最新の知見に基づいたコロナ感染症対策を求める科学者の緊急声明
新型コロナウイルス感染拡大を受け,政府や一部医学関係者から「策が尽きた」との声が聞こえている.早期発見と隔離,ワクチン,緊急事態宣言等で用いられてきた対策以外に有効な施策がないとの意見には同意できない.彼らが感染拡大の可能性の指標とする人流は,たとえあったとしても,人と人の交わりの場において実効性のある対策がとられれば,必ずしも感染は広がらないはずである.
その意味で,感染経路への理解が進み,空気感染が主たる経路であると考えられるようになっている現在,対応すべきことは明らかである.すなわち,最新の知見を踏まえれば,対策が尽きてしまったと言うほどのことはなされていない.未だ様々な方法が残されており,それらによる感染拡大の阻止は可能である.
空気感染は主に感染者の口腔から空間に放出されるウイルスを含んだエアロゾル[1]が空間に滞留する量(濃度)に応じて起こる.理論的にもエアロゾル滞留濃度を下げることで感染抑止は可能なはずであり,少なくとも以下に挙げる2つ方向において対策の余地は大きい.
1)ウイルス対応マスクによる,口腔から空間に放出されるエアロゾルの量と,他者からのエアロゾル吸入の抑制
ウイルス対応の,すきまの少ない不織布マスクは感染者からのウイルス排出を抑えると同時に,非感染者がエアロゾルとしてウイルスを吸入する確率を小さくでき,相乗効果があることは周知の事実である.一方で,若者を中心に広く使われているポリウレタン製のマスクや布製のマスクは,直接下気道に吸い込まれ肺炎のリスクを高める粒子径5μm以下のエアロゾルの吸入阻止に無力である.これもすでに広く知られていることであり,たとえば感染拡大時のドイツでは,公共の場や交通機関等では一定以上の性能を持つマスク着用が罰則付きで義務化され,ウレタンマスクの着用は禁止される.一方,わが国ではそうしたことに何の制約もないし,正式な呼びかけすらなされていない.日本でも,人流抑制やロックダウンの可能性を云々する前に,こうした効果の明らかな基本が徹底されるための措置を可及的速やかに実施すべきである.
2)滞留するエアロゾルの機械換気による排出,エアロゾル濃度抑制
屋内で感染者から放出されたエアロゾルは長時間空間に滞留しうる.窓開けやドア開けが有用な換気方法だが,1時間に2回程度の短時間の窓やドアの開閉では必ずしも十分な換気は確保されない.さらに,夏や冬は,冷暖房効果が大きく損なわれる危惧から窓開け換気の実施自体も容易でなく,今般の感染拡大の一因になっている疑いが強い.換気不十分の,複数の人が集まる狭い密閉空間では,発生するエアロゾルの空間濃度を下げるための工夫,すなわち熱交換換気や空気清浄機等を含めた機械的換気の適切な活用が重要となる.
以上から,私たちは国や自治体が以下の対策を速やかに検討するよう提起する.
A)ウイルス対応マスク装着[2]についての市民への速やかな周知と必要な制度的措置
B)熱交換換気装置や空気清浄機,フィルター等の正しい選択と有効な活用についての行政の理解と市民一般への十分な周知
C)効果の科学的証明には時間を要するため,最新の知見から有効と予想できる対策は,中立的組織による効果の検証[3]を平行しつつ,公平性や安全性に配慮して実施する
私たちの手には現在,感染抑制に活用できる不織布素材,熱交換換気装置,空気清浄機,扇風機やエアコンに付加する形でのフィルター等,科学技術の成果がある.室内空気環境を専門とする建築学分野は,シックハウス症候群を端緒とし,医学界との共同研究の歴史を持つ.本声明で指摘した項目と,狭義の医学に留まらない科学知を総合した対策の検討と実施が,いま速やかに必要である.
以上
2021年8月18日
世話人:本堂 毅(東北大学大学院理学研究科)
平田光司(高エネルギー加速器研究機構)
賛同者:西村秀一(国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター)
角田和彦(かくたこども&アレルギークリニック)
向野賢治(福岡記念病院・内科)
吉田友昭(前,藤田医科大学医学部生物学)
平久美子(東京女子医科大学東医療センター麻酔科)
樋口 昇(腎臓内科)
米村滋人(東京大学大学院法学政治学研究科,医師・医事法)
御手洗聡(結核予防会結核研究所抗酸菌部)
磯貝惠美子(東北大学名誉教授・元農学部)
磯貝 浩(札幌医科大学)
柳 宇 (工学院大学)
山内勇人(在宅支援クリニックえがお)
望月弘彦(相模女子大学栄養科学部)
森永真史(御幸病院緩和ケア科)
長谷川源(一社,日本周術期先進医療開発研究所)
佐々木久美子(医療法人正和会 感染管理室)
小林洋子(東北大学大学院歯学研究科)
新國三千代(元札幌学院大学)
西田左恵子(市立川西病院)
許 駿 (琉球大学大学院医学研究科)
坂部 貢(東海大学医学部)
寺山隼人(東海大学医学部)
佐藤 勉(東海大学医学部)
清島大資(東海大学医学部)
川上智史(東海大学医学部)
山田恵子(元札幌医科大学医療人育成センタ−)
LanLan Bai(理化学研究所)
丸谷典央(一社,気仙沼薬剤歯科会 会営 志津川薬局)
清水宣明(愛知県立大学看護学部)
村木 靖(岩手医科大学微生物学講座)
森内浩幸(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科)
高橋和郎(国際医療福祉大学病院検査部)
鶴岡 信(鹿島地方事務組合消防本部・メディカルアドバイザー)
飯田健次郎(産業技術総合研究所)
田中智之(京都薬科大学)
玄 大雄(金沢大学)
(2021年8月24日10時現在,最新版 http://web.tohoku.ac.jp/hondou/stat/)
なお,本声明は研究者が個々の判断で行うものであり,所属する組織の公式の立場を表明したものではない.
事務局: 東北大学大学院理学研究科 本堂 毅
脚注[1] 日本では分科会も含め感染制御の「専門家」と称するひとたちでさえ,正しいエアロゾルの定義がなされておらず,エアロゾルは気管挿管などの特別の手技でのみ発生するとの誤った説明もなされており,注意を要する.エアロゾルは空中に浮く粒子すべてとそれが浮いている空間の空気の総体をいい,通常の人間の呼吸や会話,歌唱,咳,クシャミなどの行為でも発生する.
脚注[2] 屋外で一人で(人から離れて)散歩しているときはマスクの着用は不要である.
脚注[3] 中立的検討を経ず,都合よい自家成績だけを以て感染制御に有効であるかのように宣伝する行為が散見されるため.