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世界に名をとどろかせる東北大学の材料科学研究。その学部教育を担っているのが、材料科学総合学科です。国内最大規模の材料科学系総合学科として、活発な教育研究活動を行っています。世界に類を見ない豊富な教授陣による実践重視の教育プログラムにより、材料科学分野に関して世界最高水準の教育を提供しています。
本記事では、材料科学総合学科の先生へのインタビューを中心に、材料科学総合学科の魅力を紹介します。材料科学は、金属・セラミックス・高分子などの材料の性質を物理的・化学的に研究し、次世代の材料開発を行う研究分野です。その応用分野は、電子機器や各種工業製品を始めとして、エネルギー貯蔵・利用、生体材料、宇宙・航空など、あらゆる分野に広がっています。新しい材料が開発されることにより、それらの分野も発展します。ぜひ、材料科学の分野に触れてみてください。
スペシャルインタビュー
材料科学総合学科 髙村 仁教授
材料科学総合学科では、どういう研究をしているのでしょうか?
髙村仁教授(以下髙村):世の中を根本的に大きく変えようと思ったら、実は材料を変えるしかないんです。例えば、今普通に使っているスマートフォンだって、これが実現できたのは、まずはこの薄さのなかに入る「リチウムイオン電池」が開発されたから。きれいなディスプレイだって「有機EL」ができたから実現できた。新しい材料が生まれることによって新しいデバイスが実現可能になります。デザインも大切ですが、材料自体が変わらないことには、結局、大きく変えることはできないんです。
社会を変える研究のひとつであるということでしょうか。
髙村:そうですね。最近注目されている社会問題のなかに「脱炭素」というものがありますが、材料科学はこれにもかなり貢献できると思っています。今、世界中の二酸化炭素の15%程度を排出しているのが実は製鉄業なんですが、材料科学の手法を使えば、そこをかなり減らせることができる。例えば、コークスを使う鉄鉱石の還元プロセスで、二酸化炭素をあまり出さないようにできたとすれば、これは世界にかなりのインパクトでしょう。製鉄の際の二酸化炭素を削減するのは、夢物語ではないと思っています。それから火力発電。今、発電のためのガスタービンは冷却が必要なのですが、それを無冷却で1600℃で動かせたら、ものすごい効率のいい火力発電になるでしょう。その1600℃に耐えられる材料を開発している人たちもいます。材料は現在の社会の基盤を支えていますが、それだけでなくこんなふうに材料自体を変えていくことで、世界のいろいろな課題を解決することができるんです。
自分の研究で世界を変えることができるかもしれないということですね。
髙村:そうですね。車を格好よくすることはデザインを変えればできますけど、電気自動車にしようと思ったら、電池も要るし、モーターも要るし、そういう新しい材料がないとできないですよね。1980年代に流行したSONYの「WALKMAN」ってご存じでしょうか?カセットテープを歩きながら聞くための小型機器なんですが、あれが実現できたのも希土類磁石を使った強力なモーターができたからです。特に強力なネオジム希土類磁石は、東北大学で材料科学に関して博士号をとった研究者が作った材料です。このモーターは、パソコンのHDDなど世界のあらゆるところで使われています。始めにも言いましたが、世界を変える可能性があるのは、やはり材料や物質そのものにアプローチしたときです。実際、超伝導体やリチウムイオン電池など新材料の発見に関するノーベル賞も多いですね。
ほかにはどういった研究が材料科学総合学科でされているのでしょうか?
髙村:例えば、ロケットの水素燃料タンクの製造方法に関する研究のように、宇宙分野でも材料科学総合学科は縁の下の力持ちとして貢献しています。医療用の人工血管や人工骨、薬剤を狙った場所に移動するドラッグデリバリーシステムといったものを開発している人もいます。こういう「医工学」と呼ばれる医学と工学の融合分野でも材料科学は重要な役割を担っています。
材料科学の研究をしていて、どういったところがワクワクしますか?
髙村:「こうやって作れば、今までないものができるはず」と考えて、実験してみて、もちろんうまく行かないこともあるのですが、なんとか試行錯誤して実験の結果何か新しいものができて、それをパッと取り上げたときに、思っていたものができたとか、思った以上のものができたとか、あるいは予想外のものができたとか、起きるわけですね。そうした自分が考えて作り出した実物を手に取れるのが、材料科学研究の喜び、ワクワク感ではないかと思います。
材料科学総合学科の特徴、強みはどういう点でしょうか?
髙村:材料科学研究は世界的に見ても日本が強い分野ですが、その日本の中でも「材料といえば東北大」と言われるほど、東北大学が強い分野です。東北大学の材料科学研究の特徴としては金属材料だけでなく、半導体・セラミックス・高分子も含めて材料科学の研究者が多く、他の大学に比べてカバーしている範囲が広いという特徴があります。東北大学の特徴の1つとして研究所が多い大学という点があげられますが、それらの研究所の中には、金属材料研究所、多元物質科学研究所など材料についての研究所が多くあることも、東北大学の材料科学研究を幅広いものにしています。カバーしている範囲が広いということは、学生にとっても、入学したあとの選択肢がいろいろあるという点で大きなメリットです。いろいろある中で、それぞれの学生にとって「おもしろい!」と思えるものがきっと見つかるのではないかと思います。
東北大学工学部の中でも、材料科学総合学科と化学・バイオ工学科はちょっと似たところもあるかも、と思うのですが、どんなところが違うのでしょうか?
髙村:一緒に研究することもあり、研究している内容や目指しているもの自体は近い場合もあります。結局は、どこに軸足を置くかということだと思っています。化学・バイオ工学科は反応やプロセスが根底にあるような印象でしょうか。材料科学総合学科では、原子レベルから大きな構造物・製品まで、あくまで「材料」を中心に考える、ということに違いがあるかもしれません。
高校の理科の科目との関連でみると、どうなのでしょうか?
髙村:化学・バイオ工学科は高校で学ぶ「化学」との関連が強いと思いますが、材料科学総合学科は「化学」に加え「物理」との関連も強くあります。新しい材料を作り出す際に、物理学の発想や知見を多く利用するのが、材料科学総合学科です。例えば古典力学、量子力学、電気と磁気が融合したスピントロニクス、などの知見を使います。高校生にとっては「物理」と「新たなものを作り出す」ということの間には距離があるかもしれませんが、私たちの学科では「物理を使って新しい材料を創り出す」ということにも取り組んでいます。
そのような研究は、実際にはどうやって進めるのでしょうか?
髙村:実際の研究では、実験室で物質を扱うことはもちろんですが、コンピューターでシミュレーションしたりすることも多いですね。最近では機械学習やAIを使った研究も盛んで、「マテリアルズ・インフォマティクス」と呼ばれる研究はとてもホットな研究領域となっています。
材料科学総合学科での教育の特徴はどのような点ですか?
髙村:材料科学について幅広く学ぶことはもちろんですが、それに加え、英語教育に力を入れている点も大きな特徴です。学科独自で工学英語に関する講義を設けていますし、4年次の卒業論文も多くの学生が英語で口頭発表します。留学もできます。
就職先は、どんなところになりますか?
髙村:就職先は本当に広く、ほぼ全ての製造系業種にわたります。機械、電機、自動車、航空など、いろいろな企業に行った先輩がいます。もちろん鉄鋼業に行く人もいますし、例えば、航空機エンジンのタービンを作る会社に行った人もいます。官公庁に入る人もいますね。研究開発の部署がある会社の方には、「東北大の卒業生は、コツコツと頑張るのがいい」とよく言っていただきます。何か壁に突き当たっても、あ、ダメだな、とあきらめるのではなく、粘り強くコツコツと積み重ねて難しい課題を解決できるそうです。
高校時代に学んでおいた方がいいということはありますか?
髙村:文系科目を含めて、基礎学力はもちろん大事です。しかし、勉強ができるかどうかという点と研究者としての適性は、ちょっと違います。研究って、自分の進んでいる道の行き先が断崖絶壁だったり、行き止まりだったりすることもある。それはそれとして、その探検を楽しめる、研究のプロセス自体を楽しめるかどうかが、けっこう大事です。試験勉強では、最短経路で正しい答えにたどり着くことが必要ですが、研究はそうじゃないんですね。自分の興味は何か、自分だったらどういうプロセスを楽しめるか、という考え方で進路を選ぶのが大事ではないかと思います。また私は高校生にアドバイスするときに、「何ごとにも全力で取り組んでほしい」と言っています。研究者・技術者として活躍するためには、自身の力だけでなくチームワークも大事です。その基礎は高校生活で培われると思います。部活動でも、文化祭でも、「今」を大切にそのプロセス自体に全力投球できる。そういう経験を積んでいくことが、将来の研究や仕事につながるのではないかと思っています。
東北大学工学部材料科学総合学科
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東北大学工学部材料科学総合学科
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