#10東北から世界へ。異分野融合で学際的研究を開拓
―学際科学フロンティア研究所
2025.05.30 更新
日本の大学における研究のシステムは、准教授や助教が教授の研究室に所属する「講座制」が主流。しかし東北大学学際科学フロンティア研究所(The Frontier Research Institute for Interdisciplinary Sciences /FRIS) では、優秀な若手が独立したリーダーとして活躍できる「研究ユニット制」を取り入れています。若手教員は新領域創成研究部に所属し、国際卓越研究大学(※1)における「研究ユニット主宰者(PI)」として研究活動および領域内外の異分野融合研究活動に従事しています。領域は、全ての専門分野を含む「物質材料・エネルギー」、「生命・環境」、「情報・システム」、「デバイス・テクノロジー」、「人間・社会」、「先端基礎科学」と多岐にわたり、ジャンルを跨いでの研究・交流が可能です。今回は、FRISの軌跡と現在、将来の展望について、所長の早瀬敏幸総長特命教授と齋藤勇士准教授にお話を伺いました。
※1国際卓越研究大学
国が設立した10兆円規模の「大学ファンド」の運用益を使い、世界トップレベルの研究水準を目指す大学を重点的に支援する制度。2024年11月に東北大学が初めて認定された。
【インタビュー】学際科学フロンティア研究所 所長 早瀬敏幸総長特命教授

若手研究者に自由な研究環境を
「学際科学フロンティア研究所」(以下FRIS)が設立されたのは2013年のこと。しかしそのルーツは、部局を横断した学際融合研究を推進するために1995年に設置された「学際科学研究センター」にあります。そこから「グローバルCOE」(※2)をルーツに持つ、若手育成を目的とした「先端融合シナジー研究所」との統合などを経て、2013年に現在のかたちになりました。
FRISのミッションは3つ。「先端的学際研究の推進」と「若手研究者の育成」、「学内学際研究の発掘」です。私がFRISに関わることになった際、当時の総長・大野英男先生から「現状で十分と思わず、学内外からもっと必要とされる場にしなければ」と言われたことが今も思い出されます。その言葉の実現として、まずは若手研究者が腰を据えて研究できるように、FRISの任期を5年から7年に延ばしました。そして、学内で活躍できる場=ポストを作ろうと動きました。具体的には、ポストの紹介などにより大学全体で研究者を支える仕組みをつくったり、長期的に活躍できるように「テニュアトラック制度」を導入したりしました。研究は、企業との連携によって資金が得られるものばかりではありません。すぐには利益に繋がらない研究もある。そうした研究に取り組む研究者たちが、挫折することなく研究を続けるための環境をつくることが、我々の使命です。
※2グローバルCOE
グローバルCOEプログラムは、日本の大学院の教育研究機能を一層充実・強化し、世界最高水準の研究基盤の下で世界をリードする創造的な人材育成を図るため、国際的に卓越した教育研究拠点の形成を重点的に支援し、国際競争力のある大学づくりの推進を目的とする文部科学省研究拠点形成等補助金事業
新たなシナジーを生む、世代やジャンルを超えた交流
現在、FRISでは約50名の教員がそれぞれ独立した研究テーマと研究室を持ち活動しています。特徴的なのは、若手教員がメンターによるサポートを受けていること。各部局の教授や准教授がメンターとなり、助教たちの研究活動を支援しています。本学が認定第一号となった国際卓越研究大学(※1)でも、我々FRISをモデルにした「研究ユニット制」が全学で導入されることが決まっており、この制度の有用性に注目が集まっています。FRISの採用審査の際に重要視されるのは、“専門以外の研究者と交流しながら新しいことに挑戦したい”という姿勢。自分の専門性を深めつつ、異分野の知見を採り入れて研究を発展させていくことが求められます。機会として用意しているのは、月1回行われる「ハブミーティング」です。それぞれが自身の専門分野について研究していることの発表を行い、課題や問題点を共有し、異分野のトップクラスの研究者たちから新たな視点やアドバイスを得られる場になっています。このような活動を機に共同研究が始まることも多くあります。たとえば、天文学の研究者と歴史学の研究者とのコラボレーションが成果を出しました。歴史資料に残された彗星の記述から、天文学的に年を割り出し、同年に起こった歴史的出来事の正確な年月日を特定することに成功しました。こうした分野横断型のシナジーも生まれており、実にFRISらしい成果といえます。
また、東北地域の7つの国立大学でコンソーシアムを組み、参画大学の若手研究者のサポートやオンサイト・オンラインで学際研究者と交流するなど、開かれた活動も展開中です。コロナ禍の対面交流が難しい中でもオンラインでのミーティングを継続し、溜まっていた研究成果を論文化するなど、工夫を重ねてきました。その結果、交流の停滞を最小限に抑えつつ、成果を生み出し続けています。

提供:学際科学フロンティア研究所
持続可能な研究の実現を目指して
FRISには、学生の頃から学際的な活動に興味を持ち研究者を目指す人が多く集っています。学際高等研究教育院(※3)と連携していることもあり、多様なバックグラウンドを持つ若手が集まっています。博士課程修了直後の採用は狭き門であり、競争も激しいのですが、それを突破した人材はいきいきと活躍しています。
また、テニュアトラック制度も、上位職の「テニュアポスト」が整備され、長期的なキャリア構築が可能になりました。今年度から国際卓越教員の国際公募が開始され、より魅力的な制度へと進化しています。そのほか、学部生が研究補助として参加する取り組み「学部学生研究ワーク体験/FRIS URO(FRIS Undergraduate Research Work Opportunities )」(※4)も実施されていて、学生の多様な研究経験や経済支援にもつながっています。
組織内は非常にフラットで風通しがよく、若手の提案が実現されやすい環境です。将来的には研究所の規模拡大や転出者(アルムナイ)との連携強化も見据えており、外部資金の確保と活動の持続可能性を高めることが次の課題といえるでしょう。
※3学際高等研究教育院
世界の第一線で活躍してきた国際的にアクティビティの高い研究者群や部局と連携・協力して活動する学内共通の組織。国際的に通用する若手研究者の養成を推進するため、優れた学生を選抜し、経済的支援や研究環境支援を行う
※4 FRIS学部学生研究ワーク体験(FRIS URO)
学際研教員が、研究に興味のある本学の学部学生を学業に支障のない範囲で雇用して、教員の研究の進展を図るとともに、学生に最先端の研究を経験する機会を提供し、学生の多様な研究経験と経済支援に資する事を目的とした取り組み
【インタビュー】学際科学フロンティア研究所 齋藤勇士准教授

「若手に自由な研究環境を」という目的に魅力を感じて
私がFRISに興味を持ったのは、2020年頃のこと。若い研究者がそれぞれ独立した研究室を持つという新しい形態に魅力を感じ、応募しました。当時、FRISのメンバーになるのはとても競争が激しく、私の時の採用倍率は15倍だったそうです。採用試験では、「より多くの人々が、より気軽に宇宙へとアクセスできるような環境を作りたい」とプレゼンテーションをしました。言うなれば「宇宙空間タクシー」のような宇宙空間での移動手段の開発であり、安価で利用しやすい宇宙開発への挑戦です。
FRISに参加後、最初に取り組んだのは学内ベンチャー企業「ElevationSpace(エレベーションスペース)」との共同研究です。ここが取り組んでいるのは、打ち上げたのちに地球へと帰還する小型人工衛星の開発。帰還のための高推力・経済性・安全性を兼ね備える”ハイブリッドスラスタ”が私の研究対象です。元CTOの桒原先生とともに研究がすぐにスタートでき、入所後すぐに実践的な研究が始まって、開発と学術的な研究を並行して進めるかたちになりました。こうしたスピード感も、FRISの魅力のひとつです。
また、異なる分野の研究者と直接つながることで、思わぬ発見や共同研究が生まれるのもFRISの魅力です。私の場合は、FRIS同期の歯学の研究者と話していた際に「ロケット燃料の内部燃焼現象の計測にCTスキャンが使えるんじゃないか」とアイデアをもらい、実際に医学研究科の先生と一緒にCTスキャンを使った結果、実に有効な計測結果が得られました。こうした成果は、とてもFRISらしい点だと思います。

提供:学際科学フロンティア研究所
教員にとっても、学生にとっても魅力ある学びの場
FRIS内では、年齢や立場に関係なくフラットな関係性が築かれており、さまざまなバックグラウンドを持つ研究者たちが自由に意見交換できる環境が整っています。また、同じ分野で競い合っている優秀な研究者たち、それこそ国際卓越研究大学の研究者たちとも切磋琢磨する中で、自分自身のモチベーションが高まることも大きな利点です。
学生にとっては、FRIS学部学生研究ワーク体験(FRIS URO)(※4)を利用することで最先端の研究に触れながら実務経験を積むことができ、経済的支援も受けられるため、非常に価値のある経験となるでしょう。(実はこのFRIS UROのロゴは、学生と教員が混ざり合って共に成長していく姿をイメージして私が作成しました。)地球の地軸の傾きをモチーフにしており、協働と持続可能な成長を象徴しています。現在、私は3名の学生を雇用しています。彼らは年度ごとに配属されるのではなく、続けたい限り継続することができるという柔軟な体制を取っています。学生たちの育成は、私にとっても学びの一環です。それぞれに個性的で、成長の速度もゆっくり着実に成長する学生もいれば、何かのタイミングで急激に成長する学生もいる。また、FRIS UROを卒業していく際に、新たに入ってきた学生に教えることができる「オーバーラップ期間システム」を作ることができたのもよかったなと思います。学生たちも、他人に教えることで復習になりますからね。
より気軽に宇宙にアクセスできる未来のために
現在は、2026年に予定されている宇宙での実証実験に向けての取り組みが、私にとっての重要な目標の一つ。これが成功すれば、商業化や実用化に向けた次のフェーズへ進むことができると考えています。
7年の助教任期のうちの5年目を迎えた2025年度に准教授に昇任することができました。FRISの環境は他に類を見ないほど充実しており、ここほど良い環境で研究に取り組める場はありません。次世代の研究者や学生の夢やモチベーションに繋がるよう、まずは私がFRISで確かな成果を残したいと思っています。

PROFILE
早瀬敏幸
1980年名古屋大学大学院博士課程前期課程修了、同年名古屋大学工学部助手。1990年より東北大学流体科学研究所助教授、2000年~2021年同教授を経て、2018年より東北大学学際科学フロンティア研究所所長。生体流動、流体制御の研究に従事。日本フルードパワーシステム学会、日本機械学会などの会員。工学博士。
PROFILE
齋藤勇士
2018年北海道大学大学院工学院博士後期課程修了 博士(工学)。東京大学大学院新領域創成科学研究科特任研究員、東北大学大学院工学研究科助教を経て、2021年より東北大学学際科学フロンティア研究所助教、2025年より現職。研究分野は航空宇宙工学で、特に宇宙推進の研究開発に注力している。日本航空宇宙学会、AIAAなどに所属。
取材・原稿/佐藤 隆子
写真/熊谷 寛之