2022714

国立感染症研究所

所長 脇田隆字様

 

国立感染症研究所の感染経路分類についての公開質問状

 

前略

 

日本では6月中旬から新型コロナウイルス感染が再び増加に転じています.エアロゾル感染(空気感染)が感染経路の主たる要因であるならば,夏の暑さや冬の寒さから換気が不十分になることで感染者数が増えることは,科学的に当然で予見可能なことです.実際,昨年(2021)の夏も,日本では同じ6月中旬から大きな感染拡大が生じています.一方,夏の冷房使用率の低いヨーロッパでは,同じ2021年に,日本と同様の感染拡大は生じていません.世界では多数の国が,エアロゾル感染を主たる感染経路と判断し,学校を含めた室内の換気対策に莫大な予算を投じ,米国では,室内空気質の改善のために数十兆円もの予算が組まれています[“Reducing SARS-CoV-2 in Shared Indoor Air” D. Dowell et al, JAMA 2022].しかし,エアロゾル感染は著しく換気の悪い状況で稀にしか起こらないとする国立感染症研究所(以下,感染研)のデータが基礎資料として使われてきた日本ではこのような予算措置も行われていません.

また,パンデミック状況の感染症を抑制する対策は,多かれ少なかれ経済的負担が伴いますので,それを最小にすることが重要です.そのためにも感染経路の理解が不可欠で,主たる感染経路を重点的にブロックする対策により効率的・経済的な感染対策が可能となります.主たる感染経路に重点が置かれない感染対策が続いた場合には,莫大な経済的損害と,人命損傷,双方の可能性が高まります.

 

日本の感染症対策は,感染研による疫学解析データを基礎資料としてなされています.そこでは,少なくとも2022110日まで,エアロゾル感染への誤った理解から,感染経路分析(接触感染,飛沫感染,エアロゾル感染の分類)で,妥当性を欠いた分類が続いてきたと考えられます.すなわち,本来,エアロゾル感染に分類されるべき感染例が,接触感染または飛沫感染に誤分類されていたと考えられます.

遠距離でエアロゾル感染が起きうることは感染研の疫学解析でも本年1月の段階で既に仮定されています.そうであれば,近距離ではエアロゾル感染がより起こりやすいことは論理的に明らかです.感染源に近い場所では,(特別な例外を除いて)エアロゾルがより高濃度になっていることが物理学的に自明だからです.この「近距離のエアロゾル感染」はWHO20211223日の文章,“Coronavirus diseases (COVID-19): How it is transmitted?(https://www.who.int/news-room/questions-and-answers/item/coronavirus-disease-covid-19-how-is-it-transmitted) にも明確に記されています.

一方,2022113日に感染研から公表された「実地疫学調査により得られた情報に基づいた国内のオミクロン株感染症例に関する暫定的な潜伏期間,家庭内二次感染率,感染経路に関する疫学情報(2022110日現在)」では, 2m以内で起こった感染で,マスクをしていなかった状態のものを,すべてエアロゾル感染から除外し,これを接触感染や飛沫感染に分類していますhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2559-idsc/10901-covid19-04.html.近距離でのエアロゾル感染の可能性は無視できるくらい小さいという主張に根拠を与えるデータがあるならばともかく,この内の相当な割合がエアロゾル感染であった可能性は捨てがたいのではないでしょうか.接触感染や飛沫感染ではありえない,という極めて稀な状況のみが例外的にエアロゾル感染とされてきたと思われますが,飛沫感染の可能性もあるがエアロゾル感染を排除できない場合には,どのように分類するのが疫学上正しいのでしょうか.

少なくとも 2020年から20221月までに感染研によって報告されてきた感染経路分類では,エアロゾル感染の発生数が著しく過小に評価される一方,接触感染や飛沫感染発生数が過大に評価されてきたのではないかと見られます.その結果,現在の科学的知見では稀にしか起こらないと考えられている接触感染対策としての「徹底消毒」が,日本では過度に強調される一方,主たる感染経路として最も注力すべきエアロゾル感染(空気感染)が軽視され,対策が不十分な状況が放置されてきたと考えざるを得ません.

密閉空間を避けるという提唱は良いとしても,どの感染経路への対策が最も重要か,という点は未だに示されていません.誤った疫学解析結果が感染対策の基礎データとして用いられ続ければ,そのデータを基礎に作成され,国民に繰り返し周知されている「基本的感染対策」自体が妥当性・有効性に乏しいものとなります.

 

冬だけでなく夏にも換気不良が多数生じる日本では,最新の科学的知見に基づいて,主たる感染経路への科学的・医学的認識が明確に示される必要性が大きいことは明らかです.これがなされない場合,新型コロナによるパンデミックからの脱却が他国より遅れ,経済的損害がさらに拡大することが危惧されます.

 

 このような背景から,国立感染症研究所に以下の点について伺います.

 

1.   上に述べた「エアロゾル感染に分類されるべき感染例が,20221月まで接触感染または飛沫感染に誤分類されていた」という見解をお認めになりますでしょうか? もしお認めになるのであればどの程度が誤分類されていたとお考えでしょうか.

2.   疫学解析における感染経路の分類は,現在,適切な形に修正されているのでしょうか?

3.   修正されているとすれば,それはいつからでしょうか?

4.   感染経路の分類に長年に亘って誤りがあった場合,また,必要な修正がなされた場合,これは政策的・社会的判断に不可欠な知見である以上,その事実は広く国民に周知されるべきものです.これらがいつ国民に周知されたか,ご教示ください.

 

  質問はいずれも科学的に明確に,直ちにお応え頂くことができる内容と存じます.ついては,ご回答を720日(水)までメールでお送り頂きたく,お願いいたします.

 

                                   草々

 

質問者:本堂 毅 (東北大学大学院理学研究科,物理学) 

平田光司 (総合研究大学院大学,名誉教授)   

清水宣明  (愛知県立大学看護学部,感染制御学) 

向野賢治  (福岡記念病院・感染症内科)

樋口 昇 (腎臓内科医)

米村滋人 (東京大学法学部,医事法,医師)

山崎英樹 (清山会医療福祉グループ,医師)

森内浩幸 (長崎大学大学院医歯薬学総合研究科)

平久美子 (東京女子医科大学附属足立医療センター)

           (202271413時現在)

 

事務局

宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6−3

東北大学大学院理学研究科 

本堂 毅

hondou@mail.sci.tohoku.ac.jp

 

========== 国立感染症研究所からの回答(2022725日)=========

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関連資料

Ø  最新の知見に基づいたコロナ感染症対策を求める科学者の緊急声明 (20218)

https://web.tohoku.ac.jp/hondou/stat/

Ø  SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統(オミクロン株)について(第6報)」の空気感染(エアロゾル感染)に関わる記述への公開質問状 (20222)

https://web.tohoku.ac.jp/hondou/letter/

Ø  解説「分科会の提言と空気感染(エアロゾル感染)」 (2022725)

http://web.tohoku.ac.jp/hondou/commentary/