2024111

国立感染症研究所

所長 脇田隆字様

国立感染症研究所の超過死亡発表についての公開質問状 

前略

新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)の蔓延に伴う,1)新型コロナ罹患に起因する死者数,2)医療全体への影響による新型コロナ以外の死者数増加の推定には超過死亡の解析が重要であり,貴研究所は,この目的で超過死亡データの収集,解析に尽力なさっていると理解しております.新型コロナの5類移行に伴い,感染者数や死者数の情報を速やかに得ることが困難になっており,また,救急搬送の逼迫に伴う死亡者の増加も指摘されています.適切な社会的意思決定に必要な基礎データとして,超過死亡者数解析の重要性がさらに高まっていることは明らかです.

貴研究所が2023128日に掲載した「超過死亡の迅速把握20231115日までの報告」およびそれ以前の一連の報告における「参加全自治体」のグラフによると,2023年3月以降,超過死亡が全く観察されていません.一方,厚生労働省が20231124日に発表した20239月の新型コロナ感染に伴う死者数は,1ヶ月で最大5千人超と試算されています.消防庁の救急搬送困難事例についてのデータからも,救急搬送一般に深刻な影響が慢性的に生じていることが明らかですから,救急患者の治療開始の遅れに伴う死者が少なからず発生していると推測できます.しかし,それらのデータと,貴研究所が公表している超過死亡のデータは整合していません.

無論,超過死亡データは新型コロナ以外の様々な公衆衛生に関わる条件が交絡しうるものです.しかし,新型コロナによる死者発生数と,救急医療逼迫に伴う死者発生数の合計を覆すほどの交絡が発生しているのであれば,これは公衆医学的に見過ごすことができない重大な現象が存在することになります.しかし,そのような重大な事象の報告,指摘は現在までありません.

この状況から,貴研究所が発表してきたデータに関して,次のいずれかの問題が発生していると考えられます.

1.   新型コロナによる直接の死亡者増加,救急医療逼迫に伴う死者の合計を覆すほどの,医学的に重大な現象が起こっている.

2.   貴研究所の超過死亡数に関する解析手法が新型コロナによる超過死亡推計に適切なものではない

新型コロナの影響による超過死亡数を評価するには,実際の死亡者数と,当該感染症が流行していない場合に生じるはずの死亡者数(予測死亡数)との差で定義される超過死亡者数を調べる必要があります(式1).

超過死亡者数

= 実際の死亡者数 – 新型コロナウイルス感染症がない場合の予測死亡者数

(式1)

 一方,貴研究所が公表している参加全自治体合計の超過死亡数グラフを見ると,2022年以降の「予測死亡者数」がそれ以前のデータ変動の傾向から大きく逸脱し,急上昇していることが速やかに分かります.そこで,貴研究所の解析手法が掲載された論文(ダッシュボードに記載されているもの)を参照すると,予測死亡者数は,対象とする年の1〜5年前のデータから統計学的に外挿することで求めていることが分かります.もう一つ参照されている資料我が国における超過死亡の推定(20204月までのデータ分析))においても「5年前までの前後3週間をデータとして用いて推定を行う」と明記されています.このことは,日本の超過および過少死亡数ダッシュボードに記載されているコード,R_code.Rでも再確認できます.

この事実から,国立感染症研究所が行っている2023年の超過死亡解析では,2018年〜2022年の死亡者数データから「予測死亡者数」を推定していると考えられます.しかるに,2020年,2021年,2022は新型コロナウイルス感染症の流行が既に起きている年ですので,その死亡者数には新型コロナによる死亡者が既に含まれています2020年〜2022年の死亡者数を用いた推定による「予測死亡者数」と,2023年の「実際の死亡者数」とを用いて超過死亡を解析する貴研究所の方法は,新型コロナウイルス感染症による超過死亡者の推定には論理的になりえないと考えられます.

このように,貴研究所の超過死亡推定では2021年以降,新型コロナによる死亡者数増加を含んだ過年度データを用いて「予測死亡者数」を推定しているように思われます.仮にそうであれば,このような解析は,感染症の影響をみるために超過死亡を使うという目的にあったものと言えないはずです.

貴研究所が公表してきた超過死亡者の推定値は,新型コロナウイルス感染症流行に由来する超過死亡者数の(本来の)推定値(式())より過小なものであり,その過小評価は年を追う毎に深刻化し,新型コロナウイルス感染症の実態からかけ離れたものになっている可能性があります.

 

 ここまで述べた背景から,国立感染症研究所に以下の点について伺います.

1.貴研究所の2021年以降の超過死亡解析では,既に新型コロナが流行している時期(2020年以降)の死亡者数を用いて予測死亡者を推定している,との私たちの理解は正しいでしょうか.

2.貴研究所が新型コロナとの関連で発表してきた超過死亡のデータは,2021年以降,「感染症の影響をみるために超過死亡を使う」という目的に照らし,適切な解析方法で得られたものだったのでしょうか.

3.貴研究所が公表してきた超過死亡数は,2021年以降,感染症の影響を見るための適切な解析方法(式())で得られるはずの死亡者数に比較して過小評価されてきたのではないでしょうか.

4.貴研究所の発表は,テレビ,新聞などを含めたメディアで,感染症の影響を調べる目的で得られた超過死亡者数として繰り返し報道され,世論形成や政策決定にも影響を与えてきました.したがって,これが「感染症の影響を見る」という目的に合わない超過死亡者数であったならば,記者会見を行う等の方法により,これまでの発表内容が新型コロナに関わる超過死亡としては不適切であったことを明確に説明・訂正する義務があると考えますが,如何でしょうか.

5.貴研究所の発表を直接,Webなどで目にしてきた市民に対しても,同様の訂正・周知義務があると考えますが,如何でしょうか.

既に述べたように,貴研究所の超過死亡解析が新型コロナウイルス感染症の影響を調べる目的に合致していたか否かは,解析に用いたアルゴリズムの詳細な検討を必要としません. 2021年以降の予測死亡者数の推定に2020年以降のデータを用いていたかどうか,この一点を調べるだけで直ちに判明するはずです.ついては,ご回答を速やかに,遅くとも118日(木)まで,メールにてお送りくださるよう,お願いいたします.

質問者:

本堂   毅 東北大学大学院理学研究科 (事務局)

牧野淳一郎 神戸大学大学院理学研究科

御手洗 聡  結核予防会結核研究所

森内 浩幸  長崎大学大学院医歯薬学総合研究科

 

資料

国立感染症研究所感染症疫学センター

超過死亡の迅速把握20231115日までの報告」 掲載日:2023128

https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/12392-excess-mortality-r-231115.html

 

20239月のコロナ関連死についての報道(読売新聞)

「コロナ関連死が5類移行後で最多に…インフルは佐賀などで「警報」超え」

https://www.yomiuri.co.jp/medical/20231124-OYT1T50173/

 

救急搬送困難事例についての発表(総務省消防庁)

https://www.fdma.go.jp/disaster/coronavirus/post-1.html

 

国立感染症研究所感染症疫学センターが参照している「日本の超過および過少死亡数ダッシュボード」

https://exdeaths-japan.org

 

国立感染症研究所感染症疫学センターが,超過死亡数解析の手法が掲載されているとして紹介(リンク)している論文

https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/27/3/20-3925_article

 

国立感染症研究所感染症疫学センターが発表した我が国における超過死亡の推定(20204月までのデータ分析)掲載日:2020731

https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/9748-excess-mortality-20jul.html

 

国立感染症研究所が公開している超過死亡データが,感染症の影響を調べる目的にそぐわない方法で算出されていたことを報告する論考「3.11以後の科学リテラシー」

牧野淳一郎 科学(岩波書店) 202311月号,12月号

 

参考

 

グラフ(クリックして表示)

 

質問者の牧野淳一郎が「科学」20231112月号に掲載したグラフ.

超過死亡解析での「予測死亡者数」推定値が,推定に用いる過年度データの違いで変化することを示す.新型コロナ流行期間を3年分含む過年度データから20238月の予測死亡者数を推定すると,新型コロナ流行による超過死亡が実際に存在しても,推定される超過死亡者数[(実線の値)-(一点鎖線の値)]はマイナスの値にさえなることが分かる.

2012年から2023 年までの、8月の死亡数。破線は 2016-2020 のデータからの外挿、一点鎖線が 2018-2022 のデータからの外挿。データは厚労省人口動態調査結果の概要(速報値)    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1a.html

 

本質問状全文のPDF

 

 

国立感染症研究所からの回答(2024年1月24日)

(ここから)

 

 本研究は厚生労働科学研究費補助金(20HA200723HA2005)で実施されている多機関共同研究であることから、研究チームより回答させていただきます。

 

1:貴研究所の2021年以降の超過死亡解析では,既に新型コロナが流行している時期(2020年以降)の死亡者数を用いて予測死亡者を推定している,との私たちの理解は正しいでしょうか?

 

貴重なご意見を賜り、深く感謝申し上げます。ご指摘のとおり2020年以降のデータを死亡者数予測に活用しており、このデータの取り入れが適切か否かについては、我々もこれまでに慎重な検討を行ってまいりました(例えば、新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料94ページ: _https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000948581.pdf)。COVID-19が社会や日常生活に与えた影響を評価する上で、この決定は非常に重要であると考えております。COVID-19の影響を受けた「新たな通常」状態を反映するため、このデータを採用することが重要であると判断しました。

 

分析手法の詳細につきましては、透明性と再現性を確保するため、公開されているRコード(https://exdeaths-japan.org/)及び感染症研究所のウェブページ(https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/9748-excess-mortality-20jul.html)でご確認いただけます。分析には、米国CDCなどで採用されているFarrington algorithmFarrington, 1996; Noaufaily, 2013)を使用し、パラメータ設定は原論文と既存のコードのデフォルト設定を基本的に採用しています。データはbwという2つのパラメータで決定されるrolling window方式で区分的に分割し、quasi-poission回帰モデルを用いてパラメータ推定を実施しています。このプロセスでは、COVID-19流行を含む2020年以降のデータも利用されており、COVID-19発生から4年が経過した現在、COVID-19の影響を含めた予測死亡者数が、実態(新たな通常状態)をより反映するものと考えています。

 

我々の方法では、COVID-19の影響をある程度「基準値」として扱うことになりますが、これはendemic期における「新たな通常」に関する議論につながります。我々はendemic期を前提に「新たな通常」を想定し、「本来ならば発生していたであろう死亡者数」という反実仮想的な値を推定しています。しかし、これはあくまでも現時点(20241月)での判断であり、新たな通常をどう捉えるかに依存するため、絶対的な正解ではなく、今後の感染動態に依存して判断の妥当性が左右される部分もあるということを強調したいと思います。また、補足でありますが、CDCの報告によると、流行期のデータを除外することは、むしろ推定の不安定性になるという結果も観察されたとあります(https://www.cdc.gov/nchs/nvss/vsrr/covid19/excess_deaths.htm#techNotes)。

 

2:貴研究所が新型コロナとの関連で発表してきた超過死亡のデータは,2021年以降,「感染症の影響をみるために超過死亡を使う」という目的に照らし,適切な解析方法で得られたものだったのでしょうか?

 

私たちの分析アプローチは、先にご説明したように、COVID-19流行以降も含むデータを用いて超過死亡を推定しています。この方法論に基づく主な目的は、パンデミック発生以前との死亡者数の変化を単に比較するのではなく、endemicityを前提に「本来ならば発生していたであろう死亡者数」という反実仮想的な値を推定し、その値と実際の観測値との差を超過死亡として定義することにあります。

 

これは、endemic期における「本来ならば」の値を推定することが、実態(新たな通常状態)をより正確に反映するという我々の考え方に基づいています。そのため、我々の方針であるCOVID-19の影響を含むデータを用いた分析が、超過死亡推定においては、現時点ではより適切な方法であると考えています。繰り返しになりますが、これはあくまでも現時点での判断であり、新しい通常をどう捉えるかに依存するため、絶対的な正解ではなく、今後の感染動態に依存して判断の妥当性が左右される部分もあるということを強調したいと思います。また、補足ではありますが、従来行われている季節性インフルエンザの超過死亡推定においても、同様の議論が成立し、インフルエンザ流行がなかった場合をターゲットとして反実仮想値を推定しているわけではないことにも注意が必要です。

 

3:貴研究所が公表してきた超過死亡数は,2021年以降,感染症の影響を見るための適切な解析方法(式())で得られるはずの死亡者数に比較して過小評価されてきたのではないでしょうか?

 

本研究で採用している解析手法において、2020年以降のデータを取り入れることが、必ずしも予測される死亡者数やその予測上限を過大にする(「真の超過死亡数」を過小評価する)わけではありません。仮にそう考えるのであれば、日本では、2020年のように死者数が例年より減少した部分へもモデルのフィッティングが行われた場合、それ以降に関してはむしろ「真の超過死亡数」を過大評価していることになります。しかし、超過死亡は操作的に定義される指標であり、我々は、COVID-19のパンデミックを含むデータを加味することで、より実態(新たな通常状態)に即した推定をしていると考えています。これは、endemic期における「本来発生すべきであった」死亡者数の推定において、重要な要因となります。

 

4:貴研究所の発表は,テレビ,新聞などを含めたメディアで,感染症の影響を調べる目的で得られた超過死亡者数として繰り返し報道され,世論形成や政策決定にも影響を与えてきました.したがって,これが「感染症の影響を見る」という目的に合わない超過死亡者数であったならば,記者会見を行う等の方法により,これまでの発表内容が新型コロナに関わる超過死亡としては不適切であったことを明確に説明・訂正する義務があると考えますが,如何でしょうか

 

引き続き、超過死亡の発表において丁寧に説明をしてまいります。

 

5:貴研究所の発表を直接,Web などで目にしてきた市民に対しても,同様の _訂正・周知義務があると考えますが,如何でしょうか。

 

4と同様、引き続き超過死亡の発表において丁寧に説明をしてまいります。

 

参考文献

Farrington CP, Andrews NJ, Beale AD, Catchpole MA. A Statistical Algorithm for the Early Detection of Outbreaks of Infectious Disease. Journal of the Royal Statistical Society Series A (Statistics in Society). 1996;159(3):547-63.

Noufaily A, Enki DG, Farrington P, Garthwaite P, Andrews N, Charlett A. An improved algorithm for outbreak detection in multiple surveillance systems. Statistics in Medicine. 2013;32(7):1206-22.

(ここまで)

感染からの回答文全文(PDF

 

参考リンク

超過死亡原因についての感染脇田所長  (2023年10月30日)