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高校の授業でも馴染みがある「化学」。その化学の知見をもとに、人々の暮らしや未来の地球をよりよいものとするための新しい物質を創り出し、持続的に供給していくための教育と研究を行っているのが、化学・バイオ工学科(通称『化バイ』)。持続可能社会の実現やカーボンニュートラル社会の形成に向けて、化学・バイオ工学には大きな期待が寄せられています。
東北大学工学部の化学・バイオ工学科は、応用化学・化学工学・バイオ工学の「3コース一体教育」という、他の大学にはない特徴的な教育を行い、かけがいのない未来を創り出すための柔軟かつ優れた対応能力を持つオールラウンドプレーヤーとなる人材を育成しています。
本記事では、化学・バイオ工学科の先生へのインタビューを中心に、化学・バイオ工学科の魅力を紹介します。
スペシャルインタビュー
化学・バイオ工学科
北川 尚美教授
化学・バイオ工学科はどういうことを学ぶ学科ですか?
北川尚美教授(以下北川):おそらく世界で唯一だと思うのですが、応用化学と化学工学、バイオ工学をすべて学べる学科です。たいていの大学は入学の時にそれぞれの分野に分かれてしまうのですが、わたしたちの学科では3年生までの間に、これらすべての知識を学ぶことができます。4年生になるときに、それぞれの専門分野に分かれる仕組みになっています。
応用化学、化学工学、バイオ工学を全て学ぶことには、どんなメリットがあるのでしょうか?
北川:社会に出たときに、すごい強みになります。これら3つの分野を横断的に学んでいることによって、素材である化学物質から、医薬品や化粧品など、あらゆる身の回りのものを作り出すことができるんです。なかなかすごいことでしょう!!「化学」が関わるあらゆるものの発案から実用化、そして製品化まで、すべての知識を持って卒業することができるんです。
研究室で実験するだけではなく、社会に出たあとも実際に使える知識や物の見方が大学で身につくということでしょうか。
北川:もちろん、研究の際にはいろいろな実験を行いますが、「目的の反応が進んだ、こんな物質ができた」だけではなく、それが実際の生活でどう使えるかまで考える素養が、私たちの学科で学ぶことによってつきます。世界は今、さまざまな課題を抱えています。カーボンニュートラルやパンデミックなども課題のひとつですね。そういう課題に直面したとき、自分が知っている技術が1つだけだと、解決できないかもしれません。わたしたちの学科では、3つの分野を学ぶことで広くいろいろな技術を知り、課題に対してどの技術をどう使うか俯瞰的に考えて、ベストウェイを選択して新しいシステムを創り出すことができるような、そういう学修をしています。
なるほど、さまざまな知識を得ることで、世界が抱える課題の科学技術による解決策を俯瞰的に考える能力がつくということですね。
北川:世の中はものすごいスピードで変わっています。今は「カーボンニュートラル」が世界の課題のひとつですが、これから工学部で学ぶ学生が社会に出たころには、もしかしたら気候変動の問題と同じくらい大変な、新たな社会の課題に立ち向かうことになるかもしれません。そのような時にも、しっかりと対応できるような知識や技法を身につけてもらうためには、まずは、化学とバイオの基礎をしっかり身につけ、なおかつそれを研究室で深く研究することを通して課題解決力を身につけるというやり方がとても有効です。それによって、初めて世の中の未知の課題に対する対応力がつく。新しい道を拓くイノベーターになれるのではないかと思います。
高校で学んでいる化学とは、だいぶ違うように感じます。
北川:実はそうではないんです。高校で学ぶ化学も物理も、全部私たちの研究に繋がっています。高校の化学って、覚えることが多いイメージかもしれません。それは、高校の化学で学んでいることが、私たちの体感と隔たりがあることが原因だと思います。私たちの学科では、化学の様々な現象が身の回りのものとつながった形で、体感として理解できるような学びを行っています。それによって、例えば身の回りの様々なものが分子レベルでどういう反応をしているかわかるようになります。この部屋にはエアコンが2台あるから、温かい空気がどの辺にあって冷たい空気がどう動いているのかな、とか。そういう空気の流れが数式で見えるんですよ。バーベキューで、早く火を起こすのも得意です!炭が燃えるっていうのはどういう現象であるか理解しているので、火がつかない理由をすぐ把握できる。あ、じゃあここを早めてやればパッと火が付くよねって。こういった体感を獲得していることが、就職して技術者や研究者として活躍するようになった時に、工場を見て「ここをちょっと工夫すれば何億円も利益を上げられるのに」とか「こうすればもっと環境負荷を軽減できるのに」とかわかることにもつながります。
この学科で学ぶことと、実際の生活が結びついているんですね。
北川:「実際の生活と結びついている」「人と技術とのかかわりが重要」という点は、工学部や化学・バイオ工学科の特徴であり、近年特に重要性が増している視点です。例えばリサイクルという課題を考える際には、リサイクルのための装置の中の化学反応だけ考えればよいのではなく、どういうふうに回収品が集まってきて、それを分けていくのか、ということから考えないといけません。人の営みと技術を組み合わせて考えられることこそ、環境によい最適な社会システムを創り出していくためには重要になります。
この学科では、どういうことが研究されているのでしょうか。
北川:化学・バイオ工学科では、2021年5月から「高校生向けWeb講義シリーズ」を月1回開催しています。ここで、化学・バイオ工学科の様々な研究を紹介していますので、ぜひ見てみてください。2021年5月から開催したシリーズⅠでは、「温室効果ガス排出量ゼロへの挑戦」というタイトルで、いま世界的な課題となっているカーボンニュートラル社会の形成に向けて私たちがどういう研究を行っているかを紹介しました。例えば、温室効果ガスの問題というと「CO2の排出量を削減する」「排出されたCO2を地下に固定化する」というような対策が思い浮かぶと思いますが、私たちの学科では「CO2を原料にして私たちの生活に必要なものを作り出す」という研究を国のプロジェクトとして進めています。CO2を厄介者と捉えるのではなく、資源として、いわば「お宝」として捉える、これまでとは全く違ったアプローチの研究開発です。
この学科で学ぶことのよさはわかったのですが、3つの分野の知識を学ぶというのは大変なことなのではないかな、とも思うのですが…
北川:大変は大変です。でも、そのために私たちの学科のカリキュラムはとても工夫されているので、安心してください。1年生から4年生までの間に、驚くほど成長できます。皆、何も知らない状態で入ってきますが、4年生になって研究室に配属された時には最先端の研究ができるようになっています。私たちの学科は約9割が大学院へ進学し、修士課程を修了してから就職するのですが、企業の方々は学生たちが多彩な知識を身につけていることをご存知ですので、「ぜひうちの会社に来て欲しい」と多くの声を頂いています。
就職先はどうでしょうか?
北川:私たちの学科で育てている「化学でものづくりできる人材」は企業にとってとても貴重なので、卒業生に対する企業の期待値はとても高いですよ。入社した卒業生の活躍を見て、今年もぜひここの学科の学生を採用したい、とおっしゃってくださる企業が多いです。就職の支援も手厚く行っています。どんな会社に就職できるのかというイメージも湧くように、3年の終わりには、卒業生が働いている企業の工場見学会を実施します。OB・OG訪問もしやすい環境ですね。最近の実績で言うと、大半の学生がスムーズに進路決定しているようです。
女子学生の数は多いのでしょうか?
北川:3割程度まで増えています。もう女子が少ないという感じはほとんどありません。実験の時は安全に配慮した格好にしなければいけませんが、それ以外の普通の時はみんなすごくおしゃれです。私が大学に入ったときは女子学生は1%程度でしたが、今はとても大きく変わりました。女子なのに工学?という偏見も感じませんね。東北大学工学部には「工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE)」という女子学生や女性教職員を支援する組織があり、女子学生は安心感を持っているようです。そもそも、学生自身は男女は意識していないかもしれません。就職の時には、いまはどこの企業も女性技術者・研究者が欲しいので、女子学生の方が優位の印象を受けます。
化学と工学をあわせて学ぶことの魅力が分かったような気がします。
北川:私が恩師に教わった言葉なのですが、工学の「工」という字は、上の横棒が自然の摂理や理論のことで、下の横棒が私たちの生活・暮らしなんだ、そしてその二本をつなぐのが縦の棒で、これが「工学」なんだ、って。だから私は、いつも、上の横棒を極めるのが理学部で、人の役に立ちたいんだったら工学部って言ってます。化学・バイオ工学科は、特にその色が強い学科です。発見された摂理や理論を、暮らしにどう落とし込むか。それを考えてみたいと思う人は、ぜひ化学・バイオ工学科を考えてみてください。
シリーズV | あらゆる学問分野で活躍する工学部の化学 |
シリーズⅣ | 知ってる?化バイの情報サイエンス |
シリーズIII | どんなものでも化学の力で創り出す |
シリーズⅡ | 反応場をあやつり不可能を可能に‼ |
シリーズI | 温室効果ガス排出量ゼロへの挑戦 |