In Focus特集

#08海洋生態系の謎を解き明かせ!
変動海洋エコシステム高等研究所WPI-AIMEC(エイメック)の挑戦

2024.11.11 更新

近年、ますます進む地球温暖化。我々の暮らす地球はその表面の約7割を海が占めており、温暖化による海洋環境の急激な変化へも大きな関心が寄せられています。東北大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC:ジャムステック)とが共同提案した「変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC:ダブリューピーアイ-エイメック)」は、海洋に存在する⽣態系に焦点をあて、学際的なアプローチにより、海洋⽣態系の維持に重要な連動性・安定性・適応性の理解を深化させ、人間社会に役立つ、海洋⽣態系の変動予測の実現を目指すもの。それにより、新しい学術領域「海洋・生態系変動システマティクス」を創成し、海洋及び⽣態系の再⽣と回復に向けた「惑星スチュワードシップ」に貢献していきます。今回は、2024年に設置された「WPI-AIMEC」の挑戦について、研究所長の須賀利雄先生と、ユニットリーダー/主任研究者の大林武先生にお話を伺いました。

【インタビュー】
変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)
研究所長 須賀利雄先生

海洋物理学を基点に、より広域なアプローチを

1980年代から、気候や気候変動について考える上で「海は気候の弾み車」だと言われていました。海は、目に見えるような変化を簡単には起こさないけれど、一度起こすとその変化は慣性によって止まらない。当時はエルニーニョ現象への注目度が高まった時期でもあり、海と大気が結びついて変化し、気象現象にも影響を与えることがわかってきていました。私の専門である海洋物理学は、海を物理学的な観点から研究し、海の循環や成層構造を理解しようとする学問です。研究を進めるうちに、海の循環や成層を舞台として生きている生物、その生態系について理解することの重要性を強く意識するようになりました。これまでに人間活動によって排出された二酸化炭素の約4分の1を海が吸収してきたと言われています。しかし、これからもそのペースで吸収するのかどうかはわからない。その鍵を握っているのが海洋生態系でもあります。地球の環境や人間の社会がこれからどうなっていくかを考える上で、物理的見地に立つ研究者と生物学的見地に立つ研究者の密接なコラボレーションを望んできました。それを叶えるためには、この「変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)」という新しい仕組みが必要でした。

多様な分野の研究者たちが集い、ケミストリーを起こす

AIMECは、東北大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同提案による仕組み。互いの強みを活かして包括的な学問とそのための場所を生み出すことが目的です。AIMECでは、違う分野の研究者たちが同じ方向を向いて、ひとつ屋根の下に集まって研究をする。その前提として、日常的に分野を横断して対話をする。“何かはわからないけれど、絶対に何かが生まれるだろう”と、ケミストリーを期待しているんです。いまのメンバーは50人ほどで、ジャンルは多彩です。2、3年後には、100人ほどの研究者が集まる研究所にするつもりです。

AIMECの使命は、海洋生態系が環境の変化に対してどのように応答するのか、あるいはその環境の変化にどう適応していくのかというメカニズムを明らかにし、将来の海洋生態系の変動予測の質を高めていくことにあります。それによって新しい学術領域「海洋・生態系変動システマティクス」を生み出し、この地球という惑星がうまく持続的に発展していけるようにすることが目標です。我々はそれを「惑星スチュワードシップ」と呼んでいますが、人類が社会をどのようにつくっていくか、という課題に対する科学的な知見を提供するということですね。

水深4000m級の観測データが解き明かす地球の未来

いま、AIMECで行われている研究には膨大なジャンルと量の観測データが必要ですが、その根幹を担うのが2000年にスタートした国際プロジェクト「アルゴ計画」です。現在、約4000台のロボット「アルゴフロート」が全世界の海で海面から深度2000mまでの水温、塩分、圧力を10日間隔で計測し、常に海洋内部をモニタリングしています。その拡張型が、2000m以深を観測できる深海用フロート。観測データが極めて少なく、気候システムを理解する上で最大の障害とみなされていた深海が、深海用フロートによって解き明かされつつあります。しかもこのアルゴフロートによる観測データは、無償でリアルタイムデータとして即時公開。各種予報業務に加え、研究目的で使用できるよう、高度な品質管理を施したデータの公開が約束されているのも特筆すべき点。我々は、こうした高度に分析された利用価値の高いデータづくりの担い手でもあるわけです。
さまざまな観測プランが同時進行していますが、いま私が一番注力しているのがビジョンプロファイラーというカメラも搭載した生物地球化学フロートによる観測です。来年度中に3台稼働させ、多項目のセンサーで生態系の情報をまるごと、長期間継続的に測ることに挑むつもりです。場所は、小笠原近海を考えています。小笠原周辺は、私が学生時代からずっと研究している亜熱帯モード水を抱えている海域。この亜熱帯モード水が、北太平洋が二酸化炭素を吸収するメカニズムのかなり大きな部分を担っていると考えています。

学術研究船「白鳳丸」からアルゴフロートを海中に沈める様子
アルゴフロートは、海面から深度2000mまでの水温、塩分、圧力を10日間隔に自動で4~7年間計測できる

【インタビュー】
変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)
ユニットリーダー/主任研究者
大林 武先生

ゲノム科学の見地から、うねるように変化する海洋を読み解く

情報科学は、独自の研究分野であるとともに、汎用的な技術体系でもあります。私の所属する情報科学研究科では、情報科学と他の科学と繋げる取り組みを多方向に進めており、その枠組みの中で、東北大学大学院農学研究科附属女川フィールドセンターの池田実先生とヒラメの血縁鑑定のプロジェクトを始めたのが3年ほど前のことです。私の専門はゲノム科学なのですが、これまでは実験室での研究が中心であるモデル生物を研究していたので、ヒラメのような野外の生物を対象とした共同研究にワクワクしていました。その経験があったので、海洋科学の融合研究を行うAIMECにお誘いいただいたときは、とても嬉しかったです。私の研究歴として海洋科学との接点は限定的なのですが、全ての生物はゲノムを基盤に生きている点では同じなので、今回、対象は海洋に広がりましたが、違和感はそんなにないんです。私は植物ゲノムの研究歴が長いのですが、植物は代謝工場のようなものなので、どんな化合物をどの組織でどんなタイミングでどれだけ作るかということが重要で、これは、ゲノム科学で効果的に解明することができます。海においても、やはり植物プランクトンは代謝工場のようなものですので、ゲノム科学は大いに有効です。さらに、植物プランクトンは自らの力で移動しないので、海洋の物理化学的な環境が、直接的に増殖のパターンを決めることになります。つまり、ゲノム科学でアプローチできる、ひとつの細胞の現象が、ある海域、さらに地球全体の海の科学に直接繋がっているんです。

東日本大震災が三陸の海にもたらした変化

現在、温暖化についての警鐘が鳴らされていますが、海の生物も大いにその影響を受けます。特に植物プランクトンをはじめ、ホヤや貝類といった付着性の生物は魚のように自由に動くことができないので、環境変化に適応できなければ、個体数を大きく減らしたり、絶滅したりします。代わりに、環境変化に適応した種が増えていくのですが、こうした生物種の交代もその海域の性質を変化させ、そのことが、さらに別の生物種に影響を与えるという、変化の連鎖が起きます。この変化をしっかりと捉えていくことが私の当座の目標です。女川フィールドセンターでは、さまざまな観点から女川湾のモニタリングを行なっています。これまでの研究によると、女川湾の性質を決める要因はとても複雑です。震災による養殖規模の変化もありますし、栄養塩の減少や、2016年頃からの冬期の海水温が生物相の変化にどのように関わっているかを解明するのが重要な課題です。ただ、これらの要因は相互に関係しているので、因果関係は簡単にはわかりませんし、そこにさらにグローバルな温暖化があります。この関係性を解明していくには、これまで以上の詳細なデータとその活用が重要になります。現在、ゲノム科学の手法で、女川湾のプランクトンの種類、量、状態を網羅的にモニタリングするとともに、各生物種の機能の予測を行なっており、これによって女川湾の生物相の理解を格段に上げたいと考えています。震災以前と以後では、人間の活動も変わっています。養殖のかたちが変われば湾の様子も変わり、漁業や農業の変化も海の在りようを変えていきます。海の現状と今後の見通しの中で、どういうアクションを起こしたら一番いいのか。沿岸環境は場所ごとに大きく異なるので、個々に最善な道をどう作れるかが重要です。私たちの研究の成果を、漁業者をはじめ、特に沿岸環境に関係するみなさんがポジティブに捉えてアクションを起こせるものに繋げていくのが大切な目標です。

女川湾での調査風景
女川湾の調査エリア

9つのユニット、50名のメンバーが一堂に会する場を

現在、AIMECのユニット数は9つ。私の属する沿岸生態系サービス研究ユニットは、女川湾を主軸に、養殖などの人間活動を含めた沿岸の環境と生態系の関係に着目しています。このユニットだけで研究が完結するのではなく、他のユニットと融合的に研究を進める必要があります。そのためにも、女川湾の研究基盤が重要です。現在、AIMECには独立した建物があるわけではないので、メンバーは須賀先生がいらっしゃる化学棟のコミュニケーションルームに集まることが多いですが、今後はより密度の高いコミュニケーションのための場所を作っていく計画があります。1人でも十分に面白かった研究が、メンバーが集まることでもっと面白くなるための場が重要です。また、1週間に一度、サイエンスサロンというAIMECのメンバーによるオンラインセミナーがあり、多岐にわたるプレゼンを視聴できるのが楽しみのひとつです。私も自分の研究がAIMECの成果に寄与できるよう努力し、互いに伸びていきたいと思っています。

PROFILE

須賀 利雄

東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所長、大学院理学研究科教授。海洋研究開発機構上席研究員を兼務。理学博士。主な研究分野は海洋物理学。国際アルゴ計画に開始時から参加し、アルゴ運営チームの共同議長も務めた。UNESCO/IOC「全球海洋観測システム」運営委員会コアメンバー、IPCC「海洋・雪氷圏特別報告書」代表執筆者などを歴任。

PROFILE

大林 武

東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所 ユニットリーダー/主任研究者、大学院情報科学研究科情報生物学分野の教授。バイオインフォマティクス、ゲノム生物学を専門とし、特にモデル生物の遺伝子ネットワークデータベースの開発に長年従事している。近年では、遺伝学や生態学、言語学といった多様な分野を横断し、データ解析の観点からそれらを統合する研究にも積極的に取り組んでいる。

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