研究開発の歴史
スマホdeリレーは局所集中型通信の研究成果の第一号です.様々なスマートフォンアプリケーションにスマホdeリレーを組み込むことにより,そのスマートフォンアプリケーションを圏外でも利用することが可能になります(全ての種類のアプリケーションに対応しているわけではありません).例えば,日常的に使い慣れたメールやSNSの様なアプリケーションにも適用が可能です.スマホdeリレーの最大の特徴は,通信圏外であってもテキスト・音声・写真・画像・動画などの多様なファイルをスマートフォン間で直接送受信することを可能にする点にあります.スマートフォン間の接続・切断の制御は自動的に行われるため,ユーザによる手動操作などは原則不要です.また,移動中であったり,一時的に孤立するような状況であっても,データはスマートフォンの中に蓄積されるため,スマートフォンの移動自体が情報の運搬に寄与します.2011年3月の東日本大震災では数多くの通信圏外地域や孤立地域が発生し,災害対策として多様な通信手段を確保しておくことの重要性が明らかとなりましたが,スマホdeリレーはその様な手段の一つになり得る有用な通信ツールです.
スマホdeリレーの研究開発は2011年6月から始まりました.2013年には仙台市中心部での大規模実証実験に成功しました.その後,ICTカーや小型無人航空機中継システムといった他の耐災害ICTシステムとの相互接続実験や,自動車・ドローン・無人航空機といった移動体への搭載実験にも成功し,その成果は多数のメディアで報道されました.また,その間に特許出願を行ったほか,国連下部組織のITU-TやAWGにて寄書を入力するなど国際標準化にも寄与しました.2014年頃からは,スマートフォンアプリケーション用に特化した通信制御技術の実現を目指した第2世代の研究開発が本格化し,2015年にはほぼ完成したベータ版のスマホdeリレーが東北大学総合防災訓練での実証に使用されました.一連の研究開発成果は産学連携の成功事例としても高く評価され,第29回独創性を拓く先端技術大賞特別賞を受賞するに至っています.
利活用促進のための活動状況
スマホdeリレーの第2世代の研究開発と時を同じくして,スマホdeリレーの利活用に向けた取り組みが,まずは大学を核として開始されました.西山大樹先生が代表を務めた産学連携コンソーシアムである「自由な発想に基づく革新的情報通信ネットワーク技術開発研究会(IIDC: Innovative ICT Development Consortium)」では,利活用の主要三分野を定め,高知市・中野区・気仙沼市などの自治体や,スポーツイベント大会主催者などの関係者との意見交換を重ねることで利用者のニーズを見極め,その知見をアプリケーションの開発にフィードバックしました.一方,フィリピン共和国やネパール連邦民主共和国など海外での実証も行う中で,英語対応やSNS風のユーザインターフェースへの対応なども進みました.2016年には商標登録が完了し,商用化されるに至っています.
商用化完了後は,産業界を軸とした取り組みが加速しました.仙台市では,一般市民向けのイベントでスマホdeリレーを利用するなどの社会実験が行われました.高知市では,南海トラフ地震発生時に市街地の広範囲で長期浸水が懸念されることから,その対策として多様な通信手段の確保に向けた取り組みが行われており,その手段の一つとしてスマホdeリレーが採用されています.さらに,この様な取り組みを本格化させるべく,2018年には産業界が主体となって「スマートフォンによるリレー通信イノベーションコンソーシアム(SmaRIC:Smartphone Relay communication for social Innovation Consortium)」が設立されています.
東日本大震災を受けて2011年にスタートしたスマホdeリレーの研究開発は,およそ5年の歳月をかけて基礎研究,応用研究,そして実用化へと至りました.そして,産業界を巻き込んでの商用化実現,さらには社会実装・利活用の促進に向けたコンソーシアムの発足により,通信途絶解消という最終目的達成に向けた活動は,2018年から新たなフェーズに突入しました.通信途絶という社会課題の解決を通じて、このコンソーシアムがレジリエントな社会の実現に貢献していくことが期待されます.
下記には東北大学におけるスマホdeリレーの研究開発の成果についてリストでまとめていますが,各成果の詳細についてはこのホームページのニュースでそれぞれ紹介しています.「スマホdeリレー」のタグがついていますので,一括してご覧頂くことも可能です.なお,産業界におけるスマホdeリレーの製品開発や利活用に向けた取り組みについては,こちらやこちらをご覧下さい(東北大学では製品開発は行っておりませんのでお問い合わせ等には対応致しかねます).
成果一覧(学術分野)
受賞
- Hiroki Nishiyama, IEEE Communications Society Asia-Pacific Board, Outstanding Young Researcher Award, 2013年12月10日.
- Shoki Oiyama, Hiroki Nishiyama, Nei Kato, SPECTS Best Paper Award in The 2014 Summer Simulation Multiconference, “A Partially Centralized Messaging Control Scheme Using Star Topology in Delay and Disruption Tolerant Networks”, 2014年6月6日.
- 西山大樹,岡部裕,西浦升人,大内夏子,大和田文子,第29回独創性を拓く先端技術大賞特別賞,「自律分散ネットワークの安定化制御技術の研究開発~スマホdeリレーが切り拓くネットワーク新時代~」,2015年7月8日.
- Hideki Kuribayashi, Katsuya Suto, Hiroki Nishiyama, Nei Kato, Kimihiro Mizutani, Takeru Inoue, and Osamu Akashi, Best Paper Award in IEEE International Conference on Communications 2016, “A Mobility-Based Mode Selection Technique for Fair Spatial Dissemination of Data in Multi-Channel Device-to-Device Communication”, 2016年5月24日.
- 西山大樹,公益財団法人船井情報科学振興財団第16回船井学術賞,「移動端末間通信技術の研究ならびにスマホdeリレーの開発」,2017年4月22日.
- Hiroki Nishiyama, Masaya Ito, and Nei Kato, 2017 IEEE ComSoc Asia-Pacific Outstanding Paper Award, “Relay-by-smartphone: realizing multihop device-to-device communications,” 2017年12月5日.
- 加藤寧,西山大樹,平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞,「レジリエントなアドホックメッシュネットワークの先駆的研究」,2018年4月17日.
著書
- 西山大樹,加藤寧,「第4章第2節長距離高速通信のための中継技術-WiFi通信機での基礎検討-」,『飛躍するドローン~マルチ回転翼型無人航空機の開発と応用研究、海外動向、リスク対策まで~』,エヌ・ティー・エス,ISBN:978-4-86043-436-6,2016年1月,pp. 205-215.
論文
- Hiroki Nishiyama, Masaya Ito, and Nei Kato, “Relay-by-Smartphone: Realizing Multihop Device-to-Device Communications,” IEEE Communications, vol. 52, no. 4, pp. 56-65, Apr. 2014.
- Hiroki Nishiyama, Thuan Ngo, Shoki Oiyama, and Nei Kato, “Relay by Smart Device: Innovative Communications for Efficient Information Sharing Among Vehicles and Pedestrians,” IEEE Vehicular Technology Magazine, vol. 10, no. 4, pp. 54-62, Dec. 2015.
- Zubair Fadlullah, Daisuke Takaishi, Hiroki Nishiyama, Nei Kato, and Ryu Miura, “A Dynamic Trajectory Control Algorithm for Improving the Communication Throughput and Delay in UAV-aided Networks,” IEEE Network, vol. 30, no. 1, pp. 100-105, Jan./Feb. 2016.
- Toshikazu Sakano, Satoshi Kotabe, Tetsuro Komukai, Tomoaki Kumagai, Yoshitaka Shimizu, Atsushi Takahara, Thuan Ngo, Zubair Md. Fadlullah, Hiroki Nishiyama, and Nei Kato, “Bringing Movable and Deployable Networks to Disaster Areas: Development and Field Test of MDRU”, IEEE Network, vol. 30, no. 1, pp. 86-91, Jan./Feb. 2016.
国際会議発表
- Yuichi Kawamoto, Hiroki Nishiyama, and Nei Kato, “Toward Terminal-to-Terminal Communication Networks: A Hybrid MANET and DTN Approach (Invited Paper),” IEEE 18th International Workshop on Computer Aided Modeling and Design of Communication Links and Networks (CAMAD), Berlin, Germany, Sep. 2013, pp. 228-232.
- Masaya Ito, Hiroki Nishiyama, and Nei Kato, “A Novel Routing Method for Improving Message Delivery Delay in Hybrid DTN-MANET Networks,” IEEE Global Communications Conference (GLOBECOM) 2013, Atlanta, Georgia, USA, Dec. 2013, pp. 72-77.
- Masaya Ito, Hiroki Nishiyama, and Nei Kato, “A Novel Communication Mode Selection Technology for DTN over MANET Architecture”, IEEE International Conference on Computing, Networking and Communications (ICNC) 2014, Honolulu, Hawaii, USA, Feb. 2014, pp. 551-555.
- Shoki Oiyama, Hiroki Nishiyama, and Nei Kato, “A Partially Centralized Message Control Scheme Using Star Topology in Delay and Disruption Tolerant Networks,” 2014 International Symposium on Performance Evaluation of Computer and Telecommunication Systems (SPECTS 2014), Monterey, CA, USA, Jul. 2014, pp. 572-577.
- Hideki Kuribayashi, Katsuya Suto, Hiroki Nishiyama, Nei Kato, Kimihiro Mizutani, Takeru Inoue, and Osamu Akashi, “A Mobility-Based Mode Selection Technique for Fair Spatial Dissemination of Data in Multi-Channel Device-to-Device Communication,” IEEE International Conference on Communications (ICC 2016), Kuala Lumpur, Malaysia, May 2016, 6 pages.
寄稿
- 西山大樹,加藤寧,“災害時にも使える!Wi-Fiネットワーク研究の最前線~スマホdeリレーとICTカーが見せる新たなWi-Fi利用~,”J-LIS,地方公共団体情報システム機構,vol. 1,no. 4, pp. 31-35, Jul. 2014.
招待講演
- 西山大樹,加藤寧,“被災地のモバイル端末を利用した瞬間自律再生ネットワーク,”電子情報通信学会総合大会大会委員会企画,岐阜市,岐阜県,2013年3月.
- 西山大樹,加藤寧,“[招待講演]スマホdeリレー:自律分散型ネットワーク構築の新手法,”電子情報通信学会ソフトウェア無線研究会,仙台市,宮城県,2014年1月.
- 西山大樹,“情報通信ネットワークを変える革命児「スマホdeリレー」” ,東北大学イノベーションフェア2014,仙台市,宮城県,2014年1月.
- 西山大樹,高石大介,加藤寧,“自律分散型通信システムとしての「スマホdeリレー」,”電子情報通信学会総合大会シンポジウムセッション依頼講演,新潟市,新潟県,2014年3月.
- 西山大樹,“UAS無線中継ブリッヂとスマホdeリレーの統合システム,”日本学術会議URSI-C小委員会第22期第12回公開研究会,仙台市,宮城県,2014年8月.
- 西山大樹,“DTN最前線~時空間を超えてデバイスを紡ぐ新しい情報基盤へ~,”第13回情報科学技術フォーラムパネルセッション,つくば市,茨城県,2014年9月.
- Hiroki Nishiyama, “Relay by Smart Device for Disaster Response”, The 16th International Workshop on Emerging ICT, Sendai, Japan, Nov. 2019.
- 西山大樹,“レジリエントな通信システムの理想像を追い求めて”,IEEE仙台セクション講演会,仙台市,宮城県,2019年12月.
成果一覧(産業分野)
標準化
- “Message Transmission without Cellular Coverage,” The 5th Meeting of ITU-T Focus Group on Disaster Relief Systems, Network Resiliency and Recovery (FG-DR&NRR), DR&NRR-I-105, Phuket, Thailand, 20-24 May 2013.
- “Updated Framework on DTN for DRNRR,” The 6th Meeting of ITU-T FG-DR&NRR, DR&NRR-I-122, Issyk-Kul, Kyrgyz Republic, 21-23 Aug. 2013
- “Message Relay by Mobile Terminals without Cellular Infrastructure,” The 6th Meeting of ITU-T FG-DR&NRR, DR&NRR-I-121, Issyk-Kul, Kyrgyz Republic, 21-23 Aug. 2013.
- “Propose Modification to Working Document Towards Preliminary Draft New Report of The Possible Radio Services and Applications Onboard Aircraft and Vessels,” The 16th Meeting of APT Wireless Group (AWG-16), AWG16/INP-54, Pattaya, Thailand, 18-21 Mar. 2014.
特許
- 「移動端末、方法およびプログラム」,特許第6086479号,2013年1月31日出願,2017年2月10日登録.
- 「通信制御方法および移動端末」,特許第6323856号,2015年5月29日出願,2018年4月20日登録.(米国特許US10051546,2018年8月14日登録).
商標
- 「スマホdeリレー」,商標第5887439号,2016年3月23日出願,2016年10月7日登録.
- 「Relay-by-Smartphone」,商標第5887440号,2016年3月23日出願,2016年10月7日登録.
成果一覧(一般)
感謝状
- 西山大樹,フィリピン共和国サンレミジオ市感謝状, 2016年8月2日.
- 西山大樹,ネパール連邦民主共和国NPO法人Educating Nepal感謝状,2018年7月12日.
講演等
- 西山大樹,““まさか”に備える~熊本から東北へのメッセージ”,未来のとうほく創造フォーラム2016パネルディスカッション,2016年9月.
- 西山大樹,“災害時圏外でも使えるスマホdeリレー~通信制限なしの無料で使い放題な通信技術~”,男女共同参画・多様な視点からの防災実践講座,石巻市,宮城県,2016年11月.
- 西山大樹,“「リレー通信」が担うべき社会的役割とは?~研究開発の現場から見えてくること~”,KKE Vision 2018,渋谷区,東京都,2018年10月.
- 西山大樹,“災害情報の入手と発信”,令和元年度れんけいこうち防災人づくり塾,高知市,高知県,2019年7月.
テレビ放送
- 「圏外でも…震災教訓に進化する携帯電話」,仙台放送スーパーニュース,2014年3月3日.
- 「災害に強い携帯電話ネットワーク」,ミヤギテレビニュース,2015年11月5日.
- 「“あの日”をつなぐ~東北と熊本 震災の心得~」,仙台放送仙臺いろは,2016年9月20日.
新聞報道
- 「災害時圏外でも通信可」,河北新報(15面),2013年2月19日.
- 「スマホの無線 メールリレー」,読売新聞(38面),2013年2月22日.
- 「無人飛行機と複数スマホ通信 東北大など実験成功」,日経産業新聞(11面),2013年8月29日.
- 「数珠つなぎの通信ネットワーク 東北大、NICT スマホ・衛星・無人機でつくる接続に成功」,電波タイムズ(1面),2013年9月4日.
- 「東北大 「圏外」でメール送受信 防災用研究に途上国注目」,東京新聞(夕刊8面),2013年9月5日.
- 「東北大 「圏外」でもメール可能 災害備え研究、海外注目」,宮崎日日新聞(朝刊8面),2013年9月6日.
- 「「圏外」でもメール可能 東北大開発進める 災害に備え海外も注目」,中国新聞(夕刊4面),2013年9月6日.
- 「通信圏外でもメール可能に 災害時備え東北大研究 スマホ機能活用 端末リレーで転送」,山陽新聞(朝刊9面),2013年9月6日.
- 「圏外でもメール可能 東北大で開発進む スマホ間を転送」,茨城新聞(朝刊8面),2013年9月12日.
- 「災害に強いスマホ構築 WiFiのみで伝言」,電気新聞(8面),2014年1月21日.
- 「通信車、複数スマホ接続 東北大、災害時の通信に」,日経産業新聞(11面),2014年2月6日.
- “Securing post-disaster communication network”,The Japan Times,no. 41824, p. 2, Mar. 11, 2016.
- 「「“あの日”をつなぐ」~東北と熊本 震災の心得~」,産経新聞(宮城版)(4面),2016年9月19日.
- 「避難者情報スマホリレー 電波途絶時にWi-Fi活用 高知市津波孤立に備え 18年度末運用へ」,高知新聞(28面),2018年1月21日.
- 「災害に強い電力通信網 狭いエリア自前で発電/スマホでリレー」,朝日新聞(29面),2018年3月11日.
- 「情報通信 災害に強く」,読売新聞(関西版朝刊19面),2021年1月15日.
雑誌掲載
- 「孤立地域からの情報発信を容易にする通信技術を実証」,螢雪時代(旺文社),2014年1月号157頁,2013年12月14日.
- 「WiFiをスマホのバケツリレーで」, 日経アーキテクチャ,no. 1076, p. 38, 2016年7月28日.
波及効果と社会還元
- みやぎDXプロジェクトのDXソリューション事例集で,スマホdeリレーを用いた高知市津波SOSアプリが紹介される(2022年)[link].
- 国際機関である日中韓三国協力事務局(TCS)が国連防災機関北東アジア事務所(UNDRR ONEA)と共同で発行した「Trilateral best practices: Application of technology for reducing disaster risks in China, Japan and Korea」にて,スマホdeリレー(英名:Relay-by-Smartphone)が,日本におけるベストプラクティスの1つとして紹介される(2021年).
- 携帯電話同士が繋がって様々な被災情報をやりとりし,通常の防災コンテンツの未来をいくエリアネットワーク型防災アプリケーション「ソナエ RING」の実証実験が進められる(2021年).
- 内閣府宇宙開発戦略推進事務局が展開している人工衛星「みちびき」を経由した安否登録サービスQ-ANPIとスマホdeリレーの連携システム(携帯電話網やインターネットなどの通信が途絶した地域からでもスマホで入力した安否情報をみちびき経由で登録できるシステム)の構築と社会実証が進められる(2021年)[Link1][Link2].
- 内閣府「地方公共団体の業務継続・受援体制」の「市町村向け研修会における標準的な研修資料」にて,業務継続・受援体制に係る“優良事例”として,スマホdeリレーを使用した高知県高知市の「高知市津波SOSアプリの活用」が選定される(2018年).
- 耐災害ICT研究協議会「災害に強い情報通信ネットワーク導入ガイドライン」第2版にて,住民向け情報通信サービスとして紹介される(2018年).
- 総務省「非常時のアドホック通信ネットワークの活用に関する研究会」中間取りまとめにて,アドホック通信ネットワーク活用の取り組み事例として紹介される(2016年).