オープンキャンパスで「自分の進学先はここだ!」と直感
私は中高一貫の女子校出身で、当時から数学や理科が好きで得意科目でもありました。女子校だったため工学部の女子比率などは特に気にせず、「大学では自分の好きなことを追求したい」と考えていました。
大学進学にあたっては、当初は自宅から通える東京の大学の工学部を検討し、実際に足を運んでみました。しかし、洗練されておとなしい印象を受け、そこでのキャンパスライフを送るイメージが湧きませんでした。その後、高校3年生の夏に東北大学のオープンキャンパスを訪れたところ、緑豊かでのびのびとした雰囲気に魅了されました。さらに、女子学生が前に出て生き生きと研究の説明をしてくれる姿がとてもキラキラしており、「ここなら自分もやっていける」「ここだ!」と直感したのです。実験室の広さや設備・機器の充実度も、東京で訪問した研究室とは全く異なっていました。
なかでも一番印象に残ったのが、材料科学総合学科の研究室ツアーです。もともと専門として材料科学や応用化学を考えていましたが、他大学では材料系の研究室は数えるほどしかなく、内容も新材料開発に特化している印象でした。一方、東北大学では材料科学だけで一つの学科が構成され、材料開発だけでなく加工技術や測定法、劣化検査、リサイクル技術まで、応用先も社会インフラから医療まで、金属だけでなく半導体、複合材料まで、と様々な面から材料を研究していました。「材料科学で世の中のすべてを作っている」と感じさせるその壮大さに圧倒され、東北大学工学部の材料科学総合学科がいきなり第一志望になりました。
高校時代は化学も物理も好きだったため、大学ではその中間領域に挑戦したいと考えていました。また、工学系の中でも単に「世の中の役に立つものを作る」だけでなく、「まだ分かっていない現象を明らかにする」という理学的要素も重視し、そこで得た知見を応用につなげたいという関心がありました。そうした私の志向に、東北大学の材料科学研究はぴったりでした。
酸素貯蔵セラミックスに関する未知の現象のメカニズム解明に取り組む
材料科学総合学科では、学部4年の4月に研究室へ配属されます。私は環境問題に関心があったことから、カーボンニュートラルの架け橋となる燃料電池や全固体電池などの材料開発を行う髙村研究室を選びました。今ホットな分野であることも魅力的でしたが、一番の決め手は、先生方の教育・研究への熱意とそれに応える学生たちのやる気が満ちた、活気ある研究室の雰囲気でした。
研究テーマとしては、自動車の排ガスを浄化する触媒の一種である「酸素貯蔵セラミックス」、セリウム(Ce)・ジルコニウム(Zr)酸化物を対象としています。
エンジン搭載車の排ガスにはNOxやCO、CHxといった有害物質が含まれており、環境・人体への悪影響を防ぐために排ガス浄化触媒が備えられています。近年、欧州をはじめ世界的に排出基準の厳格化が進んでおり、触媒のさらなる高性能化・高機能化が求められています。
このセリウム・ジルコニウム酸化物は、CeとZrがランダムに並ぶよりも、きれいに交互に並んだ「規則配列」を形成した方が、圧倒的に高い酸素貯蔵能力を発揮します。しかし、従来のプロセスでこの規則配列を作るには1200℃以上の超高温処理が必要であり、高温にすると材料の粒子が粗大化して表面積が減り、結果として酸素貯蔵能が低下するという課題を抱えていました。
この課題に対し、研究室を卒業された先輩が、体積比でわずか5%の酸化鉄(Fe2O3)を添加することで、熱処理温度を1200℃から800℃まで大幅に下げられることを発見していました。しかし、「なぜ少量の酸化鉄を混ぜるだけで低温規則化が進むのか」という具体的な機序は未解明のままでした。私は、条件変化によって原子配列が規則・不規則に変化する「規則-不規則変態」という現象に強く惹かれ、この機序を解明したいと考え、この研究テーマに取り組むことを選びました。先生からは「学部生にとっては難易度が高い研究テーマ」と言われましたが、産業界で広く使われている材料だからこそ、特性評価にとどまらない「基礎の基礎のメカニズム」を自分の手で解き明かしたいと考え、挑戦を決めました。
研究は、試料を作製し、低温から温度を上昇させた際の相変化を観察する手法で進めました。しかし、難航の日々が4ヶ月間続きました。ガス雰囲気を厳密に揃えても、規則化が再現されず、試料組成のズレなど考えうる原因を一つずつ潰しても明確な規則性が見出せませんでした。
そうして試行錯誤を重ねる中で、ある時、試料を収めるるつぼに「フタをする」と規則化し、「フタをしない」と規則化しないことに気づきました。還元雰囲気(水素などの還元性ガスが多く酸素が極めて少ない環境)下において、微量な雰囲気の違いが規則化を左右していたのです。この突破口を見つけ規則化に成功したのは卒論提出のわずか2週間前で、なんとか実験を成功させて発表を乗り切ることができました。
博士前期課程(修士課程)では、さらに高度な分析を駆使し、「どのような還元状態で鉄が効果を発揮するのか」を解析しました。その結果、弱い還元状態では鉄がイオンとして材料内に固溶し、原子の移動を助けて整列を促進すること、逆に還元が強すぎると鉄が金属まで還元されてしまい、効果が薄れることを突き止めました。さらに実用面で有利な「Zrが多い組成」でも鉄の添加が有効であることを証明しました。この成果は、自動車の排ガス浄化性能を維持したまま、材料製造時の消費エネルギーを抑え、低コストな触媒材料開発の道を拓くものです。1年以上かけて論文にまとめたこの研究成果は、ナノサイエンスの権威ある学術誌『Small』に掲載され(2025年3月)、国内外の研究者から多くの反響をいただく喜びを味わいました。
実験に明け暮れる毎日の中でも、リフレッシュを大切に
朝7時に起床し、朝食とお弁当を用意したあと、今後の留学を見据え、英語を勉強するのを日課としています。AIスピーキングアプリや海外のYouTuberの動画を活用しています。
9時に研究室に到着し、実験を開始します。12時からは、研究室のメンバーで昼食。交流スペースに集まっておしゃべりを楽しみながら過ごします。
午後は18時頃まで再び実験に励みます。私たちの研究室では、コンピュータによる物質の構造・性質の予測や解析も盛んに行っており、研究室専用の高い計算能力を持つコンピュータを持っていて、研究室のメンバー専用で使うことができます。コンピュータに計算させている一方で実験も進めるなど、効率的なアプローチを心掛けています。
18時からは、夕食のお弁当タイム。そのために、お弁当は2食分持ってきています。その後1〜2時間研究を継続して20時頃に帰宅します。帰宅後は、好きなアイドルのYouTubeやテレビ番組を見てリフレッシュしています。
オンとオフの切り替えを大切にしており、休日は推し活やカフェ巡り、旅行などを満喫しています。学部時代は部活、学友会少林寺拳法部に熱中していました。
経済面については、以前は塾講師のアルバイトをしていましたが、研究が忙しくなってからは大学から紹介される学内業務(学部生の実験TAや、研究室が企業から受託した材料製造業務など)のアルバイトを行っており、十分な収入を得ながら研究と両立できています。
自分の研究成果が世界各国の研究者に評価される喜び
海外留学については、学部1・2年時はコロナ禍のため、米国のモンタナ大学やノースカロライナ大学へオンラインで留学しました。学部3年になって渡航制限が解除されてからは、英国シェフィールド大学での3週間の研修に参加しました。
研究に本格的に取り組むようになってからは、研究成果を国際会議で発表する機会が増えていきました。修士1年の時にはハワイでの国際会議で口頭発表を行いました。英語での質疑応答に苦戦しながらも、海外の研究者から高い評価をいただき、自分の研究成果が世界に伝わる喜びを実感しました。修士2年の時のイタリアでの国際会議では、他の研究者の発表に対しても自ら積極的に質問し、議論を深められるまでに成長できました。
修士2年からは「東北大学材料科学国際共同大学院プログラム(GPMS)」に参加しています。このプログラムは海外留学が義務付けられているため、現在は博士後期課程の研究が一段落したタイミングで約1年間渡航できるよう、留学先探しや語学の準備を進めています。
博士後期課程では、より社会に広くインパクトのある研究を
修士修了後の進路として就職も視野に入れており、最終的には博士号を取得したいと考えていました。しかし、働きながら学位取得を目指す「社会人ドクター」の取得には並大抵ではない努力が必要だと知り,いま取り組んでいる研究をこのままやり遂げたいと考えたこともあって、博士後期課程への進学を決意しました。
博士後期課程では、これまでのテーマを継続しつつ、新たな挑戦も始めています。髙村研究室では、博士後期課程に進むと「これまでの延長線上にない、新規かつ独創的な研究テーマを自ら考案する」という慣例があります。模索を重ねた結果、今後は、現在注目を集めている「パイロクロア酸化物」の研究に取り組む予定です。これは電子のスピンの振る舞いに特徴を持つ物質で、磁性や量子コンピュータなど幅広い分野への応用が期待されています。
博士号を取得した後のキャリアについては、アカデミアと企業の道で迷っています。
私たちの文明の歴史は、石器、青銅器、鉄器と、その時代を象徴する「材料」の名で語られてきました。現代における環境問題やエネルギー、次世代計算技術の実現という大きな社会課題に対しても、解決のカギを握るのは材料科学です。自分が研究で見出した一つの現象や、新しく創り出した一つの構造が、いつか誰かの暮らしを支え、地球環境を守り、人類のテクノロジーを前進させる力になることを目標に、これからも一歩一歩、研究の日々を重ねていきます。
(2026年2月取材)