットに搭載されているカメラの中継が終わったんですよね。そこから、ランダーとの通信確立まで少し時間がかかったのですが、社内で「通信が確立できました!」っていう1報が入ってよっしゃ!ってなった記憶があります。
- 青山
- それはテンションが上がりますね!
吉田先生はいかがでしたか?
- 吉田
-
私は今回の打ち上げを東京のビューイング会場で見させていただきました。打ち上げ後、順調にロケットからランダーを分離する様子がリアルタイムで中継されていたんです。しかも、切り離し後にちゃんと着陸脚がぽんと伸びる瞬間も、ロケット搭載カメラの画像で確認することができて、素晴らしかったです。
- 袴田
- その瞬間を見られていたのですか。
- 吉田
- ちょうど見ていました。それはちょっと感動しました。
- 袴田
- 氏家さん(株式会社ispace CTO※ 東北大卒)が、着陸脚が展開するところを見て、ランダーが大丈夫だって確信したって言っていました。
- 吉田
- そう、ランダーがちゃんと設計通りに動いていること目視で確認できた貴重な瞬間で、あれ見た瞬間に「脚出た!」と思いましたよ!会場にいた皆がその喜びを共有できたと思いますね。
※CTOはChief Technology Officerの略。最高技術責任者を意味する。
宇宙との通信状況のリアル
- 青山
- 私たちの生活ではスマートフォンを使って気軽に通話や画像のやり取りができますが、宇宙との通信はどの程度の通信速度なのでしょうか。
- 袴田
- ispaceのランダーでは着陸するまではローゲイン(低利得)アンテナ(低速通信)を使っていて、数十~数百kbps※程度の通信速度なので1つの画像をダウンロードするのに数時間かかりました。
最初に画質の粗い縮小画像(サムネイル)だけで入ってきて、きれいそうなものを選んで高解像度版をダウンロードしています。
- 吉田
- 通信回線としては本当に細々としたもので、ちょうどFAX回線で画像を送るようなものです。それが宇宙探査機における通信の現状なんですよね。
でも、すごく良い画像が撮れているなと思いましたね。
- 袴田
- 月面の向こうに地球が見えている写真や、月面のクローズアップ動画もありますよ。
- 青山
- そうなんですね!ちょうど資料にもランダーからの写真が載っていますが、こんな写真まで送られてくるんだと興奮しました!
- 袴田
- さらにたくさんの画像を取得していますが、公表している映像は相当厳選していますね。
- 吉田
- 今の時代って、何をするにしてもリアルタイムで中継映像を見ることができるのが当然だと、世の中の人々は思ってしまいがちですが、でも月から映像を送るって、そんなに簡単な話ではないんですよね。
※bps (bit per second)は1秒間にいくつのデータを送れるかを示す単位。いわゆる通信速度。一般的には8 bpsで1秒間に1文字を送信できる。5Gのスマホで10 Gbps(10,000,000,000 bps)と言われており、今回のランダーの10万倍速い。
多様性とチームビルディング
青山
そんな素晴らしい企業を立ち上げていく中で、チームビルディングとして何か意識されたことってありますでしょうか。
- 吉田
- 初期のころからチームビルディングはいろいろな工夫をしてきましたね。
- 袴田
- 月面着陸への挑戦までできた理由は、やはり日本人に限らなかったことかと思います。オールジャパンという冠をつけて日本だけでやろうとすると、パワー的な問題があります。日本のエンジニア、特に宇宙分野の人口は少ないです。そもそも、日本は月面に着陸をしたことがないんです。
こういう初めてのチャレンジをするわけですから、日本人だけではなくて、日本以外の人たちにも門戸を広げてやりきりました。
- 吉田
- いま注目されている言葉として多様性、ダイバーシティってありますよね。一つの国、純粋主義的な考えで固まるのではなくて、いろんな人が入って、いろいろなアイデアを持ち込む。それを上手に組み合わせてプロジェクトを成し遂げるというのが、一番大事だと思います。
そして、ispaceはそれができる会社です。
- 袴田
- それができたのは東北大学の吉田教授が最初に入っていたおかげです。
吉田教授の研究室は留学生も多く多様性の塊なので。
我々もその延長線上にいたようなものです。
- 吉田
- あと、初期の頃って合宿とかやってましたよね。
- 袴田
- そうですね、経営合宿とかもやりましたね。
チームビルディングのためのアクティビティをいろいろやったり…どんどん積極的に取り入れていろいろ工夫はしてきたんですよね。
- 青山
- 合宿はどちらでやられたんですか?
- 袴田、吉田
- 日本の温泉(笑)
- 吉田
- 日本の温泉での合宿は、外国人にとってもよい経験だったのではないかと思います。
- 袴田
- 東北の温泉も行きましたね
- 吉田
- 秋保(あきう)温泉とかね
- 袴田
- 初期の合宿で印象的なことがあって、資源開発では「月」と「小惑星」のどちらがいけそうかというディベートをやったんですよ。そして、自分が負けて月派に改編した(笑)
- 一同
- (笑)
- 袴田
- 事業として何をやっていくのか、というのを議論しているときに資源開発が宇宙の大きなテーマとしてあって、その舞台が月なのか小惑星なのかで意見が分かれたんです。
- 吉田
- そこで、あえて対立軸を作ってディベートを行いました。
月派、小惑星派に分かれてアイデアを練って意見をぶつけ合って、それぞれのメリット・デメリットを議論しましたね。
- 袴田
- そうですね。月派として東北大のメンバーが集まって東北大チームみたいになって、それ以外は小惑星派だったんで、私は小惑星チームになってやりましたね。
- 吉田
- そもそもディベートは勝ち負けをつけるものではありませんが、あの時は袴田さんチームにだいぶ言い負かされたイメージがありました(笑)
- 一同
- (笑)
- 袴田
- 自分的にはあれがきっかけで月を本格的に考えるようになって、最終的にはやはり月の方が事業として考えると、一番いいなという風になって…。
ここまで今回の月面着陸に関することを中心にお話を伺った。後編では、袴田CEOと吉田教授との出会いそして、これからの夢について語ってもらう。
文責:東北大学総務企画部広報室
取材・記事:広報室学生広報スタッフ 青山敦
写真:大学院工学研究科 吉田研究室 澤健太
関連リンク
株式会社ispace HP(https://ispace-inc.com/jpn/)
吉田研究室 HP(http://www.astro.mech.tohoku.ac.jp/)
Driving Force #31青山敦(https://www.eng.tohoku.ac.jp/driving_force/vol31.html)