領域概要

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本領域の目的

生体は、個体、組織、細胞、オルガネラ、分子の自己組織化階層構造から構成されています。 生体の各階層構造に見られるひとつの特徴として、「非対称構造」が挙げられます。マクロスケール(動植物の体や組織)から分子スケール(蛋白質など)に至るまで、生命体の多くが幾何学的構造からは大きくかけ離れた、複雑性に富んだ非対称構造であることに気付きます。 非対称構造であるために、4種類の核酸塩基と20種類のアミノ酸という限られた構成要素から、分子スケールから個体・種レベルにおける構造多様性が作り出され、自己複製など多様な機能の実現に至り、生命の繁栄につながっています。
ボトムアップ構造構築において、自然(生物・速度論支配システム)と人工技術(化学・熱力学支配システム)には大きな隔たりがある現状です。 このことは、我々には未だ成し得ないナノ・マイクロ・マクロスケールにおける構造体造形手法が自然界に存在することを意味します。 その学理構築こそが、自然に見られるような、非対称で多様な立体構造を持つ分子、分子集合体の構築を可能にします。 生体が示す通り、制御された秩序的構造多様性は機能多様性を生みます。 従って、生体に見られる非対称構造構築手法を模倣し、人工的に確立することは、幾何学構造に縛られない多彩な構造体の造形を可能とし、ひいては生体分子に類似の多様な機能性分子・材料開発につながると考えられます。
本研究領域では、生物学により紐解かれた生体分子・生体組織の速度論支配構築プロセス「遅延制御」を操る超分子化学『遅延制御超分子化学』の創成を目指します。 本提案は、超分子化学において、「対称形」から「非対称形」造形へのパラダイムシフト(変革)をもたらします。 このコンセプトは、分子スケールにとどまらず、分子集合体などの上位の構造階層にも適用でき、ナノ・マイクロ・マクロスケールでの普遍的なボトムアップ構造構築手法として、基礎学理から応用へと発展することが期待されます。

領域研究内容

生体の各階層における非対称構造の構築プロセスに注目すると、そこには一つの重要かつ普遍的な速度論支配の制御方法「遅延制御」が含まれることに気付きます。 ヒトを含むあらゆる多細胞生物は、多様で複雑なマクロスケール形状を持ちますが、その全ては、ひとつの受精卵から作り出されています。 受精卵から組織、個体が形成される発生過程において、特定の方向への細胞遊走や細胞分裂が遅延・抑制される結果、制御された方向への組織形成が進み、非対称構造が構築されます。 遅延プロセスは分子スケールでも見られます。 蛋白質の形状は、一本または複数本のポリペプチド鎖の折り畳み(フォールディング)によって作られています。ポリペプチド鎖内の各原子のランダムな熱ゆらぎから、特定の機能的立体構造(三次構造、四次構造)が作られる過程において、ミスフォールディングの進行を防ぐために、折り畳み過程を積極的に遅延させるシャペロン酵素(Holdase)の存在が知られます。 細胞のガン化や、蛋白質凝集・アミロイド化は、遅延制御機構が破綻した結果進行すると見ることができ、各生体組織階層における遅延制御によって、生命機能が維持されていることが分かります。 我々は、この一見逆説的な「遅延による機能的立体構造形成の促進」、つまり「制御された遅延から作り出される高秩序自己組織化」こそが、生体特有の多様な非対称構造を作り出す方法論の鍵であると提唱します。「遅延制御超分子化学」の学理構築には、生体に見られる遅延制御機構を化学的に理解し、再構築することが必要です。 細胞内では、分子、さらには分子集合体スケールで遅延制御が成されており、両者が連動している姿が示唆されています。 従って、両スケールでの解明を連携体制の下で行い、統一的な化学的再構築に結びつけることこそが、「遅延制御超分子化学」の学理を構築する上で重要です。 そこで、蛋白質構造生物学、細胞生物学、化学を専門とする研究者3名の連携体制で、効果的かつ強力に本領域を推進します。

A01班:分子解明班(齋尾智英・徳島大学教授)

構造生物学を基盤に、非対称生体分子で ある蛋白質の立体構造形成過程における遅延機構解明を行う。

B01班:細胞探求班(奥村正樹・東北大学助教)

細胞生物学を基盤に、非対称生体分子集 合体であるオルガネラの構造形成と機能発現における遅延機構解明を行う。

C01班:人工構築班(村岡貴博・東京農工大学教授、研究分担者:馬渕拓哉・東北大学助教)

計算科学と有機化学の連携により、生体に倣った遅延制御機能を示す人工分子を開発し、ポリペプチド鎖の折り畳みを制御する。

X00班:総括班・連携推進班(村岡貴博・東京農工大学教授)

各計画班が連携して取り組む連携研究課題『遅延制御超分子化学の追求』を中心となって支援、推進し、遅延制御超分子化学の学理を構築する。

期待される成果と意義

「遅延制御超分子化学」は、自然界の分子から生体の全階層に見られるボトムアップ型非対称構造構築の基本原理です。 その学理構築は、人工高分子化合物を基盤とする化学的な非対称構造のボトムアップ構築と新材料創出に発展する波及効果を秘めています。 この学理構築は、
・化学における分子・分子集合体の速度論制御された非対称形構築を可能とする方法論
・生物学における生体の構築プロセスと生命機能発現機構の速度論を基盤とする理解
・速度論支配を基盤とする遅延制御分子システム「生命類似体」のボトムアップ構築
を生み出し、「対称形から非対称形へ」、「熱力学支配から速度論支配へ」と化学、生物学における基盤概念を変革します。 この変革は、以下の学術への波及効果をもたらすと期待されます。

1)化学における新たな物質「高次構造を有する合成高分子」の開発と新材料創出

生体高分子のフォールディング・集合化機構を合成高分子へ適用し、三次・四次構造を有する合成高分子の開発と、非対称形を造形する超分子化学が創生されます。 本研究領域で確立する遅延制御超分子化学と、現在、高分子化学で急速に発展している精密配列制御技術が融合することにより、生体高分子同様の立体構造を形成する合成高分子の開発が可能となります。 この高分子化学における新たな方法論は、多彩な分子立体構造、非対称構造、集合構造の構築を可能とし、それに伴う新機能材料創出への波及につながります。 その実現に向け、今後、高分子化学研究者と融合領域を形成する展望を持っています。

2)生物学における新たな階層性「時間階層性」の着想と生命体の速度論的構造・機能解明

生体は、その各スケールの構造体で、速度論的要素として、ゆらぎ・ダイナミクスを有します。 それらは、分子スケール (〜ns)、分子集合体・オルガネラスケール (〜ms)、細胞スケール (〜min) の時間階層性を持ちます。 遅延制御機構は、それらすべての時間階層で働く普遍的な生命制御機構として位置づけられます。 従って、すべての構造・時間階層における生命構造、生命機能、生命活動の発現原理を遅延制御に立脚して統合的に理解する試みが勃興し、新しい生物学領域「時間階層生物学」の創成へ波及します。 その創成に向け、今後、構造生物学、分子生物学、細胞生物学から、発生生物学、さらにはシステム生物学などのマクロスケール、計算科学の研究者とも共通概念のもと融合し、新興領域を形成する展望を持っています。

3)遅延制御を基盤とする生命類似体のボトムアップ構築

遅延制御機構は、生命体の発生と人工分子の構築の両者をつなぐ原理と見ることができます。 従って両分野の融合は、化学の夢である「人工生命体・生命類似体のボトムアップ構築」への道を切り拓きます。 限られた構成成分から多彩な立体構造と集合構造を作り出し、それらを速度論的機構で連携させ、遅延制御機構で機能的・恒常的に制御するボトムアップ構築です。 この生体に学ぶ高度分子連携システムの構築は、環境適応性、自己複製能力、エネルギー・資源循環、情報処理などの生命機能を、化学によってゼロから発生させる「合成発生学」の創成へ波及します。 その創成に向け、今後、生物学、化学、計算科学の垣根を超えた研究者が融合した新興学際領域を形成する展望を持っています。

アドバイザー

相田卓三 教授(理化学研究所創発物性科学研究センター副センター長、東京大学大学院工学系研究科)
稲葉謙次 教授(東北大学多元物質科学研究所)
山東信介 教授(東京大学大学院工学系研究科)
養王田正文 教授(東京農工大学大学院工学研究院)

班友

森英一朗 (奈良県立医大 准教授)
金村進吾 (関西学院大学 助教)
井内勝哉 (埼玉県立がんセンター 腫瘍診断・予防科 がん研究職)
Lee Young-Ho (Korea Basic Science Institute, Professor)