ナノ空間に閉ざされた水を研究する場合、これまで粉末状の試料がほとんどでした。我々はミリメートルサイズの分子性ナノ多孔質結晶を用いることで、ナノチャンネル中に閉ざされた水の構造的特性、および準1元プロトン伝導の研究を行っています。およそ1.5 nmの直径をもち、長さ数mmに及ぶ一次元ナノチャネルの空間(注1)が、結晶中に規則正しく配列しています。その内部に水分子がチューブ状に配列しており、これを水ナノチューブと呼んでいます。携帯電話やレーダーなどに用いられるマイクロ波を利用して、水ナノチューブを媒介とした高い準1次元プロトン伝導を見出しました。この方法の最大の特徴は、試料に電極や電線を付けず、非接触で計れる点にあります。目下、プロトンが水ナノチューブをどのように伝搬するのか研究しています。このことは、燃料電池、生化学的機能性など、学際的に関わる基礎的な重要事項といえます。また、水ナノチューブを利用して、水素やメタンガスの吸蔵、或いは、選択的に水分子を通す分子フィルターなどの応用に向けた基礎研究も展開しています。
水ナノチューブの成果に関する紹介文
水ナノチューブにおけるガス吸蔵実験を行うための赤外用ガス加圧セル
Naバーナサイトは、古くから知られる天然に存在する鉱物の一種です。近年燃料電池や触媒などの応用面でも注目されています。この物質は、MnO2八面体が2次元層を形成し、それらに挟まれるようにNa+イオンと水からなる層が存在します。構造に関する研究が報告されていますが、Na+イオンの配置、そして、水和構造に関しては解明されていません。試料の合成は、Stantonらによる酸化還元反応を利用しました。ICP発光分光、滴定実験から、化学組成をNa0.28Mn4+0.73Mn3+0.27O2
yH2Oと決定することができました。また、粉末X線構造解析から、室温で大気圧下におけるc軸方向の層間距離を7.17Åと見積もりましたが、大気圧のもと333K以上では5.77Åに減少します。同様に、室温で真空排気することでも層間距離は5.77Åに収縮します。大気圧で熱重量分析を行ったところ、温度の上昇にともない2段の階段的な減少を観測しました。これは脱水に起因した重量変化によるもので、強く水和した水と弱く水和した水の存在を示しています。上で述べた層間距離の減少は、弱く水和した水の脱水と関係することが分かりました。一方、強く水和した水は、構造水と見なせます。
OH伸縮振動に関係する赤外スペクトルを測定したところ、大気中ではみられない特徴的な3つの吸収ピークが、真空排気にともない発達する様子を観測しました。以前行われた詳細なX線構造解析の結果から、層間の水分子間距離は3種類あることが報告されています。OH伸縮振動は、水素結合する水分子間距離に依存します。狭いナノ空間に閉ざされているため、Na+イオンの周りに水和する水分子間距離が制限されています。これらの結果を総合すると、4個に1個のMnサイトに、Na+イオンが配置し、その周りに平面状の水ヘキサマーが形成されていると結論できました。
オクトシリケート中に閉ざされた水の研究
オクトシリケートは、シリコンと酸素分子が5員環の構造をとり、それが2次元層を形成します。この層間にNa+が存在します。八面体の中心に、Na+イオンがあり、その頂点に水分子が存在します。6個の水分子のうち、4個の水分子が層に平行に配置し、2個の水分子がそれに垂直方向に位置しています。つまり、2次元的に閉ざされた水分子が存在することになります。我々は目下、この水の特性を調べるために、高帯域な電磁波応答を駆使して研究を行っています。
試料の写真
二重らせん構造を有するDNAの塩基配列は、1次元的に積み重なり、その電気伝導性に期待がもたれました。これまでの研究から、Na+をカウンターカチオンにもつ乾燥DNAは、ワイドギャップ半導体と考えられます。乾燥DNAの構造及び物性は、リン酸基周辺の水和状態が関係しており、これに関してはマイクロ波測定、赤外分光の研究を行ってきました。伝導性の発現、そして電荷注入を目指し、Na+を他の金属イオンに置き換える試みが行われています。金属的な伝導性を示す結果や、ギャップの大きさの減少などを示す実験及び理論研究が行われています。一方、Fe,
Mn, Znなどの金属イオンの配置に関しては、ESR測定などから塩基配列中への導入が指摘されています。我々は、いろいろな金属イオンを導入した乾燥DNA試料について、赤外スペクトルを温度、相対湿度を変えた環境下で系統的に調べ、金属イオンの配置場所を特定し、赤外域における電子遷移の有無を調べています。
精製した鮭精巣由来のDNAに金属イオン(M = Li, Na, Mg, Ca, Mn, Fe, Zn)を導入した試料(M-DNA)を用いています。顕微赤外分光装置により、これら試料を室温で相対湿度0%及び90%の環境下で赤外スペクトルを測定しています。これまで、金属イオンの導入により、リン酸基の対称、非対称伸縮振動に顕著なシフトと分裂を観測しました。これは、リン酸基が有する電気双極子の応答が変化したことを示しており、金属イオンが塩基配列中に導入されたことと関係します。また、高温にするとリン酸基に起因する吸収バンドの形状が大きく変化し、DNAは構造の不安定化を起こします。このことは、2+,3+の価数をもつ金属イオンが、リン酸基には配位しておらず、フリーなリン酸基の出現を示しています。このとき、負の電荷をもつリン酸基は多くの水で遮蔽されていると考えられます。高温にすることにより脱水が起き、リン酸基間のクーロン反発力が増大し、構造の不安定化の原因になっていると考えられます。