#07超小型衛星開発の裏側に迫る
2024.9.12 更新
これからの宇宙開発利用と宇宙ビジネスを考える上で、非常に重要な役割を担う超小型衛星。宇宙科学に大変革をもたらすこのファクターの研究開発拠点となる「宇宙ビジネスフロンティア研究センター」が2024年1月、東北大学に設立されました。4月には、NASAが提案する月面探査プログラム「アルテミス計画」において日本人2人が月面に着陸することに正式に合意する署名が日米間で交わされるなど、宇宙開発・ビジネスに対する注目度は高まりつつあります。今回は、「宇宙ビジネスフロンティア研究センター」のキーパーソンである桒原聡文先生に現在の研究・開発についての取り組みを伺うとともに、“超小型”衛星がもたらすものについて、解説していただきました。
超小型衛星の実現に至る20年のあゆみ
超小型衛星がどれくらい小型なのか、まずは一般的な衛星の質量がどれくらいかをご説明しましょう。一般的な衛星は、大体1t級です。1000㎏、2000㎏というのが通常で、大きいものだと10tに迫るようなものもある。大きさでいうとロンドンバスぐらい巨大なものが多数打ち上がっているのが現況ですね。そして、大体500㎏級またはそれ以下のものを総じて「小型衛星」、さらに小さい100㎏級のものを「超小型衛星」とカテゴライズしています。現在、一番小さい衛星ですと1㎏ぐらいまで小型化が可能になっています。20年ほど前に、国内で最初に提案された小型人工衛星のアイデアというのが、50㎝×50㎝×50㎝のサイズで重さ50㎏だったんですよ。「大型の衛星だけではなく、高頻度に実験できるような小型の衛星を打ち上げていくべきだ」という方向に向けて、まずはその大型衛星の脇にちょこんと座る形で乗せられるような、空きスペースを有効活用できる衛星ということで、それぐらいの大きさのものを作り始めたというのが最初です。
2003年、世界で初めてキューブサットという1㎏級の人工衛星が東京大学と東京工業大学の手によって打ち上げられました。世界に先駆けて日本の大学が、ということに何よりも大きな意味があります。実際のところ当時は、大学で人工衛星をつくるとか、民間の企業が独自に作った衛星を打ち上げるといったスキームはありませんでした。そもそも大学で衛星をつくるなんて無理だろうと言われていた。それでも「独自にやってみよう」と九州大学をはじめ東京大学、東京工業大学、日本全国の大学の航空宇宙工学の研究者を募って、皆で技術を高めていこうと2003年に設立した組織が「大学宇宙工学コンソーシアム(UNISEC)」です。初代理事長となった八坂哲雄教授は、九州大学の名誉教授であり、当時の私の指導教官でもあった航空宇宙工学の第一人者です。私は5代目の理事長として4年前に着任し、日本全国の研究機関による小型衛星に関する技術の方向性の舵取りをさせてもらっています。
ジャンルを網羅して実現する超小型衛星。そのフレキシブルさに注目
人工衛星工学は総合工学だとよく言われています。あらゆる学術的な分類を超えて全て理解していないと人工衛星はアセンブリできない。なので当然、学内の研究室をまたいで協力し合うこともありますし、企業さんの協力を求めることもあります。JAXAも含め、皆さんと協力して初めて成立するのが人工衛星の開発です。超小型衛星の開発、その最初のブレークスルーは、2010年前後に小型衛星の分野に国から比較的大きな予算がついたことです。「ほどよしプロジェクト」といいます。5年ほどかけて日本中の研究者が力を合わせ小型化の技術を高度化したタイミングがあり、そこで一気に技術が伸びたかな、と思います。大型だと失敗が許されないので、予算的にも時間的にも慎重にならざるを得ないわけですが、小型衛星にはある程度のトライアンドエラーが許されていて、迅速性も出る。極端にいえば、「失敗してももう一度挑戦すればいい」と、かなりチャレンジングな、尖ったミッションに挑めるというメリットがありますね。例を挙げれば、人工の流れ星をつくる衛星。エンターテインメントに人工衛星を活用するなんて、10年前には絶対になかった発想です。小型化の技術を高度化したことで打ち上げの機会も増え、民間事業者が小型衛星を使ったビジネスに取り組み始めた。そうした宇宙でのベンチャー企業のことを総称して「NewSpace(ニュースペース)」といいます。NewSpaceは先ほども言ったような「失敗してもいいからとにかく試そう、実践しよう」という精神ありきですから、新しい技術もどんどん取り入れます。そこに超小型衛星との相性の良さがあり、おそらくそこが2つ目のブレークスルーになりました。3つ目は、打ち上げのための費用がさらにぐっと下がったこと。格安で打ち上げを行う民間ロケットが出てきて、小さなロケットでピンポイントで狙った軌道に届ける、というカスタム仕様が可能になったわけです。
超小型衛星の可能性と東北大学の取り組み
小型衛星にはありとあらゆる活用法がありますが、端的にいえば50㎏級の規模の超小型衛星で十分な地球観測が可能なんです。クリーンルームにある黒っぽい板の付いた衛星、あれはRISESAT(ライズサット)というのですが、JAXAの「革新的衛星技術実証プログラム」の初号機で採用されたものです。2019年に東北大学と私が代表となり打ち上げを行い、3.7mという地上分解能で630波長の分光を可能にする、マルチスペクトル観測装置を軌道上で実証しました。そうした技術を使うと、農作物や漁業、森林といったさまざまなジャンルにとって有効なデータを取得できる。1台の小型衛星では大型衛星には敵いませんが、小型なので、大型1個の開発予算で数十機、数百機の運用が可能です。
また、複数運用にはさらなるメリットも。大型衛星だと同じ観測地点に回ってくるのに数週間ほどかかるのですが、例えば小型衛星を100機打ち上げておけば、毎日どころか15分おき、場合によってはリアルタイムで観測が可能になります。このような観測ネットワークは“星座”を意味するコンステレーションと呼ばれていますが、そうした地球を観測するための新しい技術として、小型衛星は5年ほど前からビジネスの世界でも脚光を浴び始めました。現在では世界的には数百機、数千機という規模で衛星を打ち上げている企業もあり、日本でもコンステレーションを組んで地球観測をしていこうと、複数社が小型衛星を使ったビジネスに取り組んでいますね。
そうした流れの中で、東北大学の立ち位置としては「人工衛星をどう小型高性能化するか」「用途を拡大していくか」といった機能の向上や、現在不可能なことを可能にするための研究に取り組んでいます。ビジネスがデフォルトになった世界で、ビジネスとしてはまだ確立していないところに挑戦していく必要がある。2021年に共同創業者として立ち上げた「株式会社ElevationSpace」は、宇宙へ打ち上げたものを地球へと持って帰ってくるための技術、再突入技術を研究しています。通常、人工衛星を打ち上げる時は打上安全だけを確保できればいいのですが、宇宙での運用を考えると軌道上安全も確保する必要がある。さらに、通常の宇宙機はすべて地球に戻ってくる際に燃え尽きるように作っています。でないと、燃え残ったものが降ってきて人や環境を害する危険性がありますから。 しかし、地球に持ち帰るものがある場合、燃え尽きたら意味がない。燃え尽きないように作り、再突入安全という最も難しい安全基準を満たす必要があります。現在国内でそのような研究と事業化に取り組んでいる機関は他にありません。
私個人としては、20年後やその先の未来に使われる技術だと思って研究するのはあまり得意ではありません。1~2年後くらいに社会実装できる技術の研究を繰り返していきたい。だから、人工衛星をつくる時も、2年後ぐらいに打ち上げられるかどうかというのが1つの指標です。もちろん、開発期間が延びることもありますが、うん、2年ぐらいで打ち上げられるかな、いけそうだな、というギリギリのラインにまず挑戦して、うまくいったら次の目標設定をさらに高めて、また2年後を目指す、といった高頻度な軌道上実証機会の確保を重視しています。それこそが、確実な技術の発展につながると思っていますし、そのようにして実践的宇宙プロジェクトの経験を積んだ若手技術者、研究者を、これからも数多く輩出していきたいと考えています。
PROFILE
桒原 聡文 KUWAHARA Toshinori
東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻宇宙探査工学分野の准教授。株式会社ElevationSpace 共同創業者/取締役。大学宇宙工学コンソーシアムUNISEC(University Space Engineering Consortium)の理事長のほか、宇宙関連事業に取り組む企業の技術顧問も務める。国際宇宙航行アカデミーIAA(International Academy of Astronautics)のコレスポンディング・メンバー。超小型宇宙機による宇宙開発利用の高度化についての研究を行っている。
取材・原稿/佐藤 隆子
写真/齋藤 太一