生合成された全タンパク質の約1/3は細胞内小器官のひとつ小胞体に挿入され、ジスルフィド結合の導入や糖鎖修飾を受けます。
これら化学修飾は非対称なタンパク質構造の構築に不可欠な要素のひとつであり、細胞は化学修飾を介したタンパク質品質管理機構を高く保存してきました。

我々の研究室では、生体が備えるタンパク質フォールディングにおける統合的理解を目指しています。

ジスルフィド結合とタンパク質構造

ヒトには約20,000種類のタンパク質が保存され、機能発現するために独自の構造をとる必要があります。タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、システインというアミノ酸の側鎖チオール官能基同士が共有結合であるジスルフィド結合を形成することで、ユニークな立体構造の安定化に寄与しています。インスリンや抗体、ウイルスを構成するタンパク質まで、数多くのタンパク質が複数のジスルフィド結合を保有しますが、その機能を維持するためにたった1種類のジスルフィド結合パターンをとる必要があります。ミクロなスケールでタンパク質構造を眺めますと、同じタンパク質中の構造であっても各々ジスルフィド結合周辺を取り巻く化学的環境、構造学的環境は違い、その形成プロセスは個々に違うことが想像されます。特に動的なタンパク質構造形成(フォールディングという)と連動したジスルフィド結合の形成(酸化的フォールディング)経路には、多くの未解決問題があります。我々研究室では酸化的フォールディング中に過渡的に集積されるフォールディング中間体の構造学的理解を追求し、フォールディングという生物学・医学的に重要な化学反応におけるジスルフィド結合の役割について普遍的な原理を追求したいと考えています。
細胞内のredox維持として酸化型・還元型グルタチオンが重要な役割を担っています。このグルタチオンは活性酸素の消去やROSの低減にも役立っていますが、酸化的フォールディング研究にも汎用されてきました。グルタチオンはGlu-Cys-Glyというトリペプチドであり、Glu-Cys主鎖間はGluのγ位を介したアミド結合をもち、タンパク質中のα位間のアミド結合と違う、特殊なペプチドです。真ん中に位置するCysのチオール官能基のpKa=8.3付近を考慮すると、グルタチオンのアミノ酸配列情報は効率的なチオール・ジスルフィド触媒の理想的な配列とは言えないかもしれません。例えば、チオールと似た化学性質を持つセレノール官能基はpKa=5.6付近であり、反応性が高く、チオール官能基との反応性の違いを利用した人工インスリン:セレノインスリンにおいて、酸化的フォールディングの化学制御が可能であることを示され(Arai, et al., 2017, Angew. Chem.)、チオール官能基のpKa制御が酸化的フォールディング制御に重要であることを意味しています。これまで当研究室では、チオール官能基のpKaを下げ、反応性を上げる目的でグルタチオンに含まれるアミノ酸残基をArgで置換し、よりチオール・ジスルフィド触媒反応性が高いペプチドを作ってきました(Okumura, et al., 2011, FEBS J)。最近では、より強力な反応性を有するチオール化合物についても研究しています(Okada, et al., 2019, Chem Commun)。新たなチオール化合物の開発は、理想的な酸化的フォールディングの触媒分子の追求だけでなく、細胞内のredox反応を化学的に制御できるのかもしれません。

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1960年代Anfinsen CBはRNase Aのジスルフィド結合の開裂した還元変性状態からのリフォールディング実験により、タンパク質のフォールディングにおける自発的巻き戻りの原理(Anfinsen dogma)を提示しました(Anfinsen, et al., 1961, PNAS)。さらに、1970年代、Creighton TEは3本のジスルフィド結合をもつBovine Pancreatic Trypsin Inhibitor (BPTI)をジスルフィド結合の形成とフォールディングの相関研究として使用したが(Creighton, 1975, JMB)、見過ごされていたフォールディング中間体の存在があり論争をうみました(CreightonとKimの論争)。1990年代前半に、Kim PSとWeissman JSはCreighton TE が行っていたpH=8.7でなくpH=7.3までpHを下げた実験によって見出されたフォールディング中間体の存在を示し(Weissman&Kim, 1991, Science)、その中間構造におけるジスルフィド結合位置と構造情報に基づいて、BPTIのフォールディング経路におけるジスルフィド結合形成経路を明らかにし、ジスルフィド結合の形成がフォールディングにおけるタンパク質の部分構造の形成と相関があることを示しました(フォールディングにおけるジグソーパズルモデル:Hoffman, 1991, Science)。その後、Dobson CMはLysozymeを用いて(van den Berg, et al., 1999, JMB)、Sheraga HAはRNaseAを用いて、ジスルフィド結合形成とフォールディングの相関研究を行っていましたが(Narayan, et al., 2000, Acc Chem Res.)、LysozymeやRNaseAの場合、フォールディング初期、部分構造の安定化に寄与するジスルフィド結合の形成より全体構造としての疎水性コア形成の方が速度論的に優位であり、ランダムにジスルフィド結合の形成されることを示し(hydrophobic collapseモデル)、必ずしもすべてのタンパク質においてジスルフィド結合の形成がフォールディングを追跡できるわけではないことを示しました。その後フォールディング研究は1990年代前後からアミロイド研究、2000年代前後から天然変性タンパク質研究、2010年代から生物学的相分離研究へと遍歴を経て発展してきました。

ジスルフィド結合を触媒する酵素群Protein Disulfide Isomerase (PDI) family

生体はその恒常性を維持するために、常に細胞の新陳代謝が行われています。生きた細胞では常にタンパク質の生合成が行われており、タンパク質の品質を管理する仕組みを備えます。タンパク質の品質を管理するために、不可逆な会合体としてのタンパク質アモルファス凝集やアミロイド線維の形成を抑えるシャペロンが数多く存在することや、ミスフォールディングタンパク質の蓄積によるストレスに応答したシャペロン量の維持システム、オートファジーやプロテアソームといったタンパク質分解システムが存在します。タンパク質中の天然型のジスルフィド結合ペアの獲得そしてフォールディング促進は、細胞内小器官のひとつである小胞体内で主に行われます。高等動物細胞の小胞体において、20種類以上ものジスルフィド結合触媒酵素Protein Disulfide Isomerase (PDI) familyが存在し、ジスルフィド結合形成反応を促進し、速やかな分泌タンパク質・膜タンパク質の生産に寄与します(Sato, et al., 2013, Sci Rep;Araki, et al., 2013, J. Cell. Biol.)。ただ、PDI familyはインスリンや免疫グロブリンといった数多くの基質をターゲットにしますので生化学の酵素学「カギと鍵穴の関係性」で説明できるという訳ではなく、基質の構造変化(フォールディングなど)に沿ったPDI family酵素群による基質認識機序の理解が不可欠です。本機序の解明は、小胞体内におけるインスリンや抗体など数多くの新生タンパク質の生産と品質管理の理解につながります。これまでPDI family酵素のうちP5 (Okumura, et al., 2021, Structure)、ERp46 (Kojima, et al., 2014, Structure)の新規構造を明らかにしただけでなく、PDIの1分子構造情報の取得(Okumura, et al., 2019, Nature Chem Biol)、ERdj5の1分子構造情報の取得(Maegawa, et al., 2017, Structure)、PDIの阻害剤研究(Okumura, et al., 2014, JBC)により、PDI familyによる基質認識機序を明らかにしてきました。しかしながら、これらPDI familyがどうやって基質を見分けているのかまだ多くの謎が存在します。PDIはジスルフィド結合導入によるフォールディング補助機能だけでなく、特定のタンパク質、例えば、cholera toxinのジスルフィド結合を開裂させアンフォールドさせることも知られています(Tsai, et al., 2001, Cell)。これは外部から侵入した毒素に対する生体防御システムのひとつですが、PDIがターゲット基質に対しどうやってフォールディング/アンフォールディングを運命づけるのかその調節メカニズムは不明です。また、PDI familyのひとつERp57はネオセルフとして主要適合複合体MHC class1に抗原ペプチドをloadingする際Peptide loading complexとして超分子複合体を形成する役目もある一方で、ERp57は他のPDI familyであるERp27とも複合体を組みますが、小胞体内でERp57がどうやってパートナーを選別しているのか不明です。PDI familyがマルチドメインで構成されており、比較的フレキシブルなタンパク質に該当することから、おそらく多種多様な基質の選別とPDI familyの構造柔軟性の相関研究が重要でないかと考えています。

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Kim PSとWeissman JSはCreighton TEとの論争に一石を投じただけでなく、PDIによる特定のBPTIフォールディング中間体の認識に対しても追求しました。彼らの先駆的な実験によって、PDIは特定のフォールディング中間体種における分子内部に埋もれたジスルフィド結合・チオール官能基周辺の立体構造を壊す能力(local unfoldingという)があることを示しました(Weissman&Kim, 1993, Nature)。このPDIの能力はジスルフィド・チオール交換反応性を高めるために、基質の立体構造を一部壊すことであり、その後Dobson CMらは低濃度のウレアを用いた実験でさらにPDIのlocal unfolding能力を例証しました(van den Berg, et al., 1999, EMBO J)。
また同時期、PDIを再酸化する酵素の同定も精力的に行われました。1998年、二つのグループによって行われた酵母の遺伝学的解析によってPDIを再酸化する酵素ER oxidoreductin-1 (Ero1)が発見されました(Frand, et al., 1998, Mol Cell; Pollard, et al., 1998, Mol Cell)。さらに2000年にヒトEro1αが発見され(Cabibbo, et al., 2000, JBC)、Ero1-PDIにおける研究が注目され始め、酵素依存的な酸化的フォールディングの研究を目覚ましく発展させる結果となりました。2010年には、ヒト由来Ero1の構造も決定され、PDIの再酸化における分子機序の理解がより一層深まりました(Inaba, et al., 2010, EMBO J)。2010年代には、Ero1以外にPeroxiredoxin 4 (Prx4), Glutathione peroxidase 7/8 (GPx7/8)などPDI familyを触媒する酸化酵素が相次いで発見され(Zito, et al., 2010, J Cell Biol; Tavender, et al., 2010, EMBO J; Nguyen, et al., 2011, JMB)、小胞体内における複雑かつ巧妙なジスルフィド結合形成ネットワークが提唱されました。これまでに我々はEro1αの新規活性化機構(Ramming, et al., 2015, Free Radic Biol Med; Ramming, et al., 2016, Redox Biol; Kanemura, et al., 2016, JBC)、Prx4 (Sato, et al., 2013, Sci Rep)やGPx7/8 (Kanemura, et al., 2020, JBC)のPDI family酸化機構を明らかにしてきました。

PDI familyのシャペロン機能と変性疾患の関連性

ジスルフィド結合はシステイン間非天然型様式として形成されることもあります。そのような結合はタンパク質の構造異常を惹起するため、小胞体内にはジスルフィド結合の修復システムが備えられています。不良タンパク質の蓄積は変性疾患や糖尿病などを引き起こすと考えられるため、構造未成熟な不良タンパク質の構造修復の仕組みは、我々の生体内において極めて重要な役割を担っています。パーキンソン病やアルツハイマー病など種々の神経変性疾患は体内で構造異常タンパク質が過剰に蓄積することで引き起こされることが知られています。これまでにPDIの変異や機能欠損を引き起こす化学修飾が、さまざまな神経変性疾患の患者から見つかっています(Uehara, et al., 2006, Nature; Woehlbier, et al., 2016, EMBO J)。我々は様々な神経変性疾患で見つかっている変異や化学修飾とPDI familyのloss-of-functionやgain-of-toxicityの機序を追求することで、疾患メカニズムを明らかにしたいと考えています。

タンパク質の状態を制御するPDI family

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