研究紹介 「非接触ダイバータ高性能化」

固体状態の物質にエネルギーを与えると物質の状態は固体から液体そして気体へと変化します。気体状態の原子や分子に更にエネルギーを与えると、原子核に束縛されている電子が原子核から剥ぎ取られ、原子核とイオンが独立に運動する状態になります。このように電子とイオンがそれぞれ独立したランダムな運動をする状態を「プラズマ」と呼びます。自然界では太陽、オーロラ、雷がプラズマの一例です。プラズマは自然界だけではなく日常生活にも応用されています。最も身近な例としては蛍光灯が挙げられますが、電子機器製造装置や工業製品にも使われています。プラズマは様々な分野で応用されていますが、プラズマを燃料に用いて発電を行う「核融合炉」が提案され世界各国で精力的に研究が行われています。図 1 は真空容器中に生成した窒素プラズマの写真です。プラズマ中には励起された原子 や分子が無数に存在するため、プラズマの温度や密度を反映した発光が見られます。


図 1 直流放電で生成した窒素プラズマ


磁場閉じ込め核融合炉

水素のような軽い原子核同士が衝突し、重い原子核を生成する反応を核融合反応と呼びます。原子核同士に働くクーロン力を上回るエネルギーを持った燃料を生成し、それらを衝突させることで核融合反応を引き起こすことが出来るでしょう。そのためには燃料を 1 億度以上にまで加熱する必要があります。このような高温状態では物質はプラズマ状態となるため、核融合炉を実現させるためには燃料であるプラズマの性質を理解し制御する手法を確立する必要があります。プラズマは荷電粒子の集合体であり、その運動は磁場を使って制御することができます。そこで「磁場閉じ込め型核融合炉」が提案され研究が進められています。磁力線があるとプラズマはその周りを旋回運動するため(ラーマー運動)、磁力線を横切った方向への移動は制限されます。従って、「端」を持たない円環状の磁力線を形成する事で燃料プラズマを効率的に閉じ込めることができるでしょう。このような磁力線の形状とトーラスと呼びます。図 2 は磁場閉じ込め方式による核融合反応を目指した装置 ITER の概念図です。


図 2 ITER の概念図。トーラス状の真空容器の内部にトーラス状の磁場を形成しプラズマを閉じ込めます。(http://www.iter.org)


炉心プラズマとダイバータプラズマ

核融合反応を引き起こすためには、真空容器内に高温(1 億度)で高密度(10 20 m -3 )のプラズマを長時間(1 秒)維持する必要があります。円環状の磁力線を作り、かつ磁力線を入れ籠状にした磁場のカゴによってプラズマの輸送を制御することができます。このようなプラズマ制御方法を「磁場によりプラズマを閉じ込める」と表現します。核融合反応を起こすのは磁場のカゴに内部に閉じ込められている「炉心プラズマ」です。カゴに閉じ込められているプラズマは、プラズマ粒子同士の衝突によって僅かずつカゴの外側に移動します。こうして自然に漏れ出すプラズマは最終的にはダイバータと呼ばれる領域に到達します(図 2 参照)。このように核融合プラズマは炉心プラズマとダイバータプラズマに大別することができます。当研究室では、ダイバータプラズマを対象とした研究を行っています。図は JET(Joint European Torus)と呼ばれる装置の断面図です。図に対して垂直な方向に円環状の磁力線が形成されています。磁場のカゴの内側(透明な部分)が炉心プラズマで、カゴの外側(発光している部分)がダイバータプラズマです。JET のような大型の装置ではプラズマの温度が非常に高いため、炉心プラズマからは可視光放出されず透明に見えます。


図 3 JET 装置の真空容器断面図。(http://www.ccfe.ac.uk)


ダイバータの役割

磁場閉じ込め型の核融合炉にはダイバータと呼ばれる機構が備わっています。真空容器内壁で発生した不純物が炉心プラズマに混入するとプラズマが急激に冷却されるため、不純物を炉外へ排気する必要があります。その役割を担う機構がダイバータです。磁力線により不純物をダイバータまで誘導し、排気を行います。図 4 に示すのはダイバータ板の概念図です。「W」の形をしたカセットがトーラス状に並べられています。


図 4 ITER で使用されるダイバータの概念図(http://www.iter.org)


ダイバータの熱的課題

ダイバータ配位の核融合炉では、プラズマとプラズマ対向壁が接する場所はダイバータ板に限定されます。図 3 の JET 装置の写真では、ダイバータ板に対してプラズマが流入している箇所が明るく発光しているのが見えます。ダイバータ配位を採用することで炉心プラズマ性能を劣化させること無く不純物の排気を行える一方、ダイバータ板に対するプラズマの集中は避けられません。ダイバータに誘導されるプラズマは非常に高温であるため、ダイバータ板の劣化が重要な課題となります。実際の核融合炉ではダイバータへの熱負荷が数十 MW/m 2 と見積もられています。そのため、ダイバータに対するプラズマの熱流を如何に制御するかは核融合炉工学上で極めて重要な課題とされています。


プラズマの体積再結合

プラズマはお互いにランダムな運動をする電子とイオンから構成されます。プラズマ中の電子やイオンが低温(1 万度以下)である場合、自由空間内で衝突した電子とイオンは結合して中性の原子となります。この過程をプラズマの体積再結合と呼びます。電子が原子に衝突してイオンを生成する電子衝突電離の逆過程と考えれば理解し易いでしょう。体積再結合が強く進展し、自由空間内でのプラズマ消滅が頻繁に起きているプラズマを体積再結合プラズマと呼びます。


非接触ダイバータの形成によるダイバータ熱流制御

ダイバータ板に対する熱流束[W/m 2 ]が大きな値となるのは、磁力線があるためにダイバータ板とプラズマが接する領域が限定されることに因ります。イオンと電子が体積再結合して生成される原子は電荷を持たないため、磁力線に束縛されることなく運動します。従って、体積再結合によってプラズマを中性化させることができれば、ダイバータ板への熱流束を大きく減少させることができるでしょう。このように、ダイバータ領域に流れ込むプラズマを強制的に中性化し、ダイバータ板から隔離するアイディアを「非接触ダイバータ」もしくは「非接触プラズマ」と呼んでいます。先程説明したように、体積再結合はプラズマの温度が低い場合に進展する反応です。従って、非接触ダイバータを定常的に維持するためには低温のプラズマを維持し続ける必要があります。


炉心プラズマからの間欠的粒子放出

ITER 以降の核融合炉では非接触ダイバータの形成は標準的な運転シナリオと考えられています。一方、核融合反応を維持するため、炉心プラズマには高い閉じ込め性能が要求されます。この高い閉じ込め性能を有するプラズマは H モードプラズマと呼ばれています。H モードプラズマでは、その閉じ込め性能の良さに因って、閉じ込め領域からの間欠的な粒子放出現象が確認されています。放出された粒子はダイバータ領域に流れ込みます。本来であれば磁力線のカゴに閉じ込められている粒子が放出されるため、カゴを横切って自然に漏れ出すプラズマよりも大きなエネルギーを持った粒子が間欠的に放出されます。従って、将来の核融合炉では体積再結合が強く進展する非接触ダイバータと炉心から間欠的に輸送される高エネルギーのプラズマ粒子が共存することになります。このパルス的な粒子・熱流束の流入により体積再結合反応が阻害され、間欠的にダイバータ板への熱負荷が増加する懸念があります。核融合炉ダイバータの熱負荷を推定し、そして制御するためにはダイバータ中で起こりえる多様な素過程を評価する必要がありますが、その理解は十分ではないのが現状です。


研究内容

当研究室ではダイバータプラズマ模擬装置 DT-ALPHA を用いて非接触ダイバータの高性能化を目指した実験を行っています。装置下流の領域には体積再結合が進展する低温プラズマを定常的に作り出すことが可能です。また、装置上流端にはたイオン源が接続されており、DT-ALPHA 内部への高エネルギーイオンビームの入射が可能です。DT-ALPHA は体積再結合が進展するプラズマと高エネルギーイオン流との共存環境を作り出し、パラメータを柔軟に制御できる世界でも類をみない装置です。ダイバータプラズマの高性能化を目指し、高エネルギーイオン流と共存する体積再結合プラズマの振る舞いを調査しています。振る舞いを理解するためには観測対象となるプラズマ、イオンビームの物理量を精度良く計測する必要があります。そこで、低温プラズマ計測手法や高エネルギーイオンビーム計測手法の開発も行っています。


図 5 ダイバータプラズマ模擬装置 DT-ALPHA と DT-ALPHA に生成したプラズマ