次世代型のPET(Positron Emission Tomography)装置の開発
生体内の“分子イメージング”/がんやアルツハイマーの高精度診断
生命の機能は生体関連分子の様々な化学反応によって維持されています。
PET(陽電子断層画像撮影法)はこれらの分子の体内分布を定量的に明らかにする技術です。
このような特徴から、レントゲン写真やX線CTなどが臓器の「形状」を画像化するのに対して、PETでは生体の「機能」を画像化することが可能であり、現在、臨床現場においてがん診断(がん細胞の高いブドウ糖消費を画像化)など様々な診断に広く活用されています。
また、PETによってアルツハイマー病の原因となる脳内たんぱく質の蓄積を画像化することで超早期での診断や正確な進行予測が可能となることが期待されています。これによって症状発生前の進行抑制治療が可能になるなど、高齢化社会の抱える大きな問題である認知症対策においても重要な役割を担うことが予想されます。
このような新しいニーズに対応するため、本研究室では様々な面で従来の装置を上回る次世代型PET装置の構築を目指しており、ハードウェア/ソフト両面での開発を行っています。
これまでに創薬分野などで有効活用される小動物用PET装置や脳の高次機能解析などの応用を考慮したヒト頭部用PET装置の開発を行ってきました。
このうち、小動物用PET装置では実用機として当時の世界最高の解像力(空間分解能)の達成に成功しています。現在開発を進める次世代装置開発では解像度と同様に重要な装置性能である感度・定量性などを飛躍的に向上させることを目標として、種々の要素技術開発を行っています。
CdTe検出器の開発と応用
位置敏感型ショットキCdTe半導体ガンマ線検出器
当研究室では、『位置敏感型ショットキCdTe半導体ガンマ線検出器』を開発し、PET(Positron Emission Tomography)装置への応用を研究しています。
ガンマ線検出器に使われる半導体素子は、ガンマ線やX線を吸収すると、吸収した放射線のエネルギーに比例した電子正孔対を生成する性質を持ちます。半導体素子に電圧を印加することで電子正孔対を収集し、それによってガンマ線の検出を行っています。
ガンマ線を効率よく検出するためには、半導体素子としてガンマ線の吸収効率が大きい材料、つまり、原子番号が高く、高密度な材料を採用する必要があります。
テルル化カドミウム(CdTe)は、カドミウム(Cd:原子番号48)とテルル(Te:原子番号52)からなる化合物半導体です。これまで半導体放射線検出素子としては、シリコン(Si:原子番号 14)や、ゲルマニウム(Ge:原子番号 32)が多く利用されてきました。
対してCdTeは、実効原子番号が50と高く、また6.06g/cm3と高密度であるために、ガンマ線に対して高感度であるという特性を持っています。さらに、SiやGeは熱ノイズを防ぐために冷却が必要ですが、CdTeは常温環境下でも使用可能であるという特長があります。
CdTe半導体ガンマ線検出器のPETへの応用
当研究室のCdTe検出器は、陰極にインジウムを蒸着し、ショットキ・ダイオード構造としたショットキ型の半導体検出器です。ショットキ型の半導体は、順バイアスでは電流が流れる一方で、逆バイアスでは流れにくい性質(整流作用)を持ちます。逆バイアスには、従来よりも高い電圧を印加できるため、電荷収集の速度と効率が向上します。そのため、ショットキ型半導体検出器は高速動作に適しており、エネルギー分解能が高いメリットがあります。
一般的なPET用のガンマ線検出器では、入射ガンマ線のエネルギー情報と時間情報を取得しています。それに対して、位置敏感型半導体検出器では、上記の2つに加えて、入射ガンマ線が検出器内で吸収された位置の情報を得ることができます。
位置敏感型検出器には、位置情報を得る原理によりいくつかの種類があります。当研究室では、ストリップ型および電荷分割型を併せ持つ2次元の位置敏感型検出器を開発しました(図)。
この検出器では、電極面を多くの独立したストリップに分割しています。検出器内で生成される電子は電気力線に沿い対応するストリップ電極に向かって移動するので、ある程度の電子を収集したストリップからのみ出力信号が得られます。
そのため、飛程の短い粒子が入射したときは1つのストリップからのみ出力信号が得られ、飛程の長い粒子が入射したときは付近のストリップからの出力信号を内挿して飛跡位置の重心を同定できます。また、この電極面は一様な高抵抗膜となっており、その両端から電荷を分割して収集すると、引き出された電荷量の比から、ガンマ線が吸収された一次元の位置情報を計算することができます。
当研究室では、位置敏感型ショットキCdTe半導体ガンマ線検出器を小動物用PET装置に採用し、世界初となる1mm以下の高空間分解能を達成しました。この高空間分解能PET装置をヒトのPET検査を行う研究に利用することで、脳科学における謎の解明や、新しい薬剤の開発等に貢献することが期待されています。
放射線画像支援治療(IVR)のための超低被ばくX線透視システムの開発
究極的に低侵襲な手術技術の確立
IVRとはInterventional Radiologyの略であり、X線透視(デジタル的なレントゲン写真のリアルタイム動画)によって患者の体内を観察しながらカテーテル手術を行う治療技術です。
身体を大きく切開する必要がないという低侵襲性、心臓疾患・がん治療・外傷対応など多岐にわたる治療適応、血管を機器の通り道として活用するによる広い適用範囲などの利点から実施症例が拡大を続けており、近年では心臓を対象とした手術件数だけで数十万件/年の治療実績があります。
しかし、長時間のX線透視のため通常の医用画像モダリティに比較して患者・医師両方の被ばく量が多いという問題点があります。
この課題に対して、本研究室では新しいコンセプトに基づくIVRシステムの開発を行っています。
このシステムは濃淡(白黒)のみ表現されるX線画像上で「そこに写っているモノは何か」を正確に特定し、この情報を用いることで極めて少ないX線の照射量(∝被ばく量)でのX線透視画像の取得を目指すものです。
このために、物体を特定することが可能な新しいX線透視画像システムと少ないX線照射量で撮影された低画質画像を従来通りの画質に再構築する画像処理手法といった2つの新しい技術の開発を進行中です。IVRのX線透視画像の被写体には体内臓器・器官の他にガイドワイヤー・カテーテルなどの様々な医療器具が含まれます。このような多彩な被写体の物体を特定することは、次の画像処理にとって大きなアドバンテージとなることが考えられます。
私たちが日常的に目にしている「光」に波長に応じた「色」が存在するのと同様に、X線にもその波長(エネルギー)に応じた「透過力」の違いがあり、これによって観察する物体の像はX線のエネルギーによって異なります。この見え方の異なる複数の画像間で演算処理を行うことによって、物体が何であるのかを特定した画像-物体特定画像-を得ることが可能となります。
また、後者の画像処理技術については、近年、自動診断などに対して医療分野でも活発に研究が進められている機械学習を利用した画質改善処理の検討を行っています。
処理の対象となるX線画像には少ないX線照射量での撮像に起因して増大する統計ノイズの他に、撮像デバイスの特性やばらつきに起因する他の雑音成分の影響が顕著に表れます。このような物理的要因で無いノイズの除去を効率的に行うには機械学習を始めとした処理手法が有効であると考えています。