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名著日本語訳を半世紀ぶりに改訂 「理論物理学教程」最新版邦訳プロジェクト

更新日 2023年11月14日


第二外国語で履修したロシア語を邦訳へ

翻訳のために使用しているツール。手持ちの書籍を読み込みながら進めていく。
「ランダウ、リフシッツ理論物理学教程」は10巻からなる物理学の教科書です。原著はロシア語で書かれており、1950年代に日本語に訳され、名著として読み継がれてきました。その後、原著では更新が進みましたが、1970年代に改訂されてから約50年、邦訳は更新されていませんでした。そんな中、2022年から東北大学理学部の学部4年生6人が新たな翻訳版の出版に取り組んでいます。「ランダウ、リフシッツ『理論物理学教程』最新版邦訳プロジェクト」のメンバーです。
「最初は1ページで1個2個くらいかなと思っていたんですけど、(翻訳し直す箇所が)割といっぱいあって、思ったよりがっつり訳している感じです」とリーダーの式見さん。ロシア語の原著を訳しながら、現在の邦訳版と見比べて修正を入れていきます。

きっかけは自主ゼミ

学部1年生の春休み、プロジェクトのメンバーは、物理学の基礎の一つである「解析力学」を自主ゼミで学ぼうと考えました。自主ゼミは、一つの書籍を複数人で読み、議論する学習方法です。書籍を節やページごとに分け、各部分の担当者が内容を説明します。
「解析力学」の教科書を探したところ、出会ったのが「ランダウ、リフシッツ理論物理学教程」の「力学」でした。入門書よりも比較的ハイレベルと言われる本書ながら、「すっきり書いてある」という印象をもったそうです。春から夏にかけて読み進めました。
ゼミの様子。白熱して1回2行しか進まないことも。

「力学」を読み終えると、次は「場の古典論」という巻に移りました。このとき、ロシア語から日本語に訳した際の誤植や不自然な表現を見つけるようになりました。ロシア語の記号がそのまま使われている部分もあります。
そこで、ロシア語を学部1年生から第二外国語で履修していた式見さんを中心に「訳したらいいんじゃないか」と話すようになったといいます。その後、東北大学基金による学生の挑戦を応援するクラウドファンディング「ともプロ!」をきっかけにプロジェクトがスタート。基金・校友事業室が出版社との仲介に加わり、出版への道筋ができていきました。「出版社の方も僕たちのこのプロジェクトに共感していただき、初めから協力的に協議してくださったことがとても大きかった」とのこと。

難解とされる教科書の魅力

「ランダウ、リフシッツ理論物理学教程」は名著ながら、入門書とするには難解だとする人も少なくありません。しかも、改訂のためにはロシア語からの邦訳が必要です。
ロシア語で書かれた専門用語。2行目の赤線部が「線形変換」を意味する。

解析力学では、ラグランジアンという量が登場します。この量を使うことで、対象となる舞台で物体がどんな運動をするのかを予測したり調べたりすることができます。多くの教科書では初学者が学習を進めやすいよう、ラグランジアンをひとまずこの形、と決めてしまい、その先の物体の運動について計算を丁寧に説明します。一方、「ランダウ、リフシッツ理論物理学教程」では舞台がもつ数学的な特徴から必然的な結果としてラグランジアンを導き出し、途中計算は省略しています。プロジェクトのメンバーは、この独自の議論の仕方にこそ魅力があると言います。舞台の設定が変わっても通用する説明方法になっているため、一度理解できればあとはすっきり読めるのだそうです。また「ランダウ、リフシッツ理論物理学教程」で省略された計算式の行間を埋めていくと、難解な式変形やこの本独自の解き方をしている部分も出てきます。

しかし計算はあくまで手段であり、そこから物体の運動の様子といった物理的な意味を見つけ出すところに醍醐味があります。
エッセンスが凝縮されているため、1回のゼミで2行しか進まないこともあるそうです。今も自主ゼミを続けている「場の古典論」は、2年前の8月から始めてもまだ読み終わらないほど。

「ランダウ、リフシッツ理論物理学教程」が言語を超えて読み継がれていて、メンバーが邦訳に力を注ぐ背景にはこうした理由があるのです。

次のステージへ

プロジェクトの遂行には支援も欠かせません。プロジェクトでは、SNSを駆使して広報活動も行っています。2022年10月には学生の挑戦を応援するクラウドファンディングプロジェクト「ともプロ!」で資金を募り、70万円ほどの寄附が集まりました。寄付は出版社との協議に伴う交通費や邦訳に必要な書籍の購入費用として活用しています。
2023年6月には東北大学や東北大学生によるサークルを応援できるTohoku University Giving Campaignにも参加し、全団体のうち1290票の応援を得て得票数4位を獲得しました。「思った以上の反響だった」そうです。
Tohoku University Giving Campaignの段階では出版社との調整も進んでいたことから、公開できる情報が広がりました。プロジェクトは本学の卒業生にとどまらず、SNS上で物理学者や物理学を学ぶ人からも支持を得ています。

今、プロジェクトでは「力学」の翻訳を進めており、半分ほどまで進めたところです。これからはさらに「力学」の翻訳を進め、「場の古典論」の翻訳もしたいと目標を語っています。
メンバーは全員学部4年生。大学院への進学を目指しています。「継続的にやってくれるあとの世代じゃないですけど、そういう人たちがいたらいいなと思います。まだ気が早いかもしれないですけど」と未来を語りました。

いつも活動している黒板の前で。

寄附者やフォロワーをはじめ、たくさんの応援者に背中を押されている「ランダウ、リフシッツ理論物理学教程」最新版邦訳プロジェクト。東北の地から、物理学の礎となる教科書をアップデートしています。

                                取材:東北大学総務企画部広報室サイエンスライター・口町和香



東北大学基金ウェブサイト「ともプロ!」
https://www.kikin.tohoku.ac.jp/project/tomopro/2022/pj_001_2022
「理論物理学教程」最新版邦訳プロジェクト X
https://twitter.com/L_D_Landau
Tohoku University Giving Campaign
https://autumn2023.tohoku.giving-campaign.jp/
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