2. 強磁性金属ナノコンポジット膜を用いた
左手系メタマテリアルの実現と応用

最終更新日: 2019/6/17
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今日、光通信・衛星放送に代表されるように、電磁波は情報伝送における情報の重要な担い手です。 近い将来、超高度情報化社会迎えるにあたり、その重要性はますます高くなることが予想されます。 ところが、情報の担い手である電磁波とその媒質である物質との関係は、今日においては完全に確立されており、 ある意味での飽和を迎えていると言えます。超高度情報化社会の実現へ向けて、我々にはこの飽和を打開する必要があり、 そのためには電磁波と物質の相互作用に対しての、より本質的な部分でのパラダイムシフトが必要となります。

近年、近接場光学というパラダイムシフトにより、光の領域では従来の回折限界を打ち破り、 新たな電磁気学の世界が開けつつあります。しかし、我々は更に、もっと基礎的なレベルにおける電磁波と物質の関係、 即ち、物質の持つ電磁気学的機能に対して、従来の既成概念をもう一度見直し、それを打ち破ることによる新たな電磁気学 の展開を模索する必要に迫られています。

そもそも、電磁波に対する物質の応答は、電場に対する応答を表わす誘電率(ε)と磁場に対する応答を表わす 透磁率(μ)によって決定されます。n=(εμ)^1/2で定義される屈折率(n)が実数となる物質中では電磁波は伝播し、 反対にnが虚数となるような物質中では電磁波は伝播しません。

「電磁波が伝播する物質」とは、別の言葉を用いると「透明な物質」と言い表すことが出来ます。我々の眼に透明な物質、 例えばガラス等は、可視光の周波数領域においてεとμが共に正であり、その結果光が伝播、透過し、我々の眼には透明に 見えます。このように我々の身の回りに存在する伝播性の物質はεとμが共に正で、その中で電場(E)、磁場(H)、 波数ベクトル(k)の方向が右手の関係になるため右利きの物質(Right-Handed Materials:RHMs)と呼ばれます。

一方、εとμが同時に負であるような物質においても、やはりnは実数となり、理論的には電磁波が伝播することが許される、 ということが30年以上前に示されました [Veselago, Soviet Phys. Usp. (1968).]。このような物質は、その中でE、H、kの 方向が左手の関係を持つため、左手系物質(左利きの物質、Left-Handed Materials:LHMs)と呼ばれます。

RHMsとLHMs

LHMsでは電磁波の伝播方向(波数ベクトルkの方向)と電磁波のエネルギーの進行方向(ポインティングベクトルSの方向)が、 逆向きになるという、電磁気学的「常識」では考えられない現象が起こると考えられます。その結果、LHMsは逆ドップラー効果、 逆チェレンコフ放射等、特異な電磁気応答を示すことが予想されます。また最近、LHMsは負の屈折率をもつと予言されました [Pendry, Phys. Rev. Lett. (2000).]。このような系は、光の領域において近接場を集光できる全く新しい光学素子として働く 可能性を秘めています。しかし、この自然界にはεとμが同時に負となる物質は存在しないため、これまでLHMsは実現不可能と されてきました。

ところが最近、強磁性金属ナノ粒子を絶縁体マトリックス中に埋め込んだ強磁性金属ナノコンポジット膜が、左手系メタマテリ アルとして機能する可能性が理論的に示されました [Chui and Hu, Phys. Rev. B (2002).]。有効媒質理論を用いた計算による と、強磁性金属ナノ粒子の体積充填率を比較的低くし、磁化の方向を一方向にそろえることができれば、このようなコンポジッ ト膜が強磁性共鳴周波数近傍の領域(電磁波ではマイクロ波の領域)で左手系メタマテリアルとして機能すると予言されました。 そこで我々は本研究において、構造制御された強磁性金属ナノコンポジット膜を用いて、実験的に左手系メタマテリアルを実現 することを目指しています。本研究によってもたらされる成果は、物質の電磁気応答に対する従来の既成概念を打ち破る大きな ブレイクスルーとなり、全く新しい電磁気学のパラダイムの扉を開くと期待されます。



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