日本の現実を踏まえた新型コロナウイルス感染症対策を求める声明
1. 感染状況が先進国中最悪の水準に留まる中,日本では感染対策が個人の判断に委ねられた.その後も救急搬送の逼迫等が慢性化し,新型コロナ以外の医療にも深刻な影響が生じている.冬に向かって状況のさらなる悪化が懸念される中,これらの被害を防ぐには,「他者に感染させないため」の公衆衛生対策が必要である.
2. 新型コロナウイルス感染症の主たる感染経路は空気感染であるため,経済活動と両立させつつ上記の問題を解決するには,公共交通機関,商業施設,学校,職場などでの屋内エアロゾル濃度を下げる換気の徹底とマスク着用が重要である.
3. 政府は,上記1.および2.の事実を認め,国民に対する周知と協力要請を行うことが必要である、なお,個々の国民にすべての対策の厳格な実施を求めることが困難であるならば,個人に依存しないインフラである換気・空調システムによる十分なエアロゾル制御が省エネと両立できる形で可能となるよう,米国政府と同等以上の予算枠を確保し,全国で強力に推進することが必要である.
以上
2024年1月22日 (PDF版はこちら)
世話人
東北大学大学院理学研究科 本堂 毅
総合研究大学院大学(名誉教授,物理学) 平田光司
東京大学大学院法学政治学研究科(医師) 米村滋人
(世話人は上記声明に関して,利益相反関係を有しない)
声明への賛同者
京都薬科大学薬学部 田中智之
結核予防会結核研究所抗酸菌部 御手洗聡
東京大学保健・健康推進本部(医師) 柳元伸太郎
東北大学(名誉教授,獣医・細菌学) 磯貝恵美子
西福岡病院 緩和ケア科(医師) 森永真史
JSPS Washington Office, Director(物理学) 浦川順治
筑波大学理工情報生命学術院 吉田智美
かくたこども&アレルギークリニック 角田和彦
福島大学 食農学類 西村順子
お茶の水女子大学(名誉教授,生化学・バイオ政治学)白楽ロックビル
国際医療福祉大学 薬学部 浜田俊幸
清山会医療福祉グループ代表(医師) 山崎英樹
神戸大学大学院理学研究科 牧野淳一郎
(国研)産業技術総合研究所 飯田健次郎
長崎大学高度感染症研究センター 森内浩幸
世話人による背景説明
(世話人の責任による説明と資料であり,「賛同」の対象ではない)
新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けは5類に移行したが,人口あたりの死者数は欧米とは異なり,2020年以降,年を追う毎に増加している.2022年の人口あたりの死者数は2020年の12倍に上り,先進国(G7)中最悪の水準である.感染者の増加により,救急を要する患者の速やかな搬送が困難な状況が全国的に慢性化し,第9波においては,入院を要する患者が入院できない「医療崩壊」も起こっている.2020年以降,日本における超過死亡数が大きく増加しており,新型コロナのまん延が,新型コロナを上回る死亡者を新型コロナ以外の疾病にも生じさせている可能性がある.
新型コロナウイルス感染症が主として「空気感染」で広がることは医学界,科学界で既に世界的なコンセンサスが形成されており,WHO や 米国疾病管理予防センター(CDC),Nature,Science,Lancet誌などのいずれでも報告されている.しかし,政府は未だこの世界的コンセンサスを認めていない.これでは,感染抑制に有効な対策を行いえない.空気感染を防ぐには,冷暖房と両立できる換気施設の導入が必要であるが,その設置・改良等に利用できる数十兆円の予算を確保して財政支援に乗り出した米国などと異なり,日本の対策は全く不十分である.換気は新型コロナに限らず,インフルエンザなど他の呼吸器感染症や,シックハウス症候群,酸欠など,様々な健康影響を防ぐためにも有効な対策であり,米国政府の重点的施策も,その広範な効果への認識が背景にある.
感染症においては,社会での感染者数が増えれば,高齢者や基礎疾患を持つ者のみへの対策をどれほど強化しても,これら弱者への感染を防ぎきることは原理的に困難であり,感染者増加による救急搬送全体への慢性的影響も深刻である以上,社会全体で感染者数を抑制する取り組みが重要である.社会全体の換気が不十分で,感染拡大が制御できていない現状では,対策を個々人の「新たな健康習慣」に求めることは妥当性を欠く.日本では「他人に感染させないため」の対策が未だ不可欠である.
補足
(a) 不織布マスクの編み目はウイルスが含まれるエアロゾル粒子より大きいことを理由に,空気感染にマスクは効果が無いとの主張が見られるが,これは誤りである.
(b) 感染者が増えれば集団免疫で感染が収まるとの考えが散見されるが,これも正しくない.感染者の増加によって,一時的な集団免疫状態が訪れることはありうるが,感染対策を緩和すると,一時的集団免疫に必要な感染者総数は増加する.すなわち,感染はピークアウトしにくくなる.
(資料1) 救急搬送の逼迫が慢性的に起きている事実
消防庁「各消防本部からの救急搬送困難事案に係る状況調査(抽出)の結果(各週比較)」
https://www.fdma.go.jp/disaster/coronavirus/items/coronavirus_kekka.pdf
(資料2) 2022年の人口あたりの死者数は2020年の12倍,先進国中(G7)最悪の水準であること
(WHOのデータに基づくhttps://ourworldindata.org による)
(資料3) 新型コロナウイルス感染症の主たる感染経路が空気感染であるとする世界的コンセンサスを確認出来る資料の例
“Airborne transmission of SARS-CoV-2”(新型コロナウイルスの空気感染)
https://science.sciencemag.org/content/early/2020/10/02/science.abf0521.full
世界保健機構(WHO),新型コロナウイルス感染症・感染経路についての見解
“Coronavirus disease (COVID-19): How is it transmitted?” (2021年12月)
(資料4)米国政府(ホワイトハウス)の政策的対応
ホワイトハウス科学技術政策室長兼大統領副補佐官(米国)の声明
“Let’s Clear The Air On COVID” (2022年3月23日)
https://www.whitehouse.gov/ostp/news-updates/2022/03/23/lets-clear-the-air-on-covid/
(部分訳)
米国人は何十年もの間,蛇口からクリーンな水を得ること,煙突や排気筒からの大気汚染が規制されることを求めてきた.健康的でクリーンな室内空気も同様に,今,私たちが求めるものである.クリーンで健康的な室内空気を確保することは,子どもたち,労働者,虚弱者,そして,この国に暮らす全ての人たちのために,私たちが取り組まなければならない基本的な責務である.
今,私たちは,連邦予算の措置によりこれを可能にしている.換気の改善,フィルターによる空気清浄で,室内空気をクリーンにできるようにしている.
アメリカン・レスキュープランには学校向けに1220億ドル,州,地方,部族政府向けに3,500億ドルの資金が用意されており,地元の企業,非営利団体,コミュニーティーセンター,その他の商業施設や公共施設の改修を支援することができる.